第三十四章
presented by 紫雲様
アラエル戦から1週間後。第3新東京市、市立第1中学校―
学校はいつもと変わらぬ活気に溢れていた―ように見えた。
2ndインパクト以来、年中、うだるような暑さの毎日の繰り返し。だが子供達の顔から生気が欠ける事は無い。子供達はいつも通りの日々を送っている。
「おはよーさん」
トウジがいつも通りの黒ジャージ姿で教室へ入ってくる。
それに返ってくる挨拶が、いつもより少ない事に彼は気付いた。
「なんや、何でこんなに少ないねん」
2−Aの生徒数はいつもより少なかった。おおよそ半分である。
「よお、トウジ、おはよ」
「ケンスケ、なんかあったんか?病気か?」
「ああ、何でも急遽転校だってさ。他のクラスでも、同じ感じらしいぜ」
トウジは自分の席に座りながら、昨日のテレビ番組についてケンスケとお喋りを始めた。そこへガラガラとドアを開けて入ってくる生徒の影。
「「「おはよう」」」
シンジ・レイ・アスカの3人である。3人してみれば、久しぶりの登校である。
「「おはよう」」
返事を返すケンスケとトウジ。
「なんでこんなに欠席がいるのよ」
「惣流も知らなかったか。昨日付けで、急遽転校したんだってさ。父親だけ残って、家族は疎開。いよいよここも危ないと思われたのかね。報道見ている限りじゃ、エヴァの勝ちは間違いないと思うんだけどな」
アスカの問いかけに、ケンスケが何気なく答えを返す。だがシンジの顔が、僅かに変わった事に、トウジは気付いていた。
「なんや、センセ?なんぞ、問題でもあったんか?」
「スーズーハーラー」
「おうわ!委員長やないかい!びっくりさせんなや!」
「とっとと前向きなさい!先生が来てるわよ!」
慌てて席に着く生徒達。いつも通り流れていく授業風景。だがシンジの顔色は、どこか陰りを帯びたままであった。
昼休み、屋上―
トウジに誘われて、シンジは屋上へ来ていた。普段ならレイやアスカがシンジの両隣を占領しているため、トウジがシンジの隣にいる事は無い。だが今日は2人だけだった。
『すまん!綾波、惣流!今日だけでええ!センセを貸したってくれ!』
頭を下げて頼みこむトウジに、流石のアスカも譲ったのである。もっとも彼女達は、トウジがどうしてそんな事をするのか、好奇心満々で屋上の出入り口で聞き耳を立てていた。
「なあ、センセ。言いたくなかったら黙っててくれればええ。昨日、転校してった連中やけどな、ひょっとしてセンセが関係しとるんやないか?」
「・・・どうして、そう思うのさ?」
「センセは感情が顔に出るねん。今だって、明らかに顔色が変った」
額に手を当て、フーッと深いため息をつくシンジ。そのまま手摺に背中を預けると、青い空を見上げた。
「・・・なあトウジ。一つ、教えてほしい。もし、僕が化け物だったとしたら、トウジはどうする?僕を化け物と罵るかい?」
「分からへん。正直、その時になってみないと分からへん。でもな、たとえセンセがテレビゲームに出てくるような化け物みたいな姿だったとしても、ワイはセンセのダチや。その時はゆっくりと姿を変えてくれ。そうすれば、ワイは驚かずにすむと思うねん」
「やっぱ、トウジと友達になれて良かった、そう思うよ」
「あいつら、一体、何を話してるのかしら?」
「どうも、転校していった連中のことみたいだな」
「なんで、そんな事で鈴原がブリュンスタッド君と2人きりで話さないといけないのかしら」
「・・・戻りましょう、みんな」
レイの言葉に、3人の視線が集まった。
「特に相田君と洞木さん、2人は話を聞くべきじゃないわ」
「ど、どうしてだよ」
「それを望んでないから。アスカ、あなたもこの前の騒動については聞いたでしょ?」
アスカの顔色が変わる。ちょうど騒動が起きていた時、アスカは入院していたため、具体的にどんな行動が起きたかについては、人伝にしか聞いていなかった。だがその内容はアスカの常識を超えていた。
「あれが、原因だっての?でもあれは、緘口令が敷かれてるでしょ?」
緘口令という言葉に、ケンスケの顔色も変った。ケンスケは軍事知識を齧る程度には知っている。当然、緘口令の意味は知っていたし、破れば最悪銃殺刑になる事も理解していた。
「たぶん、親が子供を避難させたのよ。建前は『第3は危ないから』。本音は子供を学校から遠ざける事」
アスカの全身から怒りのオーラが立ち上る。
「ふざけんじゃないわよ!今までさんざんシンジに助けられといて、そういう裏切り行為をする訳!?シンジの事を全く信用してないじゃないのよ!」
「・・・アスカ、せめて盗み聞きするなら静かにしなよ、ね?」
後ろから掛けられたシンジの声に、漫画のような大粒の汗を垂らしたアスカは、顔を引きつらせながら振り返る事しかできなかった。
『この際、聞きたいなら3人には話しておくよ』
半ば乾いた笑いをするシンジの隣で、アスカは普段の勝気さを引っ込めて、静かに俯いていることしかできなかった。
「アスカ、無様ね」
「・・・うっさいわね・・・」
まるっきりレイ=リツコ、アスカ=ミサトという立ち位置である。
「その前に3人に聞いておきたい。最近、家で僕の事について聞かれなかった?僕がどういう性格か、僕がどんな人間か、みたいな漠然とした感じでいいんだけど」
「何でセンセが知っとんねん」
ケンスケやヒカリも、同じように頷いていた。
「大丈夫?・・・」
「大丈夫だよ、レイ。僕は3人を信じるから」
不安そうなレイの頭を、そっと抱き寄せるシンジ。それを見ていたアスカが、ウーと唸りながら逆の腕に抱きつく。
「ブリュンスタッド君!?こんなとこで不潔よ!」
「問題ないよ。レイはね、本当は僕の妹なんだ」
3人の視線が、レイに集まる。レイはと言えば、黙って頷いていた。
「まあ話を戻すよ。実は数日前に、僕、NERVで騒動を起こしたんだよ」
「は?喧嘩でもしたんか?」
「いや。殺し合い。諜報部の半分ぐらい殺したんだよ」
シーンとなる屋上。
「まあ、そういう事になったのにも理由があってね。それについては省略するけど、問題になってるのは、僕が諜報部の連中を殺した方法なんだよ」
「ひょっとしてエヴァで踏み潰したんか?」
「それだったら、こんな事にはならなかっただろうね。なにせ、一人で殲滅したから」
「う、嘘言うなよ、シンジ。諜報部って言えば、スパイの集団だろ?滅茶苦茶、腕が立つんじゃないのか?」
ケンスケの言う事は尤もである。ただNERVの諜報部は、質的には劣っていたのだが。
「ケンスケ。諜報部が強いとしても、それはあくまでも対人間なんだよ」
「・・・そう言われると、ブリュンスタッド君が人間じゃないように聞こえるわ」
ヒカリの言葉に、レイとアスカ、トウジとケンスケの体が強張った。
「正解だよ、洞木さん。僕、本当は人間じゃないのさ」
30℃を超える真夏の屋上に、背筋が凍るような冷たい風が吹いた。
「僕はこの時代の人間じゃない。3rdインパクトが起きた世界から、時間を遡ってきた存在なのさ。目的は3rdインパクトを防ぐこと。ところが、先日、本部でインパクトを起こす側に与した大馬鹿野郎がいてね。そいつを止めるために諜報部を殲滅したんだよ。僕が今まで隠してきた、力を使ってね」
「力?」
「そう、その力が、僕が恐れられている原因なのさ。僕はね、さっきも言った通り人間じゃない。君達の知識でいう『使徒』なんだよ」
レイとアスカが、シンジを心配そうに見つめる。だがシンジは2人を安心させるかのように、笑顔を向けていた。
「親にしてみれば、不安だと思う。自分の子供が、訳の分からん化け物である『使徒』と机を並べて勉強してるなんてね。納得してくれた?」
「・・・そういう事やったんか。それでお父とお爺が、派手に喧嘩しとったんやな」
トウジがシンジを正面から見据えた。
「お父がな、ワイと妹を避難させよう、言うたんや。危ないから、ってな。でもお爺は猛反対してたんや。『この恥知らず!』言うてな。意味が分からんかったけど、これで納得できたわ」
「・・・そうか、トウジのお爺さん整備班長だから、僕達の事、傍で見てたんだね」
レイが嬉しそうに頷く。
「センセ、すまんかった。それでもワイは、センセのダチでいたい。ええか?」
「うん。こちらこそ、宜しく頼むよ」
改めて友情を確認しあう2人の姿に、アスカがホッと胸を撫で下ろす。
「私も、ブリュンスタッド君を信じる。今まで、ブリュンスタッド君が必死になって私達を護ってきてくれた。だから私は信じる。これからも私達を護ってくれるって」
「ありがとう、洞木さん」
ヒカリに炸裂する『天使の微笑み』。
次の瞬間、ヒカリの顔が一気に赤く染まる。それを見たレイとアスカが同時に、シンジの腕を全力で抓った。
「い、痛いってば!何するのさ!」
「「知らない!」」
そっぽを向く2人の少女。肝心のヒカリは『私には鈴原が・・・でも・・・』とブツブツ呟いている。
「俺もシンジの事、信じるよ。シンジが今までやってきた事、それは正しい事だからな。それにな・・・」
眼鏡を怪しく光らせるケンスケ。
「シンジの傍にいれば、使徒の写真が撮れるかもしれないじゃないか!」
「なに、言うとんねん、ケンスケ!」
即座に入るトウジの突っ込み。笑いに包まれる屋上。
シンジは友人を信じた事を、間違っていなかったと確信していた。
To be continued...
(2010.04.26 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
アスカについては正直、悩みました。一つにするか、それとも二人のままで行くべきか、プロットでは一つにすることで決まっていたんですが・・・プロット変更するとアルミサエル戦が崩壊しちゃう(笑)結局はプロット通りにした訳ですが。これについては、賛否両論あるでしょうね。特に飛鳥と明日香の漫才が見られなくなるので。代わりに、今後はレイ=リツコとアスカ=ミサトの漫才を書いていこうと思います。
日常の象徴であるトウジ・ケンスケ・ヒカリについてですが、こんな感じで落ち着けてみました。特にトウジに対するシンジの「僕が化け物だったら〜」「ゆっくり正体を〜」については元ネタがあったりします。
今から15年以上前の新書になるんですが、夢枕獏さんの『陰陽師』の中で、主人公の安倍晴明と相棒役の源博雅の会話が元ネタになっております。この会話は個人的に好きだったので、私の我儘として無理やり使ってしまいました(笑)
さて、次回ですがアルミサエル戦となります。裏タイトルは『男の戦い―アスカ』。
また次回もよろしくお願いいたします。
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