堕天使の帰還

本編

第三十七章

presented by 紫雲様


第3新東京市、シンジ宅―
 ある晴れた日曜日の早朝、シンジは家人がまだ寝ているうちに家を出た。手には弁当と水筒をいれたナップを持っていた。
 どこに行けばいいのかは、シンジ自身にも分かっていない。だが向こうがこちらを見つけてくれるであろうと言う確信はあった。
 (本当はゆっくり寝ていたかったんだけどね・・・)
 普通に昼間に出ていこうとすれば、確実に一緒に来たがる少女達を思い浮かべ、シンジは苦笑していた。
 
シンジ宅、お昼前―
 「シンジはどこ行ったのよ!」
 起きぬけに開口一番、アスカは叫んでいた。
 実の所、シンジに次いでもっとも早く起きるのはアスカなのである。
 死徒の兄姉達は、基本的には夜型である。中にはスミレのように朝、起きる者もいるが、スミレの場合は朝食という目的がある為に起きるのであって、シンジ達が学校へ向かうとそのまま二度寝に入っている。
 レイはシンジに起こしてもらう事が癖になっていたのだが、最近死徒化したことで、更に目覚めが悪くなりつつあった。特に今回のような場合、シンジが起こしに来ないと夕方まで眠りかねないのである。
 結局、現在のシンジの家において、唯一の人間であるアスカがシンジに次いで早く起きるようになっていたのであった。
 そのアスカは台所で書置きを手にして叫んでいた。
 『用事があるので出かけます。夕方には戻ります。御飯は冷蔵庫にあります。温めてから食べてください。シンジ』
 「馬鹿シンジ!アタシをデートに連れて行きなさいよ!」
 アスカの絶叫に、応える者はいなかった。

芦ノ湖周辺―
 シンジはゆっくりと芦ノ湖周辺を歩いていた。持参してきたお弁当も食べ終え、腹ごなしも兼ねていた。
 そこへ聞こえてきた懐かしい歌。そこには、銀髪の少年が湖を見ながら立っていた。
 「歌は良いねえ、リリンが生み出した文化の極みだよ。そうは思わないかい?シンジ=ブリュンスタッド君?」
 「シンジでいいよ。カヲル君」
 「驚いたな、まさか僕の事を知っているなんて」
 真紅の目を、驚きで見開くカヲル。その両手をポケットから出すと、右手をシンジに差し出してきた。
 「どうやら、自己紹介は必要なさそうだね」
 「まあ、こちらにも色々あったから。これからよろしくね、カヲル君。ところで近くに喫茶店があるんだけど、そこでゆっくり話さない?」
 差し出された右手を、しっかりと握り返す。そのシンジの対応に、カヲルが笑みを浮かべた。
 「喜んで付き合うよ。僕も君のこと、もっとたくさん知りたいんだ」
 2人の少年は、もはや誰が見ても長年の親友としか見えない雰囲気を作り上げていた。

第3新東京市、シンジ宅―
 時刻は夕方4時過ぎ。
「そこには1体の赤鬼が立っていた」
「誰が赤鬼よ、レイ!人聞きの悪い事、言わないでちょうだい!」
「嫉妬が過ぎると、お兄ちゃんに嫌われるわよ?」
ウグウという奇声を発し、黙りこむアスカ。
そんな仲の良い2人のショートコントを笑って眺める護衛が3名+1。
「ただいまー」
「シンジ!どこ行ってたのよ!」
慌てて玄関へ駆け出すアスカ。その後ろにレイが続いたのだが、
「だ、誰よ!アンタ」
アスカの絶叫。居間で寛いでいた保護者達も、何事かと居住まいを正す。
「ただいま兄さん、姉さん」
「シンジ君の御兄弟ですか、初めまして、渚カヲルと言います」
ペコリと頭を下げる銀髪の少年。
対する志貴、シオン、スミレ、アルクエイドもそれぞれに返事を返す。
「カヲル君、そちらへ座っていてくれるかな?お茶、持ってくるから」
「ありがとう、シンジ君。お言葉に甘えさせていただくよ」
ライバル(?)出現を本能で理解したのか、2人の少女の顔に険しさが走る。
「・・・シンジ、結局、あいつは何者なのよ」
レイと一緒に台所へ押し掛け、詰問に入るアスカ。隣では、レイがウンウンと頷いている。
「僕達の未来に関わってくる重要な人物であり、僕の親友だよ。詳しい事は、あとで教えるから」
慣れた手つきでティーセットを用意すると、シンジは2人を伴って居間へと戻った。
人数分の紅茶を淹れ、話の準備を整える。
シンジの両脇に、紅と蒼の少女が陣取っているのはお約束である。
「みんなに紹介しとくね。彼は渚カヲル。5thチルドレンだよ」
「えー!こいつが!」
「随分、衝撃だったみたいだね。2ndチルドレンの惣流=アスカ=ラングレーさん?それから君が1stチルドレンの綾波レイさんだね。これから、よろしく。ところで君達の事は何と呼べば良いのかな?」
「・・・レイ、でいいわ」
「・・・惣流でいいわ」
にこやかにアルカイックスマイルを浮かべる銀髪の少年に、少女達は警戒心を全く隠そうとしない。
「理由は分からないんだけど、どうやら警戒されているみたいだね」
「渚君、だったわね。シンジが突然現れたあなたと仲が良いから、妬いてるのよ。笑って受け流してあげて」
「「スミレさん!!」」
顔を赤らめて猛抗議を始めるアスカと、恥ずかしそうに俯くレイ。それでも否定はしないのだから、それなりに素直にはなっているのかもしれない。
「ふふ、そういう事なら了解したよ。確かにシンジ君は傍にいると気分が良くなる人だからね」
ギギギッと音を立てながら、アスカがゆっくりと振り返る。その顔は、一言で表すならば『鬼』。
「うちの弟、そんなに気にいったの?」
「そうだね、好意に値するよ」
「それはどういう意味かしら?」
「好きってことさ」
カヲルの発言に、スミレが手を叩いて笑い転げる。志貴は紅茶にむせり、シオンは一歩後ずさる。アルクエイドは『おー』と感嘆の声を上げ、レイは黙ってジッとカヲルを見つめる。
「シーンージー」
「な、何かな?アスカ」
「あの時、アタシを『愛してる』って言ってくれたのはウソだったの!?」
隣に座っていたシンジの胸倉を掴み上げ、顔が接近するまで近付けて糾弾するアスカ。
「アスカ、落ち着いて!その言葉にウソは無いから!」
「おやおや、シンジ君。その返答の仕方では、僕に対してどういう感情を持っているのか、という答えにはなっていないよ?」
「カヲル君、お願いだから火に油を注がないで!」
アスカにマウントポジションをとられながら、シンジは必死の釈明をすることになった。

夕食後―
結局、歓迎会を兼ねた夕食にカヲルは参加することになった。
シンジ手製の料理を、全員揃って堪能する。
夕食後、やはりシンジが手ずから淹れたコーヒーで食後の小休止をとりながら、ちょっとしたお喋りをしていると、カヲルがスッと立ち上がった。
「シンジ君、今日はありがとう。とても楽しかったよ」
「ひょっとして、帰るの?」
「実は、まだ本部へ到着の報告を済ませてなくてね。無用な心配をかける訳にもいかないから、今日は報告を兼ねて失礼させていただくよ」
「そっか、残念だけど、仕方ないね。それじゃあ、バス停まで送ってくよ」
「大丈夫、バス停の場所は確認しておいたから。それじゃあ、みなさん、おやすみなさい」
礼儀正しく挨拶をした後、カヲルは立ち去った。
窓際に立っていたシオンが、カヲルが宣言通りマンション下のバス停にいる事を確認する。
「シンジ、そろそろ教えてくれてもいいのでは?」
「シオンさん、やっぱり気づいていた?」
「スミレも志貴も気づいています」
少し尖った言い方のシオンに、シンジが『別に騙すつもりじゃなかったんだけど』と抗弁する。
「シオンさん、どういう事?」
「先ほどの少年ですが、私達の世界で言う所の『幻想種』と呼ばれる存在です。平たく言えば人外の世界の住人たち。アスカの感覚で言う所の、神、悪魔、妖精、精霊等と呼ばれる存在です」
「なんで、そんなのが5thなのよ!」
アスカの疑問は尤もである。レイはと言えば、その答えに薄々気づいていたのか、心配そうにシンジを見ていた。
「カヲル君はね、時を遡る前に出会った、僕の親友。僕に好意を持ってくれた友達だったんだよ。ただ、彼には秘密があったんだ、とても大きな秘密がね」
「秘密?」
「カヲル君はね、使徒なんだ。最後に現れる第17使徒、タブリス。その司るものは自由」
凍りつくアスカ。保護者達もシンジの説明をじっと聞いている。
「前の時、僕は彼を殺さざるをえなかった。3rdインパクトを防ぐ、その目的の為に、僕は初号機で彼を握り殺したんだ。今でもその感触が、僕の心には刻み込まれている」
シンジは自分の右手を、じっと見つめていた。

NERV本部―
 「とりあえず義務は果たしたな」
 栗林とウィリスに到着の報告を済ませたカヲルは、割り当てられている宿舎へと足を向けた。
 「さあ、これから僅かな間だけど、お世話になるよ。そして楽しい時間を与えてくれた彼に感謝するよ。僕は躊躇わない。その時が来たら、僕はこの命を捧げよう」
 カヲルの呟きは、闇の中へと消えた。



To be continued...
(2010.05.15 初版)


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