堕天使の帰還

本編

第三十八章

presented by 紫雲様


第3新東京市、シンジ宅―
 「シンジ、フィフスだけど、どうするつもり?」
 そろそろ寝ようとしていたシンジの所へ、アスカが来ていた。
 「そうだね、アスカはやっぱり、倒すべきだと考えているんでしょ?」
 「・・・どうして、分かったの?」
 「アスカは小さい頃からNERVで訓練してきたんだ。使徒は倒すべき、絶対悪の存在。そう教育されていたとしても、不思議じゃないからね。寧ろ、当然だと思う」
 シンジは正面からアスカを見据えた。
 「アスカ、僕はそういった制約とは無縁な存在だ。だから別の選択肢を取る事ができる。それにカヲル君を止める目処はついているからね」
 「信じて良いの?今の言葉」
 「誰よりも、アスカにだけは信じてほしい。僕は3度も、友達を殺したくないんだ」
 眉を顰めるアスカに、少年は辛そうな顔をした。
 「前にね、僕はトウジを手にかけたんだ」
 「鈴原を!?何で!」
 「トウジは4thチルドレンとして、参号機に乗った。だけど参号機は使徒に寄生されていて、結局、トウジもろとも攻撃するしかなかった。結果から言えばトウジは片足を失う大怪我で済んだけど、僕にしてみれば殺めたも同然さ。見殺しにした罪が、消える訳じゃないんだから」
 シンジの真剣な眼差しに、アスカはシンジが抱える罪の重さを感じ始めていた。3rdインパクトだけではない。もっと身近な人間を護れなかった事。それこそがシンジの抱える罪の重さなのだと。
 「トウジの事も、前のカヲル君の事も、僕は言い訳なんて絶対にしない。結果として、僕の弱さが2人を追い詰めてしまった事に違いはない。だから、今度は絶対に助け出して見せるんだ」
 「・・・馬鹿シンジは、どこまで行っても馬鹿シンジだよね」
 アスカがシンジの背中に手をまわし、ギュッと抱きしめる。
 「私にできる事があったら、言ってちょうだい」
 「ありがとう、アスカ。頼りにさせてもらうよ」
 
翌日、発令所―
 チルドレンのシンクロテストの日。3人の分が終了した後、カヲルのシンクロ率を調べるためのテストが、ウィリス立会いの下、技術部総出で行われていた。そしてカヲルの叩きだしたシンクロ率の高さは、当然の如く、リツコの警戒心を最大に跳ね上げていた。
 「先輩。フィフスですが、零号機から参号機まで、全てにおいて99.89%を記録しています。機械の故障などではありません!」
 モニターに映る銀髪の少年を、リツコは鋭い目つきで見据えていた。
 「分かっているわ、多分、間違いないわね」
 「・・・先輩?」
 「何でもないわ。カヲル君、シンクロテストは終了よ。御苦労さま」
 『ん?もういいのかい?それなら、失礼させてもらうよ』
 モニターから少年の姿が消える。
 「赤木博士、何か気になる点でも?」
 「はい。ですがその前に、シンジ君に確認を取りたい事があります。その後でもよろしいでしょうか?」
 「分かりました。では、執務室におりますので、あとで連絡をください」
 発令所を退室したリツコは、MAGI経由でシンジに連絡を取った。
 「シンジ君、疲れているところゴメンね。一つだけ確認させてほしいの。渚カヲルという少年、あなたの個人的な友達かしら?」
 『・・・ええ、そうですよ。ひょっとして、気づいたんですか?』
 「やっぱりそうなのね。今から三佐と対策を練るの。同席して貰えないかしら?」
 『良いですよ。今からすぐに向かいます』

NERV本部作戦部部長専用執務室―
 シンジが入室するなり、リツコは彼に詰め寄った。
 「渚カヲル、あの少年が最後の使徒なのね?」
 「・・・そうなのか?准尉」
 「はい、そうです。SEELEが送りこんできた17番目の使徒。そして、僕が心を許した友達でもあります」
 重苦しい雰囲気が執務室に漂う。
 「三佐、僕に任せてください。カヲル君を助け出して見せます」
 「だが、彼は使徒なのだろう?3rdインパクトを起こすという目的を持っているのに、それを諦めさせることができるのか?」
 「できます。そのために、僕は準備をしてきたんですから」
 同時に、執務室に警報が鳴り響く。
 「カヲル君が動き出したようです。今から止めに行きます」
 「何か、できる事はあるか?」
 「・・・僕を信じてください。それだけで十分です」
 駆け出していくシンジの背中を見ながら、ウィリスは呟くように言った。
 「俺は無力だな。子供一人、手助けしてやれないとは」
 「信じましょう。それが、あの子を支える事になります。それに・・・」
 リツコが悪戯を見つけられた子供のような、笑い顔を浮かべた。
 「もしインパクトが起きたとしても、私は後悔しません。こうして、あなたが一緒にいてくれるのですから」
 ウィリスは返事の代わりに、啄むような口づけをリツコにすると、彼女の手を取って発令所へと駆け出した。

 「遅いなあ、シンジ君。折角、シンジ君がいる時を狙って行動を起こしたのに。このままじゃ僕の方が到着するよ・・・」
 心底、困ったようにカヲルが呟く。カヲルが操るのは漆黒の機体、参号機。
 「お、きたきた・・・ん、あれは・・・2機いるぞ?」
 メインシャフトを自由落下しながら追いかけてきたのは、2人の少女が操る、2体の巨人であった。
 『フィフス!悪いけど、参号機は止めさせてもらうわよ!』
 「これは困った。僕はシンジ君と遊びたかったんだけどね」
 『私達がお兄ちゃんの代わりなの』
 たとえカヲルが参号機を思うがままに操ったとしても、今の零号機と弐号機、同時に相手をしては、勝ち目など無い。
 ATフィールドを中和され、攻撃に晒された参号機は、瞬く間に装甲を失っていく。
 「君達、少しは手加減してくれても良いんじゃないのかい?夕ご飯を一緒に食べた仲じゃないか」
 『だったら、大人しく捕まんなさいよ!』
 「それは困る。僕はこの先に用事があるんだから」
 『・・・実力行使』
 そこで、カヲルは気付いた。今の状態ならば、どちらかが自分を攻撃できる余裕があるにも関わらず、あえて自分を攻撃対象から外している事に。
 「一体、何を考えているんだい?」
 『知りたきゃ馬鹿シンジに聞きなさいよ!』
 「シンジ君に?・・・どうだろう、参号機を止めるから、シンジ君と話をさせて貰えないかな?」
 『ありがとう、アスカ、レイ。カヲル君を通してあげて。カヲル君、僕はセントラルドグマで待ってるから』
 施設のスピーカーを利用した友人の呼びかけに、カヲルが驚いたように足の下を見た。
 「・・・ところで、二人とも、どうして僕に攻撃してきたんだい?最初から通すつもりなら、こんな事する必要はなかっただろ?」
 『単なるストレス解消よ!』
 『頭と心は別だから』
 「ふう、リリンは難しいねえ。これが嫉妬ってやつか」
 『『うるさい!』』
 カヲルはアルカイックスマイルを浮かべながら、3体の巨人とともにセントラルドグマを目指した。

NERV本部セントラルドグマ―
 かつてシンジがティルフィングで切り裂いたままのドアが放置された場所で、シンジは待っていた。
 「ようこそ、カヲル君」
 「シンジ君、君は一体、何を考えているんだい?」
 「カヲル君を助ける。それが僕の目的だよ。カヲル君、もう3rdインパクトを起こす事は不可能なんだ」
 「まさか、僕がそれを信じるとでも?」
 シンジは天使の微笑みでカヲルに笑いかけると、セントラルドグマの中へ足を踏み入れた。
 「カヲル君、案内するよ。君達使徒が追いかけてきた者のところへ」

 「これが・・・アダム・・・」
 最下層の十字架に磔にされた純白の巨人を前に、カヲルは感慨深そうに呟いた。
 「カヲル君、まずは触ってみてよ。インパクトなんて起きないから」
 「・・・シンジ君、ふざけているのかい?」
 「論より証拠、っていう言葉がある。カヲル君がアダムの因子を継ぐ使徒である限り、絶対にインパクトは起きないから」
 その言葉に、カヲルがハッとしたように巨人を見つめる。そのまま空中を滑るように移動すると、直接巨人へ手を触れた。
 「これはリリスじゃないか!アダムはどこへ行ったんだい、シンジ君?」
 「アダムはこの世から消えたよ。真の意味での死を迎えたんだ。輪廻転生すら叶わぬ、本当の消滅をね」
 「どうしてそんな事ができるんだい?そんな力、僕達、使徒ですら持ってないのに」
 詰め寄ってきたカヲルに、シンジは真実を告げた。勿論、発令所にいる人間にも聞こえるように、機械の作動は確認済みである。
 「直死の魔眼を知ってる?」
 「あらゆる万物に内包された『死』という情報を見出す魔眼。例え神であろうとも、見ることさえ可能ならば、死を与える事を可能にする能力。知識としては知ってるが・・・いや、シンジ君の眼は普通の眼だ。魔眼ではない」
 「魔眼保持者は僕の兄さんだよ。幾ら使徒が単体として完成している単一存在であったとしても、それはあくまでもこの地球―ガイアの許容範囲内に収まる存在。それが胎児にまで還元されていた不完全な存在であれば、例えアダムであっても死を免れる事はできない」
 その説明を聞いたカヲルは、最初は茫然としていたが、内容を理解すると、聞いている者が驚くほどの大きさの笑い声を上げた。
 「まいったな、直死の魔眼なんて反則技を持ちだしてきたとはね。これは完全に僕の負けだよ。ところでシンジ君、君は一体、何者なんだ?この世界で、たった2人しかいない神殺し―直死の魔眼保持者を兄と呼ぶなんて、偶然とは思えない。それも男の魔眼保持者は、確か人間ではないはず」
 その言葉に、エヴァの中にいた2人の少女は、ビクッと身を震わせた。彼女達はシンジの素姓を知っているのだから。
 「僕はね、未来から戻ってきた存在。目的は3rdインパクトを防ぐこと。僕の正体は第18使徒リリン」
 背中から6対12枚の翼を現す。その姿に、カヲルがウットリと見とれた。
 「でも、僕の正体はそれだけじゃないんだ。僕にはもう一つの姿がある。アスカとレイには教えてあるけど、この際だから説明しておくよ」
 シンジが全身に緑の雷光を走らせる。
 「それは・・・魔術回路!君は魔術師なのか?」
 「違うよ。僕は死徒。人間が吸血鬼と呼ぶ存在。その中でも死徒27祖に次ぐ存在であり、闇の世界では『姫君の弟』と呼ばれている。でも普通の死徒と違い、僕には吸血は必要ないんだ。リリンとして手に入れたS2機関が、僕に与えられた仮初の不老不死を、真の不老不死にまで押し上げてしまったから」
 「・・・それは死徒ではない。真祖と言うんだよ」
 「ううん、僕は死徒のままでいい。僕はこの星を護りたいとは思っていないから。僕が護りたいのは、僕の側にいる僅かな人達。その人達を護る為に、僕はこの世界を護るんだよ」
 シンジは真剣な顔でカヲルを見つめた。
 「その中にはカヲル君も含まれているんだ。タブリスではなく、渚カヲルとして、生きてほしいんだよ」
 その言葉に、カヲルは笑って頷いた。



To be continued...
(2010.05.15 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読みくださり、ありがとうございます。
 今回は渚カヲルこと、タブリスの登場となりました。
 色々なSSにおいて『ナルシスホモ』の二つ名を頂いている彼ですが、堕天使の帰還においては、少し小悪魔風味にしてみましたwできれば、もっとシンジを困らせるようなシーンを増やしたかったのですが、残念ながらネタを思いつけませんでした。まだまだ筆力不足です。
 さて次回ですが、ついに対SEELE戦(前編)となります。裏タイトルは『決断』。守るべきものを守るために、決断を下すシンジの覚悟を見ていただけたら、と思います。 
 それから、今まで広げた風呂敷を、次回と次々回(後編)を使って、一気に纏め上げてしまいますので、どうか最後までお付き合いください。
 ちなみに本編において、唯一、欧州残留組こと死徒27祖が揃い踏みします。
 それでは、また次回もよろしくお願い致します。



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