堕天使の帰還

本編

第三十九章

presented by 紫雲様


SEELE―
 「ついに使徒は全滅したか」
 「これで障害は取り除かれた、と言いたいところだが」
 「結局NERVはチルドレンの自我を欠けさせることはできなかったようだな」
 「然様。これは我らの悲願、人類補完計画は発動しない」
 「その通りだ。事、ここに至っては、もはや強硬策しかない」
 「量産型エヴァンゲリオン14機を用いて本部を襲撃。初号機と弐号機パイロットのどちらかを殺すことで、強制的にもう片方の自我を欠けさせる。その上で補完計画を発動させるのだ」
 「冬月先生、君と六分儀はそれなりに励んではくれたが、最後まで任務を遂行することはできなかった。残念だが、君達にも生贄となってもらう。もし運良く補完計画発動まで生き延びる事が叶えば、救われるであろう」
 「・・・そうですな、確かに、その通り・・・」
 「では、さらばだ」
 全てのモノリスが消え去った部屋に、再び明るさが戻る。
 冬月は大きなため息をつくと、最後の仕事が終わった事を告げた。
 「さあ、これで私もお役御免だ。さっさと殺したまえ」
 「・・・そんなに死を望むとは意外ですね?あれほど母さんに会おうと足掻いていた人間と同一人物とは思えませんよ」
 「事、ここに至っては、私が彼女ともう一度相まみえる事は出来んだろう。諦めがついた今、もはや未練もない」
 妙にサッパリとした笑顔を冬月は見せていた。本当に諦めがついたのでなければ、ここまでの笑顔を浮かべる事は不可能だろう。
 「ですが、今は殺しません。さしあたって、SEELEとの因縁を断ち切るまでは、本部内にいていただきます。目安としては、一週間程度でしょう」
 「まだ私に何かやらせるつもりかね?」
 「全てを見届けてもらいましょう。あの男が始めた計画が、どのような終焉を告げるのか。その後で、また会いましょう」
 シンジは冬月をここまで連れてきた保安部職員と一緒に、部屋から出て行ってしまった。冬月がその気になれば、誰にも咎められずに本部から逃げる事も出来る。SEELEに再連絡をとって、シンジの正体を告げる事も可能である。
 「・・・まあ、いいさ。あとはシンジ君に委ねてみようか。この老いぼれには、それぐらいしかすることがないからな・・・とりあえずは、久しぶりに六分儀の顔を見に行ってやるか」
 売店で菓子パンと飲み物ぐらいは買っていこうと、冬月は部屋を後にした。

発令所―
 「と、言う訳で、改めてお世話になる渚カヲルです。皆さん、宜しくお願いします」
 ペコリと頭を下げる元・第17使徒に、大人達は何も言う事が出来ない。
 「やっぱり、受け入れがたいかな?」
 「そりゃそうでしょ、ついさっきまで戦っていたのに、いきなり仲良くなんてできる訳がないでしょ!」
 「まあ、いいさ。僕にはシンジ君という拠り所がある。例えリリンに受け入れ・・・少し尋ねたいんだが、何で君達は殺気を僕に向けるのかな?」
 紅と蒼の少女から発せられる無言の威圧感に、元・使徒が後ずさる。
 「そうねえ・・・レイ、お刺身って好き?」
 「私はお兄ちゃんの料理なら、何でも好きだから・・・」
 「・・・僕は魚ではないよ?例えガギエルの因子が存在はしていても、僕は断じて魚ではない。そう、敢えて言うなら僕はシンジ君のハートを捕える漁師」
 メキョ
 一瞬にして銀髪の少年が、少女達の視界から消え去った。
 「ふう、一仕事した後は気分がいいわね」
アスカが右足に力を込めつつ、のたまえば
「そうね、早く帰ってお兄ちゃんを出迎えましょう」
レイもまた左足に力を込めつつ、切り返す。
「冗談はその辺りで止めたまえ。まだ戦いは終わっていないのだからな。それより、司令から話がある。全員、静かにせよ」
ウィリスの言葉に、発令所のざわめきが一瞬にして消え去る。
ちなみにこの場にいるのは、緊急時に発令所へ来るメンバーとスミレ、加えて青葉の補佐役にまわっていたシオンである。
「以前より調べていた、SEELEの動向について結果が出た」
その言葉に、何名かが緊張のあまり唾を呑みこんだ。
「残念ながら、日本政府はSEELE寄りだ。どうやら金で買収されたようだ。戦自の高官も大半がSEELE寄りと目されている。だが朗報もある。第5使徒戦において協力をしてくれた筑波を中心とする技術部、第10使徒戦において協力をしてくれた一般の兵士達の間には、交戦の意思は少ない。そこでSEELEの存在を知らない下級から中級の指揮官を中心に、SEELEに纏わる真実を伝えた。当日は命令系統の混乱という形でサボタージュを行う事になっている。無論、そのお膳立てはこちらで行うがな」
「UNについては、どのようになるのでしょうか?」
「大西洋方面についてはウィリス三佐が、太平洋方面については私が、それぞれ信用できる者に話をつけてある。それでもSEELEの口車に乗った馬鹿どもが襲撃に加わるだろうが、数は少数とみて良いだろう。私からは以上だ」
栗林は話を終えると、次に青葉が進み出た。
「量産型エヴァの進捗状況ですが、最終的に14機がロールアウト予定です。パイロットは全てダミープラグで代用。動力源としてS2機関が搭載されています。テスト稼働も考慮すると、襲撃は7日後と推測されます」
青葉の発言に、発令所がどよめく。
「しかし、そこまで分かっているのであれば、起動前に破壊工作を行う事によって、事前に無力化できないか?」
「いえ。それは非常に難しい状況です。まず14機の量産型エヴァが、どこで開発されているのか?その具体的な場所については、現在に至るまで不明のままです。これはSEELEが開発場所を知られぬように、対策を講じていると思われるからです」
「青葉二尉の補足をさせていただきます。今回、私が補佐役としてハッキングを担当していましたが、SEELEのネットワーク内に量産型エヴァ開発に関する情報は存在していませんでした。これは推測になりますが、量産型エヴァの開発情報は、ネットワークが繋がっていない、独立したコンピューターを利用していると思われます。今回、14機という機体数と、7日後の襲撃について報告しておりますが、これはSEELEのネットワーク内に残されていた、報告書から発覚した数にすぎません」
いくらシオンがエーテライトと高速分割思考を使う事ができても、ネットワーク機能を備えていないコンピューターにまでハッキングする事は不可能である。
シオンは知らなかったが、キール議長がNERVを警戒して、開発施設のコンピューターを通信網から切り離したのは、正しい判断だったと言えた。
「事前の破壊工作が無理だとすれば、S2機関搭載型エヴァ14機相手に、こちらは4機で対抗するしかありません。相当、作戦を練っておく必要がありますね」
「・・・日向さん、それについては僕に考えがあります。たぶん、こちらのエヴァが直接対峙するのは、もっと数が減りますよ。だいたい6機前後にまで減ると思います」
シンジの発言に、他のメンバーから質問が飛ぶが、シンジは『大丈夫ですよ』とだけしか返さなかった。ただスミレだけが、複雑な視線を向けている。
「では作戦部から。対人迎撃策として、作戦部は硬化ベークライトを中心とした、トラップによる足止め作戦を実行に移します。これにより足止めの時間を稼ぎつつ、技術部と連携して政治的方面から攻勢を仕掛けます」
ミサトの発言をフォローするべく、日向が詳細な説明に入る。
「具体的には全世界にMAGIを使い無差別のハッキングを開始。SEELEの存在、日本政府との繋がり、その他様々な情報を流します。本来ならば即座に仕掛けるべき策ではありますが、今回は完全にSEELEを壊滅させるため、敢えて先制攻撃を仕掛けさせます」
「その点について詳しく教えて貰えませんか?」
「NERV本部に戦自の部隊が侵入。攻撃を仕掛けた状況や証拠が山積みとなれば、SEELEのシンパも全て根絶やしにできるからです。今、動いてしまいSEELEを潰すと、日本政府や戦自に存在するシンパはそのまま不満分子として潜伏し続ける可能性があります。それを防ぐ目的で、このような策となりました」
日向の説明に、ウィリスも納得したように頷いている。
「今の迎撃策について補足しておこう。みんな知っている通り、NERVは対人警備が非常に甘い。そこで葛城二尉の硬化ベークライトによる侵攻阻止と同時に、攻勢に移る為の戦力を確保した。以前、日本重化学共同体が開発したジェットアローン。あれをヴァン=フェム財団が後ろ盾となって、人間サイズの災害救助用パワードスーツとして再設計していた」
ウィリスの言葉に、シンジへ注目が集まる。
「先行量産型としてロールアウトしていた20機が、明日、秘密裏に納品される。それを技術部と財団の共同で対人用装備に改造し直す。これを装備する特殊チームを編成し、明日から徹底的に訓練を行い、攻撃を担当してもらう」
「随分と物騒な台詞ですな、三佐」
「加持(さん)!」
シンジとアスカ、ミサトから声が上がる。
「加持一尉、ただいま帰還しました。サンキュ、シンジ君。君のお爺さんのお陰で、だいぶ情報が手に入ったよ」
「本当ですか?」
「ああ、トラフィム翁の実力は凄まじいな。まさかSEELEの主要メンバーのプロフィールまで調べられるとは思わなかったよ。三佐、こいつは渡しておきますから、必要に応じて使ってください」
1枚のCDを渡す加持。
「それとトラフィム翁からNERVに伝言です。こちらと連動して、SEELEに攻勢を仕掛けると言っていました」
「なに者よ、アンタの爺さん?」
「えっと・・・欧州暗黒街の最高実力者」
凍りつくアスカ。他のメンバーも似たり寄ったりである。固まっていないのは、レイと加持だけであった。
「なんで、そんなのが爺さんなのよ!」
「なんか笑いかけたら気に入られて『お爺ちゃんと呼びなさい』って・・・」
「・・・アンタ、垂らしこむのもいい加減にしておきなさいよね」
アスカに同意して、ウンウンと頷くレイ。
「最後に技術部から報告します。MAGIの防御ですが、現在の666プロテクトを上回る防衛プログラムは存在しません。そこで別の方法を考えました」
「別の方法?どういう意味、リツコ?」
「カスパー、バルタザール、メルキオール、3機全てを2分割し、片方を完全な囮とします。つまり被害を半分だけで済ませる、という考え方です。これによりMAGIの性能も半減しますが、これについては補足があります」
ついでマヤに発言が移る。
「まず本部内の空調を中心とした、緊急性の低い物の管理を、MAGIではない、別のパソコンに任せます。基本的にMAGIで管制するのは、エヴァとハッキングのみです。防御は囮を犠牲としますので、この際、考慮に入れません。全ての能力を攻撃へ移します。また重要データについては、すでに情報媒体へ小分けして保存が完了しており、当日はダミーデータを囮に入れておきます。それから先程の話にあった先行量産型ジェットアローンの改造の件についてですが、これについては整備班にも協力を要請したいので、許可を頂けますか?」
「勿論、許可しよう。全て事後承諾で構わない。できうる限りの事を、司令として認めよう」
「ありがとうございます。技術部からは以上です」
7日後に迫ったSEELEの侵攻。それに対する迎撃案は着々と進んでいた。

NERV本部通路―
 「シンジ、待ちなさい」
 「どうしたの、姉さん?」
 姉に呼び止められたシンジは、素直に振り向いた。
 「あなた、量産型をどうやって食い止めるつもりでいるの?私の目を見て、答える事ができる?」
 「・・・そんな辛い事言わないでよ、姉さん。量産型を食い止めるには、他に方法は無いんだから。まさか量産型が14機も来るなんて・・・せめて開発場所が分かれば、みんなに助けを求められたんだけど・・・少し上手にエヴァを扱いすぎたみたいだね」
 「もう、覚悟を決めているのね」
 シンジは頷くと、スミレに抱きついた。
 「みんな、僕の大切な家族だよ。今までも、そしてこれからも。27祖を受け継ぐ覚悟は決めたから。僕は、僕の大切な人を護る為に、自分の我儘を押し殺すよ」
 「・・・それでも、私はあなたの姉として、最後まで足掻くわ。だから、あなたも諦めてはダメよ」
 「うん、ありがとう、姉さん」
 そういうと、シンジはスミレから離れ、廊下の奥へと歩き去った。
 「いるんでしょ、アスカちゃんにレイちゃん」
 その呼びかけに、2人の少女が不安そうに出てくる。
 「スミレさん、シンジの奴、一体、何をする気なの?」
 「・・・うちの末弟は不器用だってことを再確認しただけ。ところで、2人とも、弟の事は好きかしら?」
 スミレの問いかけに、少女達は顔を赤らめつつも素直に頷いた。
 「だったら、弟を支えてあげて欲しいの。あの子と対等な存在として、あの子を支えて励ましてあげてほしい。お願いできる?」
 「「任せて!」」
 その言葉に、スミレはニッコリと微笑んだ。



To be continued...
(2010.05.22 初版)


作者(紫雲様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで