堕天使の帰還

本編

第四十章

presented by 紫雲様


第3新東京市、シンジ宅―
 「・・・それは、本当の事なのね?冗談ではないのよね?」
 「・・・事実だ。こちらもシオンの助力を得て、物資や人材の流れから開発施設の場所を割り出す事には成功した。そして場所が判明したのが3日前。危険性に目を瞑り、リィゾやフィナをリーダーとした、死徒の集団による襲撃を仕掛けさせたが、すでに量産型は搬送された後だった」
 「搬送先は分からないの!もう、時間がないのよ!」
 「スミレ。君の気持ちは分かる。私だって、シンジが失われるぐらいなら、死徒の存在を表に出して、人類相手に戦争を仕掛けてやっても構わんほどだ。無論、この考え方が27祖として相応しくない事は理解しているし、魔道元帥殿にも『立場を弁えろ』と釘を刺されたよ」
 「・・・ごめんなさい、感情的になってしまったわ」
 「構わんさ。アルトルージュ殿や、トラフィム翁だけではない。魔道元帥殿を通じて魔術協会からも調べて貰ったが、僅かに奴らの方が上手だった。全ては我らの実力不足。その報いは受けねばなるまい」
 無言の時間が流れる。
 「シンジに代わってもらえるかな?」
 「ええ、ちょっと待って」
 しばらくした後、シンジが応対に出た。
 「シンジか・・・すまなかった。我らの実力不足が原因だ」
 「・・・ヴァンさん、ありがとうございました。僕の為に・・・僕を27祖にしない為に、みんなが全力で動いてくれた。死徒27祖に就きたくないという僕の我儘を叶える為に・・・今だから言える。僕は、幸せ者です。みんなに会えて、良かった」
 「シンジ・・・すまない・・・私は・・・私は!」
 「良いんです。もう覚悟は決めました。だから、最後の我儘を聞いてもらえませんか?みんながそこにいるのなら、みんなに聞こえるようにしてほしい」
 「分かった・・・よし、いいぞ。お前の望み、何でも聞こう」
 少し躊躇った後、少年は口を開いた。
 「僕のこと、みんなの末弟シンジ=ブリュンスタッドという存在を、忘れてほしいんです」
 アルトルージュが、プライミッツマーダーが、リィゾが、フィナが、トラフィムが、リタが、ヴァンが、ゼルレッチが、電話の向こうで驚愕の叫び声を上げる。
 「そうすれば、みんな苦しまなくて済むんです。僕はみんなに苦しんでほしくないんです。みんなに笑っていてほしいんです。僕の大切な家族に、苦しんでほしくないんです。だから、僕の最後の我儘を聞いてください」
 末弟の悲しい我儘に、兄姉達は何も言う事ができなかった。

第3新東京市、襲撃当日。NERV本部発令所―
 「たった今、日本政府からコード801が発令されました!」
 「宣戦布告、という訳だな、あの愚か者どもが。市民の避難状況は!」
 「はい、襲撃予定時刻の30分前には避難が完了する予定です。昨夜のうちに避難指示をしておいたおかげで、避難に問題は発生しておりません」
 「MAGIへのハッキングが開始されました。ハッキングをしているのは松代やアメリカ等、5ヶ所からの同時攻撃です。しかし、全てこちらの思惑通り、囮の方へとハッキングをしています!」
 「赤木博士が松代へのハッキングを開始しました」
 「戦自への通信攪乱は順調に進んでいます。およそ7割が移動を停止。現在は御殿場近辺で止まっています。残り3割―戦闘機100と地上部隊4千はこちらへ侵攻を続行中。現在、市内にまで1時間の地点にいます」
 「UNは沈黙を貫いています。ですが所属不明の飛行物体をUNで確認。極秘任務という理由で所属等は確認できなかった、と連絡が入っています。おおよそ歩兵2千ほどを空輸していると思われます」
 「戦闘機100に歩兵6千か。葛城二尉、迎撃戦力は問題ないか?」
 「はい、硬化ベークライトは問題ありません。またブリュンスタッド特務准尉の要望により、あえて通行可能な通路を残してあります。そちらは准尉が迎撃する、との事です」
 『三佐、加持です。通信で失礼します。JA攻勢部隊は準備完了しました。連絡を受け次第、即座に行動が可能です』
 「分かった。子供達はどうだ?」
 『はーい、いつでも、オッケーでーっす!』
 『アスカ、さわがしい』
 『ふふ、まさかエヴァに乗って戦う日が来るとはねえ・・・』
 「初号機は指定の場所に待機させてあるな?」
 「はい。問題ありません」
 「ありがとうございます。僕も目処がつき次第、即座に初号機で出ます」
 加持は攻勢部隊、シンジ以外のチルドレンはエヴァ、他のメンバーは発令所でその時が来るのを待ち受けていた。
 「エヴァ3機は地上で待機させておけ。基本戦術として、必ず3機一緒に行動すること。もしケーブルが断線した場合、即座に他の2機でフォローし、その間にケーブルを接続し直せ」
 『『『了解』』』
 「戦自の地上部隊は邪魔にならん限りは無視してくれ。エヴァの装甲を貫けるような戦力はないからな。戦闘機のN2にだけは要注意だ。優先して戦闘機から撃墜していけ」
 そして、ついにその時が来た。

第3新東京市、市街地―
 「きたわね、このSEELEの操り人形どもが!」
 「アスカ、冷静にね。まずは戦闘機から潰していくわよ」
 「僕の初陣にして最後の戦い、始めさせてもらおうか」
 紅と蒼と黒の巨人が、パレットライフルを戦闘機へ向けて撃つ。市内に入る前に、戦闘機のうち何割かは被弾し、地上へと落下していった。
 市内に侵入してきた戦闘機には、もはや銃は使わない。その両手を振りまわして、次々に叩き落としていく。
 「地上部隊、ウザいわね。どうせエヴァを傷つけられないんだから、止めときゃいいのに」
 「まあ、彼らはそれで給料もらってる訳だからね」
 「本部、聞こえますか?地上部隊、Fの4地区から侵入開始しました。対応お願いします」
 『了解した。君達はそのまま敵の航空戦力撃破に専念してくれ』
 「「「了解」」」

NERV本部内部―
 ジオフロントへ侵入を果たした地上部隊は、即座に本部への侵攻を開始した。事前に手に入れた見取り図(マトリエル戦の際に、リツコが流したダミーデータ)を参考に、進撃していく。
 「いいか!内部に入ってしまえば、エヴァには攻撃されない!全軍、本部へ侵攻せよ!」
 指揮官の指示に従い、本部内へとなだれ込む戦自、だが一般職員等はすでに避難させているため、内部はもぬけのからである。
 硬化ベークライトの破壊による強行突破や、わざと残しておいた廊下へ進む部隊などにより、少しずつ戦力が分散していく。
 やがて中層付近に到達すると、今度は無線の使用が不可能になった。
 互いの連絡が取れず、加えて配置図と実際の通路に大きな違いがある事に気付き、進軍を止める部隊がチラホラと出始める。
 「よし、いくぞ!」
 そこへ加持が率いるパワードスーツ部隊が各個撃破を狙って攻撃を仕掛ける。戦自も勿論反撃するが、彼らの使う火力ではJAの装甲を傷つけるのがやっとであった。
 十数秒の交戦の後、敵戦力が壊滅したのを確認すると、加持は部隊を率いて、即座に移動を開始。発令所からの情報を、所々に設置された端末から受け取りながら、孤立している敵部隊を確実に撃破していった。

発令所―
 「三佐、敵戦力は順調に撃破していますが、現在、壊滅を免れた部隊がこちらへ向かって進撃しています。3方向からの同時侵攻です」
 「三佐、現在、未確認の敵戦力が本部へ侵入しました」
 「どういう事だ?映像はあるか?」
 「はい、正面に映します」
 モニターに映し出された戦力は、まるで統一性が無かった。装備品も、人種も、共通点がない。強いて挙げるとすれば、それは行動に無駄がない点である。
 「傭兵を雇ったの!あいつら、ロクなことしないわね」
 「違うぞ、葛城二尉。あれはSEELEの始末屋部隊だろうな。たった7日で傭兵と交渉を締結させるなど、無理がある。どちらにしろ、厄介な事に変わりはないがな・・・奴らの発令所到達までの時間は?」
 「およそ15分後です!」
 所持していた拳銃の弾倉に、銃弾を詰め始める青葉と日向。その光景をマヤが引き攣った顔で見ていた。
 「三佐!市内まで10分の航空距離に量産型エヴァを輸送中と思われる飛行物体をレーダーで捉えました!」
 ついに到着したSEELEの最大戦力に、発令所に緊張が走る。
 「三佐、そろそろ動きます」
 同時にMAGIがパターンブルーを検知する。対象はシンジ。
 「使徒の力で迎撃するのか?准尉」
 「いえ、もう一つの方、吸血鬼としての力を使います。何があっても、慌てないで下さい」
 ――世界は孤独に満ちている――
 朗々とした声で始まった詠唱に、発令所の視線が集まった。
 ――我が前を塞ぐ者はおらず、我が後に続く者は大地に伏す――
 航空戦力を撃破しおえた子供達が、モニターを通してシンジを見つめる。
 ――我が道行きは常に独り、故に我が心を解する者なし――
 討ち漏らした敵戦力の接近を告げる加持の警告が発令所に響く。
 ――我が道のりは、全て鮮血に彩られる――
 シンジを中心に、空間が歪み始める。新たに生まれた世界は、赤い海と白い砂に支配された、孤独の世界。
 ――我は望む。全ての愚かなる者どもに、相応しき死の末路を与えん事を――
 閉じていた両眼を開くシンジ。その両眼は真紅に染まっていた。
 ――応えよ、我に忠誠を誓いし者どもよ――
 突如、赤い世界に吹き荒れる風の渦。その渦が収まった後には、複数の人影が立っていた。
 「GRWWWWWW!」
 雄叫びを上げる『ガイアの怪物』。死徒27祖第1位プライミッツマーダー。
 「それがお前の望みなら、せめて応えてやろう」
 同情の視線を向ける『魔導元帥』。死徒27祖第4位キシュア=ゼルレッチ=シュバインヴォーグ。
 「シンジ、我が弟子よ。お前の望み。この剣にかけて叶えよう」
 携えた魔剣で騎士の礼を取る『黒騎士』。死徒27祖第6位リィゾ=バアル=シュトラウト。
 「君を決断に追い込んだ愚か者には、容赦など必要ないな。全て皆殺しだ」
 モニターに映る量産型エヴァを睨みつける『白騎士』。死徒27祖第8位フィナ=ヴラド=スヴェルテン。
 「シンジ、あなたを守る約束、違えてしまってゴメンね」
 涙を浮かべて謝罪する『血と契約の支配者』。死徒27祖第9位アルトルージュ=ブリュンスタッド。
 「最後に、兄としてできる限りの事はしよう」
 包帯の下から蒼い魔眼を曝け出す『殺人貴』。死徒27祖第10位遠野志貴。
 「私の初めての弟子でしたね、あなたは。今思えば懐かしい」
 エーテライトを携える『統計と乱数の支配者』。死徒27祖第13位シオン=エルトナム=アトラシア。
 「シンジ、力及ばなかった私を怨んでいるだろうな、すまない」
 両の拳から血が滴り落ちるほど握りしめる『人形師』。死徒27祖第14位ヴァン=フェム。
 「もっと、あなたのお姉ちゃんでいたかった」
 悔しげにシンジを見つめる、死徒27祖第15位リタ=ロズイーアン。
 「せめて、お前の悔しさだけでも晴らしてやろう」
 怒りに顔を歪める『白翼公』。死徒27祖第17位トラフィム=オーテンロッゼ。
 「シンジ、あなたの心、癒してあげたかった」
 シンジへ手を伸ばそうとし、途中で諦める『水魔』。死徒27祖第21位スミレ。
 この場に強制召喚された27祖が、シンジに対して膝をつき、臣下の礼をとる。
 『我等、27祖。我等との記憶と引き換えに、陛下への忠誠を誓うものなり』
 それこそが固有結界『闇色の六王権』の力。絆を持つ27祖を強制召喚し、その絆を破棄する代わりに、死徒の王としての権能を振るう事を許される能力。
 シンジの両目に、光る物が浮かぶ。
 『やめなさいよ!馬鹿シンジ!アンタの家族でしょうが!』
 『お兄ちゃん、お願いだから止めて!私達で何とかするから!』
 『シンジ君、止めるんだ!君は自分の心を殺すつもりか!』
 直感でシンジが何を覚悟したのかを悟った子供達が、発令所に響くほどの怒声をあげる。そして大人達がシンジを止めようと動き出す。だが、
 「我は受け入れる。我が絆を贄に捧げ、そなたらの忠義を受け取らん」
 涙を流しながら、シンジはキーワードを口にする。その両眼から、家族への親愛の情が完全に消えていく。
 「プライミッツマーダー、アルトルージュ、リタ、スミレ。以上4名に本部へ侵入した愚か者どもの殲滅を命じる。生け捕りは必要ない。皆殺しにせよ」
 無言で受諾する3人の姉と、白い魔犬。
 「ヴァン、トラフィム。以上2名にSEELEへの攻撃を命じる。やつらの権力と経済力全てを無に帰せ。シオンは2人の助力をせよ」
 短く了承の返事を返す3人。
 「ゼルレッチ、リィゾ、フィナ、志貴。以上4名は我とともに、量産型エヴァを撃滅せよ。1人2体が義務だ」
 深々と頭を下げる4人。
 「全ては死徒の王たる我、死徒27祖第2位『the dark six』シンジ=ブリュンスタッドの名において命じるものなり。命令を遂行せよ」
 身を翻し、初号機の元へ向かうシンジを、誰も引き留められない。ただアスカの怒声だけが虚しく響いていた。
 「もういいの、お願いだからやめて。こうなる事は分かっていたから」
 アルトルージュの静かな声が、アスカの心を揺さぶる。
 「弟を支えてあげてね。シンジは貴女を護りたい、そう願っていたのだから」
 「・・・何をしている、アルトルージュ。命令を遂行せよ」
 「申し訳ありません、陛下。これより向かいます」
 まるで物を見るような冷たい視線に見送られながら、アルトルージュは魔犬とともに駆けていく。その両眼に浮かんでいた物を見た大人達は、悔しさに歯軋りをしていた。



To be continued...
(2010.05.22 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さりありがとうございます。
 今回のシンジについて、ちょっとネタばらし。
 もう忘れている方もいるでしょうが、27祖編でシンジが発動させた『孤独の世界』です。旧・劇場版のラストは、とにかく寂しい=孤独という印象があったので、孤独の世界に生きる者=孤独の世界を支配する王様→27祖の王という流れで思いつきました。
 27祖の王様となると、もうthe dark sixしかいないんですよね。この王様は、月姫読本の中で『現在蘇生中・正体不明』と書かれていました。でも死徒の蘇生パターンって限定されていないので(吸血鬼物だと、灰に血をかける、というのが良くありますね)、今回アルトルージュに目をつけてみました。
 アルトルージュは死徒と真祖のハイブリッドです。アルトルージュを生み出した真祖サイドからしてみれば、真祖と釣り合う死徒なんて、最初の死徒であるthe dark six以外には存在しないんじゃないかと考えました。そうなると、アルトルージュの中にはthe dark sixの因子が存在している事になる。それがシンジに受け継がれて、サードインパクトの起きた世界の孤独な支配者である、第18使徒リリンと融合して・・・とプロットで考えていました。やっと表に出せましたよ・・・長かった・・・
 あくまでも堕天使の帰還独自の設定という事で目を瞑ってやってくださいw『紫雲のやつ、馬鹿な事やってるなあ』と、サラッと受け流して下れば幸いです。
 あと固有結界『闇色の六王権』ですが、能力は本文の通りです。メリットはとてつもなく強力です。なにせ一度『闇色の六王権』の対象にしてしまえば、この先ずっと支配下におく事が可能な訳で・・・そうなるとデメリットも大きくしたかったんですよね。この辺り、私の魔剣好きが反映されてます。やっぱハイリスクハイリターンは面白いw
 ただし、この『闇色の六王権』ですが、理屈の上では『欠陥』があるんですよね。面識のない27祖は召喚不可能なのもそうですが、固有結界自体の根幹に関わる欠陥です。どんな欠陥なのか、皆様、もし時間に余裕がありましたら、推測してみてくださいw
 次は対SEELE戦(後編)とエピローグになります。
 最後まで残り一回、どうかお付き合いください。



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