第四十一章
presented by 紫雲様
初号機エントリープラグ内部―
「エヴァ初号機起動。みんな、今、行くからね」
全身に緑の雷光を這わせながら、シンジは初号機とともに地上へ出た。すでに肉眼で確認可能な距離にまで、量産型エヴァは接近していた。
『お兄ちゃん・・・』
『シンジ君、君は・・・』
『何でよ、何であんな事したのよ、馬鹿シンジ!』
シンジがキョトンとした顔を浮かべる。その顔は、何故3人が悔しさと悲しさに顔を歪めているのか、全く理解できていない表情であった。
「どうしたのさ、みんな。何かあったの?」
『ふざけないで!何で自分の家族を切り捨てるのよ!そんなに、アタシ達の事が信用できない訳!?』
「・・・家族?僕の血縁はレイと母さんだけだよ。遺伝子提供者の片割れは家族じゃないしね」
『スミレさんは!志貴さんは!シオンさんは!・・・』
「あれは僕の臣下だよ。それ以上でもそれ以下でもないからね。僕と彼らはそういう関係なんだから」
その言葉に、3人は確信した。シンジの中から、彼の家族の記憶が消え去ってしまっていることに。
シンジを止められなかった悔しさ。シンジが大切な物を失った事に気づいていない悲しさ。そして自分達の弱さに対する怒り。
子供達は無言で歯を食いしばり、心が荒れ狂うのを我慢していた。
そんな仲間を不思議そうに見つめながら、シンジが外部スピーカーのスイッチをいれる。
「さあ始めるぞ」
初号機の近くに待機していた4名の27祖は、黙って頷いた。
SEELE―
「NERV本部への侵攻計画だが・・・」
「はい。まずはMAGIへのハッキングを開始しました。意外な事に666プロテクトは使わないようです。もっとも、そのおかげでハッキングは順調ですが」
「戦自とUN戦力、こちらの息のかかった者達は、本部への侵攻を始めております」
思惑通りに進む報告に、老人たちの言葉に愉悦が感じられる。ただ一人、01のモノリスを除いて。
「キール議長、何か気になる点でも?」
「上手くいきすぎだな。666プロテクトを使わぬだと?そんな馬鹿な事があるか!それにサードだ。あれのバックボーンについては、結局分からずじまい・・・」
キールの言葉に、老人達が黙りこむ。そこへ、今までゲンドウが使っていた席に、人影が現れた。その数は3人。
「お初にお目にかかるSEELEの老人方。もっとも私から見れば、まだケツの青いガキ同然だが」
「お前はヴァン=フェム!何故、そこにいる!そこはNERV本部でなければ・・・」
「そこにいるから、使っているのだ、愚か者が。勅命により、種は播き終わった。あとは収穫を待つばかりなのでな、最後に顔ぐらいは見せてやろうと思ったのだ」
ヴァンの言葉に、キールだけが気づいていた。
「ヴァンよ、今、勅命と言ったな?」
「耳ざとい年寄りだ。確かに言った。勅命により、お前たちSEELEのもつ政治・経済の力、全てを無に帰させてもらう」
同時にモノリスから嘲笑の笑い声が上がる。だが即座に、様々な絶叫が響いてきた。
「確かに奪い尽くすのであれば、手間暇はかかる。だが無に帰すだけなら、それほど手間はかからないぞ?何せ、物理的に壊せばいいのだからな」
さらにモノリスから聞こえてくる絶叫。中には消えてしまったモノリスもあった。
「ヴァン!貴様、正気か!そんな事をすれば、お前の財団とて、ただでは済まぬぞ!」
「元より承知の上。言っただろう?勅命だと。我らが陛下の勅命である以上、人間如きが幾ら苦しもうとも、我らには関係ない。ただ全てを破壊し尽くすのみ」
「・・・誰だ!貴様の主とは、一体誰だ!」
キールの叫びに、3人が答えた。
「我が息子」
「我が孫」
「我が弟子」
「・・・サード・・・か?」
「「「我ら吸血鬼の王、全ての死徒の頂点に君臨される御方」」」
3人の両目が真紅に輝いていく光景に、キールは恐怖を感じていた。
NERV本部通路―
無言で無人の通路を駆け抜ける軍人の集団。一名が先行して安全を確認する間、他のメンバーが不意打ちを警戒して、油断なく周囲を見回す。その手際の良さに隙はなく、油断など一かけらもない。
「ようこそ、いらっしゃい。せめてお茶ぐらいは出してあげたいんだけど、残念ながら準備していないのよ」
真後ろから聞こえてきた声に、咄嗟に後ろを振り向きつつ銃を突きつける。その両眼が捉えた物は、あまりにも非現実的な光景であった。
なぜかこの場所にいる金髪の美少女。長い髪の毛を縦ロールにした良家のお嬢様と評していいその姿だけなら、彼らも即座に発砲していたに違いない。
それを躊躇わせたのは、彼女の前に存在していた。
完全に両足が床から離れている同僚の姿。その顔は蒼白を通り越して、完全な白い色をしていた。その顔色から、彼の呼吸が止まっているのを確認するまでもなく、既に死んでいる事が本能で理解できた。
元・同僚の首筋と、少女の唇とを繋ぐ赤い糸。その糸を真っ白な絹のハンカチで拭いつつ、リタはニッコリと微笑んだ。
「さすが、日頃から鍛えているだけあって、とても健康的ですわね。思う存分、楽しませて頂きますわ」
ドサッと音を立てて床に落ちる死体。その音に正気を取り戻した襲撃者達は、即座に発砲を開始した。
「そうそう、精一杯、抵抗してくださいね。あなた達が馬鹿な事をして下さったおかげで、私達は愛する弟を失ってしまったのですから」
その声は、襲撃者達の中心から聞こえてきた。恐怖を堪えつつ飛び退った彼等が見たのは、哀れな犠牲者の首筋に、自らの唇を押しつけ、ゴクゴクと音を立てながら、冷たい光を湛えた瞳で襲撃者を見つめるリタの姿である。
「さあ、足掻きなさい。下賤な人間如きの命で、私達の愛する弟が戻ってくる訳ではない。でも、あなた達を殺さずにはいられないのよ」
命の源である血潮を全て吸い取られた軍人の頭部と胴体を、死徒の怪力で引き千切りつつ、リタは襲撃者達に襲いかかった。
そこは長い長い直線の通路であった。遮るものなど何もなく、ただひたすら全力で走りぬけることが可能な通路。そこに彼女は自然体で立っていた。その姿があまりにも自然に見えたため、逆に襲撃者達も気づくのが遅れてしまっていた。
年齢は20代半ば、金色の髪の毛と、常識を超えた大きさの胸が特徴的な美女に、襲撃者達は呆気に取られていた。
「・・・聞こえる?この音が?」
美女の言葉に、襲撃者達は思わず耳を澄ましてしまった。そんな事などせずに発砲していれば、もしかしたら一人ぐらいは逃げだせたかもしれなかったのに。
彼らの耳に聞こえたのは、海で聞こえる波の音。寄せては返す、潮の音。
「た、隊長!足元に!」
その声に、彼らは気付いた。何故か、足下に水が満ちていた。もし鼻孔をくすぐる香りが間違いなければ、それは水ではなく海水である。
「馬鹿な!何故、海の水が!」
海水は見る見るうちに上昇していく。
「これが八つ当たりなのは分かってる。でもあなた達は弟を奪った一味。だから、私は報復する」
その言葉に、襲撃者達は慌てて銃を構えて振り向いた。だが両目を真紅に輝かせ、怒りの形相を浮かべる女性の姿に、その身を竦ませる。
「この遥か地下深くで、溺れ死ぬがいい・・・空想具現化(マーブル・ファンタズム)!」
空想具現化。それは術者の心のままに、世界そのものを好きなように変容させる能力。本来は自然や世界の触角である精霊しか使えない能力であり、吸血鬼の中では『星』が生み出した『星』の端末である真祖にしか使えない。だがスミレだけはその例外。死徒であるにも関わらず、例外的に空想具現化を自在に使いこなせる存在―
『水魔』の二つ名に相応しく、彼女は地下の通路を広大な海原へと変化させていた。流れ込む大量の海水に、襲撃者達は必死になって泳ごうとする、だが彼らの身につけた重装備の重量が、それを満足に果たさせない。
「せいぜい、苦しみなさい。それでも弟の苦しみに比べれば、可愛いものよ」
水中を生活の場とするスミレは、冷たい視線を送り続けていた。
襲撃者達は本部目指して全力で通路を走っていた。
「マナーのなってない、粗野な野良犬ですわね」
その声に、彼らは思わず足を止めてしまった。脇道から現れたのは、紅茶色の髪の毛に、漆黒のドレスを纏った美少女である。
「そいつはサードの姉だ!生け捕りにしろ!」
その声に、襲撃者達は一斉に襲い掛かる。だが、
ぞぶん
聞いた事もない奇妙な音がした。その音は彼らの先頭に立っていた男から発せられていた。
「プライミッツマーダー。少しは私の分も残しておいてね。久しぶりに、力を振いたくて仕方がないのよ」
アルトルージュの前に突如現れた白い犬は、襲撃者達の前で、瞬く間に体を巨大化させていく。
「ば、化け物!う、撃て!」
腰だめに構えたサブマシンガンから放たれた金属の塊が、魔犬へと吸い込まれる。だが魔犬は体に銃弾が食い込んでも、何の痛みも感じないらしく、ただ無心にその牙と爪を振い続けた。
「あなたも悲しいわよね、プライミッツマーダー。でも、せめて私達だけは、あの子の事を覚えていてあげましょうね。私はお姉ちゃんで、あなたは友達なのだから」
プライミッツマーダーは一声吠えると、また殲滅作業に戻った。
第3新東京市、市街地―
舞い降りつつある量産型エヴァンゲリオン15機を前にして、子供達は緊張を隠しきれないでいた。だが全く緊張を感じない者達もいた。
「陛下、御武運を」
4名の27祖が空中を駆ける。やがてゼルレッチが片手を振ると、量産型エヴァ8機と4名の27祖の姿がその場から消えた。
「さあ、みんな。準備はいい?残り6機、僕達で殲滅するよ」
初号機の顎部ジョイントが引きちぎられ、背中から6対12枚の翼を出現させながら、シンジは戦闘態勢にはいった。
異空間―
ゼルレッチの第2魔法―並行世界への移動―によって、量産型エヴァ8機と27祖達は第3新東京市とは異なる世界へと移動していた。ゼルレッチが作り上げた架空の世界であるため、どれだけ暴れようとも迷惑を被る者はいない。
ゼルレッチは量産型エヴァ2機を前にして、焦る事もなく、懐から七色に輝く宝石の短剣を取り出した。
「さあ、始めようか、ガラクタども。流石の儂も腹に据えかねておるのでな、派手に行かせてもらうぞ」
ゼルレッチの宝石剣に集まりつつある巨大なエネルギーに警戒したのか、エヴァは携えていた大剣をゼルレッチに突きだしてくる。
その刃は見事にゼルレッチの肉体その物を一瞬で消し飛ばした。その後には、欠片ほどにもゼルレッチは残っていない。
「ふん、それなりに動くようだな。操り人形としてみれば、合格点か」
攻撃の瞬間、空間転移によって移動していたゼルレッチは、十分すぎるほどにエネルギーを蓄えた宝石剣を振り抜いた。
眩い光の奔流が、怒涛のようにエヴァを飲みこむ。エヴァもATフィールドを張って凌ごうとしたが、結局は抗いきれない。
コアもダミープラグも、全てが光の中に飲み込まれ、チリと消えていく。
「まずは1体。この分なら、すぐ終わるな」
つまらなそうに呟くと、ゼルレッチは残る量産型に対峙した。
「これは派手にやっても良い、という事か。魔導元帥殿も、どうやら考えておられる事は同じか」
黒スーツに漆黒の魔剣を携えたリィゾは、眼前で己を睨みつける量産型エヴァ2機を詰まらなそうに見つめていた。
「・・・下らんな、さっさと片付けてくれる」
魔剣に己の魔力を注ぎ込む。その膨大な魔力に、魔剣は己の全ての力を解放する事を許され、まるで歓喜するかのように細かく震えていた。
「消し飛べ、操り人形」
無造作に振り抜いた剣先から、漆黒の波が放たれる。波はATフィールドを物ともせず、エヴァ2機をまとめて消滅させてしまう。
その手応えのなさに、リィゾはため息をつく。
「この虚しさ・・・もはや木偶人形相手では、憂さすら晴らせぬ。何故だ?長い事待ちわびていた実戦だというのに・・・」
自問自答するリィゾは、愛剣に映った己の姿をじっと見つめる。
「そうか。そう言う事か。それほどまでに、私にとってシンジの存在は大きくなっていたのか」
リィゾは死徒となって初めて、生きる事に虚しさを覚えた。愛弟子を失った心の欠損、それは埋められない物だと本能で理解してしまったがために。
「さあ、始めようか」
すでにフィナの周囲には、固有結界『パレード』によって生じた、フィナの忠実な部下―幽霊船団が控えていた。
フィナを船長と仰ぐ一団は、戦いの時を沈黙とともに待ちわびている。
「かかれ」
フィナの命により、一斉に襲いかかる軍勢。エヴァも抵抗するが、いかんせん数に差があり過ぎる上、フィナの秘めたる死徒としての実力故に、その抵抗は形にすらならない。
瞬く間にスクラップと化したエヴァを前に、フィナは憂鬱な表情を浮かべていた。
「リィゾよ、君も私と同じ気持ちなのだろうか?いや、きっとそうなのだろうな・・・これ程までに心締め付けられる日が来るとは・・・」
「初めてだな、直死の魔眼を使う事に躊躇いを感じないのは」
志貴の両目は、すでに量産型エヴァの死線を見出していた。その死線の中に存在する、死の中心点が存在している事も、すでに確認済みである。
エヴァは志貴に対して、全く警戒していない。これはある意味、当然であった。志貴の魔眼は膨大な魔力を発する訳でもないし、彼自身が魔力を使う訳でもない。エヴァにしてみれば、ただの人間と変わりない存在だからである。
それ故に、彼が無造作に懐へ飛び込み、装甲に短刀を突きたてた事にも、それが原因で全身が砂と変わっていく事にも、エヴァは全く気付かなかった。
2つの砂の山を背後に、彼は包帯を両目へ巻き直す。
「シンジ、お前が俺達の事を忘れても、俺達は忘れない。いつでも助けてやるからな」
その言葉が弟に届かない事を知りつつ、それでも彼は口にしていた。
To be continued...
(2010.05.29 初版)
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