堕天使の帰還

本編

第四十二章

presented by 紫雲様


第3新東京市、市街地―
 ATフィールドの翼を展開した初号機は、その圧倒的なまでの存在感を周囲に放ちながら空中に留まっていた。
 量産型エヴァ6機も、その異様な光景に恐怖心を抱いたかのように、その場で身動き一つせずに止まっている。
 初号機の右腕が静かに頭上へ上げられる。すると天から轟音とともに、1本の二股の槍は飛来した。
 「カヲル君、これを使って。僕はミストルティンがあるからね」
 初号機から手渡された神殺しの槍を、参号機が素直に受け取る。
 「シンジ君・・・」
 「アスカ、僕と一緒に前衛をお願い。レイは後方から支援射撃をお願い。カヲル君はレイの護衛をお願い」
 「分かったわ、お兄ちゃん。アスカ、カヲル、色々言いたい事があるのは私も同じ。でも目の前の邪魔なのを片付けてからにしましょう」
 レイの言葉に、カヲルとアスカの眼に強い意志の光が戻る。
 「行くよ、高速分割思考完全開放!1番は初号機の操縦。2番は虚数魔術展開、収束開始、形状は礫を指定。3番は量産型エヴァの行動予測開始」
 初号機の前に、複数の漆黒の球体が現れる。その数、およそ20。
 それら全てを、こちらへ飛びかかってこようとしていた伍号機に叩きつける。ATフィールドに威力を減衰されながらも、虚無の力は伍号機を侵食した。
 全身を食い荒らされ、行動不能に陥る伍号機。即座にS2機関によるエネルギーを利用し、機体の再生が始まる。
 その不気味な光景に、アスカは顔を顰め、レイは眉をひそめ、カヲルは肩を竦めた。
 「3人とも、分かっただろ?こいつらは生半可な攻撃では、倒せないんだ。確実にコアかダミープラグのどちらかを破壊する必要がある」
 ミストルティンを振り下ろす初号機。グシャッという音を立てた量産型エヴァは、ダミープラグを破壊され、その再生を止めてしまった。
 「分かったよ、シンジ君。確実にトドメを刺せ、そう言いたい訳だね」
 「カヲル君、正解。アスカ、行くよ!」
 「ちょ、ちょっと!?」
 言うなり飛び出す初号機。僅かに遅れてクロノスを構えた弐号機が続く。残る量産型エヴァは5機。
 「うおおおおおおおお!」
 ミストルティンに虚無の力を宿らせた一撃は、量産型2機を纏めて切り裂いていく。その衝撃に吹き飛ばされる2機。
 「隙あり!」
 初号機の背後から飛び出した弐号機が、クロノスを振り抜く。純粋な物理的破壊力だけならミストルティンを上回る一撃は、空中から初号機へ襲いかかろうとしていた陸号機を見事にとらえ、その上半身と下半身を真っ二つに切り裂く。
 その間に初号機は弐号機のカバーをするべく体勢を整え、弐号機は早くも再生を始めた陸号機のコアをその右足で踏みぬいた。
 「2機目撃墜!」
 「お兄ちゃん!こっちは大丈夫だから、吹き飛んだ2体をお願い!」
 零号機は空中から襲いかかってくる拾号機と拾弐号機を、ポジトロンライフルで叩き落とす事に専念していた。ATフィールドが中和されている状況なら倒せただろうが、それが無理なため、レイはアシスト役に専念する事に切り替えていた。
 参号機は手に持ったロンギヌスの槍を使い、地面に落とされた2機へ攻撃を仕掛ける。それに対して、量産型も手にしていたロンギヌス・コピーを使って応戦する。
 拾号機に参号機が襲いかかる間に、拾弐号機が参号機の背後から襲いかかろうとする。だが零号機から放たれた陽電子の槍が、拾弐号機を真横から襲い、その爆発力で参号機の傍から弾き飛ばす。
 「アスカ、僕達でもう1体ずつ潰すよ。準備はいいね?」
 「・・・オーケー、やってやろうじゃない!」
 初号機と弐号機が同時に飛び出す。起き上がろうとしていた拾参号機と拾伍号機は、全く同じタイミングで、顎部に渾身の蹴りをくらい、見事にその体を浮き上がらせた。
 完全に死に体となった2機に、赤と紫の巨人は、再度同じタイミングで後ろ回し蹴りを放つ。その衝撃で背後へ吹き飛んだ量産型を更なる追撃が襲う。
 地面に量産型が着地させられるのと同時に、巨人が前方宙返りをしつつ、踵落としを鳩尾へと叩きこむ。そのまま大剣と大鎌を振い、頸部を切断。さらに右拳にATフィールドを収束させ、剥き出しになったダミープラグを木端微塵に粉砕する。
 「「3機目、4機目撃墜!」」
 再び立ち上がった初号機と弐号機が見たのは、参号機のロンギヌスによって、コアを貫かれた拾号機の姿であった。
 「5機目撃墜。少し手間取ったけどね」
 苦笑するカヲル。
 残り1機となった拾伍号機は、ダミープラグ故に圧倒的な劣勢であっても、撤退の二文字は存在していない。その手に構えたロンギヌス・コピーを零号機へ振り下ろす。
 零号機はその一撃を、咄嗟にポジトロンライフルで受け止める。激しい火花が飛び散り2体の巨人に分け隔てなく降り注ぐ。さらに起こる爆発音。
 爆炎の中を、レイは苦痛を堪えてプログナイフを準備し、目の前にいる拾伍号機目がけて突きだした。狙いは鳩尾に存在するコア。
 激しい火花を撒き散らせながら、超振動の刃がコアへと食い込んでいく。
 拾伍号機も最後の抵抗とばかりにロンギヌス・コピーを振りかぶるが、背後から参号機にロンギヌスでダミープラグを貫かれ、その行動を止められた。
 「ラスト・・・撃墜」
 レイの言葉に、シンジとアスカがサムズアップで応え、カヲルが笑顔で応じる。
 同時に、初号機の前に4名の人影が膝まづいた姿勢で現れた。
 「陛下、勅命の遂行が完了しましたことをご報告申し上げます」
 「御苦労、下がっていいぞ」
 笑顔を浮かべていたシンジの顔から、喜びという感情が消え去る。その口からでた言葉は、何の感情も込められていない冷たい声であった。
 その横顔を見たアスカは、ある事を決心した。

発令所―
 量産型エヴァ14機の完全沈黙と、地上部隊の本部占拠失敗の報告は、NERVには歓喜を、SEELEに与した日本政府には絶望をもたらした。
 ヴァン・トラフィム・シオンの行動により、キール議長を中心としたSEELEの主要メンバーは、死徒の一団による襲撃を受け、全てが命を落としている。
 同時にリツコによって行われた、全世界への無差別ハッキングによりSEELEと全世界の要人達との癒着が表に出ることとなり、世界中が激震に飲み込まれていく。
 その要人の中には日本政府の政治家や戦自の高官も含まれており、彼らはNERVへの襲撃を仕掛けたテロリストという烙印を押され、自らの判断の甘さを後悔しながら、残り少ない時間を塀の向こうで過ごす事になる。
 だが、その要人の中に、NERVの司令である六分儀ゲンドウの名前が入っていた事は、世界中に大きな衝撃を与えていたが、そこに付随された一文が、ゲンドウを司法の場へ引きずり出させなかった。
 『六分儀ゲンドウは二度とこの世界には現れません。彼は残りの生涯を、死よりも辛い苦しみの中で、後悔しながら生き続けるでしょう』
 その一文がシンジの名前で付随されていた為、ゲンドウを助命する為では?と疑う者達が続出した。彼らはテロリスト断罪という大義名分を得て、実の息子であるシンジにまでその断罪の刃を伸ばそうとした。
 だが彼らは少数派であり、自分達の言葉が世界に受け入れられないと悟ると、徐々にその意見を口にはしなくなっていった。

一ヶ月後―
 ケージに戻された初号機、弐号機、零号機の中に眠る魂のサルベージ計画実行の日がやってきた。この日のために、チルドレン達は自らの意思で魂を説得。レイの素体を新たな体とすることで、現世への復帰を果たすことになった。
 計画は順調に進み、サルベージされた3名は経過を見るため、入院措置が取られることになる。
 「でも、複雑よね。ママがアタシと同い年になるなんて」
 アスカの言葉に、シンジが同意する。レイはレナを妹にできる事に、素直に喜びを覚えていた。ちなみにカヲルは『家族の再会に、水をさしたくないからね』と言って、この場に同行はしていない。
 現在、3人がいるのはNERV本部の医療施設である。ドアの向こうに最愛の家族がいるのは分かっているのだが、どうしても緊張に体が強張ってしまっていた。
 「あなた達、何をしてるの?早く、入りなさい」
 リツコがドアを開ける。そこに待っていたのは、同じ顔立ちの3人の少女。
 彼女達はベッドに上半身だけを起こし、ともに戦ってきた家族を待っていた。
 「レイお姉ちゃん!お姉ちゃんなんだよね!?」
 「そうよ、レナ。お姉ちゃんよ」
 レイがそっとレナを抱きしめる。二人の両目から、透明な熱い滴が流れ落ちていく。
 「アスカ、私が誰か、分かる?」
 「・・・ママ・・・ママだよね?ママなんだよね!?」
 アスカがキョウコの腕の中へと飛びこむ。ひたすらにママと泣き叫ぶ愛娘の姿に、キョウコもまた歓喜の涙を流していた。
 「シンジ、なのよね?」
 「そうだよ、母さん。僕がシンジだよ」
 ゆっくりと歩いてくる息子の姿に、ユイが両腕を必死に伸ばす。その手でシンジが幻などではないことを確認するかのように全身に触れていた。
 「ゴメンね、シンジ。ゴメンね、レイ。私の我儘で、息子と娘であるあなた達2人には辛い思いをさせてしまった・・・」
 「私を娘と呼んでくれるの?」
 「当然よ、レイ。あなたは私の娘。レナちゃんも私の娘よ」
 レナを抱きしめていたレイの両目から、とめどなく流れ落ちる雫。その顔は嬉しさに満ちていた。だが―
 「別に辛くはなかったよ。独りでいるのが、当たり前だったからね」
 息子の言葉に、ユイが悲痛な表情を浮かべる。
 「実はその件で、シンジのママに相談があるんです。悪いけど、シンジは席をはずしてくれる?」
 アスカの頼みに、シンジは頷くと廊下へと出て行った。
 「リツコ、持ってきてくれたわよね?」
 「ええ。でも、本当に良いの?」
 「実際に見てもらわないと、シンジのママも納得できないと思うのよ。私達は直接見てたけど、それでも信じられなかった。いや、信じたくなかったから」
 病室に運び込まれたモニターに、ある映像が映る。それはシンジに纏わる映像であった。

 ―初めて、初号機へ乗り込んだ時の騒動―
 ―ヴァン=フェム財団がNERVを告発した時のやり取り―
 ―父兄参観の際に起きた騒動―
 ―レイの暗殺を発端とした、シンジの素姓―
それら全てが、シンジが家族に囲まれて過ごしてきた事を意味していた。
 「シンジのママ、これを見て、どう思います?」
 「・・・この人達は、シンジの家族なのね。でも、あの子はさっき」
 「そうです。アイツは・・・馬鹿シンジは記憶を失っているんです。これのせいで」
 次に映ったのは、量産型エヴァ襲撃の際に、シンジが行った固有結界に纏わる映像であった。その内容に、ユイもキョウコも言葉が無い。
 「アイツ・・・馬鹿なんです・・・私達がもっと強ければ、アイツはここまで追い詰められずに済んだんです・・・」
 「お兄ちゃんは、自分が辛い事に気づいていないの」
 「アスカちゃん、レイちゃん・・・」
 「シンジのママ、いえ、ユイさん。お願いします。力を貸してください。シンジが無くした絆を、もう一度、シンジへ戻してあげるんです」
 「お兄ちゃんを助けたいの、お母さん!」
 アスカとレイの言葉に、ユイは何の反対もない。それどころか、大いに賛成であった。
 「けど、当てはあるの?科学とかなら私達の専門だけど・・・」
 「違います。もっと簡単な方法ですよ」
 アスカの説明に、ユイもキョウコも可能だと納得した。
 「ありがとう、2人とも。シンジは幸せ者ね、ここまで親身になってくれる女の子がいるなんて」
 「2人とも、頑張ってね。アスカ、シンジ君を助けてあげなさい」
 アスカとレイは、母親の同意を得られた事に作戦の成功を確信した。

 「話は終わった?」
 「うん、終わったよ。ありがとね、シンジ」
 アスカとレイがシンジの手を引っ張り、屋上へと連れていく。
 「ねえ、シンジ。シンジは私の事が好きだよね?」
 「当然だろ、アスカだって僕の気持ちは知ってるだろ?」
 「嬉しいよ、シンジ。本当に嬉しい。でも、今の私にはシンジと一緒に幸せになれる自信がないの」
 最愛の少女の言葉に、シンジが呆然とする。
 「お兄ちゃん、私もアスカと同じだよ。今のお兄ちゃんじゃ、アスカも私も、一生後悔しながら生きていかないといけないの」
 「どうして!全部終わったのに、どうしてそうなるんだよ!」
 「お兄ちゃんが家族の事を忘れているから。お兄ちゃんは良いよ、忘れているから、何の罪の意識も感じないで済む。でも、私達は違うの。はっきり覚えているの。覚えている限り、私とアスカは自分達の幸せが、あの人達の不幸という犠牲のもとに成り立っているんだ、って感じてしまうの」
 レイは畳みかけるように、言葉を紡ぐ。
 「お兄ちゃんは私に絆をくれたよね?お兄ちゃんの次にできた絆、それはスミレさんだった。スミレさんは、何も知らなかった私に色んな事を教えてくれた。お兄ちゃんに甘える方法や、お洒落の仕方、お掃除の仕方、色んな事を教えてくれた人。私にとっては、お姉ちゃんというべき存在だったの。そのスミレさんの事を、今のお兄ちゃんは何も覚えていない。それが私には、とても悲しい・・・」
 「でも、レイ。スミレは僕にとっては臣下なんだよ」
 「そうじゃない!お兄ちゃんは笑ってた!スミレさんと一緒にいたお兄ちゃんは、スミレさんを本当の姉のように慕ってたよ!お願いだから、思い出してよ・・・」
 縋りつくレイを、困ったように見つめるシンジ。
 「私もレイと同じよ。アンタに思い出してほしい。スミレさんと一緒にいたアンタは、本当に幸せそうだったよ」
 「アスカ・・・」
 「お願い、思い出して。何でアンタは碇の姓を捨てたの?何でブリュンスタッドを名乗るようになったの?」
 アスカの言葉に、シンジは記憶を遡る。
 「ブリュンスタッドは吸血鬼の王族、真祖にのみ許される名・・・いや、違う。僕はもとは人間だ、真祖どころか吸血鬼ですらない・・・」
 「思いだして、シンジ!アンタは強い!自分の弱さを認められるほど、強い心を持ってる!あんな訳の分からない儀式なんかに負けないで!」
 アスカが正面からシンジを抱きしめる。その強い意志の宿った眼差しで、シンジを正面から見据えた。
 「そうだ・・・過去へ遡って・・・僕は会ったんだ・・・アスカそっくりの女の子に」
 「思いだして!その人の名前を!アンタを守れなくてゴメン、そう泣いて謝った女の子の事を思い出してあげて!」
 「・・・そう・・・アルトルージュ・・・僕は・・・アルトルージュ姉さんに会ったんだ・・・」
 その言葉を聞いたアスカは、シンジに無我夢中でキスをした。



To be continued...
(2010.05.29 初版)


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