碇シンジの合法ロリルートへの道 (not18禁)

第五話

presented by 紫雲様


汜水関占領から7日後―
 占領した汜水関。そこに大半の傷病兵を置いた連合軍は軍を再編成。虎牢関攻撃の為の準備を整えていた。
 虎牢関まで2日の行軍。そこまでの露払いは白馬隊を率いる公孫瓚軍と、それを補佐するように馬騰軍が務める。本来、攻城戦に向かない騎馬部隊を主力とする両名には、最も華々しく活躍出来る場である。
 ただ馬騰は汜水関で活躍した身。更にはシンジとの密約もある。故に公孫瓚の支援に回る事で、それとなく董卓軍に馬騰軍がいる事を知らせて損害の軽減に繋げようとしていた。
 そうとは知らない公孫瓚は、自慢の白馬隊で次々に虎牢関までの間に設置された陣地を占領。その中には盟友である劉備軍も共同作戦を採って戦功を挙げていた。
 そして汜水関占領から9日後、遂に連合軍の前に虎牢関が姿を見せた。
 『呂』『張』『華』の翻る、洛陽最後の防壁が。

連合軍SIDE―
 「ふふ、あの時の屈辱!この虎牢関で晴らしてみせますわ!」
 本来なら自分にとって都合の良い事は忘れるのが袁紹本初―真名麗羽の特徴である。だがその特徴が発揮されていない所から、よほど屈辱だったのだなあと諸侯達は呆れた様に盟主を眺めていた。
 「だが兵達も2日続けて歩いたおかげで疲労が溜まっている。どちらにしろ、今晩はここで休息。翌朝から攻撃を開始した方が良いだろう」
 「分かっていますわ。今晩はゆっくり休ませて」
 「敵襲!董卓軍の奇襲だあああああ!」
 突然聞こえてきた悲鳴に近い報告に、諸侯達は慌てて立ち上がった。

 「ふははははは!恋殿!やってしまうですよ!」
 そう叫んでいるのは恋の副将を務めるねねである。恋の後ろに邪魔にならないように叫びつつ、時折後ろを振り返りながら、後続の騎馬兵達へ指示を飛ばしていた。
 時刻は丁度、夕刻。太陽が沈みかけ、夕食の準備に取り掛かった所への奇襲。
 敵は虎牢関の中。現に虎牢関の城壁には、牙門旗が翻っている。連合軍の誰もがそう考えている状況を活用した奇襲攻撃。
 恋達は決して立ち止まらない。手当たり次第に武器を振いつつ、張りかけた天幕や兵糧を見かけると火を投げつけていく。
 瞬く間に炎の地獄と化す連合軍陣地。
 「・・・お前達・・・帰れ・・・」
 「全くです!お前達が来たおかげで月殿が!」
 混乱する兵士達。諸侯達は軍議の為に麗羽の天幕に集合している為、留守を預かる副将が混乱の収拾を図る。とは言え、せいぜいが消火活動を行う事が関の山。恋達に切りかかるなど、夢のまた夢と言った所。
 しかも奇襲を仕掛けてきたのが『呂』の牙門旗を翻しているとなれば猶更である。
 「敵は呂布だ!飛将軍呂布だああああ!」
 兵士達の叫びに逃走する者が現れる中、逆に立ち向かって手柄を得ようとする者達も現れる。だが疾走する騎馬武者な上に、相手は最強を謳われる恋。当然、武官程度では擦れ違い様に撫で切りにされて終わりである。
 彼女の方も足を止める事は考えていない。虎牢関でシンジから伏兵を頼まれた際、決して足を止めないで、と言われた事もある。だが最大の理由は背中にしがみ付く友人ねねの存在。
 さすがの呂布も、ねねを護ってまで猛将と一騎討ちは考えていない。
 「む、恋殿。左翼に向かいましょう。右翼は馬騰殿です」
 「分かった・・・左へ・・・」
 馬騰との密約を聞かされているねねの指示に従い、進行方向をずらす恋。互いに信頼関係を構築している見事な主従である。
 そのまま左翼を駆け抜け、更に右へ方向転換して袁紹軍中央を疾走する。
 やがて恋の目が捉えたのは、1ヶ所に固まる連合軍首脳陣。
 疾走してくる恋の姿に、諸侯達も慌てて愛用の武器を構える。だが―
 「・・・今は見逃す・・・」
 そのまま進行方向をずらして駆け抜けていく恋。その行動に、思わず毒気を抜かれる諸侯達。そして擦れ違いざま―
 「・・・許さない・・・」
 それだけ呟きながら、恋は虎牢関を目指して疾走し続けた。

 消火活動と新たな傷病兵の手当てに忙しい連合軍を眺めながら、華琳は苦々しく思う事しか出来なかった。
 そう、完全に油断していた所を突かれたのである。
 敵は虎牢関に閉じこもっていると決めつけていたのだ。なぜなら汜水関を放棄して全軍撤退していたから。虎牢関には牙門旗が翻っていたから。故に背後からの奇襲は全く考えていなかったのである。
 「・・・陣を再構築しましょう」
 「華琳さん!?」
 「あの呂布以外に伏兵がいないとは断言できないわ。もし私が敵将なら、牙門旗を持たずに山中に兵を伏せておく。ならば攻城戦に向かない部隊を後方に配置させ、奇襲に備えさせるべき。そしてその役割は、攻勢よりも守勢を得意とする白馬隊―公孫瓚にこそ安心して頼む事が出来るわ」
 「・・・分かった。ならば後方の安全は私が確保しよう」
 素直に承諾する白蓮。
 「それから攻城戦だけど、まともにぶつかれば、あの爆発の餌食よ。ならばこちらも対策を講じるべき。麗羽、貴女の所に投石器があったわよね?あれで徹底的に城壁の破壊に専念させるのよ。どこか1ヶ所でも崩れれば、そこが突破口に繋がるわ」

 「2人とも怪我はあらへんか?」
 「・・・大丈夫・・・」
 「ふっふっふ。大戦果ですぞ!連合軍の食料をかなり焼き払ってやりました。しばらく凌げば、奴ら飢え死に確定です!」
 互いに初戦の勝利を喜び合う3人。そんな3人に、シンジが声をかける。
 「これでしばらくは時間が稼げましたね。僕はその間に」
 「ああ、解毒薬やな」
 「うん、任せて。月達の護衛は雅さんに行ってもらう。詠1人で孤軍奮闘しているから手伝ってあげて。恋の家に隠れているから」
 「うむ、任せろ」
 頷きあう一同。そこへ息を弾ませながら協が姿を見せる。
 「シンジ!」
 「これから解毒薬の材料を調達してきます」
 「・・・気を付けてね?」
 「大丈夫ですよ、庭みたいな物ですから」
 そう返すと、シンジは雅を伴って姿を消した。

それから数日後―
 最初の3日はお互いに睨みあうだけで、全く変化が無かった。
 だが4日目になると変化が訪れる。
 華琳の提案による投石器。汜水関に置き去りにされていた―何故かと言うと怒り心頭な麗羽が、少しでも行軍速度を速めようとした結果である―投石器を組み立て始めた。その光景に虎牢関側も警戒心を募らせるが、手の出しようがない。そもそも射程外で組み立てているのだから仕方ないのだが。
 5日目。ついに連合軍側による投石器による反撃が開始される。轟音と共に投じられる投石器に対し、主将である霞は見張りを残して全軍を城壁から撤退。投石による人的被害を減らす事に専念する。
 幸い、投石器は城壁に命中するのは僅かであり、城壁への損害も軽微で済んだ。だがそれが連日の様に続けば、話は変わってくる。
 徐々に増えていく、虎牢関の傷跡。
 この事態を打開しようと投石器破壊部隊を迂回させる事も提案されたが、さすがにそれは敵も予想しているだろうと却下。代わりに背後へ回り込んでからの奇襲案も出てきたが、牙門旗の配置から最後尾が守戦を得意とする公孫瓚と知り、やはりこちらも却下された。
 そして虎牢関の戦い開始から9日目。遂に変化が訪れた。

 この日も投石器による攻撃を開始させようと、連合軍側が動き出した時であった。
 目の前で開いていく、虎牢関の門。連合軍側は何事か、と思わず集中する。
 やがて中から出てきたのは、一台の馬車。だがその馬車を見た瞬間、諸侯達は文字通り凍りついてしまった。
 何故なら、馬車には『五爪の竜』の旗が翻っていたからである。
 「まさか、陛下!?」
 呆然となる一同。そこへ朗々と響き渡る声。
 「少帝陛下!並びに御姉君劉協殿下の御来陣である!漢王朝に弓を引く不忠の臣!反乱軍盟主袁紹本初!前に出られい!」
 まさかの事態に、麗羽の顔が顔面蒼白となる。まさか自分が逆臣扱いされるとは欠片ほどにも思っていなかったのだから。
 何故なら、皇帝陛下は董卓の横暴の犠牲となっている筈だから。
 「袁紹本初!」
 「は、はい!」
 慌てて、ただしふらつきながら前に出る麗羽。その背後には、名を呼ばれる事を察していた諸侯達が一斉に姿を見せ、片膝を着いて礼の態勢に入る。
 「お前達!少帝陛下の御前である!すぐに礼を取らんか!」
 馬騰の一喝に、慌てて兵士達も全てが頭を下げる。
 それを確認した所で、馬車から協が降りてくる。この時の為に、王宮から運ばれてきた礼服―五爪の竜が縫いこまれている―を纏った上で。
 「馬騰将軍。辛い役目を背負わせてしまって、申し訳ありません。私の我儘の為に、貴女には武人としての誇りを、忠臣として名高い馬一族の名前に傷を付けさせてしまいました」
 「何を仰るのですか!殿下の頼み事とあらば、一臣下として働くのは当然の事!泉下の両親も誇りこそすれ、臣を叱りつける事等決してございません!」
 「そう言ってくれると助かります。馬騰将軍、貴女には今回の一件についての内偵を行う為、わざと反董卓同盟に入って頂きました。ですが黒幕は、こちらの予想を上回っておりました。何故なら、漢王朝の転覆だけでなく、陛下と董卓すらも暗殺しようとしたのです」
 協の爆弾発言に、虎牢関にざわめきが広がる。董卓はおろか皇帝暗殺未遂。本人どころか一族連帯責任で死刑になってもおかしくない罪である。
 「ありがとう、馬騰将軍。幸い、陛下も董卓も先日、峠を越す事が叶いました。陛下はまだ体調が思わしくない為、馬車の中で横になっておられます。それでも、直接礼の言葉を告げたい。そう仰られております」
 「・・・馬騰将軍・・・来てくれて、感謝しておる・・・」
 「は・・・はは!」
 改めて深く礼を取る馬騰。
 最早、諸侯達は頭を下げて震える事しか出来ない。劉協の言葉が事実なら、馬騰の一言で自分の首どころか一族郎党皆殺しになるのだから。
 「陛下、殿下。ここから先は、少々お見苦しくなるかもしれませぬ。どうか馬車へとお戻り下さい。飛将軍が護衛に就かれます」
 「はい。では聞侍従、後の事はお願い致します」
 その言葉に、一斉に視線が集まった。そこにいた長身の男―汜水関で連合軍に大損害を与えた立役者とは思えぬ童顔である―に、多くの者達が言葉を発せずにいた。
 「馬騰将軍。まず貴女の目から見て、確実に無実だと言う方はどなたでしたでしょうか」
 「まずは3名おられます。徐州の陶謙殿、幽州の公孫瓚殿、平原の劉備殿。これらの御三方は、野心と言うべき物が感じられませんでした。寧ろ、純粋な忠義心が高じて、今回の一件に関与したと見受けられます」
 「そうですか、分かりました。では後ほど、改めて各自に事情をお伺いした上で、対応を検討する事に致します」
 声色からは怒りが感じられない事に、ホッと息を吐く3名。特に劉備―桃香の陣営からは『はわわ~』『あわわ~』『にゃにゃにゃ~』というケッタイな声が聞こえてくる。
 「・・・劉備殿。陛下の御前です。特別に許しますが、もう少しお子さんの礼儀作法に力を入れて頂けますか?」
 「お、お子!?い、いえ何でもございません。申し訳ございません」 
 『私まだ18なのに・・・』という愉快な泣き声を黙殺しつつ、再度、馬騰へと目を向ける。
 「話の腰を折ってしまい申し訳ありません。次の報告をお願い致します」
 「は!これから言う2名は野心がある分、疑惑の対象ではございました。しかしながら陛下の暗殺等と言う大それた事をするほど、愚かだとは思えませぬ。とは言え、今回の一件に乗じて個人的な思惑が見受けられた点が気になりました。陳留の曹操殿、呉の孫堅殿です」
 同時に、奇妙な呻き声が聞こえてくる。ただ否定のしようがない。2人共、心中に期する物があったのは事実なのだから。
 「有能な分、下手は打たない。そんな所ですか」
 絞り出すような声で『はい』と返す。
 「最後に河北の袁紹殿と宛の袁術殿。この両名に関しては、一番罪が重いと言わざるを得ませぬ。今回の発起人と言う点もございますが、事実確認をせぬままに反董卓同盟を立ち上げたのは事実。しかしながら、本人を前に言うのは心苦しいのですが、これだけの大それた計画を行うには、些か役者不足と言わざるを得ません」
 「な!?」
 「やはり黒幕、ですか・・・分かりました。張遼将軍!袁紹・袁術の両名を洛陽へ連行の後、すぐに取り調べを開始して下さい。加えて、両名の側近・重臣の連行も要請します。もし仮に両名の関係者が賄賂を贈って取り締まりを妨害する様であれば、即座にその者も捉えて調査対象として下さい」
 「了解!」
 いつになく上機嫌な霞に、必死で笑いをかみ殺す董卓陣営。そんな事には気付く事無く麗羽が『これは何かの間違いですわ!』と必死に足掻く。
 「一つ言っておきます。これは曹操殿や孫堅殿への忠告も兼ねています。何故、細作が帰還しない理由を調べぬままに行動を起こしたのですか?幾らなんでも細作が全滅等、普通はあり得ないでしょう。その事に気がつけば、このような愚行に出る事はしなかったと思うのですが」
 「そ、それはどういう事ですか!?」
 「そのままの意味です。ここ半年ほど、洛陽では素性の分からぬ他殺死体が、数えるのも馬鹿らしくなるほど発見されておりました。恐らくは貴女方が放った細作だったのでしょう。その目的は諸侯の目を潰し、正常な判断をする為の材料を失わせ、董卓殿を悪役に仕立てる事に有った。そう私と文和殿は推測しております」
 完全に自分達が踊らされた事に気付く2人。2人とも今回の件を機に、それぞれの思惑を果たす為に動いていたのだが、まさか自分こそが踊らされていたとは露程にも気づいていなかったのである。
 それは2人の軍師にとっても屈辱の極みであった。
 本来ならば、それに気付くべきなのが己の役割なのだから。
 「各諸侯に告げる!各地より連れてきた兵士達は、汜水関と虎牢関に振り分けて休息を取らせておくように。その上で兵士を統率する為の武将を配置する事を認める!ただし各諸侯は洛陽へ同行する事!その際、護衛役と相談役を合わせて3名まで同行させる許可を出す!それから馬騰将軍は西涼騎馬兵全軍と我々に同行して下さい」
 「「「「「「御意」」」」」」

それから数日後、洛陽―
 「ふええ・・・終わったよおおおお・・・」
 自分に宛がわれた客間の中で、桃香は突っ伏していた。今回の一件がどれだけの心労になったのか、はっきりと理解出来る光景である。
 「はっはっは。宮仕え等そういう物だ。だから私は幽州の片田舎に引っ込んでいるんだがな。異民族対策という口実で」
 そう朗らかに笑うのは親友である公孫瓚―白蓮である。
 「ほっほっほ。今回の一件、良い勉強になったじゃろう。のう、新米お母さん?」
 「盧植先生の意地悪・・・私まだ18だもん・・・」
 敬愛する師のからかいに、体育座りで拗ねる桃香。それを朱里と鈴々が慰めているのだが、印象が強まるばかりでちっとも問題解決に至っていない。
 「・・・そういえば、桃香。あの大きな帽子を被ったおチビちゃんはどうした?姿が見えないが」
 「雛里ちゃんだったら『気になる事が有るから』って、どこか行っちゃったんです」
 「ふうん、気になる事ねえ」
 一体何だろうか?と首を傾げる白蓮。そんな弟子を前に、盧植が機嫌良さそうに笑みを浮かべる。
 「そういえば桃香、聞殿から聞いたぞ?お前が正式に皇族の一員として認められた、とな」
 「そうなんですよ!きっと亡き父も喜んでくれます!」
 「うむうむ。あ奴も泉下で喜んでいるに違いない・・・じゃが」
 お茶で口を湿らせつつ、ゆっくりと口を開く。
 「桃花は平原から蜀の永安へ移動すると聞いた」
 「仕方ありません。董卓さんが暴政を敷いている。その真偽を知らないままに、動いてしまったツケだと思いますから。それに永安は黄巾族の残党により無法地帯。それを討伐した上で、国を建て直す事が罰だと言われれば」
 「まあ軽い方かのう。白蓮は襄平を平定しろ、じゃったのう?」
 「桃香と同じです。ですが異民族対策という事で、領地を取り上げられなかったのは幸いでした」
 「出発は翌々日じゃったな。私ももう年だ。この先、再び会える事が叶うかどうか分からんが、2人とも元気でな。私は1足先に宛に太守として赴任しなければならんからのう」

 「・・・これは、やはり・・・」
 主である桃香から離れた雛里は、1人洛陽の街へ足を伸ばしていた。洛陽へ入った後、気になる光景を見かけたからである。
 それはゴミを拾い集めている人影。貧しさの余り、使える物や食べられる物はないかとゴミ漁りをする者は確かに存在する。だが、その時に目に留まった者達は、ゴミを袋へ入れると、全員が同じ場所へと向かっている事に気付いたのであった。
 彼らが向かう先。それは大きな建物。彼らはその中へ入ると、しばらくしてからホクホク顔で建物から出て来るのである。その手には食料と思しき物があった。
 その謎を暴こうと、雛里は単独行動を取っていたのである。そして―
 「こんな所で何をしてるんだい?」
 「あわわわわわわわ!」
 呆気なく、いきなり捕まっていた。
 「ごめんなさい、ごめんなさい!私、何も悪い事してません!あわわわわわわ!」
 「ああ、分かったから落ち着いて。それで、劉玄徳の軍師が何の用なんだい?」
 ビクウッと身を竦ませる雛里。丁度彼女は背後から猫掴みの要領で持ち上げられていたのだが、恐る恐る振り返る事は出来た。
 「・・・聞侍従?」
 「そうですよ。確か、鳳士元さんだったよね?」
 「は、はい!桃香様の下で軍師を務める鳳統、字を士元と申します!」
 吊り下げられた状態で、器用に頭を下げる雛里。その瞬間、視線が下に向いた事で、シンジが1人では無い事に気がつく。
 「あ、もしかして馬騰将軍の」
 「そ!蒲公英は馬岱!でも蒲公英で良いよ!」
 「で、では私の事も雛里とお呼び下さい」
 あっという間に真名を交わしあう2人。その早さに『真名って大切な物じゃないんだっけ、2人とも』と声には出さずにシンジがツッコミを入れる。
 「と、ところでお訊ねしたい事があるのですが、この建物は一体・・・」
 「ああ、その事か。じゃあ、ついておいで」
 雛里を下ろすなり、案内を買って出るシンジ。蒲公英を交えた3人は、雛里が気になって仕方ない建物の敷地へと足を踏み入れる。
 まず目についたのは大きな屋敷。だが人が住んでいる気配は無く、代わりに屋敷の中には食料と思われる物が積み込まれていた。
 そしてゴミの袋を手にした者達は、列を作って並んでいる。その先頭では、食料と引き換えに、ゴミ袋を兵士へ渡す者達の姿が有った。
 「・・・あれは?」
 「5日に1回。ああしてゴミを持ち込ませる代わりに、食糧を配給しているんだよ。で、ゴミは」
 シンジに案内された先。そこには山のように積み上げられたゴミから、微かに湯気が立ち上る光景が広がっていた。
 「ゴミを畑に撒く肥料に変えるんだ。ここはその為の施設なんだよ。君は見た事ないかな?野菜の切れ端とか、魚の骨とか畑に埋める所を」
 「す、すごい・・・」
 思いもしなかった光景に、唖然となる雛里。貧民街の住人への施しを、ゴミ拾いという労働を対価に行う。その結果、街は綺麗になり、同時に土を富ます事も出来る。
 「本当はさ、あの人達が自分の力で自活出来る様にしてあげられれば一番なんだ。救済策と言えば聞こえは良いけど、悪い面もあるからね」
 「・・・頼り切ってしまう、事ですか?」
 「そういう事。それに真面目に頑張ったとしても、あの食料があの人達のお腹に入るとは、誰にも断言できない。洛陽の表通りならまだしも、裏路地とかまで僕達の治安は、まだ完全には行き届いていないから」
 「十常侍の悪政によるツケ、ですね?」
 「違う。漢王朝自体の腐敗だ」
 ビクウッと身を竦ませる雛里。隣では蒲公英が『ちょっと聞様、それはヤバいよ!』と裾を引っ張って口を閉じさせようとする。
 「確かに僕は漢王朝の中でも上位に位置する人間だ。でも同時に、僕はこの国とは違う異国で育った人間だ。だから君達程には漢王朝その物に対して思い入れは無いんだよ。でも、僕は劉協殿下や月の理想に賛同したくなった」
 「理想・・・どんな理想なんですか?」
 「みんなが笑って暮らせる世界」
 簡潔にして明瞭。ただ目指す理想は遥か遠い。
 「詠も、ねねも、霞も、恋も、雅も、みんな同じ思いでいるんだ。みんなで同じ理想を夢見て、働いているんだ。こんなに働き甲斐のある仕事なんて、捜そうと思っても捜せる物じゃない。本当に僕は幸せだよ。僕をみんなに引き合わせてくれた師匠には、何度お礼を言っても言い足りない程に、僕は幸せを感じているんだ」
 夕日に照らし出されたシンジの笑顔。その幸せすら感じさせる笑顔に、雛里と蒲公英のの鼓動が僅かに早くなる。
 「今日はそろそろ帰ろうか。治安は向上したとはいえ、夜間は危険だからね」
 「は、はい」
 
 「華琳様、それは真でございますか?」
 「陳留の召し上げ。その上で荊州南群の1つ桂陽の賊共を討伐し、統治を行う事が罰となった」
 「・・・誠に申し訳ございません、華琳様!この桂花がついていながら、このような目に遭わせてしまうとは!」
 華琳の傍にいるのは、軍師である桂花と護衛役の春蘭。
 「挽回する機会は幾らでもあるわ。それから汜水関の秋蘭から何か連絡は?」
 「神医と名高き華佗が、戦の噂を聞きつけて訪問しており、一刀はその治療を受ける事が出来たそうです。その後の経過も順調らしく『傷跡は残るだろうが、後遺症は残らない』と太鼓判を押されたという報告も来ております」
 「・・・そう」
 フウッと溜息を吐く華琳。汜水関の方角を見ながら何か考え込んでいたようだが、やがて立ち上がる。
 「やる事はたくさんあるわ。情報網の再構築、軍の少数精鋭化、新領地統治の為の当面の財源確保。しばらくは休めないと思いなさい」
 「「は!」」

 「会稽の征伐、ですか」
 「この度の一件の間に、不穏な活動が見られているそうだ。現に会稽を統治しているのは、賊共だという」
 江東の虎と呼ばれる孫堅文台。勇猛果敢な彼女であるが、さすがに今回の処罰は応えていた。
 故郷である呉と隣接しているとは言え、そこを離れて会稽への移動となったのだから。
 「まあいい。いずれは挽回する機会も巡ってくるだろう」
 「私も呉の地を踏む為に、今まで以上に励みます。ところで文台様。何か良い事でもございましたか?呉を離れる割には、機嫌が良さそうな印象を受けるのですが」
 「何、あの侍従殿に少々意趣返しをしてきてな。劉協殿下のいる前で、しれっとした顔で『孫家の娘は3人いますが、どなたか娶るつもりはありませんか?』と言ってきてやった」
 ブフウッと口に含んでいた酒を噴き出す雪蓮。
 「笑いを堪えるのに必死だったぞ。殿下は頬っぺた膨らませて侍従殿を睨みつけ、董卓殿は笑顔な癖に目だけは笑っていない、賈詡殿はバレない様に隣にいた侍従殿の足を踏んでおったわ」
 「ちょっとちょっと。お母様、まさか本気で誰かをそこへ放り込む訳!?」
 「候補としては蓮花か小蓮かねえ。まあ急ぎでは無いし、ゆっくり考えるさ。何なら雪蓮、お前が乗り込んでみるか?」
 「止めて止めて。王宮入ったら歩きながらお酒飲めなくなるし。私は呉の気風が好きなのよね!」
 「・・・呉でも城内では、歩きながら酒は褒められた物ではないんだがな」
 額に手を当てながら、わざとらしい程の溜息を吐く冥琳であった。

その日の夜―
 「シンジよ、やはり・・・止められぬのかや?」
 「・・・申し訳ございません。せめて黒幕さえ分かれば、まだ手の打ちようがあったかもしれないのですが・・・」
 辛そうに声を震わせる協を前に、シンジは頭を下げる事しか出来ずにいた。
 今回の一件。その背後に隠れたままの黒幕。それを焙り出す事が叶わなかったからである。
 月達を攫った者達は、名前どころか顔すら知らなかった。常に顔を見られないようにしていた、と言うのである。そして月や弁も、謁見の間で急に眠気を感じてしまい、その後の事は全く分からない、と言う状況であった。
 麗羽や美羽からも、やはり情報は得られなかった。では誰に唆されたのか?そう訊ねても、肝心の麗羽が覚えていないのである。何せ女王様気質である為、余程仲の良い家来―例えば猪々子や斗詩―でなければ覚えていない。これでは『誰の献策かは忘れましたが、名門袁家の一員として成すべき事だと思いましたわ!』以外の答えが返ってくる訳が無い。肝心の忠臣2人にしても『姫に呼ばれたら、いきなり董卓を倒すわよ!と言われました』としか答えしか返ってこなかったのである。
 美羽に至っては『麗羽から誘われたから賛同したのじゃ~』と言う始末。そこで部下の七乃に訊ねても『折角、美羽様がやる気を出したのです。家来として尽力するのは当然ではありませんか』と返すばかり。
 完全に八方ふさがりである。
 この事態にストレスを貯め捲った詠が『袁家を取り潰してやれば良いのよ!』と叫んだのは仕方ない事であろう。事実、盟主である袁紹は領地召し上げの上に放逐。袁術は要所である洛陽の南の守りである宛を召し上げられ、代わりに劉備が治めていた平原へ移動と降格が決定されている。
 「・・・殿下。漢王朝の崩壊は、もはや防ぐ事は叶わないでしょう。何故なら、今回の一件の黒幕は、必ずや暗躍を始めるからです。その尻尾すら掴めぬ状況において、事態の打開を図る事は不可能と言わざるを得ません」
 「では、どうすると言うのじゃ?シンジ、僕は絶対に怒ったりしない。お前の考える所を僕に教えて欲しい」
 「・・・まずは黒幕を焙り出す必要があります。しかしながら、敵も馬鹿ではありません。そうおいそれと姿を見せる訳が無い。ならば、姿を見せやすいように舞台を整えてやるまでの事。そう、漢王朝の崩壊と言う舞台を用意すれば、黒幕は必ず姿を見せます。その為の布石も打ち終えました。後はその時を待つばかりです」
 悔しさのあまり、身を震わせながら泣き出す協。何故こんな事にと呟く声が、小さく漏れる。
 「殿下。せめて陛下と殿下の御命を守り、殿下の理想とする『民が平穏に暮らせる世の中』を作り上げる事で、その御心をお慰め致します。その為の布石も打ち終えました。あの者達ならば、必ずや殿下の理想を、各々の裁量とやり方で成し遂げようとするでしょう」
 「・・・信じて良いのか?シンジ」
 「僕は約束を破ったりは致しません・・・殿下!?」
 思わず叫ぶシンジ。そこにはシンジに抱きつく協の姿があった。
 「シンジ!僕の真名を預かって!皇族は伴侶にしか真名を教えてはならない決まりだけど、そんなの関係ない!僕はシンジに真名を受け取ってほしいんだ!月や詠ばかりずるいよ!僕だってシンジに真名で呼ばれたいんだ!叶って呼んで!」
 「・・・僕はいずれ、この地を去るんですよ?辛い思いをするのは・・・」
 「お願い、シンジ・・・叶って呼んでよ・・・」
 「叶・・・ごめんね、叶。君を苦しめる事しか出来なくて、ごめんね。叶」




 その半年後、洛陽は炎の海へと呑まれる事になる。




 漢王朝最後の皇帝・少帝とその姉劉協の遺体は、焼け跡から見つかる事は無かった。




 だが、2人を最後まで守ったと思しき侍従。その利き腕らしい炭の塊と、愛用の双鞭の片割れが見つかった事で、2人の死は間違いないとされた。




 漢王朝に終焉を下した人物の名は袁紹本初。それを支えるのは軍師・李儒。




 そしてこの時より、群雄割拠の時代が始まる事になる。



To be continued...
(2014.10.04 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は第1部、漢王朝崩壊編の最終話となります。常に後手に回る事を強いられ、遂に反董卓同盟の黒幕を見つけられなかったシンジ達は、このような終わりを迎える事になりました。
 第2部、群雄割拠編は舞台を移して開始する事になりますので、今後とも宜しくお願い致します。
 しかしながら、次回は第2部ではなく、本編をお休みして番外編を書きます。
 時間軸を少し巻き戻した洛陽が舞台。まだ反董卓同盟が結成されていなかった頃、小さな平穏の最中にあった洛陽で起こったドタバタコメディになります。
 すっかり影の薄い(笑)封神演義組が参加。原作ではシリアスしかなかった聞太師ことお師匠様をどこまで玩具に出来るか挑戦しようと思います。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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