碇シンジの合法ロリルートへの道 (not18禁)

第十話

presented by 紫雲様


文醜が捉えられてから半月後―
 「姉様!冥琳!」
 「久しぶりね、蓮花」
 雪蓮不在の為、呉の都である建業の留守役を務めていた蓮花。そんな彼女が雪蓮の招聘により宛へとやって来たのである。
 「ところで、姉様。何で私を?」
 「蓮花。落ち着いて聞いてちょうだい。貴女を孫呉の花嫁とする相手を決めたのよ」
 さすがにこれは予想外だったのか、蓮花の顔が強張る。だがそこは孫呉の姫君。すぐに笑顔へと戻してみせた。多分にぎこちない笑顔であったが。
 「・・・それで、私はどこの国へ嫁ぐの?」
 「それはないわ。蓮花、貴女はこのまま呉に居てくれて良いのよ。貴女の役目は花嫁になるのではなく、花婿を取る事なのだから」
 「婿取り?それなら姉様の方が良いんじゃ」
 「蓮花様。確かにそれも考えましたが、この話は蓮花様の方が都合が良いのですよ。少なからず心に傷を負っている男が相手ですので、四六時中職務に忙殺される『筈』の雪蓮よりは、1人の女性として時間を作れる貴女の方が好ましいのです」
 冥琳のさりげない毒舌に、そっぽを向く雪蓮と半眼で睨む冥琳。相変わらず仲の良い2人の姿にクスッと笑う蓮華。
ただし、すぐに意識を自分の政略結婚相手へと戻す。
 「それで、相手は誰?」
 「我が孫呉の副軍師を務める司馬仲達よ。蓮花、曹操が仲達の素性に気付く前に、この策を成就させなければならないわ。時間が経てば経つ程、曹操は必ず仲達を引き抜きにかかる。そうなったら最後よ」
 「司馬?ああ、あの仮面被った気持ち悪い男ね。滅茶苦茶態度の大きい奴」
 蓮花の評価に『あ、駄目かも』と呟く雪蓮と冥琳。
 「と、とにかく!これは決定事項なのよ!しばらく貴女には、軍務として仲達と行動を共にしても貰うわ。貴方が一軍の長となり、軍師役として穏と仲達。仲達には貴女の軍の前線司令官も務めて貰うわ」
 「嫌だなあ、あんな気味の悪い奴。穏や明命達がどうしてあんな高評価しているのか、サッパリ分かんないわよ」
 「・・・雪蓮。念の為に小蓮様も呼んでおくぞ」
 「・・・そうね。それでもダメなら私が出張るわ」

 「華琳様。ただ今、孫呉陣営に動きがございました。策の妹である権が合流。副軍師である陸遜と仲達を副将として、一軍を指揮する事になったそうです」
 「ふうん。孫策、仲達を一門として取り込むつもりね。確かに有効な手段だけど、また思い切った物ね。妹を嫁に、と言えば大抵の問題は解決出来る強力な切り札なのに。ここで切って来るとは。で、当の本人達は?」
 「あまり宜しくないようです。そもそも権は姉から事実を知らされていない模様。故に仲達の上辺の態度の悪さに嫌悪感を感じているようです。仲達は仲達でいつもの態度の悪さ全開のようで」
 「なるほどね。ならば今の内に何らかの対策は講じておくべきでしょうね」
 『どうしたものかしら』と考える華琳。
 「華琳様、勝負事は如何でしょうか?以前の牢屋の騒ぎ。あれに至る際、華琳様と料理勝負の話になったと伺いましたが?」
 「それも良いわね。よし、桂花。凛や風に通達。仲達に頭脳勝負を挑みなさい。題目は何でも良いわ。それにより曹魏の良い印象を植え付けなさい。ただし相手は金銭で動く様な男では無い。劉協殿下の仇討ちの為に動いている節が見受けられるわ。その点を念頭において、気づかれない様に立ち回りなさい」
 早速、凛や風らと協議すべく動き出す桂花。
 「春蘭。貴女も雪辱戦という口実で立ち回ってみなさい。余裕があれば季衣も誘いなさい。あの子にとっても良い経験になるでしょう。真桜・凪・沙和は一緒に動いていたから、鍛錬という口実で勝負を挑めば邪険にはされないでしょう。秋蘭は一任するわ、貴女は武も智も両方問題ないから。一刀は」
 「それについては考えが有るんだ。俺が天の御使いっていうのは向こうは知っている。だから天の国の遊びに誘ってみるさ。向こうだってルール―約束を知っている分、スンナリ行くんじゃないかと思うんだよ」
 「その手があったわね。後は政策についての相談というのも面白いかもしれないわね。あくまでも偶然を装う必要はあるけど」
 「だな。とりあえず色々やってみる」

しばらくして孫呉陣営SIDE―
 「・・・と言う状況です。あまり宜しくないですね~」
 1日1回の仲達取り込み作戦の為の定時報告。だが進捗の見られない状況に、溜息を吐くしかない雪蓮と冥琳である。
 「あの子はもう~」
 「そう言ってやるな。確かに第1印象は最悪だからな。進展がいかないのも無理はないだろう。曹操の動きはどうだ?」
 「色々と勝負事を挑む人が多いですね。武だったり智だったり。ですが誰もかれも仲達さんだけを標的にしています。仲達さんも最初はともかく、今はさすがに食傷気味らしくて、最近は執務室に籠りきりに」
 「だろうな。仲達も不信感を覚えたのだろう。だが向こうも進展が無いのであれば」
 「いえ、向こうの方が先に行っています」
 あり得ない指摘に『どういう事!?』と詰め寄る雪蓮。
 「仲達さん、実は料理が特技なのは知ってますよね?それで曹操配下の典韋って子が料理好きと言うか厨房を預かっているんです。その子がこの前の戦いで、仲達さんの護衛というか補佐を務めていた子で」
 「そう来たか!」
 「典韋ちゃん、凄く良い子なんですよ。勝負事なんて申し込まないし、料理好きだし、素直な性格だし。そのせいか仲達さん、癒されちゃったみたいで。書類整理が終わると、2人で日向ぼっこしながらお茶を啜っているんです。曹操の配下の皆さんも典韋ちゃんが可愛いらしくて『邪魔をするのも』という感じで」
 思わぬ伏兵の登場に、言葉も無い2人。ここに来て蓮花の存在が、敵に塩を送る状態となったのは皮肉以外の何者でもなかった。
 「参ったわねえ。このままじゃ、アイツを盗られちゃうわ」
 「アイツに抜けられるのは辛いからな。ただでさえ、孫呉は曹魏と比べて人材の層の厚さで劣っているんだ。ここで抜けられると致命傷になりかねんぞ」
 「でしたら、いっそ蓮花様を外してはいかがでしょうか?本人が嫌がっているなら進行する訳もありませんし。それに仲達さん、子供には弱いみたいですしね。寧ろ、小蓮様が無邪気に接する方が、妹に対するお兄ちゃんとして繋がりが出来るのではないでしょうか?」
 「それも有りかもね。将来はともかく、当面はそれで十分だし。冥琳はどう思う?」
 「今よりはマシか。蓮花様には事情を説明して、計画の撤回を告げよう。穏、蓮花様を連れてきてくれるか?」
 「分かりました、では行って参ります」

蓮花SIDE―
 姉に呼ばれてから7日。蓮花は一言で言ってしまえばホームシックにかかっていた。
 蓮花の才は、武よりも智、更に言うなら智よりも政に向いている。本来なら後方において、内政の拡充や物資の搬送と言った仕事こそが天職なのである。
 だが覇王・孫策に子供がいない以上、何かあれば跡取りは妹の蓮花の役目。故に、例え向いていなくても、武に関わらねばならない。彼女自身はそう考えている。
 けれども関わろうと決めた程度で、仕事は熟せない。世の中、それほど甘くは無いのである。ましてや蓮花の率いる兵は5000。正直、それほどの兵を指揮した経験など、彼女には無い。副将として穏や仲達がいるからこそ、何とか体裁を保っているのである。
 そんな彼女にしてみれば、日々慣れない仕事に就くのは苦痛以外の何者でもない。ましてや嫌悪感すら感じる副将の1人と意に沿わぬ結婚を要請されているのだから、その心労は募るばかり。事情を知っている穏がそれとなくフォローするも、その甲斐はあまり無いのが実情である。
 「・・・あーあ、呉に帰りたいなあ・・・私、お母様やお姉様みたいに強くなんてないのに・・・」
 憂鬱。今の蓮花の心境は、その一言に尽きる。虎だの小覇王だの呼ばれる親族の存在は彼女にとってプレッシャーでしかない。
 何か気晴らしになる物はないか?そう考えながら、襄陽の街を歩く蓮花。その町並みは見慣れた建業や呉とは、また違った趣がある。ただ毎日の様にみていれば、さすがに目新しい物などある訳もなく、歩きつかれた蓮華は適当な茶店に入ったのである。そして注文したお茶とお菓子が来たが、憂鬱な状態で旨い筈もない。結果『何で私、茶店なんかに入っちゃったんだろう』と後悔した時だった。
 「仲達!妾は点心とお茶なのじゃ!」
 「お茶とゴマ団子にするかな」
 「しかし七乃と白蓮も来られれば良かったのにのう」
 「まあ仕方ないよ。孫呉で騎馬の扱いにかけては白蓮ほどの達人はいないからね。細作も個人の実力はともかく、組織としての活用なら七乃以上の使い手はいないだろうし」
 『何で同じお店にいるのよ!それもすぐ近くにい!』と憤懣を抱える蓮花。嫌味の1つでも言ってから立ち去ってやろう。そう考えてそちらを向く。
 (・・・袁術!?)
 視界に映ったのは、金髪の少女―袁術こと美羽である。蓮花にとってはそれほど繋がりがある訳ではないので、マイナスの感情は持っていないのが、双方にとっての幸いであった。
 そんな美羽と向かい合って座っているのは、見慣れた黒づくめの男。ただし、いつもの怒りの仮面は外している。
 (え?え?ええ!?)
 初めて見た仲達の素顔に、驚愕する蓮花。想像以上にまとも、というか優しそうな顔立ちに、嫌味を言ってやろうと言う気持ちが雲散霧消する。
 慌てて顔を伏せ、メニューで顔を隠し、聴覚に全神経を集中させた。
 「それにしても、美羽は頑張ったね。七乃から聞いたよ。ついに切開手術にまで到達できたそうじゃないか」
 「仲達が医術を教えてくれたおかげなのじゃ♪分からない事が有ったら、何度でも教えてくれたではないか」
 「いや、美羽が頑張ったからだよ。ご褒美に、御菓子でも奢ってあげるよ。ほら、何が良い?」
 「仲達は優しいのう。ありがとうなのじゃ」
 蓮花にとって仲達は、嫌な男という印象で占められている。態度や言葉使いもそうだが、仮面の奥から覗いてくる視線が、まるで自分を無能呼ばわりしているように感じられるからであった。
 だが目の前の仲達と呼ばれる男は違った。
 姉に言わせれば『無能の代名詞』である袁術に勉強を教え、医者としてやっていける程にまで教え込んだのである。それがどれほどの苦難か、蓮花には想像する事しかできない。
 ただ彼女の知る『尊大な仲達』では出来ない事で有るのは間違いない。
 「のう、仲達。1つ教えて欲しい事が有るのじゃ。やはり仲達は、いずれは妾達の前から去ってしまうのか?」
 「・・・そうだね。多分、そうなるよ。でも、どうしてまたそんな事を?」
 「先に謝っておくのじゃ。仲達、すまぬ。実は先日、仲達がうたた寝していた時に、寝言を聞いてしまったのじゃ」
 「そういう事か。別に美羽は何も悪くないよ」
 運ばれてきたお茶で口を湿らせながら、ゴマ団子を口へ放り込む。
 「ところでさ、僕、どんな寝言言ってた?」
 「叶、必ず帰るから。だから月と詠にも伝えて。そう言っていたのじゃ」
 フォローの効かない寝言に、天を仰ぐしかできない仲達。
 「仲達。お主、猫を飼う時、名前の候補に叶・月・詠と言う名を挙げたじゃろ?そなたの恋人なのか?」
 「ん・・・恋人未満、って所かな。叶は公的には主みたいな子で、自分に出来る事を頑張る子。月は優しい妹みたいな子で、でも一本芯が通っている子。詠は賢い妹みたいな子で、でもドジが玉に傷な子。3人とも、僕にとっては妹以上恋人未満ってとこかな」
 「・・・では、何故その子らの所へ帰ってやらんのじゃ?」
 「やらなきゃならない事があるからね。それに3人は、僕がいなくても代わりに守ってくれる人達がいる。だから信頼して預けているんだ」
 襄陽から北西にある涼州。その方角へと目を向ける。
 「ただ、その子達と一緒にいられる訳でもないんだ。どちらにしろ、僕はこの大陸その物から離れないといけないからね。僕は異邦人だから」
 「好きなのなら、一緒にいて当然ではないのか?」
 「それが普通だよ。ただし僕は普通じゃなかった。そう考えてよ。そもそも僕が仲達を名乗って、尊大な態度を採っているのもわざと嫌われる為だしね。僕と仲良くなってしまったら、その子はきっと悲しい想いをするから・・・大切な人との別れはね」
 物陰に隠れている蓮花の耳に飛び込んでくる、優しさと悲しさに満ちた仲達の声。その偽りない、純粋な想いを秘めた言葉が、ささくれだっていた蓮華の心に沁み込んでいく。
 「孫権さんも、そういう意味では可哀そうな女の子だよ。孫策さんや周瑜さんの命令で僕を呉に繋ぎ止める為に、男女の関係になる事を命じられたっぽいしね」
 「なぬう!?じゃ、じゃがどうして気づいたのじゃ?」
 「普通さ、大切なお姫様には万が一を考えて、護衛の武将をつけるだろう?でも今の孫権軍5000名の中で、僕以上の武の持ち主はいない。つまり僕が好き勝手やれちゃうんだよ。なのに護衛無しなんだよ?幾らなんでも露骨すぎるよ」
 (・・・姉様、思いっきりバレてます)
 思惑を見透かされて気恥ずかしさを覚える蓮花。
 「孫呉のお姫様だから、武で伸し上がらないといけない。そう考えてるんだろうね。明らかに間違った考えなのに」
 「そうなのか?孫呉といえば、あの孫子の末裔なのじゃろう?」
 「ご先祖様が武で伸し上がったからと言って、子孫まで武に拘る必要なんてないよ。良い例が蜀の劉備や涼州の董卓。あの2人は武なんて全く無い。武器を振えば自分の足を切るぐらい、武に関しては何の実力も無い。それでも大陸に名だたる英雄の1人として名を連ねている。それは何故だと思う?」
 うぬう、と考え込む美羽。
 「それは2人が王だから。王とは責任から逃げ出さない事。己の信じる理想と言う名の灯を消さずに民へ示し続ける事。そういう事が求められると思うんだ。そして何よりも大切なのは、自分を信じて着いて来てくれる部下を信頼する事だと思うんだよ」
 「言われてみれば、そうじゃのう」
 「何でも1人でやるのは無理。それは僕の師匠やその知人がやらかした失敗談に基づいているからね。ちなみに師匠の知人は、他人でも出来る事は全て丸投げ。自分はグータラ昼寝しながら桃を齧ると言う怠惰な人だよ」
 『それは極論過ぎるのじゃ~』と笑う美羽。対するシンジもクスクスと笑い返す。
 「ただこのままだと、孫権さんが潰れる可能性があるな。僕とくっつける為に呼ばれたのに、それも叶わない、軍事的成果も挙げられない。これじゃああの子の誇りはズタズタだ。何とかしてあげないといけないな」
 「仲達。お主が成果を挙げれば良いだけじゃないのか?」
 「それもあるけど、僕の成果じゃ素直に認められないだろ。向こうは僕を嫌っているんだから。この前見つけた武官候補を呼び寄せて、僕と交代する相談をするしかないかな。経験少ないから少し不安だけど、その辺りは伯言さんに助けて貰うか」
 フウッと溜息を吐く仲達。そのまま青い空を眺める。
 「のう仲達。どうしてそこまで面倒を看てやるのじゃ?」
 「偉い親。僕にとっては他人事じゃないからね。僕の両親も、一般的に見れば偉い人だったから。父親は裸一貫の身から、大組織の管理者―美羽に分かる様に言えば、庶民の立場から伸し上がって丞相とかになった様な物だよ。母親は世界的に有名な研究者―ちょっと違うけど、荊州の水鏡塾を開いている司馬徽の様に有名な人なんだ。親が偉すぎるのも考え物だよ」
 「仲達も大変じゃのう」
 「仕方ないさ。でもね、孫権仲謀と言う人物は贔屓目抜きに見て、小覇王孫策伯符を上回る器の持ち主だと思っている。この苦境を乗り越えれば、あの子は必ず成長するよ」
 突然の高評価に、コッソリ聞き耳を立てていた蓮花が目を白黒させる。
 (な、何を言ってるのよ!私が姉様より優れている訳が無いじゃない!)
 「そうなのか?妾が言うのもおかしな話かもしれぬが、どこがそんなに優れておると言うのじゃ?」
 「人間的魅力って所かな。曹孟徳と孫伯符は覇王。劉玄徳と董仲穎は仁徳。それが4人の魅力の源泉だ。だからこそ、その魅力に付き従う者達も、それに応じて変わってくる。ただ源泉が同じである以上、客観的に判断すれば人材の取り合いになる訳だ」
 「うむ。それは分かるのじゃ」
 「大陸の『覇王』や『仁徳』という魅力に惹かれた者達は、恐らくはもういないだろう。4人によって発掘され尽くしただろうからね。だけどもし、呉の地に『覇王』や『仁徳』以外を魅力の源泉とする者が立ち上がったらどうなるか?答えは1つ。『新たな理想の王』に惹かれた人材が発掘される事になる」
 (・・・それが、私だと言うの?でも私にそんな物は・・・)
 「言いたい事は分かるのじゃ。じゃがあの娘の魅力。その源泉は何なのじゃ?」
 当然と言えば当然の質問である。
 「上手く言えないけど『守成』って所かな。『覇王』は自らの為に積極的に戦いを行うが『守成』はそんな事はしない。基本、防衛の為の戦いしか行わない。『仁徳』との違いは、やはり戦に積極的かどうかだよ。劉玄徳と董仲穎は確かに優しい。民を慈しみ、民を外敵から守る。その点は同じだ。でも2人は『大陸全て』に平和を齎す事を最終目的としている。その為の手段として『敵を滅ぼす戦』を選択した。でも『守成』は違う。『守成』は『自らの国』に平和を齎せればそれで良い。つまり呉の民だけが幸せなら、それで良いんだよ。人によっては悪しざまに言うだろうけど、僕はそれでも良いと思う。何故なら、王とは自らの民を守るべき存在であるから。だから大義名分の名の下に戦を仕掛けない、周辺諸国と盟約を結んで孫呉の民だけに平和を齎す、と言うのも答えとしては有りなんだよ」
 「だがそれでは大陸に住む『守成』を理想とする者達がついてこないではないのか?呉の民しか守ってくれないなら、意味が無いではないか」
 「それなら呉に移住させれば良いだけだよ。呉に来れば平和です。こちらから戦を仕掛けるような事はしません。ただ守る為の戦いを否定はしない。だからそういう時は手伝って下さい。こんな所かな」
 お茶を啜る仲達の前で、首を傾げる美羽。仲達の言い分に、納得しきれていない物が有るのは明白である。
 「そう上手く行くのかのう?」
 「そこまでは断言できないね。少なくとも、今のままではダメだ。偉大な姉の後を追いかけるだけではね。あの子が自分で考えた、あの子だけの王の道。それを見出さない限り彼女は孫策伯符の縮小再生産品扱いされて終わりだよ」
 (・・・王の道・・・)
 思わず考え込む蓮華。今までは姉の後を追いかけ、姉の片腕となりたい。ただそれだけを考えて生きてきた。そんな彼女にとって『王の道の模索』は姉を否定する事に繋がるのではないか?という疑問が浮かび上がる。
 「さて、それじゃあ僕達も戻るとしようか・・・っと」
 仮面を被り直す仲達。それを残念そうに見つめるも、美羽は口には何も出さずに仲達の手を取って引っ張る。
 「また一緒に来るのじゃ!」
 「忙しく無ければ、な」
 「うむ。期待しておるのじゃ!」

翌日―
 「雪蓮様」
 「あら穏じゃない。いつもの定期報告ね?」
 「はい。それで蓮華様なのですが、実は変化がございまして」
 穏の言葉に、思わず顔を見合わせる雪蓮と冥琳。
 「理由は分からないのですが、仲達殿を相手に武芸の練習や兵法についての教授を頼んでいるのです」
 「・・・穏。蓮華様に何かあったのか?」
 「それがサッパリでして。蓮華様を仲達殿から離す策ですが、直々に『もう少し時間を貰えないかしら?』とお願いされまして。どう致しましょうか?」
 「まあ何か思う所があったんじゃないかしら?しばらく様子見で良いんじゃない?」

数日後―
 「しかし、これはまた独創的な方法ですねえ」
 対袁紹戦。その初歩である許昌からの釣りだし迎撃作戦が不発に終わってしまった連合軍は、新たな策を練る為の合同会議を行っていた。
 「だがこの策が成れば、我々は袁紹軍全てに対して兵糧攻めを行う事が可能になる。そうすれば許昌どころか洛陽までも陥落が可能になるやもしれん」
 「だが、策の成功の宛てはあるのか?」
 「ある。幽州・河北の民は公孫瓚を中心に行動して貰う。彼女の民からの信望、名声、土地勘はこの策の大きな成功要素となる。だからこそ、袁紹軍の兵糧庫を文字通り崩壊させてやることが出来るのだ。確かに反董卓同盟までの袁紹は、内政に関しては暴政を行う事無く、民からの信望もそれなりに持ち得ていた。だが現時点においてはどうだろうな?流言工作と組み合わせれば、とても面白い事になると思うが」
 曹魏陣営からは桂花、風、凛、秋蘭、一刀が。孫呉陣営からは冥琳、穏、祭、仲達が会議へ参加している。これに華琳と雪蓮を加えたメンバーが、連合軍の頭脳と呼ぶべき重鎮達であった。
 「確かに成功すれば、恐ろしい程の成果を生み出すでしょう。誰もが考えなかった方法ですから。だって、誰が民を全て攫う、失礼、救出なんて戦略を思いつくんですか?」
 「民あっての国だからな。民がいなくなった土地など、何の価値も無い。兵糧が無くなれば、袁紹とて徹底抗戦は出来なくなる。そうなれば徴兵された者達も故郷へと帰る事が出来るだろう。そう言われてしまえば、民とて我らに同行するしかないと嫌でも理解するしかない。どうせ留まっていた所で、過酷な労働環境を強いられた挙句に飢え死にするだけだからな」
 「そこで民を救出する為に、孫呉の水軍戦力全てを投じて、もっとも近い徐州へ避難させると言う訳ね」
 「ああ。更に、もう1つの策を仕掛ける事で時間を稼ぐのだ。こちらは曹魏の勢力が中心となる。何せ陸上戦だからな」
 そう言いつつ地図を取り出す仲達。その指が指したのは朝歌―周の文王の九男康叔が封じられた『衛』の都である―と記載があった。
 「ここに袁紹軍を引きずり出してやるのだ。そして袁紹軍に、わざと城攻めをさせる」
 「わざと?という事は籠城戦を行うのか?攻め手がこちらなのに?」
 「逆転の発想だ。確かに攻城戦は攻められる側が防御になる。だがその防御を攻撃側―すなわち我々連合軍が活用できるとしたら?」
 「・・・長期戦、すなわち時間稼ぎが容易になる、という事か!」
 「攻勢防壁。それが私の考えた策だ。細部については『色々』と思案はあるが、大筋においてはこの様な流れだと判断して頂きたい。今の策を用いた場合の粗探しを頼みたい」
 一斉に討論を開始する連合軍の頭脳。
 「周囲を取り囲まれたら終わりでは?」
 「それは事前に脱出路を用意しておけば良いのでは?」
 「それについては問題ない。脱出路については腹案があるのでな」
 「城砦が残っているのですか?」
 「一応はな。補修の必要はあるが、人海戦術を用いれば袁紹軍が来るまでに十分実用可能にまで持っていけるだろう」
 「だが小城では籠城できる数に限度があるのでは?」
 「そこは軍師の策の見せ所でしょう。本来は敵より多くの兵を用意するのが正道ですが、現実にそれが不可能な以上、他に案と言えば許昌への城攻めを敢行するぐらいです」
 「そうなれば被害は甚大、だな」
 喧々諤々の討論。今までにない戦略方針に、軍師としての性を強く刺激されたのか、今までにない程の激しい応酬が繰り広げられる。
 その最中、席を外した仲達の背を、2人の覇王と1人の軍師がジッと見続けていた。

 「・・・師匠。僕の歩む道、それは本当に正しい物なのでしょうか」
 風当たりの良い廊下。その窓から仮面を外した顔を出しながら、シンジは呟いていた。敬愛する師匠に己の進む道が正しい物なのか?それを確認したいと思ったが故に。その言葉が風に乗って師匠の下へ送り届けられないか?そう考えた故に。
 シンジには誰にも内緒にしていた、3つ目の策があった。だがそれは効果的な代わりに、とてつもない罪を背負う事を意味する。間違いなく2人の覇王は激怒し、猛反対するのは間違いのない策なのである。
 故に口に出す事は出来なかった。口に出さなければ、悪評は司馬懿仲達という冷酷非情な男が一身に背負う事になるから。
 「・・・分かってはいるのです。敵と味方。どちらを犠牲にした方がマシなのか、という事は。師匠や師叔も、同じ悩みを抱えていたのでしょうね。御二人とも、本当は優しい方ですから」
 ギリッと歯軋りするシンジ。
 「・・・僕は弱い・・・師匠、もし聞こえるなら僕に決断する勇気を下さい。初めての我儘ですから、どうか・・・」
 「目の前にいない師匠に頼る前に、少しは周囲を頼ったらどうなのだ?仲達」
 突然の呼びかけに、慌てて仮面を着け直す仲達。そこに立っていたのは呆れた様に仲達を見る冥琳であった。
 「公瑾殿。孫呉の筆頭軍師である貴女が軍議を抜けては」
 「馬鹿者。無理に芝居をするな。見ている方が痛々しくて仕方が無いわ」
 そのまま仲達の真横へと歩み寄る。その眼は嘘偽りを許さぬ、凄まじいまでの威圧が込められていた。
 「答えろ。司馬仲達。お前の内にある、隠している策を。呉の軍師として、その策を見極める義務が私にはある」
 「断る。これは私が背負うべき罪だ」
 「ならば現時点をもって、孫呉の筆頭軍師としてお前を副軍師の任から外し、建業へ強制送還するまでの事」
 これには仲達も言葉も無いのか、無言を貫く事しか出来ない。
 「・・・それでも、この策だけは私が・・・僕がやらねば・・・」
 「言え!司馬仲達!いや、少帝陛下侍従聞シンジ!」
 「な!?」
 「お前の素性はバレているのだ。とは言え、呉で知っているのは雪蓮と穏ぐらいだがな。お前にどんな思惑があるのか?それは私にも分からん。最初は劉協殿下の仇討ちかとも思ったが、お前にはそこまでの狂気は感じられなかったからな」
 そのまま壁に背を預け、フウッと溜息を吐く。
 「言ってみろ。例えお前が孫呉に忠誠を誓っていなくても、私は戦友としてお前を信用しているつもりだ。孫呉の者達は、皆同様だろう。だから言ってみろ」
 「・・・ダメだ。こればかりは僕がやらなければいけないんだ!」
 「何故だ、何故そこまで強情を張る!」
 「悪評を被るのは僕1人で十分だ!」
 拳を握りしめ、全身を震わせるシンジ。
 「曹魏も!孫呉も!悪名など被ってはいけないんだ!民を導き、平和の礎を築く英雄は光輝かねばならない!そうでなければ、民は何を信じれば良いのだ!だからこそ、汚れ役は異邦人である僕の役目なんだ!」
 「仲達・・・お前は・・・馬鹿な男だな・・・」
 「馬鹿で結構。それと『私』の軍籍を抹消しておいてくれ。孫呉に司馬仲達という男はいませんでした。孫呉とは無関係です。そう言い張れるようにな」
 そのまま冥琳の脇を通り抜け、立ち去るシンジ。
 「美羽と七乃、白蓮の処遇だけ頼む」
 「・・・断る」
 「何?」
 「祭!思春!明命!司馬仲達を捕縛せよ!」
 挟み撃ちするように姿を見せる思春と明命。その背後には自慢の弓を構える祭。そして3人ともが苦渋の表情を浮かべていた。
 「仲達。そんなに我らは頼りにならんか?お前が孫呉に姿を現してからの日々は、幻でしかなかったとでも言うつもりか?」
 「仲達。確かにお前は天才だ。だが1人で何でも出来ると思うのは間違いだ。それを教えてくれたのはお前だろう」
 「仲達さん、私、貴方に武器なんて向けたくないです!」
 逃げ出す事自体は不可能では無い。咄嗟に逃走経路を捜そうとする。が―
 「もう止めなさい。聞シンジ。やっとだけど、貴方の描いた筋書きが理解出来たわ。衰退した漢王朝に代わる、新王朝樹立による民の救済という策。その王朝の開祖として選ばれたのが、私と孫文台、そして劉玄徳と董仲穎であった事をね」
 姿を見せたのは華琳。その背後には、曹魏の誇る軍師・将軍達が勢揃いしていた。
 「そして、貴方が自らに課した役割が、袁紹の黒幕の焙り出しにある事も分かったわ。そしてその黒幕に繋がるのが袁紹軍副軍師田豊なのでしょう?」
 「・・・」
 「無言は肯定として受け取るわ・・・話しなさい。貴方が隠している第3の策を。私も孫伯符も覇道を歩む者。犠牲を恐れるほど、躊躇う程弱くは無い!」
 「同感ね。先に台詞奪われちゃったのは腹立たしいけど」
 そう言いながら姿を見せる雪蓮。背後には穏と蓮華が心配そうにシンジを見つめていた。
 「・・・ならば条件付きで教えてやる。ただし、聞いたが最後、必ずその策は私に実行させろ。それだけは絶対に譲れん」
 「良いわ、教えなさい」
 「ならば教えてやる・・・この大地に地獄を出現させてやるのだよ」
 秘匿された第3の策。その説明を聞く内に、まず蓮華・季衣・流琉の3人が口を押えて蹲った。特に蓮華と流琉の2人はショックが大きかったのは言うまでもない。
 そして一刀を除く他のメンバーは、一斉に猛反対を始めた。第3の策。それはあまりにも非常識かつ残酷な策だったからである。
 「何で・・・何でそこまでするんですか!そんなの、酷過ぎる!」
 シンジの胸元を掴み、必死に抗議する明命。
 「民を救う為だ。他に理由など無い。その邪魔をするのであれば、例え相手が誰であろうとも障害として認識させて頂く」
 「仲達さん!」
 「黙れ小娘。たかが500程度の犠牲で怖気づくなら私の邪魔をするな。曹孟徳。孫伯符。牢屋にいる罪人を利用させて貰うぞ」
 凍てつくような冷たい言葉。かつてないほど冷酷非情な仲達に、明命がフラフラとよろめきながら崩れ落ちる。
 その瞬間、全員が理解してしまった。
 良かれと思ってシンジを問い詰めた事が、裏目に出てしまった事に。
 人間としての良心の呵責に悩んでいたシンジ。そのシンジの呵責を、軍師としての役割というスイッチによって潰してしまった事に。
 誰もが沈黙を保つ中、再び仮面を完全に被り直して『仲達』となったシンジは、人の壁をかき分けるように歩き出す。
 その背中へ届く声。
 「仲達。今のお前を劉協殿下が見たら、どう思うかな」
 「・・・泣いて止めるに決まっている。だが、そんな事は百も承知だ」
 その言葉に、最早仲達を止める事等出来ないと悟った冥琳は、歯噛みしながら立ち去る背中を睨みつける事しか出来なかった。
 そして―
 「ゴフッ!」
 「冥琳!」
 崩れ落ちる冥琳。雪蓮の叫びが一際高く響いた。



To be continued...
(2015.04.04 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回はシンジと仲達との間の差を出すような話にしてみました。温厚で面倒見の良いシンジと、冷酷非情な仲達。その落差を楽しんで頂けたら幸いです。
 あと原作においても、人気の高い蓮華も登場しました。遅まきながらに正当派ヒロインの登場です、合法ロリではないですがw
 話は変わって次回です。
 曹魏兵3000と秋蘭率いる1000の助力を受けて、朝歌へと布陣する仲達。その情報を入手した斗詩は田豊を軍師として20000の兵を率いて討伐に出陣する。
 しかし彼女達を地獄が待ち受けていた。
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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