碇シンジの合法ロリルートへの道 (not18禁)

第十二話

presented by 紫雲様


襄陽―
朝歌の戦いにおいて、袁紹軍2万が司馬仲達3千の前に全滅。その知らせは瞬く間に大陸中を駆け巡った。
何よりその知らせは、あらゆる者達の心へ恐怖とともに刻み込まれたのである。
曰く『病を操る仮面の軍師』『悪鬼羅刹』。
 朝歌の戦いの後、降伏した斗詩は捕虜となっていた猪々子ともども、解放される事になった。朝歌に置いて行かれた傷病兵5000とともに洛陽へ帰還させられたのである。
 敗残兵を纏めるのは猪々子。朝歌で井戸水を口にした斗詩は、降伏後、病を発症していた事が発覚。そのまま病床に就きながら帰途となったのである。
 この処置には連合軍内部からも反論が巻き起こった。特に将軍を筆頭とする武官からは断固斬首すべきだという意見が持ち上がったのである。
 対するは軍師を初めとする文官達。彼女達は今回の処置が何を引き起こす事になるのかを正確に察知したのである。そして2人の覇王も苦虫を噛み潰しながらも、軍師達と同様に将来図を描きだし、解放に賛同したのであった。
 疫病に蝕まれた兵を洛陽へ入れる訳にはいかない。為政者として当然の判断である。
 だがその為政者が、暴君であったのなら?
 そう。袁王朝は崩壊へのカウントダウンを開始していた。

長安―
 朝の軍議。涼州連合と蜀の頭脳陣は、長安へ届けられた情報に顔を青褪めさせていた。
 曹操・孫策連合軍による東からの袁王朝への侵攻。その軍師を務める『仮面を着け、漆黒の服を纏った長身痩躯の男』と言う人物像に、良く知る懐かしい面影を思い浮かべてしまったからである。
 涼州連合の者達は誰もが知っている。彼がとても優しい男である事を。月や詠、叶の為にどれだけ奔走してくれたのかを。そして叶を逃がす為に、炎の海の中へ独り留まっていた事を。
 蜀の者達も知っている。彼が民を救うという叶の理想を現実にする為、桃香を次代皇帝の候補として蜀へと送り込んだ事を。
 「・・・月ちゃん。叶ちゃんは?」
 「寝込んでいます。絶対にシンジじゃない。シンジはそんな事をするような人じゃない。そう言い続けてるんです。望が傍にいてくれるから、心配はいらないと思いますけど」
 「・・・そうね。叶の事は望に任せましょう。それに、叶1人を心配している訳にもいかないわ。ついに袁王朝が崩壊しそうなのだから」
 詠の手にある報告書。そこには細作からの知らせが事細かく記されていた。
 「幽州と冀州は連合軍の手に落ちたわ。2つの地に住む民の大半が、呉の水軍によって故郷を出奔したのよ。手引きしたのは呉王孫策と、幽州の元太守公孫瓚よ」
 「白蓮ちゃんが!?」
 「ええ。そもそもこの知らせは公孫瓚が細作に気付いて、桃香へ知らせる事を条件に教えてくれたそうよ。この策は民を土地から離す事で、袁紹軍全てに兵糧攻めを仕掛ける事が目的である事。だから民を傷つけたりはしないし、彼らは絶対に守りきる、と。戦乱が終わった日には、彼らを故郷へ送り返す、そう伝えてくれ、と」
 変わらぬ親友の言動に、桃香の顔が綻ぶ。
 ただ公孫瓚の言葉は、軍師達には大きな衝撃を与えていた。
 国家1つ丸ごとを対象とした兵糧攻め。こんな馬鹿げた規模の作戦は、誰1人として思いついた事が無かったからである。
 「朱里ちゃん」
 「雛里ちゃん。今はこの状況をどう活用するかを考えよう。この策によって袁王朝の壊滅は確定となる。となれば次に来るのは・・・曹孫連合軍との激突。そして相手には『悪鬼羅刹』と畏怖されている漆黒の軍師・・・恐らくは聞侍従がいるんです」
 「・・・何でや。シンジ・・・何で叶や月達の所へ戻ってきてやらんのや」
 ギリッと歯軋りする霞。その手に、ソッと伸ばされる手。
 「霞・・・シンジは・・・優しい・・・信じてあげよう・・・」
 「私は聞侍従とはほとんど会った事は無いが、それでも指折りの智謀の持ち主だという事は知っている。何か理由があるのではないのか?」
 「そうね。既に細作は放ってある。いずれ事の真相は明らかになるでしょう。だから私達は私達に出来る事をするの。まずは洛陽攻略戦。混乱の隙を突いて洛陽を落とし、そのまま汜水関まで一気に落とす!そこを拠点に曹孫連合軍と対峙するのよ!」

襄陽―
 「ガハッ!」
 大地に崩れながら、それでも棍に全ての体重を預けて立ち上がるシンジ。その顔を隠していた仮面は、木端微塵に砕け散り素顔を晒している。
 左足は途中であらぬ方向へと曲がり、最早、走る事等出来ない。立つだけで精一杯。
 右目は瞼が下がり、視界が狭まっている。
 そして全身から流れ落ちる赤い滴。
 曹魏と孫呉。2国に属する将軍は怯懦とは無縁の勇気の持ち主。軍師は大陸中に名を馳せる神算鬼謀の持ち主。そして君臨する覇王は歴史に名を刻みうる開拓者である。
 その彼女達をもってしても、目の前の光景を止める事は出来なかった。
 出来るのは、ただ見守る事だけ。
 「・・・まだ抗うか・・・この馬鹿弟子が・・・」
 軍議の最中、突如、何の前触れも無く軍議の間を飛び出た仲達。誰もが何事かと目を見張った中、しばらく経った後で聞こえてきた轟音。
 駆け付けた彼女達を待っていたのは、2つの人影。1つは良く知るが、もう1つは誰も知らない人物であった。
 ただただ冷たい怒りを宿した双眸が、緊張と言う刃となって心を突き刺す。
 シンジを救おうと春蘭と思春が武器を手に走り出す。だがその足元を抉る、不可視の一撃に思わず足を止める。
 その時だった。
 気付いたのは風。いつもの眠たげな顔が、驚愕に彩られたのは。
 「・・・霊獣の最高峰麒麟・・・それも黒い麒麟!」
 「おいおい、やべえんじゃねえか?」
 「相手が悪すぎます。皆さん、引いて下さい」
 相手の素性に気付いた風は、明らかに顔を青褪めさせた。それでも気付かない者達が大半を占める中、絞り出すような声を出したのは意外な事に一刀である。
 「霊獣黒麒麟・・・そんな存在を従えるのは1人だけだ・・・九天応元雷声普化天尊」
 「何だ?その長ったらしい名前は」
 「雷神の名前だ。だがそれはあくまでも神としての名。人としての名は・・・殷王朝最後の太師。聞仲・・・最強の仙人だ」
 聞仲。その名にハッと真実に気付く一同。
 シンジの姓は『聞』。それは師の姓を受け継いだのだという事に。
 「待ってくれ!もし貴方がシンジの師匠だと言うのなら、どうしてこんな真似をするんだ!」
 「馬鹿弟子を始末するのに何の理由が必要だ、小僧」
 軽く腕を振るう聞仲。同時に目に見えぬ不可視の一撃がシンジを襲う。その一撃を為す術も無く喰らい、吹き飛ばされるシンジ。
 「戦乱の世だ。私も綺麗事等口にするつもりはない。だが、策の為とはいえ疫病を広めるとは言語道断!師である私の手でケジメをつけるのみ!」
 再び放たれた一撃。だがそれよりも早く、真横へ倒れこむ様に回避するシンジ。だが片足を折られている以上、避けられたのは幸運以外の何物でも無かった。
 そこへ追撃をかけるように一撃が放たれ―ギインッ!と音を立てて防がれる。
 「馬鹿弟子を庇うつもりか、小僧」
 「ああ、そうだ。俺もアンタに言ってやりたい事があるんでな。ふざけんじゃねえよ、この馬鹿野郎が!テメエの弟子がどれだけ苦悩していたと思ってやがんだ!尊敬するアンタならどう思うか!それを自問自答した挙句に、自分一人が汚名を被れば良い!それでみんなが救われるなら!そう苦しみながら出した結論だったんだ!なのに問答無用で抹殺だ!?テメエこそシンジの師匠やる資格なんてねえよ!」
 腰に差していた胴太貫を鞘に納めたまま、青眼の構えをとる一刀。一刀の実力は、兵士よりは上でも将軍よりは下。正直、部下の三羽烏よりも下。
 それでも誰もが動きえない中、彼は動いてみせていた。
 「久しぶりに、本気でキレたよ。テメエは許さねえ!」
 瞬間、飛び出す一刀。雄叫びを上げながら、真正面からフェイントもかけずに袈裟懸けの一撃を放つ。
 だがその一撃を聞仲は容易に躱す。聞仲は沈着冷静な殷の守護神としてのイメージが強いが、本来の彼は武を以て敵を倒す将軍なのである。その武は歴代の殷王朝の王に教えを授ける程であり、殷周革命において最強の個の武を誇る武成王ですら師事を仰いだ程であった。
 その彼に、鍛錬を受けたとは言え、20年も生きていない現代日本の少年が勝てる訳も無い。
 「出直してくるんだな、小僧」
 轟音とともに―聞仲的には十分手加減しているのだが―拳が一刀の顔面を叩きこまれる。当然、一刀は避けられる訳も無く拳をまともに喰らった。
 その額に。
 ガゴッと音を立てて、聞仲の顎が跳ね上がる。原因は攻撃直後の隙を突いた超至近距離からの掌底の一撃。
 そのまま歯を食いしばりつつ、体当たりを敢行。マウントポジションを取って顔面タコ殴りを考えた一刀ではあったが、さすがに聞仲を甘く見過ぎていた。
 今度は一刀の顎が体ごと跳ね上がる。原因は聞仲の繰り出した蹴りである、
 「嘗めるなよ、小僧。伊達に殷王朝を護り続けてきた訳では無いわ!」
 逆襲に転じようと追撃に入る聞仲。そこへ再び金属音が響く。
 「ちょっと?人の客将を問答無用で手にかけようなんて、礼儀知らずも良い所ね」
 「邪魔をするか、女」
 「そりゃあ勿論。孫呉の王孫策伯符が相手をしてあげる」
 死を覚悟したのか、南海覇王は妹である蓮華の手に預け、逆に蓮華の愛剣を持って雪蓮は立ちはだかった。
 そんな雪蓮に続くかのように、駆け出そうとする流琉。その肩を、咄嗟に秋蘭が掴んで引き留める。
 「流琉!お前では奴には勝てん!」
 「離して下さい、秋蘭様!仲達さんが言ってました!自分の師匠と互角に戦えるのは、飛将軍呂布だけだって!春蘭様と秋蘭様が同時に挑んでも、掠り傷が限界だって!このままじゃ、仲達さんが殺されちゃいます!」
 その言葉にピクンと反応する影。
 背の大剣を抜き放ち、物騒な声を出す。
 「仲達、後でぶち殺す」
 「姉者、落ち着け。助けても、後で殺してしまっては意味が無いぞ」
 魏の双璧と呼ばれる2人が剣呑な視線を聞仲に向ける。
 「遅れんじゃないわよ、夏候惇将軍!」
 「誰に物を言っているか!」
 同時に脅いかかる雪蓮と春蘭。その背後から弓の名手である秋蘭と、主を助けようと反射的に動き出した祭が矢継ぎ早に矢を放ち、更に隙を突くべく思春が聞仲の死角へと回り込む。
 だが―
 「ぬるいわ」
 まるで竜巻の様に不可視の一撃が吹き荒れる。その一撃は接近していた3人と、飛んできた矢を全て問答無用で叩き落としてみせた。
 「超宝貝禁鞭を模した偽物だが、貴様ら如きには勿体ない代物だ」
 一撃―正確には目では捉えられぬ程の超高速の連続攻撃を喰らった雪蓮、思春、春蘭が歯を食い縛りながら必死で崩れ落ちようとするのを堪える。その姿にせめてもの支援とばかりに祭と秋蘭が矢継ぎ早に矢を射るが、聞仲は一瞥すると軽く手を振り、再度、全ての矢を砕いてみせた。
 「私とて無意味な殺生を行うつもりは無い。小娘如きに武を誇るつもりも無い。命が惜しくば下がるが良い」
 「全将軍に命じる」
 静かな声が響いた。
 「あの無礼者を討ち取れ!我が覇道を貶める者は、覇王曹孟徳の名を穢す物である!」
 一斉に愛用の武器を構える将軍達。そこには曹魏・孫呉の垣根は無い。
 ただ彼女達に共通しているのは『怒り』。
 だが彼女達の足が動く事は無かった。
 「・・・もう良いですよ。貴女達では師匠には勝てない。こんな所で大怪我をして、覇道に支障が生じる方が困るでしょう」
 「仲達!」
 「師匠。僕だけが狙いなのでしょう。彼女達には手を出す必要はありません」
 棍に全体重を預けながら、シンジがかろうじて立ち上がる。
 「師匠。1つ教えて欲しい事があります。貴方はどうして、僕を弟子にしてくれたのですか?それだけがずっと分からなかった・・・」
 「・・・」
 「蓬莱島には師匠以外にもたくさんの道士がいる。なのに何故、師匠だったのですか?僕には目立った才能や素質は欠片も無い。贔屓目抜きに見ても凡人です。なのに何故?」
 「・・・ただの気紛れだ。他に理由等ありはしない」
 小さく呟く聞仲。その姿が、心持ち小さく見える。
 「気紛れ、ですか・・・師匠にとっては僕等暇潰しの相手だったのかもしれない・・・でも、僕はそう思ってはいませんでしたよ。貴方は僕にとって尊敬出来る師であり、理想の父親です。実の息子である僕を、自らの歪んだ欲望の為に捨てた父親より、貴方は遥かに素晴らしい父親です。その想いは今も変わりません」
 シンジの右手が、グイッと服の襟を掴み服を脱ぎ棄てる。裸になった上半身。だがその右肩から先だけが異様であった。
 黒い革に包まれた右腕。その表面には赤い文字で何やら書かれ、それが明滅しているのである。
 「けど、僕にもここで死ぬ訳にはいかない理由があります。気は乗りませんが・・・父殺しの汚名を着てでも、前に進ませて頂きます」
 左手が赤い文字をなぞる。次の瞬間、文字から声が発せられた。
 『シンジ君?封印を解除するなとは言わない。君が決めた事なのだから、私には君を止める権利は無い。だが、最後にもう1度だけ確認する。君の決意が本物であるのなら、解除の為のパスワードを口にしなさい』
 太乙真人によって記録された音声。それにギリッと歯軋りしながら、シンジがパスワードを紡ぐ。
 「国際連合非公開組織特務機関NERV作戦部所属。汎用人形決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン初号機専属パイロット。サード・チルドレン碇シンジ」
 『・・・パスワードを確認したよ。ただし5分だ。5分を過ぎれば君は君でなくなる。それだけは注意するんだよ。君に、君のお母さんの加護が有る事を願っているよ』
 バシュウッと音を立てて赤い文字が消える。同時にドサドサッと音を立てて、大地へ落ちる黒革の拘束具。
 そこから現れた物に、その場に居た者達は視線を釘つけにされた。
 人間の皮膚の色では無い、まるで粘土のような色をした皮膚。そんな皮膚が右手から右肩までを隈なく覆い尽くしているのである。
 「・・・蓬莱島謹製。人体融合型宝貝『鬼神の腕』か。太乙御自慢の宝貝、どれほどの物か見てやる」
 「ぐ・・・うあああああ!」
 ボコボコボコと音を立てて、シンジの折れた足と、潰されかけていた片目が治癒を始める。その異様な光景に、息を呑む一同。
 折れた足は、瞬く間に完全に治癒。だがその色は右腕と同様に、人のそれではありえない粘土の如き色である。
 目は黒では無く、緑に変化していた。もし知る者がいれば、その眼を見て初号機を連想しただろうと思われる程に。
 「まずは小手調べだ」
 軽く腕を振るうと同時に、無数の一撃が放たれる。その一撃をシンジはギリギリまで引きつけ、瞬時に棍を全力で振るう。
 力任せの一撃は、聞仲の一撃を纏めて弾き飛ばしてみせた。
 「行きます!」
 人間ではなくなった左足。そこから生み出される爆発的な加速力は、瞬時にシンジを聞仲の懐へと飛び込ませる。
 だがあまりの速さに、シンジ自身がその動きを制御しきれず、不格好な態勢での体当たりに留まる。
 「チイ!」
 舌打ちしながら、拳での接近戦に持ち込む聞仲。岩をも砕く拳の一撃をまともに喰らい、文字通り浮き上がるシンジ。そこへ強烈な上段右回し蹴りが放たれ、シンジの頭部を捉える。
 誰もが頭部を弾けさせたシンジを想像し、悲鳴を上げかける。
 ところがシンジは間一髪の差で右腕を滑り込ませ、その怪力に物を言わせてガッチリと掴み止める。
 そのまま握力に物を言わせて、聞仲の足を握り潰そうとするシンジ。対する聞仲は、それを勘で察して、残る左足でシンジの右肩に正面から全力の蹴りを入れる。
 片足を取られた状態で、まさか蹴りが来るとは思っていなかったシンジは、それを真正面から喰らい、その衝撃で思わず聞仲の足を手放してしまった。
 「馬鹿弟子が。どれだけ怪力になろうが、所詮は人体。攻略する方法など無数にある。にも拘らず私への警戒を怠るどころか、自らの身体能力に油断するとは」
 「・・・」
 「どうした?急に黙」
 「・・・う・・・に・・・逃げ」
 「まさか!」
 「逃げてえええええ!」
 ゴウッと音を立てて、シンジを中心に風が巻く。まるで竜巻の様に風が暴れ狂う中、一同はシンジの体に更なる変化が起こる光景を目の当たりにしていた。
 背中からゆっくりと姿を見せ始めた2対4枚の光輝く翼を。
 「太乙め!何が5分だ!1分と持たんではないか!」
 舌打ちしつつ、偽・禁鞭を手加減無用の全力で振るう聞仲。だがその前に現れた、真紅の壁にその一撃は阻まれた。
 「・・・ふう。久しぶりに表に出てこられたと思ったら、あの子の体とはどういう事かしらね」
 「貴様、何者だ?」
 「私?私は碇ユイ。碇シンジの母親であり、この子の右腕で眠りに就いている存在と言った所かしら」
 余裕たっぷりな態度のユイ。対する聞仲は全神経をユイの言動へと注意する。
 「ところで、私の息子を殺そうとしてくれたみたいね。息子を助け、育ててくれた事に対してはお礼を言いたいけど、それとこれとは話が別・・・殺してあげる」
 「たかが異能の力を手に入れた程度で私に勝てるとでも思っているのか」
 「勝てるわよ。超宝貝が7つ無いと私には勝てないわ。だって私は・・・貴方達が知る女媧と同格の存在なのだから」
 ユイが言い終えると同時に、光が煌めく。次の瞬間、聞仲の全身が爆発に包まれる。
 「加粒子砲。貴方の禁鞭でこれを防ぐ事は叶わない。音速程度では、光の速さを超える事等不可能なのだから」
 「・・・音速では光を超える事等不可能?そんな戯言、誰が決めた?」
 ユイの放った加粒子砲を禁鞭の高速連撃一点集中攻撃で凌いでみせた聞仲。
 これにはさすがのユイも驚いたのか、目を丸くしていた。
 「そこまで馬鹿のように殺気を放っていては、どこに攻撃が来るか察知する事は容易い。戦を甘く見過ぎだ、女」
 お返しとばかりに防御へ使っていた一点集中攻撃を、攻撃へと流用する聞仲。対するユイはATフィールドで防ごうとするが、一瞬しか持たずに障壁は破られる。
 だが追撃は仕掛けない聞仲。その眼は苛立ちを感じさせる瞳であり、その視線は己の獲物へと向けられていた。
 「ふふ、破ったのは良いけど、代償は高くついたみたいね」
 「調子に乗るな。この程度、苦境にすら含まれんわ」
 「止めんか、2人とも」
 空から降ってきた新たな声に、全員が空へと顔を向ける。そこにいたのは空飛ぶカバに乗った少年―
 「カ、カバが空を飛んでいるです」
 「カバじゃないっス!四不象っス!」
 「ええい、黙っておれ、スープー!」
 ヒラリと舞い降りる太公望。その着地点は激突する2人の中央である。
 「時にそこなご婦人よ。シンジは無事かのう?一応、儂もあ奴の師匠なのでな。心配ぐらいはしておるのだが」
 「シンジなら眠りに就いているわ。しばらく経てば目を覚ますでしょう」
 「ならば良い。ところで聞仲。お主も下手な芝居はよせ。幾ら弟子が可愛いと言うても、そこまでする必要はあるまい」
 全てを悟っている様な太公望の言動に、剣呑な視線を向ける聞仲。
 「シンジを仮死状態まで追い込んで、ソッと逃がすつもりだったのだろう?お主は師匠馬鹿だからな。例え仙界がシンジの討滅に染まった所で、お主がシンジを殺す事に賛同する筈がない。仙界の決断を待たずして人界へ乗り込んだのも、師匠としてケジメをつけてきた。そう言い張るつもりだったのだろう。それが原因で、天祥・殷郊・殷洪・白鶴童子・哪吒・楊戩・武吉らに嫌われる事になったとしてもな」
 太公望の指摘にグウの音も出ない聞仲。ただ周囲は複雑である。
目の前のとんでも超人が、弟子可愛さのあまりに、仙界全てをペテンにかけようとしていたとは、誰も想像出来なかったのだから。誰もが本気でシンジを抹殺に来たのだと思い込んでいたから。
「全く、1人で暴走するのも大概にせんか。それも一般人の前で宝貝全開で。第一、仙界の総意としてシンジの討滅という決断等下されてはおらん。向こう1000年間仙界への立ち入り禁止処分。その程度で落ち着いたわ」
「何故、そこまで軽い処分で済む」
「考えてもみい。太上老君様は怠惰スーツで絶賛爆睡中。元始天尊様はジジ馬鹿一直線でシンジを殺すなら儂が相手じゃと、燃燈から万古幡を取り上げて重力地獄で上層部を脅迫中にギックリ腰を起こして強制退場」
シーンと静まり返る一同。知られざる仙界上層部の現状に『こいつら馬鹿?』と言葉には出していなくても、彼女達の表情が何よりも雄弁に語っていた。
「崑崙12仙は程度の差こそあってもシンジ討滅には反対。武吉・雷震子・天化・哪吒らはシンジを討滅対象にするなら俺が相手だ、と上層部へ喧嘩を売りおった。特に哪吒は金蛟剪で威嚇攻撃を行って蓬莱島を沈めおったわ。今頃、太乙が『哪吒もシンジ君ぐらい師匠思いなら』と泣きながら徹夜で島を修理中だろう」
「何をやっているのだ、あの馬鹿どもは」
「おかげで通天教主―楊戩の鶴の一声で収まったと言う訳だ。そもそも、シンジを殺してみろ。お主、張奎の所へ顔を出せなくなるぞ?張奎の妻、高蘭英はシンジを息子の様に可愛がっておったからな。あの2人は子供がいない分、シンジが可愛いのだろうが」
む、と口籠る聞仲。そこまでは考えていなかったらしい。
「武成王の所へも同様だろうな。天祥にとってシンジは初めての弟分だからのう。それに知っておるか?お主の旧知魔家四将もシンジには同情的だったぞ?どうもシンジの窮状が、額に目を付けたどこぞの誰かさんと重なったらしくてな、何とかしてくれんかと相談されたわ」
「ちょっと待て。何故あ奴らが」
「どうも暇潰しに人界を覗いておったらしいな。そこで偶然、シンジが弱音を吐いた所を目撃してしまったらしい。おまけにそれが引き金となって、知人らしい女子が吐血して倒れたとあっては、シンジが自分を今まで以上に追い込むのは目に見えている。そう言っておったわ」
 全員が『あ!』と声を上げる。冥琳が倒れた時、その場には曹魏と孫呉の主要メンバーしかいなかったのだが、まさかその光景を仙界から覗かれていたとは露程にも想像していなかった。
「さて、聞仲よ。まだ意地を張るつもりか?」
「・・・気が削がれた。黒麒麟、帰るぞ」
「は」
黒麒麟に跨り、さっさと立ち去る事を選択する聞仲。母ユイに体を乗っ取られているシンジには一瞥もくれずに、空高く舞い上がると雲の向こうへと姿を消してしまった。
「やれやれ、あ奴も無愛想だのう。もう少し自分に素直になれば良いのに・・・それにしても今回は我らの同胞が迷惑をかけてしまい、誠に申し訳なかった。改めて名乗らせて頂こう。我が名は呂望。もっとも太公望の方が有名だが」
「「「「「「お爺ちゃんじゃないの!?」」」」」」
「いやジジイには変わりないがの。外見年齢が止まっておるだけで、実際の年齢は1000近い。武王や文王に仕えた時でも、すでに70だったからのう」
『年は取りたくないのう』とワザとらしく肩を叩く太公望。そんな主に『昼寝ばっかりしてるからっス』とツッこむスープー。
「シンジの母御殿。済まぬが、儂ら仙道は直接こちらへ介入する事を自ら戒めておる。例外は有れど、規則は守らねばならぬ身だ。故にシンジの身に危険が及んだ時には、儂らに代わってシンジを護って貰えぬかの?」
「息子の為だもの。断る理由なんてないわ。それに貴方はシンジを成長させてくれたのですから。あの子を育てられなかった、不甲斐無い母ではありますが、本当に感謝しております」
「そういってくれると助かるわい。それとシンジが目覚めたら伝えておいて貰いたい事がある。仙道の修業をサボるな、と。儂の卦に不穏な予兆が出ておる。杞憂のまま終われば良いが、往々にして悪い予感程当たる物と相場は決まっておる。故に、その右腕を完全な制御下においておけ、とな」
コクッと頷く雪蓮。そんな雪蓮に太公望が口を開いた。
「シンジの雇い主であるそなたに礼代わりの助言を。西の壁。多くの命が散華するかの地に、そなたの盟友を救う光がある」
「・・・まさか冥琳が助かるの!?」
「断言は出来ん。ただ望みがあるというだけだ。ではこれにて失礼させて頂く・・・ええい!さっきから煩いわ!少しはだまっとれい!このド阿呆が!」
耳に付けていたインカムを外し、マイクに向かって怒鳴る太公望。直後、コホンと一息つくと、スープーに跨って『ではまた』と告げつつ空の彼方へと立ち去ってしまった。
「さて、と。確か曹操孟徳に孫策伯符だったわね。まさかこうして直接会い見える機会があるとは想像も出来なかったわ・・・改めて私は碇ユイ。碇シンジ―貴女達にとっては司馬仲達の実の母です。体を失ってしまった為に、今はこの人体融合型宝貝『鬼神の腕』に魂だけとなって宿っています」
「・・・色々と聞きたい事はあるのだけど」
「ごめんなさいね。私がこうして表に出てこられるのも僅かな時間だけなのよ。私はあくまでも人間でしかない。この右腕―『神』の残滓に縋りついているだけだから。だから、あの子が目覚めたら伝えて欲しい事が有るの・・・劉協ちゃんと董卓ちゃんと賈詡ちゃんと袁術ちゃんと馬岱ちゃんと鳳統ちゃんと典韋ちゃんと孫権ちゃんと周泰ちゃんと呂蒙ちゃん、それからアスカちゃんとレイ。一体誰が本命なのかしら?って」
全員が一斉に脱力して崩れ落ちる。いかにもシリアスな雰囲気からオチを着けられては仕方が無いと言えば仕方ないのだが。
「と言うか、ちょっとオバ様ったら爆弾発言しまくりでしょ!劉協殿下とか、生きてるの!?それに董卓とか賈詡とか!でもとりあえず蓮華はよくやった!」
「ちょっと姉様!?」
「あの子、頑張り屋さんに弱い子なのよねえ。アスカちゃんにだって、それでコロッといっちゃった訳だし。なのに生来奥手だから、お母さんとしては心配していいやら喜んでいいやら複雑な心境なのよ。ちなみにアスカちゃんとレイは、貴女達風に言えば天の国でのシンジの戦友よ?」
もう何と言っていいのやら、と困り果てる一同である。実母による女性関係大暴露大会に、シンジに対して憐みすら感じるほどであった。
「・・・あの尊大な男が生来奥手って・・・」
「だってねえ、アスカちゃんに同じ布団へ潜り込まれたから、我慢できずに思わず手を・・・あら?どうも時間が来ちゃったみたいね」
「「「「「「ちょっと待ってええええ!一番重要な所でしょうがあああああ!」」」」」」
「残念だけど、息子のこと宜しくね?」
違う意味で引き留めようとする一同の前で、ユイの意識が消える。するとシンジの体がストンと大地に崩れ落ちた。
「・・・なんつーか、疲れたよ。俺。とりあえずシンジだけど、部屋へ放り込んでおけば良いか?」
「そうね、頼むわ」
一刀に頼んだ華琳は、聞仲の攻撃によって半壊した軍事施設を建て直すのに、どれだけ費用が必要かを考え、コメカミを揉み解す事に専念していた。



To be continued...
(2015.06.06 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は師匠襲来&鬼子母神出現をテーマにしてみました。
 最強VS最恐の対決は、最恐の優勢勝ちと言った所でしょうか。さすがのお師匠様でも、超宝貝無しでは勝ち目無しですw
 ちなみに鬼神の腕ですが、原材料は初号機です。太乙真人、良い仕事してますwユイが加粒子砲を使っていたのも、初号機から受け継がれた使徒の情報を活用したと考えて下さい。
 話は変わって次回です。
 次回は本編から離れて番外編です。
 内容は孫呉編。明命を中心とした、孫呉の将軍達と仲達一家のドタバタ劇。もう1つは仲達と思春の指揮官対決と言った内容になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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