碇シンジの合法ロリルートへの道 (not18禁)

第十五話

presented by 紫雲様


許昌―
 「正確な被害報告ですが、総数5万の内、2万が戦死。1万が負傷を負っております」
 「被害が多いのは覚悟していたけど、それでも想定外ね。まさか敗北を喫するとは。それで聞侍従は?」
 「体調は最悪との事ですが、宝貝の機能のおかげで時が経てば治る、との事です。殿を務めた事により、毒を大量摂取した事が原因だろうとの事でした」
 謁見の間で、華琳に報告を行っているのは桂花。その場には連合軍の頭脳と呼べる者達も、シンジ以外勢揃いしている。
 「聞侍従によれば、敵の攻撃手段は病を操る宝貝だろう、との事でした。実際、易姓革命においても、同様の宝貝が使われ周王朝に多大な損害を与えたそうです」
 「宝貝以外の攻撃による可能性はないのでしょうか?」
 「それは無さそうですね。毒を専門とし、なおかつ疫病に関する知識を持つ聞侍従が、軍に病が発生していた事に気付かないとは思えません。ならば、相応の事態が起きたと判断すべきでしょう」
 自信をもって行われた汜水関攻め。連合軍の頭脳が結集して生み出した策は、シンジを大将として始まる筈であった。
 だが結果は燦々たる有様。全軍に発生した病が宝貝による攻撃と察したシンジは策を全て投げ打ち、全軍撤退を指示。そこへ追撃を受けたのである。
 兵を逃がす時間稼ぎの為に、シンジは堂々と名乗り兵の視線を自分に釘づけにしたのである。そこへ群がる敵兵に向けて、シンジの背後から秋蘭と思春の指示による矢の雨が降り注いだ。幸い、袁紹軍兵士達の中には武将と思しき指揮官がいなかった為、秋蘭と思春の判断に袁紹軍は面白いように引っかかっていた。
 「さて、どうした物かしらね」
 「私が手助けしてあげましょうか?」
 突然の声に、視線が集まる。そこにいたのは療養中のシンジ―
 「違うわね。貴女、聞侍従の母親。確か碇ユイと言ったわね?」
 「そうよ。ちょっと息子が困っていたみたいだから、お節介だとは思ったけど表に出てきたのよ。前とは違って、ちゃんと息子と交渉してから出て来たからしばらくは平気よ」
 そのまま軍議の中央へと歩み出る。
 「病に罹患した兵士達も、袁術ちゃんと一緒に診察してきたわ。幸い、私でも知っている病だったから薬も処方しておいたわ。軽い症状の者なら3日、重くても半月あれば回復するでしょう」
 「貴女、医術を齧っているのかしら?」
 「医術はついでね。正確には人体を構成する遺伝子と呼ばれる物を研究する者よ。天の国では遺伝子工学と呼ばれる特殊な学問。禁忌とされた神の摂理に挑む者。もっとも神様に近づき過ぎちゃって、こうして体を失っちゃった訳だけど」
 自虐染みた台詞を口にしつつ、わざとらしく肩を竦めるユイ。
 「本題に戻りましょうか。敵の能力は病の原因となるウイルス―目には見えない程小さな生物を自由自在に操る能力。ウイルスはその小ささ故に、口元を布で覆ったぐらいでは全く意味を為さないわ」
 「・・・何か対策は?」
 「強いて言うなら風上を取る事ね。ウイルスは風に乗って人体に入り込むわ。もっともこれだけでは根本的な対策とは言えないでしょうけど。だから宝貝に対抗する方法を考えるのではなくて、宝貝を使わせない方法を考えるべきだと思うわよ?」
 連合軍上層部メンバー達は、武においては強力極まりない者達が大半を占める。だが事が宝貝や妖術となると、全くと言って良い程対抗手段を持ちえない。
 「・・・となれば少数精鋭の隠密部隊を送り込む以外に方法は無いわね」
 「その辺りの人選はお任せするわ。あと息子も連れて行ってあげて。本職ほどではないけれど、それなりに隠密行動は出来るみたいだから」
 「呉からは明命を出せるわね。あの子なら太鼓判を押す事が出来るわ」
 「ならば魏からは・・・そうね、凪を出しましょう。細作ではないけど、身の軽さについては曹魏でも随一よ。ではこれから本格的な策を練りましょうか」

 汜水関から数里離れた所に再度陣を敷いた連合軍は、いかにも攻めあぐねています、と言うように警戒だけしつつ遠巻きに眺めていた。
 連合軍の役割は、シンジ達が内部へ潜入する際、袁紹軍側の注意を惹きつける事である。
 だが、ただ黙って突っ立っているだけでは芸が無い。まして手の内を見破られては意味が無い為、投石機による遠距離からの嫌がらせ兼城砦破壊戦術に出た。
 対する汜水関側も投石機攻撃は堪らないが、それでも絶対的に有利な汜水関を離れてまで突撃しようとは考えずにいた。
 彼らからすれば、連合軍側には『曹』と『孫』の旗が翻っているのだから、総力戦を挑んできた、と判断するのは当然だからである。投石機周辺には護衛部隊が鎮座しているのは確実。破壊部隊を送った所で、討ち死にするのが関の山。
 汜水関守備部隊の責任者を務める沮受も、その辺りの指示は徹底していた。第1陣である司馬仲達を宝貝で撃退したものの、連合軍が投石機攻撃での再攻撃を開始してきた事は彼の脳裏に描いていた展開通りなのである。
 当然の如く、その後の対応も考慮済。
 「くっくっく。田豊を倒した司馬仲達とやらも大した事は無かったな。どれ、折角だから曹孫連合軍全てを全滅させてやるか。だが奴らも馬鹿ではないからな。何とかして風上を取りたい物だが」
 彼にとっての最強の牙である宝貝『瘟㾮傘』を用いて連合軍を完全崩壊に追い込むべく、彼は思案に耽った。
 その余裕が彼の命取りになるとは知らずに。

潜入組SIDE―
 「しかし、意外に気付かれない物だな」
 感心したように呟く凪。彼女達は現在、汜水関内部に潜入していた。
 ただし『出入りの商人御一行』としてである。
 やり方は非常に簡単。許昌側からの潜入は難しくても、洛陽側はロクに警戒をされていない。故に細作として優秀な明命、気による身体強化の出来る凪、宝貝によって身体強化されたシンジの3人は、山中を強行突破して汜水関の裏に出てしまったのである。
 確かに汜水関には長期戦を想定した兵糧が備蓄されている。それは当たり前だが、どうせ食べるなら美味しい物を、と言うのは人間共通の願望。だからこそ、商人はこぞって商品―現在で言う生鮮食料品―を販売に来るのが当たり前。そこへ紛れてしまえば、何ら問題は無いのである。
 3人はしばらく様子を伺い、直接出入りの商人から情報を集めた。結果、出入りには洛陽で発行されている出入りの為の許可証を高い金を出して買う必要があると知り、そこで頭を悩ます事に。明命や凪ならともかく、シンジが王宮へ顔を出せば大騒動になるからである。
 そこで思いついたのが出入りの商人へ護衛として売り込み、一緒に中へ入らせて貰う事であった。
 俊敏な明命、気で身体強化を施し岩を粉砕してみせた凪、聞仲直伝の棍捌きを実演してみせたシンジは、出入りの商人の1人に見事に護衛として雇って貰えたのである。
 「で、これからどうするのですか?」
 「・・・ん、大丈夫。良い事思いついたから」
 現在のシンジは司馬仲達の代名詞と言うべき仮面を外している。だから素顔を晒しており、その視線が向けられる先も容易に確認できた。
 「草を見てるのか?」
 「そう。どこにでも生えている雑草。と言う訳で・・・」
 思いついた事を耳打ちするシンジ。その内容を聞く内に、2人の少女が顔を真っ赤に染め上げていく。
 「効果の程は保証するよ。磨り潰しちゃえば、絶対に気付かれないからね」
 「た、確かに効果的ではありますが、女性に説明する内容ではありませんよ」
 「・・・ちなみに、何でそんな事を知っているのですか?」
 「昔、そうと知らずに食べちゃったんだよね」
 後頭部を掻きながら笑い飛ばすシンジに、2人の少女は呆れるしかない。
 「と言う訳で、今晩の食事へ混ぜちゃおうか。磨り潰すのは僕と楽進将軍でやるから、明命さんには仕込みを任せたいんだけど」
 「まあ適材適所ではありますね。分かりました、そちらはお任せ下さい」

翌朝、汜水関―
 難攻不落の砦として名高い汜水関。そこには地獄の光景が広がっていた。
 「うう・・・地獄です・・・」
 心底辛そうに顔を歪める明命。隣に立つ凪も、同様に顔を顰めている。
 汜水関内部に響くのは、何の罪も無い一般兵士達総勢2万。その全てが絶望に打ちひしがれながら苦悶の呻き声を上げているのである。
 当然、堂々と歩く3人の姿は彼らの視界に飛び込んでくる。隠れようとする意思がないのだから、見つかるのは当たり前。
 そして3人目がけて刃を振おうとするのだが―
 「はい、ご苦労様」
 それよりも早くシンジの棍が一閃。突きこまれた棍の先端は的確に腹部に吸い込まれ―絶望の叫び声が上がる。
 「良い年した大人が何をしてるんだか。不名誉被りたくなかったら、大人しくしてなさい」
 奇妙な姿勢で脱兎の如く駆け出していく兵の背中へ、辛辣な台詞を投げかけるシンジ。それを見た兵士達は『悪鬼羅刹』『病を操る漆黒の軍師』と恐れ戦きながら距離を取る。
 「はい、質問。お腹、押されたい人は前に出てね」
 その言葉が切っ掛けになり、兵士達は雪崩を起こしたように全員が逃げ出していく。
 「いやあ、たっぷり御馳走した甲斐があったなあ。この分なら、あと二刻は無力化したままだろうな」
 「・・・聞侍従。この臭いの原因はどうするつもりですか」
 「馬鹿正直に汜水関を使う必要なんてないでしょ。虎牢関もあるんだから、火を着けちゃえば良いよ。掃除の手間も省けるし」
 そのまま堂々と通路を歩いていく3人。やがてその前に人影が立ちはだかり―
 「貴方が袁紹軍副軍師沮受ですね?以前、ここを攻めて病を喰らった司馬仲達です。直接お会いするのは初めてですね。ところで兵士の皆さんの調子は」
 「厭味ったらしく長々と喋るな!こっちは付き合っている余裕等ないんだ!」
 「ああ、それは失礼。さぞやお辛いでしょうねえ。下痢が止まらないのは」
 そう、シンジが実行したのは、天然の野草を利用した集団食中毒である。それにより汜水関の兵士は全てが食中毒を起こし、トイレとガップリ四つに組んで大絶賛戦闘中という事態を迎えていたのである。
 「ところで明命さん。連合軍に進軍の指示を出してきて下さい。僕は沮受と遊んでますから」
 「ちゅ、仲達さん?」
 「ちょおうっとだけですけど、温厚な僕でも頭に来てまして。一般兵士に宝貝なんて使う非常識野郎には、ホンのすこおおおおおおおしだけお灸が必要だと思うんですよ」
 チャキッと音を立てて取り出したのは、シンジが暗器として持ち歩いている飛刀―投げナイフである。それを抜き打ち様に投げ打ち、沮受が咄嗟に回避を試みる―
 全身の発条を使った激しい動きで。
 「ふおう!?」
 「ん、良い声で鳴いてくれますね。さあ、どこまで耐えられるか我慢勝負と行きましょうか」
 「き、貴様!貴様には武人としての誇りはないのか!?」
 「んな物ある訳ないでしょ。ほらほら、ぼおっとしてると刺さりますよ?」
 飛刀が飛ぶ度に、異様な悲鳴を上げながら回避を試みる沮受。
 「そ、そこの女!お前の連れだろう!止めるぐらいはしたらどうなんだ!」
 「・・・私は換気の為に戸を開けてくる」
 「ま、待てとふやあああ!」
 一刻も早くこの場から立ち去るべく、早足で換気の為に戸を開きに去ってしまう凪。そしてもう1人の同行者である明命はと言えば、既に窓から飛び降りて本軍へ報告の為に立ち去った後である。
 「神様にお祈りは済ませましたか?歴史書に下痢で砦を落とされた大将として、名前を刻まれる覚悟は出来ましたか?」
 「ま、待てと言って」
 「覚悟出来てなくてもやっちゃいますけどね。と言う訳で、今度はマキビシの上で踊って頂きましょうか」
 以前、徐州攻防戦で七乃に作らせたマキビシを撒き散らすシンジ。対する沮受はお腹とお尻を押えつつ、必死に逃げようとするがどうする事も出来ない。
 ただ哀れな踊りを続けるだけであった。

半刻後―
 明鈴の連絡に従い、進軍した連合軍が目にしたのは悲惨極まりない光景であった。
 大人として屈辱極まりない醜態を晒して力尽きている沮受。切り札である宝貝は、使われる事無く地面へ転がったままである。
 「我が師直伝。7代先まで後ろ指を指される程の小悪党の遣り口だ。やはり師の教えは偉大だな」
 額の汗を拭いつつ、イイ笑顔でフウと息を吐いているシンジ。その表情と口に出した台詞に、全員が心の中で『コイツにこんな事を教えたのはどっちだ!?』とツッコミを入れる。
 「お、おのれ・・・」
 「あ、気が触れてなかったんだ。触れちゃってれば恥ずかしい思いをしなくて済んだのに。それとも・・・目覚めちゃいましたか?」
 「何がだ!人を虚仮にするのも大概にしろ!」
 威勢は良いのだが、今の沮受は体力0による気絶寸前状態。激しすぎる下痢によって、体が脱水症状を起こしているのだから当然と言えば当然である。
 「司馬仲達!この卑怯者が!」
 「負け犬の遠吠えが心地よいなあ。ああ、貴方の負けっぷりはシッカリと歴史書に記載させて頂きますので。良かったですね、きっと後世において貴方の名前は永遠に語り継がれますよ」
 「ウガアアアアア!」
 あまりの激情に吠える沮受。そのまま、まるで糸の切れた操り人形の様にパタリと崩れる。
 「あ、血管切れちゃったみたい」
 「・・・そりゃ切れるだろうよ。それにしても、臭いな、ここは」
 「とりあえず、ここは火をかけちゃいますよ。今の内に虎牢関へ向かえば、アッサリと占拠できるでしょうし。掃除の手間も省けて一石二鳥です」
 
数日後、洛陽―
 漢の王都として有名な洛陽。今は袁王朝の王都となっている都は、かつての繁栄とは違って寂れた都となっていた。
 そんな都ではあるが、人がいなくなった訳では無い。かつてと比べれば減少しているのは間違いないが、今でも人は住んでいる。
 その住人達は、先日まで失望と諦観の中で生きていた。
 特に貧しさの中で生きていた者達は、金が無いという理由で田舎に帰る事も出来ず、生きる為に犯罪に手を染めるしか無かった。
 ところが3年前。霊帝崩御から始まった十常待の反乱。そのいざこざを解決した董卓と、その主である少帝と劉協の姉弟、更には片腕とまで呼ばれた侍従・聞による執政。僅か1年に満たない期間ではあったが、それでも民の事を重視した政策の数々に、喜びを覚えた者は多数に上る。
 だがその喜びは粉砕された。
 董卓が領地経営の為に、久しぶりに領地へ戻った隙を突いた袁紹軍の侵攻。少帝と劉協は消息不明。更には袁紹軍の名の下に公布された侍従・聞の戦死。加えて強制徴兵、重税、役人の腐敗、兵士の暴行。不満の種は数え上げればキリが無い。民達が憎悪の感情を抱くのも当然である。
 その不満が。その憎悪が。その憤怒が。その悲哀が。あらゆる負の思いが爆発していた。
 きっかけは2つ。
 函谷関からの涼州蜀連合軍による侵攻。函谷関へは李儒が攻め込んでいたのだが、その隙を突いて機動力に優れる涼州騎馬隊に山間部を迂回させて洛陽へ奇襲攻撃を仕掛けたのである。
 もう1つは虎牢関からの噂。曹孫連合軍が汜水関に続いて虎牢関もあっという間に陥落させたという噂は、出入りの商人によって伝えられたのであった。
 民達の反応は劇的だった。
 彼らは数に物を言わせて、完全武装状態の袁紹軍に襲い掛かった。洛陽の門を開放させ、洛陽に接近していた涼州騎馬隊を招きいれようとしてしまったのである。
 たちまち始まる血煙の嵐。だが袁紹軍兵士の練度が、涼州騎馬兵のそれを上回る事等無い。翠と蒲公英、ブレーキ役として派遣された霞、軍師役を任された雛里らは瞬く間に洛陽を制圧。洛陽攻防戦は1日どころか半刻と持たずに幕を下ろしたのである。
 ただ問題なのは民の溜りに溜まったフラストレーションがどこへ向くかである。
 この問題については、猪々子や斗詩が救援要請に来た時から、涼州蜀連合軍の軍師陣によって既に検討が為されていた。そのフラストレーションを暴力とは違った方向へ解決する様に。
 騎馬隊の後に続いて、運び込まれてくる食料。本格的な輜重隊では無い為に量は少ないが、それを民へ振舞ったのである。更に洛陽に備蓄されていた軍需物資の中から、食糧の大半を放出。これにより民の胃を手なづけるとともに、洛陽の酒屋から大量の酒を買い取り、全てを振舞う事で洛陽解放の祭を始めたのであった。
 こうなってしまえば、民達も暴力に走るよりは祭に酔いしれる方へ夢中となってしまう。それが暴政からの解放とあっては猶更である。
 その間隙を突いて、猪々子と斗詩の2人はかつて洛陽からの脱出に使った抜け穴から王宮へと忍び込んだ。目的は主である麗羽の救出である。
 ただ問題が1つだけあった。
 それは麗羽の気性である。
 「私は逃げませんわ。それが簒奪とは言え、皇帝の地位へ就いた者の責任なのですから」
 民が祭に酔いしれる間に、王宮へ火を放つ。その火の中で袁紹本初は自害した、と言う公式発表を行う策であった。だが彼女達は麗羽の気性をしっかり把握できていなかったのである。
 彼女が民を慰撫する為に、自らを人身御供とする覚悟を決めていた事に。
 「さあ、2人もここから立ち去りなさい」
 「なりません!姫も一緒でなければ!」
 「姫、南皮へ帰りましょうよ。3人で仲良くしましょうよ」
 梃子でも動かぬ程に、全く動じる気配も見せない麗羽に、猪々子と斗詩は情に訴える事しか出来ない。時間だけは有るのが不幸中の幸いである。
 そんな時だった。
 「やれやれ。姿を見せなくなったと思ったら、何故ここに居られるのですかな?この裏切り者が!」
 「「李儒!」」
 「裏切りには相応しい処罰が必要。ここで死んで貰う!」
 咄嗟に止めに入ろうとする麗羽。だがそれよりも李儒の行動が早い。
 手にしていた書物を軽く撫でると、李儒の前に白装束を纏った人影が姿を見せる。
 その数、およそ30体。
 「止めなさい、李儒!」
 「小娘は黙っていろ。お前如き操り人形に、偉そうに指図される謂れなどないわ!」
 李儒の命令に従い、2人に襲い掛かる白装束の集団。咄嗟に臨戦態勢に移る猪々子と斗詩。数の上では白装束に軍配が上がるが、そこは一軍の将を務める者。30体程度であれば、2人なら十分に制圧出来る数なのである。
 そう、30体程度であれば。
 「あの野郎、次から次へと呼び出しやがって!」
 「これが種と言う訳でしたのね。次々に兵士を呼び出す妖術」
 幾ら倒してもキリがない。そんな状況に苛立ちを感じる2人。今の2人は互いの背後を護りながら、周囲をグルッと取り囲む白装束を相手にしている状況なのである。
 舌打ちしながら、猪々子が愛剣を肩に担いた時だった。
 「お逃げなさい!」
 白装束を背後から突き飛ばして道を開いたのは麗羽であった。その行動に目を丸くする猪々子と斗詩。そんな2人の前で、麗羽が崩れ落ちる。
 その背に、突き立てられた1本の剣とともに。
 「「姫ええええええ!」」
 力任せに包囲網を突き飛ばしつつ、麗羽の下へ駆け寄る2人。
 「姫、何でこんな真似を!」
 「・・・何ででしょうね・・・気づいたら、そうしていましたわ・・・」
 麗羽は懐から、鈍く輝く物を取りだした。それは鞭。かつて洛陽炎上の際、シンジの右腕とともに発見された遺品。
 「これを月さんに渡して下さいな・・・ついに返す機会が無いまま・・・」
 「姫!姫!」
 「ならば私が返す手伝いをしてやろう。あの世で聞侍従に返すが良いわ!」
 今度こそトドメを刺さんとばかりに完全な包囲網を作り上げる李儒。それでも麗羽を護ろうと、憤怒の表情で愛用の武器を構える猪々子と斗詩。
 だから誰もが予想しなかった。
 「目覚めろ。我が宝貝『大極小図』よ」
 静かな声とともに、麗羽の手にしていた鞭がボウッと光る。その光は謁見の間全てを呑みこむ様に広がっていき―白装束の集団はまるで幻であったかのように静かに消え去った。
 「何だと!?」
 「一定空間内における、あらゆる異能の力を無効化する。それが大極小図の力。天然道士の身体能力も、道士の宝貝や術も、この宝貝のフィールド内においては全く意味を為さなくなる」
 カツン、カツンと音を立てて近づいてくる足音。その足音の持ち主は、類まれな巨漢―
 「「聞侍従!」」
 「馬鹿な!生きていたと言うのか!」
 「生憎だったな、軍師李儒。右腕をお前の白装束の攻撃で切り落とされはしたが、こうして生きているぞ・・・白蓮、美羽、七乃、袁紹を頼んだよ」
 シンジとともに行動していた3人が手早く動く。
 「顔良将軍!文醜将軍!出入り口に陣取って、逃げ道を塞ぐんだ!袁紹は白蓮が守ってくれる!この謁見の間では、奴もただの人間に過ぎない!仙術も宝貝も使う事は出来ない!今が奴を仕留める絶好の機会なんだ!」
 「「お、応!」」
 「さあ、3年前の借りを返させて貰うぞ!」
 ブオンと音を立てながら、棍を突きこむシンジ。その一撃を腰に下げていた剣で切り払う李儒。だが剣は棍を両断する事も出来ず、空しく火花を散らす事しか出来ない。
 「チイッ!今ので両断出来んだと!?」
 「残念だったな。こいつはとにかく頑丈さだけを追求した、ただの金属棍だ。蓬莱島の頑丈さの基準を嘗めるなよ?」
  大極小図の効果により、李儒は白装束を初めとした異能の力を封殺され、全力を出せない。
 シンジもまた、鬼神の腕の秘めた力を解放できず、それどころか若干ぎこちない部分すら見受けられる状態である。
 素直に考えればシンジが不利。しかし、培ってきた経験がその差を覆す。李儒もそれなりに武には覚えがあるのだが、さすがに20年に渡って武成王に鍛えられたシンジと比較しては、どうしても見劣りしてしまう。
 故に李儒は事態の打開を図ろうと、次の手を探る。出入り口にはシンジを上回る武の力量を持つ猪々子・斗詩が陣取っており、突破は不可能。袁紹を人質に取るのは、シンジと白蓮を突破しなければならず、こちらも不可能。
 窓から飛び出るのは、不可能ではないが最後の手段。屋根の外へ出るのは問題ないが、それをシンジが黙ってみている訳が無い。必ず背後から攻撃を仕掛けてくる。
 どうにも手詰まりな状況に、舌打ちするしかない李儒。
 そんな時だった。
 突如、李儒の足元が『ドゴン!』と爆発した。
 「「「何だ!?」」」
 土煙が上がる中、崩れた足場とともに落下する李儒。
 「全く、何をやっているんですか。于吉」
 「油断した。今回ばかりは素直に感謝しておくぞ、左慈」
 「おやおや、珍しいですね。よほど焦っていたようで」
 穴の下では、九死に一生を得た李儒―于吉が苦々しげにシンジを睨みつけていた。
 「まだ仲間がいたのか」
 「お初にお目にかかります。我が名は左慈。この名に訊き覚えはありませんか?」
 「左慈?知らないな」
 素っ気ないシンジの態度に、左慈が眉を顰める。彼にしてみればシンジが三国志を知っていて当然という考えだったのだが、当のシンジは三国志を知らないのだから、左慈の名を知らなくても仕方が無かったりする。
 「それより、お前も于吉の仲間なんだな。丁度いい、その首貰い受ける」
 「おやおや、それは辞退させて頂きますよ。それに我々の相手をしている時間があるのですかな?貴方の宝貝『大極小図』とやらは術師である我々の天敵です。しかし、どうやら貴方にとっても『毒』の様ですねえ?司馬仲達」
 「ならば、こうするまで!」
 穴から飛び降りつつ、棍を振り下ろすシンジ。大極小図の効果範囲内から出た事により、鬼神の腕が、その秘められた潜在能力を解放する。そして放たれた一撃を掻い潜りつつ、零距離戦へと持ち込む左慈。繰り出される蹴りによる連撃に、シンジは間合いを取る事が出来ずに、防戦一方へと持ち込まれてしまう。
 「どうしました?先程までの威勢の良さが消えてしまったようで」
 「・・・ならば、これならどうだ!」
 鬼神の腕による侵食を受けた左足で、全力の震脚を仕掛けるシンジ。異形化した左足による震脚は、瞬時に床を粉砕する。
 落下を避けようと飛び退る左慈。それを読んでいたシンジが棍で追撃を仕掛ける。シンジにとっては幸いな事に、丁度良い距離が開いていたのである。
 だが―
 「左慈。時間稼ぎは十分だ!」
 「ええ、ではお願いします」
 「司馬仲達!いや、聞侍従よ、ここは我々が退こう。だが必ずこの借りは返させて貰うぞ!太平要術の書よ、その力を解放せよ!」
 左慈の手にしていた書物から光が放たれる。
 光が収まった時には、既に2人の姿は消えうせていた。



To be continued...
(2015.10.10 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は洛陽侵攻編となります。袁王朝の壊滅、連合軍による侵攻、李儒―于吉と左慈の登場により、物語は結末へと進んでいきます。
 恐らくは、残り4話程度になると思いますので、もう少しだけお付き合いください。
 話は変わって次回です。
 洛陽を奪還した4勢力は、全ての黒幕であった于吉と左慈に対する為に、休戦をする事に。そして洛陽でシンジと再会した少女達もまた、それぞれ行動を開始する。
 そんな中、シンジは于吉の行方を捜す為に情報を集める事になるのだが・・・
 そんな感じの話になります。
 それではまた次回も宜しくお願い致します。

 PS:Fate/GO、早く新章解放して欲しいです。ちなみに主力メンバーですが槍ニキ、ツルペタロリ痴女ライダー、セイバーもっきゅもっきゅ、バサスロット、そしてこのメンバーだと保護者役になる赤いコートの弓兵さんですwそれにしても、もっきゅもっきゅは何であんなに強いのでしょうか?アルテラより宝具ダメージでかいんですけどw



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