第十七話
presented by 紫雲様
王天君の訪問の翌日、洛陽―
各勢力の将軍達による四凶の討伐が終わった翌日。全員を集めた軍議の間に、ただ1人だけ姿を見せない者がいた。
聞シンジ。この中で唯一、仙界の関係者と言う立場にある男。仮面を着ければ傲岸不遜、外せば礼儀正しい彼は、会議を無断欠席するような非常識な事は絶対にしない。にも関わらず、そのような事態が起こっていたのである。
「・・・月、仲達は?」
「それが部屋から出てこないのです。夜通し起きていたみたいで、せめて朝食だけでも摂って頂きたいんですけど」
「幾ら声をかけてもダメなのよ。あの王天君とかいう青白い奴に、一体何を吹きこまれたんだか」
心配する月に、詠が肩を竦めながら頷いてみせる。
「たまに外へは出て来るんやけどな、渡された手紙を握りしめているから内容を覗き見る事も出来ないんや。ありゃあよっぽどの事が書いてあるとしか思えへんな」
「・・・華琳。ちょっと席を外して良いか?」
「一刀?」
「男同士なら、腹を割って話してくれるかもしれない。ダメもとで当たってみる」
他に妙案も無かった華琳は素直に頷く。
まさか一刀に、勝算が有るとは欠片も思わずに。
「よ、お邪魔するぜ」
「・・・一刀君か。どうしました?」
「呼び捨てで良いって。君付けは慣れねえんだよ。おれも呼び捨てにするからさ」
戸を閉めながら、露骨に溜息を吐く一刀。その視線は、右手に握りしめられた手紙へ向けられていた。
「なあ、シンジ。1つ訊きたい。お前、三国志って知っているか?」
「いや、知らない」
「なるほどな。それじゃあ仕方ねえかもな」
寝台に座りながら、小さく溜息を吐く一刀。
「その手紙だが、俺の予想が当たっていれば、この世界の成り立ちについて書かれているんじゃねえか?」
「!?」
「やっぱりな。だから納得出来ねえんだろ?この世界―奴らの言葉で言うなら泡沫世界と言うんだが―全て幻だという事が。三国志を知らねえんなら、猶更、納得なんて出来ねえよな」
「君は知っているのか?この忌まわしい真実を!」
「ああ。嫌と言う程な・・・俺は、2度目なんだよ。俺は華琳を、あの寂しがりやな女の子を助ける為に戻ってきたんだ。俺はかつて、歴史を変えようとした。だがその結果、俺は華琳を置き去りにしてしまった。そんな俺に与えられたこのチャンス。絶対に物にしてみせると思っていたんだが、お前の登場で歴史はしっちゃかめっちゃかだ。まさかここまで歪んじまうとは思わなかったぜ。もっとも、三国志を知らなかったからこそ、ここまで歴史を歪めても、世界の修正力が働かないのかもしれないけどな」
肩を竦めながら、苦笑いする一刀。対するシンジは、言葉も無いのか呆然とするばかりである。
「そこで、だ。俺なりに考えてみたんだ。俺はお前に協力しようと思う」
「・・・どういう意味なんだ?」
「分からないか?三国志を知っている俺が歴史を変えようとすると、世界の修正力が働いてしまう。だが、三国志を知らないお前が行動しても、何故か世界の修正力は働こうとしない。つまりお前が上手に動いてくれれば、俺は華琳を悲しませないで済むんだよ」
立ち上がる一刀。そのままシンジへと近寄る。
「お前に会わせたい奴らがいる。俺の協力者なんだが、お前にも会わせておきたいんだ。少し時間を貸してくれ」
一刀の案内に従い、街へと足を伸ばすシンジ。
向かった先は、密談可能な個室のある茶屋。その一室を借り受けた一刀は、シンジを案内すると『知り合いを呼んでくる』と席を外した。
それからしばらくすると戸が開き―
「初めましてえ~私が貂蝉よおおおおお~」
「儂が卑弥呼じゃ」
ボディビルダー顔負けの筋肉質の肉体に、純白のビキニ姿で登場した2人。その圧倒的なまで破壊力に、シンジは―
「ああ、ひょっとして一刀のお知り合いですか?僕はシンジと申します」
平然と対応していた。
「ちょっと待て!お前は驚かねえのかよ!」
「だってなあ、知り合いに似たような人いるし」
蓬莱島にいる筈の雲霄三姉妹を思い出すシンジ。ただし三姉妹は性別『一応は女』だが、こちらは性別『漢女』である。何せ、ご立派な髭付きなのだから。
「一刀から聞いてはいるわ。貴方、この世界を壊したくないのでしょう?」
「ええ」
「良いわあ。それなら私達は共同戦線を張る事が出来るわね」
「それなら是非とも教えて欲しい事が有ります。奴ら、于吉や左慈の事について。元始天尊様ですら、未だに全貌を掴みきれていない奴らの事について」
「ふふ。ご主人様から聞いてはいたけど、まさか本当に仙界の関係者だったとはね。良いわ、教えてあげる。この世界は泡沫世界と呼ばれているわ。何故、泡沫なのか?それは幻の世界だから。人々の想念―こうであってくれれば良い、と言う想像によって生まれ落ちた世界なのよ。ここまでは良いかしら?」
貂蝉の説明に、素直に頷くシンジ。
「ここで重要なのは、泡沫世界以外の人間が、泡沫世界を発見した時にどのような考えを持つのか?という点なの。例えばだけど『どうせ想像の世界なんだから、放っておけば消えるだけ』と考えた世界は無関心を貫くわ。『例え幻であっても世界は世界。ならば関わるべき』と考えた世界は、保護や交流という形式を持って接触を図る。逆に『このまま泡沫世界が増えていくと、どうなるか分かった物じゃない』と否定的に考えた世界は、泡沫世界を消滅させる事で自らの心の不安を無くそうとするの。于吉や左慈は、この世界に属する者達なのよね。だからこの世界を消滅させようとしている訳」
「・・・それだと、分からない点があります。于吉達が生き延びる為にこの世界を消そうとしているのは分かりました。しかし、それにしても随分と迂遠なやり方ではないでしょうか?もっと直接的な介入をすれば良いのに」
「それは不可能なの。何故なら泡沫世界であっても『世界の修正力』が働くから。例えばこの世界は、三国志と呼ばれる読み物の流れに従う事が基本的なルールなの。そのルールに反する事―例えば以前の御主人様の様に、死ぬ筈だった夏侯淵将軍を助けたりすれば、この世界は竹箆返しをしてくるの。それが元の世界への帰還―すなわち、この世界からの退場と言う訳。だからこそ、于吉や左慈は直接介入が出来ないのよ。途中退場したせいで、この世界に干渉出来なくなっては元も子も無いのだから。だから、この世界の住人を操ると言う形で、間接的介入を行っているの。正直、于吉が李儒を名乗って袁紹軍にいると言いた時には、驚いたわ。まさかそこまで直接介入をしてくるなんて、とね」
「一刀が言っていましたが、僕は三国志を知りません。ですが僕の行いは、一刀の知識によれば、そのルールを逸脱している事は分かります。ですが僕の身には何の異常も起きてはいません。これはどういう事なのでしょうか?三国志を知らない、本当に、ただそれだけなのでしょうか?」
「・・・歴史を知らない。それは間違いなく要因の1つね。何故なら、貴方の行動は『世界の裏をかいている』訳では無いのだから。同じ行動を採っても、ご主人様の場合は『世界の裏をかく』と判断されてしまう。例えば夏侯淵将軍の死。ご主人様は夏侯淵将軍の討ち死にを知っていた。だからそれを覆そうとした。つまり世界に対するカンニングをした様な物なの。でも貴方が同じ状況で同じ事を行っても、貴方は『夏侯淵将軍の討ち死』と言う答えを知らないから、カンニングとは判断されないのよ」
「・・・未来で何が起きるのか?その答えを知っているか否かによって、世界の修正力が働くか働かないかが決まる、という事で良いのですか?」
「正解。だから貴方の行動は世界の修正力を受けない。貴方が仕えた帝―今は劉禅と名乗っている少年。彼は本来なら死んでいるの。十常待に攫われ、命を落とす筈だった。でも貴方に救われた少年は、洛陽炎上と言う事件を経て死んだことにされ、劉禅として生きる事になった。これだけなら帳尻が有ったから、修正力が発生しなかったと考える事も出来る。でも帳尻が合わない事件も起きているのよ。それが献帝―今は劉封と名乗る少女が皇帝とならなかった事。貴方の献策により、反董卓同盟直後に3人の英雄が地方へ基盤を築いた事。董卓を旗印とする涼州連合が発足した事。異民族である五胡による侵攻が起きた事。本来であれば曹魏の2代目によって起こる漢王朝の廃絶が、袁紹の手によって起きた事。これらの出来事は、修正力の対象になってもおかしくない程の出来事だったのよ」
てずから淹れたお茶を呷りながら、フウッと息を吐く貂蝉。
「1つ質問です。貴方の説明には矛盾点があります。それは于吉が李儒として直接介入を行っていた点。これについては?」
「自分で分かっている事を聞くなんて、意地悪なのね。一度変わってしまった流れの中では、どう動こうが修正対象になる事は無い。だって未来の確定事項が存在しないのだから。本当に貴方は、私達にとっても敵にとっても、世界を左右する重要な要素だったのよねえ。まさか三国志を知らない人がやってくるなんて、思いもしなかったから」
「・・・僕は師匠からの最終試験で送り込まれただけです。そんな偶然があったからこそ・・・まさか、師匠達はそこまで読んでいた?いや、でも太公望師叔や王天君様、師匠や元始天尊様なら・・・」
仙界の策謀家を脳内へ浮かべて、その心の内を推測するシンジ。そんなシンジに、貂蝉がニッコリ笑いながら語りかける。
「ふうん。これは貴方のお師匠様達に感謝すべきかもしれないわね。貴方を通して『最終試験』と言う名の間接的干渉を行う。それが仙界の本当の目的だったのでしょう。ここから先は、私の推測ね?まず仙界の立場は無関心と興味の中間。つまり『これってどんな世界なんだろう?』と観察する立場だったのだと思うわ。その内、泡沫世界についての知識と、三国志が基になった世界である事を知り、更に于吉や左慈と言った世界を崩壊させようとする者達の存在に気付いてしまった。そこで仙界は考えたのでしょう。貴方を送り込む、という事を。恐らく、やって来たばかりの貴方には、この世界についてほとんど知識が無かったのでは?それは三国志と言う知識を与えてしまうと、行動に障害が生じてしまうから」
「確かに。僕は真名と言う事しか教えて貰っていなかった。通貨単位や、送り込まれる国の名前、或いは地図すら無かった。それに真名の存在を師匠が知っていたという事は、師匠達はこの世界について調べたという何よりの証拠となる。師匠達には真名なんて存在しないから、一般知識として真名なんて知っている訳が無い」
「恐らくは、貴方の考えで正解でしょうね。そして仙界としては、この泡沫世界を潰させない事に総意として決定された。それが今の状況」
小指を立てながらお茶で一息つく貂蝉。
「さて、ここからが本番よ。于吉達は神話の怪物を蘇らせた。これは世界の修正力と言う不安が消えた事、貴方を通して仙界の介入が見えた事により、形振り構っていられなくなったのでしょう」
「貴方の言い分は正しい。怪物復活なんて、明らかに歴史への介入どころか、改竄と言って良い所業ですからね」
「そういう事。そしてそう言った事件は、于吉達を何とかしない限り永遠に続くわ。だから、私達は貴方と共同戦線を張りたいのよ。正確には、貴方を通して4人の王と、と言う所なのだけど」
「それなら問題は無いでしょうね。僕よりも正確に伝えてくれる人がいますから」
首を傾げる貂蝉。
「明命?」
突如、天井裏から『にゃ、にゃあご』という可愛らしい声が聞こえてくる。
「ああ、責めたりしないから、無理に誤魔化そうとしないで。この件、蓮華達に伝えてくれる?とりあえずは王と軍師限定で。その後で誰まで伝えるか、相談して欲しいんだ。僕としては将軍を含めた上層部全員に伝えるべきだと思うけど」
「は、はい」
ガタガタと天井を外して、飛び降りてくる明命。その可愛らしい姿に『あら可愛い子ね』と貂蝉が呟く。
「仲達さんは?」
「化け物について、もう少し相談していこうと思う。だから先に伝えておいて欲しいんだよ。僕はこの世界を護りたい。みんなに死んでほしくないからね」
「・・・分かりました!絶対に蓮華様にお伝えします!」
颯爽と走り去る明命。その後ろ姿が見えなくなった所で、シンジは真剣な顔で振り向いた。
「教えて下さい。この世界で眠りに就いている怪物についての情報を。事と次第によっては、こちらも切り札を準備しておかねばなりませんから」
「良いわ、教えてあげる。この前、貴方達が戦った四凶。将軍クラス数名で互角と言う怪物だったけど、あの上がいるわ。蚩尤―かつて黄帝によって退治された伝説の魔王よ。他には四凶よりは遥かに弱いけど、数だけはいる配下の軍勢。加えて怪物でこそないけど、五胡も何らかの干渉はしてくると思うわ」
「戦力比はどれぐらいか、その情報はありますか?」
「さすがにそこまでの情報は無いわね。そもそも四凶の復活ですら、今回が初めての出来事だから。分かるのは四凶よりも上、と言う事」
その瞬間、轟音が鼓膜を叩いた。
「何だ!?」
「おい、シンジ!城を見ろ!」
一刀の叫びに、城へ目を向けるシンジ。そこにいたのは―
「馬鹿な!何で四凶がいるんだ!」
「理由は分からねえが、戻った方が良さそうだ!急ぐぞ!」
「ああ!すみません、後の事はまたいずれ!」
貂蝉と卑弥呼を置き去りに、城へと駆け戻る2人。その眼が捉えていたのは、城壁を舞台に激しい戦闘を繰り広げる4体の怪物であった。
「どういうこっちゃ!何でこいつが襲ってくるんや!」
愛用の飛竜偃月刀を正面から饕餮に叩き付けながら、叫ぶ霞。周囲では、残る四凶撃退の為に、将軍達が兵士と入れ替わる様に出撃を開始していた。
「ふむ、また身動きを取れなくしてやるか。程昱殿は後ろへ。張遼将軍、注意を引いてくれ」
「任せときいや!」
「2人とも、網を躱されないように気を付けて下さい。饕餮が蘇ったのであれば、学習能力を持っている筈です。網には用心をしてくるかと」
「なるほどな。確かに神話の怪物であれば、そういう事もありそうだ」
「思春様、一体何が!?」
そこへ姿を見せたのは、先程シンジと別れたばかりの明命である。シンジに言伝を頼まれた分、先に城へと到着したのであった。
「丁度良い、明命、力を貸せ。神話の化け物退治だ」
「りょ、了解です!」
「奴には死角が無いから気い付けや!」
「・・・なるほど、目が4つ」
少しだけ鞘から抜刀しつつ、構えをとる明命。狙いは抜き打ちでの右上段からの切り落としである。
「何か情報はありますか?」
「敵は最も破壊力のある、張遼将軍の偃月刀を警戒しています。長柄武器の破壊力について知悉していました。故に、手数で勝負する攻撃は、体皮の防御力に物を言わせて受け流していました。後は墳墓で仲達さんが網を使って捕縛して、包囲殲滅をしたくらいでしょうか」
「・・・了解です。ならば・・・思春様。アレをやります!」
カチャッと音を立てて、更に少しだけ鞘から刀を抜く。鍔元から10cmぐらい抜いた所で、明命は両手で柄を握った。
「なるほどな、その手があったか。よし、任せろ!」
互いの手の内を知る孫呉の武将同士、鍛錬相手としても互いに鍛えあう2人は、それだけでお互いの為すべき事を理解し合う。
まず飛び出したのは思春。愛剣鈴音を両手で握り、大上段から振り下ろす。それに僅かに遅れて、反対側から霞が偃月刀を振り下ろす。
饕餮は偃月刀も鈴音も躱す。やがて何回か攻防を繰り返す内に、学習し始めたのか、鈴音は強靭な体皮を利用して受け流す。そのまま思春へ反撃の一撃を放とうと爪を振り被り―
「・・・え?」
違和感を覚える風。そんな風の目の前で戦っていた思春の背後から、跳び上がる様に明命が姿を見せる。その両手は鞘から刀身を抜きつつ、全体重をかけた一撃を放つ。
「いやあああああ!」
愛刀魂切から放たれた一撃は、まさに神速の一撃。鞘走りを用いた加速された一撃は、見る者が見れば『抜刀術』を想像せずにはいられない一撃である。
饕餮の4つの眼球は、その一撃を捉える事は出来なかった。何故なら、思春の体が陰になっていたから。明命の体格と獲物から、手数で勝負するスピードタイプの剣士だと判断していたから。
だから饕餮は注意を払っていなかった。
魂切の一撃は、饕餮の強靭な体皮を切り裂き、肉はおろか骨まで両断する。鞘走りによって得られた加速と遠心力、体重と重力を活用した斬撃の前に、饕餮の体から僅かに遅れて体液が噴出。更に断末魔の叫びの如き咆哮が放たれる。
「迅速なる一撃。一撃で相手を死に至らしめる私の切り札ですが、まだ生きているとは思いませんでした」
「張遼将軍!一気に畳み掛けるぞ!」
「任せときいや!」
3人の将軍による攻撃が、まるで暴風の様に暴れ狂う。だが僅かな時が経過すると、饕餮は大地に崩れ落ちたまま、ピクリとも動かなくなってしまった。
「終わったみたいやな・・・なあ、どうする?こいつ、火にかけてもええんやろうか?」
「それは止めておきましょう。墳墓では首を刎ねて灰にしたにも関わらず、蘇った可能性があります。この場合、蘇っても即座に誅殺出来る様な態勢を取るべきかと。少なくとも、仲達さんが戻ってくるまでは」
「・・・程昱殿の意見に私も賛成だ。ここは私達が交代で監視をしつつ、兵士達に槍を突き付けさせておくべきだろう」
「せやな。シンジにもう一度、見て貰った方がええかもしれんな」
1刻後、謁見の間―
大陸を支配する4人の王、その頭脳と呼べる軍師陣、その手足と呼べる将軍達。その全てが勢揃いする中、司馬仲達こと聞シンジが一刀とともに姿を見せた。
「お待たせしました。怪物の死体の検証、全て完了しました。それから程昱殿、詳細な報告をありがとうございます。仮説ではありますが、四凶の復活について分かった気がします。程昱殿も感じた違和感、それが全ての答えでした」
「・・・どういう事?報告はしてくれるのでしょうね」
「はい。饕餮、いや四凶は蘇生したのではありません。天の国で言う所のクローン技術による複製体。皆さんに分かる様に言えば、命を創造する技術です」
一瞬、静まりかける謁見の間。一刀以外、誰もシンジの発した言葉の意味を理解出来ない。
「程昱殿が感じた違和感。それは饕餮が蘇生したのであれば、最初から思春さんの一撃を受け流していなければおかしい、と言う点です。しかし、饕餮は最初は思春さんの一撃を回避していた。それはつまり、あの饕餮にとっては、思春さんと戦うのは初めての経験だと言う証なんです」
「しかし、命の創造なんて事が可能なのか?」
「ええ。実際、僕の母がそれの専門家ですからね。間違いなく可能な技術であると断言できますよ」
ざわめきが謁見の間を支配する。そんな中、シンジがスッと前に出る。
「それで、明命から報告はあったと思いますが、その結論は?」
「全員に伝えるわ。隠しても仕方ない事だし、何より、私達自身の命が懸っているのよ?生き延びる為に戦う権利が私達には有る。その為にこそ、私達は真実を知らねばならない。それが結論よ」
「分かりました。では結論は僕から話しても?」
コクンと頷く蓮華。
「皆さん。これから話す事は全て事実です。それは于吉や左慈の目的であり、僕が王天君様から伝えられた情報であり、何より一刀の秘めてきた決意でもあります。話を聞く覚悟は、宜しいですか?」
「ええで。このまま隠されるより、思い切ってズバアッと言ってくれた方がええねん」
「では・・・于吉達の目的は、この世界全てを破壊し、無へと帰する事。この大陸に住まう者達は、僕と一刀という例外を除いて、全て偽りの存在―幻である事。そして一刀はある女性を救う為に、歴史を改竄しようとして自らを滅ぼした者なんです」
伝えられた真実は、大きな動揺を与えるに十分すぎる威力が有った。
自分達は幻―空想上の、偽りの存在である。そんな説明をされて、納得できる者がいる筈が無い。
だが一刀の口から説明された『三国志』と呼ばれる物語。
シンジの口から説明された『泡沫世界』と言う存在。
そしてこの世界への于吉達の干渉を防ぐ為、仙界が戦闘状態へと入っている事。
それらは全て事実なのである。だからこそ、誰もが頭の中を整頓する時間を欲し、結果として解散となったのである。
そしてシンジは、謁見の間に残り窓の外をボウッと眺めていた。
「・・・シンジ・・・」
「叶?どうしたの?」
「・・・ちょっと話をしたくて・・・みんなも同じ思いみたいだから」
叶の後ろには董卓軍上層部メンバー・孫呉上層部メンバーに加えて、流琉・美羽・七乃・白蓮が顔を並べていた。
その誰もが、シンジと深い関わりを持つに至った者達である。
「シンジ。天の国の事について教えて欲しい。シンジはどんな生活をしていたの?」
「・・・僕は・・・生き延びる。その為に戦ってた」
「戦?でも、おかしくありませんか?お兄ちゃんは、天の国には争いなんて無かった。そう言ってましたけど」
「表向きはね。僕達は日本と言う国にいた。この国は争いとは無縁でね、ホントに平和な国なんだよ。ただそれはあくまでも表向き。一刀は表の世界で生きて、僕は裏の世界に引きずり込まれて、争いの最中にあった。ただそれだけの事だよ」
上半身の服を脱いで裸になるシンジ。その肌の色の違う右腕が露わになる。
「僕達の世界で言う西暦2000年。それまで世界には60億を超える人間がいた」
「60億!?」
「事実だよ。ただその年、世界全体を滅びへと導く災厄が起きた。通称セカンド・インパクト。これによって世界の人口は20億まで減少。世界中を飢餓や争いが支配し、そして翌年の6月に、僕は産まれた。そう、僕は望まれて産まれて来たんだ。災厄の中でも、幸せになる権利がある。そう母さんに祝福されて、僕は産まれた」
左手が、そっと右腕をさする。
「だが世界には、完全な滅びが約束されていた。その滅びがやってくるのは西暦2015年。戦うべき相手は神の使い。その戦いに勝利する為、人類上層部はあらゆる力を結集。そして産み落とされたのが、神の体から生み出された新たな命―人造人間エヴァンゲリオン。そのテストパイロットに母さんは志願し、事故が起きて命を落とした。そして今、母さんは僕の右腕の中で眠っている。この右腕は、母さんを吸収したエヴァンゲリオン初号機の体から作り出された物だから」
「よ、よく分からないんだが・・・」
「話半分に訊いてくれれば良いよ。単なる暇潰し程度で構わないからさ・・・そして、僕は14歳の時に別居していた父さんに呼び出されたんだ。エヴァンゲリオン初号機のパイロットとして、神の使いを滅ぼす為に戦え、と命令された」
シンジが見上げた先。そこに浮かぶのは三日月。同時にシンジの脳裏に、3人で協力して使徒マトリエルを倒した時の事が、昨日の様に浮かび上がる。
「僕はレイとアスカ、2人の女の子と戦場に立っていた。僕達が倒されれば、即、人類全滅だと聞かされていたから、本当に死にもの狂いで戦った。でも、ある使徒を相手にした時、僕はそれまでの勝利から増長して油断し、使徒の罠に嵌ってしまった。そして気がついたら、目の前に師匠がいたんだ」
「・・・聞太師の事ですね?」
「正解。師匠達は僕の話を聞いて、僕を鍛えてくれた。20年、僕は仙界で修業してきたんだ。その間に、師匠達はエヴァを調査して、眠りに就いていた母さんと接触。そして母さんから真実を聞きだし、僕に教えてくれた・・・本当に怒りを覚えたよ。僕達の信じてきた事が偽りだったと知らされてね。だから思った。元の世界―天の国へ戻ったら、絶対にやり返してやる、ってね」
グッと拳を握りしめるシンジ。ユイから得られた情報にはSEELEや人類補完計画に関する物が山ほど存在していたのである。そしてその中には、綾波レイに関する事実もあった。
「・・・あとは皆が知る通り。僕は最終試験として、この大陸へ送り込まれて、叶達の前に落下。ドジッ娘詠にオジサン呼ばわりされて」
「だああああ!何でそこでそうなるのよ!」
「いや、だって事実だし。あの時、現場にいた月や霞を見てみなよ」
詠が視線を向ける。そこには苦笑する月と、顔を背けて笑いを必死で我慢する霞。その態度が何よりも雄弁に真実を語っている。
「ちょ、月!?霞!?」
「だ、大丈夫だよ。詠ちゃんのドジな所は可愛いから」
「ドジって所を否定してよ!」
「オジサン呼ばわりした所は否定せえへんのやな」
クスクス笑う月。やがて、その笑いは全員へと伝播していく。
「・・・生き延びましょう。みんなで笑いあえる様に、全力で駆け抜けましょう。そうすれば、きっと結果は着いて来てくれます」
「ちょっとあんた!何1人で綺麗にまとめに入ってんのよ!」
一刀SIDE―
一刀の腕の中、華琳は静かに寝息を立てていた。華琳命の桂花や春蘭、秋蘭達も気を利かせて今は部屋の外へと退室している。
一刀が経験してきた歴史。定軍山の戦いで討ち死にする筈だった秋蘭を助ける為、歴史を改竄し、その結果として晴れて両想いになれた華琳と永遠に別れる羽目になった事。気がついたら天の国にいて、自分の体験してきた事は夢だったのかと思った事。だがズタボロになっていた制服から、自分の経験してきた事が幻では無く事実だったと理解し、もう一度華琳に会おうと、とにかく手がかりを探し続けた事。
そして事件の元凶である銅鏡を入手した一刀は、その日、夢の中で出会った管路と名乗る人物の導きを受けて、再び大陸に降り立った。ただ誰もが彼を知らない、やり直しの世界という条件付きではあったが。
『ごめんな、華琳。ずっと秘密にしていて。でも、やっと明かす事が出来る様になったんだ。ここまで歴史が歪曲してしまえば、俺がどう動こうが世界によって消滅させられる事なんて起きないから』
そして今、一刀の腕の中には華琳がいる。気が狂う程に追い求めた、愛しい少女が。
思わずギュッと抱きしめる。その事に気付いたのか、華琳が目を覚ました。
「一刀?」
「いや、何でも無い。ただ華琳を見ていたら、抱きしめたくなって」
「・・・そう。良いわ、好きなだけ抱きしめて」
翌朝―
謁見の間には、全ての将軍・軍師が勢揃いしていた。その顔には、何の迷いも浮かんではいない。
ただ、そこには強い意思を秘めた瞳が有るだけ。
「全員、揃ったようですね。覚悟の程は訊くまでもありませんか」
「当然だ。私達は、今、ここに生きている。それだけが嘘偽りの無い事実だ」
青竜偃月刀の石突で床を叩きながら、愛紗が宣言する。それに同意するかのように、あらゆる者達が一斉に気勢を上げる。
「・・・分かりました。では、良いですね?」
「うん。最終決戦の場へ向かいましょう」
「では・・・全軍で決戦の場へと赴きます。目的地は幽州南西部。将軍達の役目は、名のある怪物達の駆除。雑魚は軍師の方に兵を以て片づけて頂きます」
「ちょっと待ってくれ。幽州南西部?そんな所に、何が有ると言うんだ?」
白蓮の当然すぎる問いかけ。そもそも彼女は幽州の太守。疑問に感じるのは当然である。
「そこに大陸の神話上、最悪の化け物が眠っています。于吉達の目的は、そいつを復活させ、僕達にぶつける事。四凶はその時間稼ぎに過ぎません」
「最悪の化け物?」
「はい。古代神話において、伝説の黄帝と激突し、敗れた戦の魔王」
その言葉に、誰もが唾を呑みこむ。
「敵の名は蚩尤。最強最悪の戦の魔王。間違いなく、四凶を上回る怪物です」
To be continued...
(2016.01.09 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
話の方もラストスパートに入りました。今回は最終決戦前夜、といった感じで話を作ったつもりです。
で、一点補足を。
貂蝉の仙界に対する考察は『誤り』です。貂蝉の考察だと、封神演義世界と恋姫世界は別物となるからです。ですが最初の基本設定において、2つの世界は繋がりが有ります。
どういう事かと言うと、まずは封神演義世界が『泡沫世界』として創造されました。そして仙界大戦終結後、仙道達は人間界=創造された泡沫世界にサヨナラします。
ただしその泡沫世界は、封神演義の『妲己』が『大地と一体化した世界』でもあります。そして大地が妲己の影響を受けて、徐々に『女性が強い』世界へと変化し始めます。つまり恋姫世界の基盤が出来る事となります。また女性が強くなった事で社会進出が進み、男性の活躍の場が相対的に減少。しかし男性側のプライドも有り、女性は役職に就く者達は男性名を名乗り、私的な場では女性名=真名を名乗る様になりました。イメージとしては『大奥』の設定に近い感じです。
やがて年月が経つ内に(周王朝から後漢王朝まで)、名前の概念は恋姫特有の物へと変化していきます。つまり真名は大事な物、という考えです。
また封神演義世界における天然道士=恋姫世界の将軍級という設定。これも結果から言えば妲己が大地と一体化した事が要因の1つです。加えて泡沫世界の特徴―この場合は恋姫の『三国志の登場人物が女だったら?』という外的要因も組み合わさり、世界は封神演義→恋姫世界へと姿を決定的に変える事になりました。
まあ穴だらけだとは思いますが、今作はこんな感じの世界設定でした。
話は変わって次回です。
最終決戦に赴く為、少女達は連合軍を率いて幽州南西部へと向かう事に。
そして時を同じくして、仙界においても一石が投じられる事になる。
その一石はかつて『最強』と呼ばれた武人であった。
そんな感じの話になります。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
作者(紫雲様)へのご意見、ご感想は、または
まで