碇シンジの合法ロリルートへの道 (not18禁)

第十八話

presented by 紫雲様


蓬莱島―
 「よう?向こうの調子はどんなもんだ?」
 「于吉や左慈の手の者が好き放題に暴れている。そんな所だ」
 神として封じられるよりも前から、友人づきあいのある男を前に、聞仲は千里眼を用いた遠見を止めた。
 「それより、お前こそどうした。前線指揮官が抜けてどうする」
 「今は休憩さ。前線指揮官は通天教主―楊戩が代わってくれている。その上で切り込み隊長として哪吒と雷震子が暴れてやがるんだ。俺が抜けた程度で、どうにかなるほど連中は弱くねえよ」
 「そうか。なら一息ついていけ」
 「そうさせて貰うさ。千年ぶりの戦だからな」
 手土産として持参してきた酒の入った甕を下ろし、早速呷りだす。感極まったかのように満足気に息を吐く親友に、困った奴だと苦笑する聞仲。
 「で、シンジは?」
 「無事だ。怪我一つ無い。それどころか、蚩尤相手に戦を仕掛けるつもりらしい」
 「ほう?戦の魔王か、そいつは俺も戦ってみたかったな」
 『連中は歯応えが無さすぎんだよ』と苦々しげに呟く飛虎。敵が弱い事が、どうやらお気に召さないらしい。
 「なあ、聞仲。俺をあっちに送ってくれ。戦の魔王とやらと戦ってみてえんだよ」
 「正気か?飛虎」
 「当然だ。どうせやるなら強敵が良いんだよ。もっとも、俺はお前以上の強敵なんて知らねえけどな」
 「ふむ・・・」
 酒に手を伸ばし、グイッと一息に呷る聞仲。そのまま立て続けに2杯3杯と呷り続ける。
 「お、おい聞仲?」
 「・・・素面な状態で送れば問題になるが、酔った状態なら知らんで押し通せる」
 「すまねえな、聞仲!やっぱりお前は最高のダチだよ!」
 聞仲の背中をバンバン叩く飛虎。そんな親友の行動に、噎せ返る聞仲。
 「と言う訳だ。久しぶりに暴れて来るか!」

洛陽―
 最終決戦の場へと赴く者達。総兵士数は100万。かつてない大規模な軍勢が立ち向かうのは、古の魔王。
 魔王復活による世界の破滅。
 それを聞いた兵士達は、最初は耳を疑った。だが立て続けに起きた四凶の襲来、そしてその死体を見せられ、更には四凶と直接交戦した者達から話を聞くにつれ、彼らは逃げ場等無い事を理解したのである。
 「これより我らは幽州の地に眠る、戦の魔王とその眷属の討伐を行う!これに失敗してしまえば、我らの愛する者達はもとより、この世界その物が終わりを告げる事になる!その事を肝に銘じて、今回の討伐作戦に従事して」
 兵士達を前に号令をかけていた、合同軍筆頭軍師冥琳―桂華や詠、朱里や雛里では威厳に欠けるという理由で却下されていた―の眼前に、突然、波紋が広がる。
 「全軍警戒態勢!油断するな!」
 雪蓮が声を張り上げる。その声は全軍に届き、瞬く間に臨戦態勢を整え―
 「あいたあ!」
 空中から出現した大男は、そのまま大地へ落下。轟音とともに叩き付けられる。
 「てめえ、聞仲!もっと優しく下ろしやがれ!」
 叩きつけられたにも関わらず、全身の発条を活かして跳ね起きる男。そのとてつもないタフネスぶりに、呆気に取られる雪蓮。
 「あ、貴方、誰?」
 「お?俺か?俺は飛虎ってんだ。ところでアンタら、また大軍だな?蚩尤を倒しに行く途中って事で間違いないか?」
 「どうしてそれを!?」
 「何。それなら話は早い。済まねえがシンジを呼び出してくれないか?飛虎って名前を出せば、必ず来てくれるからよ」
 目の前で屈託なく笑う男に、雪蓮はどうしたものかと考え込んでしまう。そこへ少し離れた所にいたシンジが走り寄ってきた。
 「飛虎さん!?どうしてここに!」
 「敵が弱すぎてつまらないんだよ。だから聞仲に頼んで、こっちに助っ人として送って貰ったんだ」
 「・・・そうですね!哪吒さんや雷震子さんや天化さんが来る事を考えれば!」
 「天化・・・お前はシンジに何をしやがったんだ・・・」
 顔を覆って、項垂れる飛虎。息子の教育に失敗した事を、今更ながらに悔んでいるらしい。
 「ところで、仲達?知り合いなら紹介して貰えるかしら?」
 「そうか、雪蓮さんは初めてでしたね。僕の武術の師に当たる方で、名前は」
 「黄飛虎ってんだ。もっとも開国武成王とか名乗る方が知っているかもしれんが」
 「まさか、周の武王配下最強の武人か!」
 雪蓮の叫びに、傍に居た者達にざわめきが生じる。
 「ま、おおむね正解だ。と言う訳で、しばらく同行させて貰うぜ?何、兵をよこせなんて言うつもりはないからよ。蚩尤とどつきあう事が出来れば、それで満足だしな」
 「どつきあう?」
 「あ・・・ま、良いか。とりあえず好きなだけぶん殴って下さい。少なくとも太上老君様の怠惰スーツよりは脆いでしょうし。それから、この棍使って下さい。僕は双鞭がありますから」
 「おう、助かるぜ。飛刀は天祥に懐いちまってるからな。素手でどつくのも良いが、やっぱり獲物が有った方が楽に戦える」
 ブオンブオンと唸りを上げながら振り回される棍。それを為し得ているのは、一般兵士より頭1つ高いシンジより、頭半分は大きい巨漢。それも鍛え抜かれた鋼の如き肉体を惜し気もなく晒している武人である。
 そんな中、騒ぎを聞きつけた董卓軍メンバーが姿を見せ―
 「ああ!あんた3年前に王宮ぶっ壊した筋肉ダルマ!」
 「ん?おお、久しぶりだなあ。それにしても、相変わらず小さい嬢ちゃんだな。しっかり飯は食ってんのか?」
 「小さい言うな!」
 ガーッと吠える詠。そんな親友の遣り取りに、月がクスクスと笑う。
 「はっはっは。まあ飯さえあれば、それ以上の働きはするからよ。蚩尤ぶったおすまで、宜しく頼むわ」

 1000年前の英雄。周王朝最強の将軍・黄飛虎の参戦は全軍の指揮を盛り上げるに十分な物が有った。
 確かに兵士達には易姓革命の知識は無い。
 だが軍師や将軍は違う。特に兵法書に目を通していれば、それは顕著となる。
 だからこそ彼女達は『死んだ後、神となって奉られた伝説の英雄が、弟子である聞侍従を救いに救援に来た』と言う、非常に分かり易く噛み砕いた説明を全軍に通達。士気の向上に一役買ったのである。
 また将軍達にとっても、飛虎の参戦は違った意味で歓迎された。
 行軍初日の夜、早速、腕に覚えのある者達が腕試しに矛を交えたのである。
 挑戦したのは春蘭・愛紗・星・雪蓮の4人。他は酒を片手にチビチビやりながら、観戦モードである。
 結果から言えば飛虎の4人抜きと言う圧倒的なまでの勝利。天然道士としての身体能力や1000年と言う戦闘経験の差もあるが、それ以上にタフネスが違いすぎるのである。
 何せ易姓革命において、聞仲の禁鞭相手に全身血だるまになりながら1対1で戦い、破れこそすれ聞仲の心をへし折った男なのだから。そんな幾ら戦おうが、疲労を感じられない相手に『相手が悪すぎる』と星が呟いた事を責められる者はいないだろう。
 翌日の昼、行軍中に四凶に襲い掛かられるという一幕があったのだが、そこでも飛虎はやらかしていた。
 襲い掛かってきた四凶の内の1体窮奇―翼の生えた虎―を、正面から武器無しの拳によるどつきあいと言う離れ業を演じてみせたのである。
 とどめに放った技はベアハッグ。腕力で圧殺され、胴体が凹んだ状態で崩れ落ちる窮奇。最期の悪あがきの鉤爪攻撃で全身血だるまになりながらも不敵に笑う飛虎という想像外の光景に、誰もが唖然とする他無かったのは言うまでもない。
 「むう・・・あのおじちゃんは凄いのだ」
 「鈴々?」
 「次は鈴々も、あのおじちゃんみたいに」
 「待て待て待て!鈴々、お前の腕じゃ後ろまで届かないだろう!?」
 暴挙にでようとした妹分を、止めるのに必死になる愛紗。妹の強さは理解しているが、それでも武器無しステゴロは分が悪いと言わざるを得ない。
 彼女の強さは、怪力を活用した超重量の蛇矛を操る所に真価があるのだから。
 「残念なのだ。鈴々もあのおじちゃんみたいに戦いたかったのだ・・・」
 「頼むから勘弁してくれ。それより武成王だが、あれほど血だるまになって大丈夫なのか?」
 当然と言えば当然の疑問に、愛紗の傍に居た翠が『だよなあ』と頷き返す。その視線の先では、手拭いで血を拭う武成王が―
 「「ちょっと待て!何で血が止まってるんだ!」」
 2人の視線の先。そこには皮膚に傷1つ無い武成王が立っていたのである。
 「ああ、やっぱり驚いた?」
 「聞侍従!?一体、あの男は!」
 「気合だって。掠り傷如き、気合で治せないでどうする?って前に言われたよ」
 あ然となる愛紗と翠。鈴々は『おー、おじちゃん凄いのだあ』と心の底から感心していた。
 「蓬莱島はね、あの人ですら大地に沈めるような化け物がいるんだよ・・・僕の師匠とかさ・・・」
 「・・・どんな地獄の島ですか、蓬莱島は・・・」
 「月に5回は島が沈められているね・・・易姓革命以来、1000年間に渡って、ずうっと」
 互いに顔を見合わせながら『絶対に仙界へは行くまい』と、アイコンタクトを躱す一騎当千の猛者2人。
 「さすがに最強の部類に入る人だから、みんながみんな、あれほどじゃないから」
 「ええ、当然です」
 「飛虎さん、身体能力と武術だけで戦う人だからね。棍で大地を叩けば、地割れが起きるぐらいの強さだけど」
 無言のまま、踵を返す愛紗と翠。鈴々は目を輝かせながら『おじちゃんおじちゃん、勝負なのだあ』と蛇矛を担ぎながら駆けていく。
 「仲達」
 「おや、どうかされましたか?」
 「そろそろ目的地が近いだろう。対蚩尤戦に向けて、細かい調整に入るそうだ」
 100万の軍勢。それは絶大な戦力ではあるが、全てを活用するには組織的運営は絶対に必須である。
 だが名だたる怪物相手に、兵士の強さが通用するかどうかは未知数。
 故に、戦場における役割分担が必要となる。
 無名の怪物を相手にし、一騎当千の将軍達の舞台を整えるのは兵士達の役目。そして100万を超える前代未聞の大軍勢を統率する総大将を務めるのは、覇王こと華琳の役目となった。
 その彼女を補佐する副将格を務めるのは蓮華・桃香・月の3名。彼女達はそれぞれ20万ずつの兵士を率いる事になる。
 そんな4名に、それぞれ気心のしれた軍師達が知恵袋として補佐をこなす事になる。
 更にそこへ、直接部隊指揮に携わる武将達が名を連ねている。
 華琳配下の武将は三羽烏と一刀。
 蓮華配下の武将は思春と亞沙と小蓮。
 桃香配下の武将は蒲公英と袁紹から投降した斗詩と猪々子。
 月配下の武将は霞・華雄・叶。
 彼女達の稼いだ時間を使い、蚩尤と直接矛を交えるのは個人戦闘力に優れた武人達。
 こちらの大将を務めるのは、元・孫呉の王雪蓮。
 軍師役は冥琳が務め、更に4部隊に分けられた将軍達が、指示に従い怪物討伐にとりかかる。
 魏のトップは春蘭。補佐に凛がつき、配下として流琉と季衣。
 呉のトップは雪蓮が兼任。補佐も冥琳が兼任し、配下としてシンジと明命。
 蜀のトップは愛紗。補佐に雛里がつき、配下として鈴々と星。
 涼州のトップは恋。補佐に音々音がつき、配下として飛虎と翠。
 最後に高機動弓馬部隊編成の遊撃隊。こちらは紫苑がトップにつき、配下として秋蘭と祭と白蓮。
 怪物討伐の為に編成された合同軍の陣容に対して、異論もあった物の、最終的には全員が納得した結果となった。
 「これ以上、加える手も無い気がするんですけどね」
 「それなのだが、武成王とは本当に違う組で良いのか?お前の武術の師なのだろう?」
 「僕では飛虎さんの足手まといにしかなりませんからね。それなら伯符さん級の実力者で編成されている涼州連合に入って貰った方が良いですよ」
 「お前がそういうのであれば構わないがな」
 眼鏡をかけ直しながら呟く冥琳。
 「で、おおまかな戦略は『不本意』ではあるが、大筋は整ったと言って良いだろう。一番欲しい敵情報が無い事が不愉快極まりないがな」
 「それは僕も同感です。蚩尤に関する情報が欲しい所ですが、蓬莱島からその手の情報が来ない事を考慮すると、間違いなく師匠達も情報を握っていないと考えるべきでしょうね」
 「伝説のままだとすれば獣身で銅の頭に鉄の額を持ち、四目六臂で人の身体。牛の頭に蹄を持つ。また霧を自在に操り、兵器の発明者とされているが」
 「少なくとも兵士では相手にならないでしょうね」
 敵情報が無いまま戦闘に及ぶ。ハッキリ言ってしまえば愚の骨頂である。情報の重要性と言う物を、2人は嫌と言う程に知悉しているのだから。
 「だからこそ、直接討伐隊に軍師を配置せざるをえなかったのですがね」
 「そうだな。彼女達の判断力に任せるしかないか」

幽州・蚩尤の眠る地―
 風が吹きすさぶ平原。緑あふれる草原は、無数の小さな命が集う楽園である。
 だが今は、そこは地獄と化していた。
 地平線まで埋め尽くすかのように、合同軍を待ち受ける無数の影。明らかに人間では無い者もいれば、逆に人間と断言可能な者―五胡―もいる。
 「五胡の馬鹿どもが。この後に及んで奴らに与するとは・・・」
 「連中にとっては正義なんでしょうね。蚩尤に味方した者達の末裔は、辺境の地へと追いやられていますから。その末裔が五胡だと仮定すれば」
 「口車に乗せられたか、それとも自滅覚悟か。どちらかは分からんが、こちらが素直に負けてやる義理はあらへんな」
 生き延びる。単純明快な理由を以て、戦いに臨む彼女達の士気は意気軒昂。
 大軍勢を前にしても、全く恐れる様子も無い。
 「皆の者!」
 響き渡る凛とした声。その声の持ち主は、愛用する大鎌を手に傲然と立っていた。
 「これより我らは最終決戦に挑む!この戦い、各々の愛する者を守る為の戦いである事を、その胸に刻み込んで戦え!我々には、今を生きる権利がある!その権利を、奴ら如きに踏み躙られてなるものか!我々はその手に武器を取り、今を生き、大切な者を愛する為に戦うのだ!」
 うおおおおおと言う兵士達の歓声が大地を震わせた。

 100万の大軍勢による討伐戦。相手もまた、それに相応しい異形とそれに与する者達の混合軍である。
 その最初のぶつかり合いは両軍正面切っての激突であった。
 確かに4つの軍勢には、それぞれ軍師と将軍がいる。
 だが20万の兵を有効活用するには、圧倒的に3・4名の将軍では足りないのである。
 故に、数を活かした正面突破となったのだが、そのままでは軍師の面目は丸潰れ。そこで彼女達は正面突破の次の策を用意したのであった。
 それは兵士全てを突撃に回さなかった事。具体的には、大軍勢が激突するやや後方から、タイミングを合わせて大量の矢の雨を降らせたのである。
 まず4つの軍団の内、両翼に位置する月と桃華の軍勢は前線戦力を充実。彼女達の役目は中央にいる華琳と蓮華の軍団に対して横撃をさせない事。ただこの一点を目的としている。
 そして中央の華琳と蓮華は前線戦力よりも後方からの支援射撃戦力に、その兵力の8割を割り振っていた。
 これはどういう事かと言うと、両脇を守られた上で正面から激突するとなれば、とにかく兵士を横へ並べても最初に激突するのは5万とはいない。そこで残りの兵士達に支援射撃を行わせる事で、敵に大きな被害を齎し中央を混乱に陥れようという策である。
 異形の怪物は言うまでもないが、五胡に属する者達もこの支援射撃には大損害を被る事になった。
 彼らも馬鹿では無い。全軍突撃となれば、どうしても激突に参加出来ない兵が出る為、それを支援に回すのは当然の流れなのだから。だから彼らもそれを予想し、その上で彼ら自身も支援射撃を行ったのである。
 問題は、支援射撃に回した戦力の差と、異形の存在。
 最初から、この事態を想定して戦力を割り振っていた軍と、その場の流れに従い手の空いている者が射撃に回る軍。降り注ぐ矢の密度に差が出るのは当然の結果である。
 更にそこへ異形という存在が加わるが、これは于吉や左慈達にとって大きな誤算であった。
 異形という存在は、怪力であったり、空を飛んだり、様々な能力とタフネスを有する存在。その力は兵士を遥かに凌駕する存在。
 だが、于吉達は重要な事を忘れていたのである。異形達は個々としては強くても、軍としては不適格な存在である事を。
 例えば二足歩行の怪力の異形。彼は長柄の武器で怪力をもって薙ぎ倒そうとするが、左右を味方に囲まれた状態で戦うには、味方を巻き込まざるを得ない。
 例えば空を飛ぶ異形。彼は空から奇襲を仕掛けようとするが、いざ飛ぼうと思えば敵も味方も矢を飛ばしている。そんな所へ飛び込む等、自殺行為である。
 軍と言うのは、ある程度、個々の兵士の規格が統一されていなければ互いの足を引っ張りかねない危険を孕む集団なのである。
 加えて、今の連合軍兵士達には負けられない理由がある。例え致命傷を喰らったとしても、1人でも道連れにしないといけない理由がある。
 大切な者を守る為に、死兵と化した100万の軍勢。その覚悟を、于吉達は見誤ってしまった。
次々に倒れていく兵士達。だがその屍を乗り越えて突き進むのは、合同軍の兵士達。
そして頃合いと踏んだのか、凛とした声が響いた。
「弓馬隊、支援に入れ!これより突撃する!第1陣は敵陣右手より、左手奥へと突撃しろ!敵将は左手奥にいるぞ!」
雪蓮の声に従い、紫苑率いる弓馬隊が敵陣に切り込みながら矢の雨を降らす。その後に続くように、選抜された対・蚩尤部隊が馬を走らせる。
「流琉!季衣!遅れるなよ!」
「「はい!」」
春蘭の後ろに続くように、2人の少女が馬を走らせる。そのすぐ後ろに、やはり馬に乗った凛が、兵士達に支援射撃の指示を出しながら、周囲を把握しつつ続く。
混乱の只中にある敵陣を、高速で駆けていく。やがて先頭を走る春蘭は、もっとも敵の密度の濃い箇所を本能で嗅ぎ分けて、そちらへと向かった。
そう、雪蓮の直感通りに。
「そこかあ!」
愛用の大剣・七星餓狼を振りかぶり、敵兵を薙ぎ払いながら突き進む。そしてその視界に、今までとは明らかに違う異形の集団を捉えた。

曹魏陣営side―
 「華琳様。只今、切込み部隊が突撃を開始したとの伝令が参りました」
 「ふ。さすがは孫策伯符。こと戦に関しては、私を上回るかもしれないわね。理屈ではなく、本能で勝機を嗅ぎ分けるなんて」
 戦場全体の情報を把握し、流れはこちらに傾いていると判断した華琳は、次の手を打とうと知恵を巡らせ始める。
 前線は三羽烏が指揮を行い、後方の支援射撃部隊は風と荊州出身の武将達が担当。彼らも複雑な所ではあるが、負ければ世界が無くなるとあっては、今は反目等する事も無く、生き延びる為に最善の判断を下していた。
 「桂花。全軍に通達。左右に歩調を合わせながら、ゆっくりで良いから前進を。突出すれば、そこから綻びが生じてしまうわ。前線の者にはしっかりと伝える様に」
 「丁度良い。ならば、その指示を利用させて貰おうか」
 聞き覚えの無い声に、ハッと身構える華琳と桂花。その視線が捉えたのは、質素な文官服を身に纏った、剣呑な目つきの若い男である。
 陣のやや後方―に生えていた樹から、躊躇う事無く飛び降りる。その身軽さに、改めて敵の実力に内心で呻り声を上げる華琳。
 「・・・そうか、お前が左慈か。聞侍従から聞いた特徴通りね」
 「人形如きに名乗る趣味は無いのでな・・・死ね」
 相手は無手とは言え、将軍級と評された左慈を相手に、咄嗟に絶を構える華琳。その刃と拳が交差しかけた所で、奇妙な音と火花が割って入る。
 「よう左慈。てめえ、俺の華琳に何しやがる」
 「北郷一刀か。貴様こそ往生際が悪いぞ」
 「それが唯一の取り柄なんでな・・・あの頃の俺とは違う。それを思い知らせてやる」
 泡沫世界の歴史を変え、世界から弾き出された一刀。彼はその後、再び泡沫世界へ戻ろうと手がかりを探す中、自らの武を磨き直す事も忘れていなかった。
 高校の夏休み。彼は鹿児島の祖父の下で、剣術を磨き直した。その必死の思いに祖父は孫に変化が起きた事を悟り、事情を訊いたのである。
 まるで妄想としか思えない物語。
 だが彼にはそれを妄想と断じる事は出来なかった。
 何故なら、一刀の剣には人を殺さねば身に着かない、凄みと言うべき物が宿っていたのだから。
 何より、一刀の目には狂気等無く、どこまでも純粋な想いが宿っていた。
 そんな孫の為、彼は夏休み終了後に自ら上京。週に3回ほど、近くの武道場を借りて孫を鍛え続けたのである。
 この事態に一刀の両親は驚きで事情説明を求めたのだが、彼は『儂は一刀を鍛えたいだけだ』とそれだけしか口にせず、一刀を庇護し続けたのである。
 祖父の支援を受け、メキメキと実力を着けた一刀は、高校3年になる頃には泡沫世界を弾きだされた頃とは、天と地ほども違う武を身に着けるまでに至っていた。
 祖父から免許皆伝を与えられ、祖父の愛刀―無銘だが、とても造りがしっかりしている―を譲られ、更には奥義の伝授も実力で学ぶ事が許される程に。
 今の彼は天の御使いとして、現代日本の知識を活用するだけの人間では無い。
 「・・・タイ捨流免許皆伝。北郷一刀、参る!」
 祖父から伝授された太刀をスラッと抜きつつ、青眼に構える一刀。今までおくびにも出さなかった剣士としての顔に、状況を見守っていた華琳や桂花が目を丸くした。
 「はあああああ!」
 一気に間合いを詰め、袈裟懸けに太刀を振り下ろす一刀。その一撃をスウェーバックで躱した左慈は、即座に間合いを詰めて太刀を振わせない事を目論む。
 そのまま右上段回し蹴りを放って、一刀の頭部を消し飛ばそうとする。
 だがその光景が実現するよりも前に、左慈は腹部に走った激痛もろとも背後へ吹き飛ばされていた。
 「き、貴様・・・」
 「残念だったな。タイ捨流は剣術だが、正確には両手で太刀を振いつつ、蹴り技を扱う流儀なんだよ」
 左慈の鳩尾への最短距離を、強烈な前蹴りで狙い終えた一刀は、再び袈裟斬りを放つ。その一撃をかろうじて躱した左慈であったが、鳩尾への打撃による苦痛と呼吸阻害は確実に左慈の力を奪っていた。
 そこへ畳み掛ける様に、斬りかかる一刀。苦痛を堪えながら迎撃に転じる左慈。だがその左慈をあざ笑うかのように、一刀は身軽に右前方へと跳躍する。
 真正面から斬りかかってこなかった事に意外さを感じながら、体の向きを変える左慈。その瞬間、既に振るわれていた太刀が、左慈の左腕をスパンと切り落とす。
 「ぐ、おおおおお」
 「それからもう1つ。タイ捨流は一撃必殺の剛剣と思われがちだが、その流れは上泉信綱の新陰流に遡る。状況の変化に応じた千変万化の技だってあるんだ。特に跳躍からの斬撃は、技として確立しているほどにな」
 「お、おのれええええ!」
 左腕の断面を右手で押えながら、間合いを詰める左慈。左慈の攻撃手段が零距離での蹴り技にある以上、接近するしか選択肢が無いのだから当然である。
 だが左慈とて、無策のまま突撃をした訳では無い。出血している以上、時間制限があるのだから、多少の焦りがあったのは事実。それでも、相手は武器を持つ身。掻い潜る自信があってこその突撃である。
 ここまでの短い時間、左慈は一刀の太刀筋を何度か目撃している。その結果として、一刀が太刀を振う速度を理解し、どのようなタイミングで突撃を仕掛ければ、太刀を掻い潜れるかを把握していたのであった。
 その自信を持って、突撃を敢行する左慈。一刀の態勢から、自分が接近する方が早いと判断し、その脚力に全ての力を込め―左慈の目に走る光が一閃。
 大地に崩れ落ちる左慈。その両目は何が起きたのか、全く把握出来ていなかった。
 「冥途の土産に教えてやる。今の技は陽炎。普段は斬撃の速度を若干緩めておいて、ここぞと言う時に、全力の袈裟斬りを放ち、相手の思惑を狂わせる技。爺さんが編み出した技だが、こうも引っかかるとは思わなかったぜ」
 刀身に付着した血糊を拭い、鞘へと納める一刀。
 「よ、待たせたな。もう安心だぜ」
 「一刀。あなた、どうしてそれだけの武を持ちながら、今まで隠していたのよ!」
 「しょうがないだろ、爺さんとの約束があったんだからよ」
 コメカミを掻きながら、一刀は肩を竦めてみせる。
 「俺の故郷は本当に平和な国でな。殺人という行為は禁忌なんだよ。当然、爺さんとしては可愛い孫である俺に殺人なんてさせたくないし、人殺しの為の技も教えたくなかった。爺さんも本音としては、タイ捨流の技を自分の代で終わらせるつもりでいたみたいだしな。ただ俺は華琳を守りたかった。その為に、どうしても強さが必要だった。だから爺さんにタイ捨流の全てを教えて貰う代わりに、1つだけ約束をしたんだ」
 「約束?」
 「愛する者を守る以外の目的で剣を振うな」
 華琳の顔が、徐々に真っ赤に染めあがっていく。
 「そういう事だ。今まで隠していて済まなかったな。桂花もここで起きた事は黙っていてくれよ。曲者は華琳が気づいて、自ら討った事にしてくれ。物音が聞こえたから駆け込んだら、こういう状況だった。そう言えば誰も何も言えないからな」
 「あ、あんたはどうすんのよ!華琳様を刺客の手から守った。物凄い大手柄よ!それをフイにするつもりなの!?」
 「俺は最初から華琳を守る為に、ここへ舞い戻ったんだ。ここで立身出世や贅沢三昧の生活をしてえ訳じゃねえんだよ」
 『左慈の死体を片付けさせとくわ』と言いながら、兵士を呼びに陣幕の外へと姿を消す一刀。その背中を見ながら、華琳はフウッと溜息を吐いた。
 「・・・まいったわね。見事にやられちゃったわ」
 「華琳様?」
 「何でもないわ。桂花、それより全軍の情報把握を。短時間とは言え、戦場から目を離したのは、統率者としては致命的よ。すぐに頼むわ」
 「は、はい!しばしお待ち下さい!」
 慌てて駆け出す桂花。その姿が消えた所で、華琳が小さく呟く。
 「馬鹿ね・・・もう二度と天の国へは帰してあげないからね」



To be continued...
(2016.02.06 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は最終決戦前編、と言った感じです。また一刀と左慈の決着も着く事になりました。一刀にとってはリターンマッチといった感じでしょうか?
 ちなみに一刀がタイ捨流を使うというのは、拙作のみのオリジナル設定です。北郷姓が鹿児島に多いと聞いたので、最初は示現流にしようと思いましたが、ドリフターズの影響でタイ捨流に変わりましたwビバ、島津豊久。
 話は変わって次回です。
 遂に始まる蚩尤戦。その一方でシンジの前に現れる于吉の影。
 同時に開始される最終決戦であったが、それは于吉の思惑通りに進む物であった。
 そんな感じの話になります。
 次回は本編最終話。その次でエピローグで終わりとなります。
 それでは、次回も宜しくお願い致します。



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