プロローグ
presented by 紫雲様
ポツポツと天から落ちてくる水滴に気付いたのは、3人の中で先頭を歩いていた少女だった。
「うわ、雨だ!どっか雨宿り出来る所探さないと!」
「とりあえず、あそこなんてどうかな?」
「・・・賛成。行きましょう」
中央を歩いていた少年が突き出した指先。その指先は、ポッカリと開いた洞窟を指し示している。
一瞬で賛同した3人は、慌てて―だが、どこか楽しそうな雰囲気で駆けていく。そして洞窟へ飛び込むと、フウッと安堵の溜息を吐いた。
「とりあえず火をおこそうか」
「・・・はい、薪代わりに」
「ありがとう」
少女の1人が差し出した木の棒を受け取り、火を点ける。乾燥していない為、火は着きにくいわ煙は出るわと散々だが、文句を言うものはいない。
「乾かすのは奥に置いてよ。外へ煙を出すから」
「OK。じゃあ、そっちは頼むわね」
濡れた衣服を熱で乾燥させながら、一息吐く3人。
少年は黒髪黒眼という、この地方ではありえない外見―碇シンジ。
少女の1人は蒼銀赤眼という、とても珍しい外見―綾波レイ。
残る1人の少女は紅茶色の髪に青い隻眼に眼帯という外見―惣流・アスカ・ラングレー。
3人を取り巻く空気には、和気藹々とした物がある。傍目に見れば、まさに仲良し3人組と言った所だった。
「さて、じゃあこれからだけど」
旅の途中で入手した地図を見ながら、次は何処へ行ってみようかと楽しそうに話し合う3人。2本の脚でテクテク世界中を歩いて見て回り始めたのは何時だったのか?3人も、既に覚えてはいない。それは記憶する必要など無かったから。3人一緒にいる時間が、とても楽しいから。
そんな3人の時間が破られたのは、馬の嘶きと馬車の轍の音。それが3人の方へ近づいてくるのだから、流石に話を中断せざるを得ない。
「何だろう?」
「すまん!火を貸してくれ!」
洞窟へ飛び込んできたのは、初老の男だった。上等な衣服を着ている姿から、一目で貴族と分かる。だが全身濡れ鼠であるのはおかしい。貴族が馬車を使うなら、御者をやる訳がないからである。
その答えは男の肩にあった。
いわゆる執事服を着込んだ、別の男に貴族らしい男は肩を貸しているのである。
「急病人ですか。中へ入って下さい」
「忝い」
「寝床を作っておくわ」
レイが立ち上がり、手を地面へかざす。すると緑色の草が、岩肌だった地面にビッシリと芽吹いたのである。その背丈は40サント程。
あり得ない光景に、思わず目を丸くする男。そんな男の前で、アスカが布を草の上に敷き、簡易な寝床を作る。
「寝かせてあげて」
「・・・そ、そうだな」
驚きつつも、肩を貸していた男を即席の寝床へ横にさせる。息苦しそうに喘ぐ男に、貴族らしい男は渋面な表情を作るばかりである。
「持病ですか?」
「心の病だ。年だから仕方ないのかもしれぬが」
「ま、このまま見捨てるのも寝覚めが悪いわね。お爺ちゃん、ちょっとどいて」
男を押しのけるように、アスカが割り込む。その右手を左胸の真上に添える。
「・・・なるほどね。確かに心臓に異常が生じているわ。原因は・・・ふうん、生まれつき心臓に軽度の異常があったみたいね。ねえ、お爺ちゃん。この人、以前から息切れとかしてなかった?例えば階段上がっただけで、肩で息をしていたとか」
「あ、ああ。確かに最近はな。だが若い頃から知っているが、その頃は体力も十分あったし、儂について戦場へ出たりもしておったぞ?」
「それは体力で誤魔化していたからよ。軽度だったから、何とか出来たんでしょうね。このままでも落ち着くでしょうけど、ついでだから治してあげるわ」
アスカが目を瞑る。しばらく経つと、苦しんでいた男の息が徐々に安らかに、落ち着いた物へと変わっていく。
「はい、治療終了!あと30年は頑張れるわよ、基礎体力って重要だわ」
「そ、そうか。助かった。恩に着る・・・ところで、そなた等の力は魔法ではなかろう。そちらの少女の草を生やす力と言い、先ほどの治癒の力と言い、儂ら貴族の魔法とは違う様に感じたのだが、もしや先住魔法か?」
「まあね。だから今回は特別。恩に着てくれるのなら見なかった事にしてちょうだい」
クスクス笑うアスカに、貴族の男は少し考えた後、素直に頷いてみせた。
「・・・そういえば申し遅れた。儂はトリステイン王国に仕えるシャルル・アルトワと申す。この度は我が従者、いや我が友カルロの危難を救って下さり感謝の言葉も無い」
「我が友?」
「うむ。俗にいう竹馬の友よ。生まれの違い故に身分差はあれど、幼い頃から一緒に悪戯をしてきた間柄でな」
差し出された白湯を口に含みながら、未だに眠り続けるカルロへ目を向けるシャルル。だが完全に容態が安定していると分かると、安堵の溜息を吐く。
「ところで、その方等は旅の様じゃが、どちらへ行くのかね?」
「風の向くまま気の向くまま、って所です。特に宛てなどありません。こちらにも事情があって、1ケ所に定住できない身の上なので」
「ふむ。不躾かもしれぬが訳を聞かせて貰えぬか?こう見えても、儂はこの国ではそれなりに顔が利く。礼代わりに、その方等の問題を解決してやれるかもしれん」
「まあ、無理だとは思いますが・・・結論から言うと化け物扱いされるからですよ。シャルルさん、僕達何才に見えますか?」
シンジの問いかけに、グルッと3人を見回すシャルル。そのまま思いついた答えを口にする。
「15という所か。そちらの青い髪の娘は、少し年下に見えるが」
「外れです。僕達、実年齢で言えば4桁超えてます。こちらで伝わるブリミルの伝説。あれより昔から生きてるんですよ」
シンジの言葉に『何を冗談を』と口に仕掛けるシャルル。
「あくまでも実年齢ですからね。ブリミルが降り立った時にはグースカ眠ってましたから、直にご対面した事もないですし」
「そうそう。目覚めるまで、どれぐらい眠ってたのかしらね?」
「約9000年。MAGIの記録調べたから、多分間違いないよ」
肩を竦めるシンジ。対するシャルルはどう返したら良いか分からず、言葉も無い。
彼にしてみれば冗談以外の何物でも無いのだが、先ほどのレイやアスカの使った見知らぬ魔法を思い返せば、少なくともブリミルの系譜から外れている事ぐらいは、容易に想像がつく。
「僕達の力だけなら幾らでも誤魔化せます。力を使わず、平民として誤魔化せば良いんですからね。ただ誤魔化せない事があるんです」
「何かな?」
「僕達、老化しないんです。つまり9000年前から、ずっとこの外見なんです」
これには目を丸くするしかないシャルルである。年を取らない化け物、それは―
「吸血鬼?」
「違います。僕達は血なんて吸いませんし、寧ろ必要ありません。まあそれはともかくとして、僕達が定住できない理由はそれなんですよ。だから適当に旅して、日雇いで旅費を稼ぎつつ、勝手気ままに放浪してるんです」
「そういう事。アタシ達は最後の時が―と言っても本当にそんな時が来るかどうか分からないけど―ずっと3人一緒にいようって約束したのよ。だからこうして一緒に旅してるって訳」
「・・・旅は楽しい・・・2人が居てくれるから何も辛くない」
仲の良い3人の姿に、シャルルの頬が僅かに綻ぶ。
「どうだろう?儂の領地へ来てみんか?」
「へ?」
「儂はこう見えても貴族の端くれに位置する物。有り難くも伯爵の称号も戴いておる。とは言え田舎過ぎて、村はいつ潰れるかも分からん程じゃ。後継者もおらんし、家族と呼べるのは、このカルロと留守を預かるマリーのみ。儂が死ねば領地は陛下に返上するつもりじゃった。もしその方等にその気があるなら、しばらく骨休みしてゆくが良かろう。どうせジジババばかりの村じゃし、騒ぎになる事もないわ」
豪快に自嘲するシャルルに、アスカが呆れた様に肩を竦める。レイは沈黙を保ったままシンジを見やる。そんなシンジは少し考え込むと、とっておきの悪戯を思いついたように顔を上げた。
「そのお誘い、受けさせて頂きます。ただ1つだけ条件があるのですが」
「うん?どんな条件かの?」
「ええ、ちょっとした退屈凌ぎです。アスカとレイも耳を貸して。実は・・・」
それから3日後、アルトワ伯爵領―
王都から帰還したシャルルの馬車。本来なら御者を務めるのはカルロなのだが、今は治療したアスカの指示に従い、シャルルとともに馬車の中で絶対安静中である。
その為、現在御者を務めるのはシンジとレイ。だが2人に御者の経験等無い。それでも曲りなりにも馬車が動くのは、一重にアスカの能力があったからである。
アスカの指示に従い、帰巣本能通り伯爵邸へと帰り着く馬。その途中、シンジとレイが見たのは、これぞ『過疎化』と言うに相応しい貧しい村の光景である。
「これはまた、想像以上だな・・・」
「主食のパンにする為の麦。あとは野菜と乳牛」
「100%農村かあ。これじゃあ過疎化するのも無理ないよな」
伯爵邸に停まる馬車。するとドアが開いて、メイド服を着た老女が姿を見せる。
「お帰りなさいませ、伯爵様」
「おお、マリーか。カルロを休ませてやってくれ、もう落ち着いたが心の臓の発作があったのでな。儂は馬を小屋へ繋いでくる」
「旦那様。流石にそこまでして頂くのは・・・もし宜しければ馬は私が繋いできますので、マリーとお客人の御対応を」
「あらあら、可愛らしいお客様です事。ではすぐにお茶の用意を」
「ああ、待て待てマリー。その前に伝えておくことが有るのだ」
その言葉に足を止めるマリー。そんな彼女に対して、コホンと咳払いするシャルル。
「実はの。この黒髪の少年、シンジは儂の孫に当たるのじゃ」
「あれまあ!ですが旦那様にはお子様は居られなかった筈ですが」
「今じゃから言うが、儂とて女遊びをしなかった訳では無いわ」
もし妻が生きていれば大騒動になる筈の自爆発言だが、マリーもそんな主に仕えるだけの事はあるのか、笑って受け流す。
「相手と子供には生活の支援だけはしておった。じゃが息子は放浪癖があってな、成人してからは母が亡くなったのを機に、旅に出ておったのだよ。それが1年前に亡くなっていたらしくてな、遺言と形見の品とともにシンジはこの地へと旅をしてきたのだ」
「初めまして、マリーさん。僕はシンジと申します。東方の名前ですので珍しいかもしれませんが、父母が付けてくれた名前ですのでそう呼んで下さい」
「いえいえ、お世継ぎ様を呼び捨てなど恐れ多い事です。せめて若様でご寛恕を。それで、後ろの御嬢様は・・・」
マリーの視線がレイとアスカへ向けられる。
「アスカ、よ。シンジの幼馴染兼、護衛者なの。これから宜しく!」
「レイ、です」
「レイは僕の母方の従妹なんです。それと言い難い事なのですが、2人とも僕の婚約者でして」
「あらあらまあまあ。お館様、ひ孫の顔が見れるまで死ねなくなりましたわね」
気の早すぎるマリーに、シャルルは苦笑いするしかない。気の利く老女を騙すのは気が退けるが、それでもシンジを受け入れたからこその発言と割り切る他ない。
「これから3人とも、この館で暮らす事になる。日当たりのよい空き部屋を提供してやってくれ。それと今晩は客室を使わせるようにな」
「分かりましたわ、お館様。お茶のご用意が整い次第、早速取り掛かります」
To be continued...
(2013.05.05 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回より新作・新たな世界でを開始します。
正直、もっと長く書くつもりでしたが、体が・・・さすがに体調崩していては、頭が働かないwと言う訳で、ド・オルニエール村の村興し物語は来月分からにさせて下さい。
話は変わって次回ですが・・・プロット見る限り、私のSSでこんな平和な話があったんだろうか、と言うぐらいノンビリした農村のお話になりますw血飛沫なんて飛びません。代わりに牛糞馬糞が飛ぶかもしれませんがw
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
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