新たな世界で

第二話

presented by 紫雲様


アルトワ伯爵邸―
 「この度は私めにご支援を頂き、感謝に堪えません。実はご報告したい事がございまして」
 シンジ達に対して深々と頭を下げているのは、化粧品について相談を持ちかけてきた行商人のテイル。シンジ達が作った、平民向けの口紅はその安さから大ヒット商品となり、王都の平民の娘達の間で空前のブームとなったのである。
 この噂は、言うまでも無く娘達の噂話を通じて貴族達にも広まった。当然、貴族達は『平民が真似していますわ』と侮蔑に近い感想しか持たなかったのだが、その年の冬に状況が一変してしまった。
 シンジの作った貴族向けの口紅―赤以外の各色を取り揃えた商品―は、トリステイン王国の貴族達には受け入れられなかったのだが、予想外な事にゲルマニアから取引の依頼が来たのである。
 『そちらで製作された口紅を、ゲルマニアで取引したい』
 ゲルマニアは新興国。それも貴族と平民の垣根は、他国程酷くは無い。何せ実力や金さえあれば、平民でも貴族になれる国なのだから。
 その分、先祖代々の貴族一族とは違い、良い物は良いと素直に判断できる柔軟さを併せ持つ者が多い。これは実力主義国家と言うべき側面が影響しているとも言える。
 ゲルマニアにも化粧品はあるが、シンジ達の口紅は驚きを持って受け入れられた。既存の紅は赤やピンク、或いは紫である。だがシンジ達は青や黄色と言った、これまでにない色を用意していた。更にアスカの提案で急遽作った、複数のデザインの付け爪も、とても高い評価を受けたのである。
 その販売ルート開拓に寄与したのがテイルであった。
 テイルはゲルマニアの協力の下、首都ヴィンドボナで仮店舗ではあるが念願の個人商店の開店に成功。今やシンジ達の作る商品を、ゲルマニアにおいて独占的に販売委託されている唯一の商人へと成長していた。
 そしてテイルは化粧品だけでなく、他の商品も取り扱っていた。その代表格が、蜂蜜から作り上げた蜂蜜酒に薬草を漬け込んだ薬草酒。これは水で薄めて飲む事で、子供でも飲める薬にもなる優れものである。それだけではない。異なる組み合わせの薬草を漬け込む事により様々な症状に応じた蜂蜜酒―例えば風邪用、滋養強壮用、美肌効果用等、複数の種類がある―を用意し、更にそれを量り売りで販売する事により、使い切り易くなおかつ少量であれば値段もお手頃に調整したのであった。21世紀の日本と違い冷蔵庫の様な保存技術が無く、細菌学も確立されていないハルケギニアにおいて、この販売方法は消費者目線に立った優れた販売方法と言える。何せ少量ならば、使い切る前に腐る事はないのだから。このお財布に優しい販売方法と、複数の目的に応じた蜂蜜酒は、ヴィンドボナはおろかゲルマニア全体に広まりつつあり、品薄の人気商品となった。
 この蜂蜜酒は噂が噂を呼び、ついにはゲルマニアの皇帝の耳に入った。そして―
 「・・・ゲルマニアの皇帝が会いたい?」
 アングリと口を開くシンジ。予想外過ぎる反響に、隣で話を聞いていたアスカも目を丸くしている。もっともレイだけは、驚きなど欠片も見せないが。
 「時期的に忙しい為、難しいかもしれませんとお伝えした所、それならば仕事が落ち着いたらで良い、と切り返されまして・・・」
 「・・・ゲルマニアかあ・・・一応、僕はトリステインの貴族に連なるからなあ。ちょっとお爺ちゃんの意見も聞いてからにさせてよ。まだしばらくはこちらにいるんでしょ?」
 「はい、しばらくはこちらにおりますから問題ありません。店番は妻と両親がしてくれておりますし」
 先延ばしになるが、これは仕方が無い。貴族としての宮廷マナーなど、欠片も知らないのだから当然である。
 「そうそう。テイルさん、今度、これをお店に置いて貰えますか?試作品なんですけど、評判を伺いたいんです」
 「これは付け爪ですな。しかし、これは・・・」
 「大人用は材料を木から貝へ変更する事により、軽さと薄さ、耐久性を追求しました。爪の変形に対応する為、爪との間に塗布する接着剤も用意してあります。麦から作る事の出来るデンプンを材料とした糊ですから、製作も容易です。それとこちらの商品は貴族向けに提案してみて下さい」
 そう言いながら、シンジが出してきたのは小さい付け爪である。ただしデザインは可愛らしい花柄や、デフォルメされた動物になっている。
 「子供用です。どうです、いけそうですか?」
 「いや、これは面白そうですな。是非、挑戦させて下さい」
 そう言いつつも、既に頭の中では販売戦略を練っているテイルは、間違いなくこれは当たると確信していた。化粧品は大人用の物しかなく、どこの世界も女性が男を籠絡する為の物である。だが、どこにも『子供を可愛らしくし、鑑賞する』為の化粧品は無かった。
 「評判が良かったら、早馬でも良いのですぐに連絡を下さい。代金はこちらが持ちますから。念の為に在庫は150組用意してありますが、連絡があれば職人の方がすぐに製作に取り掛かる手筈になっています」
 「分かりました。こちらについてはお任せ下さい」
 そこへギイッと音を立てて開くドア。中へ入って来たのは、シャルル伯爵である。
 「おお、仕事の相談をしておったのか」
 「伯爵様、お世話になっております」
 「お爺ちゃん!ちょうど良かった、相談にのってよ!」
 シンジの相談に、シャルルはしばらく考えた後、機嫌良さそうに笑った。
 「よしよし、儂が何とかしてやろう。マザリーニ枢機卿とチェスを打つのも久しぶりじゃしな。テイル、10日ほど待っておれ。話を付けてこよう」
 この国の事実上の宰相―文官のNo.1の名前に目を丸くするテイル。次から次へと新商品を作り出すシンジもそうだが、目の前の隠居老人としか見えないシャルルが、宰相も同然の男とチェスを打つぐらい親しいとは欠片ほどにも想像していなかった。
 
それから10日後―
 シャルル伯爵が王都から帰ってくる予定の日、庭で新たな目論みを行うシンジ達の姿が有った。それを見守るのはカルロやマリー、更には噂を聞きつけた村人達である。
 その視線の先にあるのは、シンジ達によって細かく切り刻まれた緑の葉。
 「若様。本当にこれが・・・」
 「これが成功したら、これと薬と蜂蜜酒がこの村の名産品になるよ。品質は間違いないから心配しないで。何せ、僕の生まれた国―東方でも一番東にあった国だけど、そこで400年も続いた伝統工芸だからね」
 「この染物ってとっても綺麗なのよ!自分で作るなんてアタシも初めてだけど、出来上がりが楽しみだわ!」
 シンジ達が作ろうとしているのは藍染めである。ハルケギニアも染物の技術は確立されているが『綺麗な青色』という染物はほとんどない。シンジ達はそこへ目を付けたのである。
 楽しそうな3人の笑みに、後ろから見守るマリーもまた満足そうな笑顔を浮かべていた。シンジ達が主であるシャルルの、顔も知らない隠し子の子供であり、東方で生まれ育ったという説明に、僅かではあるが疑いを持った事は事実である。ただ、本当であろうが嘘であろうが、そんな事はどうでもよくなっていた。
 シンジ達が暮らし始めて2年。村の建て直しの為に、知識をフル活用して仕事に取り組む3人の姿は、後はヒッソリ死んでいくつもりだったマリーにも生きる活力を与えたのである。たまにシャルルやカルロ、マリーの老人3人組で無礼講の午後のお茶を楽しむ時があるが、冗談交じりに『早く3人の赤ちゃんを抱いてみたい』と言い合ってみたりもしていた。
 そんな伯爵家ではあるが、明るくなったのはあくまでも村内だけに留まる。妻が死去して以来、社交界へ顔を出さなくなったシャルルの影響もあり、伯爵邸を訊ねて来るものは年に1人いるかどうかという程度。そんな伯爵邸を、その日は訪ねてくる者がいた。
 「今、帰ったぞ。マリー」
 「マリー、久しぶり。何やってるの?」
 「お帰りなさいませ、お館様。それにようこそおいで下さいました、ウェー」
 「ウィルで良いって。折角抜け出してきたんだからさ。それで何やってるの?」
 シャルルの隣を歩くのは、眩いばかりの金髪の少年。年の頃は15・6。シンジ達より若干年上に見えるぐらいの年頃である。
 「ウィル様には初めてお目見え致しますが、お館様のお孫様が東方に伝わる染物をこの村で作り、名産品として村を建て直そうとなされているのです」
 「孫?伯爵に孫がいたの?僕と同い年ぐらいだよね?」
 「ほっほっほ。私も若い頃は妻には言えぬ事をしたものでしてのう」
 冗談めかしたシャルルに、ウィルがクスクスと笑う。
 丁度、そのタイミングでタデアイの葉を乾燥させるだけにまでした3人が、小休止を取ろうと立ち上がり、帰って来ていたシャルルに気がついた。
 「「「お帰りなさい」」」
 「おお、ただいま。3人とも頑張っておるのう」
 「まあね、ところでお爺ちゃん。隣の方はお客さん?」
 「おお、こちらは」
 「伯爵、自己紹介は僕にさせて下さい。僕の事を知らない人とじゃないと、友達とか作れないですから」
 ウィルの言葉に、シャルルがそれもそうかと考え直して一歩後に引く。
 「僕の事はウィルと呼んで下さい。アルビオンの貴族の倅で、アルトワ伯爵家とは遠縁の間柄なんです。今日は久しぶりに息抜きに遊びに来たんですが、丁度こちらへ帰宅中だった伯爵と会って」
 「そうだったんですか。僕の事はシンジと呼んで下さい。出身は東方―その中でも極東に位置する国の出身です。血縁的には、伯爵は祖父にあたります」
 「アタシはアスカで良いわよ。シンジの幼馴染兼護衛者兼婚約者よ、よろしくね!」
 「私はレイ。シンジ君の従妹で婚約者。よろしく」
 傍目に見れば同年代―シンジ達3人だけは、実年齢で言えば桁が2つ違うが―同士の交流を、大人達は暖かく見守る。特にウィルの事を良く知るマリーやシャルルにとっては、シンジ達の存在は間違いなくウィルにとってプラスになると直感した。
 そこへ馬車を片付けたカルロが姿を見せる。
 「皆様。お茶をご用意致します」
 「おお、もうそんな時間だったか・・・シンジ、この前の件で伝えておく事がある。ウィル殿もしばらくこちらに逗留されるのでしょう?」
 「はい!もう実家は窮屈で窮屈で!」
 「それならば決まりじゃな。マリー、ウィル殿の分の夕食も頼んだぞ」

 「・・・と言う訳じゃ。枢機卿の許可は下りた。ただ立場的にはトリステイン王国の貴族として『表敬訪問』という形式で向かう訳じゃから、徹底的に宮廷マナーを叩きこまんといかんがな」
 当たり前と言えば当たり前のシャルルの言葉に、わざとらしく天を仰いでみせるシンジ。アスカも似たり寄ったりだが、レイは苦痛に感じないのか平然としたままである。
 「そこで、じゃ。ウィル殿、もし宜しければアルビオン式の宮廷マナーを教えては頂けませぬかな?」
 「僕が教えるの?」
 「儂はこの通り戦場を往来し続けた武骨者。戦場の礼儀は弁えてはいても、宮廷マナー等は最低限度の物しか覚えてこなかったのです。もっとも晩餐会等に出席するのも面倒だったので、マナーを覚えてこなかったのも事実ですがな」
 豪快にカラカラと笑うシャルル。
 「まあ、それぐらいでしたら問題ないけど」
 チラッとシンジを見るウィル。ただシンジの方はゲンナリしながらも、必要な事だからと割り切っているのか、拒否の意思は見られない。
 「必要な事だからなあ・・・やんないとゲルマニアでの営業活動禁止まではいかなくても、規模縮小とかされたら大変だし」
 「まあ、基本的な所から始めようよ。要は無駄に形式ばってるだけだから、困ったらそれらしく振舞えば何とかなるし。それにシンジ、君達なら切り札が使える」
 「「切り札?」」
 「東方出身なので、こちらの礼儀に疎い点はご容赦下さい」
 ウィルの言う通り、それは相手が国王であっても通用する、最強無敵の切り札であった。

それから3ヶ月後―
 ウィルの宮廷マナーの指導は、レイと言う優秀な生徒、何でもソツなくこなす努力家のアスカは問題ないレベルにまで成長した。問題なのはシンジであり、所々でボロが出るのである。この事態にシンジはアルビオン式は諦めて東方―正確には現代日本の礼法だの茶道だの武道だのから適当に引っ張ってきた寄せ集めの礼儀で誤魔化す事にし、ウィル直伝の伝家の宝刀の一言でゴリ押しする事に決めたのである。
 と言うのも、ウィルとて暇ではない。ウィルは現在16歳だが、アルビオンの魔法学校に通う身なのである。その為、あまりに授業をサボり続ける訳にもいかず、居心地の良いアルトワ伯爵家に後ろ髪を引かれつつも1ヶ月後にはアルビオンへ帰還していた。
 その後、2ヶ月間3人はマナーについて勉強しつつ、藍染めの製作に忙しい日々を送っていた。そして季節は初夏を過ぎた頃、ついにゲルマニアへと向かったのである。
 
 「・・・アクシデントが起きなくて良かった」
 紅茶を口に含みながら、安堵の息を吐いたのはレイ。その身に纏うのは、いつもの作業着ではなく、薄い青い色で染色された上品なドレスである。
 「全くよ。でもシンジが個人的に気に入られた、ってのは嬉しい誤算だったわね。おかげで皇帝陛下が直々に後見人になってくれたんだから」
 クッキーを齧りながらアスカが口を開く。アスカは赤いドレスに、いつもと違う赤い眼帯である。当然、少女にしか見えないアスカの眼帯に対する疑問が投げかけられたが、それに対する答えは1つだけだった。
 『これはアタシの誇りです。アタシは片目と引き換えに、惚れた男を守る事が出来たのですから』
 アスカが立場上はシンジの護衛者であり婚約者である事。アスカの答えが情熱的な感性を持つゲルマニア人の共感を呼んだ事。この2点により、ゲルマニア宮廷内におけるアスカの評価は、彼女の与り知らぬ所で急上昇した事は言うまでもない。
 「・・・不出来な生徒で申し訳ございません」
 一方、ひたすら小さく縮こまるのはシンジ。元々、皇帝の好奇心から呼ばれた立場である為、多少のミスは『緊張』『東方出身の為に不慣れ』という理由で多目に見て貰えたのは、幸運の星が味方してくれたのだろう。
 ちなみにシンジの恰好は、1人だけ和装―紋付き袴である。
 何故かと言うと、シンジは余りにも『貴族』としての豪華な衣装が似合わなかったからである。ゲルマニアに来る前から衣装合わせはしたものの、理由は分からないが全く似合わなかった。その為、材料だけ調達してシンジは和装を作成したのであった。
 宮廷側も和装には面喰っていたが、シンジの母親が東方の由緒ある家柄の出身であり、幼い頃から徹底的に東方の礼儀作法を叩きこまれている為に、この格好でないと上手く対応できないのです、という説明を受け入れたりもしている。この辺りは、確実に新興国故に礼儀作法にそれほどうるさくないゲルマニア宮廷だから通用したのは間違いない。
 ただ和装と言う見慣れない姿が異国を感じさせる為、反論する者もほとんどおらず、ゲルマニア皇帝も妙に上機嫌になり、気に入られてしまったという裏事情もあったりする。
 「ですが何も問題が起きなかったのですから良かったです。若様、紅茶のお代わりは如何ですか?」
 「あ、じゃあもう1杯」
 思ったよりも良い結末に、上機嫌なテイルが紅茶を淹れる。
 「ところでさ、テイルさん。今のお店って貸店舗だよね?いっそ、お店建ててみない?」
 「若様?」
 「実はアスカやレイ、お爺ちゃんとも相談したんだけどね。こちらの条件呑んでくれるなら、お店の建築費用はこちらで出すよ」
 今までの疲れ切っていた表情から一転、真剣な表情に切り替わったシンジに、居住まいを正すテイル。
 「条件は1つ。付け爪や口紅と言った化粧品は、毎月一定額の代金を払ってくれるだけで良い。どんな物を作ろうが、どんな価格で売ろうが、それはテイルさんの裁量に任せるよ」
 「実は、シンジの言った事って、アタシ達が育った国では『特許料』とか『パテント』って言うのよ。分かり易く言うと、好きなだけ儲けて良いから、代わりに一定の金額を納めなさい、って考え方なの」
 「・・・それは面白そうですな。確かに商人としては嬉しい限りではありますが・・・」
 「薬や蜂蜜酒、藍染めに関しては今まで通り委託販売だけどね。それらについては、今まで通りテイルさんの所で扱って貰いたいんだ」
 真剣に考え込むテイル。お店を持てる上に、人気商品で稼ぐチャンス。これを逃すのは証人としては失格の烙印を押されても仕方が無い。ただ、あまりにも旨すぎる話ではあった。
 「・・・確かに美味しい話ではありますが、デメリットもあるのでは?」
 「うん、それはあるよ。例えば付け爪にしろ、口紅にしろ、複製品が作られるのは間違いない。材料は魔法を使えば調べられるしね。それにハルケギニアには『特許申請制度』とかも無いから、誰も守ってくれない」
 「なるほど。若様の仰る通りですな。それ故に、お店を提供するのですな?」
 「そういう事。つまりは支度金代わりってとこかな」
 メリットとデメリットを天秤にかけるテイル。熟練の商人らしく、一連の遣り取りでシンジの目論みについては看破する事が出来ていた。
薬は真似が難しい。薬は利益率は高いが、構成材料を調べても薬草が何処に自生しているのかを調べないといけない上に、採集という手間暇もかかる。故に、真似をするには必要経費が嵩み過ぎる。
蜂蜜酒は品質保持が難しいという弱点もある。現代日本であれば冷蔵庫で事足りるのだが、ハルケギニアではそうもいかない。更に量り売りという性質上、蓋を開けると常に空気に触れ続け、酸化による品質劣化が始まってしまう。それを防ぐ為、シンジ達は薬草を漬け込む際には大樽ではなく小さな樽を使用し、使い切り易くしている。だがそれは、大量生産して利益率を上げるという方法とは正反対の施策。仮に大量生産しても、不味ければ売れる訳が無い。つまりコピー商品を作るには、蜂蜜酒は明らかに向いていないのである。
藍染めは真似自体が不可能に近い。何しろ、染料の作り方はシンジ達の頭の中にしかないのだから、これでは幾ら真似をしたくても真似できない。
だが化粧品は別である。
材料は全て調べる事が出来る上に、付け爪に至っては貝殻を利用。元手はほとんどかかっていない。耐久性向上の為に貝殻を使っているが、それでも衝撃を与えれば割れてしまう=新しい付け爪の購入=販売効率の向上へと繋がる。
まして付け爪は1つ買って満足と言うお客はいない。必ず色々な種類を揃えようとする。材料集めに手間暇はかかるかもしれないが、染料には代替品という方法もある。これは服薬ではないからこそ、出来る方法である。
つまり、美味しい商品なのである。これで真似を考えない人間がいない訳が無い。
だからこそ、目の前の若様は化粧品に早々と見切りをつけて、利益の一部を徴収する方法へ切り替えたのだ、とテイルはシンジの考えを推測していた。
美味しい部分は残して、他を任せる。テイルにしてみれば確かに納得出来ない部分は有れど、もともと販売委託を受けるだけの身。ここで断って、委託先を他の商人へ任されるのも面白くないのも事実である。
それに支度金として、お店を用意してくれるのは何よりも有り難かった。
「・・・分かりました。その条件、是非ともお願い致します。しかしながら、僭越ではございますが、1つだけお願いしたい事がございます」
「どんな事?」
 「はい。お店についてなのですが・・・東方をイメージさせるお店にしたいのです」
 テイルの提案は、シンジ達にとっても面白い提案ではあった。時代劇で見た大店風のお店にすれば、間違いなく宣伝効果は高く、集客効果も望めるからである。
 「良いよ、その条件なら呑むよ。それから建築についてだけど」
 「出来ればこちらの者を使いたく思います。今後の付き合いもございますし」
 「じゃあ、デザインと言うか模型みたいなのを作っておくよ。当面は開店予定の土地探しって所か。その点は任せても良い?」
 「お任せ下さい!」
 ドンと胸を叩いてみせるテイルに、シンジ・アスカ・レイはお互いに視線を交差させながらクスッと笑う。
 「それじゃあ、村へ帰ったら模型作りしないとね」
 「楽しみだわ。越後の縮緬問屋とかって看板つけちゃおうか?」
 「漢字で書いても、ゲルマニアの人には読めないって」
 
翌日―
 宮廷で溜まった疲労を一眠りして回復させたシンジ達は、テイルの案内の下、彼が経営する仮店舗へと足を向けた。
 目的は商品の販売傾向の調査。お客の生の声を聴いて、新たな商品開発に役立てようというのである。
 シンジ達の来訪は、テイルの家族を驚愕させたが、それはまだ彼らにとって序の口であった。
 「奥様、こちらのルビーの様な付け爪、とてもお似合いですわ。まるで情熱家の様です」
 「お嬢様には、こちらなど如何でしょうか?少し大人びたデザインですが、きっと喜んで頂けます。私もそうでしたが、背伸びしたい年頃ですから」
 「毎度、ありがとうございます。こちらはちょっとしたプレゼントです。今後も、当店を御贔屓お願い致します」
 ちゃっかり店員へとなりすます3人に、テイルも家族も目を丸くした。良くも悪くもプライドの塊の様なトリステイン貴族。一応はそこに属する3人が、ペコペコと頭を下げつつ、それなりの客対応を熟しているのだから。
 とは言え、チルドレン時代のシンジ達のままであったら、こんな事は出来なかった。アスカは怒鳴り散らすだろうし、レイは黙りこくり、シンジは奥へ隠れかねない。
 だが目覚めて以降、世界中を旅していた3人は、この程度の事は熟せるぐらいには成長していたのである。
 「よしっ!少しは休憩出来そうだね」
 「ああ、疲れた。愛想笑いも疲れるわね」
 「アスカ。後ろお客様」
 「ウエッ!?いら・・・って、レイ!」
 外見通りの子供らしい一幕に、テイルの口から小さな笑いが零れる。
 「本当に若様方は、何と言ってよいのやら・・・一体、どこで客対応等覚えたのですか?」
 「まあ、旅とかしてればそれなりにね。先立つ物が無きゃ、生きてけないでしょ?」
 「なるほど。全くもってその通りですな」
 テイルの妻が差し出した紅茶とお茶菓子で一服いれる4人。折角だからと将来の展望を交えつつお喋りを楽しんでいた所に、カランカランと来客を知らせる鐘が鳴る。
 「いらっしゃい。おや、今日はどんな物が欲しいのかな?」
 立ち上がったシンジが出迎えたのは、まだ幼い少女であった。もっとも幼いとは言っても、外見から推測する限り、10歳ぐらいだろうという判別はつく。
 燃える様に赤い髪の毛、浅黒い肌、その外見的特徴からハルケギニア以外の血が入っている事は容易に推測出来た。
 「あ、あの!つ、付け爪が欲しいの!」
 「はい、ありがとうございます。デザインとか、何か希望はありますか?」
 「き、綺麗なのが欲しいの!」
 素直すぎる発言に、苦笑するしかないシンジ。気持ちは分かるのだが、漠然としすぎていて絞りきれないと言うのが本音である。
 「好きな絵とかあるかな?」
 「子供みたいのは嫌なの!」
 「そうなの?可愛いと思うんだけどな」
 手に取っていた付け爪を戻しながら、う〜んと唸るシンジ。そんなシンジへ『これ!これが良いの!』と少女が大人用の付け爪を指差す。
 「さすがにサイズが合わないかな?調整するにしても限界が」
 「これなの!これが良いの!」
 「シンジ君。私に任せて」
 スッと歩み出るレイ。そんなレイの醸し出す雰囲気と、その特徴的な外見に少女がポカンと口を開く。
 「私はレイ。貴女のお名前、教えてくれる?」
 「キュ、キュルケって言うの!」
 「そう。ねえ、キュルケちゃん。どうしてそんなにこの爪に拘るのか、理由を教えてくれる?」
 キュルケの手を取り、真紅の付け爪をソッと載せるレイ。
 「・・・私・・・ブサイクだから・・・」
 「・・・貴女が?」
 「私、お姉ちゃんみたいに綺麗じゃないもん!真っ赤な髪の毛も!浅黒い肌も!みんなみんな大嫌い!」
 「そう、そういう理由だったのね。でもね、そんな理由じゃ、この爪を譲ってあげる事は出来ないわ」
 「何で!だって売り物なんでしょ!」
 「だって、貴女、とっても可愛いもの。今の貴女に似合うのはこれじゃないわ」
 キュルケの手を取り、スッと立ち上がる。キュルケは反論しようとするも、レイの真剣な眼差しの前に、言葉が出てこない。
 「アスカ。手伝って」
 「OK。アタシも協力してあげるわ!」
 紅茶をグイッと飲み干したアスカが立ち上がる。その豪快な飲みっぷりと、片目を覆う眼帯姿に、キュルケが目を丸くした。
 「良い?本当に良い女ってのはね、外見なんかに左右されないものなのよ!アタシが良い例よ」
 スッと眼帯を外すアスカ。その下から出てきたのは、真っ白に変色してしまった眼球。誰が見ても、アスカの眼が役に立っていない事は一目瞭然である。
 「ねえ?アタシ、醜いかしら?」
 「・・・う・・・うん・・・」
 「正直ね。でもね、アタシはこの目を恥じてはいないわ。本当なら剥き出しでも構わないんだけどね、すっごく泣きそうな顔する奴がいるからね」
 肩越しにジトーッとシンジを見つめるアスカ。対するシンジは、周囲から突き刺さる視線に縮こまるしかない。
 「この目はアタシの誇り。アタシが惚れた男を守るのと引き換えに受けた名誉の負傷。だからアタシはこの目を負い目には感じない。だって、シンジはアタシの事を綺麗だって言ってくれるからね」
 「・・・本当?お兄ちゃん?」
 少女の視線がシンジに突き刺さる。対するシンジはアスカとキュルケの視線にたじろぎ横を向きながらも、ボソッと呟く。
 「・・・アスカが美人だなんて言うまでもないじゃないか」
 「ふふ、ありがとう。アタシだって女だから、褒められたら嬉しいわよ?シンジ」
 頬を赤く染めているシンジに、キュルケが『ふえ〜』と目を丸くする。そんなキュルケを背後から抱きしめながら、アスカはキュルケの視線をレイへと向けた。
 「レイって、肌が白いでしょ?どうしてこんなに白いか分かる?」
 「・・・お姫様だから?」
 「違うわよ。レイ」
 「はいはい。私はね、ある儀式の生贄にされる。その為に、10年以上も陽の光も差し込まない、地下の牢獄の中に閉じ込められていたの」
 カランと音を立てて、キュルケの手から付け爪が落ちる。レイの独白は、テイル達にとっても大きな衝撃であった。
 「私は心を持たない人形みたいな存在だった。そんな私に心を与えてくれたのがシンジ君だった。私に喜びを、怒りを、楽しみを、悲しみを、そして幸せという物を教えてくれたわ」
 「お姉ちゃん・・・」
 「大丈夫。貴女は本当の意味で可愛いから。髪の毛が赤い?それが何だと言うの?ゲルマニアの女性は情熱的なんでしょう?もっと誇るべきよ?」
 キュルケの髪の毛を優しく手で梳かす。
 「浅黒い肌?それがどうしたと言うの?とっても健康的じゃない!その肌は隠すべきじゃない。大いに見せつけてあげるべきよ!」
 「・・・私、可愛い?醜くない?男の子はみんな、みんな私の事からかって」
 「キュルケ。そんな男の子は全力でぶっとばしてやりなさい!例えアンタのお父さんやお母さんが怒っても、アタシが許す!アンタは可愛い!アタシが保証してあげるわ!」
 胸を叩き、仁王立ちするアスカ。優しく頭を撫でながら、ニッコリ微笑みかけるレイ。2人の言葉に、キュルケが泣きそうになりながらウンウンと頷く。
 「シンジ!」
 「はいはい。予算はこれぐらいしか用意できないよ?」
 「ダンケ!じゃあ、行くわよ!アンタ、お姫様みたいにトコトン可愛くしてあげるからね!」
 キュルケの右手をレイが、左手をアスカが握りながらお店の外へと出ていく。それを見送ったシンジが、溜息を吐きながら椅子に深々と座り直す。
 「若様?宜しかったのですか?」
 「・・・まあ、良いんじゃない?僕の故郷には『損して得取れ』って言葉もあるしね。あの子が大きくなったら、きっとこのお店を贔屓にしてくれると思うから。だからさ、あの子が大きくなるまでお店をしっかり経営して下さいね?」
 「それは勿論です!」



ド・オルニエール村の発展度
人口54人(+3)
知名度:ゲルマニア国内でも知られつつある。薬・化粧品の産地として脚光を浴びつつある。騎士シャルルの領地。
裕福度:寒村



To be continued...
(2013.07.06 初版)


(あとがき)

 紫雲です、今回もお読み下さりありがとうございます。
 今回は原作キャラにご登場頂きました。チョイ役ではありますが、時間軸が原作に追いつけば、確実に再登場致します。つーか、出てこない訳が無いしw
 ちなみに化粧品についてですが、中世ヨーロッパレベルであれば口紅くらいはあるだろう、という想像で書いております。ただ当時であれば、さすがに青とかの口紅は無いんじゃないかなあ・・・それと付け爪については、マニキュアは流石に無いだろうなあ、という考えから出してみました。もし違っていたら、笑って流してやって下さい。
 話は変わって次回です。
 村の建て直しの為、準備された3つの名産品。だがそこに問題が発生する。
 どれだけ質の良い商品であっても、村人がいなければ作れない。更には遠方へ商品を運ぶにあたり、護衛が必要になると言う現実。
 そこでシンジ達は2つの問題を解決する為、まずはド・オルニエール村への誘致政策を開始するのだが・・・
 そんな感じの話になります。
 それではまた次回も宜しくお願い致します。



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