新たな世界で

第四話

presented by 紫雲様


マザリーニ枢機卿との会談から1年後―
 「うわあ、気持ち良いわねえ!」
 肌をポカポカと温める日差しと、皮膚に叩き付けてくるような風。初めて見た、空から見るド・オルニエール村の光景は、アスカにちょっとした愉悦を齎した。
 下を見下ろせば、そこにはアスカに向かって手を振るシンジやレイ、村の子供達が集まっている。次はあの子達を乗せてあげようと決めると、アスカは自分が乗っている乗騎の首筋を優しく叩いた。
 「ゼフィ。一度降りてくれる?次は子供達を乗せてあげたいの」
 アスカの問いかけに、クアーッと嘶くゼフィ。その正体は全長2メイルに及ぶグリフォンである。本来ならアスカが乗れる筈はないのだが、ゼフィは前線で戦うには年を取ってきたという理由により、グリフォン部隊から外される事が決定していた。それをマザリーニ枢機卿が手を回して、アスカ達に譲り渡したのである。人間に例えるなら定年退職後のアルバイト先として、アルトワ伯爵領にやってきた、という所であろうか。
 ゼフィにしてみれば、アルトワ伯爵領は望外の仕事場であった。基本的に彼の役目はアスカ達の緊急時の足となる事と、村の護衛である。それ以外は好きなように空を飛んでも良いし、山の頂で日向ぼっこを楽しんでも良いし、野生の動物を仕留めても良い。軍に所属していた頃とは、段違いの自由さにゼフィは満足していた。
 地面にゼフィが降り立つと、子供達がワラワラと駆け寄ってくる。休憩がてら、アスカはシンジへと歩み寄った。
 「シンジ。伝書鳩のテストはどうだった?」
 「大丈夫。ヴィンドボナもロンディニウムも、両方無事に辿りついてくれたよ。これで毎週、定期的に報告を行う事が出来るね。この文明レベルからすれば、上出来だと思うよ」
 「完璧ね!散歩がてら、鳩の送り届けはアタシがやってあげるわ!」
 伝書鳩は便利だが、弱点として片道切符な点が挙げられる―正確には往復も出来る伝書鳩もいるが、シンジ達はその事を知らなかった―が、今のシンジ達にとっては革命的なまでの情報伝達手段であった。
 レイのシナリオ通り―実はマザリーニにとっても妥協ラインでもあったのだが―に落ち着いた会談。どうせなら高いサービスを行った方が、枢機卿の心象も良くなるだろうと判断した結果の伝書鳩である。
 マザリーニへの定期報告は月1回。現在はロンディニウムとヴィンドボナだけであるが、店舗の進出に伴いそれも随時増えていく予定である。当然、情報の売価もそれに伴い増えていく。マザリーニはその点については吝嗇ではなく、伝書鳩の飼育費用等も考慮して1店舗からの情報1月分に対して50エキュー。現状は2店舗なので100エキューを約束したのであった。
 新たな村人についても、マザリーニは手を回してくれていた。食い詰めた挙句に犯罪を犯した者―十分に反省し情状酌量の余地がある者と、その家族にド・オルニエール村の事を教えたのである。
 無論、羊の中に狼を放す様な真似になってはいけない。その為、彼は移住候補者にコッソリ自白剤を飲ませて、その心中を吐露させるという事もやってのけた。ハッキリ言って褒められた行為ではないが、それでもアルトワ伯爵家に迷惑をかける訳にはいかないと言う判断自体は間違った物ではないだろう。
 「そうそう。アスカ、明日から外に出るから旅の準備だけお願いね」
 「どうしたのよ、急に?」
 「実はロンディニウムのお店から連絡があったんだ。ウィルが会いたいんだって。緊急の用件で」

ラ・ロシェール村―
 村の運営をシャルルに任せた3人は、一路、ウィルから要請のあったラ・ロシェール村へと向かった。
 その村の中でも、もっとも格式高い貴族用の宿―白翼亭に、ウィルからの指示通り向かう3人。受付でゼフィの世話を頼みつつウィルの事を訊ねると、すでに到着されています、との返事が返ってきた。
 「ウィル様には私どもから到着のお知らせを伝えて参ります。お客様方にはウィル様がご用意なされた部屋がございますので、まずは埃を落としてこられては如何でしょうか」
 当然と言えば当然の提案に、素直に頷く3人。
 従業員に案内された部屋。バスタブとは言え、各個室に風呂がついているのは贅沢以外の何物でも無い。この宿が貴族専用と言うのが納得できる造りである。
 だが、今はそれが有り難かった。とにかく汗と埃を落として、サッパリしたいというのは嘘偽りない本音だからである。
 最初にアスカとレイが2人一緒に入り、その後でシンジが入る。冷たい井戸水に甘い果汁を絞った物で水分補給していると、そこへノックの音が聞こえてきた。
 「やあ、久しぶりだね」
 「ウィルも元気そうで何より。出店の時は会えなかったけど、ロマリアに出かけていたんだって?」
 「ああ、まあ色々あってね。ところで、まだ食事は済ませていないんだろう?実は私もまだなんだ、一緒に食べないか?」
 ウィルの提案は渡りに船である。素直に提案を受けた3人は、ウィルの部屋に用意されたテーブル席に座った。
 「悪いが手酌で頼む」
 「その方が気楽で良いよ。で、急の呼び出しは何かな?友達として、で良いんだよね?」
 「・・・ありがとう。3人とも、もう気づいているんだな?」
 「そりゃあそうよ。気づかない訳が無いでしょ?アンタ、有名人じゃない。プリンス・オブ・ウェールズ?」
 アスカのからかいに満ちた呼びかけに、ウィル―ウェールズ皇太子は苦笑いしながら頷く事しか出来ない。
 「・・・この際だから訊ねても良いかな?君達はどうして、あの頃のままなんだ?私は3年分、しっかり成長した。だが君達はあの頃のまま。何1つとして変わっていない」
 「ああ、そういえば説明してなかったっけ。僕達3人とも、東方にいた頃に質の悪い呪いをかけられてね、それを解呪するまで今の姿のままなんだよ」
 「そうだったのか。もし良ければ、アルビオンの賢者を紹介するが?」
 「気持ちだけ受け取っておくよ。実の所、解呪方法は分かっているから。ただ、今はそれをする暇がないからね。いずれは自分達で解呪するよ」
 用意されていた料理に舌鼓を打ちながら、会話を続けるシンジとウェールズ。一方のアスカとレイは、お互いにワインを注ぎ合いながら、これって村で作れないかしら?と小声で相談しあっていた。
 「やはり、君達の呪いについては、村の人達は知っているのかい?」
 「まあね、みんなには説明してあるよ。黙っていてもバレル事だし。トリステインの宮廷にも、お爺ちゃん経由で報告だけはしてあるから、いきなり化け物扱いされる事だけはないかな」
 「それなら良いんだ。いきなり友人が化け物として追われた、なんて話は聞きたくないからな」
 空になったグラスにワインを注ぐウェールズ。客観的に見ても早いペースに、シンジが訝しげに口を開いた。
 「・・・誰か、知り合いが追い出されるの?」
 「・・・追い出される程度ならまだ良いさ。粛清されるんだよ、叔父上が」
 「叔父って言うと、モード大公が?どうしてまた、そんな事に」
 「叔父上に非は無い。叔父上は家族を護りたいだけなんだ」
 現・アルビオン国王ジェームズ1世。その弟にあたるモード大公は、国王の片腕として内外に知られている。未だ妻帯せず、子をなす様子も無い事から、王位に就くつもりが無い事だけは誰の目にも明らかな人物であった。
 「叔父上は公式には独身だ。だが叔父上には愛妾と、その女性との間に産まれた娘がいるんだよ。私は何とかして、叔父上達を助けたい。いや、それが無理だと言うのなら、せめて娘だけでも助けたいんだ。私にとって従妹になるんだからね」
 「その気持ちは分かるんだけど、粛清の理由は何?謀反でも企てたの?」
 「違う。その愛妾がエルフなんだ」
 エルフ。メイジである貴族に天敵として忌み嫌われる、砂漠に住む一族。確かに貴族達からしてみれば、エルフを愛する事自体、罪として認識されてもおかしくない。それが王弟ともなれば、猶更である。
 「恐らく、叔父上は自殺されるだろう。謀反を起こす様な方では無いからね。シャジャル殿―件のエルフ女性なのだが、彼女も叔父上に殉じるそうだ。元々、駆け落ち同然に飛び出したらしくて、帰る所も無いと聞いている」
 「そりゃまあ女の子1人ぐらいならどうとでもなるけどさ。でもさ、それで良いの?」
 「良くなんかないさ!叔父上達の気持ちは分からない訳じゃ無い!娘の捜索を断念させる為に、自殺しようとしている事は分かる!でも、残される従妹殿―ティファニア殿の事を考えれば助けたいんだ!・・・何でだろうな・・・どうして、人を愛する事が罪になるんだろうな?」
 乱暴にワインを注ぎ、グイッと呷る。乱暴な飲み方に、ウェールズの抱える憤懣が感じ取れた。
 「・・・その娘さんはどこに?」
 「サウスゴータの太守の所だ。叔父上の家来でな、今回の件には同情的な人だよ。問題は、彼も連座しかねない点だ。バレるのは時間の問題なんだよ」
 「娘が消えていたら、そりゃ捜索するよね」
 黙って頷くウェールズ。
 「・・・ウィル。本気でその子を助けたいなら、酔いを覚ましてきなよ」
 「シンジ?」
 「時間が無い。早く!」
 いきなり気配の変わったシンジに目を丸くしながらも、冷水で顔を洗おうと席を外すウェールズ。その間にアスカとレイも準備に入る。
 「どうするの?」
 「闇夜に紛れて強引に掻っ攫う」
 「なるほどね。ゼフィの所で待ってるわ」
 席を立つアスカ。残ったのはレイだが、当然の疑問を投げかけた。
 「国外への脱出はどうするの?」
 「それについてはウィルに一肌脱いで貰うよ。レイにはウィルのサポートを頼みたいんだ」
 「分かったわ。大人の犠牲になる子供なんて、見たくないもの」

サウスゴータ―
 時刻は夜。時計が有れば22時を指す頃。サウスゴータ太守エドワード・オブ・サウスゴータは突然の客の来訪に呆気に取られていた。
 真夜中に突然、中庭へ降り立つグリフォン―ウェールズが皇太子としての身分を明かし、権力と財力をフルに使ってラ・ロシェール村からサウスゴータへ出ている船を徴発。更には風のトライアングルメイジとして、風を操り強行軍を採った結果である―から降り立ったのは、彼も良く知るプリンス・オブ・ウェールズと、見知らぬ黒髪の少年だったからである。
 「こ、皇太子殿下!?一体何が!」
 「時間が無い!ティファニア殿を呼んでくれ!叔父上とシャジャル殿を助ける為に、従妹殿の協力が必要なんだ!」
 ウェールズの言葉に、エドワードは即答出来なかった。ウェールズは大公を粛清しようとする国王側の人間だからである。ましてや仕える主の娘を託された以上、はいそうですか、と簡単に委ねられる訳が無い。
 だが、そんな事は関係ない人物もいた。
 「お父様とお母様が助かるのですか!?」
 「ひ、姫様!落ち着いて下さい!」
 転げるように出てきたのは、金色の髪の毛を腰まで伸ばし、白いドレスを纏った美少女である。年の頃は中学生か小学生高学年と言った所。そして出自を示す様に、耳の先端が髪の毛の間からツンと飛び出ている。
 そんな少女を引き留めようとしているのは、やはりドレス姿―こちらは薄い青色―の美少女マチルダ・オブ・サウスゴータである。年の頃は若干年上。シンジ達よりは年長に見える。
 「貴女がティファニア殿ですな?私はウェールズ。貴女の従兄だ。時間が無いので用件だけ伝えさせて頂きたい。叔父上と伯母上を助ける為に、貴女の助力が必要なのだ!」
 「分かりました、参ります!」
 「「姫様!?」」
 必死で止めようとするサウスゴータ父娘。2人からしてみれば当然である。
 「サウスゴータ太守エドワード殿。どうか信じて欲しい。皇太子ではなく、ティファニア殿の従兄としてのウェールズを」
 「し、しかしたった御1人で何が」
 「1人では無い。心強い友人がいる。叔父上夫婦を助ける為、水面下で準備を整えてくれているのだ。無論、エドワード殿にも手伝って頂きたい」
 エドワードにしても、主であるモード大公が助かるのは嬉しい事である。だから本音を言えば助力したいのだが、ウェールズを信じて良い物かどうかという1点だけが、疑心暗鬼を生んでいた。
 そこへスイッと前に出るシンジ。そのままシンジはティファニアに近づく。
 「初めまして、ティファニアさん。僕はシンジです。この場にはウェールズ皇太子ではなく、授業をサボって我が家へ遊びに来ていた問題児ウィルの友人として来ています。だから貴女にも敬語は使いません」
 「・・・本当に・・・本当にお父様とお母様は助かるのですか?」
 「はい。そちらの太守殿から情報提供さえあれば」
 「お願いです、おじ様!お父様とお母様を助けて下さい!」
 言われた途端、エドワードに詰め寄るティファニア。両親を助ける為、必死になって懇願する涙目の少女に、エドワードがビッシリ冷や汗を浮かべる。
 「シンジ。お前狙ってたな?」
 「だって時間無いんだから仕方ないでしょ?それから、そちらのお姫様、お名前は?」
 「え?わ、私はマチルダです」
 「あのさ、お願いがあるんだ。これから大公ご夫妻を助けて来るんだけど、馬車の用意をお願いしたいんだ。出来れば水と食料。あと生肉を大きい袋に5袋程載せて」
 「は、はい!」
 ドレスの裾を掴みながら、奥へと走って戻るマチルダ。やがて奥の方から元気な叫び声が響いてくる。
 「シンジさん!おじ様も協力して下さるそうです!」
 やった!と言わんばかりに満面の笑みを浮かべるティファニア。後ろでは、どこか自棄になったようなサウスゴータ太守の顔が有る。
 「ご苦労様です、ティファニアさん。えっと、エドワードさん。貴方に伺いたいのは1つだけです、モード大公の居城にある、城外への隠し通路を教えて下さい。逆に辿って、大公ご夫妻を助けてきますので」
 「隠し通路?」
 「貴方ならご存知の筈。あの手の城には、必ずそう言う物があります。恐らくはティファニアさんも、その通路で脱出したのではないですか?」
 言われた通りである為、頷くしかないエドワード。隠し通路をティファニアが知らないのは、脱出の際、ティファニアは大公のかけたスリープ・クラウドで眠っていたからである。
 「それと大公の居城にある火の秘薬の場所も教えて下さい。大公ご夫妻には、表向きは死んでもらう必要がありますから」
 「分かりました。そこまで言うのなら教えましょう。その代わり、私も同行させて頂くが」
 「言われるまでもありません。ウィルの頼みは必ず果たします」

 ウェールズと別れたシンジは、ティファニア・エドワード・ゼフィとともに隠し通路のある場所へと向かっていた。
 ウェールズが来ないのは、別にやる事がある為。その為に、今頃はアスカやレイ、マチルダ達とともに国外脱出の準備を図っているのである。
 隠し通路自体は、エドワードにより何の問題も無く通過できた。だが隠し通路へ入る直前、モード大公の居城上空を深夜にも関わらず、何かが飛んでいる事に気付く。
 「・・・あれは、竜、ですか?」
 「左様。我がアルビオンの誇る最精鋭竜騎士だ」
 「なるほど。それなら都合が良いですね。彼らにはモード大公が死亡する生き証人となって頂きましょうか」
 来る途中、馬車の中で済ませた打ち合わせ通りに行動を開始する3人。ゼフィは3人が戻ってくるまで馬車の護衛を、シンジとエドワードが生肉の入った袋―エドワードの風の魔法で浮いている分、運搬の負担は無い―を運び、体力の無いティファニアが灯りを手に歩いていく。
 隠し通路の先は、城内にある倉庫の中。幸い、巡回する兵士もおらず、まるで葬式の様に静まり返っている。
 「兵士がいないのはラッキーですけど・・・」
 「普段はそうでもないのだがな。大公殿下の事だ、巻き添えにしない為に暇を出したのだろう」
 「そうですか。では打ち合わせ通り、火の秘薬については準備をお願いします」
 生肉の袋を携え、ティファニアとともに大公が謹慎中の塔へと向かうシンジ。そんなシンジに、エドワードが声をかけた。
 「・・・1つだけ教えて欲しい。君が皇太子の為に、ここへ来たのは分かった。だが、どうしてそこまでするのだ?」
 「ウィルは友達ですから。そんな理由じゃ駄目ですか?」
 「・・・いや、失礼な事を訊ねてしまった。姫様の事を頼む」
 軽く手を振ると、早速塔へと向かうシンジとティファニア。なるべく音を立てない様に静かに階段を上がっていくが、見張り1人いない有様に、脱力感を覚えてしまう。
 「この塔の最上階です。そこにお父様とお母様は」
 「誰だ!」
 突然降ってきた声に、ビクッと身を竦ませるティファニア。キャッという可愛らしい悲鳴に、シンジが慌てて背中を支える。
 「そのお声は、もしや姫様でございますか!」
 暗闇の中に浮かび上がった顔は、執事服を纏った老人と、護衛らしい兵士が数名。その光景に『さすがに護衛者無しなんてないか』とシンジが小さく溜息を吐く。
 「爺!お父様とお母様は!」
 「奥におられます。しかし、姫様。ここにおっては」
 「お父様とお母様を助ける為です、そこを開けて下さい」
 可愛らしい顔に、決死の想いを込めた眼差し。幼い頃から可愛がってきた少女の、見た事も無い一面に言葉を無くす一同である。
 「・・・どうした?何かあったのか?」
 「お父様!お母様!私です、テファです!」
 愛娘の声に、ドアが勢いよく開く。そこにいたのは恰幅の良い壮年の男と、金髪を腰まで伸ばしたエルフの女性である。
 「お父様!お母様!助けに参りました!」
 「ティファニア!?」
 「お父様とお母様が死ぬなんて嫌です!一緒に逃げましょう!その為に、皆様が手伝って下さったのです!」
 「そういう事です。失礼ながら、時間がありませんので仕込みをさせて頂きますね」
 そう言いながら部屋に入るシンジ。礼儀作法を弁えないどころか、血臭漂うズタ袋に、大公達は怒りを通り越して呆れるばかりである。
 「これから大公ご夫妻の死体の偽装工作に取り掛かります。持ち出したい物があれば、今の内に持ち出して下さい」
 「き、君は一体?」
 「友人に大公を助けて欲しい。そう頼まれただけです。自己紹介とかは脱出した後にさせて下さい。今は時間が何よりも重要ですから。それから下にサウスゴータ太守エドワードさんがいますので、あの方の指示通りに避難をお願いします」
 エドワードの名前に、大公がハッと正気に戻る。少し逡巡した後、大公は手近にあった宝石箱を鷲掴みにした。
 「シャジャル。ティファニア。今は逃げよう。この者は信用ならんが、エドワードの事は信用出来る」
 「は、はい!あなた!」
 「シンジさん、ありがとうございます!」
 そう言い残すと、階段を下りていく3人。その後ろに最後まで忠誠を尽くそうとしていた家来達が、主を守る為に後に続く。
 その間に、シンジはズタ袋から肉塊を取り出すと、ベッドの上と椅子の上に適当にばら撒いた。
 「次は、エドワードさんを手伝わないとな」
 階段を下りていくシンジ。やがて、その途中で火の秘薬の入った木箱を運んでいたエドワードに遭遇する。
 「手伝います」
 「うむ、助かる。それから大公殿下にお会いした。感謝する」
 「ウィルの頼みですからね。お礼はアイツに言ってあげて下さい。エドワードさんには、これからも共犯者になって頂く必要があるんですから」
 「殿下の為だ。それぐらいは喜んで務めるとも」
 木箱を運搬する事3往復。大公のいた部屋に積まれた木箱は合計12箱。その全てに火の秘薬が詰まっている。
 それを床に並べ、蓋だけ開けて秘薬を空気に晒す。
 「エドワードさん、作戦通り風の魔法をお願いします」
 「任せて貰おう」
 軽く杖を振うエドワード。やがて火の秘薬が静かに部屋中を舞う。
 「ただ風を舞わせるだけだからな、朝までは保つ」
 「じゃ、最後の仕上げと行きましょうか」
 火の秘薬を紙で包んだ紐―導火線を階段に垂らしながら下りていく2人。エドワードが大量に持ってきたせいか、導火線は階段下まで垂らしても十分に余りがあった。
 「行きますよ?火を点けたら逃げて下さい」
 「うむ」
 勢いよく燃えだした導火線を確認すると、全速力で塔から逃げ出す2人。やがて来る爆発に巻き込まれまいと、倉庫目指して全力で走る。
 先に脱出させた大公が気を利かして入口を開けていたせいか、ポッカリ開いたままの抜け道に飛び込む2人。戸を閉め、再び走り出した直後、大地を揺るがす様な爆音が轟いた。
 「うわ。ちょっと秘薬使いすぎたかな?」
 「いや、あれぐらい使わねば、国王陛下を騙す事等出来ん。焼け焦げた肉塊になってしまっては、調べようも無いからな」
 「ですね。それじゃあ急ぎましょうか」
 抜け道を駆け抜け、出口へと飛び出る2人。そこには先に脱出し終えた大公達が、大地に腰を下ろしながら爆炎に包まれる居室を眺めていた。
 「それじゃあ、逃げましょうか。万が一、偽装工作がバレタ時の為に、少しでも遠くへ逃げる必要があります。それから殿下のご家来の方についてですが」
 「彼らは私の所で預かろう。落ち着いたら、殿下の所へ向かわせる」
 「じゃあ、それでお願いします」
 馬車に大公一家が、御者にエドワードが、ゼフィにシンジが跨る。大公の家来達は別行動となり、エドワードから渡された路銀を使いながらサウスゴータを別ルートで目指す事になった。
 そんな時だった。
 月光に照らし出されたゼフィの姿に、大公が目敏く気づいたのである。
 「・・・少し待て。そのグリフォン、トリステインの紋ではないか!」
 「ああ、そういえば外すの忘れてたっけ・・・ま、いいか。どうせですから、自己紹介しておきますね。僕はシンジ・アルトワ。トリステイン王国アルトワ伯爵家の後継ぎなんてやってます。これから大公殿下には、アルトワ伯爵領まで逃げて頂きます」
 「外交問題になるぞ!それどころか下手をすれば戦争に!」
 「なりませんよ。細工は流々仕上げをごろうじろ、これは僕の母国の言い回しですが、ちゃんと対策は立ててあります。バレた時の事を想定してね」
 クスクス笑うシンジに、大公とシャジャルは互いに顔を見合わせる。だがティファニアは両親をギュッと抱きしめながら2人を見上げた。
 「・・・信じて下さい・・・お父様とお母様を助ける為に、シンジさんは一生懸命頑張ってくれているんです。だから!」
 「・・・そうね。娘の事を信じてあげるのが、親の務めですものね。殿下、テファの事を信じてあげましょう。私達はテファの親なのですから」
 「・・・そうだな。そうしよう。エドワード、済まぬが御者を頼む。それからアルトワ殿、我ら3人の命、そなたに預けるぞ」

翌日―
 夜通し馬車を駆けさせたシンジ達は、途中で仮眠を取りつつ馬車を疾走させた。目的地はサウスゴータ―ではなく、港町ロサイスである。
 さすがに疲労の色が見えるシャジャルやティファニアを休ませようと、シンジが先行して町に向かって宿を手配する。幸い、宿は普通に取れたが、問題は大公一家が目立ちすぎる点である。
 耳を隠す為に頭からローブを被れば悪目立ち。大公も顔が売れている為、顔を隠さずに馬車から出るのはやはり不可能である。
 「殿下。変装の魔法が風と水のトライアングルメイジなら使えると聞きましたが、使えますか?」
 「うむ、それぐらいなら可能だ」
 「では、殿下御自身に魔法をお願いします。それから奥様をお姫様抱っこしてあげて下さい」
 何事かと目を丸くする大公とシャジャル。だが微かに赤みがかった頬は、夫婦仲が良好である証拠とも言える。
 「奥様は妊娠初期で、調子が悪い奥様という立場です。その為に汗を拭いながら移動するのは、何らおかしな事ではありません」
 「そうか!それなら誤魔化す事が出来る!」
 「エドワードさんは奥様の主治医という立場です。僕はエドワードさんの弟子になります。弟子の立場なら、雑用を任せられるのは当然ですからね。必要な物は僕が揃えてきますよ。それからティファニアさんは普通に娘として付き添って下さい。それから、これを被って下さい」
 シンジが手渡したのは、可愛いフリルのついた帽子である。いかにも幼い女の子向けの帽子。
 「途中で買ってきました。これなら耳を隠せるでしょう?」
 「あ、ありがとうございます!」
 「ゼフィはしばらくこの辺りで遊んでいてね。もう少し経てばアスカ達が来るから、見つけたら合流してあげて」
 シンジの頼みに、クアーッと鳴くゼフィ。そのままバッサバッサと森の奥へと飛び立つ。
 「さて、じゃあ行きましょうか。なるべく急いで。それからエドワードさん、信憑性を付ける為に、僕に対しては大声で指示を飛ばして下さい。その方が周囲も納得してくれますから」
 「うむ、済まないがそうさせて貰うぞ」

その日の夜―
 無事に宿へ辿り着いたシンジ達。部屋へと運んだ食事を摂った一行は、ここまで溜まった疲労から、ティファニアとシャジャルが最初に眠りの苑へと脱落した。ここまでの過酷な状況を考えれば、それも仕方ないと言えるかもしれない。
 エドワードは昼過ぎに合流したアスカとともに、北部にあるダータルネスへと向かった。目的は国王に対する捜査の攪乱。エドワードの目撃情報を意図的に作り出す事によって、国王側の捜索を誤誘導させようという考えである。
 一方で、エドワードが処罰されない為のアリバイ作りに勤しんだのはウェールズである。ウェールズは鬘を被り、布団を被ってひたすら横になっていた。その有様は『主の窮状に身も心も限界を超えてしまった家来』そのままである。逆に言えば、ウェールズは変装の魔法を使いこなせる程には魔法に対して習熟していない為に、その様な方法を採らざるを得なかったのだが。
 そんなウェールズを補佐したのがマチルダである。マチルダは『私が父の世話をします』と言ってメイドや執事をウェールズに一切近づけさせなかった。元からマチルダと父親の仲は良好であった為、娘が父を看護する姿に疑念を持つ者等いなかった。
 これらの策の相乗効果により、ダータルネスに現れたエドワードは、よく似ただけの赤の他人であった、という結論へ辿り着かせるのがシンジ達の策である。
 アルビオン国王ジェームズ1世は、決して暗愚な王では無い。寧ろ聡明な王である。決定的な証拠も無いまま、有耶無耶に処罰する様な事は決してしない。だからこそ鉄壁のアリバイがある限り、エドワードが処罰されることは無い。
 だが、このままではウェールズという存在が計画に穴を齎してしまう。ウェールズがエドワードの振りをする限り、ウェールズのアリバイが無いからである。なまじジェームズ1世が頭が良い分、そこからアリバイを崩される危険もある。
 この対策の為、エドワードは夕方まで船の交渉を堂々と行い、わざと破談を何度か繰り返した後、暗くなると同時にアスカの操るゼフィとともにサウスゴータへ急行。そのままウェールズと交代。更にウェールズは『叔父上を助けられなくてすまない』と涙ながらに謝罪し、エドワードやマチルダとともに大公を偲びながら静かに酒を酌み交わしたのである。
 国王側に深夜の内に竜騎士によって連絡が入り、どれだけ手際よく現場検証を行ったとしても、終わるには丸1日かかるというのがシンジ達の読み。その後、報告から不信の念を抱いて捜索隊を出したとしても、ダータルネスへ誤誘導され、すでにアルビオンに大公一家はいないと言うのが筋書きであった。
 そして翌朝、レイがアルトワ伯爵名義で借り受けた定期船に、大公一家も偽名で同乗し―シャジャルとティファニアは耳をカチューシャで隠す為に、メイドに変装した―あとは出発を待つばかり、という時だった。
 「臨時査察?」
 「はい。先ほど王宮から連絡があり、緊急査察を全ての船に行う事が国王陛下のご命令でございました。それが終わるまで、出発は許されないそうです」
 シンジは気づいていなかったが、1つだけミスをしていたのである。それは隠し通路の存在を、ジェームス1世は知っていたという事。もしティファニアが逃げ出しただけなら、こうも早くは発覚しなかったかもしれない。だがシンジ達は隠し通路を大人数で往復したのである。当然、使用した痕跡はバッチリ残っている。これでバレない訳が無い。
 それでもダータルネスへの誤誘導が効果を発揮しているのか、シンジ達がいるサウスゴータは比較的査察役の兵士は少ない。シンジがそれとなく窓の外を覗いてみても、2人1組2チームが、順番に各船を調べているだけだとすぐに分かった。
 「まいったな。3人とも名前書いちゃったし、今から消す訳にもいかない。ゼフィに乗せて外へ出しても、3人もいなければ疑惑の的だ」
 「どうする?ウィルに助けてもらう?」
 「・・・いや、ダメだ。下手に関われば、アイツから芋蔓式に真相へと辿り着かれる恐れがある。アイツはここで一端手を切らないといけないんだ」
 珍しく舌打ちするシンジ。苦虫を噛み潰した様に、苦渋の表情を浮かべるアスカとレイ。ゴール直前に来て、ゴールテープを切れない状況に苛立ちを隠せない。
 「・・・殿下。シャジャル様と隣室に行って頂けますか?そこでやっていて欲しい事が有るんですが。船が出るまで」
 「うむ。儂はなにをすれば良いのだ?」
 「ちょっとお耳を・・・」
 ボソボソと囁くシンジ。対するモード大公は目を丸くし、言葉も無いままシンジを呆然と見つめるばかりである。
 「失礼だとは思いますが、無理ならそれっぽい雰囲気だけで構いません。要は部屋に居辛くなってくれれば良いだけなので」
 「・・・まあ生きるか死ぬかの瀬戸際だからな。今回ばかりは仕方あるまい。だがテファはどうするつもりだ?」
 「それは考えが有ります。こっちには女の子が2人もいるんです。これを使わない手はありませんからね。問題なく凌げますよ」
 大公にしてみれば、もはや一蓮托生以外の選択肢は無い。こうなったら毒を喰らわば皿までとばかりに、シャジャルを連れて隣室へと移動する。
 「アスカ、レイ。耳を貸して。作戦だけど・・・」
 ボソボソと囁くシンジに、目を丸くする2人。だが少女でなければ出来ない作戦に、仕方ないとばかりに肩を竦めて応じてみせる。
 「僕はここで矢面に立つよ。僕だけは、どこにも居場所が無いからね」
 「了解。上手くやんなさいよ!」
 「シンジ君。お願いね」
 「大丈夫、任せてよ」

臨時査察―
 コンコンと言うノックに続き、ドアを開ける様に伝えてきた声に、シンジはついにやってきたかと覚悟を決めた。
 いかにも貴族らしい居丈高な物言いをしないといけない事に、苦笑しながら口を開く。
 「何の用だ?」
 「アルビオン国王陛下の勅命により、不審人物の調査を行っております。貴族様には大変ご不快で有る事は重々承知しておりますが、職務なれば曲げてご協力をお願い致します」
 「国王陛下の勅命とあらば仕方あるまい」
 殊更に大きな声で対応する事により、他のメンバーにその時が来た事を知らせるシンジ。同時に、他の部屋の雰囲気が変わった事に気がつく。
 ガチャッと鍵を開くシンジ。ドアの向こうにいたのは、2人の兵士である。
 「御寛ぎの所、申し訳ございません。勅命により、室内を改めさせて頂きます」
 「それは待って貰おう。まずは勅命と言うのであれば、それを証明する物が有る筈。それを確認しない限りは、調査に協力する謂れは無い」
 「これは失礼を致しました。どうぞ、ご覧ください」
 貴族らしく、心持ち高圧的に出たシンジに対して、兵士達は下手に令状を差し出した。そこにあったのは、間違いなく本物としか思えない―シンジ自身がアルビオン国王名義の令状を見た事が無いのだから、真贋の区別がつかないのは当然である―令状であった。
 「・・・それで、何を調べたいのかな?」
 「まずはご乗船されている方のご確認をさせて頂きます。まずトリステイン王国アルトワ伯爵家のシンジ様、アスカ様、レイ様ですが」
 「シンジは私だ。アスカとレイについては、奥の部屋にいる」
 「分かりました。お二方については、後ほどご確認させて頂きます。次に、一緒にご同情されているテイラー男爵様、パール様、ファニア様ですが。大変申し訳ありませんが、こちらのお方は御身内の方であらせられますか?」
 「テイラー殿は友人だ。パールはテイラー殿のお気に入り。ファニアはパールの娘であり、アスカやレイのお気に入りだ」
 「名簿上の矛盾はございませんな。それでは室内へ入らせて頂きます」
 さすがにこれで諦める程、都合良くはいかないかと心中で溜息を吐くシンジ。
 「テイラー殿はそちらの部屋だが、開けない方が良い。怒らせたくなければな」
 「・・・失礼な物言いではございますが、隠し事はなされる方が宜しいかと、アルビオン国王陛下に逆らうのでございますか?」
 「そう思うならば、ドアを開ける前に聞き耳を立てるのだな。それでもドアを開けたければ、勝手にすれば良かろう。激怒したテイラー殿を見たければな」
 椅子にドカッと座り、不機嫌そうに紅茶を啜るシンジに、兵士2人組が不審そうな眼差しで、それでも言われたように聞き耳を立てる。直後、互いに顔を見合わせながら、ゴホゴホとワザとらしく咳払いをする。
 「だから言ったのだ。『お気に入り』なのだ、とな。到着するまで娯楽1つ無い寝室で2人きりとなれば、中の様子等調べるまでもないだろう」
 「こ、これは大変な失礼を致しました。テイラー男爵様とパール様については、確認済とさせて頂きます!」
 「当たり前だ。さっさと残りの3人も確認して出ていけ」
 シッシと虫でも追い払う様に手を振るシンジ。兵士達も恐縮した様に、恐る恐る残る1つのドアに手をかける。
 室内は燭台に火が灯され、明るい室内となっている。兵士達の目に飛び込んできたのは、メイド服を脱がされ―カチューシャだけは着けているが―着せ替え人形と化しているティファニアと、新たな服を選択中のアスカとレイである。
 「キャッ!な、何見ているんですか!」
 慌てて胸元を隠す様に、床へと蹲るティファニア。まだ12歳という幼さながら、早くも将来の超ど級兵器を想像させる成長ぶりに、心なしかアスカとレイの眼差しが若干厳しかったりする。
 「こ、これは失礼を!しかしながら職務なれば、どうか服を着て調査にご協力をお願い致します!我々は後ろを向いておりますので!」
 兵士達が後ろを向いている間に、慌てて服を着込むティファニア。真っ白なドレス姿のティファニア、赤いドレスのアスカ、青いドレスのレイと並ぶと、いかにも貴族のお嬢様トリオという印象である。
 ティファニアの着替えが終わり、室内を改める兵士達。当然、誰かが隠れている訳でもなく、兵士達が素直に退室しようとした時だった。
 兵士の1人がクルッとティファニアを向く。
 「そちらのお嬢さん―ファニアさんはドレスが良くお似合いですね。やはり幼い頃から着られているのですか?」
 「え?は、はい、そうですが」
 「ほう?メイドなのに?」
 呆気なくバレるボロ。素直なのは美点だが、こういう時には短所以外の何者でもない。
 「申し訳ありませんが、兵士詰所までご同行をお願い致します」
 その言葉に顔を真っ青に変じさせるティファニア。詰問した兵士の片割れもまた行動に出ようと室内へ踏み込む。
 「い、いや」
 フルフルと首を振るティファニア。兵士の腕が乱暴に少女の腕を掴む中、ハラリとカチューシャが落ちる。
 露わになる特徴的な耳。あまりにも意外な正体に、兵士達の意識に空白が生まれる。
 その決定的な隙に、アスカとレイは咄嗟に行動に出ようとドレス姿で力強く懐へ飛び込み―
 「い、いやああああ!」
 少女の絶叫とともに、光に包まれる兵士達。思わず踏込を止めたアスカとレイの前で、兵士達は光の中から姿を現し、同時にシンジが飛び込んできた。
 「どうした!一体、何が!」
 ティファニアの耳に状況を把握するシンジ。さすがに口封じするしかない状況に、行動に出ようとしたシンジの前で、兵士達はクルッと振り向いた―笑顔のままで。
 「職務に御協力頂き、誠にありがとうございました。ご不快にさせてしまった点については、謝罪させて頂きます」
 「は?あの子の耳を見て、エルフとか思わないんですか?」
 「エルフ?その、平民故に学が無いので分かりかねますが、エルフとは何でしょうか?」
 明らかに異常な事態に、シンジは横柄な貴族という仮面をつけるのを忘れて、いつもの言葉づかいに戻ってしまう。そこへ愛娘の悲鳴を聞きつけた大公とシャジャルが、あられもない姿で飛び込んでくる。
 だが兵士達はシャジャルの耳を見ても、やはり何の反応もしなかった。
 訝しげに思いながらも、口封じに出ようとするモード大公。彼の置かれた状況を考慮すれば他に選択肢は無いのだが、咄嗟にシンジがその行動を止めた。
 「アスカ。2人は本気?」
 「・・・そこの兵士さん、本当にエルフを知らないの?」
 「貴族のお姫様方ほど学が無い物ですから」
 黙って頷くアスカ。その行動に、シンジが黙って戸を開いた。
 「それでは失礼致します。旅の無事をお祈り致します」
 「・・・ああ、ありがとう」
 パタンと締まるドア。そして兵士達は職務を遂行する為、他の部屋へと移動した。
 「い、一体何があったのだね!」
 「僕にも良く分かりません。分かりませんが・・・アスカ、レイ。一体何があったんだい?」
 「ティファニアがエルフって事がばれて、悲鳴を上げたのよ。その後で兵士達が光に包まれて、そしたらああなっていたのよ」
 レイの説明に、首を傾げる一同。その視線はティファニアに向いているが、彼女も答えを提示出来る訳もなく、ただ恐怖感から解放された安堵により緊張感が切れたのか、小さく嗚咽を漏らしていた。
 「良く分からないけど、とりあえず運はこちらにあるみたいだ。しばらくは大人しくしましょう」
 「・・・大公殿下。申し訳ありませんが、ティファニアをお願いします。シンジ、ちょっとこっちへ」
 シンジの服の裾を引っ張り、別室へ連行するアスカ。その背後に続くレイともども、険しい表情である。
 「シンジ、エルフって何なの?」
 「アスカ?どうしたのさ、一体?」
 「信じられないけど、ティファニアはATフィールドを使ったのよ。とても弱弱しかったけど、あの感覚は間違いないわ」
 アスカの言葉に、レイが重々しく頷いてみせた。



ド・オルニエール村の発展度
人口65人(+9:大公親子が移住。またマザリーニの推挙により、2家族6名が移住)
知名度:ゲルマニア国内でも知られつつある。薬・化粧品の産地として脚光を浴びつつある。騎士シャルルの領地。
裕福度:標準的な農村。他では見られない、特産品を貨幣収入の主軸としている。



To be continued...
(2013.09.07 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回はゼロ魔メインヒロインの1人、ある意味戦略級核兵器娘なティファニアの登場となりました。原作では両親と不遇な別れを強いられた彼女ですが、拙作ではこのような流れになりました。サウスゴータ伯やマチルダ姐さんの未来も変わりつつあります。今後の流れにご期待ください。
 話は変わって次回です。
 次回はまた内政話に戻ります。
 独断で大公一家を救出したシンジ達。その事実はマザリーニの知る所となってしまう。新たな頭痛の種を抱え込んでしまった枢機卿にお詫びとばかりに、ある献策を行うシンジ達。その献策は、やがてトリステイン王国筆頭公爵の知る所になってしまう。
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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