新たな世界で

第五話

presented by 紫雲様


モード大公の脱出騒動後、アルトワ伯爵家―
 『儂の後継ぎがとんでもない火種を持ち込んだ。申し訳ないが、何とかして我が家まで来て頂きたい』
 礼儀を弁えた旧知の伯爵から届いた、いつにない慌て振りが伺える手紙に、トリステインの実質的な宰相と呼ばれるマザリーニ枢機卿は殺人的なスケジュールを調整して、竜騎士に伯爵領まで自分を送迎させるという強硬手段で、何とか1日だけ時間を捻出して伯爵邸を訪問した。
 そこで待ち受けていた人物の姿に、彼がアングリと口を開いた事を責められる者はどこにもいないだろう。
 「久しぶりですな、マザリーニ枢機卿」
 タップリと蓄えた口髭に、立派な体格の貴族。それは『病死』したとアルビオン王家によって通達のあった筈の人物―アルビオン国王王弟殿下ことモード大公である。
 「モモ、モード大公殿下!?な、何故こちらに!いや、病死したのでは!」
 「いやいや。不本意な自殺を強制される所を救われたのですよ。アルトワ伯爵家の次期跡継ぎ殿に」
 その言葉に、マザリーニが周囲に視線を飛ばす。そこには最近知り合い―と言うか情報提供者となった取引相手3人組が、見慣れない少女と女性を連れて軽く手を振っていた。
 「シシ、シンジ殿!これは一体全体どういう事ですか!」
 「いやあ、友達に相談されちゃいまして」
 「・・・枢機卿、申し訳ない。実は我が孫は、アルビオンのウェールズ皇太子と友達付き合いがありましてな。まさかここまで思い切った行動に出るとは、夢にも思いませなんだ」
 胃を押えているシャルルの姿に、小さく溜息を吐くマザリーニ。
 「君は分かっていたのですか!下手をすれば戦争になっていてもおかしくないのですよ!」
 「まあそうですけど、ウィルに頼まれちゃったら断れませんし。アイツが涙を堪えてまで頼みに来たら、ねえ?」
 「全くよね。あのプリンス・オブ・ウェールズが、まさかだもんねえ」
 「本当に驚いたわ」
 アスカの言葉にコクコクと頷くレイ。
 「ウェールズ殿下には初めてお会いしましたけど、とても優しそうな方でした。今度お会いした時には、是非、お礼を言いたいです。そうですよね、お母様?」
 「ええ、勿論です」
 ギギギギギッと声の持ち主に視線を向ける枢機卿。その視線が捉えた光景に、ダラダラと滝の様に汗が流れ落ち、小刻みに全身が震え出す。
 「エエエエエエ、エルフ?」
 「マザリーニ枢機卿には初めてお会い致します。私はシャジャル、こちらは娘のティファニアと申します。今後ともよしなに」
 完璧な礼儀作法に目を丸くするマザリーニ。そこへ追い打ちをかけるように、アスカの元気な声が響く。
 「ティファニア、とっても可愛いのよ!アタシ、妹が欲しかったのよ!一人っ子だったしね!」
 「ティファニアはとっても素直。目に入れても痛くないぐらい可愛いわ」
 左右からアスカとレイに抱擁され、満足気に笑みを浮かべるティファニア。そんな光景に、マザリーニの視線がシンジへと戻る。
 「きき、君はエルフが怖くないのかね!?」
 「別に怖くありませんが。シャジャルさんはとても家庭的な方で、料理もお上手です。ティファニアは僕達にとっては妹みたいな者ですし。乱暴される訳でもないし、喧嘩する事もありません」
 さすがに村人は彼女達の事を知らないが、館で生活しているマリーやカルロは彼女達を受け入れている。最初こそ恐怖していた物の、シンジ達の対応を見る内に怯える事が馬鹿らしく思えてしまったのである。
 「のう、枢機卿殿。相談に乗ってくれんかのう?儂はどうしたら良いんじゃ?事情を聴かせて貰ったのじゃが、見捨てるにはあまりにも不憫。それに万が一見捨てようものなら、次期アルビオン国王たるウェールズ皇太子との関係は最悪の一言に尽きる」
 「・・・まずは話を聞かせて頂きたい。大公殿下、少々宜しいですかな?」
 「ふむ。では伯爵殿、しばし応接間をお借りしますぞ?ティファ、父さんは仕事をしてくるからな、良い子にしているんだぞ?」
 「はい!」
 すっかり『王族』という身分から解放されたモード大公は、幸せな家族生活を満喫しきっていた。

 僅か半日の間に蓄積した心労により、枢機卿は伯爵家に留まる時間を伸ばさざるを得なかった。山積みとなっている諸問題の皺寄せが来るのは分かっているが、それでも大公以上の重大問題は存在しない。
 そんな事を考えている枢機卿の前で、件の大公殿下はノンビリした時間を過ごしていた。
 「では、次の字だ。これを全員で読むのだぞ?」
 アルビオン王弟殿下モード大公。彼は完全に『教師』という天職の虜となってしまっていたのである。
 もともと兄王の補佐役として様々な知識を蓄え、更にはそれを活かすだけの知恵を持ち合わせた賢人である。確かに能力的にはお釣りが来るほどの人材ではあった。だが宮廷という魔窟に住む策謀家の貴族相手から、純粋無垢な子供達を相手に切り替えた事で、今まで気づかなかった『相手に物を教える』喜びに目覚めてしまったのである。
 目の前の『先生』の素性を知らない村の子供達は、敬語なんて『何それ』と言わんばかりに無邪気に先生に話しかける。中には優しい先生の背中に飛びついたりする腕白小僧まで出現する始末であった。
 そして子供の親達はモード大公の優しく博識な教師振りに『何て素晴らしい先生だろう』と尊敬の眼差しを送っている。杖を持っている事から件の教師が『貴族』である事は予想しているのだが、重責から解放された大公があまりにも身分差を気にしない―というかハッチャケ過ぎている―為、緊張するのも馬鹿馬鹿しくなってしまったらしい。
 「あなた、子供達に休憩を。それから、お菓子を作ってきたの」
 そう言いながら教室へ入ってきたのは、シャジャルである。シャジャルは先住魔法を用いて、系統魔法のシェイプチェンジと同じ効果の魔法を自分と娘にかけている。その為、エルフとバレル事無く村に溶け込んでいる。
 当然、子供達がそれに気付く訳もなく『先生の優しい奥さん』として、シャジャルも慕われている。エルフ故の若々しい外見も好感度の上昇に一役買っており、早くも『おしどり夫婦』として有名になりつつあった。
 そんな夫婦の一粒種であるティファニアは、机上の勉強ではなく実地の勉強に好奇心が向けられているらしく、今は村の学校にはいない。朝食後にマザリーニが小耳に挟んだ限りでは、レイの薬作りを手伝う予定であった。
 「いやいや、想像以上に御立派な教師振りです」
 「私もここまで自分が教師に向いているとは思わなかったよ。このままこの地に教師として骨を埋めたい物だ」
 『いや、さすがにそれは』と口に出しかけるマザリーニ。そこへガラガラと音を立てて戸が開く。
 「授業中、失礼致します。閣下、少し宜しいでしょうか?」
 「む、どうかしたのかね?アニエス下士官」
 「は。村の警備体制についてです。現状、私を筆頭に負傷退役兵2名の計3名及びグリフォンのゼフィと言う体制ではありますが・・・」
 言い難そうなアニエスに、彼女が何を言いたいのか察した枢機卿がウムウムと頷く。どう考えても外国の大公殿下御家族を守るには、防衛戦力が足りなさすぎる。
 「ふむ。アニエス下士官。君は何か妙案はあるかね?」
 「それについてなのですが、若君様から熟練の警備兵が何名かこちらへ来る手筈が整っていると伺っております。詳細は聞いてはおりませんが、そちらにおられるモー失礼しました!先生に所縁のある方だと」
 大公に最期まで殉じようとした者達は、サウスゴータ太守エドワードの支援の下、バラバラに潜伏していた。エドワード自身も囮作戦の一件で一度は疑われた物の、ウェールズと大公を偲んで飲み明かした話が表に出た事により、現在は事件に関係なしと見なされている。
 もっとも、この一件によりウェールズ皇太子とエドワードの間に、強力なコネクションが生まれた事は言うまでもない。
 「彼らが来るのであれば、実力は折り紙つきだ」
 「はい、私もその様に判断しております。それ故に、彼らを迎え入れる御許可を頂きたいのです。それから閣下、若君がお帰りになられる前に相談したい事があると仰っておられました。何でも東方の地で行われていた政策を村で行うご支援を頂きたい、と」
 「東方の政策?ふむ、それは興味を惹かれる話だ。話を聞いてみよう」
 教室を辞し、シンジが居る場所へと向かうマザリーニ。向かった先は、村の郊外である。
 水源と呼べる川の堤防予定地。そこにシンジは立っていた。
 「シンジ殿?」
 「お越しいただき、ありがとうございます。実は兵士になったばかりの新兵を、村へ派遣して頂きたいのです」
 「新兵?殿下を守るには熟練兵の方が良いのでは?」
 「いえ、僕が期待しているのは戦ではありません」
 シンジが実行しようとしている事。それは日本の明治時代初期に行われた屯田兵である。ただ違うのは、屯田兵がその地に根付きながら防衛戦力を担っていた点に対し、シンジの場合は荒野の開拓や水路の建設だけを行わせると言う物である。
 「利点は3つ。1つは新兵の基礎体力訓練になる点。実は僕の母国では、兵士に農業をさせると言うのは、昔から訓練の1つとされていました。何でも剣の振りとクワの振りは同じだから、という理由があったからです。もっとも剣が使われなくなってからは、廃れてしまったそうですが」
 「ほう?それは面白い着眼点ですな。それで残りの2点は?」
 「開拓された農地であれば、入居希望者はたくさんいます。戦で障害を抱えた退役兵や未亡人であっても食べていくには困らないでしょう。何せ水路完備ですし、おまけに子供はタダで学校で勉強も出来ます。子供の将来性を考えれば、間違いなくこの政策は成功します。そして3つ目ですが、これは経費削減です。兵士は給料を貰っている身。任務の一環であれば、これ以上、給料を払う必要は無いです」
 納得したように頷く枢機卿。シンジの居る場所から見えるのは、荒れ果てた荒野。だがこの地に水路が走り、農地と変われば生産力は激増する。現在の村の人口は100人ほどだが、政策が成功すれば間違いなく500人規模でも村が成り立つほどである。
 「どうでしょうか?まずは試験的に行わせて下さい。報告書は例の物と一緒に挙げさせて頂きます」
 「分かりました。まずは10名ほど派遣させて頂こう。成功すれば、他の地でも国策として行う事になるが」
 「それが宜しいかと。食料の増産は、飢えで苦しむ人が減る事を意味しますから」
 真似をされても困ることは無い。それどころか国策に携わるマザリーニに対して、未知の策を成功例という証拠付きで提出できる。そして今回の献策は、モード大公を無断で救出・匿った事に対する謝罪と言う意味合いも含まれていた。
 枢機卿が今回の献策を貸しとして認識する事は無い。それがシンジがアスカやレイと相談した結論である。
 「結構。それにしても君は、いや君達3人と言うべきだろうが、このままこの村に住まわせておくのは惜しい気がする。どうかな?私の秘書として、王宮へ出仕してみる気はないか?」
 「系統魔法を身に着けていない貴族を出仕させてしまっては、体面に傷がつくのではありませんか?」
 「すっかり忘れていたよ。そういえば君達は東方の魔法を身に着けていると聞いている。改めて、系統魔法を身に着け直すのは?」
 「それは遠慮しておきます。どれだけ時間がかかるか、分かった物じゃありませんからね。ただ、その気になった時には」
 「うむ。その時にはいつでも言ってくれ。シャルルの孫の為なら、その程度の労力は惜しまんよ」
 鳥の骨と陰口を叩かれる枢機卿は、その仇名とは裏腹に豪快に笑うと、手を振りながら竜騎士の待つ村の広場へと歩み去った。

3年後、王都トリスタニア―
 シンジ達が実行した新兵による農地開墾政策は、一定の成果を修めた。と言うのも、入居希望者が想定を下回ってしまったからである。
 理由は2つ。1つは王都での暮らしに慣れてしまい、例え稼ぎに悩もうとも田舎には戻りたくない、という感情的な理由。もう1つは子供に勉強させる、という事が何を意味するのか、親が良く理解出来ていなかった、という物であった。
 そもそもトリステインにおける平民の識字率は、決して高いとは言えない。現在のハルケギニアは蒸気機関の発明すら出来ていない文明レベル。この時代の識字率をサードインパクト発生前の歴史に当てはめれば、上の身分階級―すなわち支配者層ぐらいしか知らなくて当然という時代。例外としては商人や聖職者ぐらいなのである。
 当然、平民の親にしてみれば勉強させるぐらいなら、仕事の1つも手伝わせる方がよっぽど重要なのである。
 シンジの政策の重要性は、貴族達にも理解出来なかった。彼らにしてみれば、平民が字を覚える事等大した意味を感じないのである。もしその重要性を理解している者がいるとすれば、それはマザリーニを筆頭とする『本当の実力者』しかいない。具体例を挙げるとすれば、軍を掌握し更には対ガリアの最前線に立つグラモン元帥の一族。或いはゲルマニアに領地を接するヴァリエール公爵の一族である。
 軍と言う物は情報伝達がとても重要である。だからこそ平民が士官階級を進むにあたっては、読み書きは当然必須条件となる。
 その前提条件が、幼い子供の頃から叩きこまれていたらどうなるか?
 答えは言うまでもない。平民の士官の増加である。それはある意味、軍制の改革と言っても良い程の事態であった。
 だがそれを理解出来た者があまりにも少なすぎた。
 農地開墾は手放しで飛びついても、学校までは建てない者達は山ほど存在したのである。
 「全く、愚か者はどこにもいるとは言え、まさかここまでとはな」
 ワイングラスを傾けながら、対面に座る話し相手に愚痴っているのは、トリステイン王国最大の貴族であるヴァリエール公爵。そして話し相手を務めるのは、若い頃からの盟友グラモン元帥であった。
 「今回の政策だが、卿の所ではかなり効果が上がったのではないか?」
 「うむ。税収だが今年度より15%の増収が見込めると言う報告が挙がっている。我がグラモン家は、恥を晒すようだが軍務で家計は火の車だったからな。必要経費0で新しく農地を開拓出来たのは、全くもって有り難い事だったよ」
 「それは何よりだ。対ガリアの防壁を務めるグラモン家に倒れられては、さすがに困るからな」
 互いに手酌でワインを注ぐ2人。肴のチーズをつまみながら、2人の話題が止まることは無い。
 「平民の中でも優秀な素質を示した者は、率先して軍へ採用している。士官に進む者、秘薬の調合や原料の採集に携わる者、後方補給に携わる者、即戦力とまではいかぬが2年後には人的資源は大きく成長するだろう」
 「やはりそうか。考える事は同じだな」
 「ああ。職の不安も改善された事で、治安も少しずつ改善されている。マザリーニ枢機卿がやり手なのは知っていたが、今回の政策は実に見事だ」
 「・・・それなのだが、卿は噂を聞いているか?何でも、あの枢機卿に献策出来る程の知恵者が傍についているという話を」
 声を潜めた公爵に、元帥がピクンと反応する。2人は枢機卿に対して悪い印象は持っていない。立場的には中立を貫いているが、枢機卿の実力は認めていた。
 「あの鳥の骨殿に献策、だと?こう言っては何だが、そいつは見る目が有り過ぎるのではないか?どう考えたら、あの枢機卿に近づく気になれる?別に枢機卿の悪口を言う訳ではないがな」
 「まあな、枢機卿には政敵が多すぎる。彼に近づくぐらいなら、寧ろ私や卿に近づく方がよっぽど『安全』だ。彼は実力こそあるが、傍目に見れば味方はおろか、支援者すらいないように見える男だ」
 「彼の実力あってこそのトリステインだからな。それが分かっているからこそ、私達がそれとなく手を回しているのだが」
 これまでにも、トリステインの事実上の宰相であるマザリーニ枢機卿を追い落とそうとする動きは山ほどあった。寧ろ、無い方がおかしいのである。
 ロマリア皇国の出身であり、教皇候補者になったほどの男。だが金銭的に強力な支援者がいた訳でもなく、名門の出身故の取り巻きや後援者が居る訳でもない。
 そんな男に対する動きを阻害し続けてきたのが、この2人だったのである。本当に実力があるからこそ、今マザリーニがいなくなれば、自分達も共倒れになる事を理解していたのだから。
 「卿は、その献策相手を知っているのか?」
 「・・・グラモン。私達と決して無縁という訳では無い。寧ろ、関係が有り過ぎる程だ。何せ、その献策相手の祖父が、かつて私達を鍛えて下さった騎士シャルルなのだぞ?」
 「まさか、あのシャルル様か!?だが、あの方に子はいなかった筈だぞ!」
 「そうか、卿が知らないのも無理はないか。数年前、シャルル様が枢機卿経由で孫を後継ぎにするという申請を出してきていたのだ。当時は隠し子の子とは言え、あのシャルル様に後継ぎが出来た事を喜んだ物だが。まさかこうなるとは、な」
 グイッとワインを呷る公爵。
 「だがその後継ぎ殿は、先住魔法による呪いに冒されているらしい。故に、王宮へ出仕させて色眼鏡で見られるのを嫌がっているそうだ」
 「・・・それが事実だとすれば、シャルル様も複雑なご心中であろうな」
 「なまじ有能なだけにな。これを見てみろ」
 バサッと広げられる紙の束。それに目を通していく内に、元帥の顔が驚きで強張っていく。
 「最初は何の冗談かと思ったぞ?5年ほど前にはたった50人の小さな寒村。それが今や人口は150人を超え、あまつさえ薬と染物を名産品とする一大商品生産地へと変じたのだ。傷病兵や戦没兵の遺族に無償で畑を与える事により、税収も右肩上がりに上昇。予想では年に300エキューを超える事が推測されている。それだけではない、その後継ぎ殿は更なる政策を実行へ移す為に、枢機卿に申請している事があるそうだ。これは卿にも関わって来るぞ?」
 「私にか?私の専門は軍務だぞ?」
 「だからさ。後継ぎ殿は退役艦の下げ渡しを申請しているそうだ。トリステイン王国内に、飛行巡回ルートを作り上げ、人と物の大量高速移動を展開。これが何を意味するのか、卿にも理解出来るだろう?」
 あ然とするグラモン元帥。その政策は軍務に長く携わってきた、彼こそが気づいて然るべき政策だったからである。
 「更には隣国であるアルビオンやゲルマニアへの直通移動ルートも申請中だそうだ」
 「馬鹿な!下手をすれば外交問題になりかねないぞ!」
 「そこだ。これは確定事項なのだが、両国とも許可が降りているそうだ。アルビオン王国はウェールズ皇太子が後見人に、ゲルマニアは皇帝自らが後見人を務めるそうだ。だからこそ、枢機卿も今回の計画にはかなり乗り気らしい。本来なら枢機卿経由でロマリアへも航路を繋げたかったそうだが、ガリアが自国領土上空の通過を渋ったらしくてな」
 「ああ、最近噂になっている無能王か」
 ちなみに、この定期飛行巡回ルートから上がる収入は、必要経費を差し引いても年間5000エキューという試算が出されている。その内半分に当たる2500エキューを国庫に納める事が決まっているのだが、もしそれを口に出せば盟友が自己嫌悪に陥ると考え、公爵は賢明な事に口を閉ざしていた。
 「全くとんでもない後継ぎ殿だよ。本当ならエレオノールを降嫁させてヴァリエール家に取り込みたかったのだがな・・・」
 「ほう?才媛と名高い愛娘をか。彼女には婚約者がいなかったか?」
 「口にこそ出していないが、相手は精神的に参っているな。娘は気づいておらんが、今のままでは破談しかねん。まあ、それはともかくとして、取り込み作戦は中止した。どうも後継ぎ殿には、既に相手がおるそうでな。幼い頃から苦楽を共にしてきた幼馴染と従妹殿らしい。そんな2人を裏切るぐらいなら、後継ぎ殿は全てを投げ捨てゲルマニアかアルビオンに亡命するだろうよ」
 一夫一妻制の国であるトリステインにおいて、婚約者が2人と言うのは異様な状況である。だが恋多く浮名を流し続けるグラモン家の人間にしてみれば、それは異様な状況と受け取る事は無かった。
 「ふむ。権力よりも恋を取るか、我がグラモン家に相応しい後継ぎ殿だな」
 「シャルル様を怒らせるような真似だけはするなよ?」
 「何、私は気が長いのでな。後継ぎ殿に子が生まれたら、その子を取り込ませて頂こうか」
 一体何年後だ、という盟友の問いかけにニヤッと笑うグラモン。浮名を流している分、グラモン家側は候補者には事欠かないようである。
 「だが良い話を聞かせて貰った。将来の親戚殿に恩を売るべく、退役艦の下げ渡しには融通を利かせてやるか。ついでに退役兵もつけてやるかな。退役後の就職先として、これ以上の場所はあるまい」
 「まあ、好きなようにすればいい。私もそのつもりで教えたのだからな」
 「感謝するぞ」

ド・オルニエール村―
 「まず今年の年間収入見積もりから確認するよ。ヴィンドボナのテイルからのパテント収入が年間250に下がりました。ただしゲルマニア帝国内にオープンした二号店から200エキューの収入追加が有り。ロンディニウムはまだ0エキューだけど、サウスゴータにオープンした二号店からのパテント収入は年間150エキュー。委託販売の収入だけど、薬・蜂蜜・藍染めで650エキューまで上昇したよ。村からの納税収入は250エキュー。昨年までの税率なら350エキューだけど、民間への還元政策の一環として減税政策を実施しているから、この額で収まる予定。結果として合計で1850エキューの収入予定ってとこかな」
 「じゃあ、私からは支出予定金額を報告するわね。まずは村の警備を担当してくれている兵士6名へのお給料として720エキュー。伝書鳩の必要経費として合計で100エキュー。染物の増産の為に、雨天でも仕事ができる為の製作工場の建築に300エキュー。それから、以前から計画のあった村人達が使う為の共同浴場の設立に取り掛かります。これの建築費用に450エキュー。あとはアニエスさんから要請のあった硫黄の購入費用に50エキュー。合計1620エキューの支出。差額分の230エキューは予備費としてプール。これによりプール金額は870エキューとなりました」
 「アタシからは今後の予定について。現在、計画中のトリステイン王国飛行巡回ルートの設立について。枢機卿の口添えもあって、退役艦を4隻、ほとんど捨て値で譲って頂く事になりました。この内2隻は国内のルートを巡回。1隻は国外のルートを巡回させます。具体的にはアルビオンのサウスゴータ―ロンディニウム―トリスタニアルートと、ゲルマニアのヴィンドボナ―トリスタニアルートを交互に飛行。こちらの2ルートは1週間に1回ずつの予定です。また残る1隻は整備に専念させる事により、不慮の事故の発生を未然に防ぐと同時に、何らかの緊急事態における予備艦船扱いとします。整備兵として長らく軍において整備に携わってきた整備兵3人が退役に伴い、再就職先としてアルトワ伯爵家の名の下に雇います。また運搬船の操縦に携わる者として、やはり退役兵20名に対して同様の対応を行います。向こう1年は枢機卿の口添えにより、給料面については国が請け負ってくれる約束を取り付けています。この飛行ルートから齎される収入は年間にして8700エキュー。必要経費として兵士23名分の給料として2760エキュー。船舶の修繕・維持費用予算として1000エキューを想定。差引き4940エキュー。国への納税として2500エキューを支払う為、2440エキューがアタシ達の収入となります」
 「ふむ。大きな仕事である分収入が大きいな。だがそうなれば横槍は覚悟せねばなるまい」
 「そこは枢機卿の政治的手腕に期待させて頂きます」
 アルトワ伯爵家最高会議。出席者は議長役のシャルル。以下シンジ、アスカ、レイが続き、かつて国政に携わっていたモード大公が助言者として出席している。
 ちなみに枢機卿との密約による情報売買は、さすがに大公へ聞かせる訳にはいかない重要事項である為、シンジからの報告には入れられていない―そもそも額が大きすぎる為、帳面上では計上されておらず、3人が共同で極秘裏に管理している―その額は、ロンディニウム・サウスゴータ・ヴィンドボナ・リュティスの4都市から月額50エキュー×4=200エキュー。それが12ヶ月分である為、合計2400エキューに上る。ちなみに現在までのプール予算は4200エキューに上っている。何故年間2400エキューの収入が有りながら4200しか残っていないかと言うと、新店オープンの予算や新商品の開発費用、大量生産の為の実験費用等に消えている為である。
 そして情報調査地である4都市の内、リュティスだけは店がオープンしておらず、現在は現地へ人を派遣しつつ、新店オープンの場所を検討中という段階である。その為店舗収入は未だに無い。
 ハッキリ言って人口150人規模の領地で出る金額では無い。シンジ達も当初は村興しを楽しむ為にやっていたのだが、ここまで来ると『どうせやるならトコトンやっちゃえ』的な考えを持つに至っていた。
 「リュティスへの新店出店の許可申請の状況はどうなのかのう?」
 「ジョセフ陛下の許可だけど、何とか降りそうだよ。ただし兵士を常に巡回させるという条件付きだけどね。多分、諜報の拠点として使われる事を懸念しているんじゃないかな。無能王なんて呼ばれてるけど、そこまで最悪の事態を想定しているって、どれだけ先を読んでいるんだか」
 「無能王って魔法が使えないから着いた二つ名なのよね?為政者としては無能どころかとんでもない天才よ!1度リュティスを見て来たけど国民からの支持は半端なく高いわ。国民の生活レベルも高いし、治安も良い。こう言ったらお爺ちゃん達は怒るだろうけど、トリステインやアルビオンなんて目じゃないぐらい国民の支持は高いのよ。あそこが敵に回ったらとんでもない大戦争に発展するわ。絶対に敵に回しちゃ駄目よ!」
 この辺りの状況を加味し、シンジ達はリュティスでは何が有ろうとも諜報活動の仕事は引き受けない事を3人で決めている。物価情報については『先を読んで利益を上げる為に必要な情報』という名目があるので問題は無いが。
 「でも新店を出せば、見返りは大きいのよね。ハルケギニア随一の大国家の王都だけはあるわ。人口30万は伊達じゃないもの。予想収入もパテント代だけで年間600、特産品で1000は期待できるわ」
 ちなみにサウスゴータの人口4万に対するパテント収入は150。つまりアスカの見積もりは、これでもかなり低く見積もっているのである。
 どう考えても2店目3店目も期待できる大都市なのだから。
 「いやはや、大きな話になってきた物だ。しかしそうなると、人が足りないのでは?」
 「そうなんですよね。学校の卒業生から希望者があれば配属させますけど、どうしても即戦力にはなりえません。各支店についても責任者はエドワードさんの伝手を頼ったり、テイルさんのとこで修業していた従業員さんを暖簾分けして貰いましたから。あとは枢機卿から、村への移住希望者が45人20家族いるそうですが、彼らは生産に携わる事になります。そうなると組織が必要となります」
 「だから組合を作ろうと思うの。農耕組合、染物組合、薬組合、蜂蜜組合、みたいにね。で各組合のトップには、村の古参メンバーに着いて貰うつもりなの。アタシ達がトップに立ちすぎると、自己管理出来なくなっちゃうからね」
 「それと飢饉対策に進めている小麦の備蓄。また倉庫を増設しないといけないわ。古い小麦は種籾として使っているけど、そろそろ満杯になっちゃうから」
 レイの言葉にウンウンと頷くシンジとアスカ。無能王を高評価した言動にも驚いたが、シンジ達3人も十分に驚愕させうるだけの能力を持っていると、大公は内心で感心しきっていた。
 「殿下には今まで通り、教師を続けて頂きたいのですが」
 「それは喜んで引き受けよう。それから、シャジャルから要望があったのだが」
 「シャジャルさんから?」
 「うむ。シャジャルは病人を引き受けられるような医療施設を作れないか?と言っておった。貧しくて満足な治療も出来ないような者達を引き受けられるような施設をな」
 「出来なくはありませんが。そうなると水メイジの協力が必要になります。あとは村には作れませんね。万が一、シャジャルさんやティファニアさんの正体に感づかれたら一大事です。やるとすればトリスタニアになるでしょう」
 ペンとインク、紙を取り出し試算を始めるシンジ。
 「治療特化の水メイジ1人に年間500で足りるかな?」
 「生活苦の下級貴族なら乗ってこないかしら?まともに行ったら断られるから、あくまでも貴族としての慈悲を平民に分け与えてやる、と言う建前が必要だろうけど」
 「或いは家を継げない貴族の次男坊三男坊に声をかける、とか。あとはゲルマニアでのし上がる為に実力を磨きたい、って言う人に声をかけるのも有りかしらね」
 思ったよりも出て来る意見に目を丸くする大公。妻の意見を何となく口にしてみただけだったのだが、そのまま通りそうな雰囲気である。
 「持ち回り制にして、複数の水メイジを確保。週に2日勤務で年間200で交渉。それを6人雇って1日2人稼働。これはあくまでも開始時点の条件であって、開院後は状況次第で変更有り。それからあとは枢機卿経由で軍に声をかけてみる?薬はこちらから格安と言うか実費で出すとか」
 「本当ならそこまでしたいけど、王都の薬屋全部を敵に回すわよ?」
 「確かに。そうなると診療結果を伝えて薬を購入する参考にして貰う?こちらから出すのは基本的に1日分のみ、という事にして」
 建物は国が管理する、古くて使っていない物を貸して貰うとして・・・と次々に決めていく。どれだけ経費を削減しつつ実行できるかを考えている為、かなり都合よく考えているが、それは仕方ないだろう。
 「仮決めだけど、人件費年間1200エキュー。必要消耗経費として100エキュー。薬はこちらから基本的な物を運搬。ただし量に制限があるから、無料譲渡は1日分のみ。建物は正直、雨風凌げればそれでOKと言う建物で十分なんだけどな」
 「どちらにしろ枢機卿の協力は必要不可欠ね」
 「そうね。どちらにしろ来週にはまた王都へ行くのでしょう?その時に相談してみてはどうかしら?」
 「そうだね。そもそも許可が降りなきゃどうしようもないし」
 
 この医療院開設に伴う水メイジ雇用の話は、枢機卿経由で貴族達に伝えられた。案の定、貴族達は鼻で笑うだけだったのだが、グラモン元帥から口添えの合った下級貴族数名からコッソリと打診があり、医療院は無事に開院へ漕ぎ着けたのである。
 この際、シンジ達3人と初めて面会した元帥はシンジ達の外見年齢に目を丸くしたのだが、それはまた別の話。



ド・オルニエール村の発展度
人口162人(+97:大公に使える兵士達10名が合流。また開墾政策による入村者が45名20家族。また飛行船に携わる退役兵20名とその家族22名が村へ移住)
知名度:トリステイン王国の商人の間において、最近急激に目覚ましい発達を遂げつつある農村地として有名になりつつある。また新たに設立された飛行船網のドックのある場所としても有名。
裕福度:標準的よりは上の農村。他では見られない、特産品を貨幣収入の主軸としているだけでなく、用水路の完備により農産物自体の収穫量も平均より上である。



To be continued...
(2013.10.05 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さりありがとうございます。
 村興しですが、何でこんな結果になったのか、プロット眺めながら首を傾げている真っ最中ですw特に飛行船網。おかしいなあ、こんなのプロットには全く載ってないのに、いつのまにか書いていました・・・本当に不思議です。でもまあ良いか、と開き直ってしまいましたw
 話は変わって次回です。
 次回からは魔法学院編に入ります。要は原作合流な訳ですがw
 枢機卿に嵌められた、と言う口実で魔法学院へ途中編入するシンジ達。当然、系統魔法を使えないシンジ達は、使徒としての異能を『東方独自の先住魔法』と偽る事に。
 そんなシンジ達が目にしたのは春の使い魔召喚の儀。そんな中、シンジ達はゼロと呼ばれる少女と、その使い魔たる少年と出会う事に。
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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