第六話
presented by 紫雲様
トリステイン魔法学院―
「ふむ。話は聞いておるよ。しかしマザリーニ枢機卿の推薦とあっては断る訳にもいかぬが、この様な特例は初めてじゃ」
トリステイン魔法学院。貴族の子弟が通う、系統魔法の技術を磨く為の専門学校である。そこの学院長室で最高の系統魔法の使い手として名高いオールド・オスマンと対峙しているのは3人の少年少女であった。
「条件@系統魔法を強制させない事。3人は東方独自の魔法を習得しており、改めて系統魔法を身に着ける必要性が無い為である。ただし系統魔法を知識として理解する事は有意義であると言う認識は持っている。条件A授業における公休の適用。3人はトリステインを含めた4ヶ国に展開する店舗の経営責任者、トリステイン王国の飛行交通網管理者、アルビオン及びゲルマニア両国への親善特使、王都の医療院の責任者を務める。故に必要に応じて授業の公休と補習の実施、また授業を休む理由を強制的に訊きださない事・・・儂が言うのも何じゃが、お主等、ここへ入学する必要があるのかのう?」
「僕達もそう思うんですが、枢機卿が・・・」
シンジ達が魔法学院へ『強制』入学となった理由。それは勿論、系統魔法を学ぶ為ではない。目的は将来の貴族との繋がりを作る事である。こればかりは村に閉じこもったままでは出来ない事であった。
そもそも貴族の子弟は全員魔法学院を卒業する。そこで知らない者がいれば、それは無用の疑いを招く原因となる。3人にそれを指摘したのは枢機卿であるが、言いだしっぺは祖父であるシャルルであった。
「まあ、仕方あるまい。お主等が悪い訳ではないからのう。それに東方の魔法と言うのも興味を惹かれるわい。試しに使ってみては貰えぬかのう?」
「それぐらいは構わないわよ。はい、おいで」
窓を開いたアスカが呼びかけると、小鳥が群れを成して室内に飛び込んでくる。そしてアスカ達の肩や頭にとまり、毛繕い等してマッタリし始める。
「こんな所かしらね。どうかしら?」
「これはまた驚いたわい。儂らの魔法とは全然違っておるのう」
「まあね。ありがとうね、みんな」
アスカの呼びかけに、小鳥達は室外へと舞い戻る。
「他の2人は何が出来るんじゃ?」
「サービスはここまでよ。理由は言わなくても分かるでしょ?」
「やれやれ、少しぐらいは融通してくれても良かろうに。まあ後の楽しみとして取っておくわい」
使い魔のネズミであるモートソグニルに餌をやりながら呟くオスマン。そこへコンコンと言うノックの音が聞こえる。
「オールド・オスマン。お呼びだと伺いましたが」
「おお、来てくれたか。3人とも、彼はジャン・コルベール。火のトライアングルメイジじゃが、儂の次に手練れと呼べる使い手じゃよ。彼は研究者でもあるのでな、君達とは話が合うかもしれん」
「ジャン・コルベールです。君達とはゆっくり話をしたい物です、噂によれば東方の先住魔法の使い手だとか」
好奇心丸出しのコルベールに、苦笑する3人。先住魔法=恐怖の対象という社会体制であるにも関わらず、ここまで恐怖を見せない者は珍しいとしか言えない。
「ところでオールド・オスマン。これより春の使い魔召喚の儀を行うのですが、3人も連れて行って宜しいでしょうか?」
「うむ、それが良いじゃろうて」
「分かりました。それでは3人とも、私の後に着いてきて下さい」
廊下をテクテクと歩きながら使い魔召喚の場へと向かおうとするコルベール。その足がいきなり止まる。
「そういえば3人とも、フライ―飛行の為の魔法は使えますか?」
「「「いいえ」」」
「ふむ。東方には飛行の魔法が無いのですか?」
「少なくとも僕は見た事がありません」
嘘は吐いていないシンジに、アスカやレイが同意する。確かに西暦2015年の現代日本にフライの魔法など存在していないのだから。
「困りましたね。歩くと時間がかかるのですが」
「大丈夫よ。聞こえるでしょ!来なさい、ゼフィ!」
アスカが叫ぶと、やがてバッサバッサと音を立ててグリフォンが姿を現す。当然、驚くコルベールである。
「まさか、使い魔ですか!?」
「いいえ、アタシ達の家族です。名目上は軍からの退役兵みたいになってますが」
『ねえ、ゼフィ』と話しかけるアスカに、グルグルと喉を鳴らすゼフィ。いかに懐いているか、一目で分かる光景である。
「・・・なるほど。トリステイン魔法衛士隊のグリフォンでしたか。道理で立派なグリフォンな訳だ」
グリフォンに跨る3人。それでもゼフィはバッサバッサと力強く浮かび上がる。
「では向かいます。ついて来て下さい」
フライで先行するコルベールに従う3人。やがて森を越えた使い魔召喚の会場へと到着する。
そこにいたのは2年に上がったばかりの貴族の子弟達。彼らは言うまでもないが、いきなりのグリフォン登場―しかもトリステイン王国の紋章付き―に驚いて声も無い。
「ココ、コルベール先生!?」
「落ち着きなさい、貴方達。本日より、新たな友人が3人増える事になりました。遥か東方の地よりの来客です。トリステイン貴族としてではなく、ハルケギニアの地に住まう者として、恥ずかしくない対応を取りなさい」
そんな事を言われて落ち着ける子供が居る筈がない。居たとしても、それは青い髪の毛の少女ぐらいである。
グリフォンから降り立つ3人。当然、その目立つ容貌に好奇心の視線が突き刺さる。
「初めまして、シンジ・アルトワです。1/4がトリステイン、残りは東方の血を継いています。これから宜しくお願いします」
「アタシはアスカ。1/4がゲルマニア、残りは東方なの。これから宜しくね」
「私はレイ。私は100%東方の血を継いているわ。それからシンジ君の従妹なの。宜しく」
ざわめき出す子供達。そんな子供達を制するように、コルベールが口を開く。
「静かにしなさい。予想はつくだろうが、彼らは系統魔法を習得していない。代わりに東方独自の魔法を習得している。ハルケギニア風に言い換えれば先住魔法の使い手だ」
「「「「「「えええええええええ!?」」」」」」
「落ち着きなさい。彼らのそれは、エルフのそれとは全く違う。実に平和的な力だ」
コルベールの言葉に、アスカが『おいで』と口に出す。すると森の中に隠れていた動物達が姿を現し、アスカを囲みだした。
暴れる事なく、ただジッとしている動物達に言葉も無い子供達である。
「分かったかね?無意味に恐れる必要は無いのだよ」
「・・・ちょ、ちょっと触っても良いかしら?」
「みんな、彼らは危害を加えたりはしないわ、触る事を許してあげて」
恐る恐る金髪縦ロールの少女―モンモラシーがリスに手を伸ばす。だがリスは嫌がる事無く気持ち良さそうに目を細めてみせた。
「か、可愛い・・・」
それを皮切りに、少女達が小動物へ手を伸ばす。だが逃げる素振り1つ見せない動物達に、黄色い歓声が上がりだした。
「さて、使い魔召喚の儀だが、まずは男子生徒達から始めることにします・・・あの様子では、落ち着くまで時間がかかるでしょうし」
コルベールのもっともな言い分に、頷く少年達。そして少年達は次々に使い魔を召喚し、契約を交わしていく。
少年達が全員契約を終えると、次は少女達の番である。動物達を名残惜しそうに手放しながらも、それでも使い魔を召喚していく少女達。
そんな少女達の中で、特に圧巻であったのは3名。
1人は赤い髪の毛に小麦色の肌のキュルケ。呼んだのはサラマンダー。
1人は青い髪の毛に小柄な少女のタバサ。呼んだのは風竜。
1人は桃色の髪の毛に小柄な少女のルイズ。召喚失敗による無数の爆発―当然、シンジ達は爆発に紛れて感じられたATフィールドの気配に目を丸くして驚いていた―の果てに、呼び出したのは1人の少年。
「・・・あんた、誰?」
「俺?俺は平賀才人」
何であの子がATフィールドを?と考えるシンジ。そんなシンジの服の裾を、アスカがクイクイッと引っ張る。
「ねえ、シンジ。あの子の存在も疑問だけど、あの男の子、着ているのってパーカーじゃない?」
「・・・言われてみれば、あれってパーカーだよねえ」
たちまち始まる大ゲンカ。コルベールへやり直しを直訴しつつも、嗜められた挙句に嫌々契約を結ぶルイズ。
やがてルーンが刻まれ、痛みで怒声を上げる才人に、レイがある事に気がついた。
「あの子、さっきも今も日本語喋ってなかった?」
「「は?」」
そこで会話が通じている―正確には才人が何を喋っているのか理解出来る事に気付くアスカとシンジ。
3人は日本語だけでなく、ハルケギニアの言葉も習得している―これは目覚めた後で、旅をしながら必死に覚えた結果である―為、両方の言葉を理解出来る。そして才人は、確かに日本語を話しているのである。
「ドイツ語でも英語でもないわ。少なくともラテン語系の言語じゃない。間違いなく日本語よ」
「う、うん。信じられないけど、確かに日本語だよね?」
そこで襲い掛かる爆弾。
「田舎はここだろうが!東京はこんなド田舎じゃねえぞ!」
「トーキョー?何それ、どこの国?」
「日本だ日本!」
「「ええええええええ!?」」
突然の悲鳴に喧嘩を中断する新米主従コンビ。それは周囲の子供達も同様である。
「ちょ、ちょっと良いかな?君、どこから来たって?まさか日本の東京?太陽系第3惑星地球にある、6大大陸の1つユーラシア大陸の東側、太平洋側に浮かぶ4つの島から構成されている日本列島と周囲の島々からなる日本国?その首都である東京?」
「ど、どんぴしゃじゃねえか!あんた、知ってんのかよ!」
「知ってるもなにも故郷だよ!」
あ然となる子供達。最初はルイズの失敗、平民を連れてきただのと揶揄していたのだが、状況は大どんでん返しである。
シンジ達は先住魔法の使い手。ならば、目の前の少年もその可能性があるのだから。
「なら教えてくれ!東京へはどうやったら帰れるんだ!俺は秋葉原に居た筈なんだよ!」
「・・・秋葉原?アスカ、第3新東京市に秋葉原なんて地名あった?」
「第3新東京市?何だそりゃ?東京なんて1つしかないだろう?」
微妙に食い違う話に、互いに顔を見合わせるシンジと才人。どちらから言った訳でもなく、地面にドカッと腰を下ろして互いの東京に関する比較を行う。
シンジ曰く『第3新東京市は静岡県の昔は箱根と呼ばれた地に遷都予定の都市。最初の東京はセカンドインパクトによって大洪水に呑みこまれて放棄。現在は長野県の昔は松本市と呼ばれた地にある第2新東京市を首都としている』
才人曰く『明治時代以降、首都は東京から変わった事等無い。セカンドインパクトなんて知らないし、世界が滅びかけるような大災害自体起きた事等無い』
互いの主張に目を丸くする2人。そんな2人の会話を横から冷静に聞いていたアスカが、ポンと手を打った。
「ねえ、アンタ平賀才人と言ったわよね?多分、アンタ戻れないわ」
「ええ!?どういう事だよ!」
「結論から言うわ。アンタ、並行世界から呼ばれてきちゃったのよ。並行世界、小説とかで聞いた事があるでしょ?パラレルワールド、IFの世界って奴。60億の人間の内、40億の命を奪い去った大災害セカンドインパクトと、使徒と呼ばれる未知の巨大生命体との生存戦争。それが起きたのがアタシ達の日本で、起きなかったのがアンタの日本なのよ」
シーンとなる一同。才人の場合は自分が帰れない事に対するショックであったが、周囲は違う。
人口60億とか、その6割が命を落とした大災害とか、未知の巨大生命体とか、ハッキリ言ってとんでもない話である。そんな話を聞けば、当然彼らは誤解した。
遥か東方の地には人口60億の超大国があり、現在は20億にまで減少しているのだと。
そんな勘違いに驚愕する子供達やコルベールをほっといたまま、シンジ達は互いの知識をすり合わせた。
そして―
「・・・マジかよ・・・並行世界の上に、時間までずれてんのかよ・・・」
「・・・とりあえず、しばらくは使い魔やりながら、帰る方法捜すしか無いんじゃないかな?僕達も調べてあげるからさ」
「うう、お前達本当に良い奴なんだな。俺、平賀才人って言うんだ、宜しくな」
妙に仲が良くなってしまった才人とシンジ。複雑なのは、才人の主であるルイズ。いきなり使い魔を横から掻っ攫われた挙句に、訳の分からない会話をされているのだから当然なのだが。
「ちょっと?そろそろお話は良いかしら?」
「ああ、ごめんごめん。つい話し込んじゃったよ。久しぶりに母国の人に会っちゃったから」
「なあ、後でもっと詳しい事を教えてくれよ。正直、テンパっちまって良く分からねえんだ」
「ああ、良いよ。後で部屋を教えるから」
どうしたら良いかは分からない物の、日本の事を知っている人物に出会えた事で、才人の顔に僅かだが笑みが戻る。その表情に、ルイズの顔がムッと不満そうに歪む。
主としては、どうやら自分を頼って欲しかったようである。
「そういえばコルベール先生。1つお願いしたい事があるんですが」
「ん?何だね?」
「使い魔召喚の儀、僕達は試せないんでしょうか?」
シンジの突然の発言に、ざわめく子供達。だがアスカやレイは乗り気である。
「面白そうじゃない!失敗しても良いからやらせてよ!」
「そうね。私も興味があるわ」
「そ、そうか。でも時間が押しているから、1人1回とさせて貰うが構わないかね?」
コクコクと頷く3人。トップバッターは即断即決のアスカである。
「えっと、呪文は・・・我が名は惣流・アスカ・ラングレー・・・五つの力を司るペンタゴン・・・我の定めに従いし使い魔を召喚せよ!」
当然、発動などする訳が無い。アスカは系統魔法の使い手では無いのだから、当然の結果であった。
が―
ゴウッと音を立ててアスカの全身から立ち上る、強大な力の気配。
「え、S2機関!?」
「「アスカ!」」
「え?え?え?何で!?何で動き出しちゃってる訳!?」
何事かと目を丸くした一同の眼前で、アスカの前に現れる銀色の光を放つ物体。
「「「「「「嘘お!?」」」」」」
続いて銀の物体から姿を現したのは、巨大な真紅の物体。5本に先端が分かれたそれは、巨大な手である。
「まさか!」
更に出て来る手の甲、手首、肘、上腕。そしてもう1つの手が姿を見せ、更には力任せに使い魔召喚の銀の物体をこじ開ける。
そしてズイッと突き出てきたのは、4つの目を持つ顔面。
「「「「「「きょ、巨人を召喚したあああああ!?」」」」」」
予想外の巨人の出現に、子供達は後ずさり、使い魔達は本能の赴くままに脱走しようとする―中には主を連れて避難しようとする者もいたが。
だがアスカは違っていた。
「嘘・・・本当に・・・」
恐る恐る近づくアスカ、その手が弐号機の頬にソッと触れると、その瞬間、弐号機は咆哮を上げつつその4眼をギンッと煌めかせる。
そのまま弐号機は力任せに召喚用のゲートを潜り抜ける。しかしながらアスカを潰さない様に細心の注意を払う事は忘れない。
やがて出てきた弐号機は、50メイルに及ぶ巨体でアスカの前に片膝を着く姿勢を取った。
「・・・ママ・・・ママ!」
「「「「「「ママあ!?」」」」」」
アスカにしてみれば、量産型戦で自分を守る為に命を落とした母・キョウコとの再会である。言うまでもないが、感動の再会シーンである事は間違いない。
もっとも周囲にとっては感動どころではない。目の前から導かれる結論。それは―
((((((あの女の子、成長したら巨人になるのか!?))))))
ゴクリと唾を呑みこむ一同。そんな中から、意を決したコルベールが歩み出る。
「詳しい事情は後ほど聞かせて頂きますが、今は儀式を終えて頂きたい。アスカ君?」
「は、はい!えっと・・・我が名は惣流・アスカ・ラングレー。5つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
弐号に地面へ顎を着けさせ、その唇(?)に啄む様にキスをするアスカ。その直後、弐号機の全身が光に包まれると同時に、その額にルーンが浮かび上がる。
「・・・ママ・・・また会えたね・・・もう離さないで・・・」
「・・・あらあら。アスカちゃんは大きくなっても甘えんぼさんなのね?」
「だってママ!アタシは・・・って、ママ!?どうしてママと喋れるのよ!」
愕然とするアスカ。そんなアスカに向けて『弐号機』が言葉を紡ぐ。
「ママも良く分からないけど、アスカちゃんに会えたのは嬉しいわ。今はこの喜びを噛み締めさせて」
「うん、アタシもよ。でも我儘を言えば、ギュッて抱きしめて欲しかったな」
「ふふ、それはママも同じよ。でも挑戦だけはしてみましょうか?」
ぎこちない動きで、アスカの背中にソッと手を回す弐号機。間違えてアスカを潰さない様に、細心の注意を払っている事が一目で分かる。そんな時だった。
「あら?あらあら?」
「ママ!?」
徐々に小さくなっていく弐号機。だが変化しているのは大きさだけでは無い。姿形も変化していき、やがてそこに現れたのは白衣姿に糸の様に細い目をした、オットリ系の金髪美女である。
「あら?何でかしら?アスカちゃんを抱き締めてあげたいなあ、って思っただけだったのに。不思議ねえ、人間に戻ったのかしら?ねえ、どなたか鏡を持っていらっしゃいませんか?」
目の前のリアルびっくり箱な女性の言動に、完全に呑まれてしまった子供達の中から、キュルケが手鏡を取り出す。
「こ、これで良いのかしら?」
「あら、ありがとう・・・不思議ねえ、エヴァに取り込まれちゃった時の年齢そのままみたい。じゃあ、私、29歳って事かしら?」
頬に人差し指を当てながら、小首を傾げるキョウコ。その姿から、かつて旧世界において東方の三賢者とまで呼ばれた実力を押し図る事等出来る訳が無い。
「に、29歳!?失礼ですが本当に29歳なのですか!?」
「はい。しかもアスカちゃんのママなんですよ?それにしても、エヴァに取り込まれちゃうと老化しないのかしらね?アンチエイジングとして売り出そうかしら?」
「「無理無理」」
同時に否定するシンジとレイ。そこで初めて2人に気付いたキョウコは『まあ!』と甲高い叫びを上げながら小走りに2人へ駆け寄った。
「貴方、シンジ君ね?ユイの子供の!それから、そちらの子はユイの・・・」
「ええ、そうです。失礼ですが、ひょっとして弐号機の時の記憶とかは」
「勿論、全部覚えてるわよ?アスカちゃんの事、宜しくね?」
ニコニコ笑いながら、キョウコは振り向くと愛娘とのスキンシップを再開する。抱擁されたアスカは顔を赤く染めながらも満更でもなさそうである。
「う〜ん、これは予想外だったなあ・・・レイ、どうする?止めとく?」
「ううん、やるわ。私がやったらどんな存在が使い魔になるのか、それはそれで興味があるもの」
アスカ同様に、使い魔召喚の儀式に取り掛かるレイ。違うのは名前が綾波レイに変わっている点だけである。そして―
「「「「「「単眼の巨人 !?」」」」」」
ズイッと姿を現したのは、単眼の巨人―零号機である。こちらも同じ様に従属の口づけを交わしたのだが―
「こうして現世で言葉を交わすのは初めてね。もう1人の私」
「そうね。やはり零号機に宿っていたのは貴女だったのね。もう1人の私、いえ、私の姉と言うべきかしら?」
「そうよ。私は1人目の綾波レイ。赤木ナオコ博士に縊り殺され、零号機起動の為の生贄に捧げられた、碇ユイと初号機の娘よ」
どことなく冷たい雰囲気を漂わせる幼女の姿に、コルベールが生徒達を下がらせる。その光景には一触即発の空気すら感じられたが、それはスッと消えた。
「今後とも宜しくね?」
「・・・私に従うと言うの?」
「別に貴女は無体な指示を出したりはしないでしょう?それぐらいは分かるわ。それに彼がいるしね」
零号機の単眼が向けられた先。そこにいたのはシンジである。
「ぼ、僕!?」
「そうよ。私、男の子に『乗られた』のって初めてだったのよ?私もつい『興奮』しちゃったわ」
脳裏に浮かぶのは第1次相互互換起動実験。確かに零号機にシンジが『初めて乗り』その結果零号機は『暴走』という事態を引き起こしている。
確かに零号機は嘘を吐いていないのだが、客観的に判断すれば、シンジが違う意味で暴走しちゃったとしか思えないのも事実であった。
「シンジ君。すまないが女の子達に近づかないで貰えるかな?」
「ヒド!?どうしてそうなるんですか!」
最早性犯罪者扱いのシンジが、地面に『の』の字を書きながら小さく蹲る。その姿にレイがムッとした表情で零号機を睨みつけた。
「後で話し合う必要があるわね」
「はいはい。改めてよろしくね。私の妹さん?」
「それは構わないけど、同じ名前だと混乱するわ。呼び名を考えないと」
「それは任せるわ。それにしても不思議ねえ、エヴァの力は残ってるみたいだし」
小さい綾波―以下、チビ波が小首を傾げなら右腕を振りかぶる。その瞬間、右腕だけが零号機の姿に戻る。
レイが止める間もなく、大地へ拳を叩きつけるチビ波。次の瞬間、轟音と土埃とともに大地は陥没。野生の動物達が一斉に森から一目散に逃げ出した。
「うわあ、凄く便利じゃない、これ?」
「勝手に力を振わないで」
「少しぐらい良いじゃない、こっちは暇で暇で仕方なかったんだから」
今度は下半身だけ零号機に変えて、全力でジャンプする。すると一瞬にして、遥か上空まで跳び上がった。
驚いたのは周囲である。一瞬にして掻き消えたのだから。
そして上空から歓声とともに大地へ降り立つチビ波。
「うわ、凄すぎるわ!」
「だから止めなさいって言ってるでしょ!力調べはまた今度!」
「はいはい、分かりました」
明らかに不完全燃焼なチビ波だったが、レイの言う事には従った。そんな主従に、コルベールがゴクッと唾を呑みこむ。
「・・・念の為に訊いておくが、君も呼べるのかな?あのような巨人を」
「・・・多分、呼べちゃうんじゃないかなあ・・・一番相性良かったし・・・」
「シンジ!初号機も呼んじゃなさい!アンタのママを!」
『また巨人かよ!』と内心で悲鳴を上げる子供達。コルベールも驚きの為に、召喚をストップさせる事すら忘れてしまっている。
そしてシンジの呼びかけに応え、現れた銀のゲート。そして大量に流れてくるオレンジ色の水―LCL。
まとも直撃したシンジは言うまでもないが、周囲もLCLの不意打ちを食らい全身ズブ濡れ。特に成長著しいキュルケは、かなり色っぽい姿になっている。
だが少年達の視線は、そんなキュルケには向いていなかった。その視線が捉えた物。それは大地に転がる―
「「「「「「生首いいいいいいい!?」」」」」」
そう、そこに鎮座していたのは銀色の髪の毛の生首であった。
「カヲル君!?」
「・・・おや?ここは・・・何故君達は横に立って・・・いや、違う。僕が横になっているだけか」
あまりにも冷静すぎるカヲル(生首Ver)に、周囲はドン引きである。だがシンジだけは違っていた。
生首状態のカヲルを抱き上げ、その両目からボロボロと涙を零れさせる。
「カヲル君・・・」
「シンジ君じゃないか!そんなに泣いて、一体何があったと言うんだい?」
「ごめん・・・カヲル君を助けられなくてごめん!あんなに生きたがっていた君を、僕は・・・僕は!」
「・・・そう自分を責める物では無いよ。君の決断は正しかった。それは断言できる。僕を殺さなければ、人類は全滅していたんだ。それは間違いない、アダムに連なる使徒である僕が断言する。君は正しい事をしたんだ」
自らの罪を懺悔する親友を、カヲルは痛ましげに見つめる。
「シンジ君。過去を悔いるのは、未来と言う道を間違えない為に必要な事だ。だがそれに囚われてしまうのは間違った事だ。君はその手に、君自身が望む未来を掴みとる権利があるんだよ。その手伝いを、僕にさせて貰えないだろうか?」
「・・・手伝って・・・くれるの?」
「ああ。碇シンジの親友として、僕、渚カヲルが使い魔となろう」
視線が絡み合う。その瞬間『駄目エエエエエエ!』という悲鳴が木霊した。
「絶対に駄目エエエエエエ!男同士なんて不潔よおおおおおお!」
いつのまにか親友が乗り移ったかのようなアスカの怒声。そしてレイもアスカに同意するかのように激しく頷いている。
そう。使い魔の契約。その最後の鍵は『キス』である。
「おやおや、どうしたんだい?シンジ君の使い魔となるのは僕の役目なんだ。そう焼き餅を焼くべきじゃあないと思うよ?」
ニヤリと笑うカヲル。どこか黒さを感じさせる笑みに、アスカとレイの怒りが一瞬にして沸点を殴ッ血KILL。
「殺す!絶対に殺す!そいつはアタシんだああああああああ!」
「あの世に送り返してあげる。さようなら、フィフス」
「止めてよ、2人とも!喧嘩はしないで!」
「ふふ、まるで夢みたいだよ。シンジ君の腕に抱かれて、口づけを求められるなんて」
ブチブチブチと血管の切れる2人を余所に、周囲は違った意味で緊張感が張り詰めている。何せシンジは東方らしく黒髪黒目という特徴的な美少年。相手のカヲルは銀髪赤眼という神秘的な美少年。否が応にも少女達のイケナイ好奇心を駆り立てる。
「さあ、僕の準備は万全だよ。僕の初めてをシンジ君に捧げよう」
「そんな挑発しないでよ」
「何、ただの事実さ。しかし心地良い物だね、これが優越感と言う物か」
覚悟を決めたシンジが呪文を口にし、徐々に距離を近づける。そしてその光景を少女達は歓声とともに目撃しようとする―ハシタナイ事であると知りながら。
一方、少年達はさすがに目撃したくないのか、視線を明後日の方角へと逸らすのに必死である。
そして―
「・・・ん!?」
ピチャ・・・チャプ・・・ピチュ・・・チュポン!
「ふう、御馳走様。とても甘かったよ、シンジ君」
「し、舌を・・・」
「さて、使い魔としては生首のままでいるのも問題があるな。体を造り直すか」
使徒としての再生能力を使い、体を再構築するカヲル。そして現れたのは、生まれたままの姿の渚カヲル(14歳)である。
黄色い歓声、ウゲエという叫び、倒れこむ数人の人影。
「か、カヲル君!服服!」
「ああ、そういえば服を忘れていたよ。仕方ない、もう1度作るか」
市立第壱中学校の制服を創り出すカヲル。やっと見られる姿になった事に、安堵の溜息と残念そうな悲鳴が場を支配した。
「さて、こんな所かな。それはともかくとして、やるかい?2人とも」
「「当然」」
嫉妬の炎に身を焦がす2人の少女。愛する少年を2人で分かち合うのは問題ないが、そこへ『ホモ』が入り込むのは御免であった。
「ママ。孫を抱きたいでしょ?力を貸して」
「お姉ちゃん。力を貸して。好きなだけ暴れさせてあげるから」
ピンポイントで要点を押えた要望に、キョウコとチビ波がエヴァへと姿を変じる。そして昔取った杵柄とばかりに、エントリープラグへ入り込む。
9000年振りのエントリーとしては、あまりにも下らなすぎる理由であった。
大地を揺るがし、轟音とともに放たれる拳打の嵐。それが50メイルを軽く越える巨人から放たれるとなれば、それはまさに神の裁き―神罰としか表現しようがない光景である。
それが2体同時に現れればどうなるか?神罰対象は、瞬時にして消し飛ぶのは言うまでもない当たり前の事実。
だが現実は違った。
背中より6対12枚の漆黒の翼を展開した少年は、主である少年を『お姫様抱っこ』した状態で、赤い障壁を展開しながら2対1の戦いを展開していたのである。
『シンジを放せええええええ!』
『消えて頂戴』
「どうした?その程度なのかい?ガッカリだよ、君達の弱さには呆れる事しか出来ないね」
明らかな挑発。だがそれすらも理解出来ない程に、2人の少女は怒り狂っていた。
「しかし防戦一方では芸が無いな。今度はこちらから行こうか」
「か、カヲル君?」
「心配いらないよ、君を置いて1人逝ったりはしないから」
『そうじゃないんだけど』と言いかけたシンジを余所に、カヲルから放たれる光線―荷粒子砲の一撃。それを勘に従いよける巨人。続いて、巨人の後ろに存在していた魔法学校の校舎を掠める様に光は通過した。
堅牢かつ固定化の魔法により強化された校舎は、カヲルの一撃に耐え切れず、一瞬にして一部が溶解。蒸発しなかっただけ、よっぽど念入りに固定化の魔法がかけられていた事が伺える。
だが巨人の闘争を見守るコルベールにしてみれば、顎が外れる程の驚愕であった。
「ば、馬鹿な!オールド・オスマンがかけた固定化を貫くだと!?あの光はペンタグラム、いやヘキサゴンすら超えると言うのか!」
その動揺は生徒達にも感染する。パニック寸前の生徒達。それを後押しするかのように、カヲルの宣言が高らかに放たれる。
「僕は碇シンジの友、渚カヲル!自由意志を司る17番目の使徒タブリスにして第1使徒アダムの魂を受け継ぐ存在!そして人類に終焉の時を告げる最後の使者!」
「「「「「「ちょっと待てえええええ!」」」」」」
いきなり世界崩壊宣言されれば、文句の1つも言いたくなるのは当然である。だがあまりにもぶっ飛び過ぎていた為に、恐怖ではなくツッコミ精神が生徒達に発露してしまったようであった。
「リリンに宣言する!君達を滅ぼし、その屍の上に、僕はシンジ君と幸せな世界を築く事を約束する!だから、その尊い犠牲となり給え!」
「「「「「「フザケルなあああああ!」」」」」」
『シンジはアタシの男だ!手を出すな、このホモ野郎!』
『ホモは死ねホモは死ねホモは死ね』
ウェポンラックからプログレッシブナイフを取り出す弐号機。零号機は武器が無い為、そこらに生えていた大木を力任せに引き抜き、即席の棍棒とする。
「・・・ねえ、カヲル君。そろそろ止めてくれないかな?」
「シンジ君?」
「お願い。みんなを傷つけないで欲しいんだ」
腕の中で頼み込んでくるシンジに、カヲルは小さく頷くと笑顔のまま地面に降り立つ。
「相変わらず優しいんだね、君は。好意に値するよ」
「カヲル君だって、本当はもう人類を滅ぼす役目なんて背負ってないんでしょ?今のカヲル君は自由になったんだから。もう使徒の本能に従う必要なんてなくなってるんだから。だから、僕の友達としてやり直そうよ」
「・・・それは主としての命令かい?」
「ううん。友達としてのお願いだよ」
「分かった。それならば喜んで受け入れよう」
もともとアスカとレイのガス抜きの為の理由作りとして、使徒として振舞っただけのカヲルはスンナリと停戦を受け入れる。
対するアスカとレイも、渋々ではあるがエヴァから降りる。キョウコやチビ波も人の姿に戻り、娘や妹を仕方ないとばかりに嗜める。
ただ問題なのは魔法学院の関係者達である。特にコルベールは、カヲルの戦闘力の高さに警戒心を剥き出しにして、生徒達の前に壁となって立ちはだかっていた。
「失礼しました、ミスター。ですが、必要ない限りは先程の様な真似はしない事を約束します」
「・・・必要があればやると?」
「はい。シンジ君を守る為ならば」
人間らしい理由ではあるが、コルベールは警戒心を少しも緩めようとしない。そんなコルベールに、カヲルがクスリと笑う。
「シンジ君は僕のたった1人の友達。愚かな老人達の欲望を満たす為、人造の生命体として生を受けた僕を受け入れてくれたシンジ君は、世界中で何よりも貴重な宝物。その宝を奪おうとするならば、僕は世界を引き換えにしてでも彼を守り抜きます」
「・・・人造・・・生命体、だと?」
「ええ。僕は人間の男と女が愛し合った結果、産まれた訳ではありません。実験室で生み出された、作られた『人間』です。もっとも色々な意味で『改造』されていますが」
絶句するコルベール。かつて国の暗部に携わった彼をもってしても、カヲルの発言は驚愕の一言に尽きた。
そしてそれは、子供達にとっても信じられない話であった。60億の人間が20億に減り、更には巨大ゴーレムを自在に使役し、人間を創り改造するほどの文明とは、一体どういう物なのか?と。
だが目の前の恐ろしいほどの実力を秘めた少年は、シンジを見ながら満足そうに笑っていた。
「だから僕は彼の傍に居ます。彼の身に危険が迫らない限り、僕は力を振いません」
「・・・私には荷が重すぎる問題です。ここはオールド・オスマンの判断に委ねます」
「ええ、それで良いですよ」
この後、オールド・オスマンの判断により、シンジ達は学生寮ではなく、教職員寮に居住する事になった。これは家族一緒の方が良いという至極常識的な判断であったのだが、一部の当事者から恋人の貞操を守る為にと言う強い要望も出ていた事を記しておく。
To be continued...
(2013.11.02 初版)
(あとがき)
紫雲です、今回『は』最後まで石を投げずにお読み下さりありがとうございますw
EVA組から3名のメンバー補充となりました。キョウコについては碇シンジ補完計画の天然系キョウコさんの外見をお借りしております。まあ内面もソックリなんですが。
ちなみに初号機じゃなかったのは、私が変化球を投げてみたかったから。でも変化球は変化球でも鋳車和観のシンカークラスですがw笑い飛ばして下されば大変有り難いです。
話は変わって次回です。
使い魔召喚の儀を終えたシンジ達。だが新たな問題が発生する。
貴族と平民、中世と現代の確執。
どうしてもハルケギニアの価値観を受け入れられない少年は、己の正義感に身を任せて決闘の場に赴く。
それを知ったシンジ達は慌ててその場に向かうのだが・・・
そんな感じの話になります。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
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