新たな世界で

第七話

presented by 紫雲様


トリステイン魔法学院―
 春の使い魔の儀式の一件が済んだ後、トリステイン魔法学院は表向きは普段通りの光景が繰り広げられていた。
 ただ一部例外も存在する。
 その対象は、圧倒的なまでの戦力差で暴れまくり、人類の敵を公言した某使い魔と、意外な事に娘との生活を取り戻した某天才科学者である。
 何故、そんな事になったのか?それは彼女が魔法―使い魔召喚の儀式の後に、偶然、錬金の魔法を見たからである。
 『物質変換!?そんな、化学反応とかでは説明できないわ!質量保存の法則は!?エネルギー保存はどうしたのよ!?』
 科学者としての好奇心を痛く刺激された彼女は、同じく研究者肌であるコルベールと額を突き合わせながら、コルベールの研究室で討論を行っていた。魔法と言う好奇心を刺激される現象に、昼間は研究者、夜は母親という二重生活を送る事になるキョウコ。普通の人間であれば疲労困憊になるのは言うまでもないが、エヴァとなりS2機関をその身に宿す今の彼女にとっては何の負担にもなりえない。
 寧ろ彼女にしてみれば『1日が48時間でも足りないわ!』と叫びたい程である。
 一方、チビ波は好奇心の赴くままに、校内を歩き回っていた。時折、巨体の使い魔を見かけるとよじ登ったりしているが、使い魔側もチビ波の姿に本気で怒る訳にもいかずに苦笑しながら好きにさせていたのである。
 カヲルは重要危険人物に指定されながらも、特に何の制限も受けることは無かった。儀式の後も、シンジとペアで行動している―夕食時までルイズの部屋で才人と情報交換を行っていたが、何の騒ぎも起きなかった事から、学園の関係者達はカヲルの言い分を鵜呑みにせざるを得ないでいた。
 
その日の夜。王都トリスタニア、水鳥亭―
 「・・・と言う状況です。正直、アルビオンがここまでレコン・キスタに追い込まれるとは想像すら出来ませんでした」
 「それは私も同じだよ。しかし幾ら戦時中とは言え、こうも小麦が値上がりし続けているとはな・・・レコン・キスタは金の成る木でも持っていると言うのか?」
 「こちらの調査によればアルビオンとゲルマニアでの小麦の値上がりは異常だそうですから。貴族としての体裁もあるのでしょうが、商人の言い値で買い付けているそうです。ですがこれでは・・・」
 用意されたワインとチーズを嗜みながら、報告会を行っているのはシンジとマザリーニである。そしてこの場には、シンジの使い魔となったカヲルが護衛役として同席していた。
 「しかし、これは明らかにおかしすぎる。こんな高値で小麦を買い付けてしまっては、例え王党派の領地や宝物を手に入れた所で、採算がとれまい。奴ら、一体何を考えていると言うのだ・・・」
 「ゲルマニアの商人の間では、小麦1粒と黄金1粒が等価交換というジョークまで飛び出ているそうですよ。おかげで穀物商は笑いが止まらないとか」
 シンジの視線は、物価変動リストから微動だにしない。その姿に満足そうに頷くマザリーニ。そんなマザリーニの前で、シンジが突然報告書から顔を上げた。
 「ところで話は変わりますが、アルビオンのサウスゴータ太守エドワード殿から、娘のマチルダさんを避難させてほしいと言う依頼がありました。これについてはこちらで対応します。村へ招く分なら問題ないでしょうし、エドワード殿に貸しを作れますから」
 「それについてはバレないようにやって頂ければ結構。しかしレコン・キスタはエドワード殿に接触してこなかったのですかな?」
 「みたいですね。あの一件以来、エドワード殿はウェールズ皇太子の懐刀の様に周囲から見られていますから。下手に藪を突く訳にもいかなかったんでしょう。それと皇太子殿下から、レコン・キスタ側に与した貴族の名簿が送られてきました。確認をお願い致します」
 スッと差し出された紙の束に、眉を顰める枢機卿。だがそれに目を通すに連れ、その顔色が目に見えて悪くなる。
 「どういう事だ、これは。政治権力の中枢から左遷された元・権力者が参加するのは理解出来る。だが参加している者の中には現役の権力者がいるではないか!」
 「そうなんですよ。下手に革命等に参加せずとも、十分に我が世の春を謳歌出来る立場なんです。幾ら聖地奪還の名目があっても、これは明らかにおかしいです」
 「これは裏がありますな、念入りに調査せねば」
 報告書を束ねると、ワインで一服する枢機卿。しかし上等なワインの芳香と味わいは、複雑な問題を抱えた今の彼にとっては気分転換にすらなりえなかった。
 「ところで若君殿。これはちょっとした質問なのだが、もし君がトリステインの権力者であったとしたら、アルビオンに対してどう対応するかね?」
 「トリステインの事だけ考えるなら、二股かけますね。王党派に裏から手を回して支援する一方、レコン・キスタには背後から攻撃を仕掛けないという密約を交わす。これによって時間を稼ぎつつ、アルビオン王国の疲弊と真相追及を行います。また戦が泥沼化すれば、レコン・キスタが採る手が遅くなる分、こちらが主導権を握りやすくなります」
 「なかなか辛辣だな。君はウェールズ皇太子殿下と仲が良いのではなかったのかね?」
 「仲は良いですよ?ただ権力者の視点に立てば、そう綺麗事を言える訳じゃありませんから」
 物価変動表をクルクルと纏めながら、シンジはニッコリ笑って見せた。
 「ただ友人として、更に舞台裏の裏から手を回すだけです。例えば王党派が敗れるのを見越した上で、ゲリラ戦の拠点や物資の準備提供、あとは人質にされそうなご家族の救出と言った所かな?レコン・キスタは確かに不気味です。けれども、その内部に楔を打ち込む事は不可能じゃありません」
 「・・・若君殿。皇太子殿下を救う為に、その考えを実行して頂けないかな?それが出来れば、我がトリステイン王国はアルビオン王国に対して有利な立場に立つ事が出来るのだが」
 「本気でそれをやるのであれば、兵士が20名は必要ですね。あとはそこそこ腕の立つメイジが数名。下手にアルビオンの兵士やメイジに協力を頼むと、どう転ぶか分かりませんから。後はアルビオン王国内における詳細な地図。それと王国内における古い遺跡の様な潜む場所にうってつけの情報でしょうか。後は言うまでもありませんが、資金も必須です」
 「頼む。必要な物は全てこちらで揃える。オールド・オスマンにはこちらから説明しておこう」
 「分かりました。では、準備が出来ましたらまた呼んで下さい。こちらから整備中の船を回します」
 密談を終え、時間差をつけて店から出るシンジ。その帰り、ゼフィの背の上でカヲルが面白そうにニコニコと笑っていた。
 「シンジ君?君は誰も傷つけたくないんじゃなかったの?あれでは、必要なら躊躇わないとしか聞こえなかったんだが」
 「傷つけたくない。確かにそれは本音だよ。でも世の中の全てが僕の思う通りに動く訳じゃないからね。でもだからと言って動かない訳にはいかないでしょ?例え枢機卿の思惑に乗る事になったとしてもね」
 「まあいいさ。僕は君を守るだけだからね。だからシンジ君は思うが儘に歩けば良い。僕は君が望む限り、傍に付き従おう」

翌日―
 名目上は使い魔である3人とともに講義室へ向かうシンジ達。相変わらず使い魔と生徒達に埋め尽くされた光景は、圧巻の一言に尽きる。
 そんな光景の中に紛れようとするシンジ達だが、そう上手く言ったりはしない。チビ波は目を輝かせてジャイアントモールによじ登り、キョウコもまた目を輝かせてサラマンダーを興味津々に眺めたり、カヲルはそんな2人を笑いながら見つめている。
 「おはよう、モンモラシー」
 「あら、おはようございます」
 使い魔召喚の儀の後、薬の調合を生業とするレイと、香水を小遣い稼ぎとするモンモラシーは、互いの領分が近い事もあり、良好な関係を築く事に成功していた。これはレイがモンモラシーの『香水』という二つ名を聞き、好奇心から話しかけた事が切っ掛けである。
 夜遅くまで互いの知識を交換しあい―レイ達が付け爪や口紅の発案者であった事も、付け爪を愛用しているモンモラシーとの仲を向上させる一役になっていた―非常に仲が良い。
 「おはよう、アスカ。シンジもレイもおはよう」
 「おはよう、キュルケ」
 「・・・おはよう」
 キュルケはアスカがゲルマニアの血を継いているという話に親近感を覚えたのか、アスカとの間に良好な関係を築きつつある。アスカもキュルケの竹を割ったような性格が気に入ったのか、対等な言葉使いで接していた。加えてキュルケの親友と言う事でタバサとも知り合いとなり、初日から少女3人でパジャマパーティーを開き、3人揃って寝坊すると言うおまけつきであったりする。
 「おはよう、才人。それからルイズさんもおはよう」
 「ああ、おはよう、シンジ」
 「何で才人が先なのよ!普通は主である私が先でしょう!?」
 「はいはい、明日からそうするからね、忘れてなかったら」
 「お前絶対に忘れる気満々だろ」
 呆れた様な口調の才人に、ニッコリ笑うシンジ。
 「そんな当たり前の事言うなよ」
 「ちゃんと覚えてなさいよおおおお!」
 「いやいや、この過剰反応が楽しすぎて。一家に一台一ルイズってとこかな」
 「私を玩具にするな!」
 杖で殴り掛かるルイズだが、その一撃をシンジはハシッと掴み取る。
 「はいはい、それじゃあ席に着きましょうね?ルイズちゃん」
 「馬鹿にするなああああ!」
 シンジは才人と仲良くなった関係から、ルイズとも良好な関係を築いていた。とは言えルイズにしてみれば、シンジは自分をからかってくる対象である為、あまり面白くないのは事実である。
 ただシンジはルイズをからかう事はあっても、ルイズを『魔法を使えない』と馬鹿にする事だけはしなかった。それだけは激情家であるルイズも認めざるを得なかった。
 そんなルイズ達を見ながら周囲がクスクス笑う中、教室の戸がガラガラと開く。
 「皆さん、席に着きなさい。これから1年間、貴方達に土の魔法を教えるシュブルーズです。それにしても皆さん、立派な使い魔を召喚できたようで何よりで・・・」
 徐々に顔が青ざめていくシュブルーズ。その理由は改めて言うまでもないが、中学校の制服姿の使い魔である。
 「ちょ、彼がいるなんて聞いてませんよ!?」
 「ああ、先生。僕の事は気にしないで授業を続けて下さい。僕はシンジ君の傍に居られれば、それだけで十分なので」
 これが普通の使い魔だったら、使い魔の鑑として称えられただろう。だがカヲルはただの使い魔では無い。その事は学院中の誰もが理解している。
 世界を滅びに導く終末の天使。
 奴を殺すなら、軍隊を連れてこい。それでも勝てる保証は無い。それが子供達の共有する価値観である。
 「あの、先生。授業を始めて頂けないでしょうか?」
 シンジの呼びかけに、我に返ったシュブルーズがコホンと咳払いする。例え系統魔法を身に着ける必要性が無いとは言え、真面目に授業を聞こうとするその姿勢に、シュブルーズは心の中で評価を上昇させる。
 「ではまず土の系統魔法。その全てにおいて基本中の基本にあたる『錬金』についてお話します。例えばどこにでも転がっている石ころ。これに錬金の魔法をかける事により、自らの望む物へと作り変える事が出来ます」
 軽く杖を振う。すると石ころは、燦然と煌めく金色の物質へと一瞬にして変化する。
 「トライアングルである私では真鍮が限界ですが、スクウェアともなれば金へ変成する事も可能になるのです。では皆さんに実技としてやって頂きましょう。ミス・ヴァリエール?」
 ざわめく教室。指名されたルイズはと言えば、困ったように立ち上がらない。同時に血相を変えたキュルケが立ち上がった。
 「先生、危険です!止めて下さい!」
 「・・・いえ、やるわ」
 キュルケの制止はルイズの導火線へ火を点ける結果を産んでしまった。キュルケは喜ばないだろうが、さすが『微熱』の2つ名を冠するだけの事はある。
 事情を理解している子供達は、既に避難態勢である。レイはモンモラシーに、アスカはキュルケに促されて机の下へと避難する。
 事情を理解出来ないシンジや才人、カヲルを初めとする使い魔達は呆然と立ち続けるばかり。そしてルイズは杖を振い、次の瞬間石ころは大爆発を引き起こした。
 パニックに陥る教室。才人もまたその例に漏れなかったが、割と至近距離にいたシンジは爆発の光景に硬直しきっていた。
 石ころは机ごと木端微塵に爆砕している。欠片1つ残っていない。ただ爆風でルイズとシュブルーズが吹き飛び、シュブルーズは気絶。ルイズは気丈にも全身の埃を落としている。
 子供達のブーイングと罵声が教室に響く中、シンジは全身で感じ取ったATフィールドの気配に、使い魔召喚の儀式で感じ取った気配は誤解では無かった事を改めて理解する。そんなシンジの耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
 「だからゼロのルイズにやらせるなと言うんだ!魔法成功確率0なんだから!」
 「ちょ、ちょっと?今の魔法が失敗?成功確率0?」
 「そうよ、貴方は知らないでしょうけど、ゼロのルイズは有名なのよ。あらゆる魔法を爆発させる失敗魔法の使い手よ」
 「う、嘘だろ!?あの大爆発は失敗だって!?どうみても大成功だろう!?」
 モンモラシーの言葉に対するシンジの驚愕の叫びに、教室中の視線が集中する。だがそれに言葉を返す前に、するべき事がある事に気づき、シンジはシュブルーズへ駆け寄った。
 「アスカ!先生を診てあげて!外傷はないけど、頭を打っているかも!」
 「はいはい、ちょっと待ってなさいよ」
 シュブルーズに手を翳すアスカ。やがてフウと溜息を吐きながら立ち上がる。
 「大丈夫、気絶しているだけだわ。すぐに目を覚ますわよ」
 「それなら良かった。じゃあ先生を保健室へ」
 「待ちなさい。私の魔法が大成功ってどういう意味?私を馬鹿にしているの?」
 明らかに苛立ちを感じているルイズ。ただ失敗だのゼロだの言われるだけなら慣れているが、そんな失敗を成功と言われるのは嬉しさではなく怒りしか感じられなかった。
 特にそれが、自分を馬鹿にだけはしなかったシンジの口から出た物であったから。
 「ああ、詳しい事を知りたければ、キョウコさんにもう1度さっきの爆発を見せてあげて。僕より頭良いから、丁寧に教えてくれるよ!」
 「あ、待ちなさいってば!」
 シュブルーズを背負い、保健室へと向かうシンジ。アスカとレイ、カヲルがその後に続く。
 取り残されたルイズは憤慨しながらも、アスカの使い魔であるキョウコへと近寄った。
 「一体、どういう事なの!?」
 「・・・あくまでも科学者―こちらの言葉では研究者と呼ぶべきかしらね、そういう立場の人間の勘って奴なんだけど、それでも良いかしら?」
 「・・・研究者?巨人の貴女が?」
 「そうよ。これでも『東方の三賢者』って呼ばれるぐらいには実績残してるのよ?」
 オットリ系金髪美女の言葉に、目を丸くするルイズ。
 「シンジ君が驚いたのも当然よね。ルイズちゃん、人には使えない筈の力を使ってしまっていたのだから」
 「・・・人には使えない力?何それ?」
 「詳しい事は省くけど、昨日の儀式の時にシンジ君が言った事を覚えているかしら?東方で起きた未知の巨大生命体との生存戦争。その時、敵側が特殊能力として持っていたのがATフィールドと呼ばれる力―そう、貴女が使った力なのよ」
 絶句するルイズ。自分の失敗魔法を、そんな未知の巨大生命体が使っていた等、想像外も良い所である。
 「けど、おかしいのよね。ATフィールドは人間の身では、出力が足りなくて使える訳が無いのに。ルイズちゃんに訊きたいんだけど、貴女、今までにも何度もさっきの爆発を起こしているのよね?もう何年ぐらい爆発を引き起こしているのかしら?それと体調に不調をきたしている事は無いかしら?」
 「・・・物心ついてから、お母様に魔法を習った頃からだから、もう10年近いわ。それと体調に関しては、何もおかしな所はないわ」
 「身体の異常がない?おかしいわねえ、S2機関の気配も無いし・・・」
 ペタペタと触診し、瞼の裏を診る等診察を始めるキョウコ。伊達に天才科学者と呼ばれてはいない。
 「体は健康その物ね。機材が有れば色々調べられるんだけど、さすがにここには無いから、これ以上は調査出来ないわね・・・ねえ、ルイズちゃん。自分の爆発について詳しい事を知りたいの?」
 「・・・知りたいわ。どうして私だけがこんな爆発を起こしてしまうのか・・・」
 「なるほどね。それじゃあ、少し調べてみましょうか。研究者としても好奇心を擽られるからね」

昼食時―
 「それにしても本当にワクワクしちゃうわ!」
 騒動の後、キョウコは終始上機嫌であった。
 それもその筈。極上の研究素材を見つけてしまったのだから。
 「でもこちらの先生は、どうして気づかないのかしら?ATフィールドの事を知らないのは当然だけど、消去法で考えて行けばルイズちゃんは4属性じゃなくて虚無だと考えるのが普通なのにねえ」
 「こっちの世界では、虚無は伝説と言うか至高の存在みたいな物なのよ。何でも始祖が使っていたとか何とか聞いた事があるわ。だから虚無なんて恐れ多い、って所が本音じゃないかしら?」
 「まあ、後は調査次第って所かしらね?コルベール先生に今夜にでも相談してみましょうか」
 『ゼロのルイズの使い魔と、ギーシュが決闘だってよ!』
 日当たりの良い中庭で、一家団欒状態で昼食―教職員寮は趣味としての料理を楽しみたい貴族用に、簡単な炊事場も付いている―を楽しんでいた6人は思わず目を丸くしていた。
 「・・・才人が・・・決闘!?」
 「あらあら。男の子は元気ねえ」
 「ママ、違うからね、絶対に」
 心配だ、という理由で様子を見に行こうとするシンジ。ノンビリ系のキョウコは、膝の上にチビ波を乗せたまま『いってらっしゃい』と軽く手を振りながら、子供達を見送った。
 ヴェストリの広場は、4人も簡単に見つける事が出来た。そこへ食堂の方角から走ってくるルイズ。
 「ルイズ!才人に何が!?」
 「よく分かんないわよ!今はあの馬鹿を止めないと!」
 人の群れをかき分け、最前線へと向かう一行。特等席を押しのけられ不満そうな生徒もいたが、そこにシンジとカヲルが居る事に気付くと、慌てて視線を逸らす。
 「サイト!」
 「おや、ルイズか。君の使い魔、借りてるよ?」
 そこにいたのは右腕を折られた才人である。体中打撲擦り傷で全身ダメージ。正直、立っているのがおかしなほど。
 「もうやめて!このままじゃサイトが死んじゃうよ!」
 「・・・やっと名前で呼んでくれたな・・・」
 折れた右腕の痛みに顔を顰めながら、ふらつきながらもギーシュを睨みつけるのは忘れない。
 「まだやるのかい?謝れば許してやると言うのに、これだから無知な平民は困る」
 「・・・うるせえな。てめえの攻撃なんぞ効いてねえよ」
 才人の意地に、ギーシュが不愉快そうに鼻白む。
 「何、笑ってるのよ!もう謝っちゃいなさいよ!」
 「・・・嫌だね・・・いい加減、ムカつくんだよ・・・メイジ?貴族?そんなの知った事か!弱い者虐めして喜ぶ下種なんかに下げる頭は持ってねえ!」
 ピシッと張り詰める空気。この決闘がどうなろうとも、その後に来るであろう未来図を想像し、シンジとアスカが溜息を吐いた。
 (・・・アスカ、レイ。念の為に準備だけは)
 (・・・OK。あの子にだって家族はいるだろうからね)
 (・・・この決闘、ヤバくなったら割って入りましょう)
 とは言え、このまま見守るのも芸が無い。そう判断したシンジは、服に仕舞って持ち歩いている脇差を取り出した。
 漆塗りに、精緻な鍔を付けた芸術品と言える一振り。眠りから目覚めた後、NERV本部から護身用として持ち出した代物である。
 「才人!これを使え!」
 ブンッと投げられる脇差。それを反射的に受け取った才人が、スラッと抜く。
 陽の光を反射して煌めく刃の美しさに、一瞬だけ周囲からため息が漏れた。
 「それの銘は左文字。君に分かる様に言えば桶狭間で今川義元を破った織田信長が愛刀とした左文字と同じ刀匠が打った一振りだ。ハッキリ言って錬金の魔法で再現できるような代物じゃない。今だけ貸してあげるよ」
 「・・・へへ、サンキュ。やっぱシンジ、お前は良い奴だな。そんな縁起の良い奴貸してくれるなんてよ」
 「そう思うならとっととギーシュをぶっとばして来い!その後で治療したらお説教だからな!」
 左手に左文字を持ち、まだ無事な右目で青銅のゴーレムワルキューレを睨む。とは言え、戦闘の素人である才人には荷が重すぎる相手。折角の業物も、活かす事は出来ないだろうというのがシンジの判断であった。
 (・・・カヲル君。ATフィールドで左文字を包んでくれる?)
 (シンジ君の頼みとあれば、その程度はお安い御用さ)
 少なくともゴーレムだけ何とか出来れば、ギーシュを負けに追い込む事は出来るだろうと言うのがシンジの見立てであった。その為に、カヲルはシンジの指示通りにしようと力を集中しようとした瞬間、突如、才人の姿が掻き消える。
 (カヲル君!?)
 (馬鹿な!僕はまだ何もやっていない!いきなり彼が消えた、いや、とんでもないスピードで走ったんだ!)
 左文字を手にした才人は、それまでの苦戦が嘘のように素早く動いた。そして左文字を縦横無尽に振るい、あっという間に青銅製のワルキューレを細切れにしてしまう。
 関節部に刃を走らされたワルキューレは、ゴシャッという音とともに大地に崩れ落ちた。
 誰にとっても不測の事態に、ギーシュは慌てて6体のワルキューレを作り直す。同時に周囲から取り囲む様に才人へ襲い掛からせた。
 「・・・何だ?急に遅くなったな?」
 ボソッと呟きながら才人は左文字を振う。剣閃が走ると、その後にはアッサリ切り刻まれたワルキューレが金属ゴミとなって大地に転がった。
 「ば、馬鹿な!僕のワルキューレが!」
 「くらえ!」
 才人の飛び蹴りがギーシュの顔面へと突き刺さる。そのまま倒れ込んだギーシュの顔のすぐ真横に、ザシュッと音をたてて左文字を突き立てる。
 「続けるか?」
 「ま、参った」
 その言葉と同時に倒れ込む才人。咄嗟にルイズとシンジ達が駆け寄る。
 「サイト!サイト!」
 「動かすな、ルイズ!頭を打っている時は、下手に動かすと後遺症が残る!アスカの診断を待つんだ!」
 「はいはい、ちょっとどいてね・・・」
 手を翳して診断を始めるアスカ。診断はすぐに終わった物の、呆れた様に溜息を吐く。
 「右上腕部複雑骨折、肋骨4本亀裂骨折、鼻骨に軽度の亀裂、内臓は破裂こそしてないけど、しばらくは絶対安静。胃や肝臓が破裂していなくて良かったわ。頭部もこれと言って重傷な部分は無いわね、これなら問題なし!すぐに治療すれば後遺症は残らないわよ」
 「サイト!良かった、良かったよお!」
 「・・・アスカ、治療をお願い。カヲル君、悪いけど才人とルイズを守ってあげて。専守防衛で良いから。それからレイ、久しぶりに前衛頼むよ」
 「はいはい、やっぱりこうなる訳ね?」
 回収した左文字を右手に持ちながら半身の構えをとるシンジ。その背中を守るかのように、やはり半身に構えるレイ。
 その2つの視線が見据えるのは、不穏な気配を放っている貴族の子供達。数は少数だが、明らかに敵意を見せていた。
 「・・・警告しておく。才人の息の根を止めるつもりなら、まずは僕達が相手だ」
 「そうね。不利な中で正々堂々戦った彼を『暗殺』するつもりなら、私達は決して貴方達を許しはしない。貴族と言う名の賊を退治させてもらうわ」
 レイの手に、シュルシュルと音を立てながら茨の鞭が姿を現す。一方の挑発で怒り狂った生徒達も、杖を手にジリジリと近づいていく。
 慌てたのは周囲の子供達である。巻き込まれてなるものかと逃げ出す中、負けを認めたギーシュが立ち上がった。
 「・・・決闘は僕の負けだ!ルイズの使い魔は正々堂々僕と戦った!その勝負に泥を塗る気なのか!」
 「は、平民如きに負けといて威張ってんじゃねえよ!この負け犬が!」
 「隙あり」
 ギーシュへ注意が向いた瞬間、その隙を突いてシンジとレイが至近距離にまで飛び込んでいた。
 シンジは先程までの才人とは比べるまでもなく、速度も膂力も劣る。技術自体も目覚めて以来、アスカやレイを師匠に鍛えてきた物の、せいぜい兵士を2・3人相手取るのが限界という力量しかない。だが『魔法の準備』すらしていない、油断しきったメイジの卵を相手するには十分な実力があった。
 レイはもともとNERVで白兵・射撃訓練を行ってきた過去がある。当然、その実力は単なる中学生であったシンジとはレベルが違う。その上、植物操作による茨の鞭は、防具を全く身に着けていない、ひ弱なメイジにとっては恐るべき破壊力を発揮した。
 左文字が閃き、杖を寸断した返しの刃で上腕を切り裂く。それだけで相手は悲鳴を上げて大地に転がった。
 レイの茨の鞭は、衣服の上から肉を引き裂いた。骨まで達しない一撃は、熟練の戦士であれば堪えて反撃してきただろうが、メイジの卵にそんな事は望むべくもない。結果、シンジを上回る速度で、被害者を大量生産していく。
 阿鼻叫喚の悲鳴。血飛沫が飛び散り、肉が弾ける。呻き声と泣き叫ぶ声を上げながら大地を転がり回る子供を置き去りに、シンジとレイは更に先へと進む。
 あっという間に半減してしまったメイジは、慌てて反撃を整える。だが懐に飛び込まれていては、呑気に呪文も詠唱できない。その為、使い魔に命じて時間を稼がせようとするが、彼らはレイの実力を見誤っていた。
 様々な種類の使い魔があれど、基本的に使い魔はハルケギニアに住む生命体の1つ。当然、食べるものは食べ、眠りを必要とする生き物である。
 故にレイは睡眠効果のある『エリスリナ』というマメ科の植物を生み出す。更に効能と即効性を強化し、即席の睡眠薬を作成。それを使い魔の口中へ放り込み、次々に無力化させていく。
 植物を自在に操るレイ。脇差を縦横無尽に振るうシンジ。周囲の子供達は、2人の秘めていた戦闘力の高さに声も無い。
 だが、驚きはここからであった。
 レイが茨の鞭を手離し、服に仕舞っていた獲物を取り出す。その武骨なシルエットに、驚愕の叫びが響いた。
 「「「「「「銃!?」」」」」」
 手慣れた手つきで、短い片手用拳銃に銃身を取り付ける。本来ならそんな事は出来ないが、これはレイが自分専用として作った『携行できる』狙撃銃である。仕組みは単純。限界ギリギリまで銃身を切り落とし、そこに溝を彫り込む。そこへ銃身をクルクル回しながら取り付けるという物。弾丸は弾と火薬を薄紙で巻いた『早合』を使い時間を短縮。更にハルケギニアで普及しているマッチロック式と呼ばれる火縄銃ではなく、火打石と金属片を用いたスナップハンスロック式と呼ばれる、火縄を用いない火縄銃である。耐久性という弱点は未改良ながらも、試作品としては十分満足のいく一品である。
 シンジが時間を稼ぐ間、レイは瞬時に狙いをつける。周囲が目を丸くする中、轟音とともに銃弾が発射。一番後ろで詠唱に入っていたメイジの右肩に弾丸が着弾し、血飛沫を上げながら崩れ落ちた。
 更に手慣れた手つきで次弾を装填。本来なら早合の包装紙を破り、火薬と弾を流し込み、棒で詰め込み、という手順が必要だが、レイはここでも改良を施していた。
 薄紙を油紙に変更し限界まで薄くした上に、火薬の品質も最上の物にしたのである。結果、棒で詰め込む事なく包装紙を巻いたまま発射が可能となったのである。
 その分、ゴミが銃口内に溜まりやすく5発も撃てば限界が来るが、速射性においてハルケギニアでこれを上回る物は存在しない。
 最早子供の喧嘩どころか、戦争と言っても良い有様である。しかしながら、物静かなレイが戦乙女もかくやとばかりに戦う姿は、銃を忌避するメイジ達であっても、美を感じられるほどであった。
 それがシンジに1発の誤射もせずに必中の技量を見せれば猶更である。
 やがて最後の1人も地面に崩れ落ち、決闘に泥を塗ろうとした者達は全滅。対峙したシンジとレイは全くの無傷であった。
 「レイ、ご苦労様。僕はオールド・オスマンの所に事情説明に行ってくるから」
 「うん、分かったわ。こいつらは止血だけしておくわね」
 「それが良い。精々、反省して貰わないとね」
 左文字の血糊を拭って納刀すると、服に仕舞いながら学院長室へと向かうシンジ。そんなシンジを見送ると、レイは手慣れた手つきで止血だけ行っていく。そんなレイに、モンモラシーが恐る恐る近寄っていく。
 「レ、レイ。貴女、メイジ殺しだったの?」
 「・・・何なの、それは?」
 「メイジを剣や銃で殺してしまう平民の事よ!貴女は東方の貴族だとは聞いているけど、今の光景見ちゃったら・・・」
 「まあ、確かにその気になれば殺せるわよ。系統魔法、致命的なまでに弱点のオンパレードだし。だからこその使い魔なんだろうけど」
 犠牲者の服の裾を破り、乱暴に傷口を縛り上げていくレイ。違う意味で悲鳴が響く中、モンモラシーが意を決して口を開いた。
 「・・・何で貴女、そんなに戦い慣れているの?」
 「そうね・・・そうしなければ生き残れなかった、と言うのが理由よ。もっとも、そんな経験しないに越した事はないでしょうけど」
 
学院長室―
 シンジが室内へ入った時、そこには世界最高峰の系統魔法の使い手と、面倒見の良い壮年の魔法使いが苦虫を噛み潰した様に待ち受けていた。
 2人は才人に刻まれたガンダールブのルーンの真偽を調べる為に、遠見の魔法で一連の騒動を見ていたのである。
 「また派手にやってくれたのう?」
 「そんなに褒められると照れちゃいます」
 「褒めとりゃせんわ!全く、あの馬鹿者どもの親にどう説明させるつもりじゃい!』
 「説明なんていりませんよ。女の子に返り討ちにされました、って泣きつくんですか?それこそ貴族の誇りに関わるでしょ。泣き寝入りがせいぜいですよ」
 どことなく不機嫌そうな表情のシンジ。その表情に、オールド・オスマンがヤレヤレと肩を竦めてみせる。
 「少しぐらい困って見せたらどうなんじゃ。可愛げのない」
 「そんな物はとうの昔に捨てました。持っていても腹の足しにもなりませんので」
 「全く・・・まあお主が不機嫌になる気持ちは分からんでもないがのう。貴族とは名ばかり。大半があんな連中じゃよ。6000年におよぶ血統支配の歪という奴じゃ。そういう意味では、あやつらも可哀そうな犠牲者と言えるかもしれんのう」
 「そう思うなら手助けして差し上げたらどうですか?」
 言葉も無いオールド・オスマン。どことなく視線を逸らしながら、愛用の水煙草を捜し始める。
 「まあ、あの連中がどう成長しようが僕には関係ありませんからどうでも良いですけどね。今度喧嘩売ってきたら、後腐れなく対応させて頂きますから」
 「待て待て!お主貴族社会に喧嘩を売るつもりか!」
 「それが嫌なら教育者として責任もって教育してあげて下さい。今度は貴方も道連れにして差し上げますよ?生徒の暴行殺人事件を未然に防げなかった監督不行き届き教師としてね」
 「・・・その程度にして貰えるかね。君の主張は理解できるが、それはオールド・オスマンの責任。今、もっとも重要なのは今回の件の悪影響なんだ」
 真面目な顔のコルベールに『老い先短いジジイを見捨てるとは!』とワザとらしく泣き崩れる世界最高の魔法使い。だが2人とも華麗にスルーした事に気付くと、机の隅にいたモートソグニルにナッツを与えながらブツブツ呟きだした。
 「それで、詳しい事情を教えて頂けないでしょうか?」
 「今回の件のほとぼりを冷ます必要がある。それでなくとも君達にはメイジ殺しの疑念がかけられてしまったんだ」
 「メイジ殺しねえ・・・別に構わないんだけどなあ、こっちは・・・コルベール先生、ちょっと質問ですがほとぼり冷ますのは1週間ぐらいですか?」
 「まあ、それぐらいあれば十分だろうが、何を考えているのかね?」
 「ちょっと良い事思いつきまして」



To be continued...
(2013.12.07 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 子供達ですが、良くてまだ意気投合というレベル。親友と言うまでには、まだ時間がかかりそうです。
 シンジ⇔ルイズ・才人コンビ。アスカ⇔キュルケ・タバサコンビ。レイ⇔モンモラシーと言う所です。今後の仲の発展を見守って頂ければ幸いです。
 しかしメイドのシエスタ。決闘騒ぎの発端なのに名前すら出てこないwいずれはしっかり出してあげたいです。一応、ヒロインですし。
 ちなみに左文字ですが、何でNERVにあったかと言うと、ゲンドウが持っていたと言う裏設定がある為。ゲンドウは権力者という立場上、いわゆる賄賂として左文字を贈られていました。ただゲンドウにしてみれば『いざとなれば売って、人類補完計画の資金にすれば良い』程度の価値しか無く、そのままNERV本部司令室に置きっぱなし。その後、シンジ達が本部を出る際に護身用の武器を探していて、偶然見つけたという設定です。
 話は変わって次回です。
 メイジ殺しの嫌疑をかけられたシンジ達は、ホトボリを冷ます為、入学早々1週間の停学処分に。ところがシンジ達は、これ幸いと思いついた事を実行に移す事に。
 学園の掲示版に貼られた人員募集のポスター。それが才人達を新たな騒動へと巻き込んでいく。
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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