遠野物語

遠野家編

第一章

presented by 紫雲様


シンジが引き取られてから3ヶ月後―
 「お買いもの終わりました」
 「ありがとう、シンジ君。おかげで助かっちゃいました」
 ビニール袋に入った野菜を受け取る琥珀。その横で、シンジがエプロンを身につけている。
 「この野菜の皮、剥いておきますね」
 「ありがとうね、でも、シンジ君、友達と遊んで来てもいいのよ?」
 「・・・遊ぶのは良いです。お願いですから、お仕事、手伝わせてください」
 シンジがここまで他人の役に立とうとする理由―捨てられたくない―に、改めて気付かされた琥珀は、辛そうにシンジを見つめた。
 遠野家の住人は、4人ともシンジを弟として扱っている。愛情表現の方法に個人差はあるが、それでもシンジを愛している事に間違いはない。
 だが当のシンジは、それを信じる事ができないのであった。
 『やっぱり、父親に捨てられたトラウマだろうな』
 志貴の意見は、的を射ていると琥珀も考えている。基本的にシンジは、良い子すぎるのであった。学校へ通っている以外の時間は、全て手伝いか、部屋で宿題なのである。この年頃ならテレビアニメやゲーム等にも興味はあるだろうし、事実、クラスメートたちは娯楽に興じている。だがシンジは、そういった類の物に全く興味を持っていない。それどころか『友達と遊ぶ』という行為自体を行おうとしなかった。
 琥珀はシンジが可愛くて仕方ないし、手伝いという形であっても、傍らにいてくれる事自体、とても嬉しく感じている。だがシンジにとって、今のままで良いのかどうかとなると、話は別であった。
 『やはり、シンジ君が家族なんだ、と言う事を自覚するまで待つべきではないでしょうか?私達が見守っていれば、きっと、シンジ君も分かってくれると思います』
 かつて、4人でこの件について相談した時の、翡翠の意見である。
 現在、遠野家に住んでいる4人は、それぞれ『家族』について負の側面を持ち合わせていた。
 姉という犠牲を知ってしまった妹―翡翠。
 妹の為に、自身の体と心を犠牲にした姉―琥珀。
 兄を失い、寂しさに身を焦がした妹―秋葉。
 記憶を封じられた為、全てを忘れていた兄―志貴。
 4人とも、辛い過去を背負っている。それでも、少しずつ障害を乗り越えてきた彼らは、幼いシンジを見守る為、シンジの自覚を待つという決断を下していた。
 「それじゃあシンジ君。そのお野菜を切り終わったら、宿題を済ませていらっしゃい。確か今夜は、秋葉様と一緒に御稽古に行くのでしょう?」
 コクンと頷くシンジ。
 「あのね、この前、先生に褒めて貰えたんです。上手だねって、言われました」
 「そう!良かったじゃない!」
 少々オーバーな対応かな、と思いつつも琥珀は喜ぶ。だがシンジは喜んで貰えた事に、嬉しさを感じたらしく、小さな声で『ありがとう』と返していた。
 「そんなシンジ君には御褒美をあげましょう!」
 冷蔵庫から、冷たく冷やしたプリンを取り出してくる。
 「秋葉様には内緒ですよ?食事前にお菓子なんて食べさせちゃダメ!って怒られちゃいますからね。だから。これは私とシンジ君だけの秘密ですよ?」
 「あ、ありがとう・・・」
 頬を赤く染めるシンジを見て、抱きしめて頬ずりしたい欲求を必死で抑えながら、琥珀は料理にもどった。

 「大分良くなってきたわね。早く、一緒に演奏してみたいわ」
 秋葉の褒め言葉に、シンジが恥ずかしそうに俯いた。シンジが手にしているのは、子供用のチェロである。
 秋葉のバイオリンの稽古の時間に合わせて、シンジもチェロを習っている。最初の頃は、シンジは自身の立場を気にして遠慮していた。だが秋葉に押し切られ、試しに弾いてみて以来、シンジ自身もすっかり気に入ってしまったのである。
 指導役の教師も『将来が楽しみだから、是非、このまま練習を続けた方がいい』と太鼓判を押すほどであった。
 「秋葉さんみたいに、上手になりたいなあ」
 「こら。秋葉さんじゃありません。秋葉お姉さん、もしくは秋葉お姉ちゃんと呼びなさいと言ってるでしょ?」
 「あ・・・秋葉お姉ちゃん」
 「よろしい」
 にっこりと笑う秋葉に、シンジもまた笑顔を浮かべる。
 「それじゃあ、私も弾いてみようかしら」
 「じゃ、じゃあ僕が取ってきます!お姉ちゃんは座ってて下さい!」
 「そう?それじゃあ、頼もうかしら」
 シンジが慌てたのには理由がある。現在、秋葉は妊娠6カ月である。当然、学校は中退。現在は遠野グループの会長として、日々を過ごしている。
 ちなみに、志貴と婚姻届は提出済。戸籍上は立派な夫婦である。
 「ありがとう、シンジ」
 バイオリンを受け取り、調弦を始める秋葉。
 「ねえ、シンジ?」
 「どうしたの?お姉ちゃん」
 「いつか、お腹の子が大きくなったら、今度はあなたがこの子に演奏を教えてあげて?そしたら3人で、演奏しましょう」
 秋葉の言葉は、シンジにとって何よりも嬉しい言葉であった。
 「うん!僕、約束する!」

 「いいですか?掃除機をかける時は、まず最初に窓を開けて、物をどかします。次に叩きで埃を落としてから、掃除機をかけるんですよ?」
 翡翠の言う通りに、掃除を始めるシンジ。知人の家にいた頃は、プレハブ小屋に押し込められていた為、掃除という事をした事が無かったのである。
 ブーンという音を立てて、掃除機が動き出す。慣れない手つきなので、ノズルを前後させる動きも、必要以上に前後へ大きく動かしていた。
 「危ない!」
 翡翠が気づいた時には、すでに手遅れだった。机の上に乗っていた花瓶が、ガシャンと音を立てて床に落ちた。
 「怪我はない?・・・シンジ君?」
 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
 顔を青くして、ただひたすらに謝罪を続けるシンジを、翡翠はそっと抱きしめた。
 「いいの。誰だって、最初は失敗ぐらいするんだから。私だって、そうだったのよ?だから、それ以上謝らなくてもいいから」
 「・・・お願いします・・・もう二度としないから・・・」
 「それなら、次から気をつければ良いの。それより、手を見せて。怪我はない?」
 遠野家の住人となって3カ月。最初の頃に比べれば、かなり改善されてはいた。だが何かの拍子にトラウマが顔を出す。
シンジがトラウマから解き放たれる日が来る事を、翡翠は真剣に願っていた。

「と、言う訳で先生を連れてきました」
シンジに『強くなりたいから、稽古をつけて下さい』と頼まれ、志貴は困った。
彼の戦闘方法は、咄嗟の反射神経から繰り出される、幼い頃に体に染みついた七夜の暗殺術か、もしくは魔眼を用いた戦闘方法なので、普通の武術とは全く違うのである。
困り果てた彼が選択した手段は、馴染みの先輩に頼る方法であった。これには秋葉から強い反対意見が出たものの『俺の戦闘方法は他人に教えられない』という意見には逆らえなかったのである。
「と、言う訳で連れて来られた先生です。シエル先生、もしくはシエルお姉ちゃんと呼ぶように」
黒衣の法衣が珍しいのか、シンジはジーッとシエルを見ていた。
「ところで、この子ですが、古い家系の末裔ですか?」
「うーん・・・父方は良く分からない。母方は京都の財閥だとは聞いてるけどね」
「そうなんですか。どうも魔力の気配がするんですよね。その気になれば、魔術も使えるかも」
魔術と言われても、ゲームすら遊んだことのないシンジは、首を傾げるばかりである。その反応の薄さに、シエルが拍子抜けしたように肩を竦める。
「でも、その前に聞いておきたい事があります。シンジ君は、どうして強くなりたいのですか?」
「今度ね、秋葉お姉ちゃんに赤ちゃんが生まれるんです」
慌てて視線をそらす志貴の爪先を、音速を超えた速さでシエルが踏みつける。必死で声を殺す志貴の隣で、シエルがニッコリと笑っていた。
「だから、僕は強くなって守りたいんです。そうすれば、お家にいられるから」
「・・・これは、相当根深いですね・・・」
「まあね。でも、いつか信じてくれる日が来るまで、見守ってあげようと4人で決めたんだ。だから、俺達は待つさ。何年経ってもね」
その会話が自分を対象としている事に、シンジは気づかない。その事に気付いたシエルは、シンジをここまで追い込んだ環境に対して、義憤を感じていた。
「シンジ君、今は分からなくてもいい。でも、一番大切な事は、喧嘩に強くなることじゃないの。それだけは、心の片隅でいいから覚えておいてね」
「それじゃあ、何が大切なんですか?」
「信じる事。他人を信じる事。自分が他人から愛されていると信じる事。それが出来る人こそ、本当の意味で強いの」
シエルの真剣な眼差しに、シンジは良く分からないながらも、コクリと頷いた。

3ヶ月後―
 「わざわざ、お招きして申し訳ありません。本来なら、こちらから出向くべきだったのですが」
 「いやいや、出産間近な事を考えれば、こちらから出向くのは当然の事」
 「ありがとうございます。危篤状態から持ち直したばかりだと言うのに、京都から遠く離れた、この三咲町まで来て下さったのです。何とお礼を申し上げればよろしいのか分かりませんわ。碇会長」
 この日、遠野邸に招かれたのは、京都に本拠地を置く碇財閥の会長、碇源一郎―シンジの祖父―である。この日、彼は碇財閥と遠野グループのトップ会談の為に、遠野邸を訪れていたのであった。
 「ところで、遠野会長は自宅にお客を呼ぶ事を、強く嫌うと伺っていたのですが」
 「ええ、それは今でも変わりありません。ですが、今日、こちらへ来ていただいたのには理由があるのです。今から入ってくる子供に対して、自分の事を名乗らないでいただきたのですが?」
 「それは構いませんが・・・」
 奇妙な申し出に、源一郎が困惑する。だがその困惑は、琥珀と一緒に入ってきた少年を見たと同時に、きれいさっぱり吹き飛んでいた。
 「会長、約束はお守りください。必ず、説明はしますから」
 「・・・分かりました・・・」
 無理に感情を押し込めた源一郎を見たシンジが、恐怖にかられて全身を細かく震わせる。それに気づいた琥珀が、すぐに優しく抱きしめた。
 「シンジ君、怖がらなくてもいいんですよ。あの人は、シンジ君を虐めたりしない人ですから。だから、泣かなくても良いんですよ?」
 「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
 「お願いします。会長からも、優しい声をかけていただけませんか?シンジはトラウマに苦しんでいるんです。特に怒っている大人に対して、尋常でない恐怖を抱いているんです」
 秋葉の言葉に、源一郎がとった行動は迅速だった。実の孫がどんな経験をしてきたのか、それは今の彼には分らない。だが孫を救う為に何をすれば良いのか、それだけはすぐに理解できた。
 「シンジ、儂は怒ってないからな。お願いだから、笑ってくれないか?儂は笑ってくれるシンジの方が好きなんだ」
 「・・・本当ですか?・・・僕を虐めたりしない?」
 「ああ、本当だとも。儂はシンジには、絶対、嘘はつかんよ」
 その言葉にやっと落ち着きを取り戻したシンジが、琥珀から離れる。そして琥珀を手伝いながら、お茶の支度を整えていく。
 敢えて琥珀はシンジに指導しながらお茶の準備をさせているので、普通よりも手際は悪い。だがそれに対して不満を覚えるものは、この部屋にはいなかった。
 シンジが悪戦苦闘して淹れてくれた紅茶を、源一郎が顔を上に向けて一息に飲み干す。その飲み干した姿勢のまま、彼はティーカップをしばらく下ろそうとしなかった。
 秋葉も琥珀も、源一郎がカップを下ろそうとしない理由には、すぐに気づいた。だがシンジは自分が何か失敗したのでは?と不安にかられだす。
 「大丈夫よ、シンジ。このお爺ちゃんはね、シンジの淹れてくれた紅茶が美味しくて仕方がないのよ。もう一杯、淹れてあげて」
 「・・・ああ、そうだな。シンジ、もう一杯、もらえるかな」
 目の前にいる老人が、実の祖父だとは知らずに、シンジは一生懸命紅茶を淹れる。その姿に、源一郎が必死で声を押し殺す。
 「会長、こうなった説明をします。ですが、この子には辛い事なので、いったん引き揚げさせます。御承知下さい」
 「ええ、分かりました。シンジ、紅茶、美味しかったよ」
 お礼の言葉に、シンジは小さな声で『ありがとう』と返すと、琥珀に付き添われて廊下へと退室する。
 「・・・私達がシンジを保護したのは、今から3カ月前です。虐待に耐えかねて、あの子は第2新東京市から三咲町にまで逃げてきました。夫が運良く保護しなければ、シンジは間違いなく命を落としていたはずです」
 「なんと言う事だ・・・ユイが亡くなって以来、あの子とは一度も会えなかった。それでも幸せに暮らしていると思っていたが、救いがたい愚か者だ、儂は!」
 「本来なら、すぐに知らせるべきだったのですが、当時のあなたは危篤状態。加えて周りには、財産分与狙いのハイエナが群がっていました。そんなところへ、シンジを引き渡す訳にはいかなかったのです」
 「いや、その判断は正解です。儂が同じ立場でも、同じ事をしたでしょう」
 「そう仰って頂けると助かります」
 いつもなら紅茶の香りを嗅ぐことが、秋葉の楽しみなのだが、この時ばかりはそうもいかなかった。
 「・・・失礼だとは思いますが、シンジはしばらく遠野家で、私達の弟として育てていきたいのです。勿論、碇会長は祖父なのですから、いつでも会いに来て下さって構いません」
 「やはり、そう思われますか?」
 「ええ、会長の周囲に群がっているハイエナどもが、シンジをどう扱うか?あえて、言葉に出さずとも、お分かり頂けると思います」
 秋葉の言葉に、源一郎は悔しげに歯を食いしばっていた。

翌月、遠野家―
 「おかえりなさい、秋葉お姉ちゃん」
 女性にとって人生でも指折りのイベント―出産を終えて自宅へ帰還した秋葉は、その腕に女の子の赤ちゃんを抱えていた。
 名前は『春奈』。生まれて半月ほどだが、ほとんど夜泣きしない、親思いの赤子である。
 「それにしても、疲れたわ。まだ疲れが残ってるような気がするわね」
 「でしたら、久しぶりに血を飲まれますか?ジュースか何かに混ぜても良いですし」
 「・・・そうね、琥珀、悪いけどお願い」
 台所から持ってきたオレンジジュースに、琥珀が自身の血を数滴垂らす。その光景をシンジは不思議そうに眺めていた。
 「思ったよりは少ないのね?」
 「まあ、滋養強壮が目的ですから。昔みたいに命の補充が目的ではないですし」
 「そうね、ありがとう」
 ジュースを飲みほす秋葉を見て、シンジが当然の如く疑問を口にした。
 「どうして琥珀お姉ちゃんの血を入れたんですか?」
 「私の血はね、飲んだ人の力を強化するの。さっきみたいに少量なら、体を健康にしてくれるのよ」
 相手が子供と言う事もあり、琥珀の説明は非常に分かり易いのだが、かなりの事実を削除している。説明を聞いていた秋葉も、ジュースを吹き出しそうになるのを必死で堪えるのに精一杯である。
 「シンジ君も試しに飲んでみる?舐めるだけでもいいんだけどね」
 「・・・うん、やってみる」
 琥珀が傷つけた指先の血を、シンジがペロッと舐める。
 「まずい・・・」
 「それはそうね、血なんてそんな物ですから」
 「・・・そんな物を美味しく感じた私の立場は?」
 秋葉の独り言は、どうやら2人には届かなかったようである。
 「あれ?何か変だよ」
 シンジがパチパチと瞬きを繰り返す。
 「シンジ君?」
 「あのね、何か目が熱いの」
 「見せてごらん」
 素直に琥珀に目を見せるシンジ。だが琥珀も秋葉も、しばらく凍りついていた。
 「お姉ちゃん、僕の目、銀色になってるの?」
 「な、何でシンジ君がそれを知ってるの?」
 「だって、お姉ちゃんが教えてくれたもん」
 首を傾げるシンジ。可愛い弟の目に起きた異変に、秋葉が即座に行動を起こす。
 「琥珀!すぐに兄さんに連絡を、先輩を呼ぶように伝えて!」
 「は、はい。分かりました!」
 突然慌てだした2人を見て、シンジはやっぱりキョトンとしていた。

 突然の呼び出しに、シエルは慌てる事もなく、シンジの両目―シエルが来る前に、目の色は銀から緑へと変わっていた―を診察していた。シンジにいくつか質問をしたり、なにか魔術を発動させたりと、色々な事を試している。
 その内、検査が終わったのか、シエルがシンジから離れた。
 「なんというか、遠野家は『人外さん、いらっしゃい♪』って感じですね」
 「あなたがそれを言いますか?」
 「ああ、2人とも、喧嘩の前にシンジの事を知りたいんだが・・・」
 志貴の言い分に、秋葉が矛を収める。シエルもコホンと咳をすると、説明を始めた。
 「シンジ君の眼は魔眼ですね。千里眼の一種です」
 「千里眼?」
 「ええ。一番強く発現しているのがテレパシー、正確には相手の心を見抜いてしまう力です。確か日本ではサトリ、と呼ばれているはずです」
 サトリの名前を知らない者は、遠野家には存在しない。それほどに、心の中を覗いてしまう妖怪の名前は有名であった。
 「私が、私が悪いんです。悪戯で私が血なんて飲ませなければ・・・」
 「琥珀お姉ちゃん、泣かないで。謝るのは僕の方だから」
 シンジがいつになく、強い意志を秘めた瞳で4人を見ていた。
 「お姉ちゃん、お兄ちゃん、今までごめんなさい。みんなが、本当に僕の事を大切にしてくれていた事が分かったんだ。僕、嬉しいよ、今まで生きて来て、初めて生まれてきて良かった、そう思えるから」
 「シンジ君・・・」
 「琥珀お姉ちゃん、ありがとう。お姉ちゃんのおかげで、僕、みんなを信じられるんだから」
 ギュッと抱きついてくるシンジに、琥珀も嗚咽を堪えながら抱きしめ返す。
 「そういえば、先輩。さっき一番強く発現していると言ってたよね?他にも力があると言う事かな?」
 「そうですね、恐らく巫淨のサポート付きと言う条件が必要になりますが、遠視、透視に過去視、それどころか未来視までも可能でしょうね。言い換えるなら、究極の情報収集能力、と言ったところでしょうか」
 「それで力のセーブはできるのか?」
 「自力では不可能でしょうね。遠野君のように魔眼封じの眼鏡を使うか、もしくは包帯を巻くかのどちらかです。ですが、私はこのまま生活する事を進めます。精神的な負担は増えるでしょうが、シンジ君の立場を考えれば、彼の身を守る力になります。何より使い続ければ、シンジ君自身が制御を可能にするかもしれません」
 シエルの発言は、確かに正鵠を射ていた。シンジの立場は、あまりにも複雑である。特に碇財閥の後継であるという事実は、それだけで金の亡者を呼び寄せてしまう。そんな者達から距離を置くためには、確かに有効な力であった。
 「問題は、あなた達の方でしょうね。私のように精神制御鍛練をしていない以上、あなた達ではシンジ君の魔眼に抵抗できません。シンジ君に全てを知られかねないという状況に、耐えられるのですか?」
 「ま、何とかなるさ。今までだって乗り越えてきたんだ。今回だって、きっと何とかなるさ」
 「そうね、兄さんの言う通りです」
 「私は、別に知られて困るような事はありませんから・・・」
 「・・・そっか、志貴さんの浮気発見にもなりますね・・・」
 最後の発言に、秋葉がギギギッと顔を向ける。
 「シンジ、ちょっと良いかしら?」
 「分かりました!お兄ちゃんが女の人と外で遊んできたら報告します!だから、怒らないで!」
 「よろしい。確かに約束しましたわ」
 秋葉の剣幕に恐れを感じたのか、琥珀にしがみつくシンジであった。

 「おにーちゃーん!赤ちゃん見せてー!」
 ある晴れた日曜日の午後、遠野家に元気な声が響いた。
 声の持ち主は、側頭部に赤いリボンをつけた、チャイナ服の少女である。
 「お久しぶりです、都古様」
 「こんにちはー!赤ちゃん、見に来ました!」
 「はい、こちらです」
 翡翠に案内された都古が通されたのは、普段、遠野家の住人が団欒の場としているリビングである。
 「あら、久しぶりね」
 「うわ、ホントに赤ちゃんだ!可愛いー!」
 「ありがとう、ほら、抱いてみる?」
 都古が秋葉に抱き方を教わりながら、怖々と春奈を抱く。
 「・・・うう、可愛いなあ」
 「可愛い、で思いだしたわ。実はね、少し前に弟ができたのよ。あなたより2つ年下なんだけどね」
 「そうなの?会えるかな?」
 春奈を返してもらいながら、秋葉は都古の反応が思ったよりも良い事に、内心でガッツポーズを作っていた。
 翡翠にシンジを連れてくるよう命じた後、春奈を2人がかりであやしていると、呼ばれたシンジが入ってきた。
 「秋葉お姉ちゃん?」
 ドアを開けて入ってきたシンジを見て、都古がキョトンとした表情を浮かべる。
 「ご、ごめんなさい!少し待って下さい!」
 ポケットから包帯を取り出して、両目に巻きつけるシンジ。そんなシンジに都古は走り寄ると、その手をガシッと握りしめた。
 「なんで包帯巻いちゃうのよ!そんな奇麗な目なのに!」
 「だ、だって嫌われるの嫌だから・・・」
 「なんでよ!緑色の目なんて、すごい奇麗じゃない!」
 シンジは半分泣きながら必死で包帯を巻こうとするが、都古の力には叶わない。
 「お願い、お願いだから、見ないで・・・」
 「都古、説明してあげるから、こちらへ座りなさい。シンジもおいで」
 秋葉の言葉に、都古はシンジの手を離すと、素直にソファーに座る。シンジも包帯を巻き付け終わると、手探りで前を確認しながら、やっとの思いでソファーに辿りついた。
 「シンジの目はね、見た人の心を覗いてしまう力を持ってるの。その人が何を考えているのか、どんな思いを持っているのか、全てを覗いてしまうの。この家の人間は気にしないけど、ねえ・・・」
 「でも、そんな力、本当にあるの?」
 「あるわよ。現に、シンジはそのせいで嫌な思いを学校でしているのよ。おかげで最近は学校も休みがちなのよね。まあ勉強だけなら私が見てあげられるんだけど」
 縮こまったシンジを、都古がジッと見る。
 「ねえ、もう一度、見せてよ。奇麗な緑色だったから、もう一度見てみたいの」
 「・・・嫌だ・・・嫌われたくない・・・」
 「大丈夫よ!ほら、見せなさい!」
 シンジに馬乗りになり、包帯を解きはじめる都古。シンジも抵抗するが、志貴曰く『妖怪ハッスルじじい』こと時南宗玄から八極拳の教えを受ける都古に勝てる訳もない。
 あっというまに包帯を解くと、都古はジーッとシンジの目を見た。
 「・・・何で?何で奇麗だって思うの?心、覗かれてるんだよ?気味悪くないの?嫌じゃないの?」
 「奇麗な物は奇麗なんだから、それでいいでしょ!いい、私の前で包帯したら、怒るからね!」
 2人のやり取りに、秋葉は上手くいった事を確信すると、満足気に紅茶を飲みほした。



To be continued...
(2010.06.19 初版)


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