遠野物語

遠野家編

第二章

presented by 紫雲様


シンジが遠野家へ引き取られて3年―
 ガキン!ガキン!
 金属同士のぶつかり合う音が、遠野家の庭に響いていた。
 「えい!」
 右手に構えていた黒鍵を、シンジが投擲する。それと同じタイミングで、シンジの全身に緑色の雷光が走り、左手に黒鍵が現れる。
 シンジが習得した魔術『投影』である。
 投げつけた黒鍵が目標に当たらなかった事を悟ると、シンジは躊躇わずに真横の茂みへ転がり込んだ。一拍遅れて、黒鍵を振り下ろしながらシエルが樹上から飛び降りてくる。
 隙ありとみて投擲体勢をとるシンジだが、シエルは着地よりも早く手にしていた黒鍵をシンジ目がけて投げつけた。
 「うわ!」
 慌てて左手の黒鍵で払いのける。黒鍵はぶつかった衝撃で消滅し、『投影』が間に合わなかったシンジは、武器を失ってしまう。
 「はい、終わりです。時間は2分ですか、まだまだですね」
 いつのまにか喉元に黒鍵を突きつけられていたシンジは、素直に負けを認めた。
 「あーあ、またダメかあ」
 「いくらなんでも積み重ねてきた経験が違いますからね。それに分かっているでしょ?シンジ君は・・・」
 「うん、分かってる。僕と『投影』の相性が悪いのは知ってるよ。でも、僕は黒鍵を使いたいんだ。だからシエルお姉ちゃんが何を言っても、僕は変えるつもりはないよ」
 可愛い弟子の意見に、満更でもないシエルである。シンジの目指す戦闘スタイルが、自分自身であると言われて、シエルも嬉しいのだ。ただ、その結果として、シンジは不得意な―魔力の使用効率が悪い―分野の魔術を専念する事になってしまったのが、シエルの唯一の心残りであった。
 (・・・その気になれば、時計台ぐらいはいけたでしょうに・・・)
 今のシエルにできる事は、とにかくシンジに経験を積ませる事であった。
 「今日は終わりにしましょうか。あと『投影』の魔術は、構成のやり方によっては、付属的な効果を付けたりする事も可能です。色々、試してみるといいですよ?火葬式典の真似ぐらいはできるでしょうね」
 「うん、ありがとう。じゃあ、先に戻ってるね!」
 弱気がすっかり消えたシンジの姿に、シエルは苦笑しながら後を追いかけた。

 「シンジ、遅いわよ、どこ行ってたの?」
 もはや聞き慣れた声に、シンジはゴメン、と軽く謝る。
 謝られたのはセーラー服を着た少女、15歳となった都古である。
 「裏庭で、鍛練してたんだよ・・・本当だから怒らないでよ」
 「また心読んだのね?まあ、いいわ。シンジが悪い訳じゃないしね。それより、約束は忘れてないわよね?」
 「大丈夫だよ。午後は空いてるから、買い物は一緒に行けるよ」
 ポケットから包帯を取り出し、両目と両肩から手首までに巻きつける。
 「シンジも大変ね、包帯してないと、目の色やら傷跡やらで色々言われるし」
 「そうだね。せめて眼だけでも良いから、包帯無しで生活できるようになりたいよ」
 「・・・にーに、にーに、おでかけするの?」
 ぼやいたシンジに声をかけたのは、2歳となった春奈である。琥珀曰く『幼かった頃の秋葉様そっくりです』だそうである。
 「春菜、少しお出かけしてくるね。帰ったら一緒に遊ぼうか?」
 「うん!にーに、いってらっしゃい!」
 ちなみにこの春奈、一番のお気に入りはシンジである。現在では実の両親よりも懐いているので、シンジは事実上の親代わりと化していた。
 「そういえば、お兄ちゃんと秋葉さんと翡翠さんはどうしたの?」
 「うーん・・・僕が言ってはいけない事だと思うから」
 苦笑いするシンジに、都古が少し顔を赤らめる。
 「お兄ちゃん、今度は翡翠さん?琥珀さんであれだけ怒られたのに」
 「・・・僕からは何も言えません。でも都古さんもきつい事言うね。確か、兄さんが初恋の人だと言ってなかったっけ?」
 「だから、納得できないんでしょうが!」
 春奈の面倒を琥珀にお願いした2人は、駅前へと出発した。

 「これなんか良いと思うのよ。シンジはどう思う?」
 「あまりゴテゴテしてない方が良いと思うよ?シンプル・イズ・ベスト、という言葉もあるしね。僕はこっちのチェーンのネックレスが良いかな」
 「そっちも良いんだけどねえ。あ、これも捨てがたいなあ・・・」
 2人がいるのは、駅前で行われている歩行者天国の露店である。その一つとして店を出していたシルバーアクセサリーに、2人は夢中になっていた。
 「2人とも、仲良いね。ひょっとして恋人かい?」
 店番をしていた金髪の兄ちゃんの言葉に、キョトンとした表情を浮かべるシンジ。今は包帯で目を隠しているのでハッキリとは分からないが、少し照れがあるようにも見えた。
 「恋人ねえ、どっちかというと可愛い弟って感じなんだけどな」
 都古の言葉に、ガックリと肩を落とすシンジ。それを見ていた兄ちゃんが、シンジを励ますかのように、肩をポンポンと叩く。
 「頑張れよ。ところで、この恋愛に効果がありそうなアクセ、買っていかないか?」
 「何ですか、その取ってつけたような理由は。それよりペアのキーホルダーとかは無いんですか?」
 「できれば売ってあげたいんだが、在庫が無いんだよね。いや、申し訳ない」
 ますます落ち込むシンジ。そんな様子を見た都古がクスクスと笑う。
 「なに?シンジ、気になる女の子でもできたの?お姉ちゃんに白状してみなさい!」
 「・・・少なくとも、都古さんには相談できない事だけは理解できたよ」
 2人の漫才に、露店の兄ちゃんは大爆笑していた。

 シンジは包帯を巻いているので、普通ならまともに歩くことすらできない。だがシエルとの戦闘訓練は、彼に気配を察知させる術を身につけさせていた。
 擦れ違う人々はシンジの異様な外見に、まず注意をひかれる。その上で、彼が盲導犬も誘導も必要としていない事を悟ると、驚いたように足を止めてしまう。
 「シンジって、やっぱ目立ってるわね」
 「僕は目立ちたくないんだけどね。田舎に引っ込んで、地味で目立たない生活を送りたいよ」
 「そう思うのなら、まず容貌を何とかするのね。シンジは知らないだろうけど、結構有名なんだからね?『盲目の美少年』遠野シンジ君?」
 都古のからかいに、シンジがムスッとした表情を作る。その時だった。
 「どいてー!」
 背後から聞こえてきた怒声に、シンジが慌てて後ろを振り向く。
 ゴスッ
 とても鈍い音が響き、シンジは額に鈍痛を覚えた。自身が誰かにぶつかった事、勢いに負けて後ろへ倒された事、そして自分を倒した人物が自身の上に倒れている事にも気がついた。
 『大丈夫ですか?』
 痛みを堪えつつ、そう声をかけようとシンジだったが、声を出せない。何かが口を圧迫していると気づいたのは、都古の声が原因だった。
 「シンジ、ちょっと包帯とってみなさい?」
 言われた通り、包帯をずらしたシンジは、目の前に2つの青い宝石を発見した。それが人間の瞳であると気づくまでに、数秒の時間を要した。
 青い瞳の持ち主も、シンジと同じ状況だったらしく、しばらく茫然としていたが、やがてシンジの千里眼によって、心の声がシンジに見えてきた。
 『何?緑色の瞳?すごい奇麗ねえ・・・て、ちょっと!どうしてキスなんてしてるのよ!嫌あ!初めては加持さんて決めてたのに!何て事してくれんのよ!こいつ!』
 「うわ、ご、ごめん!」
 目の前の少女を押しのけながら慌てて立ち上がるシンジ。同時に、少女が全力で頬に平手打ち放った。
 パンッ!と甲高い音が響く。
 「よくも、アタシの初めてを!」
 「ちょ、誤解だって!ぶつかってきたのは、そっちだろう!」
 「言い訳なんて男らしくないわよ!」
 目の前で起こった痴話喧嘩に、都古がニヤニヤと笑う。そこへ、少女の背後から、ドタドタという足音が聞こえてきた。
 「見つけたぞ、セカンド」
 「うわっちゃあ、しまった」
 少女の背後から追ってきたのは、黒スーツにサングラス、体格の良い男が5人。いわゆるシークレットサービスと言われる人達であった。
 「さあ、自由時間は終わりだ。本部へ戻るぞ」
 「ちょっと、離してよ!」
 周囲の注目が集まる中、手を掴まれた少女が、必死で逃げようともがく。だが、成人男性の腕力に勝てる訳もない。
そのまま連行されていくはずだった少女は、突然、力が消えた事に気がついた。
 視線を落とすと、彼女を捕まえていた男が、道路に倒れ伏していた。
 「ちょっと、アンタ達、嫌がる女の子に何してんのよ!白昼堂々、痴漢どもが!」
 「あのさ、都古さん。何で都古さんが仕切る訳?」
 半身に構える都古に、男を気絶させたシンジが笑いながら声をかける。すでに包帯は元通り巻き直されており、その両眼の色は誰にも見えない。
 「行くわよ、シンジ!痴漢どもには容赦の必要なんてないわ!全身複雑骨折にしてやるのよ!」
 「それじゃあ、僕達前科者になっちゃうって」
 男達が何かを言うよりも早く、都古がシンジよりも一足先に飛び出した。
 自身の背中を相手にぶつける体当たり技『鉄山靠』を使い、先頭にいた男を後ろへ吹き飛ばす。当然のごとく、男の後ろにいた者達も巻き込まれて体勢を崩す。その間に都古は先頭の男の懐へ飛び込むと、男の顎を真上へと蹴りあげた。その威力の大きさは、男が1mほど真上へ浮き上がった事と、男の口から白い物体が複数吐き出された事から、容易に推測できる。
 だが男達を襲った不幸は、それだけでは止まらなかった。
 都古の背後から、今度はシンジが飛び出した。それも都古の肩を踏み台にし、通常では不可能な高さにまで飛びあがる。
 周囲が『おおー』とどよめく中、シンジは5メートル近い高さから、両足での踵落としを敢行。標的となった2人は、ものの見事に鎖骨を狙い打ちにされ『ベキッ!』という音とともに、悶絶して道路に崩れ落ちる。
 体勢を崩したシンジをフォローするように、都古がシンジの前に立ちはだかり、起き上がる時間を稼ぐ。誰が見ても感嘆するしかないほどに、息の合ったコンビであった。
 「すごい・・・」
 少女もまた、周囲の観客同様、2人のコンビネーションに見とれていた。
 「こ、この餓鬼どもが!」
 残った一人が、懐から黒光りする拳銃を取り出して、2人に照準を合わせる。
 「ば、馬鹿!アンタ、一般人に何すんのよ!」
 少女の制止は、男の耳には届かなかった。それと同様に、拳銃と言う脅威も、少女を守ろうとする2人には意味を成さなかった。
 2人が同時に左右へ分かれる。その時点で、男はどちらを攻撃すべきか迷い、
 ドサッ。
 男が苦悶する間もなく、崩れ落ちる。
 都古の肘打ちが男の鳩尾を下から上へ抉るようにはいり、同時にシンジの放った蹴りが、男の拳銃を空高く蹴り飛ばしていたのであった。
 あっと言う間に男達を無力化した2人に対して、周囲からヤンヤヤンヤの拍手喝采が巻き起こる。
 「シンジ、トドメをさすわよ!」
 「さすがに人殺しはマズイって。警察呼ぶからね」
 シンジが警察に電話をかけると、しばらくしてパトカーのサイレンが聞こえてきた。
 「またお前達か!」
 「またって・・・それは酷くないですか、乾さん?僕達は痴漢退治をしただけです」
 「そうよ!女の子1人を大の大人がよってたかって襲ったのよ!命を奪ったって、どこからも苦情は来ないわよ!」
 「いや、普通苦情ぐらいくるだろ。少なくとも、過剰防衛常習犯のお前達が言っていいセリフじゃないな。それと、抜き取った財布は置いていけ」
 やってきたのは2人の知り合いであり、志貴の親友・乾有彦刑事であった。彼は同行してきた同僚達に声をかけると、男達の身柄を確保していく。
 ちなみに都古とシンジの名前は、三咲警察署では要注意人物として挙げられている。確かに2人は犯罪などは起こさない。単に、やり過ぎてしまうのである。
 その華々しい戦歴を挙げるとすれば、例えば、電車で痴漢に遭えば、その場で肘関節を砕いた挙句に、顔面へ拳を叩きこんで鼻骨陥没。入院1カ月。
 或いは不良に絡まれれば、骨の1・2本どころか、肋骨全て骨折。その後でお礼参りに遭えば、全員を叩きのめして川に放り込み入院2カ月。
 はたまた、泥棒を見かければ、泥棒が根を上げるまで追いかけまわしてスタミナが切れた所へ、トドメの一撃を放って内臓破裂。入院4カ月。
 三咲警察署で2人を嫌う者はいないが、厄介者という評価に賛同する者は非常に多い。良くも悪くも有名なのであった。
 「まあ、お前達の調書を取るのも馬鹿らしいからな。さっさと帰ってくれ」
 「いいんですか?仕事しなくて」
 「いいんだよ。この前署長がお前達専用の過剰防衛申請書類を作ったんだ」
 ・・・2人の暴れっぷりが伺えるセリフである。
 「じゃあ、この子も連れてくわね。ほら、怪我はないかしら?」
 「え?・・・ええ、大丈夫よ」
 自身を捕まえようとしていた男達を、少女は心配そうに見つめながらも、何とか声を返す。
 「私は有間都古。こっちは弟分の遠野シンジ。この町の住人よ。で、あなたは?」
 「アスカ。惣流=アスカ=ラングレーよ」
 「ふーん、外国の人だったのか。それにしても日本語上手だね、驚いたよ」
 「あ、ごめん!実は用事があるんだ!助けてくれてありがとうね!それから、シンジだっけ?そっちの包帯!」
 アスカの言い分に、シンジが思わず頷く。
 「いい?さっきの事は忘れるのよ!覚えてたら、アタシが半殺しにしてやるからね!」
 「何で、そこまで言われなきゃならないんだよ」
 シンジの呟きは、すでに身を翻して駆け出していたアスカの耳には届かなかった。

 しばらく走り続けて人目が無くなった頃、アスカは携帯電話を取り出して連絡を入れた。
 「アタシよ、ミサト。実はね、アタシの護衛が警察に捕まっちゃったの」
 「はあ?一体、何があったのよ!」
 「いや、アタシが襲われてると誤解した2人組が、5人全員倒した挙句に、御丁寧に警察まで呼んじゃったのよ」
 「全く、仕事を増やさないでちょうだい。それより、あなたはすぐに帰ってきて。今は護衛がいないんでしょ?身の安全を最優先に考えて。いいわね?」
 「はいはい、大人しく帰りますよ」
 ピッと音を立てて電話を切るアスカ。
 「それにしても、久しぶりにスカッとしたわね。有間都古に遠野シンジ、か。また会えたら、お礼にお茶でも奢ってあげないとね」
 上機嫌で駅へと向かったアスカは、それから数ヶ月後に、その片割れと同僚になるのだとは、夢にも思わなかった。

数カ月後、遠野邸―
「翡翠ちゃん、体は大丈夫?」
 「大丈夫よ、姉さん。負担がかからないように動いてるから」
 琥珀が心配するのも無理はない。現在、翡翠は妊娠しており、3カ月目に突入。外見からお腹の膨らみを判別するのはまだできないが、用心するに越したことは無い。
 「そうよ、翡翠。無理だけはしなくていいからね。無理する時は、あの人をこき使いなさい!」
 「秋葉様、さすがに志貴様にそのような事を頼むのは・・・」
 「それぐらいは手伝わせてよ、翡翠。俺はその子の父親なんだからさ」
 秋葉にしてみれば、志貴が琥珀や翡翠と関係を持った事は当然許せない。だが琥珀や翡翠は志貴以外に人生の伴侶を求める気は全くない。秋葉も2人に対しては、遠野家家長として色々と思う所もあり、結局、黙認に近い形が取られている。
 「じゃあ、僕も手伝うよ。翡翠お姉ちゃんも、それなら問題ないでしょ?弟がお姉ちゃんを手伝うのは当たり前の事だしね」
 「あたしもてつだうー!」
「ふふ、ありがとうシンジ君。春奈ちゃん」
シンジの膝の上でご機嫌な春奈が、わーいと両手を上げて喜ぶ。そんな春奈を、緑の瞳で見つめるシンジ。その笑顔には、当初の陰りはもう見られない。
そんなシンジの成長に、偶然、訪問していた源一郎も、満足そうに笑っていた。
ちなみにシンジは、源一郎が祖父である事を知っている。以前、魔眼で源一郎を見てしまったためである。祖父が自分に対して罪悪感を抱いており、自分を見守ってくれている事も理解しているので、シンジも源一郎に対しては屈託なく接するようになっていた。
「そういえば、シンジ君宛てに手紙が来てましたよ」
すっと差し出される大きめの書類封筒。
「誰からだろう・・・碇ゲンドウ?聞いた事のない名前だな」
ゴホッとむせる源一郎。
「お、お爺ちゃん、どうしたの?」
「シンジ、一応、その男はお前の父親だぞ」
「そうなの?名前なんて知らないから、誰だろうと思ったよ」
もはやシンジの中では、父親と言う存在は奇麗に消去されているらしかった。
「とりあえず中、見てみるか。病気かなんかで死んじゃって、財産分与の話だったらどうしようかな」
「いや、あれに限って病死はないな。良く言うだろう?憎まれっ子、世にはばかる。あれが死ぬとすれば、交通事故か他殺だな」
シンジもそうだが、源一郎の言い分も辛辣である。その評価の仕方に、秋葉達も集まって『そんなに酷い男なんだ』と改めて確認しあう始末である。
そんな家族を尻目に、シンジは封筒の中身をテーブルの上に出した。
まず目についたのは、B4の紙である。内容は『来い』。
シーンと静まり返る一同。
「クリップで第3新東京市までの切符が留められているということは、ここに来い、という意味なんだよね?」
「シンジ、行く必要などありません!」
「まあまあ、秋葉、落ち着いて。とりあえず、中身を全部、確認してみようよ」
志貴の取りなしに、秋葉が渋々と矛を収める。次に手に取られたのは、胸を強調している女性の写真である。
「・・・何、これ?女性経験の豊富な兄さんとしては、どう思いますか?」
「きついこと言うなよ、シンジ。それはともかく、これは何だろうな?この人に会え、っていう意味らしいが・・・」
「きっと風俗店で働いているお姉さんだと思いますよ」
シンジに負けず劣らず、琥珀も辛辣である。秋葉の視線もとにかく冷たい。自分が悪い訳ではないのだが、シンジとしては何故か弁明しなければならない気がしてくる。
「あ、秋葉お姉ちゃん。女性の魅力っていうのは、胸だけじゃないから・・・」
「ほほお、可愛い弟の言い分に耳を貸さない訳ではありませんが、私の胸が小さいと言いたいのかしら?シンジ」
「ご、ごめんなさい!失言でした!」
春奈を盾に平謝りする弟の姿に、怒り心頭な秋葉である。
そんな姉弟を余所に、翡翠がすっとB4の冊子に手を伸ばす。
「国際連合非公開組織特務機関NERV、ですか」
パラパラと中身を見るが、よく理解できなかったらしく首を傾げている。
「こっちにもあるな。これはカードか」
源一郎が手にしたのは、黒字に赤で葉っぱとNERVと書かれたカードである。
「これまでの情報を総合すると、シンジ君に第3新東京市にある、国連直営の風俗店で働いている、このお姉さんに会いに来なさい、っていう意味でしょうか?そのカードは会員証なんですよ、きっと」
「琥珀さん・・・」
疲れたような声の志貴。
「さすがに中学生で風俗店に行くのは問題あると思うな」
「当たり前です!」
「見なかった事にするのが一番かと思いますが」
「同感です」
「そうですね、シンジ君、夕飯作るから手伝っていただけませんか?碇会長も、是非、食べて行ってください」
「おお、シンジの料理だと言うのなら、予定など全てキャンセルじゃ!」
「わーい、じーじも一緒!」

シンジ召集の手紙が無視されてから3日後、NERV本部発令所―
 「馬鹿な!N2も効かないだと!?」
 「仕方ない、だが碇君、君達ならあの使徒を倒せるのだね?」
 「問題ありません。その為のNERVです」
 サキエル襲来の日、第3新東京市は戦場と化していた。切り札たるエヴァンゲリオン出撃の為、そして妻である碇ユイを取り戻す為、ゲンドウは内心では昂りを抑えきれずにいた。
 「碇司令!葛城一尉から緊急連絡です!」
 「こちらに回せ」
 日向の報告に、ゲンドウが受話器を取る。
 「葛城一尉か、サードチルドレンはどうした?」
 「それが、サードチルドレンは来ておりません」
 「何だと!?」
ゲンドウの絶叫に、発令所の注目が集まる。
 「馬鹿な事を言うな!しっかり確認はしたのか!」
 「間違いありません!周囲も見回しましたが、誰もおりませ・・・ザー・・・」
 「おい!葛城一尉!聞こえんのか!」
断線する電話。受話器から漏れる砂嵐の音。無情にも、ゲンドウへの応答はない。
「お、おい、碇。どうするのだ。これでは使徒迎撃ができんぞ!」
「も、問題ない」
「・・・ほう?どう問題ないのか、この老骨にも分かるように説明して貰えるかね?」
冬月には珍しい氷点下の声に、ゲンドウは正面モニターの使徒を見つめる事しかできなかった。



To be continued...
(2010.06.19 初版)


(あとがき)

 紫雲です。この度、新作SS遠野物語の連載を開始させていただきました。
 前作同様、頑張りますので、最後までお付き合いのほど、よろしくお願いします。
 
 さて今作ですが、いきなりサキエル迎撃に失敗しておりますw別にいきなりゲームオーバーという訳ではありませんので、どうか次の本編1話までお待ちください。

 それでは、今回もお読み下さり、ありがとうございました。



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