遠野物語

本編

第二章

presented by 紫雲様


ケージ―
 帰還したシンジを、整備員達は歓声で出迎えた。その声は勝利よりも、怪我ひとつなく帰還した事を喜ぶ声である。
 包帯を巻きながら、タラップを降りていくシンジ。そこには駆け付けた琥珀とリツコが待っていた。
 「シンジ君、怪我はない?」
 「大丈夫だよ、琥珀お姉ちゃん。どこにも怪我はないから、心配しないで」
 弟の言葉に、ホッと胸を撫で下ろす琥珀。隣に立っていたリツコは多少、顔が強張りながらも、シンジを正面から見ている。
 「シンジ君、疲れているところを悪いけど、シャワーを浴びたら診察といくつか質問をさせてもらえるかしら?」
 「それぐらいなら良いですよ。ただ個人的な用事を済ませてからにさせて下さい」
 個人的な用事が何を意味するのか、理解できないリツコではない。そしてこれ以上ないほど悪いタイミングで、その対象となる片割れが荒々しい足音を立てながらケージへ突入してきた。
 「ちょっと!何で私の指示を無視したのよ!」
 「あんなのは作戦でも指示でもありませんよ?もう一度士官学校を出直すべきです。それより、無能な作戦指示をしてくれた対価を支払って貰いますよ?」
 ガラッと雰囲気を変えたシンジに、ミサトが後ずさる。
 「て、抵抗する気!?」
 「さあ、覚悟はいいですね?遠野家が僕を手放しても、僕の身に危害を加えられないという自信を、今、この場で示してあげますから」
 シンジをただの中学生と信じて疑わずにいたミサトは、完全に隙だらけであった。その隙をついて、一瞬で懐へ飛び込むシンジ。一拍遅れてミサトが両腕でクロスガードを試みたが、その遅れは致命的であった。
 シンジの右の掌手が、ミサトのガードを掻い潜って、その鳩尾を下から上へ抉るように捉えた。
 全身を襲う激痛に、ミサトが苦悶の声を漏らしながら崩れ落ちる。
 「一番下の肋骨を折らせて貰いました。少しは反省して下さいね」
 元通りの雰囲気を取り戻すシンジ。だが周囲の視線は、恐怖に彩られたままである。にも拘らず、シンジはそんな視線など、欠片ほどにも気にしていない。
 「みんな、聞いてちょうだい。今、この場で起きた事は全て緘口令をしきます。決して口外しないように。いいですね?」
 リツコの言葉に、整備員達も顔を蒼白にさせたまま、コクコクと頷くしかない。
 「琥珀お姉ちゃん、先に帰っていて貰っていいかな?マンションの住所は知っているから、用事が終わったらすぐに帰るからね」
 「ええ、分かったわ。遠野の護衛さん達も到着したみたいだし。夕飯は期待していてね」
 携帯電話を手にした琥珀と、両腕をグルグル回しているシンジがケージから立ち去る。
 「赤木博士、あの子は一体・・・」
 「司令が捨てた実の子供よ。決して敵に回そうなんて思ってはダメだからね。ミサトの二の舞になるわよ」
 「そんなの、頼まれたって御免ですよ!」

 その30分後、司令室で発見されたゲンドウは、両足を焼き切られた状態で気絶していた。その手に握られていたオートマチック拳銃は全弾撃ち尽くされており、その激しい戦いぶりを物語っていた。

技術部専用執務室―
 「うん、体に異常はないようね。問題ないわ」
 簡単な問診を行い、健康だと太鼓判を押すリツコ。目の前には上半身裸のシンジが座っているのだが、リツコの頬がほんのりと赤い。
 シンジが文句なしに美少年なのは誰もが認める。そんな美少年が両目に包帯を巻き、裸になった上半身には小さな古傷が無数についているのだから、どこか倒錯的な雰囲気を感じてしまうのも仕方ない事なのかもしれない。
 「しかし、赤木博士も、よく僕と2人きりになれますね?正直、驚きましたよ」
 「そうね、正直な話、怖くない訳ではないの。怖さよりも好奇心の方が強いから平気なのよね」
 「意外ですね、てっきり恨まれているかと思ったんですが。赤木博士、あの男とそういう関係でしょう?」
 シンジの言葉に、リツコがギョッとしたように大きく目を開く。
 「そうだったわね、あなた心が読めたのよね」
 「ええ、先生からは『サトリ』と言われましたよ。まあ包帯を巻いていれば力は働きませんから安心してください」
 リツコが淹れたコーヒーを飲んだシンジが『美味しい』と呟く。
 「ありがとう。ところで使徒戦の事で確認したいんだけど、良いかしら?」
 メモ帳を引き寄せ、ボールペンを取り出すリツコ。調査する気満々の雰囲気に、シンジが苦笑を洩らす。
 「まず、シンジ君は使徒と話をしていたわよね?」
 「はい、意思疎通をしました。僕がサキエルの心をサトリで覗いて、サキエルが僕の言葉を拾う、という形でしたけど」
 「つまり、使徒には心がある事が立証された訳ね。興味深い事例だわ」
 言葉こそ冷静だが、その全身から発散される興奮は、かつてないほどである。
 「初号機がサキエルのコアを食べた理由は?」
 「あれはサキエルの形見のようなものです。サキエルは次の使徒へバトンタッチしましたが、僕個人の事を嫌っている訳ではなかった。だから自分を倒したご褒美に、力をくれてやる、そんな感じでしたね」
 「つまり初号機はサキエルが使っていた光のパイルとかを使えるという意味なのかしら?」
 「はい、そういう事だと思います。試してないので、断言はできませんが」
 シンジの言葉が意味する物に、リツコは興奮を隠しきれない。ただでさえブラックボックスだらけの初号機が、使徒の能力を取り込むと言う離れ技をやってのけたからである。
 「赤木博士、僕からも質問があるんですが?」
 「いいわよ、あと私の事はリツコでいいわ。赤木って苗字、あまり好きじゃないのよね」
 「分かりました。じゃあリツコさん、生命の実、って知ってますか?」
 その単語に、リツコは叫びだしたくなるのを必死でこらえた。
 「シンジ君?まさか初号機は・・・」
 「はい。サキエルの生命の実も取り込みましたね。で、生命の実って何ですか?」
 「・・・私達がS2機関と呼んでいる、使徒の動力源。無尽蔵にエネルギーを取り出すシステムよ。つまり初号機は理論上、永遠に動き続けると言う意味なの」
 「そんなすごい物だったんですか。サキエルも太っ腹ですね」
 リツコにとっては太陽が西から昇ってきたというぐらい驚異的な出来事なのだが、シンジにとっては違うらしい。形見であるので大切にしなければ、程度なのである。
 「もう一つ良いですか?なんで母さんが初号機にいるんです?」
 「・・・やっぱり気づいていたのね。ユイさんは何も教えてくれなかったの?」
 「感覚的な表現になるんですが、どうも寝ぼけてるような感じなんですよ。僕がいるのも『夢でも見てるのかしら?』みたいな感じで、いまいちハッキリしないんですよね」
 「なるほど、的確な表現だわ」
 リツコがコーヒーで喉を潤すと、説明を再開する。シンジが心を読む以上、もはやリツコには事実を隠すつもりは欠片も無くなっていた。
 「10年前、ユイさんは完成したばかりの初号機のテストパイロットに志願したの。でもテストは失敗。400%というシンクロ率を達成した結果、ユイさんは初号機へ取り込まれてしまった。つまり初号機はユイさん自身でもあるの」
 「母さんは、初号機の中で生きているんですね?」
 「そうよ。碇司令もユイさんを助けるためにサルベージを行ったけど、結果として、それは失敗に終わったわ。だから、それに代わる計画『人類補完計画』を遂行しようとしているのよ、あの人もそうだけど、私も救いようのない馬鹿だわ」
 「リツコさん、一つだけお願いします。今まで通り、あの男の計画を手伝ってやって貰えませんか?」
 シンジの言葉に、リツコが『本気?』と目で問いかける。
 「こう言ってはなんですが、僕は母さんにあの男と、よりを戻してほしくはないんですよ。失礼な言い方かもしれませんが、リツコさんがあの男を愛していると言うのなら、結婚して貰っても構いません。僕にとってあの男は邪魔者でしかないんです。利害の一致って奴ですね」
 「確かに失礼な言い方ね、一応、私の想い人なのよ?」
 「気に障ったなら謝ります。でもリツコさんがあの男と一生添い遂げたいと願うのなら、僕と共同戦線を張れると思うんです。母さんは僕が引き取りますから、それについては心配いりません。リツコさんには表向き、あの男への今まで通りの協力をしつつ、裏で僕に情報を流してもらいたいんです。あとはこちらで上手にやりますよ。母さんにソッポをむかれれば、きっと陥落するでしょうね」
 熟考するリツコ。シンジの申し出は、リツコ個人にしてみれば、確かに魅力的であった。一人の女性として、究極の障害である碇ユイはシンジが引き取ってくれる。残ったゲンドウは自分が手に入れられる。問題なのはゲンドウの心だが、それこそリツコの女性としての魅力次第である。
 「確かに良い条件ね。真剣に考える価値はあるわ。でも私からも一つ、あなたにして欲しい事があるの」
 「どんな事ですか?」
 「ファーストチルドレン、綾波レイに会ってほしい。明日の朝から面会できるように手続きはしておきます。どうかしら?」
 「良いですよ、明日の朝、NERVの医療部に向かえば良いですか?」
 リツコは黙ってコクンと頷いた。

第3新東京市、郊外のマンション―
 地上8階建て、1フロア4戸の4LDKのマンション。基礎は鉄筋コンクリート、外装は煉瓦タイル張りというこのマンションこそ、秋葉がシンジの為に用意した住居である。
 7階がシンジと琥珀の住居であり、残りの7階3戸と、6階と8階各4戸、合計11戸に、遠野家の護衛が寝起きする事になっている。
 シンジがマンションへ到着しエレベーターに乗ると、何故か琥珀が6階で乗ってきた。
 「お姉ちゃんただいま、6階で何かあったの?」
 「護衛の方に夕食の差し入れしてきたのよ。朝とお昼は難しいけど、夕食の一品ぐらいなら、寸胴鍋に作って持って行ってあげられるからね」
 ちなみに琥珀の差し入れはビーフシチューである。護衛も最初は固辞したのだが、出来たての料理の誘惑には耐えきれなかったのと、琥珀の『代わりに私とシンジを守ってくださいね』という言葉の前に屈していたのである。
 「お姉ちゃんは明日、朝から予定ある?」
 「そうねえ、食材の調達ぐらいかしらね。でもどうかしたの?」
 「明日、ファーストチルドレン、つまり僕の同僚に会いに行くんだよ。もし興味があるなら、一緒に行ってみない?」
 チーンと音がなり、エレベーターが静かに開く。
 「良いわよ、一緒に行きましょうか。そうなると、何かお土産が必要よね?」
 「花で良いんじゃないかな?彼女、入院してるそうだから。あとは身の回りの物とか、どうかな?入院中だと、色々不便だろうし」
 「そうね、そこらへんはお姉ちゃんに任せておきなさい!」
 自信有り気に胸を叩く琥珀に、シンジが笑いながら『ありがとう』と返した。

SEELE―
 「使徒の襲来、実に15年振りか」
 「先行投資が無駄にならなくて良かったな」
 「だが問題がある。エヴァンゲリオン初号機だ」
 「その通りだ。我々の計画では、生まれいづるはずの無いS2機関搭載型。それがかような手段で、しかも最初の襲撃で生まれてしまうとは」
 「今、初号機を凍結してしまっては、使徒迎撃は不可能だ。どう考えても、活用せざるをえないぞ」
 「この修正、容易ではないぞ。冬月?」
 「そうだぞ、冬月君。責任者である碇はどうしたのだ?」
 ホログラムで出席している委員を前に、冬月は覚悟を決めた。
 「碇は・・・息子と親子喧嘩をした挙句に、両足を失い入院中です」
 シーンと静まり返る出席者達。
 「冬月君、冗談はやめたまえ。この場での虚言は、最悪、命に関わるぞ?」
 「事実です。碇は両足を太ももから焼き切られ、今後の生活には義足が必要となります。加えて、当面の執務は私が代行せざるをえない状況です」
 「・・・碇の息子は、一体、何をしたというのだ」
 『焼き切られ』という表現は、さすがに聞き逃せなかったらしい。他の委員達も固唾を呑んで冬月の答えを待っている。
 「映像も残っておらず、碇は昏睡状態、サードは帰宅している為、正確な状況は把握できておりません。ですが、サードについて気になる点があります。SEELEの方々に、その点の調査をお願いしたいのです」
 「ふむ、言ってみたまえ」
 「サードに戦闘技術を教え込んだ人物、聖堂教会・埋葬機関の第7席に位置する人物についてです」
 冬月の発言に、出席者全員がガタガタガタと音を立てて椅子ごと後ずさる。その異様な状況に、嫌な予感を覚える冬月。
 「ど、どうしたのですか?」
 「・・・冬月君、確かにその人物は聖堂教会・埋葬機関の第7席なのだな?」
 「え、ええ。サード自身が、そう口にしています」
 「・・・確か、サードの苗字は遠野だったな?」
 「は、はい。間違いありませんが」
 ますます嫌な予感が強くなる冬月。すでに彼の心は、この場から逃げ出していたりする。
 「冬月君、これは委員会としての命令だ。例え碇が文句を言っても、絶対にこちらの指示に従わせろ。サードには絶対に手を出すな!もし手を出した場合、君にも連帯責任を負って死んでもらうぞ」
 「わ、分かりました」
 キール議長が初めて見せた剣幕に、冬月は頷く事しかできなかった。

翌日、NERV医療部―
 白い天井に白い壁、塵一つ落ちていない白い床。清潔極まりない病院の中を、リツコの先導のもと、シンジと琥珀は歩いていた。
 「この部屋よ」
 リツコが案内した部屋は、『綾波レイ』というプレートがかけられている。
 コンコンとノックするリツコ。中から『空いてるわ』という返事が返ってくる。
 室内には蒼銀の髪の少女―綾波レイがベッドへ横になっていた。
 「おはよう、レイ。調子はどうかしら?」
 「特に問題はありません、赤木博士」
 「そう、それなら良かったわ。ところで、今日はお客さんを連れてきたの」
 リツコに言われて、初めてレイはリツコの後ろに佇む2人に目を向けた。
 「男の子が遠野シンジ君。サードチルドレンとして初号機を操縦する子よ。隣の女性は琥珀さん、シンジ君の保護者よ」
 「初めまして、綾波さん。遠野シンジというんだ、よろしくね」
 「私は琥珀というの、よろしく」
 「・・・どういう事?あなた碇司令の子供なのでしょ?どうして碇じゃないの?」
 無表情のまま疑問を口にするレイ。琥珀は表情のないレイを見て、自身の過去の境遇を重ねたのか、硬い表情を作っている。
 「僕はあいつに捨てられたから、苗字が違うんだよ。納得してもらえたかな?」
 包帯に包まれているため、シンジの瞳をレイは見る事が出来ない。そのせいか、シンジの言い分に納得できずにいた。
 「でも、あなたとは血が繋がっているのでしょう?それなら親子ではないの?」
 「親子じゃないよ。少なくとも、僕はそう思ってるし、あいつは僕を利用すべき存在としか考えていなかったからね。少しは反省してもらわなきゃ困るよ」
 「・・・あなた、碇司令に何をしたのよ」
 不穏な空気が部屋に満ちていく。その発生源は、間違いなく蒼銀の少女である。痛みを堪えて無理矢理に上半身を起こす。
 リツコと琥珀が慌てて横にしようとするが、レイは強く首を横に振った。
 「あいつの両足を切断してやったよ」
 パン!
 甲高い音が部屋に響く。シンジは痛みの走る頬を押さえようともせずに、レイを包帯越しに見つめた。
 「綾波さんにとって、あいつは大切な存在なんだね」
 「そうよ、私にとっては唯一の絆だもの」
 「レイ!それは・・・」
 口を挟もうとするリツコを、シンジが制止する。
 「ねえ、綾波さん。どうして、唯一の絆だと思うの?」
 「だって、私は一人だもの。碇司令以外に、私を大切にしてくれる人はいない。私を見てくれる人はいない。私は、独りだから・・・」
 「綾波さんは勘違いしている。絆と言う物は、与えられるのを待つ物じゃないんだ」
 レイの目には、まだシンジに対して敵意は残っている。だが、それでもシンジの言葉には耳を傾けていた。
 「自分から絆を作る為に動いてみた事はある?」
 「・・・無いと思う」
 「そうだね、昔の僕と同じだよ、君は」
 シンジは着ていたシャツを脱いだ。
 「この傷、何でついたか分かる?」
 首を横に振るレイに、シンジは静かに答えた。
 「これはね、僕が虐待で受けた傷跡だよ。あいつに捨てられてから7年間、僕にとっての毎日は、文字通りの地獄だったよ。それを救ってくれたのが、遠野の家族だ」
 「救ってくれた?」
 「うん。だから、今度は僕が誰かを、そう、綾波さんを助ける番だと思うんだ」
 シンジがそっとレイの手を取る。
 「綾波さん、友達になろうよ。僕は昨日引っ越してきたばかりだから、まだ友達がいない。だから、僕と友達になってくれると嬉しい」
 「でも、私は・・・じゃないから・・・」
 「友達になるのに条件なんてないよ。それにね、綾波さんは可愛いから、自分から動けば、そうだね、まずは挨拶をしてみれば、必ず友達はできるよ」
 「な、何を言うのよ!」
 頬を赤く染めて抗議するレイの姿に、リツコは安堵を覚えた。

 『それじゃあ、男の子は外に出て行って下さいね』
 琥珀にそう言われて、シンジは廊下へ追い出された。シンジは包帯のおかげで何も見えないが、それでも女の子の体を拭く場に居合わせて良い理由にはならない。
 その琥珀はと言えば、レイを構いたくて仕方無いらしく、色んな事を話しかけていた」
 「ふふ、お姉ちゃんを取られちゃったわね」
 「琥珀お姉ちゃんは、面倒見が良いですから。綾波さんも僕と話すより、よっぽど気楽だと思います」
 「そう?私はそうは思わないわ、シンジ君」
自販機のあるロビーは、全く人影がない。だがその分、他人に気を使わずに話をすることができた。
「シンジ君、包帯を取ってもらえる?」
リツコに言われ、素直に包帯を取るシンジ。
「取りました・・・よ・・・リツコさん!?」
「それが真実なのよ。お願い、レイを助けてあげて」
「分かりました・・・綾波さん、いや、レイは必ず僕が助けます」
シンジの顔には、深い苦渋の色が浮かんでいた。

サキエル戦から2週間後―
 キーン、コーン、カーン、コーン
 時間は朝の8時。中学校の正門を閉める時間である。
 この日、シンジは正式に第1中学校への転入となり、その挨拶の為に職員室を訪れていた。
 「ふむふむ、君が遠野シンジ君ですか、校長先生から話は聞いていますよ。何でも目が光に耐えられないと・・・しかし、めげずに頑張ってください」
 「はい、ありがとうございます」
 両目と両肩から手首まで、包帯で全てを隈なく巻いているシンジを、担任の老教師は優しげな眼差しで見つめていた。
 「ところで、遠野君は朝はどうやって学校まで来たのですか?」
 「普通に歩いて来ました。目を使えない生活には、もう慣れてますからね」
 「いやはや、人間の適応能力には驚かされる。しかし、もし辛いようなら誰かに頼る事も必要ですよ?」
 「本当に無理だと思ったら、その時は助けてもらいますよ」
 シンジを先導するように、教師が職員室を出ていく。その後をシンジが追いかけ、『失礼しました』と丁寧にドアまで閉めていく。
 「すごいもんだ、本当は目が見えているんじゃないのか?」
 ある教師の発した言葉に、職員室にした教師達は同感だとばかりに頷いていた。

2年A組―
 「おい、みんな!転校生が来るらしいぞ!」
 A組どころか、第1中学校きっての情報通と言ってもいいケンスケの言葉に、生徒達は見事に興味を惹かれた。
 「可愛い女の子なら良いよな」
 「何言ってんのよ、カッコいい男の子に決まってるでしょ!」
 喧々諤々の論争が始まる。
 「それで、どんな人なの?その転校生っていうのは」
 「何、委員長も気になるの?」
 「当然でしょ?私は委員長だから、面倒見てあげないとね」
 そこへガラガラと教室の後ろのドアが開いて、生徒が入ってくる。蒼銀の髪の少女、綾波レイである。
 綾波に挨拶をする者は、ヒカリ以外にはいない。そのヒカリにしても、委員長としての責務から、挨拶していると言うのが本音であった。
 「綾波さん、おはよう」
 「お・・・おはよう、洞木さん」
 シーンとなる教室。その後、ゆっくりとざわめきが広がっていく。
 (・・・おい、今、綾波が挨拶したぞ?)
 (何か、挨拶された洞木さんが固まってるんだけど)
 (あの綾波に、一体、何があったんだ!?)
 「な、何か良い事でもあったの?綾波さん」
 「・・・教えてもらったから」
 「何を?」
 「自分から動かないと、私が欲しい物は手に入らない。その為には、まず挨拶から入った方がいい、そう教えてくれた人がいるの」
 相変わらず無表情であるが、その頬がほんのりと赤みがかっている。
 「ま、まさか、綾波さん!?」
勘の良い女子生徒を中心に、黄色い歓声が沸き起こる。
「綾波さん!詳しい事を教えて!相手は誰なの!?」
「・・・相手って、何の事?」
「だから、気になるんでしょ?その人の事が!」
「・・・気になる人?・・・そう、私、あの人の事が気になってるのね・・・」
「「「「「キャー!!」」」」」
クールで無口な綾波レイに気になるお相手が出来たという事実は、転校生を霞ませるほどの衝撃であった。
「相手は誰なの!?何て言う人なの!?」
「・・・遠野君・・・」
再び湧きあがる歓声。そこへガラガラと扉を開けて老教師が入ってくる。
「今日も皆さん元気ですねえ、ですが出欠を取りますから、席へ着いてくださいね」
慌てて席に着く生徒達。そしてSHRが終わった所で、メインイベントが始まった。
「今日は転校生を紹介します。入ってきてください」
ガラガラと音を立てて入ってきた少年の姿に、シーンと静まり返る。さすがに両腕と両目に包帯を巻いていては、驚くのも無理はないのだが。
「御覧の通り、彼は視力を使えない状態です。正確には日光に目が耐えられないそうなので、日中はこうして包帯を巻かざるを得ない生活を送っています。色々と困る事もあるでしょうから、みなさんも助けてあげてください」
チラホラと『はい』という返事が返ってくる。さすがに見かねたのか、ヒカリが立ち上がった。
「みんな、何で返事しないの!助けてあげるのが当たり前でしょ!?」
「・・・大丈夫よ、洞木さん。彼は私が助けるから」
「綾波さん?」
沈黙を破ったのはレイである。周囲の注目が集まる中、レイが前へと向かい歩きだす。
「先生、席は私の隣で良いですか?」
「ええ、そこで構いませんよ。良かったら案内してあげて下さい」
「ありがとう、レイ。助かるよ」
手を握って誘導するレイの姿に、女子生徒の中から『まさか?』という声がチラホラと出始める。
「ここよ。座って、遠野君」
「ありがとう」
レイの顔にはっきりと分かるほどの赤みが差す。
「「「「「この人なの!?」」」」」
綾波レイの意中の男は、盲目の少年。そんな情報が第1中学校を席捲するのに、それほど時間はかからなかった。

 そして事件は起こった。

 事の起こりは一時間目の授業中である。
 シンジのパソコンの入力技術は、それなりに高い。流石にリツコやマヤには劣るが、それでも完璧なブラインドタッチと、とても早い入力スピードを誇っている。
 ただ問題なのは、ディスプレイに映った物を確認できない点である。包帯を巻いているのだから当然なのだが、それだけは流石にどうしようもない。
 その為、メールが着信した時、すぐに分かるよう着信音を設定しているのだが、それが事件の発端となってしまった。
 『メールです、メールです』
 授業中に響く着信音に、教師がシンジの所へ近づいていく。
 「・・・まあ、君は目が使えないのだから、仕方がないだろう。さすがに音を消せとは言えないしな」
 「そう言われたら困ります」
 「いや、君を責めてる訳じゃない。授業中にメールを送る不届き者に腹を立てているだけだ、なあ、相田?心当たりがあるだろう?」
 あっちゃあ、と顔を伏せるケンスケ。説教が始まる中、シンジは何の気なしにメールを開いてしまう。同時に、機械音声で内容が読み上げられた。
 『お前があのロボットのパイロットなんだろ?』
 沈黙が下りる教室。ゆっくりと広まっていくざわめき。
 「・・・あのさ、相田君。本気で言ってるの?」
 「違うのか?」
 「目が使えない人間がパイロットやったら、楽しい事になるだろうね。是非、挑戦してみたいよ。その時には、相田君にはロボットの足元にいてもらうから」
 「・・・いえ、結構です」
 それが本当の事になるとは、誰も想像しなかった。

休憩時間―
 シンジとレイを囲むように、人だかりができている2年A組。いつにない熱狂ぶりに、ヒカリですらも口を挟められないほどである。
 そこへガラガラと音を立てて、ジャージ姿の少年が教室に入ってきた。
 「なんや?この人だかりは」
 「鈴原!一体、どうしてたのよ!?」
 「ああ、この前の騒動で妹が入院してな。それに付き添っとったんや。うちはお爺もおとんも、仕事でおらんからな」
 鞄を机に放り出すトウジ。その耳に、ケンスケがゴショゴショと囁く。
 「ほんまか?それは」
 「可能性はあるね。タイミングはピッタリだし、何よりパパのパソコンに残っていた名前と同じだからね」
 ズカズカと歩きだしたトウジの剣幕に、人だかりがきれいに割れる。
 「転校生、ちょっといいか・・・って、目が見えんのか!?」
 「不便だけど仕方ないからね。それより訊きたいんだけど、何で君は僕に殺気を向けてるのかな?嘘はつかなくて良いからね。こういう生活送ってると、それぐらい分からなきゃ生活できないんだから」
 「・・・そんなら話は早い。ワシはお前を殴らにゃならんのや!」
 「君では僕に勝てないと思うよ?」
 カチンと来たトウジが、シンジの胸倉を掴み上げようとして―トウジは床に叩きつけられた。
 「な、何や!?何したねん、お前!?」
 「何って、足を払っただけだよ。自慢じゃないけど、前に住んでた三咲町では、一番の要注意人物として警察に顔を覚えられていたぐらいには、暴れまわっていたからね。それでもやるの?」
 「・・・遠野君」
 「大丈夫だよ、レイ。怪我はしないし、させるつもりもない。ちゃんと手加減はしておくから心配しないで」
 今度こそ、本気で怒りを覚えたトウジが飛びかかった。さすがに目が使えない人間に『手加減してやる』とまで言われてしまっては、トウジの面目は丸潰れである。
 だが何度飛びかかっても、トウジはシンジを捕まえる事すらできなかった。
 その異様な光景に、生徒達も止める事を忘れて遠巻きに見つめるだけである。
 「ワシは、ワシはお前を許せへんのや!ワシは妹を守るんや!」
 何度も叩きつけられ、フラフラになりつつも、それでも諦めないトウジが精一杯の力を込めて拳を叩きつけ、それがシンジの頬を捉えた。
 その手応えに、殴った本人であるトウジが、誰よりも驚いていた。
 「な、何で避けんのや!お前は!」
 「・・・別に、一発殴れば気が済むんでしょ。だから、これで終わりだよ」
 席を立ったシンジが、廊下へ姿を消す。その後ろをレイが慌てて追いかけていく。
 「あいつ、何者や?」
 トウジの疑問は、避難警報にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

 学校の職員に扮していたNERVの保安部員の運転する車に乗って、シンジとレイは本部を目指していた。
 「なんで、わざと殴られたの?」
 レイが濡らしたハンカチで、シンジの赤く腫れた頬を冷やす。
 「あいつ、妹を守る、そう言ってた」
 「・・・そうね」
 「思いだしたんだよ、僕も守りたくてエヴァに乗っている事を」
 包帯越しに窓の外へ視線を向けながら、シンジは続ける。
 「レイには教えてなかったね。僕はね、この子達を守りたくて、戦ってるんだよ」
 ポケットから取り出した写真。そこにはシンジにしがみ付いて泣いている春奈と、お腹が膨らみ始めている翡翠が映っていた。
 「泣いてる子が春奈。もう一人が琥珀お姉ちゃんの妹で翡翠お姉ちゃん。僕は2人を守りたくて戦うと決めたんだよ」
 「・・・遠野君は、自分を重ねてしまったのね?」
 「そうなんだよ、でもみんなには内緒だからね?知られると恥ずかしいから」
 悪戯めいた口調に、レイはクスッと笑った。

シェルター内部―
 「あーあ、また報道規制か。折角のチャンスだって言うのに!」
 携帯テレビを弄りながらケンスケがぼやく。
 「まあ、我慢するんやな」
 「・・・なあ、トウジ。一緒に抜け出さないか?」
 「ケンスケ!」
 声を荒げるトウジに、ケンスケが人差し指を唇にあてて、シーッとジェスチャーする。
 「トウジ、お前だって気になってるんだろ?転校生の奴、最後はわざと殴られた事。それが原因で、迎撃に失敗したらどうするのさ?お前には戦いを見届ける義務があるんじゃないのか?」
 「・・・お前、ホンマ自分に正直なやっちゃな・・・」
 「決まりだな、トウジ。おーい、委員長!ちょっとトイレ行ってくるわ」
 ケンスケの呼びかけに、トランプで遊んでいたヒカリが『早く戻って来なさいよ!』と返事を返す。
 しばらくして―
 いつまで経っても戻ってこない2人に、業を煮やしたヒカリは、トランプから抜けると2人を探しにトイレへと向かった。
 「ホント、あの2人はいつまで経ってもガキなんだから!」
 幼馴染である2人に対して、呆れたように呟くヒカリ。
 だがトイレの周辺に2人の姿は無く、人の気配も全く無い。
 「まさか!あの馬鹿!」
 ヒカリは最悪の光景を予想して、出入り口へと走り出した。
 
本部発令所―
 「シンジ君、今日は僕が臨時で指揮官を務めるよ。よろしくね」
 「ええ、分かりました。それで作戦は?」
 シンジの問いかけに、日向が返事を返す。
 「まず、そちらに敵の姿を送るから、確認してほしい」
 ピッと音を立てて映像が映る。そこにはシャムシエルの姿が映っていた。
 「まず、敵の機動力はかなり低い事、それから武器と思われるものは前面にしか無い事が分かっている。裏を返せば、奴は早い動きや背後からの奇襲に対して、効果的な対応を取るのは難しい個体だと思われるんだ」
 「確かに、一理ありますね」
 「そこで、まず兵装ビルからのミサイル攻撃で、奴の足止めと視界を塞ぐ。奴の動きが止まった所で、シンジ君は背後から奇襲攻撃を仕掛けてほしい。狙うべきポイントは、勿論コアだよ。何か分からない点とか、意見はあるかい?」
 しばらくシンジは考え込んでいたが、特に問題は無いと判断して、黙ってコクンと頷いた。
 「ではシンジ君の準備が完了次第、作戦を始めるよ」
 「遠野君、頑張って」
 「ありがとう、レイ。それじゃあ、行ってくるね」
 レイに笑顔を向けると、初号機をシャフトに向けた。

シェルター外部―
 「おお、あれが敵―使徒か!でっかいなあ!」
 「なんや、烏賊焼き思い出すなあ」
 小高い山の上で、ケンスケとトウジは暢気に街を眺めていた。
 「で、いつになったら転校生、うわっ!」
 突如始まったミサイルの嵐。かなり離れた山の上まで、その轟音は鼓膜を破ると思われるような勢いで、2人の耳に飛び込んできた。
 「すっげー!やっぱ本物は違うよ!」
 「ホンマ、お前の趣味は分からんわ」
 「お?来たぞ!トウジ!」
 使徒の背後100メートル程の位置に、エヴァンゲリオン初号機が射出される。地上に出ると同時に、初号機は即座に行動を開始。一瞬で距離を詰めると、爆炎の中へと飛び込んでいった。
 「すっげー!何て速さだよ!俺も乗ってみたいなあ!」
 「こら!そこの馬鹿!何やってんのよ!」
 「うわ、委員長やないかい!」
 背後からの聞き慣れた怒声に、トウジが肩を竦める。もはや条件反射というより脊椎反射で肩を竦めてしまうほど、怒られ慣れているトウジであった。
 「そんな怒るなよ、委員長。遠くから見ているだけなんだからさ」
 「ふざけてないで戻りなさい!」
 「・・・ケンスケ、帰るで。お前もロボットは見れたんだ。もう満足した・・・やろおおおおおお!?」
 トウジの視界を埋め尽くすかのように、紫の物体が3人目がけて吹き飛んできた。

 爆炎の中にいるであろう使徒目がけて、シンジは初号機を駆った。右手に握られたプログナイフは、すでに超振動装置がブーンと低い音を立てている。
 爆炎まで僅かな距離になった所で、シンジは初号機をジャンプさせた。狙いは空中で倒立しながら敵の頭部を左手で掴み、その注意を背後にそらせた所で、左手を中心に敵の前面へ着地。すぐさまコアを一撃で潰す、という物であった。
 シンジの策は、途中までは上手くいった。狙い通りにシャムシエルは背後に向かって反応し、その隙にコアへプログナイフを突き立てる事に成功したのである。
 だがシンジの誤算は、ナイフの強度であった。
 ナイフはコアの半ばまで突き刺さったが、力の負荷に耐えきれずバキンッ!と音を立てて折れてしまったのである。
 舌打ちしつつ、そのまま零距離戦の素手攻撃でコアへ追撃をかけようとするシンジ。その瞬間、嫌な予感を覚えた時には遅かった。
 『最大のチャンスは、時によっては最大のピンチとなりえます。決して油断してはいけませんよ?』
 シエルの言葉が脳裏に浮かぶが、すでに手遅れ。煙に紛れて触手を伸ばしたシャムシエルは、初号機を天高く放りあげていた。

 ズズンという低く鈍い音が聴覚を支配し、朦々と立ち込める土埃が視界を占める。
 「クソッ!何、やってるんだ僕は!シエルお姉ちゃんに教わった事、何も理解していないじゃないか!」
 アンビリカルケーブルは外れてしまい、すでに内蔵電源へと切り替わっている。時間は残り4分45秒。敵は前方500メートル程をゆっくりと移動中。それらを確認すると、シンジは初号機を起こそうとして、動きを止めてしまった。
 視界の隅に拡大される映像。そこには3人の子供の姿が映っていた。
 「馬鹿な!何で外に出てるんだ!」

発令所―
 「何で子供が!避難が完了していなかったのか!?」
 青葉の叫びに、発令所に動揺が走る。
 「確認完了!3人ともシンジ君のクラスメートです!」
 マヤの絶叫が響く。
 「・・・日向二尉、今の戦闘指揮官はあなたよ」
 「ええ、分かってます・・・シンジ君、戦闘は続行してくれ。3人については無視してもらって構わない」
 日向の決断に、青葉とマヤが非難の視線を向ける。
 「シンジ君、その3人は見殺しにするんだ!全人類と3人の命、天秤にかける訳にはいかないんだ!」
 その決断に、レイが初号機を不安そうに見つめていた。
 
 『シンジ君、その3人は見殺しにするんだ!全人類と3人の命、天秤にかける訳にはいかないんだ!』
 日向の指示は、シンジにも納得できた。全人類と3人の命、どちらが大切なのか。そんな事は議論するまでもない。そもそもシェルターの外へ出てきた事自体、命を捨てる事と同義なのだから。
 もしここで迎撃に失敗すれば、シンジ個人の守りたい者―春奈や身重の翡翠―までもが命を失いかねない。それを考えれば、見捨てるのは当然の選択肢であった。
 「・・・クソッ!僕は何やってるんだ!」
 エントリープラグを排出。発令所の制止を無視し、シンジは行動を起こした。
 「3人とも早く乗れ!殺されるぞ!」

 3人が飛び込むと同時に、シンジは怒鳴り声を上げる。
 「LCLの浄化速度を最大に!それから3人とも、隅っこでしゃがんでろ!」
 「て、転校生!?」
 「さっさとしろ!死にたいのか!」
 シンジの緑色の双眸に気押されて、3人が体を小さくする。
 『初号機シンクロ率42.5%まで低下!』
 『シンジ君!シンクロ率が落ちてるぞ!兵装ビルで支援に入るから』
 「日向さん!切り札を使います!ここで仕留めてやる!」
 シンジの全身に緑色の雷光が走る。その姿に、3人が驚愕の視線を向ける。同時に、その姿は発令所の正面モニターにも映し出されていた。
 「力を貸して!サキエル!」
 初号機の双眸が不気味に輝く。同時にサキエルから受け継いだS2機関が稼働を開始。内蔵バッテリー表示が∞を示し、エントリープラグ内部も蛍光灯に照らし出されたかのように明るくなる。
 『初号機、S2機関稼働しました!シンクロ率104.3%まで再上昇!』
 『あれは・・・何だ!?』
 青葉の叫びは、初号機の右手に原因があった。そこには光輝くパイル―サキエルの武装が右手の甲から生えていたからである。
 「うおおおおおお!」
 正面から最短距離を突き進む初号機。その右手は限界まで後ろに引かれ、一撃必殺を狙っている。
 対するシャムシエルは2本の鞭で応戦。その突撃を食い止めようと、先端を初号機の胴体に突き立てる。
 その瞬間、シンジの腹部に激痛が走り、その口から真紅の血液を吐き出し、LCLをさらに真っ赤に染めていく。
 にも関わらず、シンジは痛みを押し殺し、その右腕のパイルをシャムシエルのコアへと激しく突き立てた。
 パイルは一撃でコアを貫通。シャムシエルは動力を失い、徐々にその動きを鈍らせていく。
 「・・・うん、分かってる。でも僕達も負ける訳にはいかないんだ。でも、君の気持だけは貰っておくよ。ありがとう、また会おうね。昼を司る天使、シャムシエル」
 半ば粉砕されたコアの塊を、初号機で掬い取る。そしてサキエル戦と同じように、初号機は顎部ジョイントを自ら粉砕。シャムシエルのコアを、その体内へ取り込んだ。



To be continued...
(2010.07.03 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 シャムシエル戦終了&シンジの不幸開幕のお話になりますwまずはシンジのお腹に風穴が空きました。今後、どこまでいくかご期待下さい(←鬼作家)
 次回ですが、まずはシャムシエル戦の後日談&この頃アスカは何をしてたのか?から始まり、一気にラミエル戦まで突っ走ります。ゲンドウは順調に入院しておりますが、ミサトが早くも戦列復帰。プロットでは当分先だった筈なのに、何故か無視して登場した挙句に暴走しております・・・おかしいなあ・・・でも何とかなるから良いかw
 では、また次回もよろしくお願い致します。



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