遠野物語

本編

第三章

presented by 紫雲様


NERV本部保安部―
 険しい顔をした3人の男性職員を背後に従えて、日向は戦闘中にシェルターの外へ出た子供達への説教を行っていた。
 仮にも中学2年生。当然、シェルターの外が危険なのは分かる年頃であるし、特にトウジに限って言えば、妹が前回の使徒戦で怪我をしている事実を考えれば、なおさら分かりそうな物だったからである。
 「あとの事は3人にお任せします。ただし、相田三尉。あなたに関して言えば、情報管理が疎かすぎます。この件については、あなたにもペナルティが課される事を覚悟しておいてください」
 「申し訳ありませんでした、日向二尉」
 日向の後ろに控えていたのは、NERVで働いているトウジ・ケンスケ・ヒカリの父親であった。彼らは自分の子供が戦闘妨害を行ったと聞かされて、すっ飛んできたのである。
 席を立とうとした日向であったが、そこでドアがノックされた事に気づいた。
 「どうぞ」
 「失礼します」
 入ってきたのは、発令所で一部始終を見ていたレイであった。
 「綾波さん!何でここに!?」
 ヒカリ同様に、トウジやケンスケも、突然のレイの出現に驚いていた。
 「日向二尉、少しだけ時間を下さい。どうしても3人に伝えないといけない事があります」
 無表情なのは間違いないが、その声色に怒りの色が混じっている事に、日向はすぐに気づいた。
 「5分だけだ。それでも良いかい?」
 「十分です」
 スッと前へ出るレイ。そしてパンッ!パンッ!パンッ!と3つの甲高い音が響いた。
 レイに頬を叩かれた3人は、驚きで硬直していた。叩かれた事ではなく、レイの両目に光る物が浮かんでいたからである。
 レイはポケットから、一枚の写真を取り出した。
 黙って差し出された写真を、3人が覗きこむ。その写真はシンジが第3新東京市へ来る前に、遠野家で撮ってきた春奈と翡翠の写真であった。
 「それは遠野君から借りてきた写真。遠野君が大切にしている宝物なの。遠野君はね、そこに写っている人たちを守る為に、エヴァに乗っているわ。人類を守る為じゃない、自分の家族を守る為に戦っている。それなのに、遠野君はあなた達を助ける為だけに危険な方法を選択したわ。何で、そうしたか分かる?」
 「・・・」
 「鈴原君、何で遠野君がわざと教室で殴られたか、分かる?」
 3人とも、その答えが即座に理解できた。
 「・・・妹をダブらせたんやな・・・」
 意気消沈するトウジ。写真の中のシンジは、緑の瞳を隠すことなく、屈託のない笑顔を浮かべている。それだけでも、シンジがどれほど春奈と翡翠を大切にしているのかが理解できた。
 「ワシは、ワシは、大馬鹿や!」
 吠えるトウジの横で、ヒカリが『ゴメンナサイ』と何度も泣きながら謝り、ケンスケも顔を俯けて全身を細かく震わせていた。
 「日向さん!お願いや!転校生に、いや遠野に会わせて下さい!せめて、せめて謝りたいんや!」
 「私からもお願いします!会わせて下さい!」
 「俺もです!お願いですから会わせて下さい!」
 詰め寄る3人が真剣なのは、日向にも理解できた。彼としても心情的には会わせてやりたいと思っている。だが、それは許されない事だった。
 拒否する日向に、子供達は当然の如く詰め寄る。さすがに父親が止めに入ろうとしたのだが、日向はそれを止めた。
 「シンジ君は、現在、営倉に入っている。面会は禁止。それがルールなんだよ。シンジ君は僕の命令、つまり上官の命令に従わなかったからだ」
 それこそがシンジの罪状であった。シンジはNERVと対等の立場であり、報酬と言うお金すら貰わない善意の協力者であるのだが、それでも作戦系統に従って貰わねば困る。シンジに認められているのは『戦闘への参加自体に賛成するか拒否するか』であって『戦闘参加中に作戦が気に入らないから作戦を拒否する』という物ではないからである。特に今回は3人の子供と引き換えに、使徒の本部侵入を許してしまった可能性があるのだ。
 それに気が付いていたシンジはケージへ帰還すると、レイに伝言だけ頼み、自分の意思で営倉に入ってしまったのである。
 この事態に頭を抱えてしまったのは、当事者のNERVである。シンジは戦闘中のフィードバックによってダメージを負っていたのだから。シンジを懲罰のために営倉へいれるにしても、まずは検査と治療をしてからでないとマズイと考えていたのである。ところがそんな怪我人が治療どころか応急手当もせずに不衛生な営倉へ入ったのだから、慌てるのは当然であった。
 誰もがシンジを説得したが、シンジは誰の言葉にも耳を貸さない。ただ『ケジメはつけます』としか返さないのである。
 結局、リツコがシンジの治療を営倉で行う事で、とりあえずは一段落したのである。
 「3人とも、よく覚えておくんだよ。僕達NERVは人類を守る為なら、君達を犠牲にするという選択肢を選んだ。それは紛れもない事実だ。それをシンジ君は自分を犠牲にしてまで君達を助けた。その事を、よく覚えておきなさい」
 
営倉―
 「シンジ君、少しは自分の体を大切にしなさい。本来なら、こんな場所で療養を許されるような傷ではないのよ?」
 さすがにそこまで言われると、シンジとしても反論ができない。『横になって安静にしています』としか返せないのである。
 「でも意外だったわ。あなたなら、あの子達を見捨てると思っていたから」
 「僕はそんなに非情に見えますか?」
 「ええ。だってあなたにとって、最優先なのは家族を守ることでしょう?その為には、あそこで死ぬ訳にはいかない。違う?」
 その言葉を、シンジは点滴の滴を眺めながら聞いていた。
 「・・・何ででしょうね、見捨てたって良かったのに・・・」
 「そうね、あの時のあなたは無我夢中だったから、憶えていないんでしょうね」
 「何かやりましたか?僕」
 「全身に緑の雷光を纏わせていたわ。少しは用心した方がいいわよ」
 「あっちゃあ・・・」
 両目を押さえるシンジ。どうやら自覚していなかったらしい。
 「みんなには『私の開発した、新機能による特殊な効果』と説明しておいたから、下手に質問される事は無いと思うけどね」
 「ありがとございます。助かりました」
 「どういたしまして。それで、あれは何なの?後始末のお礼代わりに、説明ぐらいはして欲しいわね」
 好奇心丸出しのリツコに、シンジは苦笑しながら説明した。
 「魔術、って知っていますか?テレビゲームの魔法を想像してもらえば良いんですけど」
 「それなら分かるわ。それで?」
 「魔術を発動させるには、魔力回路と呼ばれる物を起動する必要があります。それが起動すると、魔力回路に魔力が流れます。その流れていく魔力が発する光が、リツコさんが気にしている雷光なんですよ」
 実際に起動してみせるシンジ。全身が緑の雷光に包まれる。
 「触っても良いですよ。感電とかはしませんから」
 「・・・本当ね、不思議だわ・・・」
 「でも実験とかしたくても協力はしませんからね。あと口外もしないで下さい。魔術が表の世界に広まったら、間違いなく軍事活用とかに悪用されますから。最悪、僕の手でリツコさんを殺さないといけなくなります」
 残念がるリツコではあるが、シンジの言い分には一理ある。魔術が公になれば、間違いなく、シンジの予想通りの事が発生するからだ。
 「でも、まさか魔力回路が起動するとは思わなかったなあ。下手すると、これからも使徒の力を借りる度に、起動しちゃうのかも・・・まずいなあ・・・」
 「そこはエヴァの新機能で押し通すしか無いわね」
 「御迷惑おかけします」
 素直に反省するシンジ。この辺り、年齢通りの幼さを感じさせる。
 「ところでリツコさん。お願いがあるんですが、2週間後、一時帰宅を認めてくれるように伝えて貰えませんか?」
 「一時帰宅?まだ来たばかりじゃない、ホームシックにでもかかったのかしら?」
 「違いますよ。ただ、思ったんです。もう一度、自分が戦う理由を再確認するべきじゃないかな?って」
 逃げるのではなく、立ち向かう為の一時帰宅。シンジが本気で言っている事が、リツコには理解できた。だがリツコの、ひいてはNERVの立場上、どうしても言わなければならない事もあった。
 「使徒迎撃を考えれば、できればここを離れてほしくないわ。御家族にこちらへ来ていただいて、話をするのではダメかしら?」
 「僕はNERVを信用していません。みんなが第3へ来ると、それを好機と捉えて、春奈や翡翠お姉ちゃんを人質にして、僕を強制的に従わせようとするかもしれません」
 「そうね。とりあえず、副司令に掛け合ってみるわ」

 シンジの要望は、やはり迎撃上の理由から冬月に却下された。だがこのまま放置して良い問題でもない為、冬月とリツコで話し合った結果、まずは翌日に営倉から解放し、医療部の個室へ移動。2週間後ではなく1週間後に、リツコの同伴のもと、一時帰宅を認める事で折り合いがついた。
 
市立第1中学校―
 「遠野の奴、今日も休みなんか・・・」
 シャムシエル戦から7日後、シンジはいまだ学校へ登校してこない。その理由こそ知っているものの、それでもトウジはシンジが来ない事に不安を抱いていた。
 「そうね、私も早く謝りたい」
 「そうだな・・・遠野の家へ行っても、まだ帰ってきていない、としか言われなかったしな」
 ヒカリやケンスケも、トウジと同じ心境であった。
 そこへガラガラと扉が開き、レイが入ってくる。
 「おはよう」
 レイが静かに席へ着く。そこへトウジが近づいた。
 「おはようさん、綾波。すまんけど、一つだけ教えてくれへんか?」
 「・・・何を知りたいの?」
 「遠野の事や。ワシらどうしても、あいつに直接謝りたいんや。その・・・まだ、入ったままなんか?」
 「遠野君は、今朝の電車で三咲町へ帰ったわ」
 レイの言葉に、3人が愕然とする。
 「何でや!遠野は何も悪うないんや!悪いのはワシや!何で、遠野が帰らせられにゃならんのや!」
 「落ち着いて、鈴原君。あなた、誤解してるわ」
 トウジの叫びは嫌でもクラス中の注目を集めていた。クラスの視線が集まる中、レイは静かに説明した。
 「この前の写真、憶えてるでしょ?あの2人に会いに戻ったのよ。明日の夕方に戻ってくる事になってるわ」
 「な、なんや、そういう事かいな・・・」
 トウジの言葉は、ヒカリやケンスケの気持ちをも代弁していた。
 「同じ真似は二度としないで。遠野君、内臓にまで傷を負っていたんだからね」
 「ホンマか!?」
 「赤木博士の見立てでは全治10日。内視鏡のおかげで手術は必要ないけど、縫合は必要だったと聞いているわ」
 自分達のとった行動が引き起こした現実の重さに、3人は心を締め付けられるような苦しさを味わっていた。

三咲町、遠野邸―
 「おかえりなさい、シンジ。たった2週間でホームシックにかかったの?」
 「ただいま、秋葉お姉ちゃん。期待に添えなくて悪いけど、ホームシックじゃないよ。ホームシックだったら、まだ良かったんだけどね」
 シンジの後ろに立っていたリツコに、秋葉の視線が向く。同時にリツコが無言で頭を下げた。
 そこでリビングのドアが開き、廊下から飛び込んできた小さな影が。勢いそのままにシンジへ抱きついた。
 「にーに!おかえりなさい!」
 「ただいま、春奈。これはお土産だよ、着けてあげるからジッとしててね」
 慣れた手つきで、春奈の頭に赤いリボンを着けてあげるシンジ。その姿を鏡で見せてあげると、春奈はニッコリと笑った。
 「にーに、ありがとう!」
 「どういたしまして。ほら、こっちにおいで」
 春奈を招き寄せるシンジ。春奈も自分の指定席と信じて疑わない、シンジの膝の上に攀じ登り、しっかりと席を確保する。
 「そういえば、兄さんと翡翠お姉ちゃんは?」
 「翡翠は買い物で、兄さんは荷物持ち兼、護衛よ」
 「パパとねーねは、おかいものなのー!」
 春奈の無邪気な声に、シンジは覚悟を決めたように秋葉を見た。
 「僕は、戦う覚悟が出来ていなかったのかもしれない。そう思ったんだ。だから、もう一度、戦う理由を確認しようと思って戻ってきたんだ」
 「・・・何があったの?琥珀から、あなたが自分の意思で営倉へ入った事は聞いていたわ。でも、よほどの事が無ければ、営倉なんて入らないでしょ?」
 答えにくそうなシンジに代わり、リツコが口を開こうとする。そんなリツコを制して、シンジはポツリポツリと呟くように答える。
 「分からなくなったんだ。春奈や翡翠お姉ちゃんを助けるという覚悟が本物なら、僕はあの時3人を見殺しにすべきだった。でも、僕にはそれができなかった。僕は、自分の覚悟が本物かどうか不安になったんだ」
 「それで、戻ってきたのね?」
 「うん。もう一度、春奈や翡翠お姉ちゃんと会って、僕が2人を守りたいと思う気持ちが本物なんだって、胸を張って言えるようになりたかったんだ」
 秋葉はティーカップを置くと、シンジを正面から見つめた。
 「じゃあ、シンジ。もし、もしもよ?その3人が同じような状況になったら、あなたはどうするの?」
 「・・・今度は見殺しにする。それが正しい事だと思うから」
 「いえ、それは間違いよ、シンジ」
 秋葉はハッキリと断言した。
 「小賢しい理屈や、大義名分は大人の領分なの。シンジのような子供が、それに付き合う義務はないわ。あなたは、あなたが正しいと思う道を選びなさい。10人を助けるのに1人を見捨てるのが嫌だと思うのなら、その1人すらも救えるように強くなりなさい。結果、サードインパクトが起きたとしても、私達はあなたを責めたりしないわ。もし、それが原因であなたが責められたのなら、私達があなたを守ってあげる。それが家族でしょ?」
 「お姉ちゃん・・・」
 「それよりシンジに聞きたい事があるの。琥珀から『綾波レイ』という名前の恋人がシンジにできた、と聞いたんだけど?」
 「お姉ちゃん!綾波とはそういう関係じゃないよ!」
 必死になって反論するシンジを見て、秋葉は心の底で安堵していた。

翌日の夕方、第3新東京市―
 シンジは再び、NERVで戦う為に第3新東京市に戻ってきた。
 改札口を抜け、琥珀が待っているマンションを目指そうとして、足が止まる。
 「おかえり、遠野。あん時は迷惑かけて、すまんかった」
 「おかえりなさい、遠野君。迷惑かけて、ごめんなさい」
 「おかえり、遠野。俺のせいで、あんな事になって、悪かったよ、ごめん」
 そこにはトウジ・ヒカリ・ケンスケの3人が待っていたのである。さらに3人の後ろには、レイと琥珀が立っていた。
 「おかえりなさい、シンジ君」
 「おかえりなさい、遠野君」
 しばらく呆気にとられたシンジだったが、すぐに元気よく返した。
 「ただいま!みんな!」

時は遡りシャムシエル戦の翌日、NERVドイツ第3支部―
 「よお、アスカ。まだ機嫌が悪いのか?」
 チルドレン専用休憩室でブスーッと頬を膨らませていたアスカに、加持がことさら陽気な声を作って話しかけた。
 「加持さん!聞いてよ!」
 「ああ、今度は何が不満なんだ?」
 「訓練内容よ!日本で起きた使徒戦見たんだけど、どう見ても対人戦闘技術が通じる相手じゃないじゃない!今までの苦労が水の泡よ!」
 つい先ほどまで、アスカはドイツの作戦部職員と、サキエルとシャムシエルの戦闘映像を見て研究していたのである。
 結果、ドイツ作戦部は人間とはかけ離れた使徒の姿に、自らの予想の甘さを実感し、急遽対策を立てる事になったのだが・・・
 「本部で作った使徒戦のヴァーチャル戦闘プログラム。あれは使わないなんて言うのよ!本部に頭を下げるのが嫌だ!?ふざけんじゃないわよ!」
 アスカの手の中でアルミ缶がベコッと音を立てて握りつぶされる。
 「命をかけるのはアタシなのよ!腹が立ったから、全員、病院送りにしてやったわ!」
 いつも以上に過激なアスカの言動に、加持の頬を冷や汗が滴り落ちる。
 「加持さん!何とかしてよ!アタシの命がかかってるんだから!」
 「おいおい、無茶言うなよ。まあ、聞くだけ聞いてはみるがな」
 携帯電話を取り出し、本部へ電話をかける加持。朗報を期待するアスカの真剣な、というか殺気が混じった視線に己の命の危機を、敏感にも察していた。
 「こちらNERV本部作戦部所属、日向二尉です。現在、葛城一尉あての電話は、私が代理で受けています」
 「仕事中すまないね。俺はNERVドイツ支部所属、加持リョウジというんだが、そちらに葛城はいないかい?」
 「葛城一尉ですか?まだ病院から退院しておりません。伝言で宜しければ、後ほど伝えておきますが?」
 葛城が入院。それを理解した加持の脳裏に浮かんだのは、肝硬変という病名である。
 「・・・酒の飲み過ぎで、肝臓でも壊したのかい?葛城は」
 「いえ、私の口からは言えないのです。申し訳ありません」
 「いや、謝る事はないよ。仕事中、失礼したね」
 いったん電話を切る加持。その顔は明らかに困惑を浮かべている。
 「なあアスカ。あの葛城が入院なんて信じられるか?」
 「・・・ついにアルコール中毒?それとも胃癌?」
 「俺は肝硬変だと思ったよ。仕方ない、リッちゃんに頼んでみるか」
 再びかけられる電話。
 「はい。こちらNERV本部技術部所属、赤木です」
 「よお、リッちゃん!俺だよ、加持だよ」
 「あら、久しぶりねえ。どう?アスカのお守りは?」
 「それなんだがな。俺の命がかかっているんで、リッちゃんに協力してほしい事があるんだよ」
 ドイツ支部のアスカの訓練内容に対する加持の説明に、リツコは二つ返事で許可を出した。
 「そう言う事なら協力させてもらうわ。こちらからも冬月副司令を通して、そちらに圧力をかけさせます。明日にはプログラムが届くから、アスカにはそう伝えてくれる?」
 「ああ、助かるよ。ホント、困った時にはリッちゃんが一番頼りになるな」
 「褒めても何も出ないわよ」
 受話器から聞こえてくる、クスクスという笑い声。
 「そういえば、葛城が入院したって本当か?」
 「どこから聞いたの、それ?」
 「さっき作戦部に電話して聞かされたんだよ。理由までは聞いていないが、病気にでもかかったのか?」
 「・・・サードチルドレンに喧嘩を売って返り討ちにされたの。来週ぐらいには退院できる予定よ。自業自得とはいえ、無様にも程があるわね」
 思わず黙りこむ加持。彼の傍らには、同じく大人をのしてしまったアスカがいる。
 「・・・何と言うか、最近の子供は喧嘩が強いんだな」
 「シンジ君は別格よ。そうそう、プログラムと一緒に彼のデータの一部も送ってあげるわ。アスカに見せて、発奮材料にしてあげて」
 「ありがとう。助かったよ」
 ピッと電話を切る加持。
 「アスカ、とりあえず御要望は叶ったよ。明日にはこちらにプログラムが届くそうだ」
 「ありがとう加持さん!ところで、ミサトの入院って何が理由だったの?」
 「良く分からんが、サードチルドレンと喧嘩して負けたらしい」
 加持の言葉に、アスカの両目が爛々と輝く。
 「つまり、サードは強いのね?」
 「・・・少なくとも、葛城よりは強いんだろうな・・・」
 「日本に行くのが楽しみだわ!加持さん、あとで組手の相手してよね!」
 十分以上に発奮材料は与えられているのに、明日になればサードの情報という新しい発奮材料がアスカに与えられるのだ。
 この時ばかりは、リツコの手際の良さを恨んだ加持であった。

発令所―
 「それでは零号機の起動試験を開始します」
 リツコの号令のもと、職員達が己の仕事に取り掛かる。総指揮を執るリツコは、久しぶりに本部へ顔を出した親友に声をかけた。
 「良かったわね、ミサト。零号機が動けば、少なくとも骨は折られなくて済むわよ」
 「どういう意味よ?」
 「シンジ君相手に作戦ミスしたら怪我するけど、レイならそうはならないでしょ?」
 リツコの皮肉に、ミサトが反論もできずに黙りこむ。
 「まあ、今度やったら片腕か片足ぐらいは覚悟しておくのね。あれだけ正面切って喧嘩売ったんだから」
 「煩いわね!今度こそ、私の作戦で退治してやるわよ!」
 「そうね、期待しておくわ」
 そう言いつつ、リツコは背後をチラッと覗き見た。そこには同じく病院から無理矢理退院してきたゲンドウが総司令席に座っている。
 ゲンドウが退院したのは2日前。退院するなり、リツコと冬月はゲンドウに呼ばれた。目的はシンジの調査である。
 それに対して猛反対する冬月。彼の場合、自身の命がかかっている為、かつてないほどに語気を荒げて反論。だが両足を失った怒りを抱えるゲンドウは、自身の思惑を優先したのである。
 「赤城博士、君からも何とか言ってくれ。君も碇が命を落とすのは、都合が悪い筈だ」
 冬月の言葉は正しい。リツコにとってゲンドウは愛する男なのだ。そんな人間が殺されるのは、どう考えても都合が悪すぎる。
 「確かにそうですが、何故、委員会はサードの調査を断念するのですか?私には、その辺りの事情が分からないので、説得しようにも根拠が乏しいのです。その辺りを御説明願えないでしょうか?」
 「赤木君、君は何も知る必要はない。すぐに指示に従いたまえ」
 「いえ、そういう訳には参りません。仮に司令の指示に従うとしても、事前情報ぐらいは必要です。仮にサードの背後に、何らかの組織が存在しているのであれば、不用意な行動は、その介入を招く口実となります」
 『事実を教えてもらえなければ、シンジ君の事は調べませんよ』というリツコの思惑に気づいたのか、ゲンドウがチッと舌打ちする。
 ゲンドウにしてみれば、リツコはおろか、冬月ですら使い捨ての存在なのである。だが頭のまわるリツコが、埋葬機関の説明を受けたら、どう反応するか?確実に反対するに決まっている。いざとなればリツコを使い捨ててでもシンジの情報を、と考えていたゲンドウは、どう転んでも自身の望むようにはいかない事に気づいた。
 結局、ゲンドウは2人に対しては調査の断念を告げた
 (・・・それでも裏で動くなんて・・・)
 ゲンドウがリツコや冬月を使わずに、シンジの調査を始めた事には気付いていた。間の抜けた事だが、調査にMAGIを使った時点で、リツコにはダダ漏れなのである。
 (問題は、調査の担当者よね。やっぱり諜報部でも使ってるのかしらね?)
 「リツコ、ちょっと聞いてるの?」
 「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃったわ。それで、どうしたの?」
 「だ・か・ら!あのサードチルドレンのガキの事を調べるのよ!司令の許可は貰ってるわ!」
 頭を抱えるリツコ。人選ミスも甚だしい。どうして、この力押ししかできないミサトに諜報をやらせるのか?挙句の果てに、ミサトは大声でばらしているのである。
 チラッと背後に視線を向けると、案の定、冬月がゲンドウに食ってかかっていた。
 (・・・副司令も大変ね)
 「ミサト、これは親友としての忠告よ。調査は断念しなさい、命が惜しいならね」
 「何よ?私が失敗するとでも思ってる訳?」
 「失敗が確定しているから忠告してあげているのよ。あとは自分で考えるのね」
 タイミングよく、ピー、という機械音が鳴る。
 「先輩!零号機、起動しました。シンクロ率は32.4%です」
 マヤの報告に、発令所に安堵のため息が漏れる。前回は暴走していたのだから、それも当然なのだが。
 そんな空気を切り裂くように、ビーッビーッビーッという警戒音が鳴った。その音が示す物は、使徒の襲来。
 「パターンブルーを感知!使徒です!」
 「零号機の起動試験は中止して!」
 慌ただしくなる発令所。
 「日向君、サードチルドレンは!?」
 「たった今、ケージへ到着しましたが?」
 「すぐに搭乗させて!」
 ミサトの指示に、嫌な予感を覚えるリツコ。
 「ミサト、あなた何をする気なのよ?」
 「勿論、使徒を退治するに決まってるわ。他に理由があるとでも?零号機は起動したばかりで、調整も行っていない。そうすると初号機しか迎撃できないでしょ?」
 確かにミサトの発言は正論である。リツコですら、反論を差し挟む余地がないほどに。
 「使徒の姿、正面モニターにでます!」
 ピッと音を立てて使徒がモニターに映る。青い八面体をした使徒―ラミエルである。
 「日向君、初号機を8番シャフトに待機させて!」
 「わ、わかりました」
 日向が躊躇ったのも無理はない。8番シャフトの射出先は使徒の正面である。
 「ミサト!あなた・・・」
 「リツコは黙ってて!戦闘指揮は私の仕事なのよ!」
 『黙って聞いていれば、何様のつもりですか、葛城一尉?また馬鹿の一つ覚えの正面突撃ですか?』
 明らかに不機嫌極まりないシンジの口調に、発令所に沈黙が下りる。サキエル戦後、シンジがミサトの肋骨をへし折った事を全員が知っているからだ。
 「うるさいわよ!あんたは黙って指示に従えば良いのよ!」
 『そっちこそ分かっていませんね?あなたより優秀な指揮官は、掃いて捨てるほどいるんです。いい加減、辞職すべきですよ?周囲の人たちに迷惑かけているのが、まだ理解できないんですか?今回は拒否権を行使させて貰います。自殺行為につきあう義理はありませんから』
 エメラルド色の瞳に込められた侮蔑を隠そうともしないシンジ。そんなシンジの態度に業を煮やしたミサトが行動に出る。
 「初号機、射出!」
 「無茶ですよ!葛城さん!」
 「良いから指示に従いなさい!」
 それでも初号機を射出しない日向の代わりに、ミサトが自らMAGIに射出を指示する。
 「やめなさい!葛城一尉!」
 リツコが止めようとした時には、すでに手遅れであった。初号機は高速で地上―ラミエルの正面へと射出される。
 「大変です!使徒に高エネルギー反応!」
 マヤの絶叫が発令所に響く。
 正面モニターに、地上へ射出された初号機が映る。同時に、ラミエルから放たれた加粒子砲が降り注いだ。
 『ぐあああああああああああああっ!』
 シンジの絶叫が響く。シンジのシンクロ率は100%を超えている。その為、フィードバックも尋常なものではない。
 「すぐに下して!」
 リツコの指示に、マヤが慌ててシャフトを下ろそうとする。
 「先輩!シャフトが熱で歪んで下がりません!」
 「初号機シンクロ率低下!パイロットの生命維持に異常が発生!」
 「ATフィールド出力低下!このままでは初号機がやられます!」
 最悪の事態に、リツコは顔面が蒼白になる。
 『遠野君!』
 レイの悲鳴が発令所にまで響く。
 『赤木博士!私が行きます!』
 「何をする気、レイ!」
 『初号機の足元を破壊して回収します!』
 未調整の零号機を操り、初号機への最短ルートを移動し始めるレイ。だが到着までの時間を考えれば、もはや初号機は絶望的であった。

 (・・・ここは、どこだ?・・・)
 シンジは闇の中にいた。彼が覚えているのは、初号機が地上に出た瞬間、全身を激痛が襲った事である。
 (・・・まさか、僕は死んだのか!?嘘だ!僕は死ぬ訳にはいかないんだ!)
 脳裏に浮かんでくるのは、遠野家の家族やレイ。浮かんでくる顔全てが、シンジにとってとても大切な存在であった。
 (嫌だ!まだ僕にはやらなきゃいけない事があるんだ!)
 自分の帰りを待っている者がいる。それがシンジを踏み留まらせる。
 (お願いだよ、力を貸して!母さん!)

 「初号機、最終装甲板融解まであと5秒!」
 青葉の報告は、もはや悲鳴であった。その報告に、モニターに視線が集まる。
 『ウオオオオオオオオオオオ!』
 初号機の咆哮とともに『バキャッ』と音を立てて顎部ジョイントが引き千切られる。
 「初号機ATフィールド出力増大中!」
 「初号機S2機関稼働開始しました!これは・・・サキエルだけではありません!シャムシエルのS2機関までもが稼働しています!」
 「初号機シンクロ率が反転!これは・・・暴走です!」
 拘束具を力に物を言わせて初号機が引き千切る。同時に初号機は2つのS2機関から供給される莫大なエネルギーを注ぎ込み、ATフィールドを強化した。
 「初号機、加粒子砲を完全に防いでいます!」
 「初号機の素体が復元していきます!」
 初号機は傷を癒すと、即座にラミエル目がけて襲いかかる。ラミエルも強固なATフィールドで初号機を防ごうとするが、勝負にすらならなかった。
 僅か数秒の攻防。目視で確認できるほど強力なATフィールドは、初号機の純粋なパワーの前に、一瞬しかもたなかった。
 赤い壁を拳の一撃で粉砕し、そのままラミエル本体に一撃を加える。
 ラミエルもまた加粒子砲で反撃を試みるが、初号機のATフィールドを破る事も出来ずに全て受け止められてしまう。
 拳の攻撃が2発3発と入り、その度に青い光沢の破片が周囲に撒き散らされる。
 トドメの一撃はラミエルを木端微塵に砕き、初号機は路上に転がった赤いコアを手に掴むと、その口中へと放り込んだ。

発令所―
 コアを取り込んだ初号機は、静かにその場で動きを止めた。S2機関の稼働も、すでにストップしている。
 「すぐに医療チームを回しなさい!初号機パイロットの生命維持装置は動いてるの!?」
 「医療チーム、ただいま指示をしました。5分後に到着予定です!」
 「生命維持装置、こちらから再起動をかけました!それからエントリープラグを強制射出、LCLを強制排出させます!」
 マヤがリツコの指示を待たずに、プラグの射出指示を送る。それと言うのも、ラミエルの加粒子砲により、シンジの周囲のLCLの温度は70度を越えていたからである。
 タンパク質の変質する温度は70度。あまりにも危険すぎるラインであった。
蒸気とともに、LCLが排出される。
 当然の事だが、シンジが自力で出てくる気配は全くない。
 「レイ!すぐにシンジ君の安否を確認して!」
 初号機救出に向かっていたレイが、医療チームより早く到着する。
 初号機の元に辿りつくと、すぐにレイはプラグから抜け出て、シンジの元へ駆け付けた。
 『い・・・嫌あああああ!』
 普段から無口無表情無感情なレイが、パニックに陥り悲鳴を上げた。
 「レイ!落ち着きなさい!今、シンジ君を救えるのはあなただけなのよ!すぐに零号機のLCLにシンジ君を浸して、少しでも冷やしなさい!」
 シンジの様子は確認できないが、重度の火傷を負ったのは間違いなかった。
 全力を振り絞って、レイがシンジを初号機のプラグから連れ出す。そのシンジのあまりにも酷い姿に、モニターを見ていたマヤが口を押さえて床に座り込んだ。
 全身が真紅に染まっていた。勿論火傷も酷いものだが、それ以上に出血がその原因であった。
 「医療チーム、到着しました!」
 「すぐに手術室へ搬送させて!」
 リツコが手術室へ向かう為、発令所を出ようとする。そこでクルッと振り向いた。
 「保安部へ至急連絡。葛城一尉を拘束、営倉に閉じ込めておきなさい!」
 「な、何でよ、リツコ!」
 「シンジ君が戻ってきた時、あなたが生きていないとNERVが困るからよ!」
 リツコの言葉に、ミサトの顔が蒼白になった。



To be continued...
(2010.07.10 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 シンジ君受難2回目ですw作者の意図を無視して復帰したミサトさん、復帰後1日と経たずに結果を残されました。もう褒め讃えるしかないですねw
 さらにゲンドウも復帰。でも待ち受けるは連帯責任w・・・良く考えると、今回のラミエル戦に限っては、ゲンドウ何の落ち度も無いんですよね。むしろミサトの暴走に巻き込まれた被害者wでも連帯責任w・・・ゲンちゃんの冥福を祈ります・・・
 次回は農協の秘密兵器ことJA戦と、月姫サイドからはシエル先輩のNERV出向までを書く予定です。シエルがどんなポジションになるかは次回までお待ちください。
 それではまた次回もよろしくお願いします。



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