遠野物語

本編

第五章

presented by 紫雲様


NERV本部発令所―
 「セカンドチルドレンの出迎えですか?」
 シンジの声は発令所に響いていた。仕事をしていた職員達が、その声の大きさに驚いて何事かと振り返る。
 「要は顔合わせが目的なんだよ。シンジ君の他にはシエルさんが僕の代理で一緒に向かう予定なんだ。本当なら僕が向かうべきなんだけど・・・」
 日向が言い淀むのも無理はない。ミサトがリタイアした後、作戦部部長となった日向が最初にやらなければならなかった仕事―書類整理が未だに終わっていない為である。
 それらの書類の中にはリツコが申請していた新武装の開発提案書が未決済のまま埋もれていたりした為、リツコが激怒した一幕もあったのだが、それは別の話。
 それらの未決裁書類を最優先で処理している日向は、すでに2日に渡って泊まり込みで仕事をしている。補佐役のシエルが手伝えばもっと楽なのだが、シエル曰く。
 『本来、私は部外者なんですよ?そんな私が決済してしまって良いんですか?』
 勿論、良い訳がない。結果として真面目な気質の日向は、泣く泣く自分で全部処理をしているのである。
 「そういう理由でしたら向かいますけど、レイは一緒に行かないんですか?」
 「やっぱり、何かあった時の為に、最低でも一機はエヴァを稼働できるようにしておきたいんだよ。初号機はジェットアローンの時のメンテナンスが終了していないから、結果として零号機が本部待機となったんだ」
 一部の隙もないほど正しい日向の言い分に、シンジも納得する。
 「分かりました、それじゃあシエルお姉ちゃんと一緒に行ってきます」
 「うん、頼んだよ」

空母オーバー・ザ・レインボウ―
 「やっと到着したねえ。音が煩くて、たまらなかったよ」
 「シンジ君の場合、聴覚に頼ってますから、負担も大きかったでしょうね」
 ヘリを降りながら、気楽な口調で会話をする2人。
 シンジは第1中学校の制服に、両腕と両目を包帯で覆っている。ただでさえ人目を引く外見であるのに、包帯の下―左目の付近が周囲と比べて赤みがかっている為、さらに奇異な印象を受ける。
 対するシエルは、尼僧服である。NERVの制服の発注が間に合わなかった、というのも理由だが、シエル自身が制服を好まなかった、というのも理由の一つであった。
 そんな2人がNERVのヘリから降りてきたのだから、空母勤務の軍人達が遠慮のない視線を向ける。シンジに対しては『何で普通に歩けるんだ?』と訝しげに、シエルに対しては口笛まで飛んできていた。
 「とりあえず、艦長さんの所へ挨拶に伺いますよ?」
 「そこのシスターさんと包帯、待ちなさいよ!」
 自分達の事だと判断したシエルとシンジが、声の聞こえてきた方へ顔を向ける。
 そこには紅茶色の髪の毛をした、勝ち気な表情の少女が立っていた。
 「あらあら、随分、元気な女の子ね」
 「まあね。アタシは惣流=アスカ=ラングレー。エヴァ弐号機のパイロットよ!」
 「へえ、じゃあ君がセカンドチルドレンなんだ。初めまして」
 ブチッと音を立てて、アスカの血管が切れた。
 全身に怒りを漲らせて近寄ってくるアスカから、敏感に殺気を感じ取り、シンジが後ずさる。
 「な、何で怒ってるんだよ!」
 「当たり前でしょうが!何でアタシの事を忘れてるのよ!そこを動くな!」
 アスカに飛びつかれたシンジが、仰向けに倒れこむ。ちょうどアスカがシンジに馬乗りになった姿勢であった。
 そのままシンジの包帯を、力任せに解く。
 「お、おい!何するんだよ!」
 「いいから、黙ってなさい!アタシの顔見ても思いだせなかったら、サメの餌にしてやるわよ!」
 どうやらシンジと知り合いらしい。そう判断したシエルは、介入するのを止めて成り行きを見守る態勢にはいる。
 シンジの緑の瞳が、紅茶色の髪の毛をした、青い瞳の少女の姿を捉えた。
 「どう?まだ思いだせない?」
 「・・・ごめん。どちらさまでしょうか?」
 「ふざけんな!この痴漢が!アタシのファーストキス返せ!」
 この空母に乗っている軍人は、当たり前だが日本人ではないので、当然日本語は分からない。だが馬乗りになって怒り狂っている少女の口から『ファーストキス』という単語が出た瞬間、複数の口笛と笑い声がシンジとアスカに向けられた。
「・・・ああ、思い出した!三咲町で僕の初めてを奪った人!」
「それはアタシのセリフだ!!」

 シンジのボケにアスカが激しく反応する。
 「ちょっと待ってよ!覚えていたら半殺しにするとか言ってなかった?」
 「んなもん忘れたわよ!」
 「なんて身勝手な・・・」
 頭を抱えるシンジを、アスカが勝ち誇ったように見下ろす。
 「そもそも、なんで、こんな理不尽な事言われなきゃならないんだよ」
 「男と女じゃ、同じ初めてでも価値が違うのよ!さあ、どう責任とってくれる訳!」
 しばらく考え込むシンジ。悩んだ彼が取った行動は。
 「・・・こんな人目がある中で迫ってくるなんて、大胆だね」
 わざとらしく頬を染めたシンジに、アスカの拳が襲いかかった。

 「ちょっとした冗談なのに、何で本気で怒るかな?」
 「当たり前でしょうが!」
 「はいはい、仲が良いのは分かったから、喧嘩はほどほどにね」
 シエルの仲裁に、矛を収める2人。
 3人は揃って、艦長室へとやってきていた。
 コンコンとノックをすると、中から入室を許可する声が聞こえてくる。
 「初めまして。NERVから来たシエルと申します」
 「おやおや、NERVというのはいつから教会に宗旨替えしたのかね?」
 艦長の皮肉に、シエルがニッコリと笑いながら切り返す。
 「天使を殺す罪深い組織ですから、神様へ執り成す人が必要だとは思いませんか?」
 「なるほど。確かに一理ある」
 シエルの切り返しが気に入ったのか、艦長は日に灼けた顔で笑いかけた。
 「真面目な話、私はチルドレンの護衛役と戦闘教官を引き受けている外部委託者なんですよ。仕事中は作戦部部長補佐―特務二尉扱いされてますが、本職はヴァチカンで聖職に就いています」
 「まさか本物だとは思わなかった、いや、これは失礼した。もし時間があるようでしたら、ミサなどお願いしてもよろしいかな?この船にも敬虔なクリスチャンは大勢いるのだが、従軍神父がいないので、自分で祈るしかないのだよ」
 「ええ、喜んでお引受け致します。いつでもご連絡ください」
 にこやかな雰囲気の中、艦長室のドアが開いた。
 「加持二尉か、君を呼んだ覚えはないぞ?」
 「加持さん!」
 アスカの叫びに、隣にいたシンジが顔をしかめる。
 「いえいえ、ちょっと本部の人間に挨拶でもと思いましてね」
 「あなたがドイツ支部の方ですか。少々待って頂けますか?艦長にサインを貰いますので」
 シエルが取りだした書類に目を通した艦長が、スラスラとサインを書きこむ。
 「まあ、有事が起きない事を祈るよ」
 「私も同感です」
 シエルの言葉に、艦長は重々しく頷いていた。

士官食堂―
 食事の時間帯ではないので、食堂はガランとしていた。
 そのほぼ中央の席に、4人は座る。
 「改めて自己紹介させてもらうよ。俺は加持リョウジ、ここにいるアスカの護衛役としてドイツから一緒に来たんだ、よろしく頼む」
 「私はシエルと言います。今は特務二尉として作戦部部長補佐待遇、主にチルドレンの護衛と戦闘教官を務めるのが仕事です」
 保護者同士が挨拶する脇で、被保護者同士が小声で会話をする。
 (シスターなのに戦闘教官?強そうには見えないんだけど)
 (シエルお姉ちゃんは強いよ?まだ一度も勝てたことないんだ)
 (アンタが!?)
 傍目には仲良く見える子供達に、加持が興味深そうな視線を向ける。
 「君がエヴァ初号機のパイロット、サードチルドレンの遠野シンジ君か」
 「僕の事知っているんですか?」
 「勿論さ。訓練もなしに、初めての搭乗、使徒戦においてシンクロ率99.89%を記録した天才に興味を持つのは当然じゃないか」
 「はあ、天才って訳じゃないんですけどね。初号機が助けてくれただけですから」
 コーヒーを口に含んだシンジが、ウエッと顔を顰める。食堂のコーヒーは、リツコの特製ブランドコーヒーと違って、質が良くないらしい。
 「それにエヴァにシンクロできたからって、それがどうしたと言うんですか?僕に言わせれば、エヴァは鬼畜の象徴ですよ」
 「それはどういう意味かな?」
 「加持さんが信頼できる取引相手なら、対価次第では教えてあげますよ」
 スッと席を立つシンジ。
 「お姉ちゃん、僕は外で風に当たってくるよ」
 「だったら、アタシも行くわ!見せたやりたい物があるからね、こっちよ!サード!」
 妙に強気なアスカが、シンジを強引に食堂の外へ連行していく。その姿が消えた所で、加持がシエルに笑いかけた。
 「実はね、俺はあなたにも興味があるんですよ」
 「あらあら、困りましたわね。これでも人妻なので、その手のお誘いはお断りしているんですよ?」
 「これはこれは・・・あなたみたいな女性を射とめられた男が羨ましいですよ、『弓』のシエルさん?」
 自身の二つ名に、シエルの身にまとう雰囲気が変化する。
 「お喋りは女性に嫌われますよ?特に女性の秘密はね」
 「それについては同感ですな。ただ、何で埋葬機関がNERVにいるのか、とても気になってね」
 「まあ、隠すような事でもないですけどね。シンジ君は義弟ですから、義姉としてはフォローしてあげたいだけですよ」
 シエルは知らなかったが、その答えは加持の事前調査通りであった。
 「私も訊きたいですね、あなたは私の二つ名をどこから手に入れました?場合によっては、実力行使の必要があります」
 「事前に警告されてただけさ。NERVにいるシエルって女には関わるな、とね。これ以上は言えんよ。流石にこちらにも仁義ってものがあるからな」
 「・・・なるほど、あの男も存外にお喋りですねえ・・・」
 シエルの脳裏に浮かんだのは、埋葬機関の第6席に位置する人物である。
 確かにシエルの正体を知り、なおかつシエルがNERVに出向しているのを知っているのは、基本的には埋葬機関か、遠野家の住人だけなのだから、絞り込みは非常に簡単だったりする。
 「そういえば、あなたの正体は誰も知らないのか?碇司令なら、事前調査ぐらいはしていると思っていたんだが・・・」
 「碇司令・・・ああ、シンジ君の実の父親でしたね。つい先日、シンジ君の手で病院送りにされましたよ。両手両足切断されて、病院のベッドの上で横になっているそうです」
 もっとも重要な『アダム』の宅配先が達磨状態で入院中という予想外の事態を知り、内心で困り果てた加持であった。

 「これが弐号機!世界で初めての正式モデルタイプのエヴァンゲリオンよ!初号機はテストタイプだから、アンタのような訓練されていない人間でもシンクロ出来る未完成品なのよ!」
 「訓練されてない人間でもシンクロ出来るってことは、パイロットを選ばないってことだろ?そっちの方が汎用性が高くて優秀じゃないのか?」
 ウッと呻くアスカ。確かに一人のパイロットしか動かせない機体より、誰でも動かせる機体の方が優秀な評価をされるのは当然である。
 「で、でも機体性能というか、出力とかあるじゃない!」
 「そうだね、そう言う事にしておいてあげるよ」
 『実は初号機はS2機関を3つ搭載、使徒の能力を3つコピーしてます』などと返した日には、目の前の少女がどんな行動をとるか予想できず、あいまいな返事を返すしかないシンジであった。
 「アンタ、結構腹黒いタイプ?」
 「否定はしないよ。僕自身を含めた人間が、どれだけ汚く、醜く、残酷で卑劣な生き物なのか、よく知っているからね」
 包帯を取りさったシンジが、弐号機を見上げる。
 「・・・まさかとは思ったけど・・・反吐がでるな、NERVのやり方には」
 その緑の瞳には、隠しようもないほどの激情―怒りが浮かんでいた。
 「そういえば、何でアンタ、包帯なんて巻いてるのよ?別に病気って訳じゃないんでしょ?」
 「・・・悪いけど、今の君に理由を説明する義理はないよ?」
 かなり険の籠った言われ方に、アスカがムッとした表情を浮かべる。
 「はいはい、天才様はアタシのような一般人とは違いますからね?」
 「そうだね、真実を知らない限りは幸せでいられるのは間違いないよ」
 「何様のつもりよ、アンタは!」
 ブチ切れたアスカがシンジの胸元を掴み上げる。そのまま押し倒そうと力を込めるが、シンジは微動だにしなかった。
 シンジの緑の瞳に捉えられたアスカの心が、シンジの目に流れ込んでくる。慌てて眼をそらすシンジ。
 その不自然な態度に、アスカが更に激発しようとしたところで、シンジが告げた。
 「何でエヴァがA10神経でシンクロしているのか、考えた事はないの?」
 怒りを忘れ、キョトンとするアスカ。
 「エヴァは戦闘するのが仕事だ。それなのに、何で愛情を司るA10神経を利用して戦闘しなければいけないんだ?運動神経とか、他にも都合の良さそうな物はあるのに、何でよりにもよって愛情なのか」
 「それは・・・」
 「後悔しても良いのなら、そこを突き詰めれば良い。真実を知らない代わりに選ばれた子供と言う仮初の幸せに浸っていたいのなら、全て忘れるんだ。僕は後者を勧めるよ、その方が楽に生きられる」
 それに対するアスカの言葉はシンジの耳には届かなかった。
 遠くから聞こえてきた轟音と、続いて激しく揺れる足元。
 バランスを崩しかけたアスカを支えながら、シンジは呟いた。
 「・・・使徒か」

弐号機エントリープラグ内部―
 「基本言語は日本語で!弐号機、シンクロスタート」
 アスカは心の中のモヤモヤとした物を消化できずにいた。
 生意気極まりないサードチルドレンに身の程を教えてやろうと、同乗させる計画を思いついたまでは良かった。問題はその後である。
 自分のプラグスーツに着替えさせている間に、何気なく見てしまったシンジの体に刻まれた無数の古傷。それが何を意味するのか、どんな過去によって刻まれた物なのか、想像できないアスカではなかった。
 (何で、アタシが悩まなきゃなんないのよ!)
 ますます不機嫌になるアスカ。そのすぐ後ろには、包帯を外したシンジが、赤いプラグスーツ姿で搭乗している。
 「気になるなら、口に出したら?それは虐待の痕かって」
 「悪かったわね。見られたくないなら、プラグスーツ断れば良かったじゃない!」
 さらに機嫌を悪くしたアスカに『さすがに拙かったかな?』と考えなおすシンジだったが、ニヤッと笑って応えた。
 「いや、女の子のプラグスーツを着る機会なんて初めてだったから」
 「エッチ!痴漢!変態!何でこんなのがチルドレンなのよ!もう、イヤーーーー!!」
 シンジの思惑通りに、心のモヤモヤを忘れたアスカ。
 「そのストレスは使徒にぶつけてよね」
 「分かってるわ!弐号機、行くわよ!」
 輸送艦オセローから立ち上がる弐号機。その4つの瞳は、海中を自由自在に泳ぐ使徒の姿をすぐに捉えた。
 「旗艦に向かって。一応、ケーブル持ってきておいて良かったよ」
 「仕方ないわね、サード、くれぐれも邪魔だけはしないでよ!」
 旗艦に向かおうと、戦艦へ飛び移る弐号機。着地された戦艦が、激しく揺れた。
 「何やってるんだ!」
 「飛び移っただけでしょ!」
「何でATフィールドを足場にして移動しないんだ!戦艦にどれだけの人間がいると思ってる!今の衝撃で大怪我した人間が確実にいるんだぞ!」
 激怒したシンジに、アスカがビクッと体を強張らせる。
「ア、 アタシは・・・」
「僕が足場を作る。君はその上を駆け抜けて行くんだ」
弐号機の眼前に、オレンジのATフィールドが現れる。
「ごめん、きつく言いすぎた。君が初陣だった事を忘れてたよ」
シンジの緑の瞳は、アスカが本気で落ち込んだ事を読み取っていた。
弐号機を操りながら、アスカは静かに問いかけた。
「どうして、そこまで気にかけられるの?私は犠牲なんて当たり前だと思ってたのに」
「僕は自分の為に誰かが犠牲になるなんて認められない。偽善者と言われようが、愚か者と言われようが、絶対に変えるつもりはない。誰だって犠牲になるのは嫌なんだ」
旗艦に着艦し、ケーブルを繋ぐ弐号機。バッテリー表示が∞に切り替わる。
『弐号機、聞こえますか?』
「お姉ちゃん?」
『シンジ君も乗ってたの?』
「うん、まあ成り行きで。それはともかく、お姉ちゃんの方で何か分かってる事はあるかな?」
弟の問いかけに、シエルはすまなそうに応えた。
『体の表面にコアは無い事と、水中は向こうのテリトリーって事ぐらいなのよ』
「コアは体の中か・・・」
武装はプログナイフが一振りだけ。あまりにも劣悪な環境である。
「この状態じゃ、体内から攻撃するしかなさそうだね、準備は良い?」
「他に方法は無いんでしょ?それじゃあ、仕方ないわよ」
プログナイフを構える弐号機。その弐号機に向かって、ガギエルが突撃してくる。
勢いを全く殺すことなく、ガギエルは海中から飛び跳ねると、そのまま弐号機へ体当たりを敢行する。
まともに食らえば戦艦すらも一撃で沈没させる体当たりを、弐号機は両手でガシッと受け止める。
ガギエルの重さと衝撃で、空母が信じられないほどに大きく揺れた。
(・・・ん?)
奇妙な違和感を感じ取ったシンジ。だがアスカはチャンスとばかりに、ガギエルの口内へ飛び込んだ。
「逃げろ、アスカ!」
違和感の正体。それはガギエルがATフィールドを張っていない事であった。だからこそスンナリと口の中へ侵入できたのだが、それが罠だった。
弐号機を噛み砕こうと襲いかかる牙の列。その牙、一本一本全てを隈なくATフィールドが覆っていたのである。さしずめATフィールドの牙であった。
そんな危険な物に噛まれては、いくらエヴァでも噛み裂かれる。
シンジの警告に、反応するアスカ。咄嗟に飛び退くが、僅かに使徒の方が動きが早かった。
「キャア!」
片足を噛みちぎられる弐号機。アスカの口から絶叫が漏れるが、すぐに止まる。
「うう・・・」
アスカの代わりに痛みを引き受けたシンジの口から、押し殺すような呻き声が上がる。
「サード!アンタ・・・」
「こっちはいいから、早く・・・」
ガギエルの口元にしがみ付きながら必死で口内への侵入を図る弐号機。だがプログナイフはいつのまにか手元から消えており、今の弐号機は徒手空拳の有り様であった。
さすがに幾らエヴァが怪力を有していても、武器無しでガギエルのATフィールドの牙を突破する事は不可能である。
「どうしたら良いのよ・・・一か八か殴ってやるしか・・・」
片手でしがみつき、もう片方の手で牙を殴りつける。だがATフィールドに覆われた牙には、全く通用しない。
「畜生!せめて武器があれば!」
「武器があれば良いの?」
「そうよ!せめてプログナイフでも良いから、武器さえあればこんな歯なんて破壊してやれるのに!」
「分かった。なら僕が作る」
両眼を閉じて集中に入るシンジ。その不可解な態度と言葉に、アスカは振りかえり、硬直した。
緑の雷光に全身を包まれているシンジ。その雷光は、やがてシンジの体から離れると、エントリープラグの外へと抜け、弐号機の両手にまで辿りついた。
(・・・シャムシエルの時、初号機で使徒の能力を使ったら魔術回路が反応していた。それなら、エヴァを媒体にして投影の魔術を行使できてもおかしくはない、いや、出来る筈だ!)
数え切れないほどイメージし、構成し慣れた黒鍵を、弐号機の両手に1本ずつ生み出す。
「・・・直剣だけど、これで十分かな?」
エヴァの大きさに比例した黒鍵を作り出す為、シンジは己の魔術回路を流れる力だけではなく、エヴァの動力である電気をも、投影のエネルギーとして利用した。
弐号機の両手に握られた無骨な剣を、アスカは驚いたように見ていたが、やがてシンジへ振り向くとニヤリと笑った。
「十分よ!サード、アンタは後ろで見てなさい!」
ATフィールドを黒鍵に纏わせるアスカ。そのまま黒鍵をエヴァの全力を込めて真横に振り抜く。
赤い光に包まれた黒鍵は、ATフィールドの牙を破壊する代わりに、自身も消滅した。だが弐号機はもう一本の黒鍵を握っている。
もはや弐号機とガギエルのコアを妨げる物は無い。アスカは残る一本の黒鍵を、ガギエルのコア目がけて全力で投じた。
ビシッと音を立ててひび割れるコア。同時に、ガギエルの動きが緩慢な物へと変わっていく。
「・・・そう、それが君の意思なんだね。うん、分かった、彼女に伝えるよ」
「サード?」
「惣流さん、君にガギエル―今、倒した使徒からの伝言だよ。自分を倒した御褒美に、コアを取り込めってさ。時間はそれほど残されていないよ?」
キョトンとするアスカ。
「よく、意味が分からないんだけど?」
「要はS2機関が欲しいか?って、ガギエルが訊いているんだよ。欲しいなら弐号機にコアを食べさせればいい。初号機と同じ、S2機関搭載型エヴァの完成だよ」
「・・・ふうん、面白そうじゃない?いいわ、取り込んでやろうじゃない!」
弐号機は真っ二つに割れたコアを手に取ると、その口内へコアを放り込んだ。

NERV本部―
 「では、失礼します」
 本部着任の報告を行ったアスカは、ロビーで待っていたシンジと合流した。
 「サード、訊きたい事があるの。時間、ある?」
 「いいよ、はいこれ」
 買っておいたジュースを手渡すと、手近にあった椅子に腰を下ろすシンジ。その隣にアスカが腰を下ろす。
 「で、何を訊きたいの?」
 「単刀直入に訊くわ。あの緑の雷光は何だったの?」
 「悪いけど、秘密だよ。あれは誰かれ構わず教えて良い物じゃないからね。あの時は緊急事態だから仕方無かったけど」
 沈黙を続けるシンジ。アスカも無理には答えを求めようとは思わなかったのか、次の質問に移った。
 「アンタ、使徒と意思疎通できるの?何で使徒の名前―ガギエルって知ってたの?」
 「・・・それは僕の瞳が原因だ。答えを教えるつもりはないけど、リツコさんみたいに自力で正解へ辿りつく分には何も言わないよ」
 「リツコは知ってる訳?」
 コクンと頷くシンジ。
 「惣流さんは、すでにヒントは持っている。でも、答えを知らない方が良いと思うよ?警告だけはしておくからね」
 「・・・アタシが怖気づくとでも思ってるの?」
 「怖気づくんじゃなくて、僕の事を嫌いになるだろうね。それこそ『顔も見たくない!二度とアタシの前に出てくるな!』と叫ぶぐらいにね」
 飲み終えた空き缶を、シンジがクシャッと握りつぶす。
 「質問は終わり?」
 「あと一つあるわ。アンタ、どうしてシンクロ率が100%近い訳?」
 「その答えこそ、A10神経でシンクロする理由だよ。僕はその答えを知っているから、シンクロ率が高いんだ。けどね、惣流さんが答えを知っても、僕と同じように高くなるかどうかまでは、正直分からないよ」
 シンジの答えに、アスカは深く考え込んでいた。



To be continued...
(2010.07.24 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回からアスカが合流。本格参戦となります。
 堕天使の帰還で少し書いたんですが、アスカを小悪魔的な性格にしたいと思ってるんですが、これがなかなか難しい。どうしても小悪魔になってくれないんですよ。何故か、シンジのお笑いの相方となってしまいましたwまあ、こんなアスカも良いかもしれませんがね・・・琥珀の良い玩具になっちゃいそうですw
 さて、次回ですがイスラフェル戦となります。個人的に一番好きなユニゾン作戦なのですが、心を鬼にしてユニゾンは没!シンジ君には更なる不幸を味わって頂く予定wまあシンジという1人の人間が成長していくに必要な過程と言う事で、彼には頑張って頂きます。それでは、次回もよろしくお願い致します。



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