遠野物語

本編

第六章

presented by 紫雲様


NERV本部司令室―
 「随分、到着が遅れたものだ。何かアクシデントでも起きたのかね?」
 「いえいえ、単にタイミングを逸しただけですよ。本当は、司令室の前まで来ていたのですが、アスカが到着の報告に来ていたので、少し遅らせただけです」
 そう言うと、加持は手にしていたトランクを冬月に手渡した。
 「これがアダムです。硬化ベークライトで固めてありますが、すでにここまで復元しています」
 「確かに受け取った。これで人類補完計画はまた一歩進んだ事になる。加持リョウジ二尉、君は今日付けで本部監査部部長、階級は一尉となる。今後も励んでもらいたい」
 「嬉しいお言葉です。ところで、気になる事があるのですが」
 冬月が黙って頷く。
 「作戦部部長補佐の職務に就いている、シエルと言う女性の事です。彼女は誰の推薦で本部へ赴任したのでしょうか?」
 「事務総長とUN総司令の連名になっていたな。ヴァチカン所属という点は確かに気になるが、彼女の実力には目を見張るものがある。当面はチルドレンの護衛と戦闘指導が、彼女の任務となる」
 「そうでしたか、確かに彼女であれば、教官としては最適だと思います。それでは、失礼いたします」
 司令室を辞した加持は、頭の中身を目まぐるしく回転させながら、闇の中へと消えた。

第3新東京市、市立第1中学校―
 「やれやれ、猫も杓子もアスカ、アスカか」
 校舎裏の日陰になっているポイントで、ケンスケは独り言を呟いていた。その隣に座っているトウジが『毎度あり〜』と口にだす。
 「まあ、確かに見た目はええわな」
 「ほほう、随分と含んだ表現ですな、鈴原先生?それとも先生は、勝者の余裕って奴ですか?」
 「馬鹿言うな!何でワシが勝者やねん!」
 『いい加減、洞木に気付いてやれよ』と内心で呆れるケンスケである。
 「まあ、それはともかくとして。最近は綾波の人気が出てきたからな。間違いなく、惣流と綾波で人気は二分される。こちらとしても、写真を撮っておかないとな」
 「ほお、綾波が人気あるんか?」
 「最近、綾波から近寄りがたい雰囲気が少しずつ消えているからな。特に遠野が絡んだ時の表情が人気あるんだよ」
 最近『包帯男』と影で揶揄されている友人の事を思い出すトウジ。教室内では基本的に物静かで理性的なシンジが、その内に爆発するような感情を秘めている事を、大半の級友達は全く知らない。喧嘩が強いのはトウジの件でクラス全員が知っているが、その時も淡々と仕事でもこなすかのように、冷静にトウジをあしらっていたからである。もし知っていれば、決して『包帯男』等とは呼ばないだろう。
 「遠野の包帯の下見たら、女子が騒ぐやろうな」
 「だろうな。正直、あれだけカメラ写りが良さそうだとは思わなかったよ。本音を言えば女子生徒用に販売ルートを開拓したかったんだが、断念するしかなかった」
 「なんでや?」
 「・・・綾波に背中向けると、寒気が走るんだよ」
 真面目な顔のケンスケの言葉に、背筋にゾクッとくるものを感じたトウジであった。

 「グーテンモーゲン!サード!」
 いつものように学校へ向かっていたシンジは、背後からかけられた声に振り向いた。
 「おはよう、惣流さん」
 「・・・何度見ても思うんだけど、よく普通に歩けるわね。感心するわ」
 「慣れだよ、慣れ。徹底的にしごかれたからね」
 外国から転校してきた美少女と、盲目の包帯男が並んで登校する光景は、思いっきり周囲の生徒達の注目を集めていた。
 「ところで視線が集まってるのは何でだろう?」
 「この私がいるんだから当たり前でしょ!光栄に思いなさい!」
 「僕は目立つのは嫌いなんだよ。少し離れて貰ってもいい?」
 ビシッとこめかみに血管が浮かぶアスカ。
 「ほほお、天才のサードチルドレン様は、私では御不満でございますか?」
 「そうだね。人の注目を集めない程度の容貌の女の子の方が良かったよ」
 ざわめく周囲の生徒達。シンジの隣に立つアスカは、激怒のあまり、すでに臨戦態勢に入っている。
 「今まで生きてきて、こんな侮辱を受けたのは初めてだわ!」
 「侮辱って言われてもなあ・・・単に僕の都合の問題だろ?君の内面―活発な所とか、勝ち気な所とかは好きだけど」
 「アアア、アンタ、自分で何言ってるか分かってんの!?」
 アスカが口をパクパクと開け閉めする。まるで金魚のように。その顔はすでに赤色に染まりつつあった。
 「僕から見た、惣流さんに対する評価だよ。好きか嫌いかで言えば、間違いなく好きに分類される。多少、人目を引くのは厄介だけど、我慢できないほどじゃないからね」
 爆弾発言を繰り返すシンジに、アスカの思考回路は、すでにショート寸前である。ドイツ時代からアスカの能力を評価したものは多いが、こうもストレートに『好き』と言った者は一人もいなかった。それ故、アスカはこのような事態には全く慣れがなく、言い換えればウブなままであった。
 「・・・惣流さん、立ち止ってたら、遅刻しちゃうよ?」
 シンジの忠告に正気に戻ったアスカは、頭を左右に激しく振りながら、シンジに追いつく。
 「ちょっと待ちなさいよ!朝からとんでもない事言われたから、一番大切なこと、訊き忘れてたわ!」
 「何?」
 「ファーストよ!ファーストチルドレンもこの学校に通っているんでしょう?アタシ、まだ会ったことないから、紹介しなさいよ!」
 「レイに会いたいんだ、別に良いよ」
 アスカのこめかみに、再度、血管が浮かび上がった。
 「へえ、ファーストネームで呼ぶなんて、だいぶ、仲が良いのね?ひょっとしてお付き合いされているのかしら?」
 「お付き合いはしてないよ。傍にいるのは間違いないけど」
 『それを付き合っていると言うの!』という叫びを必死で押さえこむアスカ。対するシンジはと言えば、アスカの内心には全く気付いていない。
 「とりあえず教室に到着したら紹介するよ。惣流さんもそれで良いでしょ?」
 「いいわ、それじゃあ案内しなさいよ!」
 シンジの後ろをアスカが着いていく。その後ろを、大勢の生徒達が好奇心丸出しで続いた。
 結局、彼らは校庭まで着いてきた。と、言うのも校門を越えて校庭に入った所で、偶然登校したばかりのレイがシンジに気づいて、声をかけてきたからである。
 「おはよう、遠野君」
 「おはよう、レイ。紹介するよ、こちら惣流さん。弐号機パイロットなんだよ」
 「初めまして。あなたがファーストチルドレンの綾波レイね。アタシ、セカンドチルドレンの惣流=アスカ=ラングレーよ、よろしくね」
 「そう・・・よろしく」
 消え入りそうな声で返事をするレイに、アスカが訝しげに見る。
 「元気のない子ね、体の調子でも悪いの?」
 「これがレイの普通だよ。レイは君と違って内気だからね」
 「サード?アンタ、何が言いたいのかしら?」
 殴りかかる準備は、すでに万全である。
 「弐号機パイロット、遠野君に何をするつもり?怪我をさせるつもりなら、私が相手をするわ」
 「へえ、面白いじゃない。アタシとやる気なんだ」
 紅と蒼の少女の全身から、殺気が溢れ出す。
 「2人とも、こんなとこで喧嘩はやめてよ」
 仲裁にはいったシンジに、レイがコクンと頷くと、その胸元へ抱きついた。
 周囲から『おおー』と湧きあがるどよめき。レイの奇行を目の当たりにしたアスカも、レイの思いがけない行動に、その眼を大きく見開いた。
 「ちょ、ちょっと、レイ!」
 「遠野君の言う事には従うわ。だから・・・」
 包帯で両目が使えないシンジだが、今、レイがどんな顔で自分を見上げているのかぐらいは容易に想像がつく。そして、彼女が何を求めているのかも。
 シンジは手をレイの頭に乗せると、優しく撫でた。
 ポッと頬を染めるレイ。
 さらに周囲のどよめきが大きくなる。
 「サード!アンタねえ!」
 「ちょっと待ってよ!レイを仕込んだのは琥珀お姉ちゃんだ!僕に言わないでくれ!」
 「だったら、何でアンタ頭を撫でてるのよ!」
 「他にどうすれば良いんだよ!」
 シンジとアスカの舌戦が続く中、レイは幸せの絶頂とでも言いたげに、両目を閉じてシンジにしがみついている。その顔を見たアスカの怒りは、ついに頂点を突破した。
 「ファースト!アンタもいい加減にしなさいよ!」
 「何故?遠野君は私の絆だもの。邪魔しないで」
 「誰がアンタの絆よ!アタシとサードはキスも済ませてるんだからね!」
「そ、惣流さん!」
ウオオオオオオ!
 沸き起こる歓声。自身の爆弾発言に内心で『しまったあ!』と天を仰ぐアスカ。だがアスカにしてみれば、引っ込める訳にもいかなくなっていた。この状態で引っ込んでしまっては、周囲から『負け犬』扱いされるのは火を見るよりも明らかである。
 目まぐるしく頭脳を回転させるアスカ。そして瞬時に答えを導き出す。
 (そうよ!サードは私に対して、責任を取らなくちゃいけないのよ!)
 ゆでダコのように顔を真っ赤に染めながら、アスカは覚悟を決めた。
 「ファースト!よく覚えておきなさい!アタシとサードはキスをした。つまり、サードはアタシの物なのよ!」
 「違う。遠野君は物じゃないもの」
 「いいえ、アタシの物よ!アタシの初めてを奪った以上、ちゃんと責任は取ってもらうんだから!」
 「つまり、初めてキスをした場合、責任を取らないといけない。そういう事なの?」
 「当然でしょ!」
 胸を張って肯定したアスカに、レイは『そう』と呟くと、再びシンジに顔を向けた。
 次の瞬間、校庭はシーンと静まり返った。
 彼らが見た光景―それはレイがシンジにキスをしている光景だったのである。もっとも普通のキスシーンなら目を瞑っているのだろうが、そんな事を知らないレイは、赤い双眸をパッチリと開いて、シンジに唇を押しつけていた。
 10秒ほど経って、レイはキスを止めると、アスカに振り向いた。
 「これで私とあなたは同等よ」
 「アンタ、何こんなとこでキスなんてしてんのよ!」
 「初めてキスをした場合、責任を取らないといけないのでしょう?だから私、遠野君に対して責任を取るわ」
 責任を取ってもらうのではなく、責任を取る、と断言するレイに、周囲の生徒達はレイの覚悟を見せつけられた気がしていた。
 「クッ・・・やるわね・・・それなら!」
 アスカがシンジの胸元を掴んで引き寄せる。勢いそのままにアスカは自身の唇を乱暴に押し付けた。
 「・・・どう?これでアタシが一歩リードね」
 妙に優越感を漂わせながらアスカがレイを見る。紅と蒼の視線が、バチバチと音を立てて火花を散らしていた。

 この一件は電光石火の早さで全校に広まった。包帯男を巡る無口な美少女とクウォーターの美少女の三角関係、興味をもたない者がいる訳がない。特に3人を抱える2−Aは主戦場となる事もあって、異様な盛り上がりを見せていた。
 いわゆるトトカルチョである。
 勝ち組は取り分を頭割。非常に分かりやすい。
 主催はトウジとケンスケ。ただ儲けが目的ではなく、騒ぐ口実にしたいだけなので、彼らは写真と違って厳密な利益計算をする必要もなく、純粋にトトカルチョの胴元役を楽しんでいた。
 「さあ、受付はまだまだやってるでー!」
 トウジの声に、次々と募集者が殺到する。
 レイとアスカが4割ずつ、両方に振られるが2割。意外に大穴狙いがいるようである。
 「鈴原、相田、あなた達も暇ねえ」
 「何言ってるんだよ、委員長。こんなに面白そうなイベントが、今までにあったか?」
 勿論、ある訳がない。
 「それより、委員長も買うてけよ。一口100円や」
 「その商売人根性を勉強に向けなさいよ・・・いいわ、買ってあげる。遠野君が両方とも恋人にしちゃうに一口分ね」
 「・・・まさか委員長からそんな言葉が出てくるとは・・・」
 大穴狙いの台詞に、ケンスケが驚いたようにヒカリを見る。
 「正直、不潔な話だとは思うけど、あの3人見てると、それが自然な光景に見えちゃうのよね」
 「あー、言われてみれば・・・」
 ケンスケの視線がクラスの一番後方へ向けられる。
 そこにはレイとアスカに挟まれた格好で、シンジが机に突っ伏していた。
 「遠野って、尻に敷かれるタイプなんだな」
 「それ以前に、綾波さんがあそこまで積極的になった方が意外よ」
 「そうやな。というか、惣流が遠野に執着するのも意外やったけど」
 アスカが転校してきたのは一昨日である。僅か3日たらずでケンスケの写真販売トップに躍り出たのは、容貌だけではない。すでに大学を卒業したほどの学力と明るい性格に加えて、エヴァのパイロットという立場は周囲の注目を引かずにはいられなかったのだ。
 その気になれば男などよりどりみどりのアスカが、エヴァのパイロットではあるが『包帯男』と影で揶揄されるシンジに、あそこまで執着しているのは、事情を知らない者からすれば、確かに意外であった。
 「あーあ、失敗しちゃったかなあ」
 「何や?何かあったんか?」
 「遠野君の事、諦めたの早すぎたかな?と思っただけよ」
 賭け金を払い、席に戻るヒカリ。その背中をトウジが呆然と見つめる。
 「・・・トウジ、不安になったか?」
 「だだだだだ、誰がや!」
 「お前、慌てすぎだよ。不安なら、もっと行動してやれよな」
 ヒカリがトウジに嫉妬してもらいたい為に、敢えて爆弾発言を残して去った事を、ケンスケは正確に理解していた。

SEELE―
 「議長、アダムは無事に本部へ到着したようですな」
 「うむ。冬月からも報告があった。当面は冬月が全面的に管理を行うと聞いている。碇が再び入院した今、人類補完計画を遂行できる者は、冬月と赤木博士しかおらん」
 ゲンドウが再度入院した理由には敢えて触れずに、キールが話を続ける。
 「なに、碇よりはるかに扱いやすいだろうよ。結果として、こちらの思惑に従ってくれるのであれば、何ら問題はない」
 「さよう、アダムよりも問題なのはエヴァだ。報告によれば弐号機までもがS2機関を取り入れたそうではないか。既に3つものS2機関を手に入れた初号機の事も考えると、何らかの対策を取らねばならんと思うが?」
 「同感ですな。やはりここは初号機を凍結すべきではないかと」
 「確かに凍結させれば問題は解決する。だがサードチルドレンの力を発揮できなくなるのは、使徒迎撃において、あまりにも痛手だ。そうなると、サードには初号機に代わる機体を与えるべきだと思う」
 「賛成ですな。ただし初号機のコアを新しいエヴァに移しては、同じようにS2機関を取り入れる事態を繰り返すと判断すべきでしょう。ここは我々が開発している、ダミープラグ用のコアを使うべきです。汎用性が高い分、暴走するほどの性能は持ち合わせておりません。加えて、予めエヴァ本体にパイロットが意識的に、エヴァにコアを取り込ませないようなプログラムを与えておけば、より安全性は増すでしょう」
 「私も賛成だ。汎用性が高い分、エヴァとの深いシンクロは難しくなる。だが理論限界値までシンクロ可能なサードであれば、それでも実戦には十分なシンクロ率を確保できると予想できる。これ以上のアクシデント防止と、使徒迎撃の釣り合いを考えれば、それが一番妥当だと判断する」
 「新しい機体となると、確かアメリカで2機建造中だと聞いていたが」
 「ああ四号機に関しては、すぐにでも実戦可能だと聞いている。これを大至急輸送して、使徒迎撃に使わせるべきだろう。コアの調整も含めれば、次の使徒にはギリギリ間に合う筈だ」
 「よかろう。四号機をサードに使わせる事を承認する。5日以内に四号機を本部へ輸送し、同時に初号機は凍結扱いだ。弐号機は監視付で現状維持とする。今後の状況によっては参号機を代替機として、弐号機の凍結も視野にいれる。これを基本方針として、NERVに通達せよ」
 「サードチルドレンの扱いに関してはどうされますか?背後に埋葬機関の影がちらついております。加えてサードが使徒と意思疎通を行えるという報告もされております。これを黙認するのは、さすがにマズイかと思いますが」
 「サードに関しては、監視付の現状維持だ。今後、さらにS2機関を取り入れるような不測の事態を招けば話は別だ。だがこれ以上のアクシデントを起こさないのであれば、黙認してもいいだろう」

NERV本部発令所―
 「初号機が凍結!?」
 シンクロテスト終了後、話があると聞かされたチルドレン三人は発令所へ顔を出していた。そこで聞かされた初号機の凍結という決定に、アスカは驚きを露わにした。
 「さすがに上が危惧してね。シンジ君には四号機を使って貰う事になったんだ。シンジ君も、その事を理解しておいてほしい」
 「まあ、そうでしょうね。僕が同じ立場でも、間違いなく同じ事を決めますよ」
 「何でよ!アタシの弐号機だってS2機関を取り入れてるじゃない!」
 「アスカ、初号機の場合は危険度が違い過ぎるのよ。弐号機は単にS2機関を取り入れただけ。でも初号機はS2機関を3つ取り入れている上に、サキエル・シャムシエル・ラミエルの能力まで使いこなせるのよ」
 本部のSSS扱いの機密情報となっている真実に、アスカが大声を上げる。
 「サード!アンタ、そんな事一言も言わなかったじゃない!」
 「そりゃそうさ。SSS扱いの機密指定だからね。副司令やリツコさんの許可がなきゃ、話しちゃいけないんだよ。特に僕は部外者だから、その辺りの適用が厳しいんだ」
 「部外者!?何、馬鹿なこと言ってんのよ!アンタ、チルドレンでしょうが!」
 「シンジ君は違うのよ。確かにマルデュック機関に選出されたサードチルドレンではあるけれど、法的にNERVに所属している訳じゃない。エヴァ運用の為に協力している外部協力者、言い換えれば傭兵のようなものよ。それも無償で行っている事を考えれば、傭兵と言うよりもボランティアと言って良いわね」
 初めて聞かされた事実に、アスカが『アンタ馬鹿ア!?』と叫ぶ。
 「確かにお金は貰ってないけど、代わりに拒否権を持っているんだ。何の考えも無しにボランティアしてる訳じゃないんだよ」
 「そうよね。契約破ったらどうなるのか?ミサトと碇司令が良い例よ」
 毒の籠ったリツコの台詞に、発令所の至る所から賛同の声が上がっていた。本音を言えば危険度の高い作戦でも従って貰わなければ困る。だがそれを盾に強要すれば、強烈極まりないしっぺ返しが来るのだ。
 少し前から活動が停止している諜報部だが、その原因がシンジの殴りこみによるものである事も、本部においては公然の秘密となっている。サードチルドレンは良く言えば『家族想いの少年』悪く言えば『取扱いの難しい爆発物』。それが本部職員のシンジに対する評価であった。
 「約束さえ守って貰えるなら、僕は問題ありませんよ。それで四号機の起動試験はいつ行うんですか?初号機の時みたいに、いきなり実戦なんて嫌ですよ?」
 「シンジ君の都合が良いなら、すぐにでも行える。四号機の搬入は済んでいるからね」
 「分かりました。それならすぐに取り掛かりましょう。ただ帰るのが遅くなるという連絡だけは入れておきたいので、少しだけ待って貰えますか?」
 「いいわ。では30分後に起動試験を開始します」
 そして行われた四号機の起動試験。シンジのシンクロ率は71.3%を記録した。
 シンジ曰く。
 『紛い物があるなら、最初からこれを使えばいいのに』

3日後―
 四号機の微調整を終えた発令所は、緊迫から解放され、ノンビリと寛いだ雰囲気の中にいた。そこへ激しい警報が響く。
「巡洋艦ハルナより入電!紀伊半島沖にて巨大な影を確認!波長パターンブルー!使徒です!」
 「第1級戦闘配備だ!急げ!」
 冬月の指示に従い、職員達は戦闘態勢に移行した。

エヴァ輸送機内部―
 「今回は使徒を水際で叩いてもらうよ。第3で迎撃しようにも、ラミエル戦までの損耗が激しすぎて、迎撃能力が落ちている。それならば、少しでも本部から離れた所で迎撃した方がマシなのが理由だ」
 「まあ常に背水の陣を敷く必要はないですからね。後方支援の回復時間を考えれば、悪い判断では無いと思います」
 「そう言って貰えると助かるよ。ただ今回は、フォワードを弐号機に担当してもらおうと考えている。四号機の実戦は今回が初めて。機体にどんなアクシデントが起きてもいいように、零号機とともに後衛へ配置しておきたいんだ」
 「アタシは問題ないわ!射撃より白兵戦のほうが得意だからね!」
 パイロットの士気に問題は無いと判断する日向。やがて迎撃ポイントである浜辺に到着する。
 真紅の弐号機と、銀色の四号機、青に再塗装された零号機が輸送機から切り離され、地響きを立てて砂浜に着地した。すでに浜辺に待機していた電源専用車からのアンビリカルケーブルを繋ぎ、戦闘準備を整える。
 「準備はいいわね、二人とも!」
 ソニックグレイブを構える弐号機。
 「こっちは問題ないよ、いつでもいける」
 「・・・いつでもいいわ」
 パレットライフルを構える零号機と四号機。
三機の前で、海中が盛り上がる。大津波を起こして現れたのは、灰色のヒトデのような形状の使徒―イスラフェルであった。
 「援護よろしく!」
 弐号機が即座に襲いかかる。廃墟ビルの屋上を利用する事で、速度を維持したままイスラフェルへと襲いかかった。
 「でりゃああああああああああああああああ!」
 真っ向唐竹割の一閃は、イスラフェルにATフィールドを張らせる間もなく、真っ二つに切り裂いた。
 「どう、サード?戦いは常に無駄なく美しく、よ?」
 「・・・まだだ!アスカ、後ろ!」
 パレットライフルを乱射しながら前に出る四号機。その行動に、弐号機が慌てて振り向く。
 「ウソおっ!」
 イスラフェルはオレンジと白の二体の使徒として再生を果たしていた。
 その鉤爪から放たれた一撃は、鉄筋コンクリートのビルをバターのように切り裂いていく。
 「こんのおお!」
 零号機の支援射撃と、四号機がプログナイフで白いイスラフェルを相手に時間を稼ぐ間に、弐号機はソニックグレイブでオレンジのイスラフェルのコアを正確に破壊した。だが即座にコアは再生を果たす。
 「何で!コア壊したのに!」
 アスカの叫びを聞きながら、シンジはその双眸で使徒を見ていた。白いイスラフェルが放ってくる鉤爪の攻撃をプログナイフで受け流しながら、魔眼を通して流れてくる情報を必死に整理する。
 「音楽を司る天使、イスラフェル・・・絶対の自信・・・その根拠は何だ・・・確かに長期戦になれば、こちらが不利・・・コアすらも再生させるほどの超再生能力?・・・いや、違う・・・試してみるか」
 手にしていたプログナイフを、使い慣れた黒鍵のように白いイスラフェルのコア目がけて放つ。鉄甲作用によってコアはいとも簡単に破壊される。即座に再生を始める白いイスラフェル。
 「こいつ・・・思考が2つになった!・・・元は・・・もう一つの方か・・・そうか、分かった!」
 再生中の白いイスラフェルを全力で蹴り飛ばし、海中へ沈め、時間を作る。
 「日向さん!こいつら、お互いに再生しあっているんです!片方が破壊されれば、もう片方が再生の指示を送る、相互補完がこいつらの能力です!」
 シンジの指摘に、日向が慌ててMAGIに推測させる。結果は97.5%の確率で、シンジの意見に賛同していた。
 「三人とも、少しだけ時間を稼いでくれ。N2で奴らを焼き払って時間を稼ぐ!」
 徒手空拳となった四号機は装甲の大半を失いながら、弐号機と零号機の支援を受けつつ何とか時間を稼ぎ、分裂したイスラフェル焼却に成功した。

発令所―
 「以上を持って、作戦を終了。敵使徒は6日後に侵攻を再開するものと思われます」
 正面モニターに映った、再生中のイスラフェルの姿を最後に、映像は消えた。
 「さて、パイロット三名に尋ねる。君達の役目は何だね?」
 「使徒の迎撃!」
 「同じです」
 「・・・」
 「そう思うならば、決して負ける訳にはいかない事も、理解しているのだろうね?」
 冬月の言葉に、アスカが呻き声を上げる。だが包帯を外したままのシンジは、だまって緑の双眸で、冬月をジッと見ていた。
 「・・・副司令、そう思うならば、初号機の凍結を解除してください。それさえ許可がでれば、奴らを1分で殲滅しますよ。ラミエルの加粒子砲を使えば、問答無用で消し飛ばせます」
 「それはできん!初号機の凍結は、その力が巨大すぎるからだ!四号機が健在な限り、凍結解除は認められん!」
 「・・・じゃあ、今すぐ四号機を破壊しましょう。そうすれば初号機で出られます」
 シンジの発言に、発令所全体が凍りつく。シンジが『やる時はやる』性格なのは、すでに結果で示している。まちがいなくエヴァ建造の予算額など、全く気にせずに破壊すると断言できた。
 「いかんいかん!とにかく初号機の使用は禁止だ!他の方策を持って、使徒を撃破したまえ!日向一尉に作戦立案を任せる、すぐに取り掛かりたまえ」
 発令所から立ち去る冬月を、シンジは険しい視線で見送った。その嫌悪すら感じられる眼差しに、リツコとアスカとレイだけが気づいていた。

遠野家マンション―
 「あらあら、可愛らしいお客さんですねえ。ささ、中へ入ってくださいな」
 加持原案のユニゾン作戦を実行に移すべく、アスカは寝泊まりしていたホテルを引き払って、遠野家が用意していたマンションへ移動していた。
 「初めまして、アタシは惣流=アスカ=ラングレーと言います。これから、よろしくお願いします」
 ペコリと頭を下げるアスカ。普段の行動こそ傍若無人だが、その気になれば礼節を弁えた行動などお手の物なのである。
 「私は巫淨琥珀。シンジ君の保護者というか、姉代わりなの。形式としては遠野家の使用人なんだけどね」
 「使用人・・・イギリスのメイドさんみたいなものですか?」
 「そう思ってくれて間違いないわ。料理に関しては自信あるから、食事は楽しみにしていてちょうだいね」
 琥珀の言葉に、アスカがヨシッとガッツポーズをとる。これまでホテルで食事を取ってきたのだが、何日も似たような食事が続いて飽きがきていたのである。
 「・・・惣流さん、一つだけ言っておくけど、掃除だけは自分でしてよね」
 「何でよ?」
 「琥珀お姉ちゃんは破壊魔なんだよ。下手に掃除させると、室内の物は木端微塵になっちゃうから、絶対に自分でするんだよ?」
 「・・・オーケー、分かったわ」
 使われていなかった一室に、私物を置くアスカ。作戦期間中、アスカとシンジは、その部屋で寝泊まりする事になっているのである。
 「一応、NERVからも連絡は貰ったけど、本当に大丈夫なの?」
 「さあ、こればかりはやってみないと分からないよ」
 困ったように肩を竦めるシンジ。アスカも同感とばかりに溜息をつく。
 「初号機使えば一発なんでしょ?」
 「そうだよ。本当に腹が立つなあ・・・」
 そこへインターホンが鳴る。入ってきたのは、加持とリツコと日向である。
 「初めまして、NERVの加持リョウジと言います」
 「ラミエル戦の時以来ですね、琥珀さん」
 「僕も初めてですね。作戦指揮をとる日向と言います。今回は場所を提供して下さり、本部一同を代表して、御礼を言わせていただきます」
 「あらあら、暑い中ご苦労さまです。冷たい物を用意しますから、どうぞ上がってください」
 琥珀の用意した麦茶で涼を取ると、早速、加持と日向はユニゾン訓練機器の設置に取り掛かった。
 「琥珀さん、実は不躾なお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
 「はあ・・・」
 「レイの事なのですが、御迷惑でなければ、この遠野家のマンションへ住まわせては頂けないでしょうか?現在、レイが住んでいるマンションは老朽化が激しく、設備的にも問題が起き始めているのです。こちらであれば遠野家の方が護衛もしておりますし、何よりレイが引っ越すならシンジ君の近くが良いと言っているのです」
 リツコの発言に、アスカが奇声をあげるが、シンジが咄嗟に押さえつける。
 (・・・何で邪魔するのよ!)
 (いいから、黙って)
 「レイちゃんが望むのでしたら、こちらはいつでも良いですよ。幸い、部屋に余裕はありますからね」
 そこへバタバタと音を立てて、小さな影が飛び込んできた。
 「おかえりなさい!」
 「ただいま、レオ。今日も元気だね」
 黒髪の子供の登場に、アスカが驚きで固まる。その後ろから、アスカにも聞き覚えのある声が飛び込んできた。
 「おかえりなさい、シンジ君。アスカちゃんも話は聞いてますよ?これから仲良くしましょうね」
 相変わらず尼僧姿のシエルである。
 「ママー、だっこー!」
 レオを抱き上げるシエルの姿に、日向が涙をこらえて作業に戻る。その肩を、加持がポンポンと叩いていた。
 「シエルさん、子供がいたの!?」
 「ええ、レオと言います。仕事中は琥珀さんに面倒を見て貰っているんですよ。ちなみにシンジ君のお兄さんが、レオの父親です」
 「確かにウソではないですね、シエルさん」
 笑いを堪える琥珀。シンジは困ったように苦笑していた。
 
2時間後―
 「ここが遠野の住んでるマンションやな」
 「そうみたいだね、ところで、何で委員長がいるんだ?」
 「アスカのプリントよ。先生から、今日からアスカはここへ引っ越したって教えてもらったのよ」
 エレベーターで7階へ上がる3人。チンと音を立ててドアが開くと、そこには黒服の男が2人立っていた。
 予想外の光景に凍りつく3人。
 「君達、こちらへ何の用かな?遠野家に用が無いのであれば、引き取って貰いたいのだが」
 「・・・ワシは第1中学2年A組で、遠野とクラスメートの鈴原と言います!隣にいるのが相田と洞木言います!実は、遠野に会おうと思って来たんです!」
 「確かにお連れの2人は中学の制服を着ているな・・・少し確認を取るので、そちらで待っていて貰えるかな?」
 黒服に指示された場所には、黒い革張りのソファーが鎮座していた。その場違いな光景に呑まれつつも、3人はソファーに腰を下ろす。
 「君達、入室の許可は下りたから入ってくれて構わないよ。部屋は701号室だ」
 「あ、ありがとうございます!」
 背筋をピンと伸ばしながら、礼をする3人。
 (な、何やねん、ここは!)
 (俺が知る訳ないだろう!)
 (私だって知らないわよ!)
 701号室の表札には、確かに遠野シンジと書かれていた。
 「・・・もう一つの巫淨琥珀、って誰やねん」
 「ほら、遠野を迎えた時に綾波と一緒にいた、割烹着のお姉さんじゃないか?」
 「ああ、あの優しそうな人ね」
 そこへ中からドアが開く。
 「何してるのさ、3人とも」
 「そうよ、さっさと入って来なさいよ」
 相変わらず勝気なアスカと、包帯を外したシンジ。
 「「ペアルックなんて、イヤ〜ンな感じ」」
 わざとらしくおどけるトウジとケンスケ。
 「「こ、これは加持さんが!」」
 「二人とも、不潔よーーーっ!」
 ヒカリの音波兵器が4人の鼓膜を激しく揺さぶった。

 「はあ、そういう事やったんですか」
 目の前に置かれた麦茶に手を伸ばすトウジ。その隣に座るヒカリは、レイと一緒に人見知りしないレオをあやしながら、シエルに対して上機嫌なトウジにきつい視線を飛ばしていた。
 もう一人の来訪者であるケンスケはと言えば、こちらは琥珀の許可をもらって琥珀の写真を撮っていた。和服姿の美女は、彼にとって初めての被写体だったからである。
 現在、部屋にいるのは子供達以外に、加持・日向・シエル・琥珀・リツコである。
 「それにしてもシエルさん、美人ですなあ。おまけにNERVの偉い人なんですよね?」
 「ふふ、ありがとう。レオの父親も、それぐらいリップサービスしてほしいんですけどねえ」
 「レオの父親?何か遠まわしな表現ですけど、旦那さんじゃないんですか?」
 「私は正妻のつもりなんですけどね。彼の弟であるシンジ君に言わせれば、不倫になるそうですから」
 ブッと麦茶を吹き出すトウジ。話をこっそり聞いていた者達も、同じく噴き出すか噎せるかしている。平気なのはシンジ・琥珀・レイだけである。
 「ふふふ、不潔よーーー!」
 「あらあら、それじゃあ、もっとすごい真実を教えちゃいましょうか?」
 そこでニヤッと笑ったのは琥珀である。
 「実は私も不倫してるんですよね。相手はシエルさんと同じですけど」
 一同唖然とする。
 「ついでに言うなら、私の妹の翡翠ちゃんも、相手は同じです。不倫にならないのは、戸籍上結婚相手の秋葉様だけですね。なので、子供の父親は同一人物なんですよ」
 決して、にこやかに笑いながら言って良い会話ではない。
 「「遠野ーーー!お前の兄貴は何者だーーー!?」」
 トウジとケンスケが、凄まじい勢いでシンジに詰め寄る。休憩中のために包帯を巻き直していたシンジは、魔眼こそ使えなかったが、友人の心中については予想がついていた。
 すなわち、嫉妬。
 「ええと・・・座右の銘は『何とかなるさ』、趣味は刃物集め、同時に5人の女性を愛する事が出来る人だよ」
 「シンジ君、遠野君は、また相手を作ったんですか?」
 シエルが不思議そうに問いかける。
 「なんか時南先生とこの朱鷺恵さんと復縁したみたいですよ?朱鷺恵さん曰く『兄さんの初めてのお相手』だそうですけど・・・」
 「・・・琥珀さん、これは強敵です。やはりもう一人ぐらい作らねば・・・」
 「そうですね、私もこの際、双子を狙ってみましょうかしら」
 『これは異次元の会話だろうか?』
シンジとレイ以外、全員の心がユニゾンを果たしていた。

 シンジとアスカは、休憩終了後、早速ユニゾン訓練へと戻った。流れてくる音楽に合わせながら、両手両足をタイミングよく動かそうとし、失敗する。
 『題名、鶴と亀』
 辛辣な評価は加持である。
 足を引っ張っているのはシンジ。機械のシステム上、音楽に合わせ、画面に表示されたマークと同じパネルに触れる必要がある。だが気配を発しない光だけを頼りとするシステムは、シンジにとっては天敵であった。普段、目を使わない分、視力のみに頼らねばならない状況に、どうしても反応が遅れてしまうのである。
 「サード、アンタ鈍臭いわよ?」
 「・・・今回ばかりは何とも言いようがないな」
 ユニゾン訓練システムとの相性の悪さに、さすがのシンジも困り果てた。
 「アスカ、悪いがレイと交代してくれないか?」
 「別に良いけど・・・」
 加持の要請に、アスカが首を傾げながら場所を譲る。アスカと交代したレイは、シンジの動きが妙にぎこちない事には気付いていた。
 「遠野君、私が合せるから、とりあえず遠野君のペースで進めて」
 「うん、分かった」
 そして始まるユニゾン。シンジは相変わらず動きがぎこちないが、レイがシンジの動きのぎこちなさを予想して、ややスピードを押さえているため、アスカの時ほど目立ったズレは起きていない。
 結果は62点。アスカの時よりも30点上である。
 「どうして、こういう結果になったか分かるかい?」
 首を振る一同。レイとシンジはその答えには気付いていたが、敢えて口を噤んでいた。
 「答えは簡単だ。レイはシンジ君の動きがぎこちない事を予想して、反応を少しだけ遅らせていたからさ」
 「それって、サードが悪いんじゃない!もっと早く反応すればいいんだから!」
 「それは無理だろうな。シンジ君は五感以外に気配も情報感覚の一つとして知覚している。けれども、この機械は光るだけで気配を発する訳じゃない。感覚を一つ封じられた事で、シンジ君は戸惑っているんだよ」
 やっと理由が呑みこめたのか、アスカがシンジに振り返る。当のシンジはと言えば、困ったように頭を掻いていた。
 「何で、理由まで分かっちゃいますかね?」
 「それこそ、年長者の経験と言う奴だな。それより修正はできそうかい?」
 「どうでしょうね、正直難しいですよ。普通の人間に『明日から目隠しして生活しろ』って言う様な物ですから」
 本来、シンジの反射神経は鋭い。これはシエルとの戦闘訓練の賜物である。その反射神経が活きているからこそ、何とかこれほどの遅さで済んでいるのであった。
 「でも他に方法は無いですからね、何とか反応を上げますよ」
 再び訓練に戻る2人。だがどうしても動きが合わない。やはりアスカの反応が、シンジに比べて早くなってしまうのである。
 「惣流、ちと早すぎやせんか?」
 トウジの言葉は、全員の意見を代弁していた。
 「・・・もうダメ!やってられないわ!」
 業を煮やしたアスカが、部屋の外へ飛び出ていく。バタン!と音を立てて、ドアが閉められた。
 「・・・日向さん、弐号機と零号機でペアを組むのはできないんですか?」
 「言いたい事は分かるんだけどね、それは不可能なんだ。弐号機と零号機では、素体のスペックに違いがあり過ぎるんだよ。正直な話、弐号機と四号機じゃないと、この作戦は成功しないんだが・・・」
 「レイでは四号機を起動できないんですか?」
 「起動だけならできると思う。でも戦闘行動となると、無理があるな」
 「まいったなあ・・・とりあえず惣流を捜してきますよ」
 シンジは包帯を手に取ると、アスカの後を追いかけた。

 アスカを捜すこと30分。コンビニの片隅に蹲るアスカを発見したシンジは、アスカとともに公園へと移動していた。
 無言のままベンチに腰をおろすアスカ。先ほどのコンビニで売っていたスポーツ飲料を手渡されると、それを一気に飲み干す。
 その隣で、シンジは包帯を巻き直しながらアスカが口を開くの黙って待っていた。
 「・・・何か言いなさいよ・・・」
 「別に言う事はないよ。今回は明らかに、僕に非があるしね。君がレイと同じスピードにしなかったのも、実戦を想定したからだろ?」
 「何だ、分かってたんだ。そうよ、どれだけタイミングが合っても、スピードが遅ければ使徒には通じない。だから、アタシはあれ以上遅くできなかった・・・」
 ビルの谷間に沈もうとする夕陽を、ジッと見つめる少女。
 「・・・アンタが頑張ってるのは、アタシにも分かるわ。それでも、どうしても納得できないのよ。普段から包帯外して生活してれば、こんな事にはならなかった筈よ。それなのに、何で包帯を巻いちゃうのよ!」
 沈黙するしかないシンジ。フーッと大きなため息をつく。
 「・・・分かった」
 巻いたばかりの包帯を外すシンジ。その赤い日光に、緑の双眸が照らしだされる。
 「・・・こいつの目ってきれいだよね」
 「?」
 「こいつ、何、急に訳の分からない事言ってるの?」
 「・・・」
 「そんな馬鹿なこと、ある筈がない」
 「!」
 「化け物」
 顔色を変えるアスカ。それを確認すると、シンジは無言で包帯を巻き直した。
 「別に気に病む事はないよ。普通の人間が、僕を嫌うのは当たり前の事だ。けど、これで踏ん切りがついただろう?僕と一緒に行動する限り、君は僕に心を読まれる事になる。だから、ユニゾン作戦はこれで終わりだよ」
 手に持っていたジュースを飲み干すと、少年は公園から立ち去った。独り残された少女は、赤い夕日に照らし出された公園に、所在なく座ったままであった。

「ただいま」
家に戻ったシンジを、大人達とレイが出迎えた。トウジ・ケンスケ・ヒカリの3人は、夕飯の時間が近い事もあって、すでに帰宅していた。
 「日向さん、ユニゾン作戦は不可能になりました。初号機での殲滅を基本方針として貰えますか?」
 「シンジ君!?何を言ってるのか、分かっているのか!?」
 「分かっていますよ。僕は確実な使徒殲滅の方法を選びました。その為に、アスカに嫌われてきましたから」
 シンジの言葉に、呆然とする日向と加持。シンジが追いかけたのは、当然、アスカを連れ戻す為だと信じ込んでいたからである。
 「どちらにしろ、作戦開始時刻までに目処が立たなかった時の代替作戦は、作戦部で講じているのでしょう?でしたら、その一つとして初号機の凍結解除も入れてください」
 「シンジ君!君が何をしようが、それは君の自由だ。だが、アスカに何をしたんだ!」
 「肉体的・精神的な暴力は奮っていません。ただ、僕を嫌うように仕向けただけです」
 自棄を起こしたような雰囲気を漂わせるシンジの頬を、パンッと叩いた音が響いた。叩いたのは、真紅の双眸に怒りを漂わせた少女である。
 「どうして・・・遠野君は弐号機パイロットがスピードを落としてくれなかった事が、そんなに気に食わなかったの!?彼女がスピードを落とさなかったのは!」
 「実戦を想定していたから。のろまな攻撃に当たってくれるほど、使徒は間抜けじゃないからね」
 「それが分かっているのなら、何で!?」
 「分裂使徒を確実に殲滅するなら、初号機を使えばいい。その為には不安要素の混じったユニゾン作戦は不要な作戦だ。だからユニゾン作戦を不可能にして、初号機で確実に使徒を殲滅しようと思っただけさ」
 あくまでも確実な使徒殲滅を掲げるシンジに、周囲の者達は返す言葉がない。
 「僕にとって最優先事項は、家族を守ること。その為にサードインパクトを防ぎ、使徒を倒すんだ。ユニゾン作戦の成功確率がどれだけあるかは知らないけど、初号機を使えば100%殲滅できる。副司令の個人的な思惑など、僕には関係ない。使徒殲滅を邪魔するのなら、副司令だって排除してやるさ」
 「・・・弐号機パイロットに何をしたのよ」
 「僕の瞳の意味を教えてあげただけ」
 自室に姿を消すシンジの背中を、琥珀・シエル・リツコが両目を大きく開けて見送っていた。

日向の車の中―
 気まずい雰囲気の遠野邸を辞した加持・日向・リツコは本部へ帰る途中にあった。
 「しかし、参りました。ユニゾン作戦が崩壊するなんて・・・」
 「全くだ。まさかシンジ君がアスカに嫌われるような事をしてまで、ユニゾンを壊しに来るなんて、想像すらしなかったよ」
 加持が困り果てたように、ひたすら紫煙を燻らしている。
 「シンジ君の使徒殲滅にかける覚悟を甘く見過ぎていたな。確実に使徒を殲滅できるなら、例え副司令でも排除する、か」
 「考えてみれば、すでに碇司令と葛城さんという実例があったのを、失念していた僕達のミスでもあります」
 「だが気になる事を口にしていたな。副司令の個人的な思惑、か・・・あと瞳の意味、か。確かに緑の瞳なんて珍しい、いや生物学上、ありえない色ではあるが・・・」
 車内を沈黙が支配する。それを破ったのは、後部座席からの声であった。
 「アスカが14歳の女の子である限り、シンジ君とは暮らせないでしょうね。特に彼の目の事を知ってしまったとあっては」
 「リッちゃん、何か知ってるんだな?」
 「・・・他言無用、約束できる?あと盗聴対策は?」
 リツコの言葉に、2人が親指を立てて応える。
 「シンジ君は、私達の言葉で言う所の超能力者、それも他人の心を読む事が出来る能力者なのよ」
 「何ですって!?」
 「それも自分では制御できないそうよ。両目に映った時点で、心の中の事が勝手に読めてしまうそうなの。そんな事を知らされたら、アスカが一緒に行動できる訳がない。加持君は知ってるでしょ?アスカのお母さんの事を」
 黙りこむ加持。沈黙はリツコの言葉を肯定していた。
 「初号機の凍結も、シンジ君は偶然、読み取ってしまった可能性が高いわね。それがシンジ君にとって許す事ができない理由だったからこそ、あそこまで強硬策を取ったことも考えられるわ」
 シンジの行動の理由に、大人達は頭を抱える事しかできなかった。

遠野邸―
 沈黙が支配する中、夕食が始まっていた。アスカが帰宅していない為、一人分だけ一切手をつけられていない。
 「シンジ君、本当に良かったの?」
 琥珀が意を決して言葉を紡ぐ。
 「良かったんだよ。僕の目的達成の為には、確実に使徒を滅ぼさなければならないんだからね。その為なら、嫌われるぐらい考慮にすら値しないよ」
 一切の感情を感じさせない口調で応えるシンジ。
 「ごちそうさまでした。食器は僕が洗っておくから、水に漬けておいてよ」
 自分の食器をシンクに持っていくと、シンジは再び自室へ籠ってしまった。
 「・・・だいぶ、無理しているわね」
 「そうですね、何とかしないといけないんだけど」
 困り果てた2人の保護者。そこへ、やっとアスカが帰宅した。
 「おかえりなさい、夕ご飯できてるから、食べて下さいね」
 琥珀の作った料理を、アスカが黙々と食べていく。その食べ方はある意味、機械的だった。
 食べ終わると、琥珀が差し出したお茶を飲み干し、アスカは口を開いた。
 「やっぱり、アタシ、サードとは組めないです・・・」
 「・・・そう・・・残念だわ」
 シエルが辛そうに呟くと、琥珀が同感だとばかりに頷いた。
 「でもね、アスカさん。今から部屋を探すのは大変だから、私がいる702号室を使ってくれてもいいですよ?」
 「ありがとう・・・アタシ、あいつに見られたくないから・・・」
 スッと席を立つアスカ。
 「一つだけ、教えてください。琥珀さんとシエルさんは、あいつの事、知っていて暮らしていたんですか?」
 「知っていますよ。でも、私達だけじゃないんです。三咲町に住んでいる遠野家の住人と、有間家の都古様は、シンジ君の事を知っています。それでも3年に渡って、一緒に暮らしてきました」
 「何で!?何で一緒に暮らせたんですか!?アタシ、そんな生活、耐えられない!」
 パニック寸前のアスカを、琥珀が優しく抱きしめた。
 「シンジ君は、望んで力を手に入れた訳じゃない。何より、あの力を使わないで済むように、包帯を巻いて生活しているんです。シンジ君の力は、自分で制御できない物ですから」
 アスカが驚いたように、琥珀を見つめた。
 「聞いていなかったんですか?シンジ君の力は、見られた相手、全てに無差別で発動してしまうんですよ。防ぐには、シンジ君が目を閉じるしかないんです」
 「アイツ、そんな事、一言も・・・」
 「・・・弐号機パイロット。あなたが悩むのは自由。でも作戦を降りたいなら、早めに日向一尉に伝えてほしい。私が遠野君と組むから」
 今まで沈黙を続けていたレイが、初めて口を開いた。
 「ファースト、アンタ正気なの!?さっきの話、聞いていなかったの!?」
 「私には、他に何も無いもの。使徒を倒す事が、私の存在理由だから。それに・・・」
 レイが真紅の視線で、アスカを正面から見据えた。
 「私は遠野君の傍に居たい。あなたが消えてくれるなら、私にとっては嬉しい事。だから作戦から降りるのを、引き留めるつもりはないわ」
 挑発じみた言葉に、アスカは返す言葉を持ち得なかった。

翌日、NERV本部司令室―
 日向から提出されたレポートに目を通した冬月は、複雑な表情を浮かべていた。
 「サードチルドレンの視覚的な理由と、セカンドチルドレンの精神的な理由が原因でユニゾンが不可能だというのは仕方あるまい。だが初号機の凍結解除だけは認められんぞ」
 「はい。ですから、代わりの代案を用意いたしました。こちらをご覧ください」
 日向の出した迎撃提案書は、実にシンプルな物である。今回の使徒―イスラフェルは相互補完という能力を持つ故に、防御面においてATフィールドを使用する気配が全く見られていない。この点を前提とした作戦であった。
 まず地面に穴を掘っておき、そこにN2を数個仕掛けておく。次に、イスラフェルを2体とも穴の中に放り込む。最後にタイミング良くN2の起爆と、ATフィールドで蓋をすることにより、イスラフェルを丸ごと破壊する、と言う物であった。
 この作戦の場合、ユニゾンのような精密機械の如きタイミングは必要ない。MAGIで十分に対応できるものである。
 「使徒が侵攻開始まで、あと5日。ファーストチルドレンには、セカンドチルドレンの代役として、ユニゾン訓練をサードチルドレンと積んでもらいます。その間に、セカンドチルドレンには弐号機を使って、代案の為の準備に入って貰います」
 「代案の遂行要員は、誰にするのだね?」
 「3人全てが担当です。理想としては零号機と四号機を前衛とし、弐号機を不測の事態に備えてのバックアップ要員と考えております」
 「そうか。ではさらに細かい打ち合わせに入ってくれ」
 言外に了承の返事を受けた日向は、作戦部に戻り、細部の調整に入った。

 結局、ユニゾン作戦は不発に終わった。シンジが感覚のズレを調整しきれなかった事、零号機と四号機のスペック差、そのどちらもが原因であった。
 最終的には日向の代案により、イスラフェルを殲滅する事に成功はしたのだが、シンジとアスカの断絶は、修復しきれないままであった。



To be continued...
(2010.07.31 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。それにしても今回は長くなりました。文字数だけで2万文字、ワードで22ページにも及びましたw苦労した分、楽しんでいただけたら幸いです。
 原作において一番好きなユニゾン作戦でしたが、思い切ってぶっ潰しましたw
 多分、賛否両論あるとは思うのですが、今回の話は『アスカに嫌われるシンジ』をメインに置いているので、こういう流れにする事にしました。
 シンジの魔眼とアスカの過去を考えると、こういうシナリオがあっても良いんじゃないかな?と思いついたのが発端。面白そうだと思ったので、迷わず挑戦してしまいました。なので今回のシンジ君の不幸は『アスカに嫌われる立ち位置に自分を追い込まざるを得なかった』という所です。
 話は変わって次回ですが、浅間山のサンダルフォン捕獲作戦となります。堕天使の帰還では虚数魔術でサックリ逝ってしまったサンダルフォンに頑張って頂こうと思い、少しだけ捻ってみました。
 強行される捕獲作戦、シンジとアスカの和解、立て続けに起こるハプニング、そしてシエルからアスカとレイに託される願い、そんな内容になります。
 それでは、また次回もよろしくお願い致します。



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