遠野物語

本編

第十章

presented by 紫雲様


SEELE―
 「弐号機に続いて、零号機までもがS2機関を取り入れてしまった」
 「この修正、容易ではありませんな」
 「然様。生命の実を取り込んだエヴァは具象化された神そのもの。このままでは人類補完計画その物の根幹を揺るがしかねん」
 「不幸中の幸いなのは、S2機関のデータが提出されたおかげで、量産型にも搭載の目処が立った点か。それだけは認めるに吝かではないがな」
 「今は冬月が計画を遂行しているが、それもどこまでが本当の姿かは分からん。やはり量産型の配備は急務かと」
 「無論だ。残る使徒もあと半分。約束の日は近い」

NERV医療部ICU―
 ・・・ピッピッピッ・・・
 24時間監視体制の整った治療室。その中に少年は横たわっていた。
 隣に置かれた機械が、無機質な機械音を報告し、それが少年の命が繋がれている事を教えてくれる。
 彼が負った傷自体は、大したことは無かった。それこそ何針か縫えば塞がる傷だったのだから。問題なのは出血である。
 LCLは血液に限りなく近い。それは事実である。だが=と≒は似て非なる物。例えばLCLには赤血球や白血球、血小板等は当然のことだが存在していない。
 その為、シンジは出血により、血液の中に含まれている重要な要素を大量に失ってしまったのである。
 赤血球は酸素を運搬する役目を持つ為、それが無くなれば細胞に酸素がいきわたらず、細胞は死んでしまう。特に脳細胞は4分が致死ラインと言われるほどだ。
 白血球は体内に侵入した細菌やウイルスを退治するのが役目。それが無くなれば、病原菌に抵抗できず体が死んでしまう。俗に敗血症と呼ばれる症状である。
 血小板は傷を塞ぐ瘡蓋の材料。それが無くなれば傷は塞がらず、永遠に出血し続ける。これも血友病という病気で呼ばれる症状である。
 今のシンジは、それら3つの症状を併発している状態である。緊急輸血が行われ、必要ラインにまで体内に取り込んだものの、その病状は安定しているとは言い難い。いつ病状が悪化するかも分からず、常に医師の監視体制が必要なのである。
 この状況に対して、同居している琥珀は自身の血液を取り込ませていたものの、シンジの負ったダメージが大きすぎた為、何とか持ちこたえさせるのが精一杯という状況であった。
 この事態を打破するため、本来なら彼女の妹である翡翠に応援を頼みたい所であったのだが、それは不可能であった。
 現在、翡翠は妊娠6ヶ月目に入っており、これ以上の負担を背負わせる訳にはいかなかったのである。その為、シエルが魔術知識を総動員して、琥珀のフォローをしていたが、それにも限界がある。
 悩み抜いた琥珀が思いついたのが、幼い頃は日に6回も貧血で倒れていた志貴の治療に当たっていた、薬学の師、時南宗玄である。
 連絡を受けた宗玄は、即座に第3へ急行。到着するなり東洋医学に基づいた針治療と気功治療を開始し、容体の安定に貢献していた。
 「しばらくは儂も治療を続けよう。だがこのままでは、ジリ貧だ」
 宗玄の冷徹な判断に、その言葉を聞いた少女達が顔を蒼白に変える。2人が考えたのは全く同じ『もっと自分が早く到着していれば』という後悔である。
 「だがな、結局のところ、人の生き死にと言う物は、治療以上に本人の生きようとする意思が重要なんだ」
 「生きる意思・・・」
 「そうだ。それが強い者ほど、しぶとく生き残るものだ。シンジはそれが極端に薄い、あれ独りではな・・・だからこそ、それを後押しする者が必要だ」
 宗玄は目の前に立つ2人の少女の肩を、ポンと叩いた。
 「中に入って、シンジの手を握り、声をかけてやれ。それが一番の薬だ」
 即座に中へ飛び込む少女達を苦笑しつつ見送ると、宗玄はシエルと琥珀、リツコを連れて待合室へと移動した。
 「・・・時南先生、このままだと、シンジ君はどれぐらい持つんですか?」
 琥珀の問いかけは、シエルとリツコの思いも代弁していた。西洋医学で出来る事は全てやり尽くしており、もう打つ手は残されていなかったのだから。
 難しい顔をする宗玄。彼は気功治療の使い手なので、機械以上に生き死にの判断は得意なのである。
 「・・・3日」
 その言葉に、琥珀は手に持っていたシンジの着替えを廊下に落とした。リツコは取り出そうとしていた煙草を落とし、シエルは悔しそうに俯く。
 「3日後だ。3日後には、シンジは目を覚ます」
 「「「・・・はあ?」」」
 「だーかーらー!3日後には目を覚ますと言うとるんだ!」
 ニヤッと笑う師匠に、琥珀は本気で殺意を覚えた。

 そして3日後、シンジは目を覚ます事になる。
 宗玄ことクソジジイ曰く
 『少しぐらい、後押ししてやっても良いだろうが。シンジではなく、あの2人の後押しだったがな』
 顔中ひっかき傷と青痣だらけの遠野家主治医の姿に、目を覚ましたシンジは唖然とする事しかできなかったそうである。

同時刻、NERVセントラルドグマ、ヘブンズゲート内部―
 鮮血のようなLCL。そこに浮かび上がる真紅の十字架と、磔にされた純白の巨人。
 零号機に搭乗しているレイは、それが何者なのか、その正体を熟知している。
 シンジの危機的状況や、ここに来るとレイ自身が自分の素姓について、否が応でも思い出させられてしまう為、できる事なら着たくは無い場所であった。
 だが南極からロンギヌスの槍を持って帰還した冬月にしてみれば、レイ以外に槍を突き立てるべき人材など存在しない。
 結局は副司令命令として、レイはロンギヌスの槍を突き立てざるをえなかった。
 だが―
 「・・・この槍・・・」
 本能で槍の力を察したレイは、この槍を使わざるをえない状況が来ない事を、真剣に願うのだった。 

遠野宅―
 「今日はシンジ君の快気祝いですから、じゃんじゃん食べてくださいね!」
 その言葉通り、琥珀は大量の料理を作っていた。快気祝いにやってきた来客は、トウジ・ケンスケ・ヒカリ・マヤ・青葉・日向である。
 シエル母子と宗玄も加えれば、参加人数は10名を超える。にも拘らず、食べきれないのでは?と思えるほどに、テーブルの上には食事が並んでいた。
 「では!シンジの退院を祝って、乾杯!」
 アスカの音頭で始まる宴。ヒカリはトウジに料理を渡し、アスカとレイはシンジを挟んで牽制しあい、マヤは青葉と良い雰囲気である。日向はどこかヤケクソな雰囲気を醸し出しながら料理を食べ、その隣でシエルと琥珀と宗玄が、3人でレオをあやしている。そんな様子をケンスケがカメラに収めていた。
 「そういえば、もう怪我は大丈夫なのか?」
 「ああ。大丈夫だよ。見てみる?」
 両腕の包帯を解くシンジ。そこには内側から破裂した傷跡を、何針も縫った痕が残っていた。
 「痛そうだなあ、おい。それに、また痕が残るな」
 「今更、傷跡なんて気にしないけどね。僕の場合、どうせ全身包帯だし」
 「少しは気にしろよ・・・お前の写真が欲しい、って女子が、何人いると思ってんだ」
 ビクンと身を震わせる2人の少女。周囲も声を潜めて、様子を窺いだした。
 「物好きがいるもんだね。僕の写真なんか手に入れてどうする気だよ。丑の刻参りに使われなきゃならないほど、恨みを買った記憶はないんだけどな」
 「お前の写真を手元に置いて、家で眺めたいんだろうよ。そういう訳だから、写真、撮らせてくれないか?モデル料として、売上の2割渡すから」
 「小遣い稼げるなら、受けても」
 「「ダメーーーー!」」
 両隣から怒声によるサラウンドアタックを受け、悶絶するシンジ。
 「相田!余計なこと言うな!」
 「・・・殺す・・・」
 「す、すんません」
 思わず土下座して謝るケンスケ。彼の前には、殺気を漲らせた紅と蒼の鬼が、彼を地獄へ叩き込むべく指をパキパキ鳴らせて仁王立ちしている。
 「・・・写真を手に入れたぐらいで、あの中に割って入れるような勇者がおるとは、思えんのやけどな」
 「・・・少しは乙女心を理解しなさいよね」
 眉間を押さえたヒカリに、トウジが『どういう意味やねん』と問いかける。
 「・・・仕方ない。琥珀お姉ちゃん、お小遣いの増額をお願いします」
 「ダメです。勝手にそんな事したら、秋葉様に私が叱られます」
 「・・・世知辛い世の中だなあ・・・バイトもできないし・・・何で実力で稼ぐのがダメなんだよ・・・」
 悩むシンジ。そこで何か思いついたのか、携帯電話を取り出すと、慣れた手つきでメールを送る。
 「アンタ、何送ったの?」
 「ああ、僕の持ってる情報買いませんか?って・・・」
 「小遣い欲しさに情報漏洩なんてするな!」
 ブッとビールを吹き出す青葉と日向。
 「・・・仕方ない。今度、適当にそこらへんの不良の喧嘩買う事にしよう」
 「だから強盗も止めろと言ってるでしょうが!」
 「シエルお姉ちゃん、賞金首の情報とかは・・・」
 「ヴァチカンに永久就職してくれるなら、融通してあげますよ?」
 「それは無理。ごめんなさい」
 平伏するシンジ。さすがに小遣い欲しさに埋葬機関に就職するのは、デメリットが大きすぎる。
 「そもそも、何でそんなにお金が必要なのよ?アンタ、そんなに浪費癖あるの?」
 アスカの当然の疑問に応じたのは琥珀である。
 「シンジ君、意外に浪費癖があるんですよ。都古様と一緒に行動するようになってから大きな声では言えない方法で稼ぐにつれて、出ていく方も増えてしまって」
 「シンジが大声で言ってるから、素直に強盗でもカツアゲでも言ってくれて良いわよ。でも意外だわ、アンタって浪費癖あるほど、着飾っていないのにねえ」
 「シンジ君の場合、ジャンクフードに消えていますから。遠野の家は、そこらへんが秋葉様の意向で徹底していまして・・・」
 「どんだけ買い食いすれば気が済むのよ?まあ運動量が多いから、太る事は無いんだろうけど」
 アスカが眉間を押さえて溜息をつく。
 「そんなにお金が欲しければ、無償で乗るなんて言わなければ良かったのよ。アタシやレイみたいに、報酬貰えるように交渉したら?」
 「それは嫌だ。こっちにだってプライドぐらいはあるよ」
 そう断言したシンジだったが、急に席を立つと勢いよく自室へ飛び込んだ。そして、ノートパソコンを手にして戻ってくる。
 早速立ち上げるシンジ。両隣にいたアスカとレイが画面を覗きこむ。
 「・・・これって警察のホームページじゃない」
 「・・・情報提供者には懸賞金?」
 「そそ。国が認めたルールにのっとって、稼ぐことにいたします。こういう時こそ、力を使わないとね」
 シンジが包帯に隠された、銀色の瞳を指差した。
 ・・・後日、第3新東京市に住むS少年から、指名手配犯の潜伏先という情報を手に入れた警察は、全員を無事逮捕する事に成功したそうである。またS少年も、懸賞金を手に入れたが、それはまた別の話。
 
シンジが退院してから1週間後のNERV本部発令所―
 「零号機シンクロ率51.7%、初号機シンクロ率99.89%、弐号機シンクロ率78.3%です」
 定期的に行われるシンクロテスト。3人とも、すっかり慣れてしまい、その顔には何の緊張感も感じられない。事情を知らない者が3人を見て、昼寝をしていると言われれば、何の疑いもなく信じこむほどにリラックスしていた。
 「3人とも、調子良いですね」
 「そうね。レイは横ばいから緩やかに右上がりに変化しているし、アスカもアベレージ自体が上昇しているわ。良い傾向よ」
 次々に進んでいくテスト。そこへ盛大な音量で警告音が響いた。
 「マヤ!一体、何があったの!?」
 「先輩!MAGIがハッキングを受けています!」
 「すぐに逆探知!それから子供達はケージで待機させて!」
 正面モニターに映った、3機のハッキング状況を食い入るようにリツコが睨みつける。
 「ハッキング元は松代、イギリス、中国の3ヶ所にあるMAGIレプリカです!」
 「何ですって!?各支部からの連絡は!?」
 「3ヶ所ともMAGIがコントロールできない、との事です!」
 マヤの報告に、リツコが愕然とする。各地のMAGIで使われている防壁は、全てリツコが作ったオリジナルであり、それを上回る防壁は、事実上、世界中のどこにも存在しないと断言できるほどの性能である。
 「アメリカとドイツから連絡!MAGIがUNのコンピューターにハッキング!N2弾道ミサイルの発射システムを狙っている模様との事です!」
 「一体、何が起こってるの!」
 「赤木博士!」
 後ろからかけられた凛とした声に、振り向くリツコ。そこに立っていたのは、尼僧姿のシエル。
 「使徒の可能性はありませんか?」
 「使徒ですって!?」
 「使徒の目的は、本部にあるのでしょう?それなら、多少遠回りになっても、本部をミサイルで破壊してから、侵攻しようと考えてもおかしくありません」
 本部を破壊するという方法は前回のサハクイエルが行っている。本部以外の場所への出現は、ガギエルとイスラフェルが行っている。ならば、その両方を組み合わせた敵が出現しても、なんらおかしくはない。それどころか、エヴァで即時殲滅が難しい分、使徒側に有利な戦術であるとも言えた。
 「マヤ!MAGIのロジックコードを変更、処理速度を落とさせなさい!」
 「は、はい!」
 「聞こえるか、3人とも。すぐにブリーフィングルームへ来てくれ!作戦部の全職員もだ!」
 「「「了解」」」
 リツコと日向の指示に、応じる4人。
 発令所に、異様なまでの緊張感が走っていた。

作戦部ブリーフィングルーム―
 「まず分かっている事から説明する。使徒の所在地だが、松代である事がパターンブルーの反応から判明した。松代のMAGIは使徒に制圧され、他のMAGIもすでに制圧されてしまっている。唯一の救いは、使徒は松代のMAGIの外には出ていない事だ」
 「つまり松代のMAGIを破壊すれば、理屈の上では退治できるという事ですか?」
 「一応な。もっとも、その方法は最後の手段だけど」
 日向の説明はさらに続く。
 「敵の攻撃手段はN2弾道ミサイルによる本部の物理的破壊と、MAGIの直接占拠による本部自爆決議である事も推測されている。今回の議題は、この2点への対応が焦点となる。ミサイル発射の阻止については、現在UNが全力で対応しているが、阻止は望み薄だと思われる。その為、エヴァ3機でミサイルを阻止してもらう。武装についてだが、初号機はF型装備。零号機と弐号機は試作品のポジトロンライフルを装備。遠距離射撃でミサイルを迎撃後、ATフィールドで阻止が基本戦術になる」
 「「「了解」」」
 「自爆決議については、赤木博士がすでに対応を始めている。同時に松代の使徒への対策も赤木博士に腹案があるそうだ」
 そこでアスカが『はい!』と手を上げる。
 「仮にリツコの使徒対策が失敗した場合、どう対応するの?エヴァで松代まで向かうのは、時間のロスが大きすぎない?」
 「その場合は戦自が松代にN2を打ち込む事になっている。一般市民の被害は確実にでるだろうが、そうならない為にも、赤木博士に期待するしかない」
 シーンとなるブリーフィングルーム。日向の言い分は正しいのだが、やはり感情的に納得できるものではない。
 「まず、我々がしなければならないことは、確実に弾道ミサイルを防ぐことだ。その為のエヴァによる第3新東京市の防衛作戦である訳だが、誰かより良い案を思いついた者がいれば、遠慮なく発言してほしい」
 「ポジトロンライフルですが、照準はどうするんですか?MAGIがハッキングを受けている以上、超遠距離射撃での照準補正は受けられないと思うのですが」
 「それについては、技術部が臨時の補正プログラムの入力作業を行っている。指示通りに狙撃を行ってもらえばいい」
 コクンと頷くレイ。アスカはフン、と鼻を鳴らしている。
 「それからシンジ君。初号機の加粒子砲なんだが、直線状ではなく、広がるように発射する事はできるか?薙ぐような掃射でも、シャワーのように放出するのでも良い。単に真っ直ぐ撃つよりも、より広範囲に広がるように撃つ方が迎撃しやすいんだが」
 「掃射は可能ですね。左手を左右に振るだけで済みますから。シャワーのようにでるかどうかは、やってみないと分からないです」
 「そうか。では臨機応変に頼むよ」
 コクンと頷くシンジ。
 「弾道ミサイルの到達予定時刻は、今から2時間後。念の為、今から1時間後にエヴァを射出。迎撃態勢に入る。同時に、僕も地上の指揮車から指揮を執る。これは発令所からの指揮が取れないからだ」
 「ふっふっふ、日向一尉の命は私達が預かるって訳ね」
 「お手柔らかに頼むよ。結婚前に殉職なんてしたくないからね」
 日向の冗談に、ブリーフィングルームの雰囲気が和らぐ。
 「発令所の方は冬月副司令が指揮を執る。発令所の現場責任者は赤木博士だ。こちらにはシエル二尉に護衛として回って貰いたい」
 「私は指揮車にいなくていいんですか?」
 「使徒が直接攻めてきているなら、車に乗って貰うんですけどね。今回、使徒はインターネット経由で発令所へ侵攻してくる可能性があるんです。それならば、発令所で待機していて貰う方が良いでしょう?」
 「分かりました」
 全員が納得したのを見届けると、日向は真剣な表情で、作戦開始を告げた。

発令所―
 MAGIシステムの下部にある、開かずの扉をリツコは開けていた。供をするのは部下であり弟子でもあるマヤである。
 「すっごい!これ、全部MAGIの裏コードですよ!」
 マヤが歓喜の悲鳴を上げるのも当然である。2人がいる場所は、その気になればMAGIを生かすも殺すも自由自在な場所であった。
 「さあ、仕事に取り掛かるわよ。防御は考えなくていいわ。松代にいる使徒を殲滅するのだからね」
 「はい、先輩!」
 2人揃って愛用のノートパソコンを繋ぐと、凄まじい速さでキーボードに指を走らせていく。
 「赤木博士。もし異常があった場合、声をかけますので」
 「ええ、頼むわねシエルさん」
 シエルは2人のいる場所のすぐ傍、正面モニターを見られる位置に陣取っている。使徒のハッキングの進行速度に変化が起きた場合、すぐに知らせるのが役目である。
 「進化の頂点は死。皮肉な話ね」
 シエルの呟きには憐みが感じられた。

第3新東京市NERV本部直上―
 一般市民のシェルターへの避難が完了し、人気の無くなった市街に、3体の巨人は沈黙とともにその時を待ち受けていた。
 「各機、準備に入ってくれ。事前の予想では、まもなく太平洋側からくる。その後、反対側からも撃ち込まれるからね」
 「「「了解」」」
 ガチャンと音を立てて、ポジトロンライフルを構える零号機と弐号機。
 「初号機、S2機関、稼動始めました」
 臨時のオペレーターが、やや不慣れながらも報告を始める。本来、戦闘中にオペレーターを務める青葉とマヤの2人は不在の為である。
 「零号機シンクロ率58.2%、初号機102.3%、弐号機83.2%です」
 「いいか。迎撃開始5分後に、零号機と弐号機は太平洋側ではなく、日本海側からの迎撃に変更してくれ。合図はこちらから送る。初号機は完全に太平洋側からのミサイルを迎撃するのが役目だ。ATフィールドへの変更は、こちらで合図を送るから、迎撃しきれないと感じたら、すぐに連絡をするように」
 同時に、警告音が響く。それの意味するのは、ミサイルの襲来―
 「各機、迎撃開始!」
 零号機と弐号機は、ポジトロンライフルの狙撃プログラムを使い、まだ海上を飛んでいるミサイルへ照準を合わせる。狙撃用のスコープを通してなお、ミサイルの大きさは豆粒程度である。
 「落ちなさい!」
 引かれるトリガー。銃口から放たれた光の槍は、狙いを過たずにミサイルを撃墜。同時に大爆発が起こり、周辺を飛んでいたミサイルへ誘爆。その誘爆が更なる誘爆を呼び、連鎖的に爆発を起こす。
 弐号機に僅かに遅れて、零号機も狙撃を開始する。弐号機の成果を潜り抜けたミサイルに光の槍は命中し、やはりこちらも爆発を引き起こした。
 「さあ、じゃんじゃん行くわよ!」
 次弾の照準を合わせ始める弐号機。零号機もコクリと頷くと、同じように狙撃に入る。その傍らで、初号機が左手から加粒子砲を解き放った。
 真横に薙ぐように放たれた光の奔流。だが狙撃と違い、照準を合わせている訳ではないので、迎撃率はそれほど高くはない。
 「初号機にATフィールド発生。右手に集中していきます!」
 「シンジ君!?何をする気だ?」
 「狙いがつけられないのなら、無理矢理当てに行きます」
 再び加粒子砲を放つ初号機。同じように真横に薙ぐが、今度は先ほどとは違っていた。加粒子砲が放たれる左手の前に、ATフィールドを張った右手の指を出す事で、加粒子砲を強制的に6つに分けたのである。
 「こうすれば、6本の加粒子砲を放つのと同じですから」
 放たれた6本の光は、ただ真っすぐに進むのではなく、少し角度がついて発射されていた。その為、先ほどよりも広範囲に撃ちだされている。そして、今度こそミサイルの嵐を次々に撃墜していった。
 「日向一尉!まもなく日本海側にミサイルが現れます!」
 「分かった!零号機と弐号機は日本海側に照準を変更!初号機は現状維持だ!」
 「「「了解!」」」
 少女達が狙撃を開始する。未だ大陸と日本列島の間を飛行していたミサイル群は、2筋の光に貫かれ、連鎖的に誘爆を引き起こした。
 「太平洋側、完全迎撃まであと10分です!」
 「シンジ君!太平洋側、頼むぞ!」
 「はい!」
 初号機の加粒子砲は、順調にミサイルを呑みこんでいく。
 「日本海側、第3波が来ます!」
 「二人とも、あと少しだけ耐えてくれ!必ず初号機をまわす!」
 「大丈夫よ!少しは信用しなさい!」
 「そうね、こちらは大丈夫よ」
 続けざまに放たれる光の槍。だが何事も、全て順調に行くという訳ではない。
 「弐号機ポジトロンライフルに異常発生!冷却装置が故障!」
 「チッ!リツコの奴、もっと頑丈なの作りなさいよね!」
 白煙を上げ出したポジトロンライフルに舌打ちをするアスカ。
 「太平洋側のミサイルの残りを報告しろ!」
 「は、はい!残り5分です!」
 「日本海側のミサイルの到達時刻は?」
 「約4分後です!」
 目まぐるしく脳を回転させる日向。
 「作戦変更!零号機!少しでも第3に近いミサイルから優先的に撃破して、到着を遅らせてくれ!どのミサイルなのかは、こちらのオペレーターから指示を出させる!」
 「了解です」
 オペレーターが手早くキーボードを操り、零号機の照準装置へ指示を送りだす。
 「弐号機はポジトロンライフルを破棄!ATフィールドでの防御態勢に入れ!」
 「了解!」
 時間がゆっくりと進む。零号機と初号機も懸命に迎撃するが、ジリジリと追い詰められていく。
 「太平洋側、最後のミサイル群を確認!2分後の攻撃でラストです!」
 「シンジ君!」
 「分かってます!必ず食い止めます!」
 今まで以上にエネルギーを加粒子砲に注ぎ込む初号機。次々に誘爆が起こり、ミサイルは瞬く間に姿を消していく。
 「太平洋側、ミサイルは残り8発!到着は1分30秒後です!」
 「弐号機!初号機と交代だ!弐号機は残り8発のミサイルを、ATフィールドで食い止めるんだ!」
 「OK!任せなさい!交代よ、シンジ!」
 アンビリカルケーブルを外し、駆け出す弐号機。目的地はミサイルの到達予想地点である。
 「フィールド全開!」
 弐号機の頭上に、真紅の壁が生じる。次の瞬間、空から降ってきた8発のミサイルは、轟音とともに破壊の炎を撒き散らす。だが弐号機の壁を突破するには至らなかった。
 「どんなもんよ!」
 「よし!弐号機はすぐに零号機と初号機のフォローに回ってくれ!」
 「了解!」
 次々に襲い来るミサイルの嵐。それを光の槍が、次々に落としていく。
 「日本海側、最後のミサイルを確認!到着は1分後です!」
 「あと1分だ!頑張ってくれ!」
 日向の檄に、初号機と零号機は射撃の間隔を僅かに早め、弐号機は万が一を考えて2機の前に仁王立ちとなり、いつでもATフィールドを張れるように準備に入る。
 「大変です!ミサイルの追加を確認しました!発射元はロシア!弾数は200以上!全て同時のタイミングです!到着時刻は2分後!」
 「仕方ない!3人とも、ATフィールドの準備!3機分のATフィールドで、第3新東京市を守り抜くんだ!」
 日向の指示に、子供達がお互いの顔を見つめ合い、力強く頷く。
 「ガギエル!力を貸しなさい!」
 動きだす弐号機のS2機関。内部バッテリーに頼っていた弐号機のエントリープラグが、まるで蛍光灯で照らしだされたかのように眩く輝く。
 「サハクイエル、お願い、力を貸して」
 動きだす零号機のS2機関。単眼に輝きが灯り、その全身に力が漲っていく。
 「サキエル!シャムシエル!ラミエル!もう一度、力を貸して!」
 初号機の双眼に、今まで以上に強い輝きが灯る。
 弐号機の両手から放たれたのは紅の壁。
 零号機の両手から放たれたのは蒼の壁。
 初号機の両手から放たれたのは紫の壁。
 ATフィールドは心の壁。子供達の心を映し出す。
 3色の壁に包まれる第3新東京市。その直後、天から降り注ぐミサイルの嵐。
 閃光が世界を切り裂き、轟音が鼓膜を揺さぶる。だが3枚のATフィールドは、ビクともしない。
 やがて収まる爆炎。
 完全にミサイル攻撃を食い止めた3人の子供達に、通信が入る。
 「第3新東京市の防衛に成功。松代の使徒の殲滅にも成功。僕達の完全勝利だよ」
 日向の言葉に、子供達は歓声を上げた。

NERV本部チルドレン専用ロッカールーム―
 「アタシ達の完全勝利!やったわね!」
 アスカの喜びに、レイが珍しく笑顔を浮かべる。
 「シンジ!アンタも喜びなさいよ!」
 「そうだね、僕達の勝利だ」
 だがどことなく陰りのある笑顔に、アスカが眉をしかめる。
 「アンタ、何か隠してない?」
 「・・・まあね、本当の勝負はこれからだから」
 その時、シンジの全身に震えが走っている事に気付き、アスカとレイが駆け寄る。
 「まさか・・・また見えたの!?死の未来が!」
 「正解。それも今度は3連続だ」
 シンジの言葉に、少女達が絶句する。その言葉が意味する物は、事実上、最強と言っていい初号機が、敗北を喫しかねないほどの強敵の到来を意味しているのだから。
 「闇の死。赤い死。絶対の死。それが僕が視た光景だ」
 「大丈夫よ、シンジ!アタシ達がいるんだか・・・ら・・・?」
 口ごもるアスカ。彼女の前にいる少年は、半分泣いていた。
 「最初に言っておくよ。2つ目の赤い死。それだけは、はっきり視えてしまったんだ。僕では勝てない」
 「何で!アンタと初号機に勝てる奴なんて、いる訳ないでしょ!」
 「いるんだよ。正確には、僕が勝てないのではなく、戦えない相手が僕の敵にまわるんだよ・・・」
 シンジは躊躇った末に、決定的な言葉を切りだした。
 「僕を殺すのは弐号機、つまり君なんだ、アスカ」



To be continued...
(2010.08.28 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 色んなSSでタンパク壁ごと取り外され、焼き殺されているイロウル君ですが、これをどう活躍させようかというのが今回のテーマでした。
 原作ではMAGIを乗っ取ろうとしたイロウルですが、今回は全世界からNERV本部目がけてミサイルを発射という方法にしてみました。同時にMAGIも乗っ取り自爆決議による本部破壊という2重の策だった訳ですが、正直、このイロウルやばすぎますw
 作中においてはN2ミサイルを使っていましたが、これって書いている間に変更したんですよ。最初、飛んでくるのはN2ではなく核ミサイルの筈でしたwでもこれやると放射能の処理という問題が出てくるので、核からN2へ急きょ変更しました。
 さて、次回は原作だとアダルトトリオが結婚式、アスカはデート、シンジは墓参りという話でしたが、これをグイッと方向転換してみました。久しぶりにミサトが表舞台に復帰(とは言っても、一時的にですが)。加持とともに暴れて戴きます。カーチェイスとガンアクション(?)を書くのは初めてですが、上手く書き上げたいですね。
 作品自体も、これから佳境に入ります。今回の話の中にも伏線を張ってありますので、楽しんでいただければ幸いです。それではまた次回もよろしくお願い致します。



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