遠野物語

本編

第十一章

presented by 紫雲様


NERV専用ヘリ機内―
 (ついに第11使徒まで撃退できた・・・残るは6体)
 バラバラとうるさいローターの音が響く機内で、冬月は両眼を閉じて、今後の事を考えていた。
 (キール議長から煽られている人類補完計画の遅延。ダミープラグは問題ない、開発も順調だ。それより問題なのはパイロットの方だ。自我の欠けた子供の確保。あの男の報告によれば、ユイ君の子供は己の命に価値を見出してない人間だという。多少、心もとないが、シンクロ率の高さを考慮すれば、手駒とするには十分かもしれんな)
 冬月の両目が眼下に向けられる。その先にあるのは、日光をキラキラと反射する広大な水面―芦ノ湖―である。
 (間もなく参号機も完成すると聞いている。そうすれば初号機は凍結。その日が来るまで、ユイ君には安全な場所で待ってもらう事ができる)
 アダムを手にいれ、ロンギヌスの槍を確保し、S2機関を手に入れた初号機と、己の計画に必要な物、全てを手に入れた冬月にとって必要な事は、邪魔者の排除だけである。
 (ここで焦って失敗する訳にはいかない。確実に進めば良いのだから)
 己の計画に、一部の隙もない。そう自認する彼は知らない。
 すでに、その計画の一端に、気付いている少年がいることを。

市立第1中学校、放課後―
 本日の日直当番である少年を、少女は自分の席で頬杖を突きながら待っていた。自分一人で先に帰らなかったのは、彼女の想いのなせる業である。
 その視線の先には、やはり彼女と同じように少年を待つ少女が席に座っている。
 「レイ。アンタ帰らなくていいの?」
 「アスカ。あなたこそ、帰らなくていいの?」
 交差する視線。先にそらしたのはアスカ。
 「やれやれ、考える事は同じみたいね」
 「そうね」
 クスッと笑うレイを見て『こいつ、変ったわね』と思うアスカ。
 「そういえば、さっき洞木さんに何か頼まれてたみたいだったけど?」
 「明日、ヒカリのお姉さんの友達とデートを頼まれたのよ。即座に断ったけどね」
 どうだ!と言わんばかりに胸を張るアスカ。デートを申し込まれたという事実で女としてのプライドを保ちつつ、その申し出を断る事で、シンジをどれだけ大切に思っているのかをアピールしているのである。
 そんなライバルの言動に、レイがこれみよがしに溜息をつく。
 「なによ、なんか文句でもある訳?」
 「別に。有頂天になって、そのままデートを受けてくれれば良かったな、なんて欠片ほどにも考えてないわ」
 「考えてるじゃないのよ!」
 そこへガラガラとドアを開けて、教室へ戻ってくる少年。
 「帰ってなかったの?」
 「「当たり前」」
 見事にハモる少女の声に、少年はクスッと笑う。
 「それよりも、シンジ!明日はアタシの買い物に付き合いなさい!」
 「ダメよ、アスカ。明日の遠野君は、私と一緒なんだから」
 交錯した視線がバチバチと火花を散らす。
 「悪いけど、明日は無理なんだよ。個人的な用事が入っていてね。明日は1人でいたいんだ」
 「まさか、他の女とデートでもする気!?」
 ギロッと睨みつけるアスカ。レイもその両眼を吊り上げている。
 「正解。ただし、相手は母さんだけどね」
 キョトンとするアスカ。
 「明日は母さんの命日なんだよ」
 シンジの両目は包帯に隠され、そこに浮かんでいたであろう感情を読み取る事はできなかった。

第3新東京市遠野宅―
 昨夜のうちに用意しておいたナップサックとチェロケースを手に取ると、シンジは自室を出た。
 「琥珀お姉ちゃん、出かけてくるから留守番お願い」
 「ええ、任せてちょうだい。でも、あの2人は良いの?」
 「2人には好きな事をさせてあげて」
 靴を履き、『行ってきます』と玄関から出るシンジ。バタンと閉まるドア。その音がキッカケだとでもいうように、少女達が姿を現した。
 レイの部屋から出てきたのは、レイとアスカである。
 「琥珀さん、アタシ達も行ってきます」
 「頑張ってね、2人とも」
 琥珀に見送られ、マンションを出る2人。目的地は昨晩のうちに調べておいた、シンジの母親が眠る霊園である。当然のように、そこまでの交通機関のチケットもインターネット経由で購入済みであった。
 すぐに駅の構内でシンジを見つける2人。だが、まもなく異変に気がついた。
 シンジが乗る電車は、霊園へ向かう電車ではない。NERV本部への直通電車だったのである。
 「どういうこと!?」
 「分からないわ。遠野君が嘘をつくとも思えないけど」
 とりあえずNERVのカードを利用―第3新東京市内の交通機関なら、すべてフリーパス―して、改札口を抜ける2人。シンジの乗る車両の隣に陣取る。
 到着した先は、当然のごとくNERV本部である。シンジはそのまま本部へ向かうと、職員専用エレベーターを使い、地下へと姿を消していく。
 「ここまで来たのなら、赤木博士に相談してみましょう。MAGIで調べて貰えば、すぐに分かるわ」
 「そうね、そうしましょうか」
 一旦尾行を断念し、技術部へと向かう2人。
 「リツコ、いるんでしょ?」
 「あら、珍しい組み合わせね。一体、何の用かしら?」
 手製のコーヒーで休憩を楽しんでいたリツコは、突然の来客に機嫌よく返事を返した。
 「シンジの事で相談があるの。アイツが本部のどこにいるのか、教えてほしいの」
 「ストレートに訊いてくるわね。でも、彼にもプライバシーがあるのよ?」
 「そんな事、分かってるわよ!でもアイツ、ママの命日だから1人になりたいって言ってたのよ?それなのに、なんで本部に来なきゃいけない訳?」
 その答えを知るリツコは、即座にシンジがどこにいるのかを理解していた。シンジが何を考えて本部へ来たのかも。
 「彼は嘘を言ってないわ。あなた達が答えを知らないだけ。だから彼が嘘を吐いていると誤解しているのよ」
 「リツコ!」
 「2人とも。この件に関して、私はあなた達に協力はできないわ。せいぜい、本部を歩きまわるのを黙認する事だけよ。本来なら、あなた達もれっきとした任務でない限り、みだりに本部へ出入りをしてはいけないのだから」
 キッパリと告げるリツコに、アスカが不服そうな表情を作る。
 「大丈夫よ。別にシンジ君はあなた達が踏み込んではいけないエリアにいる訳じゃないんだから。真面目に捜していれば、すぐに見つけられるわよ」
 リツコは微笑みながら2人を送りだした。

 「とりあえず、リツコはダメだったわね。まあヒントは貰えたけど」
 「そうね。私達が行っても良いエリア・・・ざっと考えてみたけど、たくさんあるわ」
 「こういう場合は、聞きこみよ。発令所に行けば、当直のオペレーターがいる筈だから何か知ってるかもしれないわ」
 そう結論付けた2人は、その足で発令所へ向かう。
 「おや、今日はシンクロテストは無かったよな?」
 2人を出迎えたのは青葉である。彼は読んでいた音楽雑誌から顔を上げた。
 「青葉二尉、訊きたい事があるの」
 「・・・レイちゃんが頼みごととは珍しいな。何が訊きたいんだい?」
 「遠野君を探してるの。本部にいるのは間違いないけど、何か知らないかしら?」
 レイの頼みに、青葉は自分の椅子に座り直すと、キーボードへ指を走らせた。MAGIへアクセスし、シンジの現在位置を検索していく。
 『ズルはダメよ、2人とも』
 突然の音声に、青葉を含めた3人がビクッと体を震わせる。
 『青葉二尉、シンジ君の居場所を教えてはダメよ。こういうのは、自分で捜す事に意味があるんだから』
 「驚かせないで下さい、赤木博士!心臓が止まるかと思いましたよ!」
 『あら、ごめんなさい。でも止まったら、誠意を込めて再起動をかけてあげるから、安心してね』
 マッドな言葉に、青葉が顔を青ざめさせる。
 「すまない、2人とも。俺も改造はされたくないんだ」
 「そ、そうね。仕方ないわよね」
 アスカが頬を引きつらせながら、不承不承頷く。
 「赤木博士、遠野君を捜すのでなければ、調べて貰うのは構わないわよね?」
 レイの言葉に、青葉とアスカの視線が突き刺さる。
 「青葉二尉。遠野君のセキュリティレベルで立ち入り可能なエリアを出して」
 「ああ、それなら可能だ」
 正面モニターに映るNERV本部のマップ。その内、シンジが立ち入り可能なエリアのみ赤で色づけされていた。
 「このエリアの中で、現在、人が1人しかいないエリアを教えて」
 赤色が一瞬にして減る。残ったのは1ヶ所―ケージ。
 「見つけたわ、行きましょうアスカ」
 「アンタ、よく思いついたわね・・・」
 「遠野君、チェロケース持ってたから・・・きっと静かな場所だと思ったの」
 少女達は発令所を後にすると、ケージへと駆け出した。

ケージ―
 少女達がケージへ近づくと、彼女達の耳に聞こえてくる音があった。ケージへ近づくにつれて、徐々に大きくなっていくその音は、確かな旋律を奏でていた。
 「これってチェロよね?」
 「アスカ、黙って」
 レイが口に指を当てながら、そっとケージを覗きこむ。そこにいたのは、初号機の前で椅子に座りながら、一心不乱にチェロを弾く少年であった。
 旋律はバッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調―
 その音色を黙って聴くアスカとレイ。
 やがてシンジがチェロを弾く手をゆっくりと止める。
 「2人とも、やっぱり来たんだね。中へおいでよ」
 その呼びかけに応じて、2人は素直に少年の近くへ寄った。
 「シンジ、どうして初号機なの?お母さんのお墓参りに行くとばかり思ってたのに」
 「間違ってはいないさ。初号機には、僕の母さんがいるから」
 その言葉に、レイがビクッと身を震わせる。
 「アスカ、真実を聞く覚悟はあるかい?二度とエヴァに乗れなくなっても構わない。それほどの覚悟があるのなら教えてあげる。でも、そうでないなら今すぐ帰るんだ。冗談や嘘で言ってるんじゃない。本気で言ってるんだ」
 「・・・教えて。アタシにだって、真実を知る権利はある筈よ」
 アスカの言葉に、シンジがスッと指をさす。
 つられて視線を向けた先には、花瓶に活けられた花があった。
 「以前、言ったよね。何故エヴァは愛情を司るA10神経を用いてシンクロしているのかと。答えは簡単。シンクロの仕組みは、子供を守ろうとする母親、母親を慕う子供という母子愛を、基本システムとしているからなんだ。そして初号機の中には、僕の母さんが眠っているんだよ」
 「どういう意味よ!?」
 「そのまんまの意味さ。エヴァは人造人間。でも人造であるが故に、もっとも重要な魂を持っていなかった。その魂を補完する為に、初号機は起動実験のパイロットを務めた母さんを吸収してしまった」
 アスカは絶句して、言葉もない。
 「僕はね、この眼のおかげで初号機の中に母さんがいる事にすぐ気がついた。初号機は僕の母さん、だから僕は初号機=母さんに対して、無条件に心を開く事が出来た。だからシンクロ率が高かったのさ」
 スッと別の方向を指さすシンジ。つられて視線を向けるアスカ。そこにあったのは、弐号機の前に置かれた、花瓶に活けられた花。
 「弐号機も同じなのさ。弐号機には惣流=キョウコ=ツェペリン、つまりアスカのお母さんが眠っているんだ。ずっと君を護り、見守ってきたんだよ」
 「・・・ママ・・・」
 「アスカ。どうする?このまま真実から目を背けてドイツに帰っても、誰も君を責めたりはしないよ」
 フラフラと頼りない足取りで、愛機へ近寄るアスカ。その装甲に額を当てると、その体を細かく震わせた。
 「ママは・・・ずっと傍にいてくれたんだね・・・気付いてあげられなくてゴメンね、ママ・・・」
 そのままゆっくりと床に座り込むアスカ。嗚咽を漏らす少女を、シンジがそっと抱きしめる。
 「今まで、ずっと我慢していたんだ。思いっきり泣けば良い。すっきりするまでね」
 コクンと頷くと、アスカは堰を切ったように号泣した。人目もはばからず、ただ、心の内、全てを曝け出すように。
 「レイ、こっちにおいで。僕は真実を、かなり知っていると思う。その中には、レイの素姓もあるんだ」
 「・・・遠野君、私は・・・」
 「今まで、寂しい思いをさせてごめん。でも、これからは違う。二度と、寂しい思いはさせたりしないよ」
 フラフラと夢遊病者のようによろめきながら、シンジへと近づくレイ。
 未だ泣き続けるアスカが、不安そうに顔を上げる。そんな彼女に微笑むと、シンジは言葉をつづけた。
 「レイにとって、僕はただ一人のお兄ちゃんなんだ。だから、もう二度と寂しい思いをさせたくない。レイが自分の幸せを見つけられるまで、ずっと傍で守ってあげたいんだ」
 「レイが・・・シンジの妹?」
 「そうだよ。詳しい事はまだ言えないけど、本当の事なんだ」
 少年に抱き寄せられた2人の少女は、最後まで気づかなかった。
 少年のきつく噛みしめられた口の端から、一筋の赤い流れが滴り落ちていたことに。

イギリス、某所―
 茂みに潜んでいた2人は、腕時計を確認して時間になったのを確認すると、事前に打ち合わせてあった通りの行動に移った。
 2人が潜んでいるのは、人目につきにくい古城の片隅。1人はその場を離れ、少し離れた場所へ姿を消し、もう1人はテキパキと無駄のない手順で、少し小さめの気球を作り上げた。
 普通の気球と違うのは、籠の中に物騒極まりない火器―ライフルがしっかりと据え付けられている点である。
 それを空中へ飛ばすと同時に、離れていたもう1人が戻ってきた。
 お互いに顔を見合わせると、静かにその場から離れる。同時に離れていた方の人影が、手に持っていたスイッチを押した。
 夜の静寂を破る爆発音が、鼓膜を激しく叩く。同時に爆炎が夜空を嘗めるように、高々と燃え上がる。
 やがて古城の警備らしい人影が、爆発現場へと駆け寄ってきた。その内の何名かが、爆炎に照らし出された気球に気付き、指を指している。
 それを目にしたもう1つの人影―気球を組み立てていた方―が同じようにスイッチを押した。
 据え付けられたライフルから、ターンターンという銃声が響く。
 警備していた者達は、それぞれの獲物を手にして応戦。だが気球がゆっくりと現場を離れていくのを確認すると、大半の者達が車に乗り込んで気球の追跡に向かい始めた。
 「よし、上手くいったな」
 「そうね、30分で片を付けるわよ」
 爆炎に照らし出された2つの顔―それは加持とミサトであった。
 彼らは鎮火役を兼ねて残った警備が2人しかいない事を確認すると、お互いに頷き、腰に下げていたナイフを手にした。
 2人はそのまま暗がりを移動して背後に回る。足音も気配も見事なまでに消し去っていた。
 炎の傍にいるのは、ホースで水をかけている男と、携帯電話で連絡を取っている男。
 気付かれる限界まで近づくと、2人は男が携帯電話のスイッチを切ると同時に、男達の背後から飛び出した。
 男達は当然のごとく炎を見ていた為、背後の暗がりからの襲撃には全く反応できなかった。口を手で押さえつけられ、即座に頸動脈をナイフで切られる。
 加持とミサトが使ったのは無音殺人術―サイレントキリング。
 痙攣し続ける2つの死体をその場に放置すると、彼らは古城の中へと忍び込んだ。
 普段は金で雇われたチンピラや組織の構成員が厳重な警戒をしている古城だが、加持とミサトが行った陽動に見事に引っ掛かり、警備体制は完全に崩壊している。
 警備が崩壊した城内を、頭に叩き込んだ間取り図を参考に、静かに、だが迅速に移動していく。目的地は多数存在する、応接間の内の一つ。
 誰にも邪魔されずに応接間へと辿り着く2人。
 互いに頷きあうと、静かに応接間へと入りこむ。
 ペンシルライトの灯りを頼りに、目的の物を捜す。5分ほどして見つけたのか、加持の手が止まった。
 加持が手にしているのは、手の中にスッポリと収まるほどの大きさのブローチである。
 ポケットから写真を取り出し、もう一度確認する。そして間違いないと確信すると、加持はそのブローチをポケットへと仕舞い込んだ。
 要件を果たした2人は、静かに廊下を移動していく。
 途中、2人は何度も廊下の片隅にしゃがみ込んで、何かを置いた。そして互いに頷きあうと、愛用の拳銃の弾丸装填数をもう一度確認する。
 2人は移動を再開すると、出口へ通じるロビーのドアの手前で急停止をかけた。
 お互いに顔を見合わせると、廊下の物陰に隠れ、手にしていたスイッチを押す。
 再び、古城の中で起こる爆発。しかも今度の爆発は一度ではない、複数の爆発が、加持とミサトが移動したルート上で起きていた。
 その上、爆発によって城の基部に損傷があったのか、古城の一角にあった小さめの見張り塔がゆっくりと傾き、地面と激突。轟音が夜闇を切り裂き、土埃が巻き起こる。
 その異常事態に、ロビーの中で待ち伏せていた警備達が、両手に物騒な銃器を手にしたまま駆け出していく。だが爆発現場への最短ルートは爆炎に飲み込まれ、移動するどころではない。
 物陰に隠れていた加持とミサトは、手榴弾を取り出すと、ピンを抜いて少しカウントしてから、同時に警備達の中へと投げ込んだ。
 手榴弾が轟音とともに爆発し、警備の男達を一瞬にして戦闘不能へと追い込んでいく。
 それを確認した2人は、即座にロビーへ飛び込み、申し合わせてあったかのように、即座に真横へ跳び退った。
 僅かに遅れて、鉛の雨がロビーの入口に降り注ぐ。
 その雨を降り注がせる警備の男達を、加持とミサトは物陰に隠れながら、1人、また1人と確実に撃ち殺していく。加持には諜報員として、ミサトには戦自隊員として鍛え上げた戦争のプロ―兵士としての実力がある。加えて、2人とも『超』がつくほどの実力者なのだから、敵対した男達こそ不幸である。
 瞬く間にロビーを制圧した2人は、ロビーの片隅に転がるナイトガウンの男―古城の主であり、マフィアのボス―の死体に気がついた。
 「どうやら、流れ弾に当たったみたいだな、運の悪い奴だ」
 「そうね、でも私達もそうならないように、早く引き上げましょう」
 ミサトの言葉に頷く加持。2人は古城の外に隠してあった車に乗り込むと、猛スピードで古城に続く片側2車線の道路を走り始めた。
 そんな2人が乗った車を、古城で起きた異変を知って戻ってきた警備の男達が、報復とばかりに追跡を開始する。当然の如く始まる銃撃戦。
 「加持!迎撃をお願い!」
 「分かった!運転は任せたぞ!」
 ミサトがアクセルをベタ踏みして、車の速度を一気に上げる。加持はリアガラスを銃底で叩き割ると、後部座席に置いてあった段ボール箱を引き寄せた。
 その間にも、追跡者達から放たれる銃弾の雨。だが加持はホンの僅かの動揺も見せない。
 「やれやれ。ハンドガンの有効射程はせいぜい10メートルって事も知らんのか?おまけに高速で走ってる車だぞ?どう考えても、狙いもつけずに当てるなんて無理に決まってるだろうが」
 無造作に箱の中に手を突っ込む加持。その手に握られていたのは蛍光色のボール―防犯用のカラーボールである。それを次から次へと、躊躇いなく追跡車目がけて放り投げた。
 無数のカラーボールは、狙い過たずにフロントガラスに接触して破裂。一瞬にして視界を奪われた車は、ハンドル操作を誤り、中央分離帯に激突。そこへ連続して衝突音が響く。
 「こういう状況下では単純かつ原始的な武器の方が良いんだ。サバイバルの基本だぜ?」
 そう呟きながら、今度は段ボール箱の一番底に入っていた物体を取り出した。
 表面に棘のついたシート状の物体。警察が暴走車の取り締まりの為に、トラップとして用いる物に、加持が手を加えた一品である。
 加持がそれを地面に落とす。それに気付かずに追いかけてきた追跡車は、踏みつけたシートが前輪に絡まり、前輪が強制ロックされる。
 たちまちスピンする追跡車。そこへ避けきれなかった後続車が衝突。一瞬にして爆発、炎上する。
 「あらら、ちと派手になりすぎたか?まあこれで諦めてくれれば楽なんだが・・・」
 だがその衝突事故を免れた者達に、追跡を諦める様子は全くない。
 相変わらず続く馬鹿の一つ覚えの様な追跡劇に、加持は肩を竦めながらミサトに声をかけた。
 「なあ、葛城。連中、雇い主を殺されて、残業手当を貰えないって知ってるのかね?」
 「残業手当の代わりに、特別追加報酬が出るのかもしれないわね!もっとも、ボスを守れなかった無能として消されるだけでしょうけど!」
 「確かにそうだな・・・お、そろそろ例のところか」
 加持が後部座席のシートベルトで体を固定する。その上で首から上と、ポケットから取り出した拳銃だけを背後に向けながら、牽制の為に狙いもつけずに弾を撃つ。
 「行くわよ、加持!連中、ついてこられるかしらね!」
 車線はいつの間にか、片側1車線へと変わっている。そして道は崖に張り巡らせた急勾配の下り坂へと続いていた。
 反射神経と運転技術をフルに使って、急勾配を激走するミサト。追跡者達も負けじとばかりに後を追いかけてくる。
 「よし、ここらだな・・・葛城、いくぞ!」
 加持が手に取ったのは、暴徒鎮圧用に使われるスタングレネードであった。轟音と閃光で視覚と聴覚を一時的に麻痺させる非致死性武器
 それを加持は躊躇いもなく追跡車目がけて投じた。僅かに遅れて轟音と閃光が夜闇を切り裂く。
 追跡車の大半が、急ブレーキや衝突事故で追跡劇から脱落していく。だが後方にいて被害の少なかった数台は、なおも追撃続行を選択していた。
 「おいおい、まだ諦めないのかよ。幾らなんでも働き過ぎじゃないか?」
 「加持!軽口はいいから、しっかり掴まってなさいよ!」
 トップスピードを維持したまま、下り坂を激走するミサト。蛇のように曲がりくねった下り坂を、ハンドル捌きとブレーキングの組み合わせで次々にクリアしていく。
 早過ぎるスピードの為に曲がりきれない時は、ガードレールの支柱の部分にわざと接触させ、その反動を利用して強引に曲がっていく。
 そんなミサト達を追っていた追跡車もミサトの後に続く。裏社会を生き抜く彼らにしてみれば、度胸試しなど日常茶飯事。一度弱気を見せれば、良いように食い殺される厳しい社会に生きる命知らずをもってしても、彼らの前に広がった光景は恐怖を覚える代物であった。
 真夜中の為、光源は車のライトのみ。片方はほとんど垂直の崖が壁として立ちはだかり、もう片方は海面まで50メートルという断崖絶壁なのである。その上道路自体が蛇のように曲がりくねっており、視界もろくに確保できない。こんな道を真夜中にトップスピードで進入していく等、無謀を超えている。
 追跡車は減速し、遥か彼方へ猛スピードで走り去っていく車のテールランプを、馬鹿にしたように見送っていた。
 『どうせ事故るにきまってる』
 ニヤニヤと笑いを浮かべる彼らが凍りついたのは、目標のテールランプが、この最難関の道を駆け抜けたのを目撃した時であった。

 ミサトはバックミラーに映った、追跡車のライトが山の上で止まったままなのを確認すると、勝利を確信した。
 「やったわね、加持。あいつら、馬鹿みたいに止まってるわよ!」
 「そ、そうだな・・・」
 加持は豪胆である。その芯の強さは、普段のおちゃらけた言動からは微塵も感じられない。だが目的のためならば、例え支援が無くてもSEELEを敵に回す事を選択できるほど強い精神力を持ち合わせている。
 その加持が、ミサトの運転する車の中で小さく縮こまっていた。断崖絶壁に挟まれた1車線道路を、真夜中にトップスピードで走り抜ける事に、恐怖を覚えたようである。
 「加持、あんた以外に臆病なのね」
 「俺は死ぬぐらいなら、臆病な方を選ぶよ」
 金輪際、ミサトの運転する車には乗らんぞ、と心の中で堅く誓う加持である。
 「それより、そろそろ乗り換え場所よ?」
 「ああ、分ってる。忘れ物はないから、いつでもいいぞ」
 適当なところに車を止めると、2人は車から降りた。そして2人で車を断崖絶壁から突き落とす。
 大きな音とともに、車は海中へと沈み始めた。
 その様子を最後まで見届ける事もなく、2人はその場から走り出す。
 そして少し離れた場所に置いてあった車に乗り換えると、その場から走り去った。
 ちなみに運転手は加持。助手席に座っているミサトは、どことなく不満そうである。
 「・・・例の物、見せてよ」
 ミサトの言葉に、加持が胸ポケットからブローチを取り出す。
 「ふうん・・・これが依頼の物品か・・・」
 「こういう物は、本人しか理解できない価値がある物だからな。これだって、依頼者にとっては親の形見なんだ。何としてでも取り返したかっただろうさ。それより、一本取ってくれないか?」
 ミサトが火の点いたタバコを口に運ぶ。短い礼の言葉を口にすると、加持は感極まったかのように紫煙をくゆらした。
 
 朝陽が大地を照らし始める頃、2人は都会から遠く離れた田舎の村を後にしようとしていた。
 マフィアと一戦を交えてまで手に入れたブローチを、依頼者に渡すために来ていたのである。
 「とりあえず、これで依頼は終わったのよね?」
 「ああ、かなり危ない橋を渡せられたが、他に方法は無かったからな。ま、仕方ないさ。首尾よくいった事を感謝しよう」
 車内に灯る小さな炎が2つ。同時に、ゆっくりと立ち上る紫煙が、車の窓から朝焼けの空へスッと溶け込んでいく。
 「それで、これが情報って訳?」
 「そうだ。SEELEの構成メンバーにまつわる情報。あの依頼者の父親は、15年前までSEELEの構成メンバーだった。だがセカンド・インパクトの際に、他のメンバーと異なり資産の大半を失い、失脚に追い込まれた。父親は恨みながらこの世を去った。自分は嵌められたのだ、そう口にしながらな」
 「つまり、意趣返しって訳?」
 「まあ、そんなところだ。依頼主は当時、父親の秘書としてSEELEに関係していた。父親が失脚して以来、残り僅かな資産を使って、この田舎に隠遁せざるをえなかった。SEELEに戻ろうにも、それだけの経済力はないし、失敗者に再度チャンスを与えるほど、連中は温厚じゃない。結局、歯噛みしながら復讐のチャンスを待っていたという訳さ」
 田舎道をゆっくりと安全運転で進んでいく。
 「依頼主が私達の事を売る可能性は?」
 「そりゃ無いとは言えんさ。万が一、SEELEに席を作るから素直に教えろと言われれば、多分、あいつは俺達を売る。だがSEELEがそんな事をするとは思えんよ。SEELEは俺達が動いている事を、まだ知らないんだからな」
 ここに来る前、予め買っておいた缶コーヒーを口に運びつつ、ハンドルを操る。
 「諜報部が潰れたおかげで、今のおれは事実上フリーだからな。副司令が幾ら怪しんでも、決定的な証拠はない。俺の事に気付いていても、俺に使い道がある以上、副司令が俺をSEELEに売る事はできないだろうな。それどころかSEELEの力を弱める事に繋がるのなら黙認するのは間違いない」
 「あまり、危ない真似はしないでよ。正直、私は・・・」
 「分かってるさ、お前の言いたい事は。俺もな、本音を言えば、こんな世界から足を洗って、のんびり土でも弄りながらお前と暮らしたいと思う。でも、今はダメだ。お前には悪いが、俺に残された贖罪の機会を、俺は失いたくないんだ」
 恋人の言い分にミサトがクスッと笑う。
 「いいわ。そう言う事ぐらい、分かっているつもり。その代わり、約束して。どんなに汚くてもいい、石に齧りついてでも、生き延びてほしい・・・」
 「ああ、勿論だ。今の俺が望むのは、子供達を生き延びさせたうえで、俺達も生き残る事なんだ。その為に、戦っているんだからな」
 静かに路肩に止められた車の中で、2人の影が一つになった。

第3新東京市―
 時刻は夜の12時。昨日でも明日でもない、微妙な時刻。そんな時間に、シンジは独りで立っていた。
 場所は彼が住むマンションの傍にある、小さな公園である。
 遠野家が手配する護衛数名が、今も公園の茂みの中から、彼を守るべく監視体制を取っている事は理解していた。だが、彼がその事を疎ましく思った事は無い。
 全ては自分を守りたい一心。
 その事を十分に理解しているからこそ、彼は護衛が来るのを承知で公園へと足を延ばしていた。
 「・・・こんばんは。夜の逢瀬というのも風流だとは思いますが、僕は一応、中学生なんですよ?」
 「くっくっく、言ってくれるねシンジ君」
 暗闇の中から、物音一つ立てずに現れたのは加持である。その出現に、全く気付かなかった黒服達は、慌てて行動を取ろうとし―
 「大丈夫ですから、心配しないで下さい。それより、他の一般人の方が下手に近づかないように、周囲を警戒してもらえませんか?」
 シンジの言葉に、黒服達がそっと移動を開始する。
 「悪いけど、一服させて貰うよ」
 シュボッと音を立てて、煙草に火を点ける。一筋の紫煙が、夜空へ溶け込むかのように消えていく。
 「随分、疲れが溜まっているようですね」
 「精神的な疲れが大きいけどな。まあ、とりあえずは一段落したし、少しは骨休みもできるというもんだ」
 フウーっと肺の中から煙を吐き出す。
 「すでに君も知っているだろうが、SEELEは国連内部において『委員会』という通称で席を置いている。その全員が、功成り名遂げた著名人だ。そして、君の実父である碇司令は、SEELEにとっては最も有能な手駒として認識されていた」
 「詳細は?」
 「このディスクにいれてある。確かに渡したぞ」
 一枚のディスクを受け取るシンジ。入れ替わりに、別のディスクを加持へと渡す。
 「セカンド・インパクトの真相、これに全て纏めてあります」
 「ああ、確かに受け取った」
 「それで、加持さんはこれからどうするつもりなんですか?」
 その言葉に、考え込む加持。
 「まずは俺自身の目的を果たすつもりだ。その後は・・・やはりNERVに戻るつもりだよ。このまま姿をくらます事も考えたが、アスカやシンジ君を見捨てるのは寝覚めが悪くて仕方ないからな」
 「それなら、冬月副司令の動向に注意して貰えますか?あの男が脱落したおかげで、副司令が妙な色気を見せだしました。間違いなく、あの男の計画を悪用するつもりです」
 「そう言う事なら、任せて貰おう。何かあったら連絡する」
 闇の中に消える男を見送ると、少年は静かに家族が待つ自宅へと足を向けた。



To be continued...
(2010.09.04 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は裏舞台を中心としたストーリーにしてみました。序盤でリタイヤしたミサトが、復帰。加持とともにイギリスで暴れておりますwその為カーチェイスとガンアクションを書こうと思っていたのですが・・・文章だけで表現するって難しいですね・・・
 さて次回ですが、レリエル戦となります。でも問題勃発。
 レリエルの討伐方法が思いつかない・・・暴走以外に倒す方法あるんだろうか?
 思いつかなかったらどうしようと不安で潰されそうですw
 それでは、また次回もよろしくお願い致します。



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