遠野物語

本編

第十三章

presented by 紫雲様


NERV本部セントラルドグマ―
 「完成度は70%か」
 「はい。ダミーシステムですが、現状ではこれが限界です。本来なら子供達が乗らずに済むのが最善ではあるのですが」
 「起動時間が極短時間では、主戦力とはなりえないからな。あくまでもパイロットの予備―保険として搭載しておく。緊急時の起動に関しては発令所から行えるように調整してくれ」
 「分りました」
 「ダミーシステムの完成については、今後も継続して行っていく。赤木技術部長、君には継続して、開発に当たってもらいたい」
 「はい。幸い、伊吹二尉の協力もあります。この分なら、再来月を目途に、完成できるでしょう」
 「・・・ところで、あの男はどうしているのかね?」
 「・・・副指令の仰りたい事が、よく分りませんわ」
 クスクスと笑うリツコに、冬月が怪しい笑みを浮かべていた。

SEELE―
 「では、初号機がレリエルのS2機関を吸収したのは、あくまでも事故である、そう言いたいのだな?」
 「はい。初号機に残されていた記録からも、それが立証されております。初号機が暴走する前から、サードチルドレンは気絶していた事も分かっております」
 目の前に浮かび上がる9体のホログラム。その中央―日向の正面に位置する、バイザーをかけた老人、キール議長に日向は胸を張って応じた。
 そんな日向に、キールから少し離れた席に座っていた、別の老人が口を開く。
 「そういえば、君がサードチルドレンのこの場所への召喚を断ったと聞いた。その理由についても説明して貰えるかね?」
 「彼は今回の使徒戦の後遺症により、左腕の機能を失いました。原因が脳細胞の壊死である以上、もはや回復はしないでしょう。その精神的な衝撃を鑑みれば、現在は治療に専念すべきだと判断しました」
 「日向君、君はまだサードチルドレンを初号機に乗せるつもりかね?」
 「はい。作戦指揮官として言わせていただければ、事実上のトップエースたりえる実績を作り上げた彼を失うのは、今後の使徒迎撃において致命傷となるでしょう。そんな彼を首にするのは、愚か者のする事です」
 「日向君。君の心情は理解できない訳ではない。だが発言には気を付けたまえ」
 キールの言葉に、日向が黙って頭を下げる。
 「君達の言い分は理解した。だが初号機をそのまま使い続ける事だけは認められない。初号機はこの会議の終了をもって凍結処分。サードチルドレンには参号機を新たな機体として使わせるようにしたまえ」
 「参号機ですか?」
 「うむ。すでにアメリカから松代へ向けて空輸されている。以前、サードが搭乗していた四号機と、基本的には変わらない。サードならば十分乗りこなせるであろう」
 キールの言葉は日向にとって受け入れがたい命令であった。どう考えても、初号機を上回る機体は存在しない。にも拘らず、その初号機を強権をもって使用できなくされたのだから。
 「では、これをもって臨時会議を終了する。日向君、御苦労だった」
 次々に消えていくホログラム。その全てが消えた後、日向は感情を押し殺しながら、自らの仕事場へと踵を返した。

第3新東京市、市立第1中学校―
 朝のSHRを告げる鐘の音と同時に、鈴原トウジは教室へ滑り込んだ。
 「よっしゃ!間に合うたで!」
 「鈴原!遅刻するぐらいなら、もっと早くでてきなさい!」
 幼馴染でもある委員長こと、洞木ヒカリに朝一番で雷を落とされたトウジは『堪忍してえな』と頭を下げながら席についた。
 そして何気なく教室を見回していた彼は、友人であるシンジに違和感を感じた。
 相も変わらず、顔の半分以上を占める包帯。肩から指先まで隙間なく巻かれた包帯。机の上に開かれたノートパソコン。いつもと変わらない光景―
 「さて、今日の1時間目は先生の都合により自習となります。みなさん、このプリントを解くように」
 自習ときいて喜んだ生徒達だったが、宿題があると聞かされ『えー』と不満を漏らす。
 だが先頭から回されてくるプリントを、取らずに後ろへ回す不届き者は何所にもいない。
 それはシンジも同じである。もともと優等生に近い彼が、そんな事をするなどあり得ない。当然の如く、彼は右手でプリントを受け取ると、それを一旦机に置く、自分の分を横に置き、再度右手で持つと、後ろへと回していた。
 「では、みなさん、静かにしていてくださいね」
 教室から教師が出ていくと、生徒達は勝手気ままに動き出す。真面目に一人で解くものもいれば、集団で解くもの。プリントには目もくれない者。実に様々である。
 トウジは席を立つと、友人の所へと移動した。
 「なあ、遠野。お前、左手どうかしたんか?」
 ダランと下がったままの左腕は、どこか不気味な物を感じさせた。
 「ああ、ちょっと事故があってね。左手が使えなくなったんだよ」
 「ふーん、そりゃ大変やなあ・・・はあ?」
 唖然とする当時。近寄ってきたヒカリやケンスケも、呆然としている。
 「脳細胞の一部が壊死しちゃってね。左腕が動かなくなったんだよ」
 「遠野!お前、笑い事じゃないやろ!」
 「そうだね。ただぶら下がってる肉の塊にすぎない訳だから、切り落とそうとも思ったんだけどさ・・・」
 シンジが思わせぶりに視線を向けた先には、険しい表情のレイとアスカがいた。
 「あの2人が怒っちゃって・・・」
 「当たり前でしょうが!」
 「ダメ・・・」
 額を押さえて溜息をつくシンジであった。

作戦部部長執務室―
 SEELEによる査問会を切り上げた日向は、仕事場へと戻ってきていた。
 慣れない最高権力という舞台に、彼が感じたのは忌わしさだけである。
 「お疲れ様です、日向一尉」
 シエルが手にしていたのは、コーヒーである。湯気が立つコーヒーを、日向は礼を言いながら受け取った。
 「それで、僕はいつ、シンジ君にペナルティを与えられるんでしょうか?」
 「前回の事、気にしているんですか?」
 「ええ。シンジ君の左腕の事を考えれば、ペナルティは当然かと」
 そう口にした日向は、真剣だった。そもそもレリエルの正体を突き止めきれなかったからこそ、自分に責任があると考えたのかもしれない。
 「シンジ君は、特に行動するつもりはないみたいですよ。腕の事に関しても、油断していた自分の責任だと、言っていましたからね」
 「・・・何と言うか、複雑な気分ですよ。正直、ペナルティが無いのは嬉しいんです。ですが、そんな自分が卑怯に思えましてね」
 後頭部をガリガリと掻きながら、日向が申し訳なさそうに呟く。
 「そう思うのであれば、同じ失敗を繰り返さないようにすべきですね。努力した上での失敗であれば、あの子が怒る事は無いでしょうし」
 「そうなんですか?」
 「それにね、シンジ君は日向一尉の事を評価してましたよ。私が赴任する前、あの子にNERVに入った目的を教えたのでしょう?少なくとも、指揮官を任せても良いぐらいには信用されていますから、もっと前向きに頑張るべきですよ」
 「・・・ありがとうございます」
 グイッとコーヒーを飲み干すと、日向は書類仕事に取り掛かった。

遠野家マンション―
 左腕が使えなくなった事により、シンジは普段の生活にも悪戦苦闘するようになっていた。
 例えばお椀を持つ事はできないし、ナイフとフォークで肉を切る事も出来ない。ズボンを履いても一人ではベルトも絞められない。ワイシャツのボタンも右手だけでは時間がかかりすぎてしまう。
 右手だけでは重い物を持つ事も出来ないし、なにより自分で包帯を巻けなくなったのが致命的であった。
 『アタシ達が巻いてあげるから、アンタは気にしなくていいの!』
 そう宣言した少女は、もう一人の少女とともに、毎朝の日課として包帯巻きを行う事になった。
 それまでは起こされる側だったのだが、今では目覚まし時計を使って、しっかりと自分で起きるようになっている。
 そんな健気な光景に、同居している琥珀も『あらあら』と口元を隠しながら、二人をそれとなく応援する毎日である。
 特にレイがシンジの妹である事が発覚して以来(呼び方は『遠野君』のままだが)、琥珀は前にもまして、二人の世話を焼くようになっていた。
 レイもアスカも、普通とは言い難い環境下で幼い頃から生活してきた。その為、普通の女の子なら、当然の如く持っている知識や経験が無かったりする。
 その最たる物が料理であった。
 レイにとって食事とは栄養剤の摂取である。遠野家に来て以来、その辺りは改善されてはいるが、それでも調理となると全く手も足もでない。
 アスカの場合は比較的マシではある。だが幼い頃から訓練漬けの生活だった彼女の知る調理方法と言えば、サバイバル料理ぐらいしかない。
 そんな二人を笑わずに、料理の基礎から教えた琥珀の態度は称賛されて然るべきである。琥珀の対応に、二人も心を許していた。
 『あと数年したら、琥珀さんから琥珀お姉ちゃんになるんですしね』
 そんな爆弾発言に、顔を真っ赤に染める二人。
 レイは戦いが終わったら、養子入りの話が打診されている。打診しているのは、遠野家と碇家。どちらの籍に入るかはレイ次第だが、結局、シンジの動向次第である。
 アスカの場合は、シンジの心次第である。エヴァに母親がいる事、レイがシンジの妹である事を知って以来、アスカの中から焦りが消えたのは事実であった。とは言っても、肝心のシンジの方に問題がある。
 シンジの行動を客観的に見る限り、シンジがアスカに抱いているのは恋愛よりも庇護という感情の方が強いからである。
 アスカもその事には気付き始めたので、琥珀やシエルにそれとなく相談しつつ(二人にはバレているが)関係改善の為の努力をする日々である。
 そんな平和な日々に終止符が打たれたのは、NERVに呼び出されたシンジの発言であった。
 「僕、明日から松代に出張するからね」
 「出張?」
 「参号機の受領と起動テストを行うんだってさ。初号機はまた凍結。嫌になるよ」
 琥珀の問いかけに、シンジがぼやきで返す。
 「いつまで出張なの?それと同行者は?」
 「明後日の正午には帰ってこられるよ。だから明日は松代に泊まりだってさ。同行者は日向さんとリツコさんだよ」
 「大変ねえ、それなら明日はお弁当じゃなくて、オニギリにしてあげるから、持っていってね」
 口の中の物を飲み込み、シンジがありがとうと返す。そんなシンジを見て、アスカが不満そうに口を尖らせる。
 「シンジ、明日はいないんだ。出張、一日遅らせて貰いなさいよ!」
 「無茶言わないでよ、アスカ」
 「明日は私とアスカで夕御飯を作るつもりだったの」
 アスカがレイの口を慌てて押えようとする。顔を赤らめながら横を向くアスカに、シンジは笑顔を向けた。
 「ありがとう、二人とも。でも明後日には帰ってくるんだから、できれば明後日にずらしてくれると嬉しいんだけど、ダメかな?」
 「遠野君、お土産」
 「お土産買ってきなさいよ!そしたら、許してあげるんだから」
 「あー、おねえちゃんたちばかりズルイよ!ぼくもおみやげほしい!ロボットほしい!」
 頬を膨らませるレオを、隣に座っていたシエルが優しく窘める。
 そんな微笑ましくなるやり取りを、琥珀は笑顔で見つめていた。

NERV松代支部―
 空輸されてきた参号機は、出張に同校していた技術部職員の検査にも無事に通り、すぐに起動テストが行われることになった。
 「シンジ君、準備は良いかしら?」
 『ええ、大丈夫ですよ』
 搭乗前に、シンジはその両目で参号機を見つめていた。だが四号機と同じ汎用コアである事を知ると、何の躊躇いもなくエントリープラグに乗り込んだのである。
 『でも、参号機じゃ戦術の幅が狭くなっちゃいますね』
 「文句を言わないの。納得できないのは、私たちも同じなんだから」
 隣で顔を顰めたまま頷く日向。だがその理由には大きな隔たりがある。
 日向の場合は、最強戦力である初号機の戦線離脱による戦力低下。
 リツコの場合は、初号機という最高の研究素材に触れなくなる無念さである。
 「シンジ君、左腕についてだが・・・」
 『大丈夫ですよ、エヴァはイメージで動くんですから、そこら辺は何とかカバーしますよ』
 「わかった、でも何か異常を感じたら、すぐに教えてくれよ」
 正面モニターに映るシンジを見ながら、リツコが指示を出す。
 「これより参号機の起動テストを開始します。シンクロスタート!」
 次の瞬間、参号機の顎部ジョイントが木端微塵に砕け散った。

NERV本部発令所―
 授業中に緊急連絡で本部へ呼び出されたアスカとレイは、混乱の真っ只中になる発令所の光景に、目を剥いていた。
 「ちょっと!一体、何があったのよ!」
 「二人とも、落ち着いて聞いてくれ」
 戦闘中と同じ、緊迫した青葉の表情に、少女達が緊張に全身を強張らせる。
 「たった今入った連絡だ。松代支部からパターンブルーの反応があった」
 「まさか使徒!?でも松代ってシンジが!」
 「遠野君が・・・!」
「参号機の起動テストに向かった、マコトと赤城博士からは何の連絡もない。パターンブルーの確認と同時に発生した、原因不明の爆発のせいで電波が届かないんだ」
 不安に顔を歪める少女達。だが彼女たちに無慈悲にも指示が下る。
 「君達はエヴァに乗って待機していてくれ。使徒がこちらへ向かってきているのは間違いないからな」
 その言葉に、少女達は顔を青褪めさせながらケージへと向かった。

 「・・・レイ、聞こえているんでしょ?」
 弐号機から零号機へ通信を繋げるアスカ。その顔は、明らかに発令所にいた時よりも、青白くなっていた。
 「遠野君・・・遠野君・・・」
 レイもまた、不安に身を捩じらせていた。本音を言えば、すぐにでも松代へ向かい、シンジの安否を確かめたい。だが使徒迎撃の為のチルドレンとして刻み込まれた理性が、彼女達に任務を優先させていた。
 「信じるのよ、レイ。アイツは今までだって、何とか生き延びてきた。今度だって、きっと生きているわよ。全部終わったら、何でもなかったように『大変だったね』と言いながら、アタシ達の前に現われるに決まっているわ」
 「うん、ありがとう。アスカも不安なのに・・・」
 「別に良いわよ。アンタの事は、別に嫌いじゃないし、戦友としては信用できる仲間だからね」
 互いに励まし合う少女達。そこへ発令所から通信が入る。
 『聞こえるかね?副司令の冬月だ。今回は私が指揮を執る事になった。とは言え、正直な話、私に戦術指揮等はできない。故に、戦闘目標だけ指示するので、君達には前線で戦う者として、最適の判断をして敵を倒してもらいたい』
 「分かったわ。下手に口出しされるより、よっぽど戦いやすいしね。アタシとレイで、自己判断で戦わせてもらいます」
 「了解」
 少女達の応答に、冬月が重々しく頷く。
 『こちらでも随時支援はしていくが、君達が必要だと思う物があれば、すぐに連絡をしてもらいたい。情報であれ、武装であれ、支援攻撃であれ、すぐに準備しよう』
 素人判断の指揮に従う危険性を考えれば、冬月の指示は一見無責任にも思えるが、ある意味正しい判断であった。現に、戦術指揮のとれる人材が、現在の本部にはいないからである。
 「そういえば、シエルさんはどうしたんですか?」
 『彼女は所用で市外にいたので、現在、本部へ移動中だ。戻り次第、オブザーバーとして参加してもらうので、安心して戦ってくれ』
 「了解しました」
 『よし、ではエヴァを射出する。射出後、まもなく使徒が到着する予定だ。距離があるからといって、油断だけはしないように』
 大きなGを感じながら、射出カタパルトから地上に現れる2体の巨人。
 夕陽に染め上げられた第3新東京市は、市民が全て避難している事もあって、より寂しさを感じさせる。
 そして、沈みかけた夕陽を背後に、巨大な影が第3新東京市へと近づいていた。
 『あれが使徒だ。君達が倒すべき目標だ』
 冬月の言葉とともに、影がモニターに大きく映し出される。
 絶句する少女達。だが、非情な指示が2人に下される。
 『現時点をもってエヴァンゲリオン参号機を破棄。対象を第13使徒と認める』
 それは少女達が、世界中の誰よりも大切に思っている少年が、乗っている筈の機体であった。

 「馬鹿シンジ!何やってんのよ!」
 バルディエルに乗っ取られた参号機は、弐号機と零号機まで約100メートルほどの距離になると、突然、距離を詰めてきた。
 前へ倒れこむようにジャンプしながら、そのまま頭を中心にクルッと回転し、その勢いを破壊力へと変えるかのように踵落としを放ってくる。
 その一撃をかろうじて避ける弐号機。不発に終わった一撃は、弐号機の身代わりとなった兵装ビルを木っ端微塵に砕いてしまう。
 そのまま参号機は両手で拳のラッシュを始める。上手にガードしながら、ゆっくりと弐号機が後退を始める。
 「ちょっと!早くエントリープラグを射出しなさいよ!」
 『それが、ダメなのよ!信号は送っているのに、射出されないのよ!』
 粘菌に覆われた参号機のエントリープラグは、完全に射出を拒んでいた。事実上の人質である。
 レイの脳裏に浮かぶ、シンジの顔。包帯に包まれたその顔は、レイに多くの物を与えてくれた。
 第一印象は最悪だった。まだゲンドウを盲信していた頃のレイにとって、ゲンドウへ危害を加えたシンジは、敵意を抱くに足りる対象だった。
 だがその時に抱いた怒りは、すぐに悲哀にとって変わられた。
 シンジの過去の一端に、自分が孤独である事をはっきりと自覚したからである。
 しかし、その悲哀は喜びへと姿を変えた。
 ゲンドウにしか持っていなかった絆。その絆をシンジと結べたこと。それだけではない、シンジの助言を受け入れた結果、ヒカリを始めとした級友達とも少しずつ仲良くなることができた。更にはアスカという、得難い仲間とも巡り合えた。
 それらは全て、レイの努力の賜物であるが、シンジと言う存在が無ければ、決して手に入らない物であったのも事実である。
 レイの素姓を知りながら、絆を結んでくれたシンジ。彼はレイにとって唯一の肉親であった。シンジとの生活は、レイに初めて楽しいという感情を味あわせてくれた。
 そのシンジを使徒もろとも殺さねばならない現実に、レイは初めて戦闘を拒否した。
 「いや・・・私にはできない・・・」
 『何をしている、レイ。使徒を撃破しないか』
 「・・・いや・・・」
 冬月の非情な命令。だが命令を拒むレイは、零号機を動かそうとはしない。
 「レイ!力を貸して!アタシ達でアイツを助けるのよ!」
 「アスカ?」
 「アタシがこいつの注意を引くわ!だからアンタはエントリープラグを力任せに引き抜いて!アイツを助けるには、もうそれしかないわ!」
 ハッとするレイ。参号機の猛攻を技で受け流す弐号機の姿に、彼女は力強く頷くと、即座に行動を開始した。
 プログナイフを引き抜きつつ、参号機の背後へ回りこむ零号機。
 「・・・必ず助ける・・・」
 『救助はしなくていい。参号機が使徒に取り込まれてから、かなりの時間が経過している。サードチルドレンに関しては、残念だが絶望的だ。無理に助けようとして、弐号機と零号機まで失うわけにはいかない』
 「うるさい!アタシ達は絶対諦めない!アイツは言ってた!誰だって犠牲になるのは嫌なんだ、って!だからアタシ達は絶対にアイツを助ける!」
 かつて同じエントリープラグの中で共闘した時の事を思い出し、アスカが吼える。
 アスカの脳裏に、シンジとのやり取りが思い出された。
 第一印象は最悪だった。初めて三咲町で出会った時、事故でキスをしてしまったアスカは、羞恥心から喧嘩腰になってしまった。
 ラミエル戦の事後報告を知らされた時には、重態のシンジを心配した。
 ガギエル戦では『犠牲』という物について考えさせられた。
 イスラフェル戦では自分の心を暴かれるという事に、耐えがたい恐怖を感じた。
 サンダルフォン戦では自分を大切にできない歪んだシンジに対して、悲しみと怒りを覚えた。
 天才と呼ばれ、孤高を貫いてきたアスカ。そんな彼女にとって、初めて出会った、目を離せない同年代の少年。
 その少年が、命を落とそうとしている。それも上層部の命令によって。
 (・・・絶対、助けてみせる!)
 アスカの両目に、強い意思の光が宿る。
 「痛いかもしれないけど、我慢しなさいよ!」
 突き出されてきた拳の一撃に対してタイミングを合わせてカウンターを放つ。アスカの狙いは参号機の右肘関節。完全に伸びきった所を狙って、フック気味の一撃を放った。
 これが人間の膂力だったら意味のない一撃だったが、今のアスカは弐号機に搭乗している。その一撃は、エヴァという怪力によるカウンターであったため、参号機の肘を砕くのに、十分すぎる破壊力を秘めていた。
 アスカの狙い通り、腕を破壊される参号機。半ば千切れかけた右腕が、プランプランと頼りなく揺れ動く。
 「レイ!今のうちに・・・ウソ!」
 参号機は千切れかけた右腕で、再び攻撃を開始した。一見無防備な態勢、さらにはパンチの届く距離でなかった為、完全に油断していた弐号機は、その初撃をまともに顔面に受けていた。
 フィードバックが襲い掛かり、一瞬、参号機の姿を見失うアスカ。
 (・・・油断した!まさか、あの腕で攻撃してくるなんて)
 アスカは気付けなかったが、バルディエルは千切れかけた右肘関節を、己自身である粘菌で補強することにより、伸縮自在な肘関節へと変化させていたのである。
 「キャア!」
 突如、聞こえてきたレイの悲鳴に、アスカは顔を左右に振りながら零号機の姿を捜す。
 少し離れた場所で、零号機は格闘戦を行っていた。状況は零号機に不利。ひたすら防戦するだけである。
 参号機は零号機の喉元を左手で攫むと、そのまま空中へ持ち上げる。
 何とか参号機の束縛から解放されようと、足掻く零号機。だが参号機はビクともしない。
 「レイ!少しだけ我慢して!」
 零号機に夢中になっている参号機の背後へ回り込む弐号機。参号機の注意を自分へ集めようと、零号機が今まで以上に暴れだす。
 (・・・いける!)
 一気に間合いを詰める弐号機。
『逃げて、アスカ!』
マヤの警告がアスカの鼓膜を叩き、弐号機を再び衝撃が襲う。
 何があったのか理解できず、僅かとはいえ混乱に陥るアスカ。
 さらに喉元へ衝撃が襲い掛かってきた。
 やっと混乱が収まったアスカは、モニター越しに何が起きていたのかを把握することができた。
 マヤの警告は、兵装ビルからの攻撃であった。
 「何すんのよ!」
 『違う!使徒が兵装ビルを乗っ取ったのよ!』
 マヤの言葉通り、兵装ビルには白い粘菌が蠢いていた。量に差はあれど、粘菌に支配された兵装ビルの数は、片手に余る。
 加えて弐号機も零号機も、バルディエルに捕まえられ、逃げ出すことも叶わない状況。
 これがチェスなら、間違いなくチェックメイトである。
 『伊吹二尉、副司令権限として命じる。二機のダミーシステムを即時起動だ』
 『副司令!ダミーシステムはまだ未完成!赤木部長の指示がなくては!』
 『責任は私がとる。使徒に敗れてからでは、遅いのだ!』
 『・・・ごめんなさい、アスカ、レイ』
 不吉な会話に、アスカとレイがモニターを凝視する。
 『ダミー、起動開始』
 その瞬間、最悪の虐殺劇が開始された。

 『もう、やめて!お願いだからやめてよ!』
 『遠野君!遠野君!』
 エヴァから届く嗚咽交じりの悲鳴に、職員達は眼を伏せる事しかできなかった。
 生き延びる為とは言え、大人のとった選択肢は、2人の少女の心を引き裂き、1人の少年の命を奪う行為だったから。
 2体の巨人は取り込んだS2機関を稼働させていた。その為、バッテリー切れによる戦闘停止を願うことも叶わない。
 参号機は四肢を失い、それでも粘菌を利用して四肢を繋げなおすと攻撃を再開する。
 乗っ取られた兵装ビルから降り注ぐ近代兵器の雨。
 だがそれを物ともせずに襲いかかる2体の巨人。
 数の差から徐々に追い込まれていく参号機。四肢だけでなく、胴体や首をも引き千切られて、やっと動きが緩慢になっていく。
 その光景をもっとも間近で見せつけられた少女達は、その顔に悲しみと絶望を貼り付けさせられていた。何とかコントロールを取り戻そうと必死になるが、2人の愛機は応えてくれない。母の存在を知らされたアスカですら、弐号機のコントロールを取り戻せないのである。
 そんな彼女達も、絶望と疲労の中で『やっと終われる』と安堵していた。
 弐号機の右腕が参号機のエントリープラグを引き抜くまでは。
 少女達の脳裏に浮かぶ、少年の言葉。

 『僕を殺すのは弐号機、つまり君なんだ、アスカ』

 予知の的中率は100%。足掻いても、紙一重でしかかわすことはできない。
 
 「いや・・・」
 「アスカ・・・」
 
 軋むような、嫌な音を立てるエントリープラグ。
 少女達の絶望と悲哀に満ちた顔が、今まで以上に負の感情に彩られていく。

 「お願い、やめて・・・ママ、アタシの好きな人を殺さないで・・・」
 「アスカ、止めて・・・」

 エントリープラグの隙間から、圧力に耐えかねたLCLが噴き出し始める。
 その光景に、アスカが必死になってインダクションレバーに拳を叩きつける。

 「もうやめて!」
 「アスカ、止めて!」
 
 力に負けて拉げるエントリープラグ。真っ赤なLCLが滝のように流れ落ちる。
 
 『『いやあああああ!』』

 少女達は茫然とする事しかできなかった。彼女達のショックを考えれば、大人達も気軽に声をかける事などできない。
 原型を留めてないエントリープラグ。そのハッチが無理やり破壊される様子を、少女達は茫然と見つめていた。
 自分は好きな人を殺してしまった。
 自分は兄を助けられなかった。
 真っ暗闇の絶望の中、一筋の光が差し込む。
 『サードチルドレンの生体反応確認!救助開始します!』
 その言葉に、少女達が驚いたようにモニターを凝視する。
 彼女達は知らなかった。
 僅かに差し込んだ一筋の光明。それは更なる絶望への入り口。
 エントリープラグの中に、2人の大人が入っていく。その手に握られているのは、医療キット。
 しばらくして、2人の大人は中にいた少年を抱えて出てきた。
 生きていた姿を少しでも見たいと望んだ少女達は、モニターを最大倍率に設定した。
 その事を誰が責められるだろうか?
 担架に乗せられた少年は、小さく見えた。その理由はすぐに分かった。
 少年の両足は、無残な断面を晒していた。



To be continued...
(2010.09.18 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回、シンジ君は最大級の不幸に見舞われております。遠野物語をアンチ・シンジにしようと考えた時から温めていたネタでしたが、やっと日の目を見る事が出来ましたw
 シリアスかつ重い話である今回ですが、書く方はスイスイ進みましたw我ながら、鬼畜な作者でございます。
 さて次回ですが、最強の使徒ゼルエル戦となります。前作・堕天使の帰還ではあっけなく倒されたゼルエル君ですが、今度は頑張って貰おうと思います。
 それではまた次回もよろしくお願い致します。



作者(紫雲様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで