遠野物語

本編

第十六章

presented by 紫雲様


SEELE―
 「さて、同志である君達に集まってもらったのは、先日、現世へと復帰したサードチルドレンの処遇についてだ」
 「報告によると、ゼルエル戦の際に初号機に取り込まれ、後日、サルベージによって再び戻ってきた、と聞いておりますが」
 「うむ。その通りだ。その事自体について、特に問題はない。問題なのは初号機だ。ゼルエルのS2機関をも取り込み、初号機はすでにS2機関を5つ稼働可能な存在へと生まれ変わってしまった」
 「然様。ゼルエル戦の記録によれば、初号機はレリエルの能力―ディラックの海を利用する事により、瞬間的に離れた所へ移動する力をも手に入れている。具体的に、どれだけの距離を移動可能なのか?その限界は分らぬが、最悪の事態も想定しておくべきだ」
 「最悪とは?」
 「無論、初号機による我々SEELEへの奇襲攻撃だよ。碇が我らに対して、含む所があったのは、みなも周知の事実。そしてサードは、あの男の実の子供」
 「サードが我らに対して反旗を翻す、と?」
 「その可能性もありうるということだ。現に、サードの周囲に、埋葬機関の影がちらついているのは否定できない事実。何より、あの『弓』の唯一の弟子であり、義弟でもあるのだ。決して楽観視はできん」
 「何か腹案はあるのですか?」
 「うむ。死海文書によれば、残る使徒は3体。そろそろ退場願ってもらおうかと考えている」
 「では」
 「次のアラエル討伐後に、行動を起こす。目標は2つ。サードチルドレン遠野シンジ、もしくはエヴァンゲリオン初号機のどちらかを消す事。万が一、サードが死んでも『弓』が報復行動を起こす前に、我らの計画は発動しているだろう。つまり、報復は事実上、不可能となる」
 「議長のおっしゃる通り。あの『弓』が埋葬機関を通じて我らの居場所を割り出すまでの時間と、残りの使徒撃退に必要な時間を考えれば、十分勝算はあるでしょう」
 「その通りだ。だが恐らくは、サードへの襲撃は失敗に終わるであろう。仮にも『弓』の弟子。一筋縄ではいくまい。加えて第3新東京市となれば、チルドレンを守るためにNERV保安部が動くのも目に見えている」
 「つまり、サードへの襲撃は陽動である、と?」
 「そうだ。サード護衛に保安部の全戦力が動いた隙を狙い、エヴァンゲリオン初号機を破壊するのだ」

NERV本部司令室―
 部屋の主が姿を見せなくなって数カ月、冬月は趣味である詰将棋を嗜みながら、己の歩んできた過去を振り返っていた。
 今から15年以上前、まだ京都の大学で教鞭を取っていた頃に出会った、一人の女性―碇ユイ。彼がもっとも将来に期待した天才。
 同じ頃に出会った、最悪の出会いをした、一人の男性―六分儀ゲンドウ。彼がもっとも嫌悪感を抱いた、もう一人の天才。
 セカンドインパクトから2年後の2002年。彼は水上都市と化した、愛知県豊橋市でモグリの医者として、人命救助に励んでいた。それが一人の人間として、正しい事だと判断したから。そして国連の調査隊の一員として南極へ向った時も、同じように正しい事だと判断した。
 だがそこで出会ったのは、碇ゲンドウと名を変えた、六分儀ゲンドウ。そして手渡された、碇ユイからの結婚の報告の葉書。
 更に南極においては、言葉を失ってしまった少女―葛城ミサトにも出会った。
 (・・・あの頃は、生きていくだけで精一杯だった)
 ミサトが何故、南極にいたのか?それについて、当時の冬月は真相を知らなかった。それを知ったのは、翌年の事―
 国連の組織、人工進化研究所ゲヒルンとSEELEを弾劾する為に、彼は一人でゲンドウに会いに行った。すでに何度もSEELEから脅迫を受けながらも、決して屈しなかった彼にしてみれば、弾劾という行為の為に命を捨てるつもりでいた。だが、そこで彼が見せられたものは、当時はまだ開発中だったエヴァンゲリオン零号機であった。
 『新たな人間の歴史を作る』
 ゲンドウからの誘いの言葉は、研究者としての彼にとっても耐えがたい誘惑であった。ゲンドウの片腕となり、様々な機密情報に目を通すうちに、隠された真実にも触れていった。
 葛城ミサトの役割は、第1使徒アダムに接触する為の巫女としての役割を期待されていたこと。
 その後、彼女はSEELEの目的の為に、精神療法という名の洗脳により、父親を失った心の傷を、使徒への憎しみで埋められ、社会復帰を果たしたこと。
 (・・・葛城君にも悪い事をしてしまったな。南極で見かけた時、私が何らかの行動を起こしていれば、結果は変わっていたかもしれないのに)
 そして碇ユイがエヴァンゲリオンのテストパイロットを務めると聞いた時、彼は猛反対した。そんな彼に、彼女はこう口にした。
 『シンジの為に、自分はSEELEにいる』
 『この子には、明るい未来を見せてあげたい』
 (・・・何故、忘れてしまったのだろうな・・・彼女は、あれほどまでにシンジ君を大切にしていた。その事を、私は傍で見てきたというのに・・・結局、私も碇も、シンジ君を道具としてしか見ていなかった。これでは彼女に嫌われても仕方あるまい)
 パチンと音を立てて、冬月が歩を盤面に打つ。
 (・・・やはりこれしかないか・・・)
 竜となった飛車が、王将を捉えるが、それは相手の銀将の餌食となる。だが続けざまに打たれた持ち駒の桂馬が王将を詰めた。
 冬月の瞳に、かつてSEELEの脅迫にも屈しなかった強い意志が、再び灯った。

NERV本部技術部―
 「リツコ、弐号機と零号機用のF型装備ができたって本当?」
 「ええ、長い事待たせてしまったわね。でも、それだけの価値はあるわよ」
 3人のチルドレンを前に、リツコは胸を張って答えた。
 「まず零号機用のF型装備だけど、これよ」
 リツコの操作に従い、モニターに映像が映る。そこには背部から一対の翼を生やした零号機が映っていた。
 「零号機専用F型装備―フライト装備よ。ATフィールドを翼として利用する事で、重力を遮断。同時にS2機関からの出力によって推進力を確保。計算上では通常時速100kmほどで、全ての出力を飛行に回せば時速300kmでの大気圏内飛行が可能になるわ」
 「空を飛べるのね・・・」
 よく見なければ分からないが、どことなく嬉しそうな雰囲気のレイに、リツコが機嫌良く説明を続ける。
 「そうよ。ただ注意点があるわ。翼を破壊されると、重力の遮断が不可能になって落ちてしまうから、それだけは気をつけて」
 コクンと頷くレイ。
 「もう一つ。零号機用の武器として、ポジトロンスナイパーライフルも開発したわ。S2機関からの出力を利用したライフルなの。既存の陽電子砲に比べて、2倍以上の威力を期待できるわ」
「ハイハイ!アタシのは!?」
 「落ち着きなさい、アスカ。ちゃんと弐号機用の装備も用意してあるから」
 「楽しみだわ!それで、弐号機用はどんな装備なの!」
 興奮するアスカに苦笑すると、リツコはモニターに弐号機を映した。一見、どこにも変化はなく、肩すかしでもくらったかのように、アスカが首を傾げる。
 「弐号機専用F型装備―フルバーニア装備。足の裏に小規模のATフィールドを張る事により、そこを足場として移動するの。弐号機も空に浮かぶという意味では零号機と同じだけど、移動するには弐号機自身の足で走る必要があるわ。以前、ガギエル相手に、シンジ君が海面にATフィールドを張って、それを足場に移動した記録があったから、それを参考にしたのよ」
 ポンと手を打つアスカ。シンジも懐かしそうに『そういえばアスカと初めて一緒に倒した使徒だったねえ』と呟いている。
 「弐号機は空中戦―特に空中から白兵戦を仕掛ける事を想定している以上、空中移動の為にフィールドを発生しつつ、更に戦闘の為にATフィールドを張る事も可能なの。初号機が重装甲と圧倒的な火力で相手を仕留める高火力兵器。弐号機が空中からの3次元戦闘を可能にする高機動兵器。零号機が空中に陣取って、敵の白兵戦闘圏外からの攻撃と戦況把握を可能にする指揮官機、という訳」
 「ふうん、つまりレイが指揮官という訳?アタシだって軍事知識ぐらいあるわよ?」
 「もちろん知ってるわよ。でもアスカは使徒相手に白兵戦をしながら、戦場全てを把握できるの?」
 言うまでもないが不可能に決まっている。アスカもすぐに気付いたのか、あっさりと主張を取り下げた。
 「と、言う訳だから、レイにはこれまで以上に頑張ってもらう事になるわ。日向君の指示を、あなたが現場指揮官として実行に移していくの」
 「はい、頑張ります」
 「ふふ、しっかりね。それと2人には、今から実際にテストを行ってもらうつもりなんだけど・・・」
 「すぐにやるわ!」
 「私も」
 やる気満々の少女達に、リツコは笑みを返した。

翌日―
 突如MAGIが検知したパターンブルーの反応に、発令所は大騒ぎとなっていた。使徒がいるのは大気圏外という超高度である。
 緊急招集を受けた子供達も、すでにエヴァに搭乗し、準備万全であった。
 「3機ともF型装備。対象との距離があるので、遠距離射撃戦が中心になる。零号機はポジトロンスナイパーライフル、初号機と弐号機はポジトロンライフルを使ってくれ」
 発令所の正面モニターには、白く輝く鳥のような使徒が、静かに浮かんでいる。
 「地上に射出後、こちらの指示に合わせて、一斉に攻撃を開始してくれ。零号機は3番シャフト、初号機は6番シャフト、弐号機は8番シャフトからの射出だ」
 「「「了解!」」」
 地上に射出される3体の巨人。すぐにMAGIから連絡が入り、3本の陽電子の槍が使徒に突き刺さる。だが―
 「目標のATフィールド健在!」
 「あれが効かないだと?」
 依然、健在な使徒を、日向が苦々しく睨みつける。同時に、シエルが叫んだ。
 「3人とも、逃げなさい!」
 シエルの叫びに、まずシンジが即座に反応した。わずかに遅れて、レイとアスカが飛び退る。
 『きゃあああああ!』
 逃げ遅れた弐号機は、使徒から放たれた光線に包み込まれていた。
 「弐号機に異常発生!パルスが逆流していきます!シンクロ率43.2%に低下!」
 「弐号機ATフィールド発生していますが、効果ありません!」
 「・・・いけない!日向一尉、あれは精神汚染よ!すぐに撤退させて!」
 リツコの悲鳴じみた叫びに、日向が撤退の指示を出す。だが
 「弐号機シンクロ率21.4%まで低下!シンクロ率低下、止まりません!」
 「このままでは、弐号機の起動ラインを割ってしまいます!」
 『いやあ!入ってこないで!アタシの心を覗かないで!』
 アスカの悲鳴が発令所に響く。同時に
 「しょ、初号機シンクロ率120.3%まで上昇!S2機関、稼働開始しました!」
 「シンジ君!?」
 『アスカを助けます!一番近くの射出口を開けておいてください!』
 弐号機目がけて初号機が走りだす。さらに
 「零号機シンクロ率84.3%まで上昇!S2機関、稼働開始しました!」
 『時間を稼ぎます』
 零号機が全ての出力をポジトロンスナイパーライフルに集中させ、攻撃を開始する。陽電子の槍は先ほどと同じく、ATフィールドに遮られたが、レイは少しでも使徒の注意を逸らそうと、諦めずに攻撃を続ける。
 「大至急、MAGIで検索!使徒の近くに存在している人工衛星の中で、MAGIで移動可能な物をだすんだ!」
 「検索開始します!・・・適合するのは3つあります!」
 「赤木博士!伊吹二尉と一緒に、すぐにハッキングを開始してください!人工衛星を使徒目がけてぶつけるんです!」
 日向の思い切った―と言うより犯罪その物な指示に、リツコは驚いたように大きく眼を開いた。だがすぐにコンソールに飛びつくと、もの凄い勢いでキーボードに指を走らせていく。
 「弐号機!もう少しだけ持ちこたえてくれ!使徒の注意を必ず逸らしてみせる!」
 『・・・はやく・・・しな・・・さいよね・・・う・・・あああああああ!』
 『アスカ!』
 駆け寄った初号機が、弐号機を担ぐ。同時に、使徒の光に包まれた初号機にも、精神汚染の兆候が現れ始める。
 「シンジ君!9番シャフトを開けた!すぐにそこへ避難するんだ!」
 『ぐ・・・あああああ!見るな!見るなアアアアア!』
 シンジもアスカと同じく、精神汚染によってトラウマを抉られていく。
 歯ぎしりする大人達。だが―
 「人工衛星移動開始!15秒後に使徒にぶつかります!」
 マヤの報告に発令所に希望が灯る。同時に
 『こちら零号機。タイミングを合わせて攻撃します』
 「分かった!頼むぞ!」
 使徒の背後で人工衛星がぶつかるのと、零号機の陽電子の槍がATフィールドにぶつかるのは同時だった。
 「使徒の精神汚染、弱くなっています!」
 「今だ!撤退しろ!」
 日向の叫びに、初号機と弐号機はお互いに縺れ合いながら9番シャフトへ、その身を隠した。

 エヴァの回収、シンジとアスカの搬送と、慌ただしくなった発令所を見ながら、日向は頭を抱えていた。
 そこへ診察を終えたリツコが、煙草を燻らせながら戻ってくる。
 「前哨戦は、悔しいがこちらの負けですね。赤木博士、子供達の様子はどうですか?」
 「幸い、精神汚染の後遺症は残っていないわ。目さえ覚ませば、すぐにでも起きられるわよ」
 リツコの報告に、大人達が安堵のため息を漏らす。
 「それで、今後の方針は?」
 「遠距離射撃武器は効かない、向こうの攻撃は防げない。正攻法では、白旗を上げるしかないですね」
 「・・・何か、策でもあるのかしら?」
 スッと前に出るシエル。日向とともに、モニターを操作していく。
 「ええ。一つだけあります。押してダメなら、ぶち壊してやれば良いんですよ」
 モニターに映し出された、作戦内容のシュミレーションに、リツコは咥えていた煙草を落としたことにも気付かずに、茫然としていた。

医療部メディカルルーム―
 「・・・ここは・・・」
 「やっと目を覚ましたのね?シンジ」
 シンジが横になっていた医療用ベッドの隣には、同じく横になっていたアスカが、だるそうに顔だけシンジの方へ向けていた。
 「どこまで覚えてる?」
 「・・・全部。思い出したくもない事、全部、思い出させられたよ」
 「・・・アタシも同じよ。最悪の気分だわ」
 サルベージの際に、互いのトラウマを知りあった2人にしてみれば、互いがどんなトラウマを刺激されたのか?等と質問する必要もなかった。
だが2人とも、その目に宿る気力は衰えてはいない。
「大丈夫だからね、シンジ。あの時、約束した通り、アタシもレイもアンタを1人にはしないから」
「ありがとうアスカ。僕もアスカとレイを1人にはしないよ」
 自分は1人じゃない。
 それを良く理解しているからこそ、2人は後ろ向きにはならなかった。苦しい時には必ず助けてくれる。その信頼感があるからこそ、2人は戦意を失う事なく、リベンジへと意識を向けていられた。
 そこへ病室のドアがノックされる。
 「二人とも、まだ休んでいていいのに」
 そう声をかけながら入ってきたのはレイである。
 「レイ。使徒は?」
 「今のところ、動く気配もないわ。発令所では日向一尉を中心に、作戦会議中」
 「まさかATフィールドで防げない攻撃なんて・・・想像もしなかったよ」
 シンジの言葉に、アスカが黙って頷く。そんな二人の前に、レイが持ってきた食事を配膳していく。
 「ありがとう、レイ」
 「・・・2人とも、このまま引き下がるつもりはないんでしょう?」
 「「当然」」
 「寄寓ね、私もよ」
 子供達はリベンジを誓うと、お互いの顔を見て笑い合った。

発令所―
 日向とシエルの共同発案による、使徒迎撃作戦の内容に、それを実行する事になった子供達は唖然としていた。
 「・・・本気なの?」
 「MAGIによれば作戦成功確率は89.2%。人工衛星を近づけて、遠距離射撃からの誘爆に比べれば、成功確率の桁が3つは変わっているよ」
 「・・・これが成功したら、僕達、サーカスで食べていけますね」
 シンジの発言に、アスカとレイが激しく頷く。
 「問題が一つだけ。今回の作戦だが」
 「分かっています。僕に、さっきの精神汚染を耐えろ、そう言いたいのでしょう?」
 シーンと静まり返る発令所。アスカとレイが、不安そうにシンジを見つめていた。
 「必ず耐えてみせますよ」
 「ああ、頼む。今回の作戦はチームワークが重要になる。3人に期待するよ」
 
「では、もう一度再確認する。まずは初号機を4番シャフトから射出。初号機は加粒子砲を撃つことに専念してくれ」
 『了解です』
 「次に5番シャフトから弐号機をF型装備。武器はソニックグレイブだ。作戦通りに行動を頼む」
 『任せなさいって!』
 「弐号機と同時に、2番シャフトから零号機をF型装備で射出。すぐに行動を開始してくれ」
 『了解』
 子供達の返事が、発令所に元気よく響く。
 「これより作戦を開始する!」

第3新東京市直上―
 4番シャフトから射出された初号機目がけて光が降り注ぐ。その光の中を、シンジは必死になってトラウマに耐えていた。
 「負けるもんか・・・『鳥』を司る・・・アラエル・・・お前なんかに・・・自分に負けるもんか!」
 『初号機シンクロ率145.9%に上昇!S2機関、5つ全て稼働開始しました!』
 「力を借りるよ、ラミエル!」
 初号機の左手から、轟音とともに加粒子砲がアラエル目がけて放たれる。加粒子砲はアラエルのATフィールドと正面からぶつかり、激しい爆発を起こす。
 『初号機加粒子砲、45%の出力です!』
 『使徒、いまだ健在!』
 『よし、零号機と弐号機、行動開始だ!』
 それぞれの射出口から零号機と弐号機が姿を現す。零号機はF型装備を利用し、すぐに弐号機目がけて飛行を開始した。
 「シンジ!もう少し耐えて!」
 「・・・大丈夫!」
 『初号機シンクロ率157.3%に上昇!』
 その言葉と同時に、アスカが弐号機のF型装備を発動。弐号機の足の裏にATフィールドを発生させる。
 「ママ!力を貸して!」
 『弐号機シンクロ率120.4%に上昇!S2機関稼働開始しました!』
 すでに空中を駆けていた弐号機を、零号機が抱え込む。そのままアラエル目がけて一直線に飛んでいく。
 『初号機加粒子砲、出力54%に上昇!使徒の精神汚染レベルが低下を始めました!』
 アラエルの精神汚染が弱まるにつれ、初号機の加粒子砲は逆に強まっていく。
 加粒子砲に耐える為、ATフィールドを強化せざるを得ないアラエル。零号機と弐号機が近付いているのはアラエルも理解していたが、ここで精神攻撃を零号機と弐号機に切り替えてしまえば、一瞬にして自身が消滅させられる事も理解していた。
 「・・・残念だったね、アラエル・・・君の攻撃は確かに強い・・・距離さえあれば無敵だよ・・・でも、僕達は一人じゃないんだ!」
 アラエルに接近した弐号機が、零号機から離れてアラエルに接近する。ATフィールドに包まれたソニックグレイブを正面に突き出すように突撃。ソニックグレイブはいとも簡単にアラエルのATフィールドを貫通。衝撃でATフィールドを解いてしまったアラエルを、初号機の加粒子砲が飲み込んでいく。同時に起こる爆発。
 『パターンブルー消滅!』
 『爆発により、弐号機が大気圏内に落下始めます!』
 大気圏に突入を始める弐号機。その弐号機を、ガシッと受け止める零号機。
 「やったわね、アスカ」
 「当然でしょ!レイ!」
 空から帰還する2人の少女を歓声が包み込む。
 「上手くいったね、2人とも」
 「ふふ、当然よ!」
 「お疲れ様」
 まるで初号機に抱きとめられるかのように、2体の巨人は初号機の腕の中へと着地した。

同時刻、某国にて―
 薄暗い場末の酒場。その片隅にあるボックス席で、2人の男が一枚の写真を挟んで密談をしていた。
 「・・・この緑の目をした小僧を殺ればいいんだな?」
 「そうだ。ターゲットは中学生、学校に通っている。そこを狙えば、確実に殺すことができるだろう」
 「学校を狙うのはいいんだがな、他にも生徒がいるだろう。警察だって馬鹿じゃない、すぐに駆けつけてくるはずだ。それについてはどうするつもりだ?」
 「お前達の攻撃より若干早く、陽動のテロを仕掛ける。警察の目はそちらに向くはず。一般生徒の被害に関しては、この際目を瞑る。確実に、こいつを葬ってもらいたい」
 依頼を受けた側の男が、フンと鼻を鳴らす。
 「・・・まあいい。金さえ貰えれば、俺達は構わんよ」
 「だが条件が一つだけある。この写真を見てもらいたい」
 続いて出された2枚の写真。そこに写っていたのは、蒼銀の髪と、紅茶色の髪の少女。
 「この二人は決して傷をつけてはいけない。たとえ掠り傷であったとしてもだ。この二人に何かあれば、依頼は失敗と見なす。特にこの二人は、ターゲットと一緒にいる事が多い。十分に気をつけてくれ」
 「傷をつけなければいいんだな。人質に使うぐらいはするかもしれんが、それぐらいは構わんよな?」
 沈黙を肯定と受け取ると、男はすっと席を立った。
 「確かに依頼は受けた。速やかに完了させよう」

アラエル戦から1週間後、第3新東京市―
 賑やかなイルミネーションが煌く繁華街。その片隅に二人はいた。
 「それは本当か?」
 「ええ、事実よ。名うての傭兵集団―双頭の蛇が第3に来ているわ。目的は不明。でも警戒するに越したことはないわ」
 「そうか・・・しかし、よく気がついたな」
 「もしNERVに害を及ぼそうとする場合、いきなり第3へ来てもMAGIに発見されてしまう。それを防ぐには、MAGIの目がないルートを使うしかない。だから、予め監視をしておいたのよ。それがビンゴだった、という訳」
 「確かにその通りだが・・・それが事実なら、双頭の蛇、もしくは奴等に依頼した黒幕は、MAGIの存在を知っている事になる。MAGIの存在は世間一般に知られている物ではない。NERV、日本政府上層部、国連上層部、有力国上層部、SEELE、それぐらいのはずだ」
 「正面から来なかった時点で、観光目的という事はないわ。確実に仕事―それも犯罪性の高い依頼だと推測できる。使徒迎撃で大変な時期に、厄介な連中が来てくれたものよね」
 「とりあえず保安部と連携して、監視態勢を敷いておこう。まずは奴等の目的を探らないとな。それに双頭の蛇といえば・・・」
 「分かってるわ。連中の特異性についてはね。でもそちらについては、あなたに任せるわよ」
 まさか使徒迎撃の要である、チルドレンの1人を殺す目的で、双頭の蛇が来ている等とは加持もミサトも全くの予想外であった。
 そしてそれを依頼したのが、使徒の存在を知るSEELEであるということも。

深夜、NERV本部ケージ―
 人気のないケージ。3機のエヴァが静かに次の出撃を待っている空間。
 そこに、たった一人で冬月は立っていた。
 「・・・今さらだが、許して貰えるとは思っていない。それでも、謝罪せずにはいられなかった」
 彼の視線は、静かに初号機へと向けられている。
 「何故、私は忘れていたのだろう。ユイ君、君が何よりも望んでいたのは、自身の幸せでも、碇の幸せでもなかった。ただシンジ君の幸せだけを願っていたというのに」
 初号機は、ただ沈黙を続ける。その中にいる彼女の魂が、冬月の謝罪に耳を傾けているかどうかは、全く分らない。
 「私は君に再会したいという我儘を貫いてしまった。シンジ君を犠牲とする事を承知の上でな。それを考えれば、私は君やシンジ君に裁かれるべき罪人なのだという事は十分に理解している。だが、それでも、今は生きねばならない。罪を償うために」
 冬月は一歩下がり、その身を翻した。
 「さようなら、ユイ君。もう二度と、君に会う事はあるまい。私は私なりの戦い方をもって、罪を償おう」
 
同時刻、遠野邸―
 「そういえばシンジ。古傷、もう全く残ってないの?」
 突然、アスカにそう言われ、一瞬、考え込むシンジ。だが、彼女が何を言いたいのか、すぐに気がついた。
 「母さんのおかげだよ。サルベージされた時、この体を再構成してくれたおかげさ」
 「そっか・・・それにしても、アンタのママ、最初は怖かったわよ」
 「そ、そうだったんだ・・・」
 タラーッと冷や汗を流すシンジ。そこへ紅茶を手にした琥珀と一緒に、レイが入ってくる。
 「アスカ、抜け駆けは禁止」
 「ぬ、抜け駆けじゃないわよ!ちょっとお喋りしてただけじゃない!」
 「あらあら、仲が良いわね。さ、紅茶をどうぞ」
 差し出されたティーカップを受取り、一息つく4人。ダージリンの香りが、鼻孔をほのかにくすぐる。
 「そういえば、お兄ちゃん。戻ってきてから、体の方は大丈夫なの?」
 「体調の方はバッチリだよ。特に問題もないしね」
 「そっか、良かったね。シンジ」
 緑と銀の瞳を、アスカが嬉しそうに見つめている。
 シンジがサルベージされて以来、レイはもとより、アスカもシンジの魔眼を敬遠しなくなっていた。特にアスカの場合、自分からトラウマを告白した事が、大きな理由の一つである。
 サルベージ以来、今まで以上に近づいてくるようになったアスカを、心の中でシンジは素直に称賛していた。例えトラウマを告白したとは言え、年頃の少女にしてみれば、知られたくない事などいくつもある。そしてその事を、シンジの魔眼は問答無用で暴き立ててしまう。それを考えれば、今のアスカは、以前よりも強い心を手に入れていた。
 和気藹藹とした遠野家。だが何事にも終わりはある。
 「さあ、そろそろ寝ましょうね。明日も早いのでしょう?」
 「そうだね、もう寝ようか」
 各自がそれぞれの寝室へと引き上げる。シンジもまた、同じように布団の中へと潜り込み、睡魔に身を任せようとした。
 その時だった。
 突如、視界を埋め尽くした光景に、シンジは茫然と、だが徐々に怒りで顔を歪めた。なぜなら、その光景の中心にいた人物の顔を、良く知っていたから。そしてそれに巻き込まれる被害者の顔も。
 ベッドから身を起こし、スリッパを履く。そのまま彼は、姉の寝室へ向かった。
 「シンジ君、どうしたの?」
 「お姉ちゃん、ちょっと協力してほしい事があるんだ」
 シンジの口から告げられた言葉に、琥珀は真剣に頷いていた。

市立第1中学校―
 「おはよーさん」
 「よお、トウジ!朝のニュース見たか?」
 「ああ、見た見た。テロの事やろ?」
 トウジとケンスケの会話に、クラスメート達が次々に加わりだす。
 「おはよう」
 「グーテンモーゲン!」
 教室へ入ってきたアスカとレイに『おはよう』と挨拶が返される。そこで、ケンスケが『おや?』と首を傾げた。
 「遠野はどうしたんだ?」
 「シンジだったら、本部へ寄ってから来るから遅刻すると言ってたわ」
 「そうか、それなら良いんや。それにしてもNERVの技術ってのはすごいもんやな。クローン技術で手足を作って、繋げたんやろ?アイツが学校へ戻ってから半月経つけど、どう見ても普通の手足やもんな」
 「ま、まあね」
 シンジが激戦の中、両手両足を失った事実を、このクラスの生徒達は全員知っている。ゼルエル戦の最中に、他ならぬアスカとレイの口から洩れたのだから、誰もその事実を疑ったりはしない。
 ただシンジが心臓を失ったという事実だけは、初号機のバグによる誤報という事で強引に誤魔化している。さすがに初号機に取り込まれたという事実まで告げる訳にはいかないからであった。
 「みんな!そろそろ席に着いて!」
 SHRを報せる予鈴に、子供達が席に着き、教師の到着を待った。

 そして平穏は破られた。

NERV発令所―
 「状況を報告しろ!」
 「第1中学校の生徒達を人質に立て籠もっている犯人達から、依然として要求等はありません!現在、生徒達が少しずつ解放されてはいますが・・・」
 「・・・ファースト・セカンド両チルドレンは捕まったまま、という訳だな。サードはどうしている?」
 「それが携帯電話の電源を切っているようです。こちらからの応答に対する返答はありません」
 グシャグシャと髪の毛を掻きまわしながら、事態の打開を必死に探る日向。もしこんな状況で使徒が来た日には、迎撃など不可能である。
 「すでに学校の周囲に保安部が展開。医療部と連携して、解放された生徒達の対応に当たっています。警察組織も朝からテロへの対応で忙しく、学校へ展開するだけの人員がおらず、この件に関しては、NERVに全権を委任できないかとの要請がきています!」
 「それは僕の権限を超えるぞ。副司令は何か言っていたか?」
 「副司令ですが、昨晩より姿が見えません。この場合、赤木博士が技術部三佐扱いで責任者となるのですが、赤木博士は医療部を率いて、すでに学校へ向かっています。そうなると、次に来るのは・・・」
 「結局、僕と言う訳か。分かった、警察署長には承諾の返事を伝えてくれ」
 日向の返答に、青葉が応答を始めた。

※以降、外国語の会話シーンが出てきます。フランス語は≪≫で、英語は【】でくくっています。御承知下さい。

市立第1中学校―
 突然のスクールジャックにより、子供達は状況を把握する事すらできずにいた。外部との情報のやり取りを防ぐ目的で、目の前で携帯電話を破壊された光景も、その一因となっている。教室内に取り残された子供達は、のきなみ茫然と、あるいは恐怖で体を縮こまらせていた。
 例外は3人―感情の起伏の少ないレイと、もとから強気のアスカ、それに背中にヒカリを庇っているトウジである。
 「ちょっと!アンタら、一体、何が目的なのよ!」
 レイやトウジすら座っている中、一人、立ち上がってテロリスト―双頭の蛇―に日本語で罵声をぶつけるアスカの姿は、とにかく目立っていた。
 そんなアスカに、無言のまま顔に拳銃を突きつける男。さすがに黙って座り込むが、それでもテロリスト達を睨みつける事だけは忘れていない。
 そして学校を占拠した彼らも、正直、今の状況に困り果てていた。
 本来なら、このクラスにいる筈のシンジを、見せしめという言い分で殺し、さっさと逃走する手筈だったのである。
 ところが、そのシンジがどこにもいないのである。
 この想定外の事態に、双頭の蛇を束ねるフィリップは頭を悩ませていた。生徒達から下手に情報を聞き出して、後々、シンジ殺害が目的だったと気づかれる訳にはいかなかったからである。
 結局、隊員の何名かで、手分けして学校を捜させるという方法をとるしかなかった。
 そこへ連絡が入った。
 ≪俺だ≫
 ≪ボス、緑の瞳の小僧はいないようです。下駄箱の靴を確認しましたが、上履きがないので、校内にいるのは間違いないと思うのですが≫
≪分かった。引き続き、緑の瞳の小僧を捜索。必ず見つけて始末しろ。いいな?≫
 ピッとトランシーバーの通信を切るフィリップ。ますます悪化の一途を辿る状況に、数え切れぬほどの苦境を乗り越えてきた彼をもってしても、事態解決の糸口を見いだせないでいた。
 そして、彼は知らなかった。
 今、同じ部屋にいる紅茶色の髪の少女が、彼が使っていたフランス語の意味を、推測できるだけの知識を持った、天才であることに。
 アスカは手探りで、取り上げられなかった小型通信機を使い、連絡を送り始めた。

NERV本部発令所―
 「確かに本物だな?」
 「はい、間違いありません。電波の発信元は第1中学校。モールス信号がここにピンポイントで送られています。内容は『目的』『3番』。以上の2つだけです」
 「・・・連中の狙いはシンジ君か!シンジ君の居場所は、まだ不明か!?」
 「先程、自宅へ向かった保安部から、口頭で直接の報告がありました。琥珀さんが遠野家のSPとともに、自宅にいたそうです。ですがシンジ君の居場所については、今は言う訳にはいかない、と言われたそうです」
 「どういう事だ?」
 「シンジ君は別の保護者と行動を共にしているそうです。ですが下手に連絡をつけられると、逆にシンジ君の身に無意味な危険が及びかねない。相手も電波のジャックぐらいはするでしょうから、と」
 その言葉に、日向の眉間に皺がよった。
 「もしかして、琥珀さんはこの事態を想定していた?・・・そうなると、シンジ君も想定していたと言う事に・・・そういえば、シエル二尉はどうしている?」
 「はい、つい先ほど連絡がありました。今から1時間ほど音信不通になりますが、心配しないで下さい、との伝言です」
 自分達の知らない所で何かが動いている。その中心にいるのは、緑の瞳をした少年。
 その瞬間、日向の脳裏に閃いた物があった。
 (・・・そうか、未来予知か!もしかしたらシンジ君は昨夜の内に、この事態を予知していたのかもしれない。保護者が一緒に行動しているとなれば、恐らく、シエル二尉の事だろう。それなら、シンジ君の事はシエル二尉に任せておこう・・・まてよ、この事を知っているのは本当に琥珀さんとシエル二尉だけか?セカンドやファーストが巻き込まれる事を、あのシンジ君が認めるか?いや、そんな訳がない。絶対に防ごうとするはず。そうなると、2人は・・・トロイの木馬か?そうか、さっきのモールス信号か!)
 実は日向の推理は正解であった。シンジの見た予知をもとに、2人は学校への登校を止めるように言われたのだが、それに素直に頷くような性格ではない。
 結果、2人は遠野家のSPから借りた小型通信機を隠し持って登校し、相手の情報を外へ流してやろうとしたのである。
 ただ問題だったのは、相手の主要言語がフランス語だった点である。アスカは何となく意味は理解できるが、レイはそこまでの知識を持っていない。そういう意味では、今回はアスカの独壇場であった。
 思索の淵から日向が顔を上げる。そこへ場違いなほどに、能天気な声が響いた。
 「よう、どうしたんだ?」
 「加持部長!今まで一体、何をしていたんですか!」
 「なに、監査部部長としての職務さ。それより、何があったのかな?」
 相変わらず飄飄とした加持であったが、第1中学校の状況と、敵の狙いがシンジである事を聞くと真剣な顔を作った。
 「・・・まさか、奴等の狙いがシンジ君だったとは・・・そこまでは読めなかったぞ」
 「何か知っているんですか!」
 藁をも掴む心情の日向に、加持が双頭の蛇に関する情報を教える。
 「俺は黒幕を調べるつもりだ。代わりに、これを頼む」
 手渡された紙片を確認した日向の顔に緊張が走る。
 「加持部長、これは!・・・貴重な情報をありがとうございます。葛城さんにもお礼を伝えてください」
 「何、構わんさ。それより訊きたいんだが、シエル二尉はどうしてる?」
 「恐らく、シンジ君と同行している筈です」
 日向の言葉に、加持は笑みを浮かべると、即座に身を翻した。

 「準備はいいわね?」
 「任せて、いつでも大丈夫だよ」
 「そうだな。俺達3人なら、問題ない」
 学校の外れにある用具倉庫の中に、彼ら3人はいた。戦闘服姿のシエル、学生服姿のシンジ、カジュアルな服装の志貴である。
 「さあ、始めようか」
 静かに、だが迅速な動きで、3人は移動を始めた。

 ≪・・・こちらブラボー。目標は未だ発見できず。このまま捜索を続ける≫
 定時連絡を終えると、男は隣にいた相棒と顔を見合わせると、捜索に戻った。二人一組で行動するという彼らの行動方針は、間違いなく正しい物であった。
 ≪しかし、あの小僧、どこに隠れやがった≫
 ≪ひょっとしたら、怖くて出てこられないのかもな≫
 普通に考えれば、中学生がテロリストの籠城事件に遭遇すれば、怖くて隠れてしまうのも当然である。だからこそ、彼らもそう考えて、子供が身を隠せるような場所を、次々に捜索していた。
 ≪ここは調べたか?≫
 ≪さあな。とりあえず確認だけはしていこうぜ≫
 無造作に中へ入る2人。
 彼らは気付かなかった。その背後に現れた人影に。
 無言のまま、シエルが両手に構えた黒鍵を放つ。
 頚椎・心臓・頭部の3か所を正確に貫かれた2人は、苦痛を味わうどころか、自分が攻撃されたという事実にすら気づくことなく、その意識を永遠に失っていた。

 ≪こちらデルタ。例の小僧はいねえ≫
 それだけ言うと、男はピッと通信を切った。
 ≪おいおい、フィリップが怒るぞ?≫
 ≪はん!たかが小僧1人に、何ができるってんだ!フィリップの腰ぬけが!≫
 ≪まあ、今回は用心しすぎだとは思うがな。だがフィリップは俺達のボスなんだ。命令には従わんとな≫
 ≪チッ、くだらねえ。小娘の1人ぐらい、寄越せってんだ。どうせ殺しちまえばいいんだからよ≫
 男が歩きながら、歪んだ欲望への相槌を求める。だがその返事が無い事に、男が不審を感じ振り向いた。
 ≪何、黙ってんだよ。てめえも下らねえ正義感振りかざすつもりかよ≫
 無言のまま立っている相棒の肩を、男が乱暴に突き飛ばす。
 音もなく、男の頭部が床に転がり落ち、同時に噴水のように鮮血が迸った。
 ≪お、おい!≫
 慌てて銃を抜く男。だが―
 ボト
 変な音を立てて、男の前に何かが転がった。それは、男自身の利き腕。
 恐怖とともに、振り向いた男の視界を埋め尽くしたのは、黒い皮靴である。
 何故、そんな物が?
 そう疑問を抱いた男は、最後まで知る機会に恵まれなかった。
 彼の体を『解体』し、命を絶った人物は、かつて暗殺者としてその名を馳せた、七夜一族の唯一の生き残り、遠野志貴その人であった事に。
 彼は眼鏡をかけ直すと、足早にその場から立ち去った。

 ≪こちらアルファ。学校の外に統率のとれた連中が展開を始めている。まだ突撃する気配はないようだが、撤退を具申する≫
 ピッと音を立てて通信を切る男。その隣にいたもう一人の男が、苦々しげに外を覗いていた。
 2人がいるのは、校舎の屋上である。狙撃を警戒して、彼らは床に這いつくばって、外の警戒に当たっていた。
 ≪マズイな。フィリップの奴、どうするつもりだ≫
 ≪さあな。最悪、尻尾をまくことも考えておこうぜ。下水路を使えば、逃走ぐらいできるだろう≫
 ゴソゴソとポケットを探って、煙草を取り出すと、2人は紫煙をくゆらせ始めた。
 フウッと一息をつく2人。その片方の頭部が、突然、爆音とともに消しとんだ。
 慌てて床に伏せる男。
 ≪スナイパー!?馬鹿な、どこから撃ってきやがった!≫
 周囲を見回す男。地上からの狙撃は、角度の為に絶対に不可能。残されたのは、高層ビルの屋上からの、超遠距離狙撃。だが、そこまで直線距離にして2kmはあった筈だった。それは彼らの事前調査によって、確認済みである。
 そんな男の顔が絶望に歪んだのは、後ろを向いた時だった。
 男の後方、約300mほどの距離に、3日前の事前調査の時には存在していなかった高層ビルが、いつのまにか存在していたのである。
 男は知らなかった。その高層ビルが、対使徒戦を想定して作られ、普段は地下に収納されている兵装ビルであった事に。
 男は頭部を貫かれたその時まで、狙撃手の姿を見る事は叶わなかった。
 黒髪を腰まで伸ばし、赤いジャケットを着込んだ美女―ミサトの姿を。

 男達を束ねるフィリップも、捜索隊の定時連絡が徐々に途絶えていく状況に、明らかに顔色を悪化させていた。当初の計画通りなら、すでに撤退しているはずだったのだから、ある意味、仕方ないのかもしれなかった。
 教室にいるのは、子供達40名ほどと、双頭の蛇の隊員4名、そしてフィリップ。
 ≪・・・チャーリー、聞こえるか?すぐに教室へ戻って来い≫
 苦々しげに通信をとるフィリップ。そこへ返事が返ってきた。
 だがいつまで経っても、チャーリーの声がしない。
 ≪おい、チャーリー!何をしてる!≫
 ≪・・・奴の・・・小僧からの伝言です・・・死ね、と・・・グフ・・・≫
 ≪おい!チャーリー、応答しろ!≫
 フィリップが何度も通信を試みるが、チャーリーからの返事は無い.。
 ≪どういうことだ!あの小僧が、俺達を殺すことができるほどの戦闘技能を持っている等とは聞いていないぞ!≫
 通信機を叩きつけたフィリップに、子供達が恐怖感から体を竦ませる。
 そんな中を、2人の少女だけが欠片ほどにも怯えもせずに、床に座っていた。
 ≪クッ・・・何がおかしい、この小娘!≫
 拳銃をアスカに突き付けるフィリップ。
 【当たり前でしょうが、シンジがどれだけ強いのか、周りにいる人達がどれだけ強いのか、調べもせずに来たんでしょう?】
 【な!お前、フランス語が話せたのか?】
 【ドイツ語も英語も、ラテン語から派生しているのよ?話す事は無理でも、単語の意味ぐらいなら、アタシにも分るわよ】
 ニヤッと笑うアスカ。
 【生き残りたいなら降参するのね。シンジと一緒に行動しているのは、シンジに戦闘技術を教え込んだ先生よ?】
 そこへガシャンッと音を立てて、廊下側のガラスが割れた。飛び込んできた人影に、慌てて双頭の蛇が戦闘態勢に入る。だが奇襲攻撃を仕掛けられた分、圧倒的に分が悪い。
 フィリップ以外の4名のうち、2名が志貴とシエルによって一瞬で命を絶たれ、更に2人が防戦一方に追い込まれていく。
 「・・・よくもフザケタ真似をしてくれたな!」
 聞き覚えのある声に、生徒達が顔を上げる。そこにいたのは、黒鍵を構えたシンジであった。普段、包帯に隠されていた両目が、銀色の光を放つ。
 【そこまでだ!小娘、通訳しろ、お前が人質だとな!】
フィリップの叫びに、防戦に追い込まれていた隊員達に余裕が浮かぶ。次の瞬間、隙を突かれて命を絶たれる2人。
「ハッタリなんて見苦しい真似だな」
その言葉をアスカに通訳されたフィリップが【馬鹿な!】と叫んだ。
【俺は本気だ!もう一度通訳・・・】
その瞬間、シンジがフィリップ目がけて襲い掛かった。右手に持った黒鍵で、鋭い刺突を放つ。それを避けるため、フィリップはアスカをシンジ目がけて突き飛ばすようにして教室の片隅へと逃れる。
アスカを抱きとめたシンジの動きが完全に止まる。
決定的なチャンスに、フィリップは手にしていたグロックの残りの弾丸全てを、シンジの頭部目がけて全弾、躊躇いなく叩きこんだ。
『殺った』
そう確信するフィリップ。だが弾丸はシンジが盾代りに使った黒鍵を砕いたものの、シンジに到達するまでには至らなかった。
【チッ!運の良い小僧が!】
教室内の仲間は全て殺されている以上、フィリップは明らかに不利である。人質といえるアスカは手放してしまっている。他の生徒達はシエルが護るように立ちはだかり、人質にするには時間がかかり過ぎる。残る志貴はシンジのサポートに回るべく、フィリップの背後へ回る隙を窺っている。
その間に、シンジはアスカを後ろへ逃がす。アスカも躊躇う事無く機敏に飛びのき、シエルの背後に移動する。
「シンジ、いくぞ!」
2対1での戦闘に持ち込む志貴とシンジ。手持ちの銃を撃ち尽くしたフィリップにしてみれば、ナイフで応戦する他はない。
志貴の短剣による一撃を、ナイフで受け止めるフィリップ。だがナイフは志貴の一撃を受け止める事なく、スッパリと両断されてしまう。
【何だと!?】
硬直したフィリップに、今度は上空からシンジが襲いかかった。志貴の肩を踏み台に右足で飛び上がったシンジは、天井にぶつかるよりも早く、頭を下にするように体勢を入れ替える。ちょうど、天井に両足をつけ、真下を見るような感じである。その状態から、シンジは全力で天井を蹴りつけると、人間の最大の死角である、頭上から急襲を仕掛けた。
頭上からの左の掌手による一撃。そこに秘められた破壊力は、直撃すれば、頭蓋骨はともかく、頸骨粉砕は確実なほどである。だがその一撃を、フィリップは鎖骨1本と引き換えに、避けてみせた。
だが猛攻は終わらない。
シンジを飛び越えるように志貴が短剣を手に襲い掛かる。短剣はフィリップの左肘を音もなく切断する。
最早、撤退しかない。
遅ればせながら決断したフィリップは、攻撃の直後で体勢を固まらせていた志貴を、右足で蹴り飛ばしながら、その反動も利用して後ろへ飛び退る。
だがフィリップが逃走するよりも早く、シンジの投じた黒鍵がフィリップ目がけて襲い掛かった。
勘を頼りに、紙一重で避けるフィリップ。目標を見失った黒鍵は黒板へ突き刺さり、次の瞬間、轟音とともに爆発を引き起こした。
【ば、爆薬だと!?】
魔術の存在を知らないフィリップが、そう考えたのも仕方ない事である。
驚きで一瞬、体を止めてしまったフィリップ。
事、ここに到り、フィリップは作戦を変更した。
彼は廊下へ飛び出ると、一直線に走りだす。その間に、彼はポケットに入っていた手榴弾を取り出すと、即座にピンを引き抜いた。
続いて飛び出てくるシンジ。そこへ手にしていた手榴弾を投げつつ、自身は手近の教室へと飛び込む。
耳をつんざくような爆音が起こり、窓ガラスが吹き飛ぶ。。
勝利を確信したフィリップは、余裕たっぷりに教室の中から顔を出し―その眉間を黒鍵が貫き、爆発を起こした。
だから、彼は最後まで気づく事はなかった。
手榴弾でボロボロになったのは、シンジの手前までだけであった事に。

≪・・・チッ、フィリップめ、失敗などしやがって≫
学校を一望できる高台に、その男は立っていた。彼の正体は双頭の蛇を率いる、もう一人の隊長。
隊員しか知らないが、双頭の蛇は文字通り、2人の隊長が存在しているのであった。そして万が一の事を考えて、片方は離れた場所から戦況を見守る事になっているのである。
≪仕方ない、撤退するか≫
 【悪いが、手を挙げてもらえるかな?それから、ゆっくりと振り返ってくれ】
 英語での忠告に、慌てず、冷静にゆっくりと手を挙げる男。言われた通りに、ゆっくりと振り返る。
 【・・・お前は何者だ】
 【僕はNERV作戦部部長の日向という者だ。悪いけど、抵抗は無駄だと思ってほしい。意味は分るね?】
 【フン、好きにするがいい。だが一つだけ教えろ。この場所は完全にノーマークだったはずだ。どうして分かったのだ?】
 【あなた達、双頭の蛇の特徴をよく知る者が味方にいた、ただそれだけです】
 武装解除と手錠で無力化された双頭の蛇の隊長は、唯一の投降者としてNERVに捕えられた。

 市立第1中学校テロリスト占拠事件は、被疑者1名、実行犯全て死亡という結末を迎えた。
 シンジの見た『自分を巻き込んだ、多くの生徒達が死ぬテロ』という未来予知をもとに琥珀が遠野家に連絡。深夜の連絡にも関わらず、志貴は嫌な顔をすることもなく、弟の救援に訪れた。そしてシエルとともに暗殺者としての力量を発揮し、実行犯の殲滅を担当したのである。
 双頭の蛇の来訪を知っていた加持とミサトは、別ルートから双頭の蛇を監視していたのだが、シンジが『第1中学校をテロリストが占拠し、そこで自分を含めた生徒が多数命を落とす』という予知を伝えると、すぐにシンジと共同作戦を張った。
 ミサトは兵装ビルからの犯人狙撃。加持はNERVの情報網を利用してのバックアップである。
 生徒達の被害は、突然のテロによるPTSDを何名かが発症しただけで済んだ。怪我人は0という事を考えれば、不幸中の幸いどころか、奇跡と言ってもいいほどである。
 危険な綱渡りを乗り越えた彼らだったが、突然の凶報が彼らを襲った。

 エヴァンゲリオン初号機、テロリストの破壊工作により、損壊。修復はおそらく不可能というものであった。



To be continued...
(2010.10.16 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読みくださり、ありがとうございます。
 今回はアラエル戦を舞台に、零号機と弐号機のF型装備のお目見えと、SEELEの被害妄想じみた疑心暗鬼が発端となるテロを話として仕立て上げてみました。
 アラエルに関しては『ロンギヌス』を使わずに攻略するとしたらどうなるかな?というのが根本にあります。攻撃が届かない以上、こちらから接近するしかないので、自然とF型装備を思いつきました。ミノフスキークラフト装備とか言わないようにw
 テロの方は完全にオリジナルです。疑心暗鬼に捉われたSEELEの陰謀は、策略家らしく2重の罠として仕立て上げました。
 末弟を救う為、来訪する志貴とシエル。シンジの力になりたい一心で、トロイの木馬を志願するアスカとレイの覚悟。今回は見事にSEELEに一杯食わされましたが、彼らのリベンジにもご期待下さい。
 それでは、また次回もよろしくお願いいたします。



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