遠野物語

本編

第十八章

presented by 紫雲様


SEELE―
 「ついに残る使徒は最後の一体、タブリスだけとなった」
 「・・・ここまでの道のり、長かったですな、キール議長」
 「感傷に浸るのは構わんが、まだ目的を達成できた訳ではない。量産型エヴァの進捗状況はどうなっている?」
 「S2機関搭載型が9体、すでに完成し、来週よりテスト稼働に入る予定です」
 「そうか、NERVについてだが」
 「はい。零号機がアルミサエル戦において自爆をしたおかげで、本部に配置されたエヴァは弐号機一機となりました。初号機も零号機もない今、我らの悲願を遮る物は無いとみてよろしいかと・・・」
 「いや。油断は出来ぬ。例の『弓』がアルミサエル戦前にヴァチカンへ帰還している。同行者は、あの男だ。あの男は我らの手駒ではあるが、完全に忠誠を誓っている訳ではない」
 「然様。来るべきNERV本部襲撃に向けて、不安要素は少しでも取り除いておくべき。折を見て、あの男も抹殺するべきでしょう」
 「私もその意見に賛成だ。日本政府は我らよりである事を考えれば、消す事は容易。すぐにでも取りかかるべきかと」
 「だがヴァチカンにいる間はやめておいたほうがいいだろう。埋葬機関が万が一にでも動きだしては面倒な事になるからな。襲撃は日本帰国後、できれば適当な罪状―そうだなスパイ容疑等で拘束させ、あとは良いように始末すればいい」
 「ふむ・・・その意見を採用しよう。それがもっともデメリットが少ないからな・・・それでは今回は解散とする」
 次々に消えていくホログラム。だが彼らは全く気付いていなかった。
 彼らに致命的な一撃を与える人物が、行動を起こしていた事に。

NERV本部発令所―
 「5thチルドレン・・・ですか?」
日向の言葉に、子供たちは首をかしげていた。
 「エヴァが無いじゃない!アタシは弐号機を譲ったりしないわよ!」
 「安心してくれ。僕も弐号機に乗せようとは思っていないよ。正直、チルドレンよりエヴァを配置してほしいぐらいだからね。5thについては、将来的な事を考えて、本部で訓練を行っていく、という事になるだろうな」
 「事実上、司令官をやっている日向さんがそういうなら、誰も反対しないと思います」
 包帯で両目を隠している少年の言葉に、発令所の人間すべてが頷いていた。
 ゲンドウが失踪し(本当はリツコの愛の巣に軟禁されているのだが)、冬月も行方不明。
この事態に、揃って三佐の地位にある3人は臨時でトップを決める必要性に迫られたからである。
 加持曰く『俺はガラじゃない』
 リツコ曰く『私は定時には帰りたいの』
 結果、臨時の司令代行として選ばれたのが日向であった。
 「なんというか・・・貧乏くじ引いてる気がするよ」
 「そりゃそうよね。仕事は増えても、階級が上がった訳じゃないから、給料は同じままだし」
 「日向部長・・・御愁傷様」
 少女2人による心温まる励ましに、心の中で号泣する日向である。
 「そういえば、シンジ。アンタ、そのペンダントは何なの?」
 アルミサエル戦が終わって後、シンジはペンダントを身につけるようになった。赤いゴツゴツとした鉱石のような物体が、非常に目立っている。
 「これは僕の切り札、初号機のコアだよ」
 「初号機のコア?」
 「そうだよ。別に無くてもいいんだけど、あればイメージしやすくてね」
 「・・・零号機が自爆した時、初号機の反応があったと聞いたわ。何か関係があるんでしょ?」
 無言で頷くシンジ。来日したばかりの頃のアスカであれば、間違いなく好奇心から質問攻めにしていた筈である。だが幾多の経験を経て成長した彼女は、質問を口にはせず、『そう』とだけ言ってコアに優しく手をのばした。
 「・・・日向部長!たった今、ヴァチカンから全世界に向けて緊急声明が発表されました!」
 「ヴァチカン?確かシエル二尉と加持部長と葛城さんが向かっていたな。よし、正面モニターに映してくれ」
 日向の指示に従い、マヤが映像を切り替える。
 そこに映っていた人物を見た時、発令所にいた者達は驚愕で言葉を失っていた。

 『・・・本日は全世界の皆様に、御時間を割いていただき、感謝の言葉もありません。ですが、私はカトリックの総本山を束ねる、神の地上全権代行人ではなく、1人の人間として、全世界の方々に伝えなければならない事があります。今より15年前に起きた悲劇セカンド・インパクトを御記憶の方も多いでしょう。ですが今、あの悲劇が再び起こされようとしているのです。それを防ぐため、今から、皆様に紹介しなければならない人物がいるのです』
 一歩下がる法王。代わってマイクの前に立ったのは、白髪頭の老人―冬月である。
 『お初にお目にかかります。私は冬月コウゾウ。国際連合直属、非公開組織である特務機関NERVと呼ばれる組織において、副司令の職務を務める者です。私は罪を償う為、こちらの法王猊下に協力を求め、このような場を用意していただきました。まずはこの為に尽力して下さった猊下と、多くの協力者の方に感謝の言葉を伝えたいと思います。ありがとうございます』
 一礼する冬月に、法王が片手をあげて笑顔で接する。
 『先ほども申し上げましたが、私は罪を償う為に、この場におります。それは真実を伝える、という事です。私にその決断を与えてくれた、かつての教え子と、その忘れ形見である少年にも感謝したい。本当にありがとう』
 発令所でその言葉を聞いていたシンジが、慌てて包帯を外していく。
 『まずセカンド・インパクトについてです。かつて国連の発表において、南極大陸への大質量隕石の落下、と報告されていた。これを覚えている方は多いでしょう。ですが事実は違います。セカンド・インパクトは人災だったのです。南極大陸には、我々、人類を遥かに超える強靭な生命力を手にした存在―第1使徒アダムが眠っていました。この存在に気付いた一部の者達が、それに触れた事によりセカンド・インパクトは起きたのです。それだけなら、まだ弁明の余地はあったでしょう。問題なのは調査を指示した一部の者達は、それに触れたが最後、セカンド・インパクトが起きるという事を予想していたという事実なのです。彼らは国連すらも実効支配する組織―通称、SEELEと呼ばれています』

 冬月の告白は、全世界を混乱に陥れていた。
 明るみになったSEELEの存在。SEELEと世界各国の権力者との繋がり、さらにそれを証明する各種証拠の山。使徒を迎撃する為の組織NERVの存在。そして使徒に対抗するにはエヴァンゲリオン以外の方法は存在せず、さらにそのエヴァンゲリオンを、SEELEが自らの目的の為に、テロ行為を仕掛けて破壊した事。
 『彼らSEELEの目的は人類補完計画と呼ばれる計画の遂行。それは一言で表現するならば全世界の住人全てを巻き込んだ、集団自殺と同義なのです。先ほどNERVは使徒迎撃の為に設立されたと言いましたが、裏の役割として人類補完計画の遂行を行っており、私ともう一人の男だけが、その事実を知りながら職務を遂行していました。だがその男はリタイヤし、事実を知るのは私一人となった。だからこそ、私は罪を告白し、全責任を負って贖罪しなければならない』
 冬月の告白に、会場はシーンと静まり返っている。その内容と、冬月の気迫に、誰一人として言葉を発する事が出来ない。
 『NERVは私がいなくとも、十分にやっていける。使徒迎撃という任務を、必ず達成するでしょう。未来を切り開くのは、若者の特権。ならば人生の先達として、私はその障害となるSEELEを道連れにするべく、この場を設けていただきました。私が国連を頼らなかったのは、国連がSEELEの実効支配下にある以上、全てを握り潰されるからなのです』

???―
 「冬月!我らを裏切るか!」
 豪華な内装の自宅で、キールは冬月の行動を目にしていた。それが意味するものと、それによって生じる結果は、SEELEの崩壊を意味している。例えSEELEが世界中の経済を操るような力を手にしていても、弱点が存在しない訳ではない。
 SEELEにとっての弱点。それは存在その物を暴露されること。
 テレビ画面に映った冬月の口から、絶え間なく紡がれていく秘密。その内容は、冬月自身が携わっていた物も含まれている。そして冬月自身が、その事を認めていた。
 冬月の目的は、文字通り自分の命と引き換えに、SEELEを道連れにする事。その事を、キールは嫌でも悟らざるを得なかった。
 キールは内線電話を取ると、矢継ぎ早に指示を下す。やがて室内に入ってきた黒服とともに、部屋の外へと出て行った。

NERV本部発令所―
 冬月の行動に、職員達は言葉もなかった。
 使徒迎撃という目的の為に設立されたはずの組織。それが本当は全人類を道連れに集団自殺を図る事が本当の目的でした、等と言われれば驚くのが当たり前である。
 ただ一人だけ、別の意味で驚いていた者がいた。
 技術部部長赤木リツコ。ゲンドウの片腕として、NERVの闇に触れてきた女性。当然、彼女も人類補完計画の事は知っていたし、その為の手段の一つとして、ダミーシステムの開発を行ってきた。
 それを知らない冬月ではない。だが冬月はリツコの事を口には出さなかった。冬月は『もう一人の男』と発言していた。つまりゲンドウのことである。
 (・・・何故です、副司令。私も罪を背負っているのに、どうして私を庇うような発言をなさるのですか!)
 リツコの視線は、食い入るようにモニターに向けられていた。
 そして冬月の告白も、ついに終わりの時を迎えようとしている。
 『全NERVの職員に、この愚かな老人の遺言として受け取ってもらいたい事がある。我々は使徒迎撃という大義名分の為に、何の罪もない子供達を最前線へと送り出した。それは我々が大人として、償わねばならない罪である。だがそれは全て、私が背負う。今から10年前、エヴァンゲリオン初号機の起動テストが行われた時、我らは踏み止まるべきだったのだ。それができなかったからこそ、子供達に頼らざるをえなかった』
 冬月は画面の向こう側で、自分の告白を聞いてくれていると信じて続ける。
 『日向君。私がいなくなった後、君が総司令の任に就き給え。大局的な判断と、子供達への罪の意識を背負う君ならば、必ずや道を違える事はないと信じている』
 冬月の言葉に、日向が無言で頭を下げる。
 『赤木博士。母親であるナオコ君も含めて、我々は君に多大な迷惑を掛けてしまった。私がいなくなり、君には更なる負担がかかるだろう。だが許してほしい。代わりに、君や子供達に未来を残してみせると約束する』
 リツコが両目を押さえて崩れ落ちる。
 『加持部長、そして葛城君。君達にも迷惑をかけた。だがその分、君達には幸せになってほしい。セカンド・インパクトで失った物を、二人で力を合わせて取り戻してくれ。君達が生きていく為の世界を、必ず残してみせる』
 舞台裏で冬月の告白を聞いていた加持の胸に、ミサトが顔を押し付ける。
 『青葉君。子供達が戦い続ける中、君は常に自分の無力感と悔しさを味わい続けていた事を、私は知っている。その心があれば、君は必ず子供達の支えになれる。私のいなくなった後、総務部部長の任に就き、新しい司令を支えてやってくれ』
 零れる涙を見せまいと、上を向く青葉。
 『伊吹君。君もNERVの中で辛い任務に携わってきた。だがその辛さが、子供達にとっての救いとなる。それだけの優しさを、君は持ち合わせている。今後も赤木博士を助けながら子供達の良き助言者となってほしい』
 オペレーター席に伏せながら、マヤが号泣する。
 『NERVの全ての職員諸君。私が告げた事は事実である。だが使徒迎撃という目的も、また一つの事実である。今後も誇りを持って、職務に当たってくれる事を願っている』
 そこで、一旦、言葉を切る冬月。
 『我々の目的の為に犠牲となった子供達に、最後に謝罪をしたい。レイ、君はもう自由だ。我々の操り人形等になる必要は全くない。これからは自分で自分の人生を生きていきなさい。その為に力を貸してくれる者が、君の周りにいる。レイ、幸せになりなさい」
 レイは無言のままモニターを見つめ続ける。
 『アスカ君。君もセカンド・チルドレンという線路を走る必要はないのだ。全てが終わったら、一人の女の子に戻り、色々な事を経験しなさい。そして幸せになりなさい。君はそれだけの苦労をしてきたのだから』
 アスカが言葉を発する事も出来ずに、呆然としている。
 『シンジ君。私は本来なら、君に殺されても仕方がない。それだけの罪を、私は背負っている。だがこれだけは信じてほしい。ユイ君は君の幸せを願っていた。いつか、その願いを君自身の手で叶えてほしい。それがユイ君への最高の手向けとなるだろう』
 シンジが無意識のうちに、ペンダントへ手を伸ばす。
 『これから私は、猊下同行の下、国際法廷の場に赴く事になる。罪状を認められれば死刑、認められずにSEELEの圧力を受けても消されるだけ。どちらにしろ、もう二度と、日本へは戻れないだろう。君達の健闘と幸せな未来を祈っている』
 深く一礼した冬月に、会場に詰めかけていた者たちから、万雷の拍手が沸き起こった。

???―
 「・・・計画の方はどうだ?」
 「はい。理論上、問題はありません。ですが・・・」
 「構わん。事、ここに至っては、NERVを消滅させ、弐号機を接収するしかない。弐号機さえ手に入れられれば、奴らがどうあがこうと無意味に終わるのだからな」
 「・・・分かりました・・・エントリープラグ、挿入します」
 彼らの前で、量産型エヴァンゲリオンに赤いエントリープラグが挿入されていく。
 「お前にも動いてもらうぞ?」
 キールの背後に、銀髪赤眼の少年が立っていた。

NERV本部発令所―
 冬月の行動に、発令所の中には啜り泣きの嗚咽が静かに響いていた。
 それを咎める者は一人もいない。誰もが冬月の行動に敬意を表していた。
 そんな沈黙に包まれた発令所の中を、総司令の地位に就いた日向がMAGIへと近づき、全館放送のスイッチを入れた。
 『この放送が聞こえるか?僕は新しく総司令の地位に就いた日向だ。先ほどの冬月副司令の行動を、全員が見たものと思っている。だが僕達NERVの使徒迎撃という役目は、未だに終わりを迎えていない。今は悲しみを堪えて、使徒迎撃の為、各自職務に奮起してほしい』
 ピッとスイッチを切る日向。そんな日向に『お疲れ様』と言って青葉がコーヒーを差し出す。
 「やれやれ、随分、差をつけられちまったな。お前が司令で、俺が部長か」
 「言うほどに差はないよ。間には副司令しかないんだからな」
 肩を竦める2人。もともと同じ目的でNERVで働いている彼らにしてみれば、あまり階級に拘りはない。当然の如く、敬語を使おうという意識もほとんどなかった。もっとも、軍人として訓練を受けている青葉なのだから、少なくとも公の場では敬語を使わざるをえなくなるだろうが。
 「・・・日向く、いえ、失礼しました!日向司令!」
 「別に無理に敬語を使わなくてもいいよ、マヤちゃん。それで要件は?」
 「たった今、UNから緊急連絡が入りました!現在、中国上空を未確認飛行物体が超高速で飛行中!このまま飛行物体が直進した場合、第3新東京市上空を通過する、と」
 正面モニターに世界地図と、飛行物体の予測進路が映し出される。
 「UNによれば、飛行物体の飛行速度は時速100kmほど。すでに中国軍とUN空軍が交戦を行ったそうですが・・・」
 「全滅か・・・アスカ君、君は弐号機に搭乗していてくれ。万が一、SEELEの報復攻撃であった場合、こちらも対抗しなければならないからな」
 「了解!」
 アスカがケージに向かって走り出す。
 「レイちゃん、それにシンジ君。2人はここにいてくれ。ここが一番安全だからね」
 日向の言葉に頷くレイ。だがシンジだけは険しい表情のまま、黙って正面モニターを見つめていた。

第3新東京市―
 冬月による爆弾発言の興奮も冷めやらぬ中、突然射出されたエヴァ弐号機の姿に、市民の注目が集まっていた。
 それにわずかに遅れて、街中に響く緊急警報。
 興奮していた市民達は、慌ててシェルターへと避難を開始した。中には避難せずに外に残ろうとした者達もいたが、警報に混じって『避難しない者は、命の保証はできません。爆発で第3新東京市が消しとんだ時、生き残る事ができるのはシェルターに避難している者だけです』という警告には肝を冷やしたのか、慌ててカメラや携帯電話を放り出して逃げだした。
 ちなみに、この機転を利かしたのは青葉である。彼は必ず好奇心に駆られた市民が出てくると想定していたので、即座に対応できたのであった。
 「全く、どこにいっても馬鹿な野次馬はいるのね」
 『まあ仕方ないさ。それも人間だからね。それよりマステマとポジトロンライフルを用意してある』
 「了解」
 兵装ビルから武装を取り出す弐号機。その間にMAGIが情報を集め続ける。
 『・・・未確認の飛行物体、確認作業終了しました!標的は量産型エヴァンゲリオン!発信コードから伍号機と推測されます!』
 「はあ!?使徒じゃないの?」
 アスカが驚くのも当然である。まさか使徒戦を無視してまで、量産型エヴァンゲリオンが襲撃を仕掛けてくるとは、予想もしていなかったのだから。
 もっとも、この襲撃を画策したキールにしてみれば、彼なりの言い分があるだろう。
 ―冬月が裏切らなければ、こんな事をする必要はなかった―と。
 『戦自の戦闘機部隊と交戦まで残り10秒!』
 マヤの報告に発令所に沈黙が走る。そして10秒以上を経過しても、発令所の正面モニターに映し出された量産型エヴァンゲリオンを示すマーカーは、今まで通りの移動速度を維持し続けていた。
 『戦自は敗れたか、さすがにATフィールドを張られてしまっては、手も足もでないのだろうな』
 「日向司令、作戦は?」
 『量産型エヴァンゲリオンだが、スペック的には弐号機よりも劣る。パイロットも君達と違って、実戦慣れはしていないだろう。少なくとも、エヴァで戦闘をこなした経験があるとは思えない。以上の点から、正面きっての戦闘を行う。最初はポジトロンライフルと兵装ビルでの遠距離射撃戦。その後、敵が近づいてくればマステマでの白兵戦等に切り替えてくれ。小細工なんて必要ない。奇襲攻撃にだけは注意して、正面から粉砕するんだ!』
 「・・・OK!やってやろうじゃないのよ!」
 ポジトロンライフルを構える弐号機。やがてMAGIの誘導に合わせて、彼女はまだ視界に入ってない目標目がけて射撃を開始した。

 陽電子の槍を赤い壁で弾き飛ばしながら突撃してくる白い巨人の姿に、アスカは生理的な嫌悪感を感じていた。
 どことなく爬虫類や両生類を連想させる外見も勿論だが、その行動パターンがあまりにも動物的だったからである。
 「なによ、こいつ。しつっこいわね!」
 ATフィールドを中和しつつ、マステマの超振動ブレードで切り裂いていく弐号機。さらに零距離からマステマのガトリングを作動させつつ、全力で蹴り飛ばす。
 一瞬にして胴体を切り裂かれ、ハチの巣になる伍号機。だが伍号機は何の支障もないかのように、平然と立ち上がる。その上、弐号機の攻撃による傷も、瞬く間に回復した。
 「こいつ、あの分裂使徒なみにしつこい奴ね!装甲が無いだけマシだけど!」
 『装甲が無い?』
 「そうよ!切り裂いた時の手ごたえで分かったわ!こいつは弐号機みたいに特殊装甲で覆われていないの!そりゃ、あれだけ回復能力が高ければ、装甲なんて必要ないんだろうけどね!」
 突撃してきた伍号機を、再度蹴り飛ばす。距離ができたところで、一息つくアスカ。
 「で、どうするの?作戦がないのなら、マステマのN2使うわよ!」
 いい加減、ストレスが溜まってきたのか、アスカが声を荒げる。そこへ響く警戒音。
 『今度は何だ!?』
 『大変です!メインシャフトに突如、パターンブルーが発生しました!現在、セントラルドグマ目指して降下中です!』
 『映像をだせ!』
 『駄目です!強力なジャミングが発生していて、映像が届きません!』
 エヴァが伍号機と戦闘中に、使徒が襲来―それも本部の内部に出現という事態に、青ざめる職員達。
 『MAGIから本部自爆決議の提案が提出されています!』
 『ダメだ!司令権限で却下する!伊吹二尉、セントラルドグマへ通じる全隔壁を閉鎖しろ!少しでも時間を稼ぐんだ!』
 『りょ、了解!』
 セントラルドグマに通じる隔壁が、次々に閉まっていく。人間相手ならばどれだけ近代兵器を持ってこようが、相当長い時間を持ちこたえる事が可能な隔壁。だが使徒相手では分が悪すぎる。秒単位で時間を稼げれば、幸運だったと断言できるだろう。
 その僅かな時間が、今の日向達にとっての生命線であった。
 『・・・伊吹二尉!伍号機の足を切断したとき、予測される回復にかかる時間はどれぐらいだ!』
 『・・・計算では30秒です!』
 『よし!作戦を伝える!伊吹二尉は戦闘区域内部と、その周辺エリアに存在する全ての兵装ビルの全火力を稼働!全てのミサイルが同時に伍号機に着弾するように、タイミングを合わせろ!』
 『了解!』
 『弐号機は伍号機の足を切断し、機動力を奪え!そのままATフィールドを中和し続け、ミサイルを直撃させるんだ!』
 「了解!」
 同時に弐号機が伍号機目がけて襲い掛かる。超振動ブレードが、伍号機の足を切断し、その場に崩れ落ちる。
 『今だ!』
 日向の号令と同時に、ミサイルの雨が伍号機目がけて降り注ぐ。ATフィールドを中和された伍号機は、その荒れ狂う破壊の炎の前に、成すすべもなく塵と化していく。
 「派手にやってくれたわね。こっちも装甲が無かったら、熱いぐらいじゃすまなかったわね」
 『他に方法が無かったんだよ。それより、すぐに弐号機はメインシャフトに出現した使徒の撃退に向かってくれ!』
 「分かってるわ!それじゃあ、いってきます!」
 そのまま撃退に向かう弐号機の姿に、ひとまず安堵する大人達。
 そんな彼らは気付いていなかった。
 発令所にいた子供達の姿が消えていた事に。

NERV下層ヘブンズゲート前―
 目の前に聳える、特殊金属製のドア。その横に据え付けられたカードリーダーに、彼は一瞥をくれた。
 同時に、ピッと音が鳴って緑のランプが点く。
 やがてゆっくりと開き始めるドア。
 彼はそのままゆっくり進み、十字架に磔にされた巨人の前で歩みを止めた。
 「アダム、やっと会えた・・・いや、これは・・・リリス!?・・・そうか、そういうことか!」
 そこへ飛び込んでくる蒼銀の髪の少女と、緑と銀の瞳の少年。
 レイはここに来るのは初めてではないので驚きはないが、シンジは別である。
 「これは・・・生きているのか!でも魂が、心が無い」
 「その通りだよ、このリリスは抜け殻なんだ。魂が存在していないんだよ」
 その声に、顔を上げるシンジ。そこにいたのは空中に浮かぶ、銀髪赤眼の少年であった。
 「でも、予想外だったよ。まさかエヴァも無しに来るなんて・・・いくらなんでも、無謀だとは思わなかったのかい?」
 銀髪赤眼の少年は、静かに床へと降り立った。
 「そうそう、自己紹介をするべきだったね。僕は渚カヲル。仕組まれた子供、5thチルドレンだよ」
 「同時に、『自由』を司る使徒タブリスと言う訳か」
 「正解。話が早くて助かるよ、3rdチルドレン遠野シンジ君。兄弟達から君の事については聞いているよ。僕達使徒の事を理解し、会話をするリリンの事はね。それにしても君の魔眼は強力だね。それだけ強いと、色々と嫌な事もあるだろうに」
 「否定はしない。それが現実だからね」
 シンジの言葉に、カヲルが我が意を得たりとばかりに、笑みを浮かべる。
 「君は僕達の側に来るべきだ。リリンの世界で生きるのは、君には辛いだろう」
 その言葉に、レイが不安そうな表情を浮かべて、シンジの服の裾を掴む。
 「確かに辛いよ。正直、世界を壊してやりたい衝動に駆られたことだって何度もある。だけど、僕は君達の側にはつかない。僕は人間として胸を張って生きていくんだ」
 「どうしてそう思ったのか、理由を教えてもらえるかい?」
 「護りたい人がいる。一緒に生きていきたい人がいる。それが僕の戦う理由なんだ、カヲル君」
 両目に強い意志を宿したシンジの言葉に、カヲルが両手をポケットから出した。
 「君は強いね。何よりも心が強い。好意に値するよ。兄弟達が、君に力を与えたのも分る気がする」
 「そう思うなら引いてくれないか?」
 「すまない。それはできないんだ。僕の中に存在する、タブリスとしての本能が、それを許してくれないんだ。僕の本能は自由を求めている。そして、それはアダムに還るか、もしくは殺される事でしか成しえない事なんだ」
 辛そうに顔を歪めるカヲル。
 「僕の体を構成する遺伝子は、ほとんどリリンだ。君の隣にいるリリスと同じく、僕もまた人の科学によって産み落とされた命。だけど、そのほんの僅かな差異が、僕と君達との絶対的な分かれ目なんだよ・・・リリス、一つ教えてくれ。君は、幸せかい?」
 「・・・ええ。だから私は遠野君を失いたくない」
 レイの答えに、カヲルが満足そうに頷いた。
 「さあ、始めようか。上の方も、そろそろ決着がつきそうだからね」
 カヲルの両手に、光が灯る。
 「ダメだ!僕達が戦う必要なんてない!君だって生きたいんだろう!助けを求めているんだろう!何で戦わないといけないんだよ!何で諦めるんだよ!」
 「・・・君が戦わないと、僕はサードインパクトを起こすよ?結果、君の大切な人達は全滅する事になる。本当にそれでもいいのかな?」
 カヲルの言葉に、シンジが唇を噛みしめる。その脳裏によぎったのは、一人の少女の面影。それが失われると知った時、口の端から鮮血が滴り落ちた。
 「・・・投影・・・開始!」
 シンジの全身に雷光が走り、その両手に黒鍵が3本ずつ現れる。
 レイの赤眼が、紅の光を放ち始める。
 「シンジ君。できる事なら、僕はもっと早く君に会いたかった。残念だよ・・・でも、最後に君に出会えて嬉しかった。ありがとう」
 カヲルの両手から、光弾が次々に発射されていく。そこに秘められた殺意を感知していたシンジは、予め体を動かしていた事もあり、紙一重でそれらをかわしていく。
 レイはATフィールドを展開し、カヲルのATフィールドを中和させていく。それに気付いたカヲルであったが、そこでレイに攻撃をしようともせず、チラッと一瞥しただけで、すぐにシンジへ視線を向け直した。
 シンジから放たれる黒鍵。カヲルは微動だにせずに、その場に留まった。
 「生と死は等価値なんだよ、僕にとってはね」
 鈍い音とともに突き刺さる6本の黒鍵。さらに発動する疑似火葬式典の爆炎。
 炎に包まれながら、カヲルは生きる事を選択した目の前の2人に向けて、笑顔を向け―そして苦悶の叫びを上げることなく、静かに崩れ落ちた。

 炎に飲み込まれて形を崩していく少年を、シンジとレイは黙って見続けていた。そこへ地上の戦闘を制した弐号機が、マステマを片手に飛び込んできた。
 そして正面に磔にされた、白い巨人を目の当たりにし、驚きで一瞬だけ体を硬直させる。だが即座に気を取り直すと、手早く周囲の状況を確認。すでに戦闘が終わっていることを確認すると、プラグから出てきた。
 「ねえ、使徒がいた筈だけど、終わったの?」
 「・・・終わったよ。使徒は倒した、心配いらないよ」
 シンジの視線の先で燃え盛る炎。そこから漂ってくる肉の焼ける異臭に、アスカは眉を顰めながらも全てを察した。
 「彼も、犠牲者だったんだ・・・僕は彼を救えなかった・・・」
 「・・・シンジ」
 近寄ったアスカが、シンジの服の裾をギュッと掴む。
 「大丈夫、アタシとレイが一緒に背負ってあげる。だから、いつものシンジに戻って。アタシとレイが大好きな、いつものシンジに戻って」
 まるで親とはぐれた幼子を思わせるような、不安そうな表情を浮かべるシンジ。そんなシンジをアスカが全力で抱きしめる。
 「アンタ、優しすぎるのよ。だけど、それがアンタの良い所でもあるんだよね」
 「・・・前にね、秋葉お姉ちゃんが言ってくれたんだ。大義名分は大人の領分だから、僕みたいな子供がそれにつき合う義務なんてない。もしそれが原因でサードインパクトが起きてしまっても、僕を責めたりしない、って・・・」
 シンジの独白を、アスカは黙って聞いていた。
 「なのに、僕はカヲル君を殺した。使徒だからじゃない、カヲル君が生きていると、サードインパクトが起き、僕の大切な人達が全滅すると言われた。僕は・・・僕はそれが嫌だった!僕はカヲル君を見殺しにしたんだ!カヲル君だって生きたかったのに!助けを求めていたのに!それなのに、僕は!」
 「もういい、もう止めて!」
 「僕はアスカを失いたくなかった!だからカヲル君を殺したんだ!」
 「!!」
 腕の中で嗚咽を漏らすシンジを、アスカは呆然と見ていた。そんな2人を、レイが辛そうに見守っている。
 「ごめん・・・カヲル君、ごめん・・・」
 会ったのは5分に満たない僅かな間。だが魔眼を通して、カヲルの本音を理解していたシンジには、使徒として生を受けた悲しみと、人として生きたいというカヲルの純粋な願いが、その心の中に深く刻み込まれていた。



To be continued...
(2010.10.30 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読みくださり、ありがとうございます。
 今回は冬月の行動で大きく変化する事態と、一転して窮地に追い込まれたSEELEの必死の反撃、というプロットで書き上げました。
 基本的にSEELEの力は強いです。政治面・経済面・武力面、どれをとっても正面から対抗できません。そうなると、SEELEの下部組織のNo2でしかない冬月が、SEELEを相手取るにはどうするだろうか?と考えたのがSEELEの油断を突く事と、宗教勢力を利用した切りこみでした。
 ですが、いくらヴァチカンの影響力が強くても、時間が経てばジリ貧です。SEELEの実力を知る冬月が反旗を翻すとなれば、短期決戦でキールを始めとする委員会メンバーを追い落とすしか手段はありません。そこで冬月の捨て身の政治工作というネタを思いつきました。贖罪の為に自分を世界中から弾劾される世界的重犯罪者の身に貶める事で、SEELEを道連れにする。セカンドインパクト直後の頃の冬月は、こんな覚悟を持った人間だったんだろうなあ、と思いながら書き上げました。
 後半はキールの反撃です。量産型エヴァンゲリオン伍号機による、NERV本部を狙った奇襲攻撃。更にはそれすらも囮とした、タブリスによるセントラルドグマへの侵攻こそが本命という作戦です。
 裏設定としては、キールはタブリスを本部へ侵攻させる事で、使徒のセントラルドグマ侵入による、本部自爆決議を狙っていたという設定でした。本部が自爆すれば、エヴァ弐号機の運用は不可能、全ての使徒が死滅という一石二鳥の策です。ただ誤算だったのは、シンジの魔眼と日向の決断。魔眼はタブリスの心を開き、タブリスは渚カヲルとしての終わりを望みます。日向は本部自爆ではなく、弐号機での追撃を決断。この2つにより、キールの思惑は外れる事になりました。
 カヲルの死亡については、賛否両論あるでしょうが、こういう終わり方もあるんじゃないかなあ、と思います。疑似火葬式典を抵抗なく受け入れるシーンを書いてた時、頭に浮かんだのはキリスト教徒の火炙りによる殉教の光景でした。
 話は変わりますが、次回は番外編3となります。
 お互いのメリットの為、手を組んだマジカルアンバー琥珀とマッドリツコ。交戦した戦自は瞬く間に壊滅し、第3新東京市の迎撃機能も麻痺。ついにNERVはエヴァを戦線へ投入。零号機と弐号機を相手に、単身、立ちはだかるリツコ。しかし、その間に琥珀は決定的な戦力確保の為、本部へ侵入を果たした、という流れになります。
 本編終了まであと2話ですが、最後のお笑いネタになりますので、楽しんでいただければ幸いです。
 それでは、また次回もよろしくお願いいたします。



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