遠野物語

本編

第十九章

presented by 紫雲様


遠野宅―
 「・・・うん、ありがとう・・・うん。じゃあ、切るね。おやすみなさい」
 遠野家への電話を切ったシンジは、すっかり冷めてしまった紅茶に手を伸ばした。
 大きなため息を吐いたシンジの前に、琥珀が淹れたての紅茶を注ぐ。
 「お姉ちゃん、どうして人間って殺し合うのかな?」
 「・・・難しい質問ね」
 14歳の少年には、重すぎる責務が、今のシンジを責めさいなむ。
 未だにシンジの心を、カヲルに対する良心の呵責が責め立てる。
 「シンジ君、本当に耐えられないのなら三咲町へ帰ってもいいのよ?アスカちゃんやレイちゃんぐらいなら、十分守れるから」
 免罪符に等しい姉の言葉を、シンジは拒絶する。
 「駄目だよ。自分の居場所は自分で守る。僕はそう決めたんだ。その為に、僕はカヲル君を手にかけた。心の奥底で、助けを求めていたカヲル君を、僕は切り捨てたんだ・・・今さら、泣き言なんて言えないよ」
 シンジがスッと立ち上がる。
 「明日は学校だから、もう寝るね。おやすみ、お姉ちゃん」
 
月曜日、市立第1中学校正門前―
 冬月の衝撃的な告白から、初めて学校へ登校したチルドレンを待ち受けていたのは、感情の嵐と言うべき混乱だった。
 人類補完計画という集団自殺を知らなかったなんて信じられない、NERV職員、ひいてはエヴァに乗る子供達も後顧の憂いを無くすために、殺すべきだという強い拒絶を示す者達。
 またはチルドレンを悲劇の英雄扱いし、ある種のアイドル的存在として接しようとする者達。
 あるいは使徒戦において家族や財産を失い、その矛先を最前線で戦っていたチルドレンへ向ける者達。
 冬月の告白の中で、チルドレンのファーストネームが出た為に、熱心な彼らはチルドレンを捜しあてて、今日のような状況に持ち込んだのである。
 NERV側も黙って見ていた訳ではない。保安部を出動させ、群衆を少しでも遠くに退かせようとするが、いかんせん、数に差がありすぎる。それどころか、怒りの矛先を保安部へ向けて、実力行使に出る者達すらいるほどであった。
 この状況に対して、レイは心を閉ざして無表情になる事で自らを守ろうとした。まだシンジがNERVに来る前、ゲンドウ以外の他者に対して心を閉ざしていた時期があった。これはゲンドウの策略によるものであったが、今の彼女は、その時の状況を再現して、悪意から自らの心を守ろうとしたのである。
 シンジは普段から包帯を巻いて視覚を封じているので、それが結果的にプラスへ働いた。傍目には盲目としか見えない少年を、一方的に嬲り者にする事に対して、さすがに羞恥心を感じたらしい。
 問題なのはアスカである。もともと感情的なうえに、誰よりも目立つ外見の持ち主。レイと違い感情を表に出す彼女は、群衆にとって格好の標的であった。
 「死んでお詫びしろ!この犯罪者!」
 「子供だからって、許されると思うなよ!」
 「やましいところがあるから言い返せないんだろうが!何か言ってみろよ!」
 拒絶と殺意、嫌悪と嘲笑、様々な悪意をミックスした罵詈雑言が、彼女に投げつけられる。
 必死で自制するアスカをキレさせたのは、彼女の背中に生卵が投げつけられた瞬間だった。
 「ピーチクパーチクうるさいのよ!安全なところで眺めているだけのくせして、偉そうなこと言うな!」
 アスカの怒声に、一瞬静まり返る群衆。だが即座に反動が襲いかかる。
 「調子にのんじゃねえ!」
 「そうだ!この場で殺してやれ!」
 物理的な圧力に負け、保安部の壁がジリジリと狭まり始める。
 身の危険を感じたアスカだったが、ここで弱気を見せる訳にはいかない。
 虚勢をはって群衆を睨みつけるアスカの視界が、急に塞がれた。
 「・・・え?」
 「今、アスカに卵をぶつけたのは誰ですか?」
 シンジの言葉が、群衆を静まらせた。
 「もう一度言います。アスカに卵をぶつけた奴、今すぐ出てこい。僕がこの場で殴り殺してやる。目の使えない人間相手に怯えるようなチキンじゃなければ、今すぐ出てこい!」
 激怒したシンジの言葉に、群衆はお互いの顔を見合わせる。その中へ、シンジはズカズカと力任せに入って行った。
 保安部が止めようとするが、シンジの歩みは止まらない。数秒後、シンジが引っ張り出したのは、この状況を放送に来ていたテレビ局のカメラマンだった。
 「カメラマンさん、お願いがあります。僕達を包囲しているこの人達を、グルッと撮ってください。この放送を見ている人が、1人1人の顔を確認できるように」
 シンジの放つプレッシャー―というか殺意に負けたカメラマンが、素直に周囲を撮っていく。それが一回りしたところで、シンジが口を開いた。
 「ここにいる人達は、僕達を糾弾するのが正しいと信じて集まっている。自分の行いが正しいと信じるならば、今の自分の顔を家族に見られても、何ら問題はありませんよね?全員、家族がいるでしょう。中には小さい子供や、年老いた両親を持つ人もいるはず。そんな家族に、自分は胸を張って正しい事をしていると断言できるなら、今すぐ、僕の前に出てこい。僕は一番最初の使徒戦から、全ての使徒戦において最前線で戦ってきた。あなた達の言葉を借りれば、一番悪い犯罪者だ。それならば、この場で僕を糾弾しろ!その手で、この僕を殺してみろ!」
 シンジの激怒の大きさに、群衆は勿論の事、保安部もチルドレンも呆気に取られて声も出ない。
 沈黙が降り立つ中、群衆を掻き分けて出てくる、2人の大人の姿があった。
 「・・・へえ、まさか出てくる人がいるとは思いませんでしたよ・・・」
 絶対零度のようなシンジの言葉に、その場にいた者達は固唾をのんで事態の成り行きを見守る。
 「やっぱり、忘れちゃってたか。俺達の事」
 「・・・誰ですか?」
 「君がここへ来た日に、本部まで送り届けた戦自の隊員の事、忘れちゃったのかな?割烹着を着た君のお姉さんと一緒に、送り届けてあげただろう?」
 キョトンとした後、あ!と声を上げるシンジ。
 「思い出してもらえたか。僕達は覚えているよ。君があのロボットに乗る理由、それは妊娠している君のお姉さんと、3歳の姪っ子をサードインパクトから守る為、そう教えてくれた事をね。その為なら、例え目が使えなくても戦う、と」
 ざわめく群衆。どこか気まずそうに顔を見合わせ始める。
 「正直に言うよ。俺達は任務として、ここにいる訳じゃないんだ。あくまでも、俺達の個人的な思惑―賛同者全員で辞表を叩きつけて、ここに来たんだよ」
 群衆を掻き分けるようにして、私服姿の戦自隊員と思しき男達が、その場に現れた。その数は、群衆を遥かに上回る。
 「上の連中は、尻込みしてる。NERVを切り捨て、自分達だけが安全な場所へ逃げようとしている。けど俺達は違う。俺達は実際に行動を起こす事で、君達の味方だと示そうと思ったんだ。君達には指一本、触れさせたりはしない。約束するよ」
 レイもアスカも、突然の事態の変化に戸惑うばかりである。
 そんな2人の傍に、彼らと同じく辞表を叩きつけてきたらしい女性が近寄った。
 「ごめんなさいね、遅れてしまって。今、綺麗にしてあげるから、動かないでね」
 アスカの背中についた卵を、丁寧に拭う女性に、アスカが不思議そうに問いかける。
 「どうして・・・どうして、ここまでしてくれるの?私達、世界中から憎まれているのよ?私達に味方したって、誰も認めてなんてくれないわよ?」
 「みんなね、一言だけ言いたかったのよ。ありがとう、って」
 その言葉に、アスカは蒼い両目に涙を浮かべる。そのまま前に立っていたシンジの背中に、顔を押しつけた。
 レイもまた、シンジの傍に歩み寄る。その両目に浮かぶのは、激しいほどの敵意。無関心で自らを守ろうとするのではなく、戦う事で自らを守ろうとする強い決意。
 そして最前線に立ち、害を及ぼそうとする者達に対して、正面から向き合っている少年の気迫に、群衆達が1人、また1人とその場を後にし始める。
 最後の1人が立ち去った瞬間、アスカは緊張の糸が切れたのか、ついに号泣した。そんなアスカをシンジが優しく抱きしめ、レイがそっと見守る。
 その光景は、リアルタイムで世界中に流されていた。

NERV本部発令所―
 リアルタイムで放映されていた光景を、大人達は正面モニター越しに見つめていた。
 日向はチルドレンに矛先が向く事を想定し、保安部だけでなく作戦部や監査部からも護衛の為に人員を割いていた。
 だがその人員を遙かに上回る群衆が来るとは全くの想像外だったのである。
 運良く戦自からの離脱者達が協力してくれたおかげで、何とか最悪の事態は防ぐ事ができただけにすぎなかった。
 「マコト、あまり気を落とすな。幸い、子供達は無事だった。それなら、同じ失敗を繰り返さないようにすればいいんだ」
 親友の慰めに、新米司令が無言で頷き返す。
 「それより、彼らについてだが」
 「俺としては保安部へスカウトするべきだと思うぞ?保安部は護衛も任務の一つとしているが、戦闘経験が豊富という訳じゃない。戦自で鍛えられた連中なら、間違いなく保安部の新戦力になってくれる」
 「同感だ。マヤちゃん、保安部へ連絡を取って、彼らと協力して子供達の護衛をするように伝えてくれ。それとNERV司令として、今回の協力に感謝している、と」
 
2年A組―
 教室へ入った3人を迎えたのは、実に微妙な雰囲気だった。
 普段と全く変わらないのは、トウジ・ケンスケ・ヒカリの3人だけである。
 残りはどこか遠巻きに眺めている、といった感じであった。
 「3人とも大変やったな?」
 「全くだ。それより大丈夫だったか?外、すごい騒ぎだったろ」
 「大丈夫だよ。でも、朝からこんな騒動に巻き込まれるなんて思わなかったな」
 鞄を机に置きながら、会話するシンジ達3馬鹿トリオ。
 「しかし、随分嫌われたもんだね。こうなると笑うしかないな」
 「おまえら、何でシンジ達を嫌うんや!この前のテロの時だって、シンジとシンジの兄さん達がいなかったら、殺されとったかもしれんのやぞ!」
 「トウジ、もう良いって。あんな放送が流れたら、誰だってNERVを疑うよ」
 「せやかてなあ・・・」
 納得しきれないトウジの言葉に、シンジが仕方ないなあ、と苦笑いする。
 「ワシは納得できんのや。シンジ達は何も悪い事しておらんのに、何で責められんといかんのや」
 「不安なんだよ、きっと。僕達の存在は、不安のはけ口として一番都合が良かった。ただそれだけの事だよ」
 肩を竦めるシンジに、ケンスケがウンウンと頷く。
 「それより2人に相談というか、頼みたい事があるんだけど、耳を貸してよ」
 「なんや?」
 「アスカとレイの事だよ。レイは物静かだから、この事態によってたかって暴力をふるおうとする奴がいるかもしれない。レイ相手なら、何をしても大丈夫、と考えてね。アスカは強気だから、挑発されると逆に暴力をふるいかねない。そうならないように、それとなく見張っておいてほしいんだ。僕がいればそんな必要はないんだけど、常に一緒にいる訳じゃないからね」
 シンジの心配事が、あまりにも的を射ていたため、納得するしかできない2人である。
 「まあ、それぐらいなら任せときいや」
 「そうだな、それぐらい簡単だな」
 「確かに惣流が手を出したら、怪我人が続出」
 ガスン、という鈍い音。ドサッと音を立てて床に落ちる分厚い辞書。続いて静かに崩れ落ちるジャージ。ヒカリがアスカの腕を捕まえて必死に止めようとしていたが、どうやらその甲斐はなかったようである。
 「誰が何ですって?この馬鹿ジャージ!」
 「鈴原!」
 崩れ落ちたトウジを心配して、ヒカリが駆け寄る。その光景を眺めていたレイがポツリと呟く。
 「アスカは凶暴・・・」
 「誰が凶暴よ!」
 「今のあなたを見れば、誰もが頷くわ」
 レイの意見に、シンジは心の中で頷いていた。

火曜日―
 三咲町の遠野邸では全員揃って朝食を摂る習慣があるのだが、それは第3新東京市にきてからも続けられている習慣であった。
 同じ701号室の住人であるシンジ・琥珀・レイはもとより、隣の702号室で寝起きしているシエル・レオ・アスカも一緒に朝食を摂っている。
 その席で流れていたニュースが、その場を凍りつかせた。
 画面に映っていたのは、蒼銀の髪に、赤い瞳の少女―綾波レイ。
 『エヴァンゲリオンパイロット、綾波レイがNERVの実験によって生まれた、クローン人間であるという情報が入ってきました。人間のクローンは道義的見地から・・・』
 レイの素性を知る者は、NERV本部においても非常に少ない。ゲンドウ・冬月・リツコに加えてシンジの4人しかいない。そしてリタイヤしている2人を除けば、リツコとシンジしかいないのである。
 本当の所、レイはクローン人間とは言い難い。正確には碇ユイの遺伝子を基に、エヴァ初号機=第2使徒リリスの遺伝子を加えて生まれてきたハイブリッドなのである。それも積極的な実験を行った結果生まれてきたのではなく、碇ユイサルベージ計画の副産物として、偶然に生まれてきただけにすぎない。
 その点を考えれば、この情報は間違った情報なのだが、ある意味、性質が悪かった。
 レイが使徒と人類のハイブリッドであるという真実は、決して世界に知られてはならない情報である。その為、レイの遺伝子検査をNERV以外の公的機関で行い、クローン疑惑を払拭するという手段が選択不可能である点。
 もう一つは、クローンを行った(と誤解されているにすぎないのだが)NERVに対する風当たりの悪化である。レイの素性を晒せない以上、NERVには疑惑を払拭する事はできない。
 「レイ・・・」
 「アスカ、先に言っておくよ。レイはクローン人間じゃない」
 不安げなレイの手を、シンジがギュッと握る。少しは安心したのか、レイの表情が和らいだ。そんな2人を、琥珀とシエルが心配そうに見守る。
 「この際だから説明しておくよ。初号機の中に、僕のお母さんがいた事は、もう知っていると思う。それは母さんがテストパイロットとして初号機に乗り込んだ時に起きた事故が原因だった。そして母さんを取り戻すためのサルベージ計画が行われていたんだ」
 「サルベージ?それってシンジの時と同じ?」
 「そうだよ。でもサルベージは失敗。母さんは戻ってこなかった。代わりに初号機から出てきたのがレイなんだよ」
 必死でシンジにしがみつくレイ。その不安を少しでも和らげようと、シンジがレイの背中を優しくなでる。
 「遺伝子的に、レイは母さんと初号機の遺伝子が混じっている。つまり母さんと初号機の子供なんだよ。だからクローンじゃない。でも真実を表に出す訳にはいかないんだ。そんな事が知られてしまえば・・・」
 「間違いなく、レイちゃんはモルモットにされちゃいますね」
 琥珀の言葉に、シンジが頷く。
 「でも周りの人間は、そんな事、お構いなしだ。必ずレイに悪意を向けてくる。だから何としても、レイを守らなきゃいけないんだ」
 そこまで言うと、シンジはポケットから携帯電話を取り出した。そしてどこかへ電話をかけようとする。
 「何するつもりなの、シンジ?」
 「今回の件で、一番頼りにできる人に助けてもらうんだ。レイ、少しだけ我慢してね」

NERV発令所―
 「テレビ局め、良いように踊らされやがって・・・」
 発令所で苦々しげにニュースを睨みつけていたのは日向である。日向はレイの素性は知らないが、何か秘密があるのだという事ぐらいは察知していた。
 その秘密を知る者は決して多くない。彼が思いつく範囲であっても、片手に満たない。
 そして、今回の件で、もっとも痛手を負うのはNERVである。そこから情報提供元を推測する事は容易であった。
 SEELE。
 冬月の行動により、SEELEは完全に行動を止めている。少なくとも、議長であるキールを始めとしたメンバー全てが地下に潜伏し、完全に動向を秘匿していた。
 「だがどうする?レイちゃんをNERV以外の公的機関で検査を受けさせ、疑惑を払拭するという方法を取るか?」
 青葉の問いかけに、悩む日向。そこへリツコが口を挟む。
 「私は反対よ。信用のおける検査機関となれば、どこも国の直下にあたる。つまりSEELEの手が伸びる可能性があるということ。そんな危険に目を瞑る事はできないわ」
 レイの素性を知るリツコにしてみれば、レイを他者に検査させるなど決して看過できない事である。加えて、今のリツコはレイに対して、良い意味で感情移入するようになっていたのだから、反対するのは当然であった。
 悩んだ末に日向が決断を下す。
 「レイちゃんはどこにも検査させない。それを基本方針とする。同時に、今回の情報はSEELEによるNERVへの情報工作であるという見解を添付させる。貴重なパイロットのモチベーションを奪い去る事で、NERVの戦力を削ぐ事が目的だと強調させるんだ」

市立第1中学校―
 「おはよう」
 教室には、昨日にまして重々しい空気に満たされていた。
 レイが教室の中に入るなり、雑談がピタッと止んで、チラチラと視線が突き刺さり始める。
 同時に、まるで瞬間湯沸かし器のように感情を爆発させたアスカが怒鳴ろうとするより僅かに早く、バシッ!という音が轟いた。
 音を出したのはトウジ。その右手を、全力で黒板に叩きつけていたのである。
 痛みを笑顔の下に必死で隠しながら、当時はことさらに陽気に声をだした。
 「おはよーさん、綾波。朝から暗い顔するもんやないで」
 「そうよ!もっと笑わなきゃ!」
 「そうだな。笑ってくれていた方が、写真も売れるしな」
 トウジの気持ちを察したヒカリトとケンスケが、咄嗟に笑いかける。
 呆然としていたレイの背中を、シンジが軽く叩く。
 「さ、はいろう」
 コクンと頷くレイ。その顔に僅かに笑みが戻る。
 「それと、みんなに言っておくよ。朝のニュースはデマだから」
 シンジに突き刺さる視線。
 「レイは僕の本当の妹だ。だからクローンなんかじゃない」
 沈黙する教室。シンジの言葉を理解しようと、もしくは耳を疑った者が、お互いに顔を見合わせる。
 そんな中、ケンスケが当然の疑問を口にした。
 「それなら、なんで綾波とシンジは苗字が違うんだ?それに同じ学年で兄妹って・・・」
 「僕もレイも養子に入っているから、苗字が変わっているんだ。誕生日だけど、僕は6月6日、レイは3月30日、間に9カ月しかないけど、レイは早産―未熟児だったと聞いているよ。だから同じ学年でもおかしくはないんだ」
 虚実入り混じった情報だが、矛盾はない。加えてシンジとレイは顔の造りが非常に似ているので、兄妹と言われてしまうと、納得もしやすかった。
 少なくとも、レイ=クローン説よりはよっぽど信憑性が高く聞こえる。
 「嘘かどうかは、その内分る。お爺ちゃんが、近いうちにそれを証明してくれるからね」
 シンジの言葉に、級友達は納得せざるを得なかった。

その日の放課後―
 校舎裏で事件が起きていた。
 レイ=クローン説を信じ込んだ一部の生徒が暴走したのである。彼らの主張は、クローン人間は作られた存在。それならば何をしても問題ない、という物であった。
 彼らは、レイを校舎裏に呼び出して暴行を働こうとしたのである。
 すでにシンジからアスカとレイの事を頼まれていたトウジとケンスケが、すぐに異変に気づいた。
 現場に急行し、レイを守ろうと体を張る2人。だが最悪な事に、彼らは気付いていなかった。
 本当に怒らせてはならないのは、誰なのか?ということである。
 レイの危機に、シンジ・アスカ・ヒカリが遅れて駆け付けた。
 10人以上を相手に、たった2人でレイを守っていたトウジとケンスケはボロボロである。そして守られていたレイも、制服を破られ、上半身を晒していた。
 「おまえらああああ!」
 真横から襲いかかったシンジの一撃で、生徒が1人吹き飛ばされる。壁に叩きつけられずり落ちる生徒。その膝が不自然に折れ曲がっている。
 「遠野!てめえ、邪魔するのかよ!」
 「2年のくせして生意気なんだよ、てめえは!」
 彼らは知らなかった。先日起きたテロ事件の際、犯人を殺した者の中に、シンジが混じっていた事に。
 自分の頼みを守るために、友人はボロボロになった。特にケンスケは喧嘩が得意な訳ではない。にも拘らず、レイの為に彼は体を張っていた。
 その事にシンジは喜びを覚えると同時に、怒りの矛先を卑劣な生徒達に向けた。
 生徒達の中に飛び込んだシンジを、背後から攻撃しようとする者もいたが、それはシンジのカバーに入ったアスカが、絶妙な位置取りで邪魔をする。同時にハイキックを側頭部に受けて、彼はうめき声も上げられずに昏倒した。
 瞬く間に殲滅されていく生徒達。シンジはシエルの指導を、アスカは軍隊格闘術を学んでいるのだから、当然の結果であった。
 他の生徒が異変に気付き、教師が駆け付けた時には、現場は凄惨の一言につきた。
 四肢の関節を完全に破壊された生徒が6人、昏倒している生徒が4人に加えて、トウジとケンスケは全身打撲、レイは上半身がほとんど裸の状態である。特にシンジに攻撃された生徒達は、緊急入院どころか緊急手術が必要なほどに痛めつけられていた。
 もはや当事者に何があったのかなど、聞くまでもない。
 だが駆け付けた教師は救急車の手配をすると同時に、教師として対応せざるを得なかった。
 つまり『どうしてこんな事になったのか?』である。
 そう問われたシンジの返答は、とてつもなく簡潔だった。
 『強姦魔を殺して、何か悪いんですか?』
 明らかに普段のシンジからは想像もできない、冷酷な口調で断定する。彼らは知らなかったが、カヲルを殺して以来、シンジの精神に積り続けたストレスが、レイへの暴行事件を切っ掛けとして、表に噴き出していたのである。
 そんなシンジに、レイが静かに歩み寄る。
 「お兄ちゃん、落ち着いて。私は大丈夫だから、鈴原君と相田君が守ってくれたから!」
 「シンジ、レイは無事なんだから落ち着いて!これ以上暴れると、レイが泣くわよ!」
 2人の少女の呼びかけを無視するなど、少年にできる筈もない。
 やがて落ち着いたシンジは、レイの無事を確認すると、レイを守るために体を張った2人の友人に、何度も感謝の言葉を言い続けていた。

 その後、生徒の親が『うちの息子は暴力など振るわない。息子に暴行を働いた、遠野シンジという少年こそ、許すわけにはいかない。刑事訴追をさせてもらう』と学校に乗り込んできた。それに対して、シンジに『お好きなように。せめて子供のいう事ぐらい、本当か嘘かしっかり見極めれば良かった、と後悔しなければいいですね』と返され、憤慨しながら帰る事になる。
 まさか翌日に、そのセリフを思い出す事になるとは、思いもよらずに。

水曜日―
 いつものように、朝食を摂る遠野家。そこに置かれたテレビが、新しいニュースを流していた。
 『エヴァンゲリオンパイロット、遠野シンジに黒い過去。性格破綻者に人類の切り札を任せても良いのか?』
 続いて流れたのがシンジの過去である。その中には、幼いシンジが10才まで性的虐待の対象にされていた事。それに怒りを持ち、大人に不信感を抱いていることなどが、当然の如く列挙されていた。
 もっともらしい説明をしながら、シンジをエヴァに乗せる事への危険性を訴える者達はのきなみ政府御用達の有識者や、政権与党の関係者であった。中にはシンジの名前を嫌悪感を滲ませながら発言する者すらいた。裏で誰が糸を引いているのか等、もはや火を見るよりも明らかである。
 これに激怒したのは、シンジではなかった。シンジはサルベージの際に、アスカとレイのおかげで、この傷を克服しているからである。彼にしてみれば、いまさら何を、という感じであった。
 むしろ怒り狂ったのは、シエルとアスカであった。その場に立ち上がると同時に、激しくテーブルに拳を叩きつける。その怒りの大きさに、一生懸命小さな口を動かしていたレオが、ビクッと恐怖で身を竦ませる。
 琥珀とレイは、怒りこそ顔に出していなかったが、内心ではしたり顔をしている、ニュースのコメンテイターに殺気を飛ばしまくっている。
 「ごちそうさま。それじゃあ、学校行ってくるよ」
 「シンジ君!今日は学校は休みなさい!今、行ったら!」
 「別に僕はもう気にしてないよ。昔ならともかく、今は違う。アスカもレイも、ありのままの僕を認めてくれた。汚れていても、恥じることなく生きていけばいいと教えてくれた。だから、僕にとっては、過去の出来事にすぎない。どうでもいいことなんだよ」
 シンジの開き直りように、唖然とする女性陣。いくらなんでも開き直りすぎではないだろうか?と逆に不安さえ覚えるほどである。
 「でもね。この人達、きっと後悔するよ?僕の過去は、誤魔化しが利くものじゃない。その結果、怒らせてはいけない人を怒らせた事に、後になって気付くと思うよ?」
 シンジの思わせぶりな口調に、琥珀とシエルが大きなため息をつく。
 「確かにそうですね」
 「鬼を怒らせたんです。全世界が戦慄しますよ」
 レイとアスカは、互いの顔を見合せながら、キョトンとしていた。

市立第1中学校―
 どこか気まずそうな雰囲気の保安部職員(元・戦自隊員)の護衛に送られて、登校したシンジ達を待っていたのは、もはや重苦しいという表現すら生温いほどの空気であった。
 レイの時はトウジが必死になって空気を盛り上げたが、そのトウジをもってしても、雰囲気を盛り上げる事が出来ないほどである。
 何よりも異質なのは、当事者であるシンジであった。包帯で両目を隠している為、その表情ははっきりと判別できない。だが家を出て、群衆やマスコミの無遠慮な質問を投げかけられながら登校し、教室に入って席へ着くに至るまで、機嫌良さそうな雰囲気を漂わせていたのである。
 あまりにも場違いなシンジの態度に、あれはデマだったのか、と納得し始める生徒達。そんな中を、ケンスケがシンジに近づいた。
 「遠野、随分、機嫌が良いみたいだな。やっぱり、あれはデマだったみたいだな?」
 「デマ?ああ、僕が性的虐待受けてたっていうニュースの事?」
 あっけらかんと返したシンジの態度に、内心でホッと安心するケンスケ。級友達も同じような感じであった。次の瞬間まで。
 「それ、本当の事だよ。3歳から10歳まで、そういう目に遭ってたから」
 ピシッと固まる教室の空気。
 シンジには何か考えがあるのだろうと信じる、アスカやレイですら、内心の動揺を抑えきれないでいた。
 「ホント、楽しみだね。僕の将来を案じて隠しておいた事実を、公然にしちゃったんだから。あの人達、お昼すぎたら地獄に叩き落とされてるだろうね」
 シンジの不吉極まりない予言に、級友たちは改めて、シンジを敵に回す事の危険性を再確認していた。

その日の正午―
 気まずい雰囲気の授業が終わり、お昼休みが始まる。
 そこへ教室のテレビが、緊急ニュース番組を流しだした。
 「初めまして。私は先日、NERV総司令に就任した、日向という者です。本日、会見という形で御時間を取らせて頂いた事に対して、まずはお礼を言わせていただきます。本日NERVは、エヴァンゲリオンパイロット、綾波レイと遠野シンジに纏わる、ある種の噂についての説明を行う為に、会見を開かせて頂きました」
 日向のセリフを、シンジがクスクス笑いながら聞いている。
 「まず、この場に同席している、2人の人物について紹介させて頂きます」
 カメラが移動し、日向の隣に座る、2人の人間を映す。
 1人は赤い着物姿の、若々しい女性。もう一人はスーツ姿の初老の老人であった。
 その姿を見た瞬間、トウジが叫んだ。
 「あ、あの姉ちゃん!俺達が避難遅れた時に、助けてくれた、赤い髪の人やんけ!」
 「髪の毛の色が違ってるけど、間違いなくあの人だな」
 「きっと染めていたんじゃないかしら?」
 トウジ、ヒカリ、ケンスケの会話に、クラスメート達も頷きあう。
 「私は遠野グループ会長、遠野秋葉と申します」
 子供たちの視線が、一斉に特定の人物に向けられる。
 「遠野?まさかお前、遠野グループの人間だったのか!?」
 「うん。あの人、僕のお姉ちゃんだよ」
 アスカとレイが、黙って頷く。
 子供達も、今からとんでもない事が始まるという予感を感じ始めた。
 テレビの中は、子供達の戸惑いを余所に、もう1人の紹介に移っている。
 「儂は京都に本拠地を置く、碇グループ会長、碇源一郎という者だ」
 重々しい口調は、聞く者に畏怖を与えるほどである。何より、遠野と碇の力を合わせれば、日本経済の4割を占めるに至る。それほどまでに、遠野と碇の名前は大きかった。
 「まずは綾波レイのクローン疑惑についてです。碇会長、説明をお願いします」
 日向の言葉に、源一郎がウムと頷く。
 「儂には1人娘がいた。今から10年前に不慮の事故で命を落とした愛娘がな。名は碇ユイ。NERVの初代司令、旧姓・六分儀ゲンドウと結婚した娘だ。娘は2人の子供を生んでいる。男の子と女の子を1人ずつだ。つまり、将来碇グループを継ぐ事になる、儂の直系の孫という事になる」
 視線がテレビ画面に集中する。誰も無駄話一つしない。
 「女の子の名前は『レイ』。この写真に写っている子供がそうだ」
 源一郎が取りだした写真は、若々しい白衣姿のユイが、蒼銀の髪の毛に赤い瞳の女の子を抱き抱えて笑っている写真である。
 実のところ、この写真はMAGIを使って作成した偽造写真であった。源一郎の所に残されていたユイの写真と、幼いレイを撮った写真を合成させたものである。それをNERVではなく源一郎経由で公開させる事で、信憑性に箔をつけようとしたのであった。同時に、源一郎もシンジ経由でレイの素姓を知らされており、レイを実の孫として認めたのである。
 「これが証拠だ。レイはある理由の為に、綾波という家に養子入りした。以来、この子は綾波レイと名乗っている。だが間違いなく、レイの体には碇の血が流れている」
 レイに集まる視線。クラスどころか、学校随一の無口な少女が、碇グループの後継の1人なのだと言われれば、驚いて当たり前である。
 加えて、その内の何人かは、昨日のシンジのセリフを思い出していた。『レイは僕の本当の妹だ』。それが意味する事に気付き、シンジにも視線が集まる。だがシンジは、そんな視線に気をかけることなく、楽しそうに番組に聞き入っていた。
 「そのレイを、クローンと誤解する者がいる。それだけなら、まだいいだろう。儂が許せないのは、レイをクローンだから何をしても良いという判断でレイプしようとした者が存在した事だ。幸い、心ある級友のおかげで難は逃れたそうだが、儂は孫に手を出されて笑っていられるほど、温厚ではない。後日、然るべき対応を取らせて貰う」
 碇グループ会長の事実上の報復宣言に、本気でビビったのはレイに暴行しようとした生徒の親であった。この放送の後、慌ててシンジとレイに謝罪しようとしたが、当然、受け入れられる筈もなく、彼らは怯えて過ごす事になる。
 「碇会長。綾波レイの素姓について説明をして下さり、ありがとうございます。恥ずかしながら、我々NERVは冬月・元副司令の会見による不信から、いまだ抜け出せていないのが実情です。今回、我々の実力不足を補う為に、御足労頂いた事に対して、改めてお礼を言わせて頂きます」
 立ち上がって感謝の言葉を述べる日向に、源一郎が笑いながら握手を求める。それに応じた後、日向は再度、マイクを手に取った。
 「では、もう1人のチルドレン、遠野シンジの性的虐待疑惑についてです。遠野会長、申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
 「構いません。可愛い弟の為ですから、きっちりと説明させて頂きます」
 のっけから敵意丸出しの秋葉のセリフに、間違いなく視聴者は背筋に寒気を感じたはずである。
 「まず最初に言いますが、弟が性的虐待の被害者であったのは事実です」
 会見の場にいた記者達が、驚いたように顔を見合わせ、疑問を投げかける。だがそれを無視して、秋葉は言葉を続けた。
 「私がこの場にいるのは、弟の将来を奪った馬鹿どもを断罪するためです。虐待に耐えかねて、第2新東京市から三咲町まで逃げてきた、当時10歳のシンジを保護したのは、私の夫です。そして虐待の事実を、シンジの体に残された傷跡から察した私は、シンジの素姓について調べました」
 シーンと静まりかえる記者達。
 「弟、シンジの本名は、碇シンジ。隣に座っておられる、碇源一郎会長の1人娘、碇ユイ博士の生んだ2人の子供。その内の男の子のほうでした」
 秋葉の爆弾発言に、シンジへ再び視線が集まる。
 「今から10年以上前、当時3歳のシンジは、ユイ博士が亡くなった後、第2新東京市に住む、父親の知人に預けられました。そしてある理由によって、碇会長はシンジとの連絡手段を奪われていました。それから7年という時間を経て、私達の弟となりました。その際、私達はシンジの心の傷を考慮し、具体的な虐待の内容については、日本政府側と話し合い、シンジの将来を守るために、非公開処分としたのです」
 「儂からも補足させてもらう。シンジが遠野家に引き取られた頃、儂は危篤状態に陥っていた。儂が生活能力を取り戻し、シンジの存在を遠野会長から知らされたのは、半年が経過してからだった。孫を守ってくれた遠野会長御夫妻と、その御家族の方々には、いくら感謝しても感謝しきれません。本当にありがとうございます」
 頭を下げる源一郎に、秋葉が笑顔で返す。だがその顔は、すぐに真剣な物へと変わる。
 「問題なのは、非公開とされたシンジの過去が、現在、表に出てきている事実です。今回、未成年であり被害者である弟・シンジの過去を面白半分に放映したマスコミ各社、批評家やコメンテイター、政治家を自称する、愚か極まりない有識者達全てに対して、遠野グループと碇グループは、連名で報復行動に出ます。具体的には資金援助の永久停止と1週間以内の全額返還。および各種コマーシャル契約の破棄。加えて被害者であるシンジに対する、精神的慰謝料の請求です。私達2人は、今回の件にあたって、誰が、どのような立場で、どのような発言をしたのか?その全ての番組を調査し、リストアップしております。もはや逃げ道は断たれた物と覚悟しておきなさい」
 秋葉の怒りの大きさが、視聴者全てに伝わる内容に、会見の場に居合わせた記者達も、何も言う事が出来ない。
 「それからもう一つ。シンジの秘密を漏らしたのは、日本政府に繋がりをもち、その秘密を知っていたSEELEです。今回、彼らに良いように踊らされたマスコミ関係者や有識者の方には、警察関係者や弁護士と相談の上で、人類の集団自殺を目論んだSEELEに手を貸した、テロリストとしても訴追させて頂きます。私達2人を敵に回して、大手を振って歩けると思ったら大間違いです、塀の向こうで、一生、後悔し続けなさい!」
 ベキッとマイクを握り潰す秋葉。小さな火花が秋葉の手元でバチバチと迸り、記者達が揃って一歩後ずさる。
 そんな恐怖が支配する空間に、柔らかな日向の言葉が響いた。
 「遠野会長。秘密にすべき事実を口にして下さり、感謝に堪えません。本当にありがとうございます。最後に、もう1人いるエヴァンゲリオンパイロット、惣流=アスカ=ラングレーについても、改めて警告をしておきます。碇会長、お願いします」
 「先程も説明したが、儂にはユイという娘がいた。そしてユイには親友がいた。名を惣流=キョウコ=ツェペリン。科学者としてはユイのライバルであり、10年前にはユイとともに東方の三賢者と呼ばれたほどの科学者であった。彼女こそ、件のアスカ嬢の実の母親である」
 突然、自分の名前を出されたアスカがキョトンとする。不安気にシンジを見るが、彼もまた何も聞いていなかったのか、呆然とする有様であった。
 「ユイとキョウコ博士は、プライベートにおいては親友といえる間柄。そのせいか、お互いに男の子と女の子が産まれたら結婚させようと約束していた。そしてユイにはシンジとレイが、キョウコ博士にはアスカ嬢が産まれた。そして2人は約束通り、シンジとアスカを許嫁にした」
 どよめく2年A組。アスカはユイに知らされていたが、シンジにとっては寝耳に水の事態である。完全に意表を突かれていた。
 「所詮は親が決めた事。その親もいない今、その約束を知らされていたのは、ユイから話を聞いていた儂だけだった。本当なら話すつもりは無かったが、この話を利用し、アスカ嬢をシンジの婚約者とすれば、孫の婚約者を守るという名目で、彼女を碇と遠野、両グループで保護する大義名分ができる」
 「そ、それはいくらなんでも本人の意思を無視しているのでは?」
 記者の1人が恐る恐る口に出す。だが源一郎は豪快に笑った。
 「問題は無い。こちらの遠野会長のもとに、シンジから手紙が来ておったそうだ」
 ゲッと呻き声をあげるシンジ。心当たりに気付いたアスカが慌てて立ち上がる。
 「ちょっと!シンジ!」
 「ま、まさか、こう来るとは・・・」
 珍しく頭を抱え込んだシンジの胸倉をつかみ、ガクガクと揺さぶるアスカ。その顔は羞恥心で赤く染まっている。
 「すでに2人は互いに好意を抱き、口づけを交わすぐらいの仲だそうだ。それならば14歳という若さではあるが、婚約者として扱っても問題は無いだろう。互いに支えあう理想的なパートナーだという報告も来ている。実の祖父として、孫の嫁に相応しい少女だと思った。儂は前向きに受け止めさせてもらう」
 「私も同様です。弟の過去を知りながら、彼女は弟を必死で支えてくれました。姉として、弟を任せるに足る少女であると思います。私もまた、碇会長に賛成します」
 レイとシンジの疑惑解消の為に始まった会見は、何故か、当事者を抜きにした、突然の婚約発表劇に姿を変えて終了を告げた。
 その余波は、テレビ画面を通じて2年A組にまで及んでいる。
 「シンジ!アンタがあんな手紙送っちゃうからよ!どうしてくれんのよ!」
 「そんな事言うのか!そもそも、力任せに僕を押し倒したのはアスカじゃないか!」
 「うるさいうるさいうるさーい!そんな事忘れたわよ!」
 「僕の始めてを奪っておいて逃げる気かよ!」
 「それはアタシのセリフだあああああ!」
 教室の後ろで始まったドタバタコメディに、誰一人として声をかけられない。
 「・・・よう、お似合いやと思うんやがな」
 「そうね。あの2人、似た者同士だわ・・・遠野君が女の子のセリフを口にしている点が、とっても不思議だけど」
 「つまり、惣流の方からアタックしていたということか」
 頷き合うトウジ・ヒカリ・ケンスケ。級友達も、黙って頷くしかない。
 「・・・アスカ、お兄ちゃんが相手では嫌なの?」
 ピタッと止まるドタバタコメディ。紅茶色の嵐が、椅子を振り上げたままの状態で、首だけレイに向けていた。
 ちなみにその顔は、ゆでダコのように鮮やかな赤色に染まっている。
 「教えて。アスカはお兄ちゃんが嫌いなの?」
 「レイ?あ、あのね・・・」
 「アスカはお兄ちゃんが嫌いなのね・・・お兄ちゃん、可哀そう」
 席を立ち、シンジにレイが近付いていく。
 「お兄ちゃん、アスカはお兄ちゃんの事、嫌いみたいなの。でも私が傍にいるから」
 ポッと頬を染めるレイ。同時にアスカが爆発する。
 「これはアタシのだあああああああああああああ!」
 シンジの頭を両腕でガッチリとホールドするアスカ。顔面を胸に挟まれ―というか押しつけられ、頬を赤らめるシンジ。
『絶対にシンジは渡さない』という強い意思表示をするアスカを、レイがジッと見つめる。
 「無理はしなくていいの」
 「無理してない!アタシはシンジが好きなの!」
 「嘘。我慢しなくてもいいの」
 「してないって言ってるでしょ!」
 「そう。なら証拠を見せて」
 そこで初めて、周囲から注がれる視線に気がつくアスカ。教室内は元より、周りのクラスからも、野次馬が殺到していた。
 「・・・え・・・あ・・・う・・・そ・・・その・・・」
 パニックに陥るアスカ。やっと自分の発言に気づいたらしい。
 そんなアスカの両腕をシンジがそっと外す。そのまま顔の包帯を外し始めた。
 呆然とするアスカ。そんなアスカに、両目を晒したシンジが問いかける。
 「僕の恋人になってよ、アスカ。世界中の誰よりも、君が好きなんだ。受け入れてくれるなら、目を閉じて」
 「・・・馬鹿・・・」
 目を閉じるアスカ。
 数秒の後、歓声が沸き起こった。



To be continued...
(2010.11.13 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回はSEELE戦前編と言う事で、オリジナルにしてみました。
 最初の暴徒化した民衆に対しては、シンジをNERVまで送った戦自の隊員が、約束を守る為に仲間を募って助けに入ります。
 レイへの暴行については『トウジとケンスケが体を張る』という方法で守ります。
 シンジの過去については、シンジを育ててきた秋葉が怒りの余り暴走w秋葉はもう大人なのですが、感情の赴くままに突っ走っています。やはり秋葉は激情家でなければ、秋葉とは言えませんねw
 一番書いてて面白かったのが、暴走秋葉なのは敢えて言うまでもないでしょうw書いてて楽しかったです。
 話は変わりますが、遂に次回で最終話となります。
 SEELEとの最終決戦に向けて、準備に余念のないNERV。しかし複数の量産型に対してNERVが出撃できるのはアスカの乗る弐号機のみ。その戦力差をひっくり返す切り札として、リツコは弐号機専用N型装備を開発させます。同時に、シンジはレイとともに『修行』と称してセントラルドグマへ籠ります。
 そして末弟を救うべく、遠野家メンバーも参戦。ついにSEELEとの最終決戦の火蓋が切って落とされる、そんな感じの話になります。
 ラストまであと1話。もう少しだけお付き合いください。
 それでは、また次回もよろしくお願いいたします。



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