第二十章
presented by 紫雲様
時間は少し遡り、タブリス撃破後の事―
最後の使者こと渚カヲルを撃破したシンジは、発令所へ報告に来ていた。
「間違いないのかい?最後の使徒だというのは」
「はい。本人が認めていました。嘘も吐いていませんでしたし、信用して良いと思います」
考え込む日向。隣にいるリツコは死海文書の内容に目を通しており、17番目の使徒が最後の使者であることを知っていたので、シンジの言葉を素直に受け止めていた。
「問題なのは、これからです。今回、量産型エヴァが1機で襲撃してきました。それも使徒の出現にタイミングを合わせてです。日向さんは、これをどう捉えますか?」
「そうだな・・・量産型は囮。本命は使徒の本部への直接侵入だと推測する」
「はい。僕も最初はそう思いました。でもおかしいとは思いませんか?何故、エヴァは1機だけで来たんでしょうか。だって、量産型なんですよ?」
「・・・量産型という以上、複数の機体が存在するのは確実。弐号機を破壊するにしろ生け捕りにするにしろ、同時に複数で攻撃されれば、こちらの不利になる。にも拘らず、単体で攻撃をしかけてきた・・・偵察か!」
日向の答えに、シンジも頷く。
「恐らく、連中は対エヴァ戦のデータを手に入れ、それを元にした機体の改良・戦術の再構築を行ってくると思います。つまり、このまま何もしないでいると、非常に高い確率で、弐号機は撃破されかねません」
「そうだな。いくら弐号機が強かったとしても、データが丸裸になれば、いくらでも対策を立てられる。そうならない為には、こちらも量産型に対抗する案を講じる必要があるな」
「司令、対策を立てるのは構いませんが、こちらにあるのは量産型の基本データだけです。これから襲来してくるであろう、改造された量産型のデータは手元にありません」
普段から上下関係に厳しいリツコらしく、少し前まで自分よりも下の階級だった日向に敬語を使う。そんな言葉使いをリツコさんらしいなあと思いながら、シンジが言葉を挟んだ。
「それこそリツコさんの出番ですよ。まず聞きたいんですが、リツコさんの事ですから、量産型のデータは、かなり集まっているんじゃないんですか?」
「まあね。戦闘中の収集データや、回収された素体からも、できる限り情報を集めたけど、正直、肩すかしね。全部、こちらから提供した情報の流用ばかり。何も目新しい点は無かったわ」
「つまり、SEELEの技術レベルは、NERVと同等か、もしくはそれ以下、という事ですね?なにせ、既存の技術を流用するだけで、改善すらしてないんですから」
シンジの言葉に、日向がハッと顔を上げた。
「そうか!もし連中が対弐号機用に量産型を改造してくるとすれば、それはNERVで同じ事を考えた場合と、大差ない、そういう事だな?」
「はい。まずはリツコさんに対弐号機用を想定した、改造された量産型を考えてもらいます。次に、その内容を基に、対改造量産型用弐号機の改造プランを作ってもらうんです」
普通ならウンザリするようなプランだが、リツコは違った。キランッと目を輝かせ始める。
「いいの?私がそれをやったら、趣味に走るわよ?」
「量産型の改造技術が高いほど、結果的に弐号機への改造技術も高くなります。それを考えれば、何も問題は無いと思います。それに、リツコさん以上に、エヴァの事を技術的に知っている科学者は、世界中を捜しても、存在しないでしょう?」
「面白いわね。いいわ。2日で弐号機用改造プランを作ってあげる。実際の弐号機の改造に4日と考えて、来週にはロールアウト可能よ!」
白衣をはためかせながら研究室へ戻っていくリツコの後ろ姿に、頼もしさを覚えると同時に、寒気も覚えたシンジと日向であった。
シンジとレイの素姓が明らかになってから3日後―
「ねえ、リツコ。来たわよ?」
技術部部長室のドアを開けて入ってきたのは、新しい保安部職員に護衛されながら、学校から本部へと直行したアスカである。戦自離脱組のメンバーを、日向がNERV司令名義での特別権限を発動させ、保安部所属としたおかげで、チルドレンの護衛は非常に強固な物へと変化していた。
ちなみに今まで保安部は本部護衛と第3新東京市の監視を仕事とする1課と、チルドレンの護衛を仕事とする2課しか存在していなかったのだが、離脱組の吸収により、急増ではあるが5課まで規模が増えている。
役割的には、1課と2課がチルドレンの護衛。3課が本部の護衛。4課と5課が第3新東京市全体の監視役というように分かれていた。そのおかげで警備面も非常に改善され、結果として不安の無くなったチルドレン達の精神安定に繋がっている。
「早かったわね。アスカ、そこに座ってちょうだい」
リツコの指示に従い、パソコンのモニターの前に座る。そこに映し出されたCGに、アスカが食い入るように見入る。
「それは私が作った仮想敵。対弐号機用量産型エヴァンゲリオン。つまり弐号機を倒すためだけに特化改造された量産型よ」
「そんな情報、良く手に入ったわね」
「全部、私の想像よ。もし私だったら、こう改造する、ってところ」
目の前に置かれたコーヒーに手をつけることなく、アスカが不信そうな眼差しを向ける。
「あら、確率的には高いわよ。日向司令と青葉部長が、MAGIを使って徹底的に世界中の資材―エヴァの改造に使われる希少物資の流れを調査してくれたの。その物資の量から推測される改造案と、私だったらこう改造するというプランをMAGIで更に比較。その上で、もっとも有効な改造案を抽出してみたのよ」
「ふうん。で、アタシを呼んだのは、これを見せたかったから?」
「そちらは副産物よ。本命は・・・これよ」
リツコの操作に従い、新たに表示されるCG。それは弐号機である。
「・・・今までの弐号機と、大差ないわね?」
「いいえ。ぜんぜん違うわ。はっきり言っておくわね。この弐号機、零距離戦に限定するなら、初号機を上回るわよ?」
リツコの言葉に、アスカが両目を大きく開ける。間違いなく最高火力を誇っていた初号機を、零距離戦だけに限定しているとはいえ、スペック的に上回っていると言われれば、驚くのは当然であった。
「アスカ。時間があるなら、今すぐシュミレーションルームへ向かって頂戴。すぐに新しい弐号機―N型弐号機のテストを行うわよ」
「分かった、すぐに向かうわ!」
走り出すアスカ。だが廊下に出ようとしたところで、クルッと振り返る。
「ところで、N型って何の略称なの?」
「ナイトメア、よ。SEELEの馬鹿どもに、とびっきりの悪夢を見せつけてあげなさい」
同時刻、ヘブンズゲート内部―
磔にされた第2使徒リリスが存在する地下の空間。そこにレイとシンジは来ていた。
本来、シンジはここに来る権限など無いのだが、特例と言う事で期間限定で、ここへ来る事を許されている。
2人がここにいる理由は2つ。1つはエヴァを失った彼らが、新たに戦う手段を模索する為であったのだが、こればかりは場所を選んでしまう。結局人目がなく、なおかつ広い空間という事で、ここが選ばれたのであった。
初号機を失ってから、シンジは新しい力を求めてきた。双頭の蛇による学校占拠事件、零号機の自爆、カヲルとの直接戦闘を経てきたシンジ。加えて、レイの協力を得たシンジは、ついに切り札たりえる力の開発に成功していたのである。
そしてもう1つが、冬月がシンジ宛てに遺していた遺言を果たす為であった。冬月の一件の後、ヴァチカンを通じて送られてきた一通の封筒。その中に託された遺言を、シンジはやっと果たす事ができたのである。
全てを成し遂げたシンジは、激しい頭痛と、全身に極度の疲労を感じながら、荒い息を吐いていた。その足元には、砕け散った硬化ベークライトの破片が飛び散っている。
「お兄ちゃん、さすがに休んだ方が・・・」
「・・・大丈夫だよ。あれを殺す時に、魔眼で見ちゃったせいで、脳がパニックを起こしかけているだけだから。少し休めば落ち着くよ」
冬月から託された遺言。それはターミナルドグマの一室に安置されていた、第1使徒アダムの処理である。
弐号機が改造中の為、アスカの力を借りるのは不可能。そこでシンジは現在、試行錯誤中の『力』を利用する事で、アダムを滅ぼそうとしたのである。
結果は成功。力の大半を失っているアダムは、自身を守る為のATフィールドを張る事すらできず、シンジの『力』の前に木っ端微塵に粉砕されていた。
「でも」
「いや、まだ大丈夫だよ。それより、やっとコツを掴めたんだ。今は少しでも慣れないと」
「だめよ。無理をし過ぎ。少しでいいから体を休めて」
いつになく強い言い分のレイに、シンジが折れる。その場に座り込むと、瞬く間に、その口から静かな寝息がこぼれ出した。
「・・・私も頑張るから、ね・・・」
シンジの肩にもたれかかる様に、レイもまた寝息を立て始めた。
翌日NERV発令所―
来るべきSEELEとの決戦の日に向けて、日向を中心とした発令所のメンバーは、連日の会議に余念がなかった。
冬月の護衛から外れて帰ってきた加持新副司令と、保安部部長という形で復帰を果たしたミサト。加えて冬月とヴァチカンとの橋渡しを担当したシエルが合流していた。
今、彼らが練っているのは量産型の迎撃案だが、弐号機しかないNERVと比較すると、あまりにも戦力差がありすぎる。たとえ兵装ビルの支援攻撃を含めたとしても、絶望的なまでの差であった。
だが誰も、その事を口に出したりはしない。この場にいる誰もが知っている。
今もシュミレーションルームに籠って、リツコと顔を合わせながら弐号機のテストに勤しむアスカ。
『修行』と称して、セントラルドグマに籠るシンジとレイ。
諦めを見せない子供達の行動は、確かに大人達に希望の灯でもあった。
彼らが練るのは迎撃案だけではない。
―万が一、本部に地上戦力が侵入をしてきた場合の対応。
―地上に住む、住民達の避難誘導計画。
―政治的に混乱の真っただ中に放り出されている、各国政府筋との交渉。
彼らは連日、死に物狂いになっていた。
そんなある日、日向のもとに1本の電話がはいった。
「はい・・・先日は大変、お世話になりました・・・は?し、しかし・・・はい・・・分かりました。では御来訪をお待ちしております」
電話を切ると、すぐに呼び出しをかける。やってきたのはシエルであった。
「シエル二尉、先程、シンジ君の御家族から電話があったのですが」
「はい、その件ですね。あの方達も、相当、腹に据えかねているようで・・・」
「いや、だからと言って、戦場となるここに招く訳にはいかないでしょう?」
「大丈夫ですよ。2人とも、この私と互角に渡り合う実力者です。敵がエヴァでない限り、負けはありません」
シエルの言葉に、黙りこむ日向。彼は、かつて見ている。最強の使徒ゼルエルを、シエルが己の体一つで足止めしていた光景を。
そんなシエルに『私と互角』とまで言わしめる2人。戦力になるのであれば、少しでも人材は欲しいというのがNERVの偽らざる本音である。
だから彼は決断した。受話器を取り上げ、秘書に連絡を入れる。
「今から2時間後にお客様が見えられる。第1応接室に準備をしておいてくれ。お客様の名前は、遠野グループ会長御夫妻だ」
NERV司令と遠野グループ会長のトップ会談は、約2時間に渡って行われる事になる。そして遠野家のSEELE戦への参加が決められた。
そして運命の日―
「・・・誰か先輩を呼んで!MAGIがハッキングされてます!」
「ハッキング逆探知はいります!」
マヤの叫びに、発令所に緊張が走る。
青葉が即座に逆探知を開始。同時に手の空いていた日向が、代わりにリツコへ連絡する。
「ハッキング元はMAGIレプリカです!松代、アメリカ、ドイツ、フランス、ロシア、中国の6カ所からの同時ハッキングです!」
「馬鹿な!他の支部、全てが敵に回っただと!?」
支部の裏切りという事実に、怒声を上げる日向。だが事実は、随時、悪化していく。
「何故だ!何故、そこまでSEELEに与するんだ!」
各国政府や防衛プランの検討に忙しい日向は気付かなくても仕方なかったのだが、この時すでに、各支部は全滅していたのである。正確に表現するなら、朝にはSEELEの部隊によって、各支部は全て支配下に組み込まれていたのであった。方法としては、各支部に存在するMAGIを、予め仕掛けてあった緊急パスコードで支配下に置き、その事実に気付かれる前に、ジャミングを仕掛けつつ武力制圧するという方法である。
SEELEのメンバーは権力者集団であった。彼らは性格的に用心深いタイプであり、常に万が一を想定した保険をかけている。それはNERV各支部のレプリカMAGIを強制的に支配下に置く緊急パスコードの存在からも明らかであった。もともとは自分達に反旗を翻した時の制裁用として設定してあったパスコードだが、彼らはそれを各支部制圧の突破口として使用したのである。
もし本部に仕掛けてあれば、間違いなく本部は陥落していた。そうならなかったのは、ゲヒルンからNERVへ変わったばかりの頃、司令となったゲンドウがいずれSEELEに反旗を翻す事を想定し、リツコにそれを無力化させていたからである。
ゲンドウの野望が、偶然にも本部陥落を防いだ結果になった訳だが、それを知る者はリツコ一人であった。
レプリカMAGIを瞬時に抑えられた各支部は、警備の要となる目と耳を失い、迎撃が不可能な状況に陥った。もともと奇襲攻撃というハンデがある上に、SEELEの部隊は、人殺しに慣れた、本物の戦争集団である。
本部の対人防御能力の低さは戦自離脱組の加入によって補われていたが、各支部まで補われた訳ではない。加えて、SEELEが各支部を制圧できるほどの余力を持ち合わせているとは、誰も想像していなかったというNERVサイドの油断もあった。
各支部の中には、当然、異変に気付いた職員もいたが、外部への連絡ができなければ、全く意味がない。有線での連絡は、かならずレプリカMAGIを通さなければならず、そのMAGIがSEELEの支配下にあっては、連絡など不可能である。
携帯等で無線連絡を取ろうとした者もいたが、それは襲撃部隊の仕掛けたジャミングの前に不通となっていた。
特にSEELEが狡猾だったのは、制圧したタイミングであった。本部へ襲撃を仕掛ける数時間前の、まだ暗い内に制圧する事で、本部に気付かれる可能性を極力減らしていたのである。
このようなSEELEの作戦全てを見抜くなど、幾らなんでも無理がありすぎるのだが、事実を知らない日向にしてみれば、自分の油断が招いた危機としか思えなかった。
「遅れました!すぐに入ります!」
発令所に駆け込んできたリツコが、MAGIを取り返そうとコンソールに飛びつく。だがその顔色は、決して明るいものではない。
キーボードの上で激しく指を踊らせながら、リツコが叫ぶ。
「司令!このままでは2時間後には制圧されます!」
「クッ・・・分かった!できる限り時間を稼いだ後、666プロテクトの使用に入ってくれ!」
「はい!」
6対1という戦力差は、MAGIを熟知したリツコといえども、容易に引っくりかえせる物ではない。土俵際で耐えるのが限界であった。
そこへ加持とミサトが、慌てて発令所へ飛び込んできた。
「司令、たった今、第2新東京市―松代に所属不明の地上部隊が現れたそうだ。現在、こちらへ向かって進行中。今から1時間後には到着するそうだ」
「・・・分かりました!全職員に通達!これより、NERVは第3種戦闘態勢にはいる!敵はSEELEの地上戦力!非戦闘員は10分以内に本部施設より退避!保安部・作戦部・監査部職員は、対テロ用装備を着用!迎撃戦の準備を15分以内に整えろ!それと地上の市民をシェルターに緊急避難させろ!」
「了解しました!それと硬化ベークライトによる、主要通路の封鎖を具申します!」
「採用する!そちらもすぐにとりかかってくれ!」
発令所から飛び出していくミサト。
「司令、子供達は大丈夫ですか?」
「セカンドチルドレンは、ちょうど弐号機のテスト試験中だったな、すぐに弐号機へ搭乗させるように。それからファースト・サード両チルドレンだが」
「僕達も戦いますよ」
聞き覚えのある声に振り向く職員達。そこにいたのはシンジとレイであった。
「無茶を言うな!君達がセントラルドグマで何をしていたのかは知らないが、相手は軍隊だ!エヴァが無い今の君達では」
「問題ありません。とは言っても、僕の方も無制限に戦える訳じゃないので、量産型が来た時だけ出撃させて下さい」
「し、しかし」
「日向司令、我が家の弟は頑固者なんです。認めてあげてください」
そう言いながら発令所に入ってきたのは、真紅の和服に身を包んだ秋葉である。そのすぐ脇を、まだ幼稚園にすら入園していないと思われる幼い女の子と男の子が駆け抜けた。2人は全力で走ってくると、シンジに一斉に飛びついた。
「にーに、やっとあえた!」
「ぼくたちもきたよ!」
「春奈!レオ!」
しがみ付いてきた子供達を、シンジが驚いたように見つめる。
そんなシンジに、かけられる声。
「弟が命を賭けるんだ。兄として放っておく訳にはいかないんだよ」
いつのまにかシンジに近づいていたのは、ラフな格好をした志貴である。その後ろにはシスター服を脱ぎ捨て、戦闘服に身を包んだシエルが続く。さらにその後ろには、割烹着姿の琥珀と、腕に生まれたばかりの乳児を抱いた翡翠が立っていた。
「最後の戦いですからね。私達も来ちゃいました」
「正確には、子供達の面倒を見るのが仕事です。姉さん」
「琥珀さんの場合は、秋葉さんのサポートもありますよ?忘れないでくださいね」
久しぶりの家族との再会に、シンジが笑みをこぼす。そんなシンジに、翡翠がそっと近づく。
「シンジ君、両手をだして下さい」
素直に手を出すシンジ。その両手に、翡翠が産んだばかりの我が子を載せる。
「先週、やっと産まれてくれたんです。名前は夏樹。女の子です」
必死で小さな手を伸ばす夏樹に、シンジが表情を引き締める。
「ありがとう、翡翠お姉ちゃん」
「シンジ君。大変だろうけど頑張って。それから、ちゃんと帰ってきてね」
姉の言葉に、シンジが力強く頷いた。
「全館に通達!迎撃戦力は地下第18層からの迎撃を基本戦術とする!17層までは敵にくれてやって構わない!迎撃箇所は発令所へ繋がっている、3か所の通路を中心として迎撃する!」
日向の指示に従い、NERVの迎撃戦力が配置につく。
「日向司令!」
「どうしました?シエル二尉」
「ここの防衛戦力も迎撃に回して下さい。発令所の守備に関していえば、秋葉さんが1人で迎撃できます」
「本気で言っているのか?」
唖然とする日向。日向は秋葉の実力を知らないのだから仕方がない。だがシエルの援護に入る者がいた。
「俺も賛成だ、司令。遠野会長の力は、並の人間が太刀打ちできるものじゃない。守備部隊がいると、逆に足手まといになりかねない」
秋葉の力の一端を見たことがあり、遠野の名が持つ意味を理解する加持だからこそ、シエルの言葉に説得力を感じた。そんな加持を、日向は黙って見ていたが、やがて頷いた。
「ここの戦力も迎撃に回せ!ここは遠野会長に任せる!」
「司令!?」
「責任は僕がとる!すぐに再配置させろ!」
慌てて動き出す守備部隊。その後ろに現れる2つの人影。
「それじゃあ、私達は前線にでますね」
「秋葉、ここは頼む。それからシンジ、頑張れよ」
黒鍵を手にしたシエルと、愛用の短刀を手にした志貴が、何の気負いも見せずに、ごく当たり前のように保安部に同行しようとしていた。
「シエル二尉!?」
「安心して下さい。彼はこう見えても、本気を出した私と互角に渡り合う実力者です。それも守りより、攻めに適性があるんです。間違いなく、前線を維持できる人ですよ」
そのまま発令所から出ていく2人。その背中に向けて、春奈とレオが『いってらっしゃーい』と元気よく声をかける。
そんな中、一際響く声が、職員達の注意を刺激した。
「そろそろ限界です!666プロテクト、5分後に開始します!」
SEELE−
「NERVは666プロテクトを使用したか」
「はい。これでMAGIは無力化したも同然」
「量産型の到着予定時刻は?」
「はい、予定通りです」
「よろしい。地上部隊を本部へ侵入させろ。生け捕りは必要ない。すべて皆殺しだ」
発令所―
『ちょっと、日向さん!アタシはどうすればいいの?・・・って、シンジ!その赤ちゃんは何なのよ!』
ちょうどレオと春奈の面倒をみる為に、翡翠は夏樹をシンジに手渡していたのだが、それを目撃したアスカは、赤ん坊を抱くシンジの姿に愕然としていた。
「この子?・・・僕の子、って言ったらどうする?」
ちょっとだけ魔がさしたシンジが、冗談めかした口調で応える。その隣に、レイが静かに歩み寄り、夏樹のほっぺたをツンツンとつつき始める。
『あのねえ!いつ作ったって言うのよ!それとも、アタシ以外の女に手を出したとでもいう気かしら?』
両手をパキパキと鳴らし始める恋人の顔に、素直に『ごめんなさい』と謝るシンジ。その光景に、早くもアスカがシンジを尻に敷く光景を脳裏に思い浮かべる大人達。
「あー、2人とも、説明を聞いてくれるかい?」
こめかみに青筋を浮かべた日向の言葉に、アスカが慌てて口を閉じる。
「弐号機はすぐに射出する。量産型が来るまでは、適当に地上戦力の相手をしてくれ」
『了解』
「シンジ君達は・・・」
「エヴァが来るまでは、ここで大人しくしています。僕とレイには、できる事がありますから」
「わかった。ただし無理はするなよ?」
第3新東京市市街地―
射出された弐号機の姿に、前回は野次馬が遠巻きに眺めていたが、今回は違っていた。
さすがに前回の件で学習したらしく、今回は遠巻きに眺めようという物好きはどこにもいない。
やがて遠くに見えるSEELEの襲撃部隊と思われる、戦闘機部隊が弐号機の視界に飛び込んできた。
「フン。飛んで火にいるなんとやら、って奴ね」
アスカはポジトロンライフルを手に取ると、狙いを定めた。
発令所―
「弐号機、敵、戦闘機部隊と接触。戦闘開始しました!シンクロ率は99.89%維持しています!コンディションはオールグリーン、問題ありません!」
「地上部隊はどうなってる!」
「現在、第8層まで侵攻しているのを確認しています。第18層で戦闘開始するまで、残り30分ほどと思われます」
怒声に近い報告が響く中、琥珀がスッと立ち上がった。
「秋葉様、そろそろ準備を致しませんと」
「そうね。でもシンジにも必要でしょう?先にシンジに与えてあげて」
「ええ、分かりました。シンジ君、こっちへ」
琥珀がポケットからナイフを取り出し、自らの指先に傷をつける。指先に、小さな赤い玉が浮かんだ。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう。琥珀お姉ちゃん」
琥珀の指先を、シンジが口にくわえる。その光景を偶然に見てしまったマヤが、頬を赤く染め上げる。
その不審な態度に気付いた青葉も、同じようにシンジと琥珀を見て、愕然とした表情を作った。
周囲の職員達も、次々に、その状況に気付き始める。周囲から様々な視線が注がれる中、シンジが指先から口を離した。
「もう十分だよ。ありがとう」
「もういいの?それじゃあ、次は秋葉様ですね」
「本格的な戦闘は久しぶりね」
琥珀がクスクスと笑いながら、自分の右肩を躊躇いなくはだける。一瞬の後、リツコの怒声が響いた。
「男は前を向きなさい!」
慌てて正面に向き直る日向と青葉。青葉にはマヤの、日向には他の女性職員から氷点下の視線が注がれていた。そんな雰囲気の中、琥珀が上半身を露わにする。
「どうぞ」
「ええ、いただくわ」
外気に晒された胸に、秋葉が顔を近づける。そして―
「・・・痛ッ・・・」
口から生やした牙を突き立てる秋葉。琥珀の血液を飲むその姿は、吸血鬼と呼ぶに相応しい。
そんな秋葉を見つめていた職員達の間にざわめきが広がっていく。
漆黒だった秋葉の髪の毛が、まるで燃え盛る炎のような深紅へと、その色を変化させていく。同時に包帯を外したシンジの双眸も、両目ともに銀色へと変化していた。
「お姉ちゃん、ここは頼んだよ。僕達もそろそろ行くから」
「頑張ってね、シンジ君。あとで御馳走作ってあげますからね」
琥珀に見送られながら発令所を後にするシンジ。その後ろに、レイが無言で続いた。
シンジとレイが発令所を後にしてから20分後―
「敵戦力、まもなく発令所へ到達します!時間にして約5分!」
発令所へ通じる3つの通路。その3か所のうち、シエルと志貴が合流しなかった部隊だけが壊滅し、発令所への通行を許してしまっていた。
「発令所の下層にいる職員は、緊急退避!すぐに避難しろ!」
日向の怒声に、慌てて女性職員達が避難を開始する。
「日向司令、私が時間を稼ぎます。その代わり、弟達の事は任せましたよ?」
言うなり、秋葉は発令所の上層から、躊躇いなく下層へと飛び降りる。距離にして約20mの高さ。それを目撃したマヤが悲鳴をあげかけ―絶句する。
秋葉は下層に降り立ってはいなかった。秋葉が立っているのは、下層の床から、5mほどの高さに浮いているのである。
霊感のないNERV職員達は気付かなかったが、すでに発令所の中は、秋葉独自の結界―檻髪の支配下にあった。広い発令所の中、全てをまるでクモの巣のように、深紅の髪の毛が縦横無尽に張り巡らされており、秋葉はその上に乗っていたのである。
「早く逃げなさい。いつまでもここにいると、私の力に巻き込まれますよ?」
秋葉の最終警告に、本能で危険を察知した職員達が、必死の形相で逃げ出す。
そのすぐ後に、発令所へ通じるドアが、轟音とともに爆発する。僅かに遅れて、マシンガンらしき、連続した発砲音が轟く。
煙にまぎれて、発令所の中へ次々に侵入するSEELEの侵攻部隊。だが発令所の中に飛び込んできた彼らは、次々に床へ倒れ伏していく。
やがて犠牲者の数が2桁を超えた時点で、やっと異常に気付き始めたのか、慎重に成りだした彼らは、発令所の空中に浮かんでいる深紅の鬼女の姿を捉えた。
「ここは私の世界。ここにいる者達には、遠野家当主・遠野秋葉の名において、指一本触れさせはしません。命が惜しくば、尻尾をまいて逃げかえりなさい」
鉛の弾丸で返事をする兵士達。鉛の雨が秋葉の体に吸い込まれるように命中するが、全て檻髪によって防がれ、掠り傷一つ負わせる事が出来ない。
「いくらでもかかってきなさい。私の能力は『略奪』。あなた達の命を糧として、私はあなた達に死を与えましょう」
秋葉による死刑宣告が、朗々と告げられた。
普段、ムラのない緑の塗装で覆われた通路。そこに彼はいた。
彼の背後に控えるのは、この通路を守備する役目を背負った職員。だが彼らは役目を放棄していた。
全ては眼前に舞い降りた死神―遠野志貴のせいである。
まるで無限にわき出るかのように、マシンガンを乱射しながら突撃してくるSEELEの侵攻部隊。その銃口から逃れるように、壁・天井・床を蹴りつけ、上下左右関係なしの三角飛びを繰り返して、敵陣真っ只中に飛び込んでいく。
同時に上がる鮮血の噴水。五体をバラバラに解体され、崩れ落ちる兵士達。運が良かった者は、苦悶の声すら上げることなく即死し、悪かった者は、死が安らぎを与えるまで、苦悶し続けている。
そんな光景に目を向ける事無く、志貴は次の標的に狙いを定める。彼の双眸が、死の線を無数に見出していく。
煌く一振りの短刀。再び吹き上がる鮮血。転がる肉体の部品。
まるで重力から解き放たれたかのような運動能力と、一振りの短刀だけで重装備の兵士達を次々に解体していく光景に、守備に就いていた兵士達は黙って見ている事しかできなかった。もし彼らにできる事があったとしても、それは、目の前にいる青年のずば抜けた戦闘力の高さを理解することだけである。
やがて侵攻部隊の攻撃が止まった。
気配が無い事を察した志貴が、刃に付いた血を振り払いつつ、足を止める。
「とりあえず、敵の第1陣は殲滅しました。そちらの被害はどうですか?」
「い、いや、怪我人は0だ」
「そうですか、それじゃあ、次が来るまで休ませて貰いますよ」
床に座って体を休める志貴。そんな志貴に、40ぐらいに見える兵士が近付いた。
「ありがとう、おかげで助かったよ」
「いえ、弟の為ですから」
「君にとってはそうかもしれないが、俺達にとっては違うんだよ。本当にありがとう。ところで、1つ訊きたい事があるんだが、いいかな?」
ポケットから眼鏡を取り出しながら、志貴が頷く。
「君は七夜黄理という名前に覚えはないか?」
「・・・ありますよ。ひょっとして、彼に会ったことがあるんですか?」
「昔、俺は傭兵をしていてね。ある人を護衛する任務を請け負った時、敵として襲撃を仕掛けてきた男がいたんだ。そいつは両手に太鼓のバチのような物―確か、鞭(ベン)とかいう武器を手にして襲ってきた。俺達も応戦したが、そいつはとんでもない運動能力をしていてな、さっきの君のように、上下左右関係ない動きをして、俺達のガードを振り切って、標的を殺してのけたんだ」
どこか楽しそうに話す男の言葉に、守備部隊の誰もが静かに聞き入っている。
「あとから先輩に教えられた。闇の世界に暗殺者として名高い『七夜』という一族がいる事。その七夜一族の中で、もっとも腕の立つ『黄理』という男の事を。重力を無視したような運動能力はクモに例えられ、鞭で標的を切り刻むほどの暗殺技能者だと。だがその七夜一族も、10年以上前に一族郎党皆殺しにされたと、風の噂に聞いていた・・・まさか、生き残りがいたとは思わなかったがね」
「子供だった俺は戯れに生き残らされただけですよ。俺は二度と七夜を名乗るつもりはないし、無暗に力を振るうつもりもない。父親がどんな人間だったかは知りませんが、今の俺は守る目的以外で、戦うつもりはありません」
「そうだったのか、まあ何にせよ、心強い戦力だよ。君が敵でなくてよかった」
男の苦笑に、志貴もまた苦笑いで返した。
志貴が戦っている場所から、直線距離で僅かに30m、だが間に特殊合金製の壁が10枚近く遮っている場所で、豪快な爆発音が轟いていた。
爆発させているのはシエル。その両手に構えた黒鍵に付与された、火葬式典のせいである。
シエルもまた、聖堂教会において最高の暗殺者の1人として数えられる、その技術の限りを尽くして戦闘を行っていた。
両手から放たれる6本の黒鍵は、着弾と同時に爆発を引き起こし、一度に2・3人の兵士をあの世に送り込んでいく。
さらに兵士が物陰に隠れて牽制の射撃を行えば、彼女は予め自らにかけておいた矢除けの魔術に頼り、強引に通路を正面突破。呆気にとられた兵士達の真っ只中目がけて、火葬式典を炸裂させる。
まるで重戦車のようなシエルの突進を、背後に控えた守備部隊がシエルを巻き込む事を承知の上で支援射撃を行う。シエルに『私を巻き込むつもりで支援して下さい』とは言われてはいたものの、ここに至るまで、まだ背後から1発も被弾しないシエルの姿に、戦意高揚どころか、信仰さえ生まれそうな雰囲気である。
とりあえず第1陣を殲滅し終えたのか、シエルが全身を緊張感から解放させる。
「シエル二尉、お怪我はありませんか?」
「私は平気です。当っていませんから」
おおー、とどよめく兵士達。僅かに後ずさるシエル。
「ど、どうしたんですか?」
「いえ、部下達も二尉の奮戦に頼もしさを感じたようです」
「・・・頼もしさですか・・・」
せめて麗しさとか、美しさとか、色々表現はあるだろうに、何でよりにもよって頼もしさ?私は漢じゃないんですよ?と心の中で愚痴を漏らすシエル。そんなシエルの内心とは裏腹に、彼ら守備部隊はシエルを雄々しき戦神のように見つめていた。
第3新東京市―
「ふん、やっと来たわね」
はるか上空を飛ぶ飛行物体の姿に、アスカはポジトロンライフルを捨てながら呟いた。
『アスカ、量産型が来たわよ。数は8機、すべてS2機関搭載型よ』
「問題ないわ。所詮、向こうは人工品。こちらは天然品よ。格の差って奴を、あいつらに見せつけてやる。それより、N2出してくれない?先制攻撃ぶちかましてやるから」
アスカの要望通り、兵装ビルからN2が姿を現す。それを手に掴むと、アスカは躊躇うことなく、N2を全力で飛行物体目がけて投じた。
轟音とともに飛んでいくN2。一瞬遅れて、閃光が視界を埋め尽くし、続いて鼓膜を激しい爆発音が叩いた。
「ホント、馬鹿な連中ね。戦術のイロハも知らないのかしら?敵の眼前を、呑気に無防備に移動するなんて、信じられないわ」
N2の爆発は、飛行部隊全てを飲み込んだ。間違いなく輸送機は全滅である。
「でもまあ、この程度で終わるほど、エヴァは甘くないのよね」
白い量産型エヴァンゲリオンが、背中の翼を展開しながら、爆炎を切り裂くようにその姿を現した。手に持つ武器は量産型ロンギヌスの槍。
「じゃあ、リツコ御自慢の一品、ナイトメアを使わせてもらいましょうか」
アスカの呟きと同時に、弐号機の両手両足が赤い光に包まれていく。正確には、中指の先端から肘までと、足の甲から膝までである。
「最強の盾は最強の矛。アンタ達全員、潰してあげる!」
『弐号機、シンクロ率112.4%まで上昇!S2機関、稼働開始します!』
空中から降りようとしていた漆号機の懐に、一瞬で飛び込むアスカ。ショートフック気味の右拳が、無防備な量産型の鳩尾を狙う。
漆号機はATフィールドを展開。その一撃を赤い壁で食い止めようとする。だが弐号機の剛腕は、青白い火花を散らしながら、赤い壁をいとも容易く切り裂き、漆号機の鳩尾を貫通。そのまま真上へと切り裂きつつ、頭頂部へ拳が抜けた。
上半身が左右に真っ二つにとなった漆号機が、轟音を立てて倒れこむ。すぐに再生が始まるが、再生速度は緩やかであった。
「これが弐号機専用武装ナイトメア。ATフィールドを刃として展開してATフィールドごと敵を切り裂く無敵の刃。加えて再生指示の信号を混乱させ、再生速度を遅らせる為の高電圧による追撃。そう簡単に戦線復帰できると思わない方がいいわよ?」
続いて襲い掛かってきた捌号機を、ハイキックで迎撃する弐号機。ナイトメアを発動させた弐号機の右足が、捌号機の頭部を真横に切断しつつ、木っ端微塵に爆砕させる。
そんな弐号機の背後から壱拾号機と壱拾弐号機が同時に襲いかかる。それを無理に迎撃しようとせず、一旦、その場を離脱する弐号機。だがキッチリと置き土産は残していく。
去り際にATフィールドを中和された2機の量産型は、周囲に展開していた兵装ビルから一斉射撃を受け、爆炎の中に飲み込まれていく。
そんな2機を見届ける事無く、アスカは弐号機を疾走させる。N型装備と同時に、F型装備も併用している弐号機は、空中から陸号機に襲いかかった。
弐号機の刃が、陸号機の右肩に食い込み、瞬時に大腿部まで切り裂いていく。陸号機は成すすべなく倒れこんだ。
「残り3機!」
1か所に固まっていた壱拾壱号機と壱拾参号機に狙いを定めるアスカ。その事に気づいた2機は、武器を構えて迎撃態勢にはいる。
弐号機目がけて伸びてくる大剣の刺突を、アスカは両腕のナイトメアで力任せに弾き飛ばしながら、懐へ飛び込む。同時にアッパーを放とうとし―慌ててその場から飛び退った。
僅かに遅れて、弐号機が立っていた場所に、別の量産型―玖号機が大剣を振り下ろす。アスファルトが砕け飛び、轟音が鼓膜を劈く。
態勢を崩す弐号機。だがアスカは無理に立とうとせず、勢いを利用して、そのまま兵装ビルの陰へと転がりこんだ。そんな弐号機を追うかのように、頭部の上半分を失ったままの捌号機が更なる追撃を仕掛けた。
かろうじてかわすアスカ。だがその表情は決して芳しくない。
「厄介ね。こいつら集団戦術を採ってくる。さすがに1人じゃきついわ」
打開策を捜すアスカ。その視界内で、倒れていた量産型が、無残な傷跡を残しながらもゆっくりと立ち上がっていく。
「戦力差8:1。スペックはこちらが上だけど、あまりに不利ね」
数の差を補うべく、兵装ビルを利用した戦術案を作戦部では練り上げていた。兵装ビルからの攻撃も、アスカの意思で即座に行えるように改良も施している。それでも劣勢は補い難かった。
『アスカ、聞こえる?』
「シンジ!?アンタ、こんなとこにでてきたら危ないわよ!」
『お願い、少しだけ、1分だけ量産型を足止めして。僕も戦うから』
「は!?初号機も零号機もないのに、一体、どうする気なの!」
アスカの視界の片隅にあった、兵装ビル。その屋上に見慣れた姿があった。黒髪の少年と、蒼銀の少女。
「仕方ないわね!さっさとしなさいよ!」
敵の集団の中へと踊りこむ弐号機。ナイトメアをフル活用し、とにかく量産型の注意を集めながら、足止めを図る。
暴風のような弐号機を視界に収めながら、シンジは深い集中にはいった。
その体を緑色の雷光が埋め尽くす。さらに雷光は、シンジだけでなくレイをも飲み込んでいた。
シンジが銀の瞳をうっすらと見開く。過去を見据える視線が捉えたものは、胸に下げたペンダント。それは彼が命を預けた初号機のコア。
シンジは胸に下げたペンダント―初号機のコアを握り締めながら、自分自身の心の奥深くへと意識を飛ばす。
これから彼が行うのは、使い慣れた黒鍵の投影ではない。
彼にとって、最強の矛であり盾である存在。すなわちエヴァンゲリオン初号機の投影。
普通なら投影等不可能な代物。なにせ初号機は、第2使徒リリスのコピーであり、S2機関を5つ搭載し、さらには使徒の能力をコピーした限りなく神に近い存在。
そして魔術の基本は等価交換。初号機を投影するなど、どれほど大きな代償が必要になるのか等、想像するのも馬鹿馬鹿しい。
だがシンジは考えた。
かつてテロ事件の際、彼は無意識の内にATフィールドを投影した。
それに気づいた彼は、アルミサエル戦において零号機の自爆から、レイと自分自身をATフィールドを投影する事で守り抜いた。
何故、そんな事が出来たのか?投影魔術に関しては、才能など無いはずなのに
そして、気付いた。
シンジの体は、初号機によって再構成されたもの。彼を産んだ初号機の因子が、今なお、彼の中には存在していた事に。
それだけではない。零号機自爆の際、シンジは初号機のコアを持っていた。たとえ欠片であっても、それは間違いなく初号機を初号機たらしめる、もっとも重要な要素。そして彼は魔眼を発動させた。普段は使えない過去視の力。だが巫淨の力がそれを可能にさせた。コアに込められていた母親、碇ユイの想いが彼の脳裏に流れ込んでくる。
―創造の理念を鑑定し―
彼の脳裏に浮かんだ、母の顔。彼女は言う。『この子に未来を見せてあげたいんです』
―基本となる骨子を想定し―
彼の脳裏に浮かんだのは、地下に磔にされた純白の巨人。
―構成された材質を複製し―
彼の魔眼が、彼自身の体をくまなく捜す。彼の体に眠る、巨人の因子を捉える為に。
―制作に及ぶ技術を模倣し―
彼の脳裏に母の記憶が流れ込む。ゲンドウ、冬月、赤木母子らとともに、試行錯誤を繰り返した日々。
―成長に至る経験に共感し―
初号機に取りこまれた5体の使徒と、交戦した全ての使徒との記憶。
―蓄積された年月を再現し―
ユイが取りこまれてから10年。そして約1年に及ぶ実戦経験。
―あらゆる工程を凌駕しつくし―
魔眼がかつてないほどに力を発揮する。あらゆる情報を、彼の魔眼はかき集めた。
ユイの想いを通して、初号機の開発経緯から完成に至るまで、つぶさに再現していく。初号機に携わった人間達の想い―それは正であれ負であれ、間違いなく初号機を構成する一要素。だから一つの漏れもなく再現していく。
全ての知識、全ての技術、全ての想い。それだけではない。
使徒がシンジ=初号機に対して抱いた感情すらも再現した。
シンジの体から、一際、大きな雷が発生し、周囲一帯を飲み込んでいく。
「投影開始!」
そして第3新東京市に、再び最強の鬼神が姿を現した。
NERV本部発令所―
「しょ、初号機です!市街地にエヴァ初号機の反応を確認しました!」
マヤの叫びが発令所に響く。正面モニターには、見覚えのある紫の鬼神が、その雄姿を映していた。
「本当か!本当に初号機の反応か!」
「間違いありません!MAGIも初号機であると判断しています」
マヤの報告を耳にしながら、青葉が通信を開く。
「誰なんだ!初号機に乗っているのは誰なんだ!」
『誰って、僕です。エヴァンゲリオン初号機パイロット。サードチルドレン、遠野シンジです。もっとも、レイも同乗してますけどね』
悪戯めいた口調のシンジ。その後ろでレイが『お兄ちゃん』と呆れたように呟く。
『量産型、壊滅させてきます。問題ないですか?』
「・・・分かった。遠慮なく潰してこい!」
『了解!』
SEELE−
弐号機相手に優位に戦闘を進める光景に、SEELEメンバー達は勝利を確信していた。
冬月の一件以来、彼らは地下に潜伏し、乾坤一擲の作戦成功の為に、忍耐の日々を送っていたのである。
その苦労がついに報われるとあって、メンバー達は上機嫌であった。もっとも慎重なキール議長すらも、勝利を目前にして舞い上がっていた。
そんな彼らに冷水を浴びせたのは、突如、吹き飛ばされた量産型の姿と、新たに画面に映った紫の鬼神の姿であった。
第3新東京市―
「初号機!?」
突如現れた初号機の姿に、アスカは弐号機を操る事すら忘れてしまっていた。決定的な隙だったが、量産型が弐号機に攻撃を仕掛ける事もなかった。
量産型に搭載されたダミーシステムは、新たに現れた敵―エヴァ初号機への対応の必要性に迫られ、戦術プログラムの再構成を行わなければならなかったからである。
足を止めた量産型。その内の1つ、陸号機目がけて初号機が襲い掛かる。瞬時にATフィールドを中和され、無防備となった陸号機を、初号機が全力で蹴り上げる。
空高く浮き上がった陸号機目がけて、初号機が左手の加粒子砲を解き放つ。S2機関5つ分の最大火力は、陸号機のコアもダミーシステムも、まとめて塵へと帰してしまった。
「アスカ、おまたせ」
「まさか、シンジなの!?」
「そうよ、これがお兄ちゃんと私の切り札なの」
シンジが初号機を操り、レイが冷静な指揮を行う。それが投影されたエヴァ初号機の新しい姿。
「サキエル、力を貸して!」
初号機の右手に光のパイルが宿る。初号機はそのまま立ち竦んでいた漆号機目がけてパイルを突き出した。
咄嗟に大剣で受け流す漆号機。だが、その隙を突いて弐号機がナイトメアを発動させた右拳で殴りつける。
頭頂部から股間部まで、左右真っ二つに分断された漆号機。だがコアもダミーシステムも真っ二つになっている以上、もはや再生が始まる事もなく、漆号機は徐々にその動きを止めつつあった。
「残り6機!お兄ちゃん、前方右方向に固まっている3体を、ディラックの海で飛ばして!アスカ!あなたの後方で孤立している奴から落とすわ!攻撃をしかけて!」
レイの指示通り、シンジがディラックの海を量産型の足元に展開。はるか上空に出口を設定する。いきなり足場を失った量産型は脱出を試みるが、足場がなくては意味がない。
このまま虚数空間内部に留めておくのも手であったが、シンジにしてみれば、量産型は完全破壊する必要があった。なぜなら、戦いが終わった後の未来に、万が一ディラックの海から量産型が帰還した時、彼はもう戦えない事を知っていたから。
レイにすら秘密にしている未来視による光景。それがシンジの脳裏をよぎる。
「うおおおおおお!」
玖号機を防戦一方に追い込む弐号機。そんな弐号機を背後から襲いかかろうとしていた壱拾壱号機を蹴り飛ばしつつ、初号機が玖号機へ攻撃をしかける。
光のパイルが玖号機のコアを、弐号機の左拳がダミーシステムを破壊する。
「お兄ちゃんが吹き飛ばしたのは後回し!先に残っている1体を潰すの!」
襲いかかろうとしていた壱拾弐号機に、振り向きざまに拳でカウンターをあてる弐号機。吹き飛ばされつつも、最後の意地とばかりに壱拾弐号機が地面に倒れこむ前に大剣を投じる。
ATフィールドで防ぐ弐号機。その瞬間、シンジの未来視が発動。数秒先の光景が、シンジの脳裏に閃く。
「逃げろ!」
シンジの叫びに、アスカは『え?』と初号機を振り向くという決定的な隙を晒す。その弐号機の目前で、すでに大剣は真の姿を現そうとしていた。
全力で初号機が駆ける。
遅ればせながら、弐号機が目の前に迫った危機に気付く。
二股の槍へと姿を変えた大剣が、弐号機のATフィールドを貫く。
ATフィールドの裂ける、甲高い音が響く。続いて、装甲板の砕ける音と、肉を引き裂く嫌な音が、アスカの耳に届いた。
呆然とするアスカ。槍の先端は、弐号機の眼前で停止していた。
槍を食い止めたのは、初号機の左手。掌を貫いた矛先を、初号機の怪力を使い、握りしめる事で無理やりスピードを押し殺していた。
「呆然としないで!さっさとトドメを!」
「わ、わかったわ!」
地面に倒れたままの壱拾弐号機に、弐号機が飛びかかる。
武器を手放し、倒れていた壱拾弐号機は、一瞬にして沈黙する。その間に、初号機は左手に突き刺さった槍を力任せに引き抜いていた。
「シンジ!ア、アタシ・・・」
「僕は大丈夫だ・・・油断しないで・・・」
「う、うん。分かった!」
槍による攻撃は、シンジにフィードバックをもたらしていた。左手に風穴が開き、血が流れ出す。
「アスカ!お兄ちゃんが吹き飛ばした奴を攻撃してて!」
アスカが攻撃を続ける間に、レイがシンジに応急手当を施していく。手当と言っても、傷口を縛る程度だが。
「ありがとう、レイ」
「それより、加粒子砲は使えそう?」
「・・・多分、無理だな。この武器による傷は、治りにくいみたいだ。さっきから初号機の傷が塞がらない」
左手にレプリカのロンギヌス、右手に光のパイルを手にした初号機が、弐号機の支援に入ろうと走り寄る。だがその前に、空中から影が襲いかかってきた。
咄嗟に真横に飛び退る初号機。そのすぐ後に、二股の槍が3本、嫌な音を立てて大地に突き刺さった。
影の正体はディラックの海で上空に飛ばされた捌号機、壱拾号機、壱拾参号機。先程のディラックの海で学習したのか、今度はばらけており、初号機を半円状に取り囲んだ。
「お兄ちゃん、どうして?」
「奴らは完全破壊する必要があるんだ。作戦に従えなくて、ごめん」
「理由があるならいいの。いいわ、今から完全破壊を前提に指揮するから」
量産型は3機、全てレプリカのロンギヌスを装備。対する初号機は、レプリカのロンギヌスと光のパイルの2刀流。
「ATフィールドは使えないか・・・レイ、何かあったら声かけて」
「うん」
「・・・力を貸して・・・ゼルエル!」
初号機の顎部ジョイントが、バキンッと砕け散る。同時に、初号機の双眸が、一際強く輝きだす。
初号機の両腕の上腕部分の拘束具が、異音を立てて砕け散る。そこに現れたのは、二回りは太くなった、初号機の腕である。
腕だけではない。両足も、拘束具が内側から弾けようと、耳障りな音を立てている。胴体部分は比較的マシだが、それもあくまで程度でしかない。
ゼルエルの能力。それは初号機の素体の身体能力の上昇であった。ATフィールドに頼らずとも、N2の直撃に耐えうる防御能力。零号機と弐号機を一瞬で屠るほどの攻撃力。それらの力が、今、初号機を通して再現されていた。
「ATフィールドが使えないなら、素体で耐えればいい!」
シンジは一番右側に陣取っていた捌号機に襲いかかった。他の2機に、背後から襲われるのを覚悟した上での全力攻撃である。
光のパイルがダミーシステムを、ロンギヌスがコアをそれぞれ貫通する。沈黙する捌号機。だがその代償は決して小さくなかった。
シンジの背中と首筋に痛みが走る。ゼルエルの能力のおかげで、重要器官に傷を負うほどの深手こそ避けられたが、戦闘力の低下は免れない。
「力を貸して、シャムシエル!」
振り向きざまに、力任せに鞭を振るう。咄嗟に槍を手放した壱拾参号機は初号機の攻撃範囲から離脱できたが、武器を手放すのが遅れた壱拾号機は光の鞭で胴体を切断される。
チャンスとばかりにトドメを刺しに入る初号機。それを邪魔しようとする壱拾参号機。そんな壱拾参号機の前に、真紅の巨人が割り込んでくる。
「アンタの相手はアタシよ!」
槍を手放していた壱拾参号機は、瞬く間に劣勢に追い込まれていく。その間に壱拾号機にトドメをさした初号機は、最後の1機となった壱拾参号機に襲いかかった。
ナイトメアの赤い刃が、光の鞭が、二股の槍が壱拾参号機を蹂躙する。
やがて、壱拾参号機はその活動を永久に停止させた。
エントリープラグに響く大歓声に、レイは笑みを零した。アスカもまた、最後の戦いが終わった事に安堵していた。
だが1人だけ、戦いを終えていない者がいた。
「・・・聞こえるよね、母さん・・・うん、そうだよ・・・」
「お兄ちゃん!?」
「シンジ!?」
初号機の背中から、ATフィールドの翼が現れる。その数は6対12枚。
その内の1対に包まれるようにして、レイが初号機の外へと出された。
突然の事態に、発令所からも誰何の叫びが上がる。
「もう一仕事してきます。みんなはここで待っていてください」
「シンジ!」
「ついてきちゃだめだよ。これは母さんの最後の願いなんだ。アスカ、君のお母さんと違って、僕のお母さんは、もうこの世界に戻ってこられない」
その言葉に、アスカが両目を開く。彼女は気付かなかったが、弐号機もまるで同調したかのように、両目が一瞬だけ輝いた。
「ここにいる母さんは、仮初の存在。本当の母さんは、初号機が破壊された時に、魂の拠り所を失って消滅したんだ。だから、サルベージは不可能なんだよ」
「一体、何をする気なの!」
「・・・復讐だよ。僕達をチルドレンにし、母さんを殺したSEELEへの復讐。奴らがどこに隠れているのか、今の僕には分かるんだ。奴らをまとめて捕まえてくる」
肩で息をするシンジ。魔眼の発動と、量産型の戦闘を通して、すでに肉体は限界を超えている。だが、今、止める事は出来なかった。
「いいわ。でも約束して。必ず帰ってきなさい!アタシもレイも、アンタが帰ってくるの待ってるんだから!」
「うん、必ず守るよ」
「それともう一つ」
コホンと咳をするアスカ。初号機から降ろされたレイを弐号機の掌に乗せ、自分もまたプラグから外に出てきた。
レイの隣に移動し、スッと息を吸い込む。
「シンジのママ!シンジは絶対にアタシが幸せにする!約束する、だから安心して!」
「・・・私も、約束する。お兄ちゃんの傍にいるから」
まるで2人にならシンジを任せられると言わんばかりに、初号機が咆哮をあげ、そしてディラックの海の中へと消え去った。
SEELE―
量産型による第3新東京市襲撃の失敗は、作戦どころかSEELEの完全敗北を決定づけた。
国際世論はSEELEを犯罪者としており、各国首脳部も自らの社会的地位を守るため、SEELEへ協力しようという者はいない。
SEELE各個人の持つ資産も、すでに凍結され、虎の子の秘密部隊もNERV本部攻略戦に失敗し、壊滅していた。
これから、再度量産型を作り直す事も出来ない以上、彼らにNERVを陥落させる事は、不可能と断言するしかない。
「おのれ・・・我らの大望が・・・」
「全ては碇の息子と冬月の裏切りのせい・・・」
呪詛のような呻きが彼らの口から上がる。だが彼らは怒りはしていても、諦めてはいなかった。
人類補完計画が不可能になったのであれば、代わりに地下へ潜伏して生き残ればいい。今、彼らが隠れているのは、セカンドインパクト前に作られた核シェルターであった。規模も非常に大きく、SEELEメンバーの身内を収容して、なお余りあるほどである。
備蓄された食料や医薬品などの資材も、ゆうに100年はもつ。更に施設自体の管理を、レプリカMAGIが行っている。MAGIの性能を持ってすれば、彼らが隠れることなど造作もない筈であった。
「しばらくはここで身を隠すほかあるまい。そうだな、10年ほどは・・・」
キールが呟いたその時、シェルターを激しい揺れが襲った。
「な、何が起こった!」
「誰か、MAGIで状況を確認させろ!」
モニターに映る襲撃者の姿―エヴァンゲリオン初号機―に、SEELEメンバーの顔に絶望が浮かぶ。
「馬鹿な、何故、碇の息子がここにいる!我らがここに隠れていると、どうしてわかったのだ!」
彼らは知らない。今のシンジは魔眼を通して、初号機に溶け込んだ碇ユイの知識を共有している事を。シンジがあらゆる物を見通す魔眼を持っている事を。
初号機は光のパイルと加粒子砲で、大地を掘削していく。やがてシェルターの外壁が姿を現した。
「な、何も問題は無い。例えエヴァといえども、このシェルターの外壁を破壊する等、不可能に・・・」
キールの強がりをあざ笑うかのように、数撃で光のパイルが外壁を貫通する。一度穴があいてしまえば、あとは簡単である。
シェルター内に侵入してきた初号機の姿に、SEELEメンバーは絶望とともに、腰の銃に手を伸ばすしかなかった。
To be continued...
(2010.11.20 初版)
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