ようこそ、最終使徒戦争へ。

第一章

第六話 国連軍

presented by SHOW2様


レイの邂逅−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




第二新東京市へ出発した主人公達の物語は数日の時間を遡る。



………9月10日、ジオフロント。



「…なに?」

「シンジは居ないのか?」

不要だと断ったが、部屋に来たゲンドウに強引に連れられて今、レイは”黒き月”の施設を案内されている。

愛しの彼には、今日は第二新東京市へ出発する準備の為に、ココや研究所に来れないと昨日言われていた。


………彼女にとっては、とてもつまらない一日になりそうだ。


女の子は目覚めた朝、

 洋服の入ったチェストから何気に目に付いた赤いワンピースに白いブラウスを合わせて、

  今日は読書でもしようかと読みかけの本を取り、一日ゆっくりしている予定であった。

………しかし彼女はなぜか、工事現場の重機と作業員が溢れる地上へ向かう将来の義父に付合わされていた。

(…知っているって言ったのに。)

心の裡でこれは唯の暇つぶしだと割り切って、レイは”渋々”男に付いて行く。

ソレを全く感じぬ義父は…まず兵装ビルからだ、と地上設備から下りる様に工事現場の案内を始めた。

その現場の一つ、人工天蓋部のジオフロントを下に見渡せる中空に浮く様な広大な部屋に入った時。

レイは眼下に見える青い地底湖や緑の美しい樹木生い茂る景色に見入っていると、

 反対側の遠い入口から白衣を着た2人の女性がゆっくりと歩いて来た。


………ここでレイは思いがけない人物と出会ったようだ。

(あれは…………赤木ナオコさんと赤木博士。)

レイはシンジから、この世界でリツコが彼と会って”知っている”と聞いていなかった。



「…所長、お早う御座います。お子さん連れですか…あら?でも確か、男の子では?」

ナオコはゲンドウに挨拶をしながら訝しげにレイを見る。

「シンジではありません。知人の子を預かる事になりましてね、綾波レイと言います。」

後ろに居たリツコは柔らかく微笑みながら、女の子に挨拶をした。

「レイちゃん、こんにちわ。」


………その言葉に顔を上げる幼女。


腑とその顔を見たナオコは、激しい既視感に襲われる。

(え?………この娘、誰かに………ゆ、ユイさん!?)

レイは、ナオコの顔を見て前史を少し思い出していた。

(………ばあさんは用済み、そう言えば、前回の司令はそんな命令をした。

 今回は、じいさんは用済み?いかり君…。)

周りを気にしない無表情な女の子は、結構失礼な事を考えている。

「ねぇ、レイちゃん。お姉ちゃんとちょっとお外で遊びましょう?……碇所長、宜しいですか?」

リツコはゆっくりとレイに近付き、屈みながら言う。

ナオコはその様子を不思議そうな目をして見ていた。

(あら、りっちゃん?あなた、子供嫌いじゃなかったかしら?………突然、どうしたの?)

「ソレは構わないが、リツコ君……今日予定されていた仕様変更後の特殊装甲テストはどうなっている?」

「それは先程無事に終わりました。その試験結果の報告書は纏めて所長宛にメールで提出しておきました。」

「そうか、わかった。…綾波クン、私は執務室でその報告書を確認する為に戻る。

 君が良ければ、リツコ君と遊んできたまえ。」

返事をする間も無くレイはリツコにやおら手を取られて、そのまま部屋の外に連れられて行くが、

 その女性の様子に何か前史と違う様な、不思議な違和感を感じていた。

(……なに?……赤木博士?)



………ジオフロント湖畔の白いベンチ。



リツコとレイは部屋を出た先のエレベーターを使うと、途中喋る事も無く”黙々”と歩き、

 この地下空間にある湖の畔にやって来た。

促されるままに木製のベンチに座ったレイは、不思議そうな顔をリツコに向ける。

リツコは彼女の隣に座り、一息ついてから女の子の方に振り向くと、柔らかく微笑みながら話を始めた。

「ふふっ。レイちゃん、ゴメンなさいね?……強引に連れてきちゃって。

 でも、他のヒトが居るような場所では話せない事だったの。

 あのね……私、碇シンジ君を”知っている”のよ?」


………リツコの意外な言葉を聞き、紅い瞳を大きくするレイ。


「やっぱり、彼の言った”蒼い髪の娘”って、あなたね?…シンジ君の大事な娘って。」

地下空間ではあるが、このジオフロントには集光ビルと光ファイバーを利用した、

 特殊な大型採光設備により地上と変わる事の無い、暖かな太陽の光が降り注いでいる。

青い地底湖の水面の煌めきに、ゆっくりと眩しそうに目を向けたリツコは、

 何かとても楽しい出来事を記憶の底からゆっくりと引き揚げる様に思い出しながら言葉を紡いでいく。
  
「そう、彼と最初に会ったのは全くの偶然ではあったけど、その時にシンジ君から話を聞いているの。

 だから、あなたの事も少し知っているのよ?

 シンジ君は、とても優しく暖かな聡い子…最も、最近は忙しいようね。

 わたしも暫く逢っていないのよ。」

「そうですか。」

レイはリツコの出す雰囲気、その彼女の心の波動にシンジに対する多大なる好意を如実に感じていた。

「赤木さんは、いかり君の”友達”ですか?」


………頭の回転の速い白衣の女性は”ピン!”とその質問の意味を正確に感じ取ると顔を綻ばせた。


「うふふっ…あのね、レイちゃん。私は、シンジ君のお姉さんをしているの♪

 彼は、私の可愛い弟なのよ?」

「そうなのですか。…分かりました。」


………その返事を聞いた女の子は、無表情だったその目元に僅かだがほっとした様な微笑を浮かべる。


「でも、大事な娘なんて言っておいて…放っておくなんて、シンジ君らしくないわねぇ。」

「いかり君は今日は来られない、と昨日言っていました。」

「……あら?今日は、と言う事は……シンジ君は何回か、ココに来ているのかしら?」

「はい、殆ど毎日。」

レイとしては当然の返事であったが、ソレを聞いた女性は少し目つきが鋭くなる。

(…もしかして私、地雷を踏んだの?)

今までの優しそうな雰囲気が変化していくリツコを感じたレイは無表情になり、冷や汗をかく。

リツコは”すくっ”と立ち上がり、白衣のポケットからPDAを取り出すと素早くメールを打ち送信した。


………京都でメールを受け取った男の子はその内容に、顔を蒼くしたようだ。


レイは突然、心に感じたシンジからの呼び掛けに答える。

『あ、綾波?…今日、リツコさんに会ったの?』

『えぇ、いかり君。…今日というよりも、今、目の前に居るわ。』

『ぅ!…あの、周りにヒトいる?』

『ちょっと待って。…今、他の人の波動は感じ無いわ。』

『ありがとう。今からちょっと、そこに行くよ?』

「………ドーラ、監視カメラにダミーを入れて。」

「はい…マスター、完了致しました。」


………暫く待っても来ない返事にリツコは徐々に不機嫌レベルを上げていく。


そんな彼女だったが、唐突に誰も居ない背後の湖側から声を聞くことになった。

「こんにちわ、リツコ姉さん。」

「わっ!!…な!…え!?…し、シンジ君!?…えっ?どうして?どうやって?」

リツコは見せた事が無いほど驚き、腰を抜かした様に”へなへな”と座り込んでしまった。

「…あ…驚かせちゃってごめんなさい。

 あのね、前に話をした通り彼女を護っていた…この僕の力が戻ったんだよ?

 …研究所の彼女の部屋には、殆ど誰も入ってこないから来ていたんだけど。

 まだ不用意にゲヒルン本部の中を歩く事は出来ないから、姉さんには悪いけど黙っていたんだ。

 その、ごめんね?」

以前男の子に聞いてはいたが、実際に突然出現できるその力を目の当たりにした科学者は驚きを隠せない。

「ぁそ、そうなの…シンジ君、あなたの力が。…それで突然現れたの…その、凄いわね?」

シンジはリツコに人では無いと改めて認識されてやっぱり嫌われたかな、と言う風に顔を俯かせて聞く。

「その、気持ち…悪い?」

「あら…シンジ君、馬鹿にしないで?あなたは私の可愛い弟に変わりないわよ?」

リツコは心外だと、怒った表情でシンジを睨む。

「ぅ………うん、ありがとう。」

シンジはホッとした様に俯かせた顔を上げ、リツコに嬉しそうに笑った。


………その遣り取りを聞いていたレイはシンジの近くへゆっくりと歩き寄る。


「いかり君。…いかり君はこの世界で、家族という絆を持てたのね?」

「綾波。…綾波にもだよ?…僕だけじゃなくね。」

そう言うと、シンジは”きゅっ”と優しくレイを抱き締めた。


………シンジも、レイも前史では求めても手に入らなかった家族、その絆。


「ねぇ、リツコ姉さん…綾波の姉さんにもなってくれるんでしょう?」

シンジが寂しそうな彼女を見ながら、姉に問う。

「そうね、当然そうなるわね。弟の彼女だもの、レイちゃんが望むのなら…モチロンよ?」

その言葉を聞いたレイは顔を上げると、シンジとリツコを交互に見る。

「綾波?」

暖かな笑顔のシンジに促されて、…その女の子は、顔を紅く染めて俯き小さな声で感謝の言葉を述べた。

「あ、ありがとう…り、リツコお姉さん。」

「ふふっ、どう致しまして。」

リツコは”ぴたっ”と仲良く、くっ付いている幼年のカップルを柔らかい笑顔で見ていた。


………暫く3人はベンチに座り、他愛も無い話を楽しんでいたが、

 人の波動を感知したシンジは見付かる訳にはいかないので、すまなそうに京都に帰って行った。

そして彼が消えた後、リツコとレイは手を繋ぎゲヒルン本部、ピラミッドの方へ歩いて行く。

(リツコお姉さん………新しい絆………ありがとう、いかり君。)



翌日、ゼーレにより創られた”マルドゥック機関”から本部へ報告書が届いた。

その報告書には、エヴァンゲリオンの被験者が選出され、決定したというモノであった。

被験者の名前は綾波レイ、それ以外の情報は記載されていなかった。


………こうして、ファーストチルドレン・綾波レイはゲヒルンに誕生した。





国連軍の試験−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




………屋敷。



………レイがリツコと出会った、9月10日。

その時、4日後に出発する為の準備があるので逢えなくてゴメンね、と昨日レイに言った男の子は、

 自分で創ったプロジェクトの募集要項を見ていた。


………シンジは腑と目を凝らす。


「ねぇ〜しんちゃん、トランプしよう〜よぅ?」

「だめたよ、リリス。今日は色々準備があるって言って綾波の所にも行っていないんだよ?」

「なによぅ、綾波、綾波ってぇ…ばっかり。…あ・そ・ん・で!」

紅い本は”プカプカ”と浮いてシンジの目の前を行ったり来たりしている。

「ぅ?…あれ?…ドーラ、応募資格欄が大卒以外にも増えてるね?」

「あら?本当ですね、大学卒業程度の知識が必須の予備筆記試験の合格者を含む、となっていますね。」


………これがシンジに前史で唯一楽しい思い出と悲しみをくれた、一時を過ごした少女との出会いになる。


「ま、いいか、僕はその試験を免除されるから、関係ないね。

 あ〜もぅ…はぁ、わかったよ。…リリス、トランプは一回だけだからね?」

「ぃやったぁ〜!じゃ〜ドーラも入れて、ババ抜きしよう!」

幼女が羊皮紙にトランプを用意していると。

「よし!しんちゃん、ドーラ、ジャンケンだよ!」

”ピピッ”

「マスター、リツコ様からメールが届きました。」

「ありがとう。」

そのちょうど良いタイミングの邪魔に頬を膨らますリリス。

「…ぶぅ〜!」


………その文面を読んでいく男の子は次第に顔色が悪くなる。


《こんにちわ、シンジ君。お元気かしら?

 最近、逢えなくてとても寂しいわ…とっても忙しいのね?

 ところで、今日ある女の子と知り合ったのだけれど、彼女は毎日ある男の子に逢っているそうなの。

 羨ましいわねぇ。一体、誰かしら?…ちなみに、彼女の髪は綺麗な蒼よ。

 お返事を待ってるわ♪   
  
                    あなたの姉より。》


「どうしたの?……しんちゃん?」

困惑の波動を出す主人を感じ、不満を忘れて不思議そうにリリスが聞く。

「ぅ、まいったな。…リツコ姉さんに最近の事を言っておくの、忘れてたよ。

 綾波に確認してみよう。」



………こうして、レイは今日もシンジと楽しい一時を味わう事が出来たのだった。



「失礼致します。”スラッ”……あらら?居らっしゃいませんね。

 ……出掛けられたのかしら?」

マユミはシンジの衣類等を纏めた手荷物をこの和室に持って来たのだが、その男の子は不在であった。



………第二新東京市。



シンジが京都を出発した頃、同じ様にレイは研究所を出発しようとしていた。

「冬月、彼女も分かっている。

 綾波クン、約束どおり私に協力をするのだ、いいな?」

「分かったわ。」

「それでは、行って来なさい。…なにか、必要があれば連絡をするのだ、いいな?」

”コクリ”と頷くだけの幼女に不安気に冬月が言う。

「碇、今彼女を社会に出して良いのか?…彼女の出生がバレでもしたら…。」

「問題ない。…冬月、彼女は正式な国連組織の一員なのだ。非公開ではあるがな。

 それに、その出生等も全て抹消したのだ、調べようが無い。」

(…いかり君に逢いたい。)


………レイはその2人の遣り取りを一切聞いていないようだ。


彼女は話が終わりそうも無かったので、手荷物を持ちそのまま”すたすた”と歩いていく。

それに気付いた冬月が慌てて駆け寄り付いて来た。

「レイ君、君一人では何かと危ないだろう、私が送るよ。」

「いらない。」

スパッと付き添いを断り唖然とする冬月を見る事無く、レイは電車を使い第二新東京市へと向かった。



シンジは明日実施される国連軍の試験を受験する為に、ここ第二新東京市のホテルの最上階に部屋を取り、

 夕方前に来るであろうレイを待っていた。

このマユミが予約してくれた超一流ホテルは、セキュリティの高さとサービスの良さで定評があった。

フロントカウンターにいたスタッフは、最高級ロイヤルスイートにチェックインした男の子に対して、

 変わらぬ笑顔を向け接客したが、男の子を部屋まで案内したベルマンは終始不思議そうな顔をしていた。

チップを渡し部屋に入ったシンジは、窓から見える景色を”ぼぉ〜”と眺めながら彼女のことを想っていた。

その窓から見えた第二新東京市、

 その中心に近い場所にそびえている一際巨大で真新しい綺麗なビルは移転してきた国連本部だ。

あの悲劇…セカンドインパクトによる影響は自然だけでは無く、等しく人間社会にも変化を強制した。

国家の維持さえ出来ない地域が、続出したのだ。

その統治機構として世界の平和と経済・社会の復興・発展のために、

 国際連合は実質的な世界連邦政府と呼べるまで、その権限を強めていった。

その中の最高決定機関として、人類の共生と、調和を”表”の目的とし結成された組織の名前は、

人類補完委員会と言った。

しかし彼らは10月にスタートする国連軍のプロジェクトについて、

 自分達の真の計画には何の影響も、関係も無いと判断し一切関知する事は無かった。

この事は、主人とその彼女の第二新東京市入りに際し、

 諜報員・監視員を調べたドーラによる調査結果から更に詳しく調べた処、判明した事実であった。


さて、無事にホテルへ到着したレイを嬉しそうに部屋に迎え入れたシンジは、

 彼女の荷物を片付けてお茶を飲み落ち着くとルームサービスで夕食を取った。

「綾波はやっぱりお肉食べないの?」

「血の味…嫌いだもの。」

「そっか。じゃそういうのが判らない様なモノにして、チャレンジしてみようよ…ね?」

「うん、いいわ。」

サービスマンが運ぶホテルのコック長が腕に縒りを掛けた豪勢な料理を味わう2人は暖かな雰囲気の中、

 言葉こそ少ないが、満足のいく晩餐だったようだ。

その後も二人きりの楽しい時間を過ごすが、遅くなる前にそろそろ寝ようと男の子が提案をする。

「いかり君…一緒に、寝ないの?」

「う、うん…やっぱり、別々の方が良いんじゃないかな?」

「そう、分かったわ。」

レイは残念そうではあったが、素直に隣のベットに入り横になる。

その様子にシンジは…先ほどの事も有り、もう少しゴネるかな?と思っていたので、

 さっさと床に就いた彼女を少し意外そうな顔をして見ていた。

(やっぱり、綾波も疲れていたんだね。)

しかし、女の子の頭の中は違う事を考えている様だ。

(お風呂の時も一緒に入ってくれなかった。…いかり君、早く寝てね。)

そして、レイの隣から静かな寝息が聞こえると、

 彼女はゆっくりと起き上がり音を立てることなく、そぉっと窺う様に男の子のベットに入って行く。

「…うぅ〜ん。」

(!起きちゃダメ、いかり君。)

翌朝、レイよりも早く目の覚めたシンジは自分の腕の中に居る、その蒼い髪を見て苦笑した。

さすがに精神年齢20歳を超えているからか、ちょっと余裕を見せるシンジ。

(…くすっ。やっぱりね。)

昨日のレイの様子を不思議に思っていたシンジもこうなると予想していた様だ。

「…うぅ。ぁ…おはよう、いかり君。」

瞳を開け最初に映った大好きな男の子の紅い瞳を見て、レイはゆっくりと笑顔になる。

「うん、おはよう。綾波…良ければ、シャワー浴びてきなよ?」

「ぅ…うん。…ぅむ〜…」

返事をしたレイはきゅ〜と彼のぬくもりを染み渡らせるように暫く抱き付いてからゆっくりと起き上がる。

寝ぼけた様な足取りで”ふらっ”とベットからシャワールームへ向かう彼女をシンジは楽しそうに見ていた。

朝食を取り、ホテルを後にした二人は手を繋いで会場である国連本部へと歩いて向かう。

しかし、残念な事に一般の受験生と軍事組織推薦者は試験会場が違い、同じ部屋ではなかった。

「ま、大丈夫だと思うけど、頑張ろうね、綾波?」

「うん。」またも、きゅっと抱きつく女の子。

…おいおい、ここは国連本部の入口だよ?と、周りの職員や受験生に見られていても関係ない様だった。

この日の午前中に実施された筆記試験の結果を受け、合格した者が午後の実技試験を受ける資格を得る。



そして、シンジとレイの試験結果は凄まじいモノであった。

レイは、各試験で3〜5点程度の減点を受けただけであった。

一方の男の子の結果は、比較するべきモノが無かった。

ナゼなら、全てに於いてミスのないシンジの成績は普通に順位をつける事が出来なかったのだ。



この試験結果はプロジェクトの責任者である国連軍総司令官に渡された。

軍事組織に属していない一般人の男の子に対して、総司令官グリフィールド・ワーグナーは彼を第0位とし、

 彼の保護の為、氏名・経歴などを一切の秘匿とする事を決定しその情報は国連軍最高機密となった。

その為、その人物は以後コードネームで呼称される。

また試験結果の公表に際して、綾波レイは総合1位と発表された。





トライフォース誕生−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





………10月1日。


合格した受講生達は試験を行った会場とは階が違うが、同じ国連本部ビルに集まる様に連絡を受けていた。

25万人を超えた受験生から選抜され、合格したのは全部で9名。

一般公募からの選抜者は2名で、後は全て軍事組織の推薦者であった。

そんな合格者の一人、緊張した面持ちで開いてもいない会場に一番乗りをし、

 その部屋に用意されている席の一番先頭を確保している女の子がいた。

やる気のアピールであろうか?…集合時間は朝9:30であったが、現在の時計はまだ8時前だ。

実際に1階の受付の職員に無理を言い、連絡を取った担当者にこの部屋を開けて貰っていた。 

「…はぁ。緊張するなぁ。怖いヒトばっかりだったら、どうしよう?」

彼女はその後、何度かトイレに行ったり…窓から景色を見たりと落ち着きなく時間を過ごしていた。

そして、彼女の予想は概ね当たっていた様だ。

時間近くになりこの部屋に入ってくるヒトは今の処、自分を除き大人でしかも日本人はいない様であった。

(うわぁ〜外人さんばっかり。私、英語ってちょっと苦手なんだよねぇ…。

 あれ?…確か、担当の人からは全部で9人だって聞いたけど?え〜と、今7人しかいないな。)

そんな女の子が会場の1番前の席に着き、荷物を置いていた頃シンジは、

 国連本部受付で先日郵送されてきた身分証を見せて集合場所を聞いていたが、違う場所に案内されていた。

「…あの、すみませんが、付き添いの妹さんはこの部屋に入ることは出来ません。」

案内してくれた女性職員は、男の子と手を繋いでいる女の子に顔を向けすまなそうに言った。

「どうして?」

女の子は、抑揚は無いが鈴を転がす様な声で女性に聞く。

「…あのね、普通の人がこの部屋に入るには許可が無いとダメなの。だから、ごめんなさいね?」

シンジ達の目の前には木製の立派なドアが在り、その壁にはこの部屋の持ち主の身分が表示されていた。

…国連軍総司令官執務室となっている。

「…あの、お姉さん、この娘は僕の妹じゃありませんよ?」

「え?」

「彼女は、僕のとても大事な人。だから彼女が入れないなら、僕も入らない。」

「え、そ、そんな…困ったわね。」

彼女は暫く考えると、内線電話を使い上司に相談している。

「……はい、分かりました。…お、お待たせしました。今、許可が下りましたので、こちらにどうぞ。」

二人が案内されて中に入ると、一人の男性が迎えてくれた。

「やぁ、初めまして…碇シンジ君。私が国連軍総司令官グリフィールド・ワーグナーだ。」

にこやかに笑いながら大きな手を差し出してくる金髪の男性は、60歳前であろうか?

不摂生で惨めに腹など出ていない引き締まった大柄な体と、顔に刻むしわの深さが彼の人生を感じさせる。

彼の碧眼を見ながらシンジは差し出された手を受け、握手をする。

「…総司令閣下、私に何の御用でしょうか?」

「そちらの可愛らしい女性は、君の彼女かね?」

シンジの質問を無視する形で話を進める初老の軍人は持ち前の明るい雰囲気のおかげか、嫌味が無い。

「初めまして、綾波レイです。」

普通の人とは一味も二味も違うカップルの容姿に目を細めながらグリフィールドは楽しそうに言う。

「綾波レイ……そうか、第1位の合格者。まさか君たちが知り合い…いやぁ、それ以上かな?」

司令官は、一般人であるシンジと、軍属登録のレイが知り合いとは考えていなかった。

しかし、実際に目の前で見るこの二人の雰囲気を男性は面白そうに感じていた。

彼らの目立つ容姿だからこそ、グリフィールドは一目で分かったのだ。

「すみません。…閣下、ご用件は何でしょうか?」

「あぁ、すまん。これからの君の事なんだよ、碇シンジ君。」

「え?…僕ですか?」

「そう、先日の試験結果が問題なのだ。…君の結果は素晴らしい事にパーフェクトだった。

 射撃・格闘・工作・戦術・指揮・知識・一般教養…我々としては、こんな人物がいるとは想定外だった。

 先程言った問題とは、君が軍事組織に属していないという事。…所謂、フリーだ。

 国連軍としての勝手な決定で申し訳ないが、君の経歴や名前等の個人情報は全て秘匿とさせて貰った。

 この様な情報が漏れれば馬鹿な組織に攫われて洗脳されるか、もしくはテロの対象にしかならん。 

 ま、この処置は君の安全確保の為なのだがね。…因みに次点は、隣に座る可愛らしいお嬢さんだ。

 彼女は非公開であるが国連直轄組織の一員なので問題ないと判断し、彼女を第1位と発表した。

 君の成績は比較の仕様が無いので、私の判断で第0位と扱ったのだ。

 先程も言ったように君をこれから国連軍に預かっている間は、失礼ではあるがコードネームで呼称する。

 エイオー、とね。私が決めたんだ。A・O…エース、オールのAと第0位のゼロをもじったオーでね?」

総司令官の話を聞いていたシンジは、感じていた疑問をぶつける。

「ワーグナー閣下、私の経歴を知っていると仰いましたが私が碇家の当主と言うのもご存知なのですか?」

「!…やはり、そうか!君の経歴を調べる課程で今の碇の当主が君ではないかという報告を受けておるよ。」


………因みにこの部屋での会話は英語である。…レイも多数の言語を理解しているようだ。


暫くの時間を使った、その遣り取りを終えてシンジとレイは漸く会場の部屋に入ることが出来た。

”カチャ。”

茶色の髪を肩よりも短めにしたショートカットの女の子は集合時間ギリギリに入ってきた2人を見た。

(え!?ありゃ?…な、何?何人?白い子と、蒼い子……私と同じ位の年かな?) 

入ってきた子達はそのまま少し離れた席に座るが、彼女はナゼか気になり目が離せない。

その強い視線を感じたシンジは、?と何気に紅い瞳を向けた先の茶色い髪の娘を見て驚く。

(え!もしかしてあの娘はマナ?…霧島マナ?…どうして?)

『しんちゃん、あの娘って…』

『うん、マナだ…間違いない。』

『いかり君?』

『綾波は覚えていない?…あの戦略自衛隊の事件…』

『…覚えているわ。』

『まぁ、ちょっと様子を見よう。…ココに居るって言う事は前史とはちょっと違うのかな?』

彼女を見た時にシンジの心が少し揺れたのを感じたレイは心配そうに彼を見る。

シンジは前史を思い出していたが、腑と隣から視線を感じて振り向きレイの深紅の瞳を見る。

その心配そうな顔をしている彼女にシンジはにっこりと笑顔を向ける。

『綾波?…ごめんね。大丈夫だから心配しないで?』

レイは返事の代わりに彼の手をきゅっと握った。



この部屋に一番乗りをした女の子の名前は霧島マナ。

なぜ、彼女がこの様な軍隊の採用試験に臨んだのか?


……その理由とは?


マナは日頃からセカンドインパクトの被害を受け、変わり果てた世界を見た人間として、

 世の為に何かをしたいという考えを持っていた。

何よりも子供に変わらぬ生活をさせる為、影で苦労している両親に少しでも楽をさせたいと思っていたが、

 子供である自分は現実的に何をするべきかも分からない。

自分に出来る事をしようと、学問を独学ではあったが必死に勤しんでいた。

そんな自分を変えたいという思いが頂点に達した時に、

 たまたまテレビで見た国連軍の採用試験のニュースを知ったのがココに居る切っ掛けであった。

ダメで元々、とマナは国連軍の予備筆記試験を両親に内緒で受けたのだ。

まさか幼い自分が受かるとは思ってもいなかったマナであるが、実際に郵送されて来たのは合格通知。


………それが本人よりも先に両親の知る処になってしまった。


その結果を見た親は勝手な事をしたマナを怒るどころか、手放しで褒めたのだった。

そして、母親が随伴して9月15日の本試験を受験したのであった。

今日、無事に選抜試験を突破したマナは、これで自分が何かを出来ると喜び張り切ってこの会場に来たのだ。



今、その会場では責任者の挨拶が始まっていた。

「諸君、私がこのプロジェクトリーダーのワーグナーだ。

 これより実施されるプロジェクトは正式に国連軍総司令部直属特殊部隊トライフォースと呼称される。

 君達はこれから数年間の時間を使い、数多の教練を実践してもらうわけだが、その前に

  これより3名を1班とした班分けを行う。その班は修了時まで基本的に変更は無いのでそのつもりで。

 尚、この班分けは選抜テストの成績を加味しているモノであるから、異議申し立ては受け付けない。」

そして配られた紙に書かれている班分け表を確認したマナは眉根を寄せる。

(私、第1班だ。……班長はA・O?…誰?なんて読むのかな?あお?

 それともう一人は…綾波レイ…日本人?って私以外に居ないっぽいけど?)

「各自、班を確認したらその表の通り席を移動してもらおう。」

シンジ達は指示通り、第1班と書かれた席に移る。

「…は、ハロー?ないすとぅーみーちゅー、、、マ、マイネームイズ、マナ、きりしま…」

「初めまして、霧島マナさん、よろしく。僕はエイオーだよ。」

「初めまして、霧島さん…綾波レイです。」

「あ!…な、何だ、日本語できるんだぁ、よかったよ〜。この部屋に来てから皆英語しか喋らないんだもん。

 どうしようかって思っていたよぅ。私リスニングは得意なんだけど…どうも、喋るのは苦手で…ね。」

………先程の総司令官の挨拶も英語であった。

「そうなんだ。でもこれから英語だらけの生活になるから、自然と喋れるようになると思うよ。」

「うん、初めまして、エイオー君と、綾波さん。これからヨロシクね!」

(うわ〜、肌しろ〜い、紅い瞳、髪の毛が光っているみたい…すごく綺麗。A・O君か…かなりいいかも。)

レイは少し頬を染めているマナをじっと見ていた。



第1班は皆同い年の9歳、お子様班である。第2班、第3班は平均年齢19〜20歳位だ。

第3班の席に着いたチリチリの短い黒髪をした黒人が声を上げる。

「おい、なんだよ…ありゃ?第1班は子供だけじゃね〜か?本当に試験受かったのか?」

その言葉は会場にいた受講生達全員の疑問であった。その言葉に責任者が答える。

「説明の必要はないが、一応言っておくと…君は、アル・ジャックロウ君だね。

 第1班の蒼い髪の娘、綾波レイ君は総合試験を第一位で通過している。勿論君よりも上位だ。」

紅茶色の髪をボブカットにした女性がスッと手を挙げる。

「なんだね?…えぇと君は…」

「ドイツのカーチャ・ウィリアムズです。

 総司令閣下、先程この人選は試験結果を加味していると仰いましたが、

  それでは、なぜ彼女は第1班の班長ではないのですか?」


………第2班の班長である自分の評価に疑問が付く、と言いたいようだ。


「単純に第1班の班長A・Oクンの評価が綾波クンより上という事だ。

 またそれぞれの班の総合力も実力順であり、それ以上でもそれ以下でもない。」

実際にはマナは第9位の合格者であるが、シンジとレイのフォローがあれば大丈夫だと判断されていた。

その言葉を聞いたダークブラウンの髪をリーゼントのように整えた男性が手を挙げる。

「イギリスのロビー・エプシュタインです、発言宜しいでしょうか?」

「構わんが、質問は君で最後だ。」

「彼の名前はA・Oとの事ですが、これは本名ではないでしょう。なぜ彼だけコードネームなのか?

 私としましてはこれから数年の間、命を預ける仲間になる人物の事を知りたいのですが。」

「うむ、当然の疑問だと思うが、彼に関しての個人情報は全てトップシークレットと決定した。

 仲間として信頼に足る人物か、というのはこれから君達が実際に知る処になるだろう。」

その遣り取りを聞いていたマナは冷や汗をかいていた。

(…ほ、本名だと思ってた。あははは。)



………空港。



会場に配られていた書類によれば彼らはこれから12月まで国連軍アメリカ基地での基礎教練となっていた。

シンジにとっては2度目の国。レイやマナにとっては初めての海外である。

出発に当たっての私物は最小限にする様に注意を受けていた為、シンジはリュックサックのみだ。

貸与される軍服や支給されるモノは官舎に用意されているそうだ。

出発の空港に第1班が集まるが、どこをどう見ても軍隊のトップエリートを目指している人達には見えない。

レイは薄い桃色のスカートに白いシルクのフリルブラウス、大き目の麦わら帽子。

シンジはオレンジ色のポロシャツに黒色のジーンズ。

マナは白い無地のワンピースに茶色いポシェットを肩に掛けていた。


「お早う、霧島さん。」

「あ、お早う、A・O君。…ってなんで綾波さんと一緒なの?」

レイと仲良く手を繋ぎ現れたシンジにマナが聞く。

「え?…あ〜その、…」

「夫婦だから。」

「「え!?」」

マナと声を揃えたのはリュックの紅い本。

(リリスってば!)

ソレを誤魔化すようにシンジは話題を変えようと喋るが、ちょっと声が上ずる。

「あ、あの霧島さんは海外って初めてなんだよね?」

「え?ぁ…うん。そうなんだよねぇ。どんな所だろう、アメリカって…。」

そんな会話を無視してレイはシンジとマナの間に立ち、帽子を取ると彼をぎゅっと抱きしめる。

『わぁ!…れ、レイちゃんってば、大胆。』

「あ、綾波?」

「A・O君、きゅってして。」

「う、うん。」

シンジは顔を紅くしながらも優しく力を込める。

マナはその目の前で繰り広げられるピンクな世界に目を点にしている。

(ななな。私ってお邪魔虫?…綾波さんってA・O君とどういう関係なの?)

『綾波?』

『ごめんなさい。』

『いや、いいんだけど…彼女も班の仲間だから、仲良くしておかないと…ね?』

『分かったわ。』

ゆっくりとシンジから離れたレイはマナの方を向いて話す。

「A・O君と同じ所から来たの。だから、一緒。」

「え?あ、あ〜そうなんだ。ねぇ、綾波さんはアメリカって行った事ある?」

「ないわ。」

「A・O君は?」

「僕は、数年間住んでいたよ。」

「へぇ〜そうなんだ。…あ、ねぇねぇ。A・O君て言いづらいから、アオ君って呼んでいい?」

「え?アオってなんだか、綾波の事みたいだね。僕は、白って感じだと思うけど。」

「でも、白ちゃんなんて呼んだら、なんだか犬猫って感じしない?」

「ぷっあはは。それもそうだね。」

「それに、A・Oって本当の名前じゃないんでしょ?」

「そうだよ、知らない内にそういう話に決まっちゃったみたいだね。」

「綾波さんは、A・O君の本名って知っているの?」

「知っているわ。」

「!えぇ〜何だかずるいなぁ。ね、ね、ね。私にも教えて?いいでしょ?」

「う〜ん、いいのかなぁ。一応トップシークレットらしいんだけど。」

「綾波さんばっかり贔屓して〜A・O君、酷いなぁ。仲間でしょ?同じ班でしょ?ね、班長?」

………マナは手を胸の前にあわせて小首を傾げておねだりポーズをする。

『…ぅ。ど、どうしよう?』

『いかり君、まだ教えない方が良いと思うわ。』

『マスター、彼女がもう少し秘匿事項に関する事を学んでからの方が良いと提言いたします。』

『さっきはゴメンね、しんちゃん。皆の言う通りマナちゃんには悪いけど今は教えない方が良いよ?』

『うん、分かった。そうしよう。』

「霧島さん。別に綾波を贔屓にしている訳じゃないんだ。僕の本当の名前は何時かちゃんと教えるよ。」

「うぅ〜。じゃぁ、仲間の証に霧島さん、なんて他人行儀な言い方じゃなくて…マナって呼んで?」

それを横で聞いていたレイの瞳がピクッと動く。

「え、霧島さんじゃダメなの?」

「綾波さんだって綾波って呼んでいるんだもん。…ねぇ良いでしょ?ね…呼んで?」

若干頬を染めておねだりするマナ…シンジはレイの波動の変化を感じる。

「…あ、ごめん。僕ちょっとトイレに行って来るよ。」


………逃げたな。


第2、第3班の大人たちは一見、楽しそうにお喋りしながら歩いているその子供達を見て、

 その平和な様子に何と無く自分達が護るべき世界を見た様な気がした。

シンジが戻って来たその後、空港にアナウンスが流れ一行は所定の手続きをして飛行機の搭乗口へと向う。




………国連軍アメリカ陸軍基地。




さて、アメリカでの基礎教練が始まり1ヶ月が過ぎる頃、なぜシンジが第1班の班長なのか、

 メンバーは彼の実力を理解していった。

そして、マナは何かと優しく大人っぽい落ち着いた雰囲気のシンジに好意を抱いていた。


………本人はまだ自覚していないが、マナの初恋である。


彼女は常に同い年のアルビノの2人に付いていたが、彼らの仲の良さに旨く加われず歯痒い思いをしていた。

昨日、教官から基礎格闘技の訓練がステップアップし更に実践的な教練を行う為に、

 国連本部経由で外部講師が1ヶ月間の予定で派遣されると通達されていた。

11月の今日、ドイツからアメリカに来たその一流の格闘講師、名を葛城ミサトと言った。

訓練開始の前日、シンジ、カーチャ、アルの各班長は教官に呼ばれ外部講師を紹介されていた。

シンジは基本的に外部組織の人間と接触する時は白い仮面を付ける事を義務付けられている。

「紹介しよう、ドイツから来て頂いた葛城ミサト二尉だ。

 これから、諸君の格闘訓練の特別講師として、約1ヶ月間教鞭を取って頂く。」

「みなさん、よろしく。葛城ミサトです。」

(…って、何よ?あのちんちくりんの白いのは?仮面何か付けちゃって。ヘンなの。)

「彼ら3名はトライフォースの班長達だ。

 明日からの訓練は彼らと打ち合わせをして有意義なものにして欲しい。」

「分かりました。あなた達、ヨロシクねん♪」


………しかし、白い仮面の男の子は返事も動きもしなかった。


そして教練初日の訓練室で事件は起こる。

1列に並び教官を待っていた受講生達は、班長達を引き連れて入ってきた濃紺色の長い髪の女性を見た。

ゆっくりと品定めをする様にミサトは並んでいる生徒達の目の前を歩く。

そして、行き成り拳を振るった。

”ヒュッ…ガッ!” 

「きゃ!」

予備動作も無しに振るわれた拳はマナの右頬に当たり、彼女は数歩後ろのマットに倒れる。

その突然の光景にシンジは慌てて駆け寄った。

「だ、大丈夫!?マナ?」

赤くなり唇を切った彼女の口から血の滴が滴る。男の子がその血に濡れた右頬に手を添えて抱き起こす。

「うぅ。大丈夫、って、いたた。いったぁい…………あ!、アオ君、初めて呼んでくれたね?」

久しぶりに聞いたA・Oの日本語にマナは痛みを忘れてシンジに見入る。


………アメリカに着いてから英会話に不慣れなマナの為に常時英語での生活をしていたのだ。


「え?」

その添えられた手をそっと握るマナの目線は熱い。

「…マナって。」

「あ、ご、ごめん。」

「いいの、うれしい。」

”ぽっ”っと自分を抱きかかえる様に心配してくれる男の子にマナの胸は早鐘を打つ様に高鳴ってくる。


………加持と別れて以来、全く男っ気の無いミサトはそんなモノを見せ付けられて当然のように噛み付く。


「なによ、これ位も避けられないの〜?…ったく、レベル低いわねぇ。一応、エリートなんでしょ〜?

  …何だか、ガキんちょが生意気にイチャイチャしているしぃ〜」

この一ヶ月という時間、行動を共にするようになって第2班、第3班のメンバー達は、

 第1班の子供達を自分達が護るべき世界の象徴のように大事に思っている。

……それを突然殴り飛ばしたこの女性に対して、皆目つき冷たく敵対心を燃やす。


………ん?若干1名、違う敵対心を燃やしている女の子が居るが。


ミサトとしては、自分の格闘技術と生徒達のレベルの差を知らしめる為の単なる人心掌握を目的とした、

 威圧行動に過ぎなかったが、愚かな事にこの行動で部屋の隊員全てを敵に回した。


背後に波動を感じたシンジは振り返り見ると、顔を横に向けたレイが立っている。

「あ、綾波?」

つーん。

「綾波さん?」

しーん。

「れ、レイ?」

漸く嬉しそうに振り向き答える。

「なに?」


………彼女と同じ様に名前で呼んで欲しかったようだ。


『ごめん。あの、れ、レイ…霧島さんが殴られたのに驚いちゃって…

  その、咄嗟だったから、前の呼び方になっちゃったんだ。』

『いい。し、シンジ君は優しいから。』


………シンジを初めて名前で呼んだ彼女は顔が紅い。


しかし、前史と何も変わらない偽善者の勝手な言い草にシンジはかなり怒っていた。

『…あの女には罰が必要だね。』

シンジの波動が急速に冷たくなってゆくのを感じたレイは胸が締め付けられる様に悲しそうな顔をする。

彼女は何時も暖かなシンジでいて欲しいのだ。

「レイ、悪いけど彼女を医務室に連れて行って?」

「”コクリ”分かったわ。」

そして、恥も外聞も何も気にならないミサトは、部屋の雰囲気が変わったのに気付いていない。

「なぁによ、あんた達。

 これから実戦を経験していくのよ?戦争なのよ!いつも気を抜くなって事!分かった?

 …じゃ、これからアンタ達のレベルを見てあげるから、我こそはっていうヤツからかかって来なさい。
  
 どちらかが、参ったと言う迄やるわよ。」

そして、シンジを除く全員が手を挙げる。

流石に格闘技で出世したミサトは、その流れる様な動きで1撃も食らわずにどんどん隊員を倒して行く。

「…ふぅ。…本当に大した事ないわねぇ…アンタ達。そんなんじゃ、立派な士官になれないわよ?」

小馬鹿にした様に、倒れている隊員達を見ながらミサトは笑っている。

「葛城二尉、僕と賭けをしませんか?」

最後に残った白い仮面を付けた男の子はゆっくりと彼女に近付いてゆく。

「はぁ?なぁによ…賭けって?」

「そう、賭ですよ。もし僕があなたに勝ったら、あなたはトライフォースの講師を降りる。

 僕が負けたらあなたの奴隷にでも何でもなりましょう。どうですか?」

「あんた、人生を棄てるのね。」

にんまりとミサトは笑うが、

 トライフォースの大人たちは、シンジの実力をこの一ヶ月間でイヤと言う程その身をもって味わっていた。

決して手を抜いているのではないだろうが、

 対決してもその体に一撃を加える所か、彼の穏やかな顔を一切崩す事ができない内に負かされるのだ。

実力の底が見えない、というのが関わる全ての人の感想であった。


……シンジとミサトが部屋の中央で間合いを取るように構えると、

 レイと右頬にガーゼを貼り怪我の処置を受けたマナが訓練室に戻って来た。


「確認しますけど、実戦ですよね?…怪我しても恨まないで下さいね?」

「はぁ?ぷっくくく。あんたもね。」

格闘戦に絶対の自信を持つ不敗のミサトは知らない…第1班の班長A・Oの強さを。

「じゃ〜行くわよ!」

”ゴゥッ!”とミサトの拳が空気の壁を切り裂くが、目の前に居た男の子は消える。

彼を見失った瞬間、ミサトが感じたのは右頬に見舞われた彼の拳の圧力。

”ドゴン!”「…これはマナの分。」

その言葉を聞いたマナは”きゅん”と胸を締め付けられる。

(はぁぅ〜。もぅアオ君ってばぁ素敵……かっこいい。)

倒れたミサトは信じられないモノを見たような顔をし、久方振りに”じんじん”とした熱い痛覚を感じる。

「あ、アンタ!何!女の顔に手ぇ挙げてるのよ!」

「あれ?戦争でもそう言うんですか?…さっきと言っている事が違う様ですが?」

睨んだミサトは白い仮面の中の鋭く光る様な紅い瞳を見た。

「ひっ!」

ミサトはバネ仕掛けの様に反射的に立ち上がり、今感じた恐怖を振り払う様に回し蹴りを放つ。

初撃を彼に避けられても構わず手や足を連続的に繰り出し、息を吐く暇も与えない攻撃を続ける。

”ブンッ…シュッ…ブン!シュ…シュ、ブンッ!ブン!”

「アンタ!いい加減、当たんなさいよ!」

「…ったく。はぁ…もう、いいや。」

呆れてそう言うと、シンジはミサトの動きの速さとは比較にならない位にスピードを上げる。

白い仮面が残像で残る様な速さに全く付いて行けないミサト。

”シュン!ゴン!ボスッ!ガッ!”

その脳天にシンジは無慈悲に右肘を落とし、間髪入れず左膝を腹に食い込ませて女をくの字に変形させる。

食い込ませた足を伸ばす様に下ろし、軸にして苦しそうに喘ぎ震える彼女の左頬に鋭く右ハイキックを出す。

”…ドサッ”

ミサトは白目を剥き意識を刈り取られてしまったので、「参った」の声も出せない。

”たたたっ”

ミサトを見下すその底冷えする氷の様な瞳を落としているシンジにレイが駆け寄り抱き付く。

「『シンジ君、私を見て?』」

抱き付かれて、波動での呼び掛けと愛しい声を同時に聞いたシンジは、

 ゆっくりとレイの吸い込まれそうに美しい澄んだ深紅の瞳を見詰める。


………硬く冷たい色を帯びていた彼の瞳の力が抜ける様に変化し、何時もの柔らかな暖かさが戻ってくる。


シンジはゆっくりと仮面を取ると微笑み、レイのマシュマロの様に柔らかな桜色の唇に口付けをした。

”チュッ!”

『ん…ん、シンジ君。』

『ありがとう。心配かけてゴメンね、レイ。』

ソレを見ていたマナは呆気に取られていた。

(あ!!うぅ〜〜綾波さん!!ま、負けない…負ける訳にはいかない!乙女の初恋は成就するものなの!)

マナは先程ハッキリ感じたA・Oに対する想いを強くする。


………彼女もリリスと同じ様に逆境に成れば成る程燃えてしまう困った性質なのか?


レイのお陰で冷静になったシンジは、部隊壊滅の状態に内線で医務局の職員を訓練室に呼んだ。

その騒動が収まった後、上官より出頭命令を下されたシンジは狭い部屋で詰問を受けていた。

「……ふぅ、何があったのだ?A・O三尉?」

「はっ。葛城二尉により霧島准尉が暴行を受けました。

 その後第2班、第3班の隊員が訓練と称した二尉から同じ様に一方的な暴力を受けました。

 自分は不本意ではありましたが、二尉は心神喪失状態と判断し彼女の暴力を制する為に行動に出ました。」

「君に非が無い事は綾波准尉やほかの隊員からも報告を受けている。

 幸いにして、霧島准尉の怪我も大した事が無くてよかった。

 今の葛城君の状態では講師は出来ないだろう、退院後ドイツに戻る様に手配をした。

 今、この基地では君達…第1班は平和の象徴のように慕われているのだ。 

 もちろんA・O、君の実力は皆が知っている。…だから、その力は正しいと思った事に使ってくれよ?」

「はっ。」

「宜しい、罰として第1班は第2、第3班の隊員の世話をする事。いいな?では、退室したまえ。」

「分かりました…退室します。失礼しました。」

敬礼し、部屋を出るシンジ。


………これから2日間レイとマナを伴い6人の隊員の世話の為、医務局の職員の手伝いをする。

診断の結果、第2、第3班は全員打撲程度で済んでいた。


別の部屋に収容されていたミサトの意識が戻ったのは事件から3日後だった。

彼女に接する看護士や医師の冷たい態度を不思議に思ったミサトは、

 2週間経ってやっと顔の腫れが引いたので、

  気分転換に外の空気でも吸おうと、ダメージを受けた身体のリハビリも兼ねて、

   散歩がてら基地を歩くがその周りの冷たい視線を”ヒシヒシ”と感じる。

(あによ、あによ〜。弱っちぃのが悪いんじゃない!…ふん、勝ちゃ〜いいのよ!)


………シンジに完膚無きまでにヤラレたのを忘れているのか?


その後、ミサトはこの基地から国連軍全軍に広まった暴行女と言う不名誉なレッテルを土産に、

 シンジ達に会う事無くドイツ・ゲヒルンへと強制返還されていった。





オーバー・ザ・レインボー−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





………アメリカ東海岸。



世界各国の海軍を編成し直した国連海軍の第一艦隊は、太平洋とアメリカ東海岸の治安維持に努めていた。

沖合に停泊しているその艦は、国連軍太平洋艦隊旗艦に当たる原子力航空母艦として、

 セカンドインパクト後の制海権を支配する様な、その威風堂々たる巨体を静かに浮かべている。

新しく造られた世界最大の海軍基地であり、アメリカ東海岸の主要港バージニア州にある

 ノーフォークを母港とする空母は、オーバー・ザ・レインボー(OTR)という艦名を与えられていた。

アメリカ海軍所属であったニミッツ級第8番艦、

 ユナイテッド・ステーツを改修したこの巨艦の全長は333m、

  船底からマストまでの高さは二十四階建てのビルに匹敵し、発着用飛行甲板の幅は77mに及ぶ。

空母を運用する士官、兵員や80機以上収容される航空機の運用・整備を行う航空要員を合わせた乗員数は、

 常時5,000人を軽く超える。

特殊部隊トライフォースはこれからこの巨艦を活動拠点とし、教練と実地を行う。

現在、アメリカ東海岸の沖に停泊しているOTRに向かい、兵員輸送用のヘリが飛び立つ。

シンジ達は12月5日、OTRへ乗艦した。


………青く煌めく海原に点在する艦隊を見たマナは少し興奮気味だ。


「アオ君、見て見て!…軍艦が見えてきたよ!すごいね!何隻いるんだろう?」

シンジの右横に陣取っているマナはくっ付く様に彼の背後にある窓から外を見ている。

左横に座っているレイは静かに彼に凭れ掛かって寝ている様にその瞳を閉じている。

シンジは挟まれて動けないので何とか首だけ左に捻って、その窓から艦影を見やる。

「本当だ、えぇと…全部で35隻。

  確か再編された国連軍第一艦隊は全部で400隻以上の筈だから、

   他の艦は任務で別の海域に出てるんだろうね。」

この狭いヘリにいる特殊部隊では、A・Oとレイは既に公認のカップルであったが女の子は認めていない。

マナは、何度か告白しようとしていたが未だ出来ずにいた。

A・Oに、もう一度はっきりと二人の関係を聞いてみたい。

彼とレイの様子を見ればその心が通じ合っているのは、分かる。

しかし、だからと言ってこのままではいられない。

A・Oへ自分の気持ちを伝えたい…マナはジレンマに陥っていた。


………人を好きになる事は良いことだ。


そして、恋愛沙汰の結果がどうあれ、それは自分で理解し、納得していかなくてはいけない。

その事は、いかに他人がうまく説明し言おうとも教えたのでは理解できないだろうし、意味がない。

それが分かっている第2、第3班の恋愛と人生の先輩である隊員達は、その様子を暖かく見守っていた。


……暫く時間の掛かった空の旅は終りを迎え、ヘリは誘導されたスペースにゆっくりと着艦を成功させた。

”キュン、キュン、キュン、キュン…”

回転しているプロペラが動力を切られ、休む為に徐々に速度を落としていく。

荷室を兼ねた搭乗口が開くとその中から軍服に身を包んだ3人の子供が出てくる。

飛行甲板に居た乗組員達はその子達の襟に付いている階級章を見て訝しげにした。

(あれが特殊部隊なのか?)

白い子、蒼い子、茶色い子を見て、その後に続く様に出てきた若い士官達に目線が移る。

(随分とまぁ、若い部隊だな…責任者は誰だ?)

ヘリの着艦管制を担当し、誘導していた軍人はまさか白い子が責任者だとは想像も出来ないだろう。

出迎えにわざわざ甲板まで来てくれた副司令官に敬礼するシンジ。

「ウィルバー准将、お世話になります。トライフォース隊・隊長のA・O三尉であります。」

その様子に甲板管制官の男は目を見開き驚いていた。

(単なる部隊に態々副司令が?…それにあの子供がトップなのか?)

「うむ、君を含む3名の班長はブリッジにて提督へ挨拶に来てくれ。

  後の隊員たちは艦橋下の会議室にて待機を命ずる。」

「了解しました。」

アイランドに向かう准将に付いてゆく隊員達を何時の間にか集まった乗組員達は物珍しげに見ていた。



隊員たちとは別に艦橋に案内された3人の班長は艦隊司令であるリッジ提督と対面していた。

「初めまして、リッジ少将。
  
 …国連軍総司令部直属特殊部隊トライフォース、隊長のA・O三尉であります。」

サッと右手を挙げて海軍式の敬礼をする。

「うむ、私がチェスター・リッジだ。君がリーダーかね?小さいのは体質かね?」

返礼をする初老の厳つい男。その瞳には、数多の戦いに勝利を勝ち獲ってきた強い光があった。

「いえ、年相応だと思いますが。」

「?…そうか、まぁいい。君達はこれから一応この艦の乗員として組み入れられる。

 そして君達への直接命令権は総司令部に有る…もちろん、私にもあるがね。

 まずは、軍艦の生活に慣れる事から始めたまえ。 

 一応、士官としてそれぞれに個室を与えよう。

 必要な連絡はブリッジにしてくれれば副司令に伝わるようになっている。

 …ウィリアム、彼らを仲間の所に連れて行き、これからの予定を下達せよ。以上だ。」

「ハッ了解!」

「はっ了解しました。失礼致します。」

「「失礼致します。」」

ウィリアムがブリッジを出て行くのに続くようにシンジ達は挨拶をして、その後ろに従って行く。



ブリッジよりエレベーターで3階下に用意されていた会議室にレイは居た。

「ねぇ、綾波さん。」

「…なに?」

レイの座っているイスの目の前にマナが立つが、彼女は本から目を離さない。

「アオ君の事、何だけど…」

そのマナの雰囲気に、レイは瞳を上げ彼女の表情を伺い見る。

「綾波さんは、どう想っているのかなって…その、何て言うかな…」

「A・O君は、私にとって唯一無二の存在。掛け替えの無い人。私の全て…そう言う存在。」

レイの想いのレベルを聞かされて、再びマナは自身の心に自問自答する。

(綾波さん…そうなんだ。好きだけじゃダメなの?…でも、この気持ちは嘘じゃない…)

「あ、ありがとう。綾波さん。ハッキリ言っておくけど…私、アオ君が好き。

 …でも、綾波さんのその気持ちと同じなのか分からない…ゴメンね、何言っているんだろう?

 あ、あははは…わ、忘れて、ね?」

そう言うとマナは顔を俯けたまま歩いて行ってしまった。


レイは彼女の想いを断る時にまたシンジの心が苦しめられるのかと思うと自身の事の様に哀しくなった。


そんな時に、会議室へ班長達が戻って来た。

『!レイ。どうしたの?』

シンジは彼女を見た瞬間に感じた心の波動に敏感に反応する。

『なんでもないわ、シンジ君。私は平気。』

マナの事は自分が勝手に喋って良いモノでは無いとレイは考えた。

『そう?…分かった。何かあったら、何でも言ってね?』

『うん。ありがとう。』

やっと、自分に微笑んでくれた彼女を見てシンジはゆっくりと頷き、一応安心する。

傍から見ていれば、見詰め合っている恋人同士にしか見えない。

…目を見れば相手が分かる、そういう2人の雰囲気をマナは少し離れた席から見ていた。

(…唯の恋人関係…じゃ無いのかな?私も綾波さんみたいにアオ君の事、想っているのかな?)

「霧島准尉!集合だ!何をしている!」

暫く机に肘をつき、ぼ〜っと思慮の海を泳いでいたマナに隊長シンジの叱咤の声が飛ぶ。

シンジは普段の優しい雰囲気を持つ友達モードと作戦行動中の隊長モードを確りと分けケジメを付けていた。


………普段はマナと呼んでも仕事になれば階級で呼ばれるのだ。


「ハッすみません!」

イスを飛ばす様に隊員の集まっている場所へマナは走る。

ソレがどんなに愛しい女の子でも、仲の良い友達でも変わる事の無いシンジのケジメ有る態度は、

 上官や仲間達に好感と信頼を与えていた。

最初の頃にあった子供が隊長、という不名誉を感じていた第2、第3班の隊員たちはシンジの人柄を知り、

 今では逆に内情を知らない外部から彼を擁護するようになっていた。

その隊長から話が始まる。

「さて、今日より我々トライフォースは太平洋艦隊旗艦であるこの空母の一員として組み込まれる。 

 また、実績も無い訓練中の我々を艦隊司令チェスター・リッジ提督の厚意により、

  正当な士官として扱って下さるそうだ。

 諸君に士官用の個室を用意して頂いた。感謝を忘れるな?

 平時の我々は訓練以外の時間を搭乗員として、他の乗組員に協力してもらい作業を行う事になる。

 その作業内容は後ほど副司令ウィリアム・ウィルバー准将から各班長へ下達される。

 それでは用意された部屋に待機し、14:00に再びこの部屋に集合。

 太平洋艦隊の概要のレクチャーとこの艦を案内して頂けるそうだ。それでは、以上解散。」

足を肩幅に広げ腕を腰にやり胸を張る…そのいかにも軍人らしいカッコを解き、シンジは一息入れる。

「ふぅ。部屋に荷物を持って行こう…綾波の部屋は何処なんだろう?」

「トライフォース隊、隊長A・O三尉ですね?…士官室にご案内いたします。こちらへどうぞ。」

「あ、すみません。…ぅぉ……お、お願いします。」

部屋に案内をする、と言ってくれたその扇情的にグラマーな女性下士官の体に一瞬見とれたシンジ。


………その様子をレイは見ていた。


「どうも、ありがとう。これからウチの隊員が迷惑をかけると思うけど、よろしくお願いします。」

子供であっても、上官にこんな言葉を掛けられた事の無い女性は、ニッコリ笑って答える。

「イエス、サー。頑張って下さい。」

部屋に入りシンジはリュックを置くとドーラに呼ばれる。

「マスター、宜しいでしょうか?」

「どうしたの?」

「この艦隊を制御下に置きましたが、兵装システムは独立し、衛星を含め各3系統です。ハックしますか?」

「いや、必要にならない限りしなくて良いよ。どうせ、コントロールは直ぐに取れるんでしょ?」

「勿論で御座います。では兵装以外のシステムを常時チェック下に置きます。」

「ありがとう。」

「しんちゃん、あそぼぅ〜?」

「うん、いいよ。僕も疲れたよ…なにしよっか?」

”ピピッ”

士官用の部屋は1DKの広さである。

備え付けの内線を取りシンジは答える。

「こちら、A・O三尉だ…」

「…シンジ君、ちょっと来ほしいの。…左隣の部屋よ。」

「あ、レイ。分かった。隣なんだね?直ぐ行くよ。」

やおら受話器を置くと浮かんでる紅い本に謝る主人。

「リリス、ちょっと待っていて?直ぐに戻ってくるから…ね?」

「しんちゃ〜ん。いいよぉ〜だ…パぁートナぁ〜なのに…寂しい、ねぇ。」

「ご、ごめんよ。直ぐに戻るから。」


………シンジの約束は守れない。


”コンコン”…シンジは自分の部屋を出た先の左隣のドアをノックした。

「どうぞ。」

気持ちの良い鈴を転がすような声を聞き、シンジはゆっくりドアノブを回す。

………部屋に一歩、足を踏み入れた瞬間…見えないドアの死角から出て来たモノに頭を抱き締められる。

”むぎゅう〜!”

「うぁっ、ぅむ〜…むぅ〜。」

緑色のシャツを見たシンジはその柔らかいモノに頭を抱えられて埋められる。

感じ取れる感覚は暖かく柔らかな質量に押し付けられる自分の顔。

むせ返る様なその豊かな甘い香りにシンジは現実感を失いかける。

(なな何?〜ぅうぅ〜きもちいい。あったかい〜。いいにおいぃ〜はぅっ)

むぎゅ、むぎゅ、んぎゅ〜…と更に男の子の密着度を増す様に腕に力を込めると、シンジの顔が動く。

「あん、動かないで。」

シンジは暫く桃源郷に旅立っていた。

このシンジを翻弄する女性。…緑色のシャツに陸軍ご用達の迷彩入りのズボンを履いている女性は、

 シンジを物凄く愛しげに抱く。

「…ぷはぁ…。」

シンジは密着していた柔らかな女体から”ふらふらっ”と離れた。

そして顔を上げて見えたその女性に驚く。

彼が見たのは”力”を使い見事なプロポーションに成長した成人のレイであった。

「れ、レイ!…どうしたの?…なんで?」

「シンジ君、どう?…気持ち良かった?…このくらいじゃダメ?」

「いや、そうじゃなくって…どうしてさ?」

「さっき、案内した女のヒトを見た時のシンジ君の波動を感じたから。」


……シンジは一瞬ではあったが、見惚れた事を見られていた。


「私じゃダメ?」

腰を落とし上目遣いで紅い瞳を潤ませるレイ、シンジは鼓動が早くなり顔が紅くなる。

「そ、そんな事無いよ。れ、レイ…すんごく綺麗だ…本当に。その、うれしいよ。

 でも、他のヒトに見られない内に元に戻った方が良いんじゃないかな?」

「どうしてそういう事、言うの?」

レイはたおやかな腕を伸ばすと再びシンジを抱き締める。

(……はぅ。)

シンジは動くような抵抗は出来ないが、その顔は幸せ一杯という至福の表情であった。

約30分間…お互いの体温の差を感じられなくなる程くっ付いていた2人は、

 集合時間に近付いてきた壁掛けの時計の針を感じて渋々と離れた。

「一度部屋に戻るから、それから一緒に行こう?レイ。」

「分かったわ。」

シンジが部屋に戻ると、リリスが浮かんで近付いてくる。

「しんちゃん、随分とお楽しみだったみたいねぇ?直ぐ戻るって言ったのにぃ〜」

「ご、ごめん。じゃ、一緒にこの艦の見学会に行かない?」

「う〜ん。ま、いっか。しんちゃんはモチロン手に持ってくれるんだよね?」

「う、うん。それが良いのなら、そうするよ?」

「ま、マスター、私もお願い致します!」


シンジ達隊員が集合し14時に会議室で始まった太平洋艦隊のレクチャーは2時間に及んだ。

休憩を挟み、リリスとしてはデート気分の艦内見学会は16時20分にスタートした。

約束通り右手に持たれた紅い本は機嫌を良くしている。

『しんちゃん、広いねぇ。』

『凄いね。まるで一つの町だね…』

腰のPDAケースのドーラは、この艦の詳細情報を確認している。

4時間を掛けた見学会。

最後に戦闘指揮センター(CDC)に入るがここには制限があり平時でも入れるのは極一部の乗組員のみだ。

シンジ達は、この日からそれぞれの班毎に他の乗組員と同様に雑務をこなしながら訓練を積んでいく。





アスカ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





………12月7日、ドイツ・ハンブルク。



アスカの母、惣流・キョウコ・ツェッペリンは珍しく今朝から不機嫌だった。

その原因は、朝一番に掛かってきた電話。

無期限延期中であった、EVAとの接触実験を実行すると言う連絡だった。

一方的に日時を決められ、実験の実行日は1週間先の火曜日とされた。

勿論、初期段階の開発からリーダーとして陣頭指揮を執っていた自分が被験者であるのは当たり前だが、

 その責任者に事前調整の連絡も無いとは。

(随分勝手ね…でも、1週間でリミッターを完成させなきゃね。…アスカの為にも。)

ユイとナオコの実験でEVAは魂を欲する事が分かっている。

科学的に魂、と言うのもおかしいが、実際にユイは取り込まれてしまった。

そこで、キョウコは独自に安全対策を講じた。

LCL成分変化をリアルタイムに測定し変化した場合、電源を強制的にカットするシステムを加えた。

また、被験者側で接触時にボタン一つで全回線・回路をパージできる仕組みも作った。

接触深度を一定以上進ませないようにするリミッターを今製作している所であった。

「パパ、アスカちゃん、行って来るわ。
 
 今日大学の講義はお休みなんでしょ?パパと何処かに遊びに行ってみたら?」

「ううん、レポート作らなきゃ間に合わないから、今度ママと三人でお出かけしましょ?」

「そうね。もう少しでママの造っているEVAが完成しそうなの…そうしたら、遊びましょ?」

「わかったわ。今度、またこっそり見せてね?ママの赤いロボット。」

「そうね、わかったわ、約束よ。」

「うん、行ってらっしゃい。」



キョウコは本部とは違う特殊装甲を造り既にEVAへの組み込みを終わらせていた。

その躯体の完成を職員の居ない処を見計らって娘に見せたのだ。


「大きい!ママ、これロボット?」

「う〜ん、ちょっと違うけど、そんなモンよ。これの名前はエヴァンゲリオン。」

「これ、何に使うの?戦争?」

「これを人間の戦争に使ったら反則でしょうね。多分、勝てないもの。

 アスカちゃん、これはね、人類を未知の脅威から救う為に造られたもの。

 これに乗るパイロットは人類の為に戦うヒーローね。」

「はいはいはぁ〜い!ママ!私がなってあげるわ!人類を守るエリートパイロットに!」

「ふふ、アスカちゃんにならできるかもね?」

「そうなったら、ママ嬉しい?」

「そうね、誇りに思うわ。」


娘にEVAを見せた時をボンヤリと思い出しながら、キョウコはゲヒルン第3支部へ向かった。

彼女が実験資料を見ながら研究室に向かう途中の自販機コーナーから声が掛かった。

「あれ、惣流博士じゃないですか?相変わらずお美しい。」

「あら、加持君。また第4から出張?」

「まぁ、そんな所です。コーヒーでも如何ですか?」

「あぁ、ゴメンなさいねぇ。今はちょっと時間がないわ。」  

申し訳なさそうに断るキョウコに加持はさり気なく知りたい話題を振る。

「そうでしたね。今や第3は博士の行うEVAの第3次接触実験の話で持ち切りですよ…。」

彼女はその話題にウンザリする様な表情で答える。

「…はぁ。委員会が勝手に決めてきたのよ、それ。…参っちゃうわねぇ、こっちの都合も聞かないで。」

「やっぱり、博士が被験者を?」

「勿論よ。」

「安全面に付いては大丈夫なんですか?」

「勿論、講じてるわ。あっと!いけない。…それじゃ、またね?加持君。」

「実験…見学させてもらいますよ。それじゃ。」



………OTR。



今日からシンジ達第1班は、訓練後に雑務をこなす事になる。

掃除、洗濯、…その他諸々。

専任もいるし機械もあるが、昔気質のチェスターは平時の勤務シフトを外れた搭乗員を使い”協力”させた。

これは士官も同様である。それにより長期間同じ場所で生活する組織に家族の様な絆を作るのだ。

第2班はこれからフロアデッキの点検に向かい、第3班は最下層のジェット燃料保管区の清掃だ。

第1班は一般兵の食堂で厨房と給仕のアシストを下達されていた。

「コック長!来ましたよ〜あの子供達です。」

「おう!分かった。」

「初めまして、A・Oです、こちらが綾波レイ、そして霧島マナです。よろしくお願いします。」

「おう、こんな小さな可愛い士官様は初めてだな。がっはっはっは。坊主!皿を洗ってな!」

「了解。」

「嬢ちゃん達は、給仕してもらおう。いいな?」

「「了解。」」

この食堂は第1班が居る間、大人気になり繁盛を極める。

「レイちゃ〜ん!コーヒー、アメリカンで頂戴!」

「了解。」

「マナちゃん!ランチAセット大盛りでよろしく!」

「はいはぁ〜い!」

「ねぇ!A・O君出してよぉ!!」



………第3支部。



12月14日…15時。

キョウコは緊張の面持ちでカプセルを見る。

アスカには昨日、実験をすると告げていた。


「アスカちゃん。明日、ママはEVAとの実験をするわ。」

「がんばってね。ママ!」

「ふふっ…モチロンよ。絶対成功させるわ。」



屈託の無い笑顔を見せてくれた娘を思い出している彼女にピョートルから連絡が入る。

『博士、事前に教えてもらった安全装置のチェックは終了です。LCLチェック、接触深度計異常なし。』

キョウコは何故かカプセル内外に爆発ボルトで作った強制回線回路パージ装置については、

 ピョートルに言わなかった。

(…ふふっ…惣流博士、すみませんね。全ては人類の為です。)


………この男、ピョートルはゼーレに利用されていた。


今日の実験の為に用意された安全装置は彼の工作で全て機能しない状態である。

『惣流博士、宜しいでしょうか?』

「えぇ、ピョートル。…始めましょう。」



その頃、アスカは父親に郵便を見せて貰っていた。

「おや、アスカ…国連からの要請だよ?なんでも人類を守る為に協力をして欲しいそうだ。」

「見せて、パパ!」



『最終ステップ準備、動力回路を投入します!…惣流博士?』

「了解、いつでもどうぞ?」

『LCL注入開始。……LCL電荷完了、EVAへ動力伝達。』

『……ステップ4、接触開始。』

”ブゥゥゥゥン!”

『1.0…0.8…0.6…0.4…0.2……ボーダーライン突破!』

『接触深度0.2…0.3…0.5…惣流博士、大丈夫ですか?』

「えぇ、大丈夫よ。安全装置もあるし…パルスパターンの変化に気を付けて。」

『了解しました。…現在は変化無しです。』

(……う?……何?意識が引きずられるような…これがEVA?)

まるで、身体から意識を引き出されるような初めての感覚に恐怖を感じるキョウコ。

『パルスパターンに微弱な変化!』

『接触深度1.0…3.0、変です!速度上昇率が速過ぎます!精神汚染の危険が!』

(くぅ!…離れる!だめ!!意識が飛ぶ!!)

『惣流博士!!』

キョウコは叫ぶ。

「ッ制御室!!!電力をカットして!!」

『おい!!安全装置はどうした!!』

『!?ダメです!!…反応しません!』

(…すみませんね。惣流博士、あなたには人類の為の生贄になってもらいます。)

騒乱に包まれる実験制御室で一人静かにしているピョートル。


………それを加持は部屋の端で見ていた。


(あっ!くぅぅぅぅ…ぐ!…あ…す…か!!!ダメ!!)”カチッ!”

離れ消えゆく意識の中、キョウコは娘の笑顔を思い出し何とか右手に掴んでいたスイッチを押した。

”シュバ!バ!バ!バ!バン!!”

「爆発ボルトの作動を確認!!惣流博士が全回線及び回路をパージしました!」

(え!な、なにぃ!)

彼はまるでカプセルが爆発したような轟音に驚き、窓側に走り寄る。

ピョートルがガラス越しに見えたのは、黒く変色したカプセル。

変形したハッチを溶断してカプセルに突入する救護班に救助された女性は、

 意識を失い糸の切れた人形の様にストレッチャーに乗せられICUへと搬送された。



そんな母の状況を知らないアスカは、

 彼女が誇りに思うと言ってくれたパイロットに自分が選ばれた、という事に、

  大いに喜び少しでも早く知らせる為に父の運転する自動車でゲヒルン第3支部へと来ていた。

「ねぇ、ママは?」

受付の女性に問いかけた紅茶色の髪を持つ女の子はこの支部では有名であった。

この研究所の代表に近い著名な博士の愛娘だ。

「アスカさん、ちょっと待ってね……えぇと、惣流博士は今病棟の方です。あら?何かあったのかしら?」


………因みに、この子は自分を”ちゃん”付けで呼ばれると怒るのだ。私は子供じゃない!と。


「何よ!?ママに何かあったの!?教えて!…あぁもう、いいわ!パパ!行きましょ!」

「おいおい、アスカ。待ちなさい!」

”タタタ”父親の静止も聞かない娘を見て、彼はその後ろを走り追いかける。



(なんて事だ!まずい。まずいぞ、これは!…キール様から直々に今日の実験を指示されていたのに!)



この金髪の男性は、キョウコの第1助手を勤めていた。

元々生真面目で勉学に一筋だった細身の彼は去年、ある女性と知り合った。

その女性は手練手管を駆使し眼鏡の田舎臭い青年の女に免疫の無い、ウブな心を捉えて離さなかった。

ピョートルはその女性の気を引く為に、有りと有らゆる物をプレゼントした。

そしてやっと宿泊デートのプランを彼女が了承してくれた時は、正に彼の喜びは絶頂であった。

喜び自室に帰った彼が腑と気が付いた時には、違法な会社から督促状が来るまでになっていた。

月給では返せぬ程の利息、増えてゆく借金、親にも相談出来ない青年は途方に暮れてしまった。

一本の電話が掛かってきたのは、そんな時であった。

ワラをも掴みたかった青年は、この話に乗った。

(そうだよ、人類の為じゃないか!良いことなんだ!一人の犠牲で人類が助かるんだ。僕のお陰で!)


………ゼーレの用意した女性は的確にその働きをしたようだ。


(そうだ!まだ今なら間に合う!)

ピョートルは、ICUの処置を終えて個室に移されたキョウコの病室に来ていた。

彼は委員会の影の上位組織ゼーレよりキョウコの魂をEVAに捧げるように命令されていた。

彼が借金返済の為の大金を手にする為には、キョウコの生存は看過できる話ではなかった。

彼はゆっくりと周りを窺い…誰も居ないのを確認すると彼女の寝る病室に入る為にノブに手を掛けた。

「大丈夫ですかね?惣流博士は。」

”ビクッ!”ピョートルは肩が震えたのを誤魔化す様に声の方を向く。

「あ、あぁ。大丈夫じゃないかな。」

髪を後ろに縛った男性を見て答える。

「副責任者のあなたが居ないんじゃ、実験の後始末が出来ないって騒いでましたよ?」

「そ、そうだね。戻らなきゃ…ありがとう、君は確か…」

「いちいち男の事なんて気にしていないで、さぁ、急いだ方が良いんじゃないですか?」

「あぁ、そうだな…分かった。それじゃ。」

(…ふぅん、どうやら彼は使われる身だな。もしかしたら、こりゃ金脈を見つけたかな?)

加持は、その嗅覚でピョートルの様子から彼がこのゲヒルンを裏切り従う組織の存在を感じた。

(あの人類補完委員会よりも上の組織か、それとも敵対組織か…これは面白くなりそうだ。)



”ガチャン!”

「ママ!」

「アスカ!落ち着きなさい!」

父親は肩で息をしている。

「ママ!…ママ!…ママ!」

女の子はパイプベットの上で動かない母親に縋り付く。

「ぅ、う〜ん。」

その激しい力にキョウコは眉根を寄せるように反応し、ゆっくりと瞳を震わせる。

「あ、ぁ…」

その開いた青い瞳を見るアスカの目から涙が溢れる。

「ま、ママァ!」

「う、うぅ〜ん…う?あなた、誰?」

「え?」

「おい、キョウコ。冗談でもそんな事を言ってはダメだ。アスカは本気で心配しているんだから…」

「あら、あなた。この子はどちらの娘さん?」

「おいおい。」

しかし、その後の検査でも何故か自分の子供であるアスカについての記憶、感情だけが無くなっていた。


………まるでEVAに奪われてしまったかのように。

 
診断の結果…一部記憶の障害、欠損と精神汚染…特に脳幹の無随神経の中のA系神経への汚染。

その日からアスカは大学を休み、何とかして大好きな母親に自分を思い出して貰おうと、

 毎日この部屋に来ていた。


1週間経ったある日。女の子はこの前の誕生日にキョウコから貰った人形を見せた。

キョウコが忙しい仕事の合間を使い作った、この手縫いの人形には母親の子を思う気持ちが込められている。

アスカはそれを貰った自分がどれだけ喜び、どれだけ大事にしているかを知っているキョウコが見れば、

 それを切っ掛けに自分の事を、消えようとしている親子の絆を思い出すと思ったから。


そしてキョウコはその人形を見て顔を綻ばせる。

「!あ、あ、ぁ!…!……アスカちゃん!」

「ママ!」

やっと自分を思い出してくれた、と喜び母に抱き付くがその彼女に払われてしまう。

「ちょっと!…ママ?…知らないわ。あなた、誰?」

そう言ったキョウコは愛おしそうに人形を優しく抱く。

「アスカちゃん、忙しかったのね?大学はどう?あらそう…ママは嬉しいわ。あなたは本当に頭の良い子。」

倒れ、硬い床から起き上がったアスカが見たモノ。


………汚染され傷付いたA系神経を更に刺激された結果、精神崩壊し…壊れてしまった母親。


自分を人形と間違えられている。

(なに?私はアレ?私は人形?……違う!わたしは、人形じゃない!!)

「アスカちゃん。ママねぇ、今日あなたの大好物を作ったのよ?

  ほら、好き嫌いしていると、そこにのお姉ちゃんに笑われますよ〜?」

その向けられた一切の愛情を感じられない瞳を見たアスカは、”バン!”と扉から走り出て行ってしまった。

(認めない!認めない!私はあんな人形じゃない!…ママ!ママ!

 …私は自分で考えて自分で動いているの!……生きているの!私はママの人形じゃない!)




………ベンチに座って、俯きその手をぎゅっと握っている女の子にゆっくりと近付く男。




「やぁ。君がこの世界で2番目に見い出されたEVAのパイロットなんだって?」

アスカが顔を上げ声に向けた視線の先には、ニヤけた格好のだらし無い大人が居た。

「…だれ?」

「あぁ、初めまして。俺は加持リョウジ。ゲヒルン第4支部のモノさ。

 それよりも、泣きそうな顔をしてどうしたんだい?」

「関係ないわ!放っておいてよ!」

「……アスカちゃん、ママの事が心配かい?」

「!!っ何で知ってるの!!」 

アスカは立ち上がり声を荒げる。

「そりゃ、君のお母さんは、この研究所の大事な人だ。みんなが心配するのは当然だろ?」

「それはそうだろうけど…」

「君のママはちょっと疲れているだけだ。少し休めばきっと良くなるさ。

 いいかい?心が疲れている時は家族の笑顔が一番の薬だ。

 …そうだ、ママが喜びそうな君のお話でもして、元気付けて上げたらどうだい?」

「そんな事で良くなるかな…。」

「あぁ、きっと良くなるさ。」

「どんな事を話そうかな…。」

「ママは君がEVAのパイロットに選ばれたのを知っているのかい?」

「ううん、知らないと思う。」

「よし。じゃぁママの造ったEVAのパイロットに選ばれたって、教えてあげれば喜ぶんじゃないかな?

 おっと、行かなきゃ。…じゃ、がんばって。」

不器用にウィンクをしてその男はアスカの前を歩いて行ってしまった。

アスカは暫く悩む様に顔を俯けていたが、弾けた様に走り出した。

(そうよ、ママに言わないと。ママのEVAのパイロットになれたって。誇りに思うって言ってたもの!)



”……カチャ”

キョウコの病室に静かに入る男。

彼女はそれにも気が付かず、嬉しそうに人形に語り掛けている。

「ねぇ?アスカちゃん。今度のお休みに何処にお出かけしましょうか?」

”…ギュム!”



”ガチャ!”

「ママ〜、ママ!私選ばれたのよ!ママのEVAのパイロットに!世界一なのよ!!……あれ?、ママ?」


アスカはベットに目をやるが母親は居なかった。

ついっと視線を動かすと足が見えたが、おかしい。……浮いている。

(あ、あ?…あ?…え、と。ママ、そんなの危ないよ?…え?…あ…)



「ぁあぁ。ぁあぁぁぁ…まァ、ママァァァーーーー!!!!」



廊下でその空気を切り裂く様な叫び声を聞いた看護婦が部屋に駆けつけて慌ててコールボタンを押す。

靴を脱ぐ事無くそのままベットに上がり急ぎ彼女の首に掛かっている紐を解く。

アスカは一切動けなかった。


………検死の結果、キョウコの死因は絞殺であった。

その自殺を思わせる状況は作られたモノであったが素人だと分かる雑な偽装工作であった。


アスカと別れた後の加持は第3支部から足早に出てきたピョートルを尾行していた。

”プルプルプル”

誰も来ないような壁と壁の間、そんなデッドスペースに来た彼は携帯電話を掛ける。

「私です!…はい、大丈夫です。えぇ、間違いなくコアパターンは変化しておりますので、

  日本の本部と同じで御座います。はい。えぇ…うっ!!」

加持は彼の背後に音もなく近寄り、その後ろ首に手刀を落とし気絶させた。

”トンッ………ドサッ”

『?…どうした?ピョートル?報告せよ。』

「はいはい。素人のピョートルさんは電話に出る事が出来ません。これからのご用向きは私が伺いますよ?」

『……誰だ?』

「卑しくもこの世にもがき這い上がろうとする一本の草ですよ?」

『誰だ?』

「あなたなら、直ぐに調べられるでしょう?」

『………ふん、加持リョウジ…だな?』

(!…っおいおいおい、本当かよ!)

加持はまさかリアルタイムに自分がバレるとは思っていなかった。

「そいつは、どうでしょう?」

『お前の目的は何だ?』

「あれ?折角さっき言ったのに…私はあなたの草になるって言ったつもりなんですが?」

『………ふん、まぁよかろう。ピョートルは既に用済みだ。始末せよ…その後は追って知らせる。』

「了解って言いたいんですが、明日は我が身…安全の保障が無いとねぇ。簡単に人殺しは出来ませんよ?」

『私はゼーレのキール・ローレンツだ。仕事が終わり次第、次の場所に来い…。』

(ゼーレ?キールって委員会の議長じゃないか!!)

相手が自分の身分や名を名乗る…

 この保障を持って加持は新たに請け負った仕事を証拠を一切残さず完璧に遣り通した。

後日、アルスター川を散歩していた男性が発見し警察に通報した水死体は、

 検死の結果…キョウコ殺害の容疑者として指名手配されていたピョートルの変わり果てた姿であった。


………こうして真実を求める加持は内務省のスパイとゼーレのスパイをこなす事になった。





NERV誕生−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





………12月14日、第3新東京市。



明日、人類は長足の進歩を遂げる。

ゲヒルン本部、第一発令所に2人の女性が居た。

静かなこの空間には足元を照らす照明が淡い光を放っている。

スーパーコンピューターMAGI。その基本システムである躯体の完成。

ナオコにとって明日は人生最良の日になる予定であった。

「……MAGIカスパー、MAGIバルタザール、MAGIメルキオール。

 マギは三人の私。科学者としての私、母親としての私、女としての私。

 その三つがせめぎ合っているの。」 

「三つの母さんか、後は電源を入れるだけね。」

嬉しそうにしているリツコを見て頷くナオコ。

「今日、先に帰るわね。ミサトが帰って来るのよ。」

「そうそう、彼女ゲヒルンに入っていたのよね…確か、ドイツ。」

「えぇ、第3支部勤務。」

リツコはファイルを纏めながらつまらなそうに言う。

「じゃ、遠距離恋愛ね。」

「別れたそうよ。」

「あら、お似合いのカップルに見えたのに…」

「男と女は分からないわ。ロジックじゃないもの。」

「そう言う冷めた処、変わらないわね。自分の幸せまで逃しちゃうわよ?」

イスに座り、リツコを少し心配そうに言うナオコ。

「幸せの定義なんてもっと分からないわよ?…さてと、飲みに行くの久しぶりだわ。」

「お疲れ様、りっちゃん。」

ファイルを持ち、ドアに歩いて行くリツコにナオコが声を掛ける。

「お疲れ様、母さん。」

これが、この親子最後の会話であった。


……ナオコは腑とゲンドウを見た。

「あら、所長?どうしたんですか?」

「あぁ、赤木博士。完成したMAGIを見に来たのだ。」

「完成、と言ってもOSや他のシステムへのリンク、まだまだ膨大なシステムアップが残っていますわ。

 そちらの処理も時間が掛かりそうです。」

ゲンドウは眼下に見える三つの巨大な演算処理装置の躯体を見る。

「そう言えば所長の息子さん、見付かりませんの?」

「む?…シンジか、生きている様だがあの小学校の記録以外では何も分かっておらん。

 まぁ、生きているだろうが、今何処で何をしているのか…。」

ゲンドウは顔を上げ何も映していない3Dモニターに目を向ける。


………その頃、シンジはレイ、マナと3人で食堂の食器を洗っていた。


「そうなんですか、早く見付かると良いですわね。………レイちゃんは元気ですの?」

「綾波クンからは、定期的に連絡が入っている。変わらずのようだ。」

(そう言えば…選ばれし被験者、綾波レイ。

 ……今までMAGIに掛かり切りですっかり忘れていたけど、

  あれだけユイさんに似ている所長の知人の娘って、誰なの?)

ゲンドウが執務室に戻った後、ナオコは地下設備にあるMAGI製作用に作ったPCで、

 第3新東京市の戸籍管理用のサーバーにハッキングを始める。

(ココの端末なら、アクセスログを一切残す事は無いわ。)

………”カタ、カタカタ。”

「綾波レイに関する全ファイル…抹消済み?…白紙だわ。どういう事?」

独り言を呟きナオコは思慮に暮れているが、突然背後から襲われた。




………居酒屋。




「おっじさ〜ん。生!生ビールちょ〜だい!ソッコ〜よん♪やっぱビールは日本よねぇ!」

「ふぅ。ミサト、あなたって、本当に良く飲むわねぇ…。」

「あらん、お褒めに預かり光栄ですわぁ♪」

「褒めてないわよ…呆れてるの。そう言えばこの前、つくばの戦自研に出張したんだけど、

  …その時、聞いたわよ?格闘戦常勝のミサトが初黒星を貰ったって。」

「!!う、うぅ。そ、そりゃ…あたしだって負ける事くらい有るわよ。」

「相手、どんなヒトだったの?」

「え、う、その、”ごきゅ!ごきゅ!”そう、物凄く大きな熊みたいなヤツで…」

「ふ〜ん。」

「物凄い素早さでねぇ、ん〜なんつーか…」

「熊みたいに大きく素早い…嘘ね。」

「な、なんでよぅ〜?」

ゆっくりとグラスを傾け焼酎を飲むリツコ。

「気付いていないなら言うけどミサト?あなた嘘を付く時に癖、あるわよ?」

「げ!」

リツコは単純なミサトを見て思わず可笑しそうに笑う。

「ふふふっ。ほら、やっぱり嘘じゃない。」

「き、汚いわよ!リツコぅ!」

「で、本当のところ、どんなヒト?」

「な、なんでアンタそんなに聞きたがるのよ?」

「だって、あなたの唯一の取り柄じゃない…その為の努力は知っているわ。それに人生初めての壁だしね。」

「うぅ〜”ごきゅごきゅ!”ぷっふぅ。…あのね、良く分からないのよ。」

「良く分からない?」

「白い仮面を付けていたのよ、ソイツ。でも、小柄だったし、声は子供みたいだったわ。

 すみませぇ〜ん!焼き鳥の盛り合わせぇ!よろしくぅ〜! 

 ……そう言えば、特殊部隊って言ってたけど、他にも子供が居たわねぇ。髪の蒼いのとか…。」

”ぴくっ”

「そう、子供の居る軍隊ねぇ…少年兵かしら。仮面の子ってどんな感じ?」

「髪が白髪だったわ。後、見間違いだと思うんだけど仮面から見えた目は血の色だったわ。」

(やっぱり、シンジ君ね。)

「そう…ま、良い経験したと思ってがんばんなさいな?」

「おにぃさ〜ん!生ちょ〜だい!……そうね。でも、たぶんもう会わないわよ♪」

(いいえ…会うわよ、ミサト。数年後にね…)

この日リツコが自宅マンションに帰宅した時には日付が変わっていた。

「ただいま〜。って、母さんゲヒルンに泊まり込みかしら?…今日くらい帰ってくれば良いのに…」




………暗闇。




ナオコは時折感じる振動で目が覚めた。

しかし、何も見えない…というより、体の自由が利かない。

口にも何かを張られているようで、喋るどころか動かせない。

(これって、まさか。そんな…誘拐?…私、何処かに運ばれているの?)




警備員が定時巡回点検をしている。

国連の重要施設なので警戒レベルも高いが、その中でも第一発令所は特別であった。

携帯ライトの光りに浮かび上がる黒いシミ。

「う、うわぁ!!な、なんだぁ!?………ち、血だぁ!!」




リツコの自宅に電話が掛かってきたのは午前1時30分。

ちょうど、酔い覚ましにシャワーを浴び終わり、台所で水を飲んでいる時だった。

「はい?…え?どういう事ですか?」

着の身着のままでリツコはタクシーを呼びゲヒルンへと急いだ。

そして、彼女は職員に案内された一室で、動かぬ母親を見る事になる。

「いや!母さん!!かぁさん!!…ぅ…どうしてぇ!!…ぅ、ぅ、う、かぁぁさぁん!!」

赤木ナオコは第一発令所からの転落事故により死亡した、と検死官から告げられた。

涙溢れさせるリツコはその場で崩れる様に母親に縋り付いた。

事件性を疑う警察が動く前にキール・ローレンツを議長とする人類補完委員会は、

 調査・研究組織であるゲヒルン及び人工進化研究所を即日解体と決定し、

  全計画の遂行組織として治外法権を持たせた、特務機関NERVを結成した。



……このNERV誕生劇の切っ掛けになった女性は本当に死んだのか?

 

赤木ナオコは今、プライベートジェット機で運ばれていた。

その向かう先はドイツ。ゼーレのリーダーであるキールの屋敷に連れられていた。

今だ縛られ、目隠し状態の彼女は抗う事をやめていた。

(感覚的にもう、半日以上経ってるわね。かなりの移動距離…たぶん海外ね、ここ。)

『彼女を自由にしてやれ。』

徐に聞こえた声は機械を通したものだった。

無造作に縛られていた縄を解かれ、目隠しを外された。

何時間か振りに感じるまぶしい光に目が開けられないナオコは痺れの残る手をさすっていた。

「あなた達は誰?」

『赤木ナオコ博士…我々に協力を願いたい。』

漸く回復した瞳から入ってきた光景は、洋風の応接室のような部屋であったが、誰も居ない。

『博士、君が先日開発した人格移植OSを搭載した世界初のスーパーコンピュータシステムMAGI。

 これを1組、秘密裡に作成していただきたいのだ。』

「あなた、誰よ!それに人にモノをお願いする態度ではないわね?」


………勿論、ゲルマン人至上主義のキールが、黄色人の女に譲歩できる態度はこの程度である。


「第一、これは誘拐よ?拉致監禁は立派な犯罪行為よ!」

長時間の快適ではない移動による疲労と、この不遜な態度にナオコの神経は逆撫でされまくりであった。

各支部に予定されている演算処理装置はMAGIタイプではあるが、

 その通称MAGIコピーと呼ばれるオリジナルに劣る処理装置の性能ではキールは満足できなかった。

『協力するのだ。博士。』

「イヤよ!」

ナオコはスピーカーに向かって叫ぶ。

(ちっ馬鹿な日本人にこれ以上付き合う時間などない。彼女も崇高なるゼーレの為に役に立ってもらおう。)

冷たいマシンボイスが宣告する。

『……やれ。』

突然部屋に入って来た3人の黒い服を着た男達はナオコを抑えると腕に注射器を立てた。

「やっやめなさい!」

”ぷすっ”

「…うぅ。」

(赤木博士の”脳力”ならばオリジナルに引けを取らぬ能力になるであろう……ふふふ。)

キールはナオコの協力が得られぬ場合は、

 彼女を殺し脳細胞を取り出して培養しドイツのMAGIへインストールすると決めていた。




………OTR。




シンジはベットに横になり寝ようとしていた。

「マスター、リツコ様からメールです。」

「ありがとう。」



《シンジ君………お元気かしら?

 ……あのね。先日、母さんが事故で亡くなってしまったの。

 私とMAGIを遺して。

 母の葬儀の前に急に決まったゲヒルンの組織解体と新組織への再編成の計画、

  実行をしていて時間の過ぎる感覚は無かったから、実感が沸かなかったけど。

 そんなNERVへの移籍処理に忙殺されていた時間も一段落がついて…先程、葬儀を終えたの。

 今、やっと一人になったって感じたわ。

 ……なんだか、気が抜けちゃってね。ゴメンなさいね?突然、こんなメールしちゃって。

 何をどうして良いのか分からなくなっちゃったわ。

                               リツコ。》


『しんちゃん、知っていた?』

シンジは自分の心を揺らさない様に硬くすると、その波動も冷めていく。

『あぁ、リリス。知っていたよ。イベント付近は情勢の動きを気にしているからね。

 彼女は前史よりも酷い死に方をしたね。』

『そう。……やっぱり、許せなかったのね?』

『マスター、宜しかったのですか?』

『いいんだ、ドーラ。ドイツのMAGIタイプ5号の性能が上がっても大した意味ないしね…』

”こんこん”

『開いているよ?綾波。』

”カチャ!”

「…シンジ君。」


………レイは彼の波動の変化に気付いて、急いでこの部屋にやって来た様だ。


「どうしたの?綾波。」

「シンジ君が苦しんでいる感じがしたの。」

「どうして?」

じっと深紅の瞳を向けるレイは普段と違い、名字で自分を呼んでいるシンジが無理をしている事が分かる。

『しんちゃん、レイちゃんに嘘は通用しないよ?』

「うん、そうだね。ごめん、レイ。赤木ナオコ博士が殺害された。救おうと思えば救えたけど…しなかった。

 僕は、僕は許せなかったんだ。どんな事情があっても……君に手を掛けた彼女が。」

「……シンジ君。」

「ごめん、レイ。ヤな事を思い出させて。前史と今は違う。それは分かっているんだ。

 だけど、ダメなんだ…許せなかったんだ。例えソレが、リツコ姉さんの親でも。

 だから見殺しにした。結果、前史よりも酷い死に方をしたよ。…ふふっ。勝手なんだよ?僕は。」


……レイは俯き自嘲するシンジに歩き寄り、ベットに座る。 


”…ぽたっ”ぎゅっと握り締めるシンジの手に雫が落ちる。

「リツコ姉さんが見た死体は整形した偽者。本物のナオコさんはドイツに拉致され、協力を強要された。

 彼女はそれを拒否し、殺害された。その後、脳を摘出し不要になった死体はゴミ焼却炉に棄てられた。

 彼女の脳細胞を培養してMAGIタイプ5号へインストールするみたいだね。

 マトモじゃないよ…キール・ローレンツ。ゼーレの首謀者は…。」

「…シンジ君。私はココに居るわ。どんな事があっても。私はシンジ君と共に居る。………シンジ君?」

レイは小刻みに震える彼の背にゆっくりと腕を回す。

「……うん、ありがとう、レイ。ほんと…僕ってダメだね…。」

シンジはレイを抱き締め、彼女の心と身体の暖かさを感じる。

「しんちゃんは傲慢な価値観を持っている人。だから気にしないで良いのよ、ね?」

「マスター。お気持ちをお察し致しますが、全ての人を救済する事は出来ません。」

リリスもドーラもシンジの心を軽くしようと話し掛ける。

「ありがとう、2人とも。…姉さんにメールしよう。」




………第3新東京市。




《リツコ姉さん、シンジです。

 今はどんな言葉も悲しみに暮れる姉さんの心を暖める事は出来ないでしょう。

 でも。それでも。あなたの弟と妹は敢えてがんばってという言葉を送ります。

 姉さん、がんばってください。

 本当の家族ではないけど、僕もレイもあなたを思い、手を差し伸べようとするその心は本物です。

 慰めの言葉にもならないでしょうが、休暇を取れた時に必ず会いに行きます。

 その時に、笑顔で会えますように。   僕達の大好きな姉へ。     

                               シンジ、レイより》


……暗い部屋の中、一人リツコはPDAに映っているその文面を眺めていた。


”…ポタッ”

その画面に水滴が落ちる。

(…ぅ…ぅ。シンジ君、レイちゃん。そうだったわね。あなた達が居るんですものね。

 …がんばれ、か。そうよ、何時までも…らしくないわよ?リツコ。

 ……私は一人じゃない。母さんは居なくなってしまったけど、弟と、妹がいるわ。

 そうよ、あなた達の為に頑張らなきゃ………。うん、よし!!

 …先ずは、遺されたMAGIを使えるようにシステムアップしなきゃね。

でも、私一人じゃ流石に厳しいわね、出来ないわ。

 ……助手が欲しいわね。)


リツコは母の後を継ぎ、躯体の完成したMAGIのシステムセットアップを決意した。




………OTR。



”タッタッタッタッ…”

第1班は飛行甲板を走っていた。

「…待ってよぅ!…ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。」

「がんばれ!霧島准尉!後2周だ!」

「りょ〜ぅか〜い…」

現在28周目、1周約700mの合計20km超の走り込みであった。

一般選抜のマナはやはり体力面の増強にウエイトを置く訓練が多かった。

「がんばれ!マナちゃん!」

「今日こそ、A・O三尉を負かせぇ!」

甲板の兵士たちに声援を受けるマナは、それを力に変えたように速度を上げる。

(よし、後…もうちょっと!)


………この走り込みでシンジの背中にタッチできれば、彼にスペシャルパフェをご馳走してもらえる約束だ。


それをネタに整備士の間で賭けが行われている。…さて、何日でタッチできるか。

『ピ!ビ!…トライフォース隊、綾波准尉。連絡が入っております。至急、通信室まで連絡を下さい。』

シンジの背中に触る瞬間、彼は方向を変えた。”スカッ!”バランスを崩し転がるマナ。

「キャ〜!」

しかし、訓練の賜物か…マナは確り受身を取り転がる力を利用し起き上がる。

「いててて。グローブをしててよかったぁ。って隊長、ヒドイ!」

シンジはレイに付いて行き、カタパルト操作パネルにある電話で連絡を取っていた。

「通信室。こちらA・O三尉だ。訓練中だぞ、どうした?」

「ハッ綾波准尉宛に通信が入っております。通常回線を利用した連絡であります。」

「…どこからだ?」

「日本です。国連経由で相手はリツコ・赤木と名乗っております。」

「スクランブルを掛け、繋げろ。」

「アイアイサー。」

『ドーラ、この通信を傍受されないように更にノイズを載せて!』

『イエス、マスター。』

シンジはレイに電話機を渡した。

「姉さんからだよ。」

『…も。もしもし、レイちゃん?』

「はい、綾波です。」

『お元気かしら?』

「はい、変わりなく。如何かしたのですか?」

『いえ。特には…その、相談事が有るんだけど…』

「…はい。リツコお姉さん、分かりました。」

レイは受話器をシンジに渡す。

「姉さん?大丈夫だよ。この回線はドーラのお陰で誰にも傍受されないから。

 この前のメール、生意気な事を書いてゴメンなさい。…でも。旨く言えないけど、

  僕も、レイも姉さんとの絆は本当に大事に思っているんだ。…だから、」

『うん。ありがとう、シンジ君。姉さん、とっても嬉しいわ。あなたたちのお陰で、力が沸いてきたもの。

 あのメール、本当に嬉しかったの。…これからも頑張るから応援してね?』

「勿論だよ。リツコ姉さんが元気だと、僕もレイも嬉しいよ。

 ところで、態々国連経由で連絡してきたって、何かあったの?」

『あのね、母さんの遺したMAGIのシステムアップをしたいの。』

「ドーラなら直ぐにでもできるよ?」

『いいえ。これはシンジ君達の力を借りず、母さんの娘として私の力でやり遂げたいの。

 …でも、流石に一人では出来ないし、普通のスタッフでもダメなのよ。

 情報工学に秀でて、尚且つ才気溢れるようなそんな人材を知らないかしら?

 シンジ君のMIT時代の同窓とかで。』

「う〜ん……。」

シンジはMITの友人達を思い出しているが、”ピン!”と考え込んでいた顔を上げる。

「居るよ、飛び切りの人材。姉さんの片腕になれる人物が。」

『そのヒトは何処にいるの?どんな人かしら?』

(え〜と、今は…)

主人の考える様子を感じると、

『マヤちゃんは第二新東京大学の一年生だよ。情報工学部の!』

『伊吹さんは第二新東京大学情報工学部の一年生です、マスター』

『あ、ありがとう。2人とも』

二人の争う様なアドバイスにちょっとびっくりのシンジは、そのままリツコとの会話を続ける。

「今、第二新東京大学の一年生だよ。情報工学部を専攻している女性。」

『シンジ君はそんなヒトとどこで…』

「前史から。」

『そう、そのヒトは前史で私の片腕だったのね?』

「うん、名前は伊吹マヤさん。」

『そうマヤって言うのね…でも、残念だけど唯の学生をNERVに入れるわけには行かないわ。』

「卒業後、必ずNERVに就職すると誓約書を取って、準職員扱いにしちゃえば良いと思うよ。」

『司令が許可してくれるかしら?』

「父さんには僕から連絡しておくよ。」

マナが手を擦りながら歩いてくる。

『分かったわ。ありがとう、シンジ君。お休みが取れたら絶対レイちゃんと遊びに来てね?』

「うん、必ず。姉さん体に気を付けてね?」

『シンジ君もね。レイちゃんにもって伝えてちょうだい…それじゃ。』

「うん、またね。」

受話器を戻し、?とレイの反対側を振り向くとマナが立っている。

「アオ君ってお姉さん居たの?」

「え、あぁ…うん。」

「綾波さんも?」

「ほ、本当の姉さんじゃないんだよ…でも、僕らはとても大事に思っているんだ。」

「ふ〜ん、そうなんだ。じゃ、はいっ!」”きゅぅ〜”

マナは突然シンジの背中に抱きついた。

「うわっ!ち、ち、ちょっと、マナ!何するの?」

耳元でマナがそっと囁く。

「スペシャルパフェ…奢りだね?アオ君、走り込みの最中だよ?」

「あ、そうか。って……霧島准尉!気を付け!」

「ハッ。」

反射的に彼から離れて直立するマナ。

「…ふぅ。これより走り込みを再開する。休憩を挟んだので残り10周追加!行くぞ!」

「了解!」マナはどさくさに紛れて初めてアオに抱き付けたので今更ながら顔が紅い。

「…了解。」

……鈴の転がる美しくも清流のように静かなレイの声は今のシンジにとって少し怖いモノがあった。





伊吹マヤ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





………第二新東京大学。



リツコはシンジの提案を受け、第二新東京大学へ連絡を取っていた。

「はい、第1情報工学研究室、赤羽だ。」

『赤木リツコです。お久しぶりです、教授。お元気ですか?』

「おぉ。…久しぶりだね、赤木君。どうしたんだ?」

『えぇ、実は伊吹マヤと言う学生についてお聞きしたいのですが。』

「ほぉ、さすが耳が早いなぁ。うん、確かに彼女は君以来の、久しぶりの才女かも知れんなぁ。

 君のように全てにおいて、と言う訳ではないが情報工学の分野では君に並ぶ位のセンスがあると思うよ。」

『そうですか。ぜひ一度会ってみたいのですが、セッティングして頂けませんでしょうか?』

「もちろん、いいとも。彼女も君に会えば何かしら得るモノがあるだろう。」

『そう言って頂けると光栄ですわ。』

「それでは、彼女の都合を聞いて連絡しよう。」

『お願いします。』

”チンッ”

(伊吹マヤ君か…私の研究室に欲しかったが、まぁしょうがない。選ぶのは彼女だ。)



………食堂。



「し、し・あ・わ・せぇ!」

12月21日10時、2週間掛けた訓練の後…マナはスペシャルパフェに有り付く事が出来た。

果たして、先程の結果が本当にA・Oに追いついたのか?

 と賭けをしていた乗組員の論争が活発ではあったが、当のマナは幸せそうだ。

シンジはレイにもスペシャルパフェを用意させていた。

「…レイ?」

「なに?」

「お、おいしい?」

「ええ。」

素っ気無く答えるレイ。無表情に食べる彼女のスピードに変化は無い。

マナは幸せそうにヒョイヒョイとパフェを口に運んでいるが、横目でこの二人の様子を伺っていた。

この二人には珍しく雰囲気が悪いように思えるマナ。

(あんなんじゃ大した攻撃力は無いと思うけど…ちょっと、気まずくなってくれたかしら?)


………マナの先程の行為は作戦だったようだ。こう見えても25万分の9人の一人、策略家だ。


『あの、レイ。怒っているの?』

シンジは黙々とパフェを食べているレイに怖ず怖ずと聞く。

ジッと見詰め合う2人。シンジがシュンと肩を小さくしているのを周りの乗組員も何気に見ている。

『シンジ君。』

『は、はい!』

『私にも欲しいの。』

『?…ぼ、僕が上げられるモノなら!』

『課題。』

『……へ?』

『その後…ご褒美。』

レイは少し頬を紅くする。

………それを伺い見ていたマナは流石に眉根を寄せる。

(なんで、見詰め合っているだけで、雰囲気良くなっちゃう訳?)

『わ、分かったよ。でも、課題なんて、レイは殆どの事出来ちゃうじゃない?』

『なんでもいい。』

『…て事は、ご褒美の方に指定が有る訳だね?』

”コクリ”

(だから、何で見詰め合ってるだけで頷くのよ。目と目で通じ合うって言うの!)

マナは既に空になったパフェグラスにカチャカチャとスプーンを動かしているが、気付いていない。

そんな様子も可笑しく周りの大人たちはそっと見ている。

『…キス。』

『う、うん。了解…か、課題はどうしよう。』

無いに等しい課題…シンジはレイに空母から海に投げた小さなブイに対する狙撃の課題を与えた。

700mの距離からスタートさせ、スナイパーライフル10発中9発ヒットでクリアという内容だった。


午後3時に甲板から浮きを付けた小さな的をシンジは海に投げた。

「それでは、綾波准尉。貴官の訓練は狙撃である。今投げた的に対し700mの距離から狙撃開始。

 クリア条件は、9発命中の事。因みに用意されている実包は10だ。

「了解。」

「それでは、開始。」

シンジがレーザー測定器で距離を測り700m離れた事を確認し、レイの課題は始まった。

空母の航跡で作られる波に揺れている小さなブイは決して留まる事は無い。

熟練した狙撃手でさえ何発当たるだろうか?

甲板に居合わせた乗組員達も野次馬となり興味津々で見ている。

………マナも見学したかったが、隊長よりマシントレーニングを下達されていた。

レイはうつ伏せ狙撃の体制を整えると、スナイパーライフルM40A3のコッキングレバーを引く。



………訓練開始より約2分後、レイは10発を見事に命中させた。



「…う〜ん、簡単すぎたかな?」

「隊長、私じゃ1発でも当たれば大喜びですよ?」

第2班の班長カーチャが甲板に来ていた。

「あれ、午後の教練は?」

「えぇ、T−45ゴスホークを使っての飛行訓練を予定していたんですが、

 ロビーが整備に文句を言ってしまって。今、ロビー自身がチェックをしています。」

「相変わらず、だね。まぁ、良い事ではあるけど固いねぇ。付き合わされているベッキーが可哀想だね。」

「ふふっそうですね。…それでは、彼らの様子を見てきます。」

カーチャはエレベータを下降させて格納庫へ向かって行った。


ライフルを仕舞ったレイが報告に来る。

「…隊長。訓練終了しました。」

「ご苦労、綾波准尉。よくやった。これからの予定を下達する。

 准尉は16:00まで休憩、16:15より食堂への協力作業、以上だ。」

「了解。『…約束だもの。』」

『わ、分かってるよ…後で部屋に行くよ。』

”コクリ”

シンジはトレーニング室で反射神経を鍛えていたマナにも同じ様に休憩を伝えた。


”コンコン”「レイ?入っても良いかい?」

「どうぞ。」

徐にドアが開き、シンジが入る……その部屋で待っていた女の子は熱い抱擁とキスを約束通り貰えた。


そんなOTRの部屋でレイが幸せを満喫している時に、

 日本に居るリツコは赤羽教授から大学へ23日に来て欲しいと連絡を受けていた。




………12月23日、第二新東京大学。




リツコは久しぶりに第二新東京市へと足を向けた。


………先日、司令に専属の助手の採用に付いて稟議書を提出した処、何事もなく許可が下りた。


大学のキャンパスを歩く見慣れぬ金髪の美女に多くの男子学生は視線を投げる。

そして、彼女がここのOGとしてあまりに有名な人物であると分かると、羨望の眼差しで見るのだった。

教授に用意された第二棟の一室に向かうリツコは、廊下の曲がり先で争うような男女の声を耳にする。

「明日のイブ、いいだろ?俺とパーティに行こうぜ?」

「イヤです!」

「そんな事言わないでさ?…楽しもうぜ?」

「しつこいです!…ちょ!離してください!」

男に右手を取られて迫られる女性。廊下の壁と男に挟まれ、逃げられない様だ。

(何処の世界にも居るのね…馬鹿な男って。)

リツコは女性に夢中になり迫っている男の後頭部に持って来たアルミ製のファイルで思いっきり叩いた。

”ベコン!”「うげぇ!!」

「大丈夫?あなた?」

崩れる男の後ろから見えたリツコにショートカットの女性は瞳を潤ませ抱き付いて来た。

「う、う、ふぇ〜ん!こ、怖かったですぅ!!」

(ちょ、ちょっと!……ふう、よっぽど怖かったのねぇ。高校生かしら?)

「大丈夫?…すまないけど、私これから行く所があるの。悪いけど失礼させてもらうわね。」

颯爽と廊下を歩いてゆくリツコを見るこの女性は、その後姿を焼付けるかの様に瞬きもせずじっと見ていた。



………教授の用意した部屋。



応接室にはソファーと机があったがリツコは座る事無く窓から見える噴水を見ると無しに見ていた。

”こんこん”「あの、失礼します。」

「どうぞ。」

中を窺う様にゆっくりと入って来たのは先程のショートカットの女性だった。

「あら?え、アナタさっきの…」

リツコはこの童顔の女性が大学生とは思っていなかったので少し驚いた顔をしてしまった。

「え!もしかして…赤木リツコさん、ですか?」

「えぇ。そう、赤木リツコ。よろしく。」

リツコは彼女に近付きながら、すっと右手を差し出した。

それを嬉しそうに応えて握手をした彼女は笑顔で話を始める。

「初めまして。伊吹マヤです!

  あぁ。わたし憧れていたんです!赤木さんってスゴイ人がいたって先生たちが言うんですよ!」

「え?そ、そう。」

………テンションの高いマヤに少し引き気味のリツコ。

「さっきは助けて頂いてありがとう御座いました。颯爽としていて、とってもステキでした。」

マヤは先程の救出劇を反芻する様にウットリとした感じである。

「は?え〜と…」

「あ、あの。」

マヤは何故かモジモジした感じで、リツコに怖ず怖ずと口を開く。

「なにかしら?」

「先輩って呼んでも良いですか?」

「一応、同じ大学だし私は構わないと思うけど?」

「うれしいです!センパイ!」

「あの、話と言うのはね、伊吹さん…」

「マヤで良いです。」

「え?」

「マヤって呼んでください。」

「そう、マヤ。(この子。もしかして、ユリ?)」

リツコは少し警戒感を持って答えるが、言われたマヤは素直に嬉しがっていた。

「はい、センパイ。」

「…話を続けて良いかしら?」

「あ、すみません。どうぞ。」

「話と言うは、あなたの才能を見込んで、私の仕事を手伝ってもらいたいのよ?」

「仕事、ですか?」

「えぇ。改めて言うと、私は特務機関ネルフ本部技術開発部技術局第一課に所属しているの。

 そしてこの組織は、一般に公開していないの。」

「秘密の組織?」

「そう言う事。つまり、あなたがもし私の仕事に興味を持って手伝ってくれる、となった場合、

 守秘義務の関係上、誓約書を書いてもらうことになるの。」

「どう言う事ですか?」

「大学を卒業したら、間違いなくNERVに就職する事。

 勿論、卒業までの間はアルバイトではないけど、準職員として給料も出るわよ?」


実際にアパートに一人暮らしをしているマヤは親からの仕送りだけでは足りないので、

 アルバイトをして生活をしていた。

「お給料出るんですか?」

「えぇ。国際公務員として結構良い額が出るわ。」

「センパイ、お仕事って何をするんですか?」

「あなた、第7世代のスパコンって知っている?」

「勿論です!確か2年前に基礎理論が発表されましたけど、まだ世界に一台も成功例が無いって言うあの。」

「えぇ。でもそれは間違いよ。」

「え?」

「この日本に完成したスパコンが1組あるの。

 私の仕事って言うのは、そのスパコンのシステムアップ。

 あなたの手伝いって言うのは私の助手よ。どうかしら?」

一般にはそんな情報は流れていない。

「完成しているんですか!?」

「そう言ったでしょ?…返事はココに連絡をしてくれれば良いわ。この話は他言してはダメよ?」

リツコはそう言いながら、ソファーに座っているマヤに名刺を差し出す。

「……私、やります。」

マヤは名刺をジッと見つめながら答える。

「あなた、自分の就職先がこれで決まってしまうのよ?そんなに直ぐに決めてしまって、いいの?」

「はい、センパイについて行きます!」

「そ、そう。分かったわ。あなたの履修スケジュールを頂戴、それを見てこちらで調整を取るわ。」

「分かりました。これから、よろしくお願いします!」

改めて握手を交わす2人。


………マヤのNERVへの就職が決まった瞬間であった。



こうして遺されたMAGIのシステムアップ作業は次世代の優秀な2人の女性により開始された。



そして、この創り上げられたシステムは第3新東京市の市政を任せられるまでに洗練されたモノになる。






第一章 第七話 「テロ」へ










To be continued...


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