ようこそ、最終使徒戦争へ。

第一章

第八話 解散

presented by SHOW2様


辞令−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





………NERV第4支部。



”コンコン”

2013年、12月1日。

シンジ達が特務隊として国連軍に組み込まれた日、ドイツ第4支部に一通の辞令が発令された。

支部長室のドアをノックした男は、ネクタイも締めず何日も着たままのようなヨレたシャツという、

 一般的な社会人としてはとても認められない、だらしのない姿で相手の反応を待っていた。

呼び出した中年の男は、廊下の隠しカメラから映し出されている映像で相手を確認すると、

 相も変わらずの舐め腐ったその姿に詰まらなそうな顔をして入室の許可を出した。

「…あ〜入れ。」

”カチャ、キィ”…木製のドアは少し寂しそうな音を発して気の抜けたような男を部屋に入れた。

「どうも、支部長。本日は出勤早々の朝から何でしょう?」

その愛想笑いというよりも人を小馬鹿にしたと言うほうが当てはまる、このにやけ顔の男に、

 自分の貴重な時間を無駄に浪費していると感じてしまう上司は、イヤミを混ぜて辞令の交付を行う。

「ふん、おめでとう…加持。私の全く知らない事ではあったが、朝一番で本部より辞令が届いてね。

 キミは今日から第3支部勤務だ。これで、希望通りのご栄転かね?」

「ははっ、何を仰るんですか…私は唯の宮仕え、一介のサラリーマンです。

 上司のご命令とあらば、喜んで何処へでも飛んで行きますよ?」

支部長は太り気味の身体からストレスと一緒に溜め込んだ空気を抜くようにゆっくりと息を吐き出す。

「ふぅぅ…。加持、スマンが、辞令は今日付けだ。君の官舎を”今”引き払ってもらおうか?」

中年男性はこの年上の人間に敬意のカケラも払わない、人を食ったような若造の焦る姿が見たかった。

「判っていますよ…もぅ準備は終わっています。では、ご命令どおり転勤先に向かいます…では。」

予定どおりとでも言うようにしれっと言い放って中年男性の悔しそうな顔を見た加持は、

 口の端を上げて”ニヤッ”と笑うと何事も無かったように部屋を出て行ってしまった。

(ま…あまり目立ちたくは無かったが、仕方ないだろ。何か接触が有れば、その時は上手くやるだけだ。)

部屋を出た加持は”すたすた”と廊下を歩いて行く。


………先程の辞令は自分で作成したものである。


彼は秘密裡に調査をした結果、この支部には特に得るモノは無いと早々に判断を下していた。

そして、同国内にあるもう一つの支部に事ある毎に出張をしていたのだ。

……第3支部には、EVAを始めゲヒルン時代からの研究施設がある。

何回かの出張にかこつけて当たり障りの無いように軽く調査しただけでもこの支部には、

 欲しい機密情報がまるで自分を挑発するかのように、そこかしこに見え隠れする気がしたのだ。

”シュ…シュ、ボ!”

(さて、行くとしますか。)

加持は使い古した緑のライターでタバコに火を点け、開けた窓から白い煙を”ぷはぁ〜”と吐き出すと、

 目覚めの悪い車のエンジンを何とか起こし、目的地である転勤先ハンブルクの支部へと向かって行った。



………NERV本部。



冬月は数年前までのように自分の執務室で次々と作成・提出される研究書類を端から端まで吟味するような、

 ゆっくりと長時間同じ場所、そこに在席するという事をこの組織になってからできた事はなかった。

彼はトップ2としてかなり立派な執務室を用意されていたが、

 長たる男の補佐官として様々なプロジェクトの調整や協議をあらゆる部署と行うので、

  一つの場所に留まると言う事は実際出来るものではなかった。

そんな忙しい彼がこの執務室で資料を纏めている時に、放置されたようにホコリかぶった電話機が鳴り響く。

”ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ”

(……ん?珍しいな。この部屋の電話が鳴るとは。)


………実際、居場所不定な彼に用のある職員は直接”構内用の携帯端末”を鳴らすのが常であった。


書類に落としていた目を上げた冬月は多少訝ったが、そのまま手を伸ばし受話器を取った。

「……はい、もしもし。」

『ドイツ第3支部、総務部長からの電話です。このままお繋ぎしても宜しいでしょうか?』

「…あぁ、かまわん、ありがとう。」

女性オペレーターに平然と答えたが、冬月の内心は予想もしていなかった相手に困惑気味であった。

(ドイツ?……何だ?…我々はまだ何も動いていないハズだが。)

「お繋ぎ致します。」

オペレーターの声が終わると回線が繋がったようだ。

「…お久しぶりです、冬月副司令。こちらドイツ第3です。……あの、困りますよ?突然の人事変更は。」

上位者に向かって、”ワザワザ”文句を言ってきたこの男に冬月の顔は益々渋みを増していく。

「…何?」

彼の話によれば、何やら朝一番に総司令官名で支部の各上級職員宛に辞令交付のメールが届けられたそうだ。

第4支部勤務の特殊監査部の男一人を第3支部勤務とする、と言う内容であったが、

 受け取る支部としては、彼の机、ロッカーや細々した物を準備する時間を全く与えられなかったのだ。

人事異動に当たっては通常内示を示して、それから各調整を行うのが普通の流れだ。

いかにトップがその裁量権を有しているとは言え、強引すぎる。

彼としては直接トップに文句を言いたい処であるが、そんな事をすればクビにされてしまうかもしれない。

そこで、各調整などで何度も連絡を取り合っている副司令にイヤミを含ませて電話をしてきたのだ。

「ちょっと待て。私が確認しよう。あぁ、苦労を掛けてすまないが……そうだ。判った。また電話する。」

受話器を置いた冬月は、こめかみを右手で揉みほぐしながら立ち上がった。

(……ふう、困ったモノだ。あいつめ、一体何を考えている?)

本部とはいえ支部の人間を、それも特殊監査部のエージェントを突然変更させるとは、一体どういう事だ?

 と冬月はあらゆる事態を想定しながら総司令官執務室に入っていった。

”プシュ”

「碇、どういう事だ!?…たった今、第3の総務部長からクレームが来たぞ、俺に直接な…」

冬月はツカツカと歩き、苛立たしげにゲンドウを見ながら言った。

「?…第3、ドイツか。冬月、どうした?」

手を組み、変わらず机に肘を乗せている不遜な態度のゲンドウに、冬月はキレかかった。

「”どうした?”では無い!おまえが勝手に辞令交付をしたそうではないか!それも今日、突然!

 ……あの五月蠅い第3支部長が言ってくるぞ?…しかも、俺にも相談無しとは、どういう事だ!?」

「なんだそれは?冬月、私は知らないぞ?……いや、ちょっと待て…バカな!!……直ぐに調べなくては!」

慌てて端末に向くゲンドウは特務機関NERVの誇るMAGIシステムに侵入者がいたと気付いたのだ。

しかも、その相手は痕跡を残さずに最高責任者になりすまし、一つの命令を下す事に成功したのだ。

冬月も”あっ!”と事態の重大さに気付き”ごくっ”と喉を鳴らした。

「ど、どうするのだ?碇。」

「私は動かされた人事の方を調べる。それにより利を得る者やその裏に存在する組織を含めてな。

 冬月、赤木博士を至急呼んでくれ。」

「…あぁ、判った。」

冬月がリツコの執務室へ連絡を取る様子を見やったゲンドウは、自身の端末のキーを叩き始めた。

ゲンドウが端末から情報を検索した結果、異動対象の情報が瞬時に表示される。

(ん?コイツは……そうか!アイツか。シンジの話に出てきた男だったな、ここで接触すべきか……さて。)

ゲンドウはディスプレイに表示された男の名前から自身の記憶を辿り納得すると、その顔を睨みつけた。

(………詰まらなそうな男だ。私は前史でもこのタイミングでこの男に接触したのだろうか?)

総司令官が”加持”を思い出し、冬月に言った自分の目的”アダム”の為に接触するべきか考えていた。

(やはり、シンジに相談するべきか?

 ……いや、アイツも忙しいハズ。レスポンス良く返事が来るとは限らない。)

「E計画責任者の赤木博士を呼び出してくれ。…あぁ、そうだ。総司令官執務室まで至急来るように、と。」

執務室に居なかったリツコに冬月は、

 オペレーターから全館放送による呼び出しを掛けさせるように手配を終えると、その司令官の机に向いた。



………実験棟。



その彼女は”エントリープラグ”と名付けた、
 
 接触実験からのフィードバックを活かして創った実戦用のカプセルの内部に納まる操縦システム、

  そのインテリアの評価をしていた。

「うん、コレでいいわね。あ、そうだわ。

 屋外でプラグから降りる際に必要になるシステムを考えなきゃいけないわね。

 LCLを飛ばすための仕組みとか、昇降用のワイヤーとか……まだまだ必要なモノは沢山あるわね。」

「あの、センパイ。LCLは洗浄ではなく、吹き飛ばすんですか?」

「洗浄装置にするとスペースが足りないわ。それと乗り込む際には消毒スプレーみたいなモノも必要ね。

 プラグスーツも素材やデザインの最終考を司令に出さなきゃ。マヤ、私達に時間は余り………」

『技術開発部技術局第一課所属、赤木リツコ博士、赤木リツコ博士。

 至急、総司令官執務室までお越し下さい。……繰り返します、技術開発部技術局第一課所属………』

「無いわよって………あら、何かしら?……マヤ、悪いけど後をヨロシクね。」

エントリープラグの横に立ちバインダーの設計図を見ていたリツコは呼び出しのアナウンスに顔を上げる。

「はい、判りました。センパイ。」

バインダーを渡されたマヤは足早に実験棟から出て行くリツコの後姿を見ていた。

「伊吹さん、こちらのプラグ接続用のケーブルリストを見てください………って、伊吹さん!」

「はっ!あ、ゴメンなさい。」

(これからの為に緊急召集システムを作るべきかしらね……チルドレンは常駐待機ではないしねぇ…)

リツコは高速エレベーターを待っている間にそんな事を考えていた。



………再び総司令官執務室。



動かぬゲンドウは意識を思慮の海に沈めたように静かだが、その様子を気にすることなく冬月は話しかけた。

「碇、動いたのは誰だ?……まさか、委員会の手の者か?」

冬月はモニターの情報を覗く為に、机に乗せた手に体重を預けるように身を乗り出して聞いてきた。
  
彼の何気ない質問は、ゲンドウの琴線に触れるものがあった。

(……委員会?そうだ、ヤツはゼーレと内務省に使われている身だ、そしてヤツの目的は単純だ。よし……)

「違うな、委員会がこれ程あからさまな手を使うことはあるまい……」

「それでは……」

「あぁ、赤木博士の調査次第ではあるが、おそらく…ゼーレのスパイの可能性がある。」

「この男がか?……スマンが、とてもそうは見えんがねぇ…。」

ゲンドウの言葉を聞いた冬月は、ふん…こんな若造が?とモニターに映っている男の顔を見やる。

「……冬月先生。そう思わせ、相手の油断を誘う……彼らの得意技ですよ。それに…」

”ピピ!”『…赤木です。』

「入れ。」”プシュ…”

ゲンドウは話を中断し緊急の呼び出しに、仕事を放り出して取り急ぎやって来たリツコを部屋に入れた。

「司令、副司令、何かあったのですか?」

放送で至急来るように、としか聞いていない技術部の多忙を極める女性は少し困惑気味であった。

「すまんな、リツコ君。…どうやらシステム上に重大なセキュリティホールがあったようなのだ。

 …それを利用したヤツがいてね、その人物は我々NERVの人事に介入する事に成功したようだ。

 君には早急にログのチェックと解析、セキュリティの見直しをして欲しいのだよ。」

腰に手を組み立っていた冬月は、白衣の女性の質問に顔を向けて答えた。

副司令官の命令を黙って聞いていたゲンドウは、再び手を組み肘付くと顔を少し俯かせる。

モニターの光りに反射する眼鏡で彼の表情は読み取れない。

「碇司令、それで宜しいでしょうか?」

冬月の命令を聞いたリツコは最上位者に確認を取る。

その様子を見ていた冬月は彼女が自分の下す命令を碇に一々確認するようになったのは何時からだろうかと、

 ふと考えてしまった。

「赤木博士、MAGIオリジナルと各コピーのデータリンク、及び職員管理システムのチェックを頼む。

 どうやら、内部に”スパイ”が居るようだ。」


………リツコは”スパイ”と言う単語に一瞬眉根を寄せたが、ゲンドウを見た冬月は気が付かなかった。


冬月はロマンスグレーの髪を指でやや乱暴に掻き揚げながら、眼鏡で表情が読めない男に早口でいさめた。

「おい碇、赤木博士のセキュリティレベル以上の事は言うな。諜報活動及びその内容はSクラスだ。」

ゲンドウは、彼のイラ立ちの混ざった叱咤に反応したかのように顔を上げ、妙齢の女性に向かって口を開く。

「……現時刻を以って赤木リツコ博士の処遇を改める。彼女の階級を高級技術官僚として三佐とし、

  技術開発部長に任命する。そして、セキュリティレベルをSSA級…レベル7とする、以上だ。」

「わ、私が、ぎ、技術開発部長ですか?…それは………」

リツコが突然の昇格に驚きを口にするが、

 同じ様に驚き、しかも相談もなにも受けていなかった彼の参謀であり片腕、冬月がそれを遮る。

「なに?…碇…なぜ突然彼女を昇格させる?彼女は係長級だ。

 MAGIを扱う為にセキュリティレベルは別格扱いの”レベル5+”だが、この組織のブレイン、

  テクノクラートとするには若すぎる。……その人事には古参の課長や部長連中が納得すまい。」

係長級の三尉が突然、技術開発部のトップになる。直属の上司や他の上役には寝耳に水である。

確かに能力の高い彼女はE計画責任者として任命され、通常の職員とは扱いが別格であった。

階級は係長級の技官で三尉だったが、セキュリティレベルは一般職員では最高のAAA級であった。

その彼女が3階級特進、しかも技術系最高職を任されるのだ。

「冬月、彼女をテクノクラートとするのは当然の事だ。

 この組織の存在意義たる計画の最高責任者なのだ。また、実質的に技術屋のトップとして働いている。

 その扱いを正式にしただけだ。…問題ない。」

「今の部長はどうするのだ?」

「ふん、この組織を立ち上げる時のしがらみでイスに座っているだけの者に、居場所などない。

 ゲートの守衛でもして貰う……使えんモノに用は無いのだ。」


現在のNERVの上級管理職達は政府や協力関係の各企業体からの出向者が多数を占めていた。

国連直轄組織とは言え、資金、技術の全面的支援をしているのは日本国政府であり、日本企業である。


………どの組織も、このプロジェクトに一枚噛めれば得られるであろう巨万の富が欲しいのだ。


大都市建設の工事が莫大な利益を生むという事は子供にでも分かることだ。

ゲンドウは使徒戦争開始直前まで、目先の金に目が眩み集まる資金と人材を使えるだけ使って、

 その後、頃合を見計らい……不要なものは全て切り捨てる予定であった。


一度決めたら変更なしの男に、もはや諦め顔になった冬月はまた面倒ごとが増えたと大きなため息をついた。

「………ふぅ、まぁいいだろう。確かに彼女の才能は我々の計画に必要だ。仕方あるまい。

 オレはその調整に行く。先程のスパイの件は碇、お前に任せるぞ。」

「判っている、冬月。」

踵を返し歩きながら、何処かに電話を掛けて部屋を出て行く冬月をリツコは横目で追っていたが、

 ”プシュッ”と扉の先に彼が消えていくと、ゆっくりと机の側まで歩き寄った。

「司令、スパイとは”彼”ですか?」

「…そうだ。この一件の首謀者、加持リョウジ。どうやら第4支部での”お遊び”は終わったようだ。

 本日付でゲヒルン時代からある第3支部へ転属したようだ。……この私の名前を使ってな。」

詰まらなそうにモニターを見るゲンドウは手を組み、少し俯き加減に顔を落とすと更に話を進める。

「彼と接触をする。前史同様エサを出し、私の手駒として踊ってもらおう。その方がコントロールできる。

 ……君はMAGIのチェックシステムを見直してくれ、二度とこのような事が無いように頼む。」

「判りました。ところで、彼と接触する事をシンジ君にお話したのですか?」

「……いや、私の独断だ。前史と同様な。」

「そうですか。それでは早速、作業に取り掛かります。」

「待て。技術開発部長権限でメインオペレータを選出してくれ……3名だ。

 その3人はバランスを考え、技術局、中央作戦司令部の作戦局と司令室付きにそれぞれ所属してもらう。

 その者たちの階級は二尉とする。」

ゲンドウはあえて前史と違うオペレーターでも構わない、という意味を込めてリツコに言う。

その司令官を見たリツコは少し微笑みながら答えた。

「私は”構わない”と思います。碇司令、彼らは優秀ですわ。」

「そうか、判った。」

「それでは、改めて作業にかかります。」

頷いたゲンドウを見たリツコは一礼すると、頭の中でシステムを描きながら執務室を後にした。



………ハンブルク、住宅街。



「あ、そうだ。そういえばさっき電話があって…今日から迎えに来る護衛の人が変わるらしいわ。」

「あら、そうなの。………まぁ、確かにあの人は少し頼り無さそうだったものねぇ。」

娘の柔らかな紅茶色の長い髪を木の櫛で優しく梳いていた義母は、

 1年近く自宅とNERVの間の道中をガードしてくれた男性を思い出して、そんな事を言った。

一度だけ黒いサングラスを外した時に不意に見てしまった、あの可愛らしい瞳に細身の身体では、

 訓練を受けていなかったとしても、活発過ぎるほど活発な我が娘の方が強そうだと思ってしまったのだ。

「頼り無さそう、っていうか実際頼りなかったわ。ま、誰でもいいんだけどね〜。」

”ぴぃんぽぉ〜ん♪”

何とも間延びするような呼び鈴の音がリビングに響く。

この呼び鈴は、この独特な音を気に入ったキョウコが態々日本から取り寄せた物だった。

新しい母親も初めて聞いた時は不思議そうな顔をしたが、何と無くなごむわね、と気に入ってくれていた。

「ママ、私が出るわ。」

立ち上がったアスカはインターフォンに手を伸ばして、モニターを見た。

そこに映っているのは女性だったが、アスカは見た事が無い人物であった。

「………はい?」

「あ、初めましてぇ。NERVのモノですけどぉ…アスカさんって娘、いらっしゃいますぅ?」

カメラに向かってにんまりと笑顔を作った女性の顔はどアップすぎて不気味だった。

アスカは出なければ良かったと少し後悔しながら解像度の高いカラーモニターから目を逸らしてしまった。

「えぇ、と。私ですけど、今…玄関、開けますね。」

一応、母親も気になったらしく、娘の後に付いて玄関を見に行く。

「改めて、初めまして。私は葛城ミサトです。

 本日よりセカンドチルドレンたる惣流・アスカ・ラングレーさんの護衛として、任に当たらせて頂きます。

 うふ♪よろしくねん!」

敬礼を解いて”ニカッ”と笑顔でアスカを見る女性は、赤いベレー帽と赤いジャケットにボディコンスーツ。

護衛の人間がこれだけ派手な格好でいいのだろうか?と母親は心配になってしまった。

娘も同じ感想を抱いたようで、ちょっと引き気味だ。

「…え、あ…よ、よろしくお願いします。…じゃ、ママ、行って来るわ。」

「え、えぇ。アスカをお願いしますね……葛城さん。」

「お任せ下さい。」

ミサトは優しげな笑顔を作り再度敬礼すると、ドアを開けて玄関を出る。

初対面という事で一応、アスカはミサトに丁寧な応対をしたが、護衛のクセに周りの確認もせず、

 その護衛対象をガードして乗せる事も無く真っ先に車に乗り込んだ彼女を見て、

  どうしたものか、と不安げな目を義母にやる。

義母も今までの護衛と違い”豪快”というか、物凄くずぼらそうな女性に不安げな表情を娘に返した。

「アスカちゃ〜ん!、遅刻するわよぉ!?…早く乗った!乗ったぁ!」

そんな親子の不安を増大させるような呑気な声が車から飛んでくる。


………確かに時間が無い、とアスカはカバンを取り周囲の安全を確認してから助手席に座った。


義母も玄関を出ると助手席に身を沈めている娘を心配そうに見る。

(うしっ!第一印象は……まぁまぁ成功かしらね♪)

ミサトは見詰め合っている親子の様子に”優しそうなお姉さん作戦”成功と、にんまりと笑った。


彼女は今朝一番にアナウンスされたこの護衛任務に率先して手を挙げたのだ。

1年近くセカンドチルドレンを護衛していた男が突然、第4支部へと転勤になったそうだ。

ミサトはあの使徒と戦うための兵器、EVAのパイロットにいつか会って、自分に懐かせようと考えたのだ。


四六時中一緒にいる護衛任務であれば申し分ない、と赤いジャケットを着た女性は嬉しそうにキーを捻る。

”キュキュキュキュ…ヴァン!!”

眠りから覚めた車は怪しげな護衛とその対象である重要人物を目的地に運ぶ為に動き出していった。



………第3支部。



加持はドライブを終えて第3支部の駐車場に居た。

通いなれた道、停め慣れた場所。

”バタン!”

少々乱暴にドアを閉めた男はそのまま支部の特殊監査部へ向かう為に、誘導灯の示すドアに向かった。

歩きながら、火の点いていないタバコのフィルターを噛んでいた加持は、

(そうだ、監査部に行く前にアソコへ寄ろう。)

 クルッと方向を変えて、階段を下りて人気の無い廊下を暫く歩き、彼は目の前の錆びたドアの前に立った。

元々掃除道具などを仕舞うための小さなこの部屋は、監視システムから外されるような場所にあった。

加持リョウジは使用された形跡の無いこの部屋を見付けた時に、

 捨てられていた机やパイプイスを勝手に持ち込み、秘密の自室として使っていた。

そして第3支部に来る度に、

 他の部屋からLANケーブルや電話線を勝手に延長して”仕事”ができる部屋に改造していたのだ。

(さて、時間は余り無いな。)

加持が入館した事は、IDカードをゲートに通した事でログとして残っている。

寄り道などで時間を少し掛けたとしても、さっさと辞令を受けに所属部署に行かなくてはならない。

加持はパイプイスに座ると机に置いてあったライターを取り、噛んでいたタバコに火を点ける。

一服、肺に煙を満たすとそのままノートパソコンの電源を入れた。

(ふぅぅ。さて、パスワードは、と。)

彼は手馴れた手付きで10桁のパスワードを入力する。

この端末は、システムエンジニア用の偽名IDとパスを入れてある。

かなり自由に情報を見たりいじったり出来る便利なこの仮IDとパスは、

 それとなく近付き親しくなったエンジニアを飲ませた時に聞き出していた。

(さてさて、特殊監査部の業務分担表は、と。)

加持は、事前に自分に与えられるであろう任務を勝手に盗み見ようとキーに乗せた指を踊らせる。

……カタカタカタ。

(む……ありゃ?何だ……葛城のヤツ、セカンドの護衛任務か……楽な仕事だねぇ。)

紫煙をくゆらせながら、モニターのリストによく知る名を見た加持は”にやっ”と口の端を上げた。

と、その時。

”ピリリリリリ…ピリリリリリ”

突如として鳴り響く電話機。

机の上に設置した鳴るハズの無い電話に身体を硬くした加持はゆっくりと視線を動かし、それを凝視した。

(!!おいおい、ここを知っているヤツは居ないハズなんだが…議長か?ま、出ざるを得ないか……)

いくら人少ない廊下といえども、電話を鳴らしたままには出来ない。

加持はゆっくりとタバコを一飲みして灰皿に置くと左手で受話器を上げた。

”ピリリリリ、…チャ”

「…………………………?………」(なんだ?……無言電話か?)

「…………加持、リョウジだな?」

その感情を押し殺しているような迫力のある男の声を聞いた、ダブルスパイの緊張は高まる。

”ゴクリ”「……あなたは?」

「……君の望む取引相手、だと思うが。」

キール議長よりも歳若そうだが、この男の声は他を圧する独特の雰囲気があった。

そして突然の出来事に内心驚きで満ちていた彼は気が付くのが遅れたが、この男が使う言語は日本語だった。

(あれ?日本語とは、ワザとか?という事は、この通話は……本部?…ん!?…そういや、この声は!!!)

左手に持つ受話器を首に挟みながら灰皿の燃え尽きかけたタバコを乱暴に擦り消す。

「………こちらの都合で申し訳有りませんが、あなたの名前…無断で使わせて頂きました。」

飽くまでも自分のペースを崩さぬように細心の注意を払いながら、手持ちのカードを切るように話を始める。

「………そうか。」

短すぎる返答にプレッシャーを感じてしまった彼は自分に舌打ちをする。

(チッ。どうすりゃいいんだ?…ここを切り抜けなければ…折角、危険を承知で第3支部勤務にしたんだぞ)

考えが纏まりきらない彼を無視するように電話先の人物は構わず声を発する。

「…私は取引、と言ったのだ。君は既に”利”を得た………私にその貸しを返してもらおう。」

「……そうなりますね。私に出来る事であれば、喜んでお返しいたしますよ。」

やっとまともな会話らしく話が進むと埃っぽい天井を見上げた加持は幾分ホッとした様な表情になるが、

 予想もしないカードを切ってきた相手に凍りつく。

「簡単な事だ、君の属している組織の情報提供をして貰う。……内務省、そしてゼーレのな。

 ふっ、安心したまえ。……この事を知っているのは私だけだ。」

(!!ぐ!!……なぜ碇司令が知っているんだ?……どうする?どうする?ってどうすりゃいいんだ?)


………加持の精神状態は正に崖っぷちで突き落とされる寸前、と言った処だろう。


じわっ、と汗が吹き出てくるこの状況。口も乾燥してくる。下手をするとココで殺されるかも知れない。

「…どうした?加持リョウジ。コレは取引だ。受ければ君の欲しい情報も得る事ができるかも知れんぞ…」

(なんだって?欲しい情報?………!オレの動機か?まさか、そこまで把握されているのか!?)

「……司令、どちらで……この電話を知ったんですか?」

判断がつかなくなってしまった彼は、時間稼ぎの為に会話を延ばそうと、話題の転換を試みた。

「……若いな。どうでもいい事だ、時間は与えん。…答えろ。」

凄みを増す声に加持は結論よりも先に答えを口にしていた。

「……私が欲しい情報を教えて頂けるんでしたら、あなたと組みましょう。」

(クッ!議長よりも食えないとは……さすが、と言うべきか。……しょうがない。)

彼は自分の素性がバレている時点でスパイとして失格ではあったが、どうやら命を失うことは無さそうだ。


………秘密を暴いた相手は自分を利用としている。


(ん?って事は司令も……なるぼど、訳有りという事か。こりゃどうやら、まだイケそうだな………)

「………そうか。それでは、そろそろ辞令を受けに行きたまえ。必要な時に連絡しよう。………”プッ”」

一方的に切られた通話に加持はゆっくりと受話器を置くと胸ポケットの箱から一本タバコを出し火を点けた。

”チッチッ…シュボ!”(ふぅ…トリプルとは想像もしなかった事態だな……難しいぞ、これは。)

姿を次々に変えるように天井に立ち昇る紫煙を見ながら、今の立場を整理しようと考え始めた加持は、

 予想以上の突然の事態にこれからどうなってしまうのか?と、自分の行く末が見えなくなってしまった。

(さてさて、これからオレはどうなっちまうんだろう。……ま、成るように成るか、な?)

暫く呆然と吸っていたタバコを消し、部屋を後にした男は時間を食いすぎたと廊下を足早に歩いて行った。



………車内。



アスカは移り行く景色を見て内心のイラ立ちを誤魔化していた。

(……ふぅ。)

…隣の女は誰?

……自分の護衛だ。

………しかし、先程からのこの会話は何だろう?

…………どうして、この人はヒトのプライベートな事にまでドカドカと土足で入り込んで来るのだろう?

自宅からNERV第3支部まで車で20分ほどの距離だったが、今日はやけに遠くに感じる。

何時もの護衛官であれば、まるで空気のように静かだったのに。

アスカが窓の外に目をやっていると、いつの間にか話題が変わっていた。

「………で、私は言ったワケよ。あんた達、そんな覚悟で実戦に出たら死ぬわよってね。

 あら、そう言えば……その娘ってアスカと同じ位の年だったわぁ。」

ミサトの話で初めてアスカが興味を引かれた話題であった。

窓から”すっ”と運転席の方へ顔を向けた少女が、何か思い出すような表情で語っている女性に声掛ける。

「あの、葛城さん。国連軍に少年兵っていたんですか?」

(ふう、やっとコッチを向いたわね……澄ましちゃって…もぅ!)

ミサトはやっとこっちに興味を抱いてくれた娘に、

 不自然さを感じさせないように気を付けて内心のイラ立ちを見せぬ”にこやかな表情”を作ると、

  車内で初めて口を開いた少女に向けて話し始める。

「あらぁ、やっとこっち向いてくれたわね?…ととっ……」

しかし、少女の青い瞳と目が合うとミサトはワザとらしさがバレそうなので、さっと顔を前方に戻す。

「…もう、アスカってば、ミサトでいいのよ。ミサトで。それにそんな丁寧に喋らなくていいわよ?

 気軽にフランクに行きましょ、フランクに。……人間付き合いってぇのは、自然が一番よん…ね♪」

「…じゃ、ミサト。さっきの質問に答えてよ。」

「あらま、切り替えが早いわね。…ま、いっか。う〜ん、特殊部隊の一人だったけど、他にも2人いたわ。」

「特殊部隊?普通の軍隊じゃないの?」

「…そうよ、確かね。まぁ、それに私の知る限り普通の部隊には少年兵はいないわよ。」

「どんな部隊なの?」

「え〜と、なんつったかなぁ〜。はははっ……ゴミン、ちょっち忘れちゃったわ〜。」

(うぅ。忘れたいのにぃ〜、何でこの話題にこんなに興味を持つかなぁ、この娘は……たはは。)

「じゃ、どんな子がいたの?」

「え?う〜ん、髪が白いのが男の子、後は女の子だったけど蒼いのとぉ…弱ッちそうなのは茶色だったわ。」

「は?…白?蒼?染めているの?」

「ははっ私は知らないわ。もしかすると、あれがアルビノって言うのかもねぇ。」

「ふ〜ん。ま、私には関係ないか……」

(う〜ん…なんだろう?あ、このヒトって、なんか話し方がワザとらしいのよ!……何か、あるのかしら?)

「おし、時間通り。着いたわよぉ〜」

手を頭の後ろに組んで横目で伺うようにミサトを見ていたアスカは、そのミサトの声で青い瞳を前に戻した。

自動車が通りを左に曲がりNERVのゲートが見えてきたのは、アスカがまだ知り合って間もないのに、

 やたらと距離を縮めようとするこの女性に…内心距離をとろうと考えていた、そんな時だった。


………この日からアスカは12月の下旬までミサトに辟易としながらもNERVに通う事になるのであった。





救出作戦−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





………12月21日、ビクトリア湖の工場跡地。


「………もし、マナが悩んで困った事があるなら、力になるから……ね?」

マナが”コクッ”と頷いたのを背中越しに感じたその時だった。

”ビーービーービーー”

シンジは突然車の通信機から鳴り響いたアラートに反応する。

「マナ、緊急通信だ!今日の暗号コードに合わせて!」

「ぁん!アオ君…。」

マナは大好きな人の暖かな背に顔を埋めていた静かな幸せの時間を、無粋な呼び出し音に邪魔されて、

 ”むぅ〜”と残念そうな表情をするが、彼女の指先は仕事を疎かにする事は無かった。

”……ピピピピピピピピピ・ピ・ピ・ピッ!”

マナが素早く24桁の暗証コードを入力し終えると、

 通信用モニターに”Complete!”の文字が浮かび上がり、スピーカーから通信士の声が聞こえた。

『……”ピッ”…総司令部よりトライフォースへ。』

衛星回線を使った総司令部との通信が始まる。

「こちら、トライフォース霧島三尉です。」

『了解。…霧島三尉、A・O隊長か綾波副隊長はいるか?』

「ハッ、隊長がおります。お待ち下さい。」

「…こちら、A・O二尉です。緊急通信とは、何かあったのですか?」

『………うむ。こちら総司令官ワーグナーだ。A・O、緊急の任務だ。

 君達が主要テロ組織を潰しまわった反動がついに出たのだ。

 我々の最大の目標である”アフリカ解放聖戦”が最悪のカタチで動き出したようだ。』

「あの…どういう事ですか?」

『先日、公務でスーダンを訪れていた国連特命大使であるマリア・ハマーショルドが誘拐されたのだ。

 そして、彼らは”平和のマリア”を交渉材料に高濃縮ウランを要求したのだ。

 国連本部は極秘に交渉役を現地に飛ばし、事に当たっていたのだが……』

「…失敗、そしてウランを奪われたのですね?」

『……ふぅ。その通りだ、A・O。先程、調子に乗った奴らは更に要求を突き付けてきた。

 96時間以内にアフリカで君達の行っている対テロ作戦を無期限中止せよ、とね。

 現状では……ふぅぅ、まったく!

  この要求は”素晴らしきマスコミ”によって世界中の知る処になってしまい、注目もされている。』


………苛立たしげに皮肉を混ぜた説明をするワーグナーは、語気を強める。


『だが、我々は決して、このような要求に屈する事は出来ない!世界平和が掛かっているのだ!

 ……そこで、君達にヤツらの拠点、ポートスーダンに移動してもらい、

  ウラン奪取とマリア救出作戦を実行し、完遂してもらいたい。』

その内容にシンジは作戦を考え始めるが、その表情は硬い。

「………ポートスーダンまで北に約2,200Kmか……閣下、時間が少ないですね。」

『全くだ。…ヤツらに優秀な参謀でもいるのだろう。こちらが準備を整える前にリミットを設けたようだ。』

「ですが丁度、今日物資の補充を行いました。こちらの準備が終わり次第、救出に向かう事が出来ます。」

『………はぁ。……スマン、A・O。』

「…どうしたんですか?ワーグナー閣下?」

『全く以って冗談のような話なのだが、君達の”足かせ”が時間以外に、もう一つあるのだ…』

「……作戦遂行上の条件が有る……という事ですか?」

『スマンが、これは別の部隊との共同作戦になる。』

横で聞いていたマナが特殊部隊といえばぁ……と顎に指を当ててブツブツ言い始める。

「…それは厳しいですねぇ、陸軍だったらデルタフォースかなぁ?それとも海軍でシールズ?

 ……もしかして、航空連隊から160ナイトストーカーズとか?

 う〜ん…それともスペツナズか、イギリスのSAS………まさかグリーンベレーは無いだろうなぁ。」

「もぉ…こら、霧島三尉…。」

A・Oがマナをたしなめる。

『ははっ…かまわんよ、A・O。

 …霧島三尉、残念ながら君達と作戦を共にする部隊は全くの無名、その実力すら判ってはおらんのだよ。

 NERV第3支部の自称……精鋭部隊だそうだ。』

「は?……え、と。NERVって?……。」

意外な名前をここで聞いたシンジはポカンと間の抜けた顔になってしまう。

『A・O、君は知っているかもしれんが、特殊な非公開の特務機関だ。

 …どうやら、彼らはこの作戦によって得られる実績が欲しいみたいだな。』

「…閣下、反対です。先程も言いましたが、時間が有りません。マリアさんの身の安全を考えるなら、

 虚を衝くべく直ぐに行動を起こすべきです。我々に余計な増援は無用です。」

『これは………決定事項だ。

 今の段階では、そのドイツ部隊は24日に直接テロリストの拠点に到着する予定だそうだ。

 調整を取り、彼らと合流し作戦に従事してくれ。命令の最優先権は最先任であり、責任者である君だ。

 無用な苦労だろうが、君なら成功させると信じておる。……頼んだぞ。』

「トライフォース、了解しました、移動手段に大型輸送ヘリの手配を願います。

 23日、現地にベースとなる拠点を設置します。そこに来るようにドイツ部隊へ連絡しますので、

 彼らの通信コードを教えて下さい。彼らと協力体制を築きます。」

『判った。後ほど作戦内容と現時刻で判明している情報を暗号データで送信する。…オーバー。』



………NERVドイツ第3支部。



所内のアナウンスで加持二尉、葛城二尉は支部長室に呼ばれていた。

(確か、支部長は日本に出張中だと思ったんだが……はて?)

加持は散歩の途中、という様なゆっくりとした足取りで廊下を曲がると、濃紺色の長髪が見えた。

「おや、葛城じゃないか?……今度は何やったんだ?」

のんびりした声に振り向いたミサトは、とてもいやなモノを見たと言う顔で返事をする。

「げげ、加持君…って、私は何もしていないわよ!……それにアンタなんでココに居るのよ?」

「あれ、知らないのか?…オレは12月からこっちの所属になってね。」

「ふ〜ん。何やってんのよ、今?」

「特殊監査部の仕事、それ以上は秘密、だな♪……おっと、中に入れってさ。」

いつの間にか副支部長がやって来て、無言で支部長室に入るように促すと2人はそのまま部屋に入って行く。

「副支部長、何のご用でしょうか?」

「それは直接支部長に聞いてくれ。加持二尉、葛城二尉、今……回線を繋げる。」

支部長室の電話をスピーカに切り替えると、そこから少し興奮気味の男の声が聞こえてきた。

『…聞こえるかね?』

「はい、支部長、繋がっております。この部屋には加持、葛城と私しかおりません。」

『…よし、加持、葛城、君達はこれから保安部の精鋭8名と一緒にスーダンに行って欲しい。』

加持はその国名を聞いて”ピン!”と感じるモノがあったが、ミサトは?と怪訝そうな顔のままだった。

「すみません、支部長。これは”マリア”絡みの話ですか?」

『その通りだ。国連軍の対テロ特務隊と合同ではあるが、我々もこの救出作戦に加わる事になった。』

その話を聞いたミサトが異議を唱える。

「ちょっと待ってください。なぜNERVが動くんですか?…私には必要が感じられませんが?」

『葛城、我々の組織がどの様に見られているのか、知らん訳ではあるまい?

 表向き、国連組織の中でも特に実績が無いのに、予算だけ要求する唯の金食い虫と言われているのだ。

 ここで、この注目の高い事件を解決し、実績を上げる事の重要性がわかるだろう?

 ……それに、彼らは高濃縮ウランを手に入れてしまった。これは、人類の為だと理解してくれたまえ。』

(……何言ってんだ。これは、アンタの出世のタメだろ?)

加持は呆れたような顔で電話機を見詰めた。

人類のピンチと聞いたミサトの脳内はまるで自分が救世の女神にでもなったかのように妄想を膨らませると、

 これでまた自分の名が上がるわぁ、と真面目に取り繕っている顔の目元が笑っていた。

『突然の事でスマンが、装備を整えて直ちにスーダン共和国の紅海に面した港湾都市、

  ポートスーダンに向かってくれ。

 現地の集合場所は後ほど特務隊よりデータが送られてくるそうだ。』

「支部長、保安部の体制と装備の準備、移動手段の手配、出発は早くても明日になりますよ?

 最短でも現地入りは24日になるでしょうね……

 確かニュースではリミットが25日の20時だったと思いましたが。こりゃ、全く時間が有りませんね…」

加持はミッションの困難さに渋い顔になるが、隣の女性はそんな男の背中を”バシッ”と叩くと叱咤する。

「なぁ〜に言ってんのよ!!か弱き乙女が囚われているのよ?燃えるのが男ってモンでしょ!

 それに成せば成るわ!……うしっ!!支部長、早速行動を開始します!」

「な、おい、葛城!」

ミサトは興奮気味にそう言うと、支部長の返答を待たずさっさと部屋を出て行ってしまった。

『それでは、頼むぞ。』

支部長との通話が終わると加持は、必要な準備などを計算し始める。


………ハンブルクからポートスーダンまで直線距離でも約4,500Kmの道のりだ。


(やれやれ、葛城は相変わらずだな……こういうのは準備が大事なのにねぇ。)

「まったく。…あ、すみません。それじゃ、早速準備に掛かります。

 ところで、副支部長?我々と共同作戦を張るっていう特務隊の資料をお願いします。」

「加持、どうやらその部隊は3年前、世界中に募集を呼びかけ選抜された、

  あの国連の次世代特別将校養成プログラムの履修生たちのようだ。

 この12月から総司令部直属の特務隊としてアフリカで対テロ殲滅作戦に従事していたらしい。

 部隊を構成している隊員達の資料を無理に貰ってきたが、厳しい守秘義務を約束させられたよ。

 そしてその中には、なんと驚いた事に本部のファーストチルドレンがいたのだ。

 唯一人、隊長のプロフィールだけは全て白紙だったがね。なんでも、トップシークレットらしい。」

「まさか……あの”死の部隊”が、あのプログラム生達だったとは。信じられない練度ですね。」

加持は12月から驚異的なペースでテロ組織を潰しまくっている部隊の噂話を耳にした事があった。

興味を持ち調べて判った、その情け容赦の無い圧倒的な戦闘力に恐怖と驚きを抱いた。

更に部隊構成員の情報も調べたようとしたが、その特務隊の詳細情報は非公開とされており、

 今だ何も把握できていなかった。

それがまさか、あの試験の合格者達がその部隊の隊員だったとは、彼の想像の範囲外の事実であった。

そして、ファーストチルドレン綾波レイが軍事教育のため国連軍に出向扱いを受けている事は知っていたが、

 この部隊にいるとは……加持はこれから共同作戦を行う隊員達に会う事を考え内心ほくそ笑んだ。

(う〜ん、こりゃ色々情報を掴むチャンスだぞ……楽しみが増えたな。)

「それでは、保安部と調整をし、出発準備にかかります。」

「判った。頑張ってくれ。」

加持は支部長室を後にすると、そのままミサトが向かったであろう保安部へと歩を進めた。



………保安部。



”プシュ”

「失礼します。先程支部長から特殊任務を受けた、加持です。保安部長にお会いしたいんですが?」

「…聞いております。どうぞ、こちらです。」

保安部の男性に案内された加持は保安部長室に入る。

(あれ、葛城が居ないぞ?)

加持はその部屋を見渡したが、居たのは執務室の持ち主、保安部の屈強そうな厳つい男が8人だけ。

「加持二尉、葛城二尉はどうした?…一緒に支部長室に呼ばれたようだったが。」

(アイツ、まさか車で行こう、とかって駐車場に行ったのか?それとも……はて?)

流石の加持も”たら〜”と冷や汗をかくが、その余裕の表情を崩す事は無かった。

「ははっ先に出て行ったので、こちらに来ていると思ったんですが…トイレですかね。

 一応、呼び出しましょう。」



………ビクトリア湖。



「ただいまで〜す。隊長!」

1号車を運転していたバロットが窓から顔を出している。

補給物資の陸揚げ、受け入れチェックを終えた、隊員たちが2台のハンヴィーと輸送トラックで帰ってきた。

「ありゃりゃ!隊長、3号車でマナと2人っきりなんて、大胆だねぇ!」

3号車の後部ハッチから降りてきたシンジを見た2号車の運転手、アルはからかうように笑って言った。

「各員それぞれの装備のチェックをして休憩を……と、言いたい処なんだが、

 先程、緊急任務が総司令部より下達された。15分後、ブリーフィングを行うから集まって欲しい。」

仕事モードの隊長A・Oはアルのからかいに反応しなかった。

1号車から降りたレイはシンジに補給物資のリストを手渡した。

「……隊長、コレが今回のリストです。」

「ありがとう、副隊長。少し時間が掛かったね?」

「えぇ、偽装漁船を操船していたヒトが接岸に手間取っていたわ。」

「今日は風が強いからね。……ご苦労様、レイ。」

レイはシンジの波動から何かあったの?と少し心配そうな表情になる。

そんな彼女を見たシンジは一歩近付き、耳打ちするように小さな声で囁いた。

「これから説明をみんなにするけど、副隊長として先に聞いておいて欲しいんだ……僕の部屋でいいかい?」

”コクッ”とレイは頷き、シンジの部屋に入って行った。

その様子を見ていたアルは、マナとの浮気をどう誤魔化すのかとニヤニヤと楽しそうに笑っていたが、

 そんなワケ無いでしょ!とカーチャに後頭部を叩かれていた。

”ボロット”は3号車の開いている後部ハッチを覗き込んだ。

「お〜い、マナ。…何しているんだい?」

「もぅ!今、忙しいから説明は後。隊長から頼まれたデータの収集と簡易分析。…時間が無いの。」

彼の問いかけにもキーを打つ指の速度を変えずに答えたマナは忙しそうにデータを収集している。

そのいつもと違う彼女の真剣な雰囲気にこりゃ邪魔は出来ないな、とバロットはゆっくりと車を離れた。



………個室。



「シンジ君、なにかあったの?」

部屋に入ったレイは、シンジからお茶の入ったコップを受け取ると彼のベットに腰掛けた。

シンジは自分のコップにお茶を入れると、彼女の横に”ドサッ”と腰を落とした。

「国連の要人救出任務を総司令官から下達されたんだ。」

「……難しいの?」

レイが彼を見ると、シンジは手に持つお茶に視線を落としていた。

「いいや、大したことは無いと思うよ?テロリストが持つ高濃縮ウランと人質1人位じゃ、ね……。

 ただ、この作戦は共同作戦として、他の部隊と協力しながら行わなければいけないらしい。」

シンジが彼女の方に首を振り向けると、綺麗な深紅の瞳と視線が合う。

「……何処の部隊?」

「………NERVのドイツ第3支部だって。」

困ったねぇという顔でシンジはお茶を一飲みした。

「葛城二尉……ね。」

「僕は彼女、苦手っていうか、嫌いなんだ。できれば関わりたくないんだけど。」

「シンジ君が後の使徒戦の為に、態々この部隊を創ったのも……」

「そう、彼女が作戦指揮、命令権を持てなくする為にね……僕の方が階級が上ならってさ。」

「……この任務、成功させればお互い昇格するでしょうね。」

「同じ一尉じゃ、多分彼女が先任だよ、NERVではね。」

「でも、シンジ君…パイロットは使徒を倒せば昇格するハズでしょう?」

「今回は国連軍属の階級を持っているから、モチロンそうなるよ。

 前史は何も知らなかったとは言え、僕らの扱いはまったく持って不当だったからね。

 ……でも、君を危険にさらすような事をしたくないんだ。」

「ヤシマ作戦は…いい思い出。」

レイは”コトン”と彼の肩に頭を預けた。 

そんな彼女の柔らかな髪を優しく撫ぜながらシンジはあの時をゆっくりと思い出して言った。

「うん、あの時の……君の微笑みはとっても綺麗だった。

 何も無かった僕がホンの少しでも君に近付く事が出来たかもって、

  ……君との絆ができたかもって、そう思った最初の出来事だった。」

「あの時の私も、あの作戦でシンジ君を唯のサードチルドレンから碇シンジという個人に認識を変えたわ。」


………お互いにあの時を思い出し、自然と見詰め合う。


「ふふっ確かにレイの言うとおり、いい思い出だね。」

柔らかく笑ってそう言ったシンジは、再び手に持つコップを見ると真紅の瞳に力を込めて顔を引き締めた。

「…でも、でもやっぱりあの作戦はギリギリだった。

 あんな成功確率の低い作戦しか考えられない彼女には任せられない。」

「……そうね。」

レイもあの時の立場が逆なら当然だ、と”コクリ”と頷く。

「ま、何とかなるでしょ。さて、時間だ。みんなの所に行こう、レイ。」

「…了解。」

名残惜しそうに2人は部屋を後にした。



………ドイツ。



ミサトは地下保管区にある武器庫に向かっていた。

”ピリッピリッピリッ…ピ!”

「はい、葛城です。」

「お〜い、何処にいるんだ?…葛城、早く保安部に来てくれよ。」

相変わらずの加持の声にミサトは呆れたような声を上げる。

「はぁぁ?…アンタ、何言ってるのよぉ。まずは武器の確保が必要でしょうが!」

「おいおい……その保管責任者である保安部長の許可が無けりゃ、武器庫には入れ無いぞ?」

(う!!あっちゃ〜…たはは、そうだったわぁ。)

自分がヒロインな妄想で興奮していたミサトは、バツの悪そうな顔をする。

「そ、そんな事…し、知ってるわよ!今行くから、許可貰っておきなさいよ!!」

ミサトは”ぶちっ”と電話を切り、勢い良く歩いていた廊下をターンすると、早足で引き返していった。



………再び、工場跡地。



隊員たちがブリーフィングルームとして使っている部屋に集まっていると、隊長と副隊長が入ってきた。

「みんな、揃っているか?」

シンジが見やると、茶色い娘が居ない。

「あれ、マナ?………ん〜と、バロット、悪いけどマナを呼んできて。データは出来た分でいいからって。」

バロットは短く刈り込まれた角刈りの金髪に、徐にやった右手を”ガリガリッ”と動かしながら、

 ”えぇぇ”という顔を作って答えた。


………勘弁してくださいって感じだ。


「えぇ!?…隊長、さっきの彼女の雰囲気じゃ、そんな事言ったら自分はケガじゃ済みませんよぉ。
 
 …そんな量の仕事を頼んだ隊長の責任です!ご自分で呼びに行って下さいよぉ〜」

「ん?……そうか?う〜ん、仕方ない。じゃ、綾波三尉…すまないが先に話を始めていてくれ。」

その嘆願を聞いたシンジはそう言いながら廊下に戻ろうとすると、部屋の気温が下がったような気がした。

この部隊の大人達は副隊長(レイ)の隊長(シンジ)に対する絶対的な気持ちを知っている。

隊長の命令に正当な理由無く従わなかったり、ゴネたりすると彼女の圧倒的なプレッシャーを持つ、

 あの紅い瞳で見詰められるのだ………耐えられない。


………彼女の機嫌を損ねてはいけない、というのがこの部隊の暗黙のルールである。


バロットに…なぜあなたは従わないの?…と横目で冷たい視線を刺すように向けていたレイは、

 彼がヤバイ!という風に固まるのを見る前に部屋を出て行きそうなシンジの方に向き、静かに返事をした。

「……いえ、待っています…隊長。」


………一見、無表情に見えるレイはシンジに判る程度ではあるが、実際には行って欲しく無さそうである。


シンジが振り返ると、隊員たち全員が自分を見ていた。……割と必死なその表情は”行かないで!”である。

このままの雰囲気のレイと同室は厳しい、それはこの部屋にいる全隊員のそろった思いだった。

「う?…う〜ん、ま…いっか。マナの仕事は早いし、待っててもそんなに時間は掛からないだろう。」

そう言った隊長は再びレイの手を取り、自分達の席に座った。

大人たちは伺い見ていた副隊長の機嫌が直ったと感じて、自然と上がっていた肩から力を抜く事ができた。


”ダダダダダ!”


その数分後、廊下を音高く鳴り響かせながら走ってくる音が聞こえる。

”バタン!”

「はぁはぁ、おっ待たせしましたぁ!」


………作戦の説明が始まり、スクリーンに情報が溢れる。


「………あの、隊長。この部隊はこの作戦に必要なのでしょうか?」

総司令部から送られてきたデータをマナが纏めて、ミッション概要として説明を始めて3分後、

 そのレポートとして映されているスクリーンを見ていたカーチャが問う。

どうやら今回の作戦は初の共闘であるらしい。

隊員達の関心はどんな部隊が参加するのか、とマナの説明を注意深く聞いていたが、

 その説明をするマナの元気な声が言い淀む様にどんどん小さくなっていく。


………カーチャの質問にマナは明確な回答をする事ができなかった。


「…えっとぉ、スミマセン。色々調べたんですけど…何て言うか、不要っぽいっていうか、その……

 私には、ワザとこのミッションの難易度を上げる為の”条件”のようにしか思えないです。

 それに、参加者リストを見ると、どうやらあの”暴行女”葛城二尉が参戦するようです。」

隊員達の顔が一様に”なにぃ!”と驚きと嫌悪感に支配されていった。

「…みんな、落ち着け。確かに今の霧島三尉の説明による、このドイツ部隊は我々にとって不要であろう。

 それに葛城二尉についても、少なくは無い遺恨があるのは十分に理解している。 

 その事は、私から直接ワーグナー閣下に上申した。しかし、コレは決定事項だ。

 強力な戦闘力を有する我々は個人的な感情に走って動く、ということは決して許されない。

 また、この事件は世界平和に関わる重大なテロである。

 外的要因で、多少難易度を上げられてもこの部隊であれば問題なく作戦を完遂できる、と判断されたのだ。 
 ……霧島三尉、説明の続きを頼む。」

「了解。……さて、この作戦の舞台は、この地より北北東に約2,200Km離れたスーダン共和国、

 その港湾都市ポートスーダンです。」

スクリーンにアフリカ大陸の地図が表示されると、中央より右上にズームし地図の縮尺表示が切り替わる。

「ターゲットは、国連事務総長の娘であり、国連特命大使であるマリア・ハマーショルドさんの救出と、

 奪われた高濃縮ウラン10kgの奪還、この2点です。

 そして、アフリカ解放聖戦の犯行声明によりこのミッションには、

  本日より4日後、25日の20時まで、というタイムリミットが設けられています。」

シンジが補足の為に立ち上がり、女性とケースが映っているスクリーンを背に隊員たちを見渡す。

「霧島三尉の言う通り、今作戦のメインはこの2点のみであるが、諸君にはこれ以上の働きを命ずる。

 この事態は我々の主要任務を完遂するチャンスだ。

 この作戦を利用し、アフリカ最大のテロリスト組織である、アフリカ解放聖戦を壊滅させるのだ。

 その為に、幹部や主要な構成員を残らず生け捕る。 

 では、これからのスケジュールを通達する。

 我々はヘリを利用し、ヤツらのアジトから20km南に離れた場所に、ベースとなる拠点を設営する。

 輸送ヘリの燃料補給などを勘案すると、現地へは23日の早朝に着けるであろう。

 その輸送ヘリは今夜20時に到着の予定だ。我々は補給された物資と装備を整え、

  3号車の積み込みを終えた後、出発する。

 それまでに、各員は武装のチェックを行ってくれ。……以上だ。」




………ポートスーダン。




アイマンは優秀な副官と酒を酌み交わし、大いに飲んでいた。

最近の彼は、何年もかけて自分達が多大な犠牲と多くの血を流して築き上げた巨大な組織が軒並み潰される、

 という信じられない事態に、日課であった晩酌を楽しむのを忘れるほど余裕が無かった。

最初の頃はまだ彼にも最大組織の長として余裕があり、我々に刃向かうとは何処の馬鹿な組織だろうか、

 とアフリカ中に行き渡る情報網を使って調べさせていたが、情報を得るなどと悠長な事をしている間に、

  その情報源たる組織が次々と音信不通になっていった。


………日に多い時は3つの組織が壊滅させられた。


僅か20日間で潰された組織は25を数える。

それもこのテロ組織の主要な資金源となる重要な組織ばかり狙われたのだ。

最初の襲撃から1週間後、漸くアイマンの耳にどうやら少数の国連部隊らしい、という情報が齎されたが、

 予測しそれ相応の準備を行い武装させていても、突然として現れる彼らとの戦力差は圧倒的であった。

襲撃を受けたその組織は見せしめの様に徹底的に根絶され、

 それらを再生する、という考えを持つ事が馬鹿らしくなる程、完璧に潰されていたのだった。


………何時この死神たちが自分の前に立つのだろうか、という忍び寄る脅威にアイマンは恐怖した。


そんな時、この男が現れたのだ。

モハメド・バシル。

この組織を維持するための資金をいかに調達するか、とその方法を模索していた時、いつの間にか現れた男。

古株のメンバーは胡散臭いこの男の話を聞く事すらしなかったが、

 リーダーである自分はこの現状にとりあえず話だけでも、と相手になったのだ。

そしてこの男の経歴がどうであれ、

 彼が”ゼーレ”を紹介してくれた事で莫大な資金を調達する事に成功したという事実が重要であって、

  ……まぁ、確かにこの白人男性の名前は限りなく疑わしい限りではあるが、

   それが本名なのか偽名なのかという事はアイマンにとってどうでもいい、些細な事であった。

バシルはその功績でアイマンの参謀として副官になった。

次に彼が計画したのは国連特命大使を攫い、

 テロ活動の最大の障害になっている国連部隊をこのアフリカより撤退させる事であった。

そして今、その計画の副産物としてウランも手に入れる事ができた。

アイマンが久しぶりに飲んだ酒は格別に美味であった。

「あぁ、ところで、お前ぇの紹介してくれたゼーレってぇのは、一体何なんだぁ?」

「私も詳しくは知りませんが、たまたまアフリカ解放聖戦と接触したがっているという情報を得ましてね。」

「そんな情報…オレは聞いてねぇなぁ……まぁ、いい。羽振りが良いのは事実だ!それ、飲め!」

「はい、頂きます。」

(……そんな頭じゃこの先は無いぞ、アイマンよ。)

楽しそうに酒を注いでいるアイマンを見るバシルの目は冷たい。

この男、モハメド・バシルはゼーレの駒である。

キールはアフリカの裏金を確実に得るべく、国連の作戦が失敗した場合の保険として、

 この組織にバシルを送り込んだのだ。

彼がアフリカ解放聖戦の幹部に成るために多少の資金を渡したが、ゼーレにとっては大した金額でもない。

そしてアフリカの支配権を早々に得るために、事態の進行を早めるように指示を出したのだ。

「アイマン、あと4日です。このままあの部隊が大人しく引き下がる事は無いと思いますよ?」

「判ってる。どうせ、ここに攻めてくる腹積もりだろうよ。まぁ、歓迎の準備は終わっているんだ。

 何時でもきやがれってぇところだ。安心しな……。」




………12月23日、ポートスーダンの夕暮れ。




このトライフォースが設営した拠点を歩く葛城二尉は先任将校たるトライフォースの隊長を探していた。

24日に、と準備を進めていたドイツ部隊は23日中に現地入りせよ、と連絡を受けたので、

 休むことも無い強行軍をして何とか今、テントが連なる集合地点に着いたのであった。

ミサトは3年前に教官として”指導した”この部隊の、その研ぎ澄まされた雰囲気に目を見張った。

(コイツ等…前と違うわね。ふ〜ん…実戦を経験したから、かしらね。)

ミサト達を乗せて来た輸送ヘリが役目を終えて帰路につこうと、

 飛び上がる為にエンジンの出力を上げローターの回転を強めると、その周囲に大量の砂塵を巻き上げる。

”………キューーキュンキュンキュンキュン”

それをマトモに浴びた彼女は堪らない、と首を巡らせ目を逸らした先に黒い服を着た人物が見えた。

(いったたたぁ〜……ん!!あの、蒼いのは!!)

ミサトはその吹き荒れる砂から逃げるように、足早に黒服に身を包んだ人の方へ向かった。

「あの…ちょっと、いいかしら?」

その声に反応した少女が振り返ると、そこには赤いベレー帽を被りにこやかな表情を浮かべる女性が居た。

「…はい、何でしょうか?」

「あなた達の隊長はどちらに居るのかしら?」

(シンジ君は彼女が嫌い。……会わせない方がいい。)

「…隊長は、あなた方ドイツ部隊とはお会いになりません。必要事項は副隊長である私から通達致します。」


………その一方的な言い方は…まるで相手をする価値も無い、という格下に対する扱いのようだ。


ミサトはドイツ部隊が、と言うより自分が活躍する事しか頭に無かったので、この扱いは到底納得出来ない。

相手の反応など気にしない少女は、蒼銀の髪を柔らかく躍らせ”クルッ”とターンすると、

 さっさと歩き出して行ってしまうが、置き去り状態のミサトは慌てたように追いかける。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!…こういう事はお互いの信頼と連携が大事なのよ?隊長に会わせなさい!」

そんな時、輸送車の陰からひょっこり男が出てきた。

「ん?おいおい、葛城。着いた早々、一体何の騒ぎだ?」

「あ、加持君。ちょっと聞いてよぉ。この娘ったら、自分とこの隊長に取り次いでくれないのよ〜。

 ホラ一応、あたしが隊長でしょ。お互いの為に意思の疎通っていうか、そういうのが大事でしょ?」

(おいおい、葛城、何時から隊長になったんだ?責任者と命令者は意味が違うぞ?

 ……ん!ほぉ〜…ファーストチルドレン綾波レイか。この色合いは……人類の神秘だな、こりゃ。)

加持はその少女を見るが、その視線はまるで足先から頭まで値踏みをしているような目であった。

当然、レイはそんな視線に対して不快感を抱く。

「……何か有りましたか?…私が責任者ですが。」

音も無く加持の背後から”さっ”とレイの目の前に現れた男は、

 細身で黒いフェイスガードにミラーコーティングを施した特殊ゴーグルをつけているので顔は判らないが、

  凄まじい強さが伺える雰囲気、只ならぬ気配を持っていた。

加持は自分と同じ位の身長の男に言い知れぬ恐怖を抱いた。

(いつから、オレの後ろにいたんだ?全く気配がしなかったが。)

「…いや〜、失礼しました。

 我々がドイツより派遣された部隊です。隊長にお会いしたいのですが。」

加持はまるで少女を護る様に彼女の前に立っている男性からナゼか物凄い威圧感を感じていた。



………数分前のベーステント。



シンジは拠点に造ったベーステントでドーラとリリスとこれからの作戦を相談していた。

ドーラの情報で彼らの拠点となっている廃棄された製油所の図面を見て、安全な侵入経路を考える為に、

 リリスに配置されている人数などを波動で感知してもらっていた。

『マスター、パイプラインを利用しては如何でしょうか?』

『う〜ん、しんちゃん。ゼーレのスパイが一人いるみたい、だよ?』

『…スパイって?』

『前史では、アメリカ支部の消滅に関わっていた一人だよ。』

『なんでそんな人が居るんだろ?』

『マスター、どうやらゼーレはアフリカの裏金に目をつけたようです。彼はその保険ではないでしょうか?』

『そうか、僕らの努力を利用しようとしているのか……それはちょっと看過できないね。』

『おじいちゃまに言って、碇グループに動いてもらえばいいんじゃないかな…どぉ?しんちゃん。』

『う〜ん、確かにそれでもいいんだけど、あんまり締め過ぎると逆にゼーレが暴走するんじゃないかな?』

『マスター、確かに使徒戦争時に余りに資金が無いと彼らがあらゆる手段を講じる可能性が高まります。』

『んっ!!ゴメン!ちょっと行ってくるよ。』

レイの波動がマイナスに変化するのを察知したシンジは、

 そこにいる人物を感じるとやれやれと少し肩を落としたが、素早く装備をつけて消えたのだった。



「お探しの隊長は自分です。うちの隊員に何かご用ですか?加持二尉、葛城二尉。」

加持の感じるプレッシャーは気のせいではないようだ。

ゆっくりとした口調ではあるが、シンジはゴーグルの中から加持のレイを見ていたその目を睨んでいた。


………彼女を不快にさせた男にシンジは少し怒っていたのだ。


「……あの、失礼ですが、あなたがA・O二尉でしょうか?」

「え!うそ!あのチビ?…アンタ、デカくなったわねぇ!」

彼に完膚なきまでに倒された過去の記憶など、頭から綺麗に消えてしまうほどミサトは驚いていた。

「こら!葛城。失礼だぞ!…スミマセン。」

ミサトを無視しているのか、この男は自分から視線を外していない様に感じる。

(なにか怒らすような事……オレ、したか?……まさか、さっきのかな?)

加持がチラッとレイを見ると彼女の瞳の色は冷たい。

「おっと、さっきは悪かったね、綾波レイちゃん。…悪気は無かったんだが、つい仕事のクセでね。」

(……ふ〜ん、なるほど。加持さんはレイの情報を持っているんだね。)

「うちの隊員については詮索しないで頂きたい。これは協力規定にも記載されていたハズですよ?」

「……特務隊の情報に関してはどんな些細な事についても、絶対的守秘義務が課せられる……でしたか。」

「明日行う作戦についての説明をします。そちらの隊員をベースキャンプに17:00に集合するように、

  お伝え下さい。…では、失礼します。」

頭を少し下げて少女の手を取った男はそのまま歩いて行ってしまうが、加持もミサトも何も言えなかった。


………そんな時、彼らの前を重そうな木箱を持つブロンドの髪をゆったりと一本に結わえた女性が横切る。


加持は反射的に反応し、声を掛けた。

「おっと、お嬢さん。重そうですね?……手伝いましょう。」

その声に振り向いたのは第3班のエマ・バートンだった。

「はい?…あのぉ、どちら様でしょうか?」

「…おっと失礼。私はこの度あなたのお手伝いをさせていただく、加持と言います。」

不思議そうな顔をしているエマの青い瞳が夕日に輝いている。

(………しかし、この部隊はナイスなスタイルの美女ばっかりだな…羨ましい。)

加持が優しそうな表情をしてそんな事を考えていると、エマはニッコリ笑って持っていた木箱を彼に渡した。

「はい、助かりますぅ。予備の弾薬など補給物資を運ばなくてはいけないのでぇ。お願いしますねぇ?」

(おっと。…う!ぅぐおぉぉ!お、重いじゃないか……。)

加持は手渡された木箱を受け取るが、その重量はハンパな重さではなかった。

(ふん、いい気味よ。………さて、私も準備を始めようかしら。)

ミサトは相変わらずのナンパな加持を怒鳴ろうと思ったが、

 彼の余裕なき苦悶の表情に満足すると、そのまま見捨てるように歩き出した。




………活動拠点。




アフリカ解放聖戦の活動拠点。

スーダンの首都ハルツームから北東に約670km離れた港湾都市ポートスーダンの廃棄された製油所。

そこに向かう20Kmの道のりを深夜の星空の下、静かに5台の車が連なり走る。

ビクトリア湖から搬送してきたトライフォースの特殊車両である3号車を運転するロシア人、

 バロットは19歳で、第1班の3人を除けば一番若い隊員であった。

マナは金髪角刈りのバロットを少し歳の離れた男友達として、何でも言える気の許せる友達と見ていた。

「ねぇぇ!!…ボロットぉ、もうちょっと丁寧に運転してよ!…これじゃ、キー打て無いよぉ!」


………大好きなシンジには絶対に使わないような言葉で運転手を叱咤する。


「おいおい、オレにゃ隊長に喋るみたいに優しく言えないのかねぇ……。」

自分にだけは、なぜか遠慮無く口撃してくるマナをバロットは本当の妹の様に可愛がっていた。

”ボロット”という微妙な愛称も彼女が呼ぶ限りは放っておいたのだ。

「ん?…何か言った?」

「いえいえ、なぁんにも。…あのさ、マナ?この雪道じゃ揺れるのは当たり前だって…勘弁してくれよ。」

「そんな事、知らないわよ。ほら、余所見しないで、ちゃんと前を見る!…まったく!…ぅ?

 ……あ、アオ君?この道を後10Kmだよ、うん。そこに在るパイプラインから侵入するとベストかな。」

改造した車内の通信機器に支配されている様な空間で、インカムを着けたマナは隊長と遣り取りしている。

(何で、マナは諦めないんだろう?隊長とレイなんて普通に見ればガチガチの決まりだと思うんだけど?)

バロットは運転しながら、後ろで嬉しそうに話している少女をミラーで見てそんな事を思っていた。

今、北に向けて移動しているのは国連軍と判らぬ様にカモフラージュされたRV車4台と、

 それよりも大きなこの4輪駆動車だった。

先行する2台がトライフォース、その後ろ2台がドイツ部隊、最後尾にこの車という配置である。

今の時刻は22時。

シンジが立てた作戦はマリア救出部隊を先攻させ、少し間を置いてからウラン奪還部隊が突入する、

 という二手に分かれて強襲を行うというものであった。

リリスが調べた処、人質マリア・ハマーショルドはテログループの指揮官たるアイマンのすぐ近く、

 製油所の中核である管理棟の4階の部屋に拘束されており、

  ドーラの情報では高濃縮ウランはそこから1km離れた地下3階の原油貯蔵用のタンクの中であった。

侵入経路は先程マナが言った、ポートスーダンからハルツームに延びる廃棄されたパイプラインを選んだ。

作戦内容を伝えるミーティングで人員配置はそれぞれの隊を半分ずつに分けよう、と提案したところ、

「………我々に失敗は許されません。合同演習もしていない部隊を混ぜるのは危険と考えます。

 作戦はそれぞれに分かれ行うのが一番だと思いますが。」

 ……とミサトが反対した為、マリア救出をトライフォース、ウラン奪還はドイツ部隊となった。

(手柄が同じなら……ウラン奪還の方がリスクが低いわ……そっちの方が簡単そうだしぃ!うふふふ♪)


……その時のミサトの一見真剣そうな顔をトライフォースの隊員達は冷めた目で見ていた。


極秘作戦”クリスマス・アタック”と名付けられたこの強襲作戦が始まったのは、

 現地時間2013年、12月24日23:00であった。





強襲−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





ゼーレのスパイであるバシルは事前に最強の特務隊襲撃の情報を掴んでいた。

彼は指揮官たるアイマンに、

 今夜彼らの拠点に先制攻撃を行う、と偽って数十人の部隊を伴い車で西へ移動を開始した。

(素人のテロリスト集団があの部隊に敵うわけが無い……さらばだ、アイマン。)

バシルは、アフリカ解放聖戦の手足である下位組織を潰した戦闘集団について独自に調べていた。

雇い主であるゼーレは、

 万が一、アフリカ解放聖戦が国連部隊を打ち破った場合の保険として自分をここに差し向けたのだか、

  その可能性は無い、相手が悪すぎる。


………自分の役目は他にあるのだ、無駄に死ぬ訳にはいかない。


アフリカ解放聖戦が殲滅された後、その後釜にゼーレ主導の組織を据えるのだ。

そしてその組織は既に準備されている。

(……くっくっくっ。)

バシルは後ろを振り向き、製油所の黒いシルエットを見ながら口の端を上げて顔を歪ませるように笑った。


………製油所から7Km手前のパイプライン。


その頃、シンジ達はテロリストの根城になってしまった製油所から7Km南の場所に居た。

ここには、使われなくなったパイプラインの点検口があるのだ。

シンジがこれから単独行動になる3号車の後部ハッチを開けて、中の二人に最終確認を取る。

「霧島三尉、ボイルシェフ三尉…決して無理はするな。万一、発見された場合は即時撤退のこと。

 それでは、1時間後の24時00分に通信を再開する。……バロット、マナを頼んだよ?」

”コクッ”と無言で頷くバロットの顔は緊張していた。

「マナ、僕達との通信が回復するまで、ヤツらの監視を頼むよ。」

「了解です。……隊長………ううん、アオ君、気を付けてね?」

「…うん、マナもね。じゃ、行って来るよ。」

3号車は製油所の手前500mまで接近する為に隊長たちを見送った後、そのまま道路に戻り走り出した。

パイプラインに侵入し歩き始めたシンジは徐にPDAを取り出し、パイプラインの配管図を確認する。

「……へぇ。便利なモノをお持ちですね。」

ナイトヴィジョンスコープを頼りに歩いていたこの暗闇に突然光ったモノを見た加持は、

 一体何処からこのように詳細な情報を仕入れたのだろうか?という目でシンジを見た。

「…加持二尉、情報は武器ですよ……よくご存知では?」

確認を終えてPDAを”サッ”と仕舞ったA・Oは特に相手を見る事もなく歩を進めた。

このパイプは幅3mほどあり、現在の彼らは2列に並び比較的早足で歩いている。


………シンジと加持をそれぞれの先頭に、右はトライフォース、左はドイツという並びであった。


(……あのゴーグルには暗視装置がついているのか?さっきの端末の光はかなり明るかったが……)

加持は一度もゴーグルを外さないA・Oを何気に見て、ふとした疑問を考える。

実際の処、シンジとレイは”見えている”ので、暗視装置など使っていない。

50分ほど歩いた先に設置されていた梯子を迷う事なく上っていった隊長が、円形のハッチに手を掛ける。

(ふぅ、さて……うん、人は居ないようだね。)

ゆっくりと丸い蓋を開けて、そのハッチのスキマから先を伺い見る様に安全の確認をしたシンジは、

 素早くパイプから出て銃を構える。


………一向は、何事も無く無事に製油所の地下1階の点検通路に潜入した。



その頃、マナの乗る3号車は予定地点に到着し、衛星回線と各員のリンケージを取る準備をしていた。

衛星画像をモニターに映すと、この製油所の敷地内の地図に赤い光点が次々と表示される。

ゆっくりと動くその赤い点は、警備兵であろう。その数は非常に多い。

(結構広いわ……大丈夫かな。)



「さて、これより我々は4階に上がり目標の救出に向かいます。

 彼女の安全確保の為、地下のウラン奪還開始は最終ブリーフィングの通り、30分後でお願いします。」

「あぁ。それまで、ここらで潜伏していれば良いんだったな?」

「まぁ、ココ…というより安全を確保した部屋で、見付からぬように待機をお願いします。」

加持と作戦の確認をしたA・Oはミサトを見る。

「判っている、と思いますが……独断専行は無しですよ?葛城二尉。」

「判ってるわよ!そんな事よりさっさと行ってきなさいよ!」

責任者なのに相手にもされない、と馬鹿にされているような感じを受けたミサトの声は自然と大きい。

「ばか、葛城…声が大きいぞ。」

保安部の8人は、この任務を受けた時からこの漫才コンビの様な上司二人に一抹の不安を感じていたが、

 今、その思いを更に強くする。

シンジはそんなミサトに反応せず、自分の無線機を起動させ3号車からの情報を受信する様にイジると、

「ふぅ……では、後ほど。」

 少年はため息をし、控えている隊員達に合図を送り走り出した。

ドイツ部隊を放置したトライフォースは乱れる事なく、見事な陣形を取りながら素早く移動を開始した。

「……何で加持君は、あの子供にそんな丁寧に応対するのよ?」

ミサトは加持がA・Oと接する態度が不自然過ぎるほど丁寧な事に疑問を感じていた。

「ん?……まぁ、何歳かは知らないが、これは歳の問題じゃないな。

 …雰囲気がね、只者じゃない感じがするんだ。実際、彼の扱いは異常だぞ?

 コードネームしか情報が無い、国連軍のトップシークレット!なんてなぁ、

 オレは聞いた事が無いね……まったく面白いじゃないか?」

「ふぅ〜ん、特別か…そうねぇ。あの蒼い娘もそうだけど、色が違うだけじゃないのかも知れないわね。」

「なんだよ、色って?」

加持たちは、周囲を注意深く確認しながらゆっくりと歩いている。

「あぁ、そっか。黒尽くめで加持君は見れなかったかもしれないけど、あのA・Oってのも、

 アルビノみたいなのよ。…髪は真っ白、顔は見たこと無いけど、彼の目は紅かったわ。」

「へぇ〜。」

(……意外と面白い情報かもな。ファーストチルドレンと同じアルビノ……ねぇ。)



ドイツ部隊が潜伏する為の部屋を選ぶように探索していた時、

 シンジ達トライフォースは地上から2階へ続く階段へと進んでいた。

これから各階に隊員を配置させた後、この階段を爆破する音を合図に、いっせいに侵攻する予定であった。


………それまでは既に潜入している、という事実を相手に気取られる訳にはいかない。


隊長のハンドサインを確認したアルとベッキーは、

 それぞれ効果的に破壊されるように素早く階段に高性能爆薬を仕掛けていく。

(……非常階段は錆びて落ちていたしね。)


………これで侵入者に気付き、増援に来ても2階へ上がる唯一の手段を失うというワケだ。


設置完了を確認した隊員達は音も無く上層階への侵入を再開する。

2階に3名、ロビー、アル、カーチャ。3階に2名、エマ、ベッキー、そして4階はシンジとレイである。

警備兵は、まさか既に敵が内部に侵入している、と思っていないので、

 彼らの監視体制のシフトとその目は完全に屋外と製油所の外側に向けられていた。

(よし、このままなら相手の被害も少なく済みそうだね。)

シンジが内部の警備が手薄だな、と思いながらレイと4階に辿り着き、その足をフロアに踏み出した瞬間、

 けたたましい警報音が周囲に鳴り響いた。



………その数分前、地下一階。



「……あぁ〜もぅ!!…何時まで待ってなきゃイケないのよ!」

ミサトは久しぶりの実戦に興奮していた。

「落ち着け、葛城。…あと、15分だ。」

加持はトライフォースと別れてまだ15分しか経っていない時計を見て答えた。

(ま、時間なんてのは気にするほど長く感じるもんだ、葛城。)

この状態のミサトに何を言っても耳に入らない、無駄だという事を理解している加持は心の中で諭した。

「ココから1Km離れた地下3階まで移動しなきゃいけないんでしょ…時間が勿体無いわ。移動しましょ!」

「警備兵に見付かったら、この作戦の最重要目的である要人救出が困難になるぞ?」

「大丈夫よ、アイツら優秀なんでしょ?……それに見付からなければ良いのよん♪」

そう言うと、ミサトはさっさと部屋から出て行ってしまう。

そんな彼女に残されたメンバーは慌てて後を追った。

(……ったく、何言ってんのよ?……私がしくじるワケ無いでしょ〜。)

ミサトは銃を構えながら地下1階の廊下を突き進み、そこに見えた階段を上って地上に出た。

この深夜の製油所は、廃棄されプラントとして機能していないので、非常に静かだった。

所々、水銀灯の明かりに照らされた雪道が白く光り輝いている。

(うぅ〜さむっ!)

ミサトは管理棟の出入り口のドアをゆっくりと開け、周囲を伺い見る。

「葛城、待て。あと少しなんだぞ?」

追い付いて来た加持は彼女に言いながら周囲に気を配る。

「だったら、尚更動いた方がいいわよ。今だって、ここの奴らは私達に気付いていないんだもの。」

「そりゃそうかもしれんが……ま、兎に角、ココまで来ちまったら行くしかないだろうな……。」

「そうよ、男は度胸、女も度胸よん♪」

「その気楽な考え方、オレもしてみたいよ。」

説得を諦めた加持は、やれやれと星空に目線を上げた。


………覚悟を決めた10名がそれぞれ持つ武器を携えて目的地に進み出す。


管理棟を離れた、彼らの存在を隠すものは少ない。

暗闇に紛れ、素早く移動する集団。


………監視をしていた衛星画像の変化に気付いたマナは眉根を寄せた。


「んん?…あれ、ドイツが動いてるよ?」

「へ?…なんだそりゃ、作戦と違うな?…マナ、隊長と連絡は?」

そう言いながら、バロットもマナの横に座りモニターを見る。

「取れるけど。……あ!!だめだよ!!そっちは!」

……ミサトの向かう先に赤い光点が6個。

即座にマナはシンジと交信すべくスイッチに手を伸ばした。



………管理棟、4階。



”ビーーーーーーー!!!…ビーーーーーーー!!!…ビーーーーーーー!!!”


『”ザッ”…隊長、ドイツが動き、敵に発見されました!』

辺りに鳴り響いた音と、インカムから聞こえたマナの声にシンジは心の裡で舌打ちをした。

(チッ!やっぱり動いたか。)

「了解、霧島三尉。ドイツは放っておいていいぞ。2階に居るロビーに階段を爆破せよと伝えてくれ。」

『ハッ了解。…気を付けてね。』

シンジは振り返り、レイの深紅の瞳を見ると波動で会話を始める。

『レイ、時間が無い。”力”を使おう。マリアさんの部屋に入り、首謀者達を全て拘束する。』

『…了解。生け捕りね?』

”コクッ”と頷いたレイの手を取り二人は霞むように消えた。



”……ドッゴォォォン!!!!!”



ビルを揺るがすその轟音と地震の様な振動にアイマンはイラ立ちを隠さなかった。

「何があった!!!てめぇら!武器を取れっ!!!」


………激しく揺れるこの会議室には組織の幹部が集まっていた。


後ろ手に縛り拘束している女性をイスに座らせて、これからのアフリカについて論議をしていたのだ。

今、自分達には追い風が吹いている。アフリカの為に、この女性をもっと利用すべきだ、と。

予定時間を過ぎても尽きぬ議題に、アイマンは熱を持った自身の頭を冷やす為にイスを回転させ、

 窓から見えた夜空に自分の創ったこの組織の行く末を考えていた、警報が聞こえたのはそんな時であった。

この部屋にいる唯一の女性、マリアはろくな食事も与えられなかったこの数日で体力の殆どを消費していた。

気が付けば、車で攫われてそのままココに拉致されていたのだ。

弱りきった体に構わず襲ってくる振動に耐えられず、イスから崩れ落ちてしまった。

「きゃ!」

「いくぞ!おめぇ等!!」

腰に携えていた武器を手にし、振り返ったアイマンは敵であろう侵入者を見て止まった。

A・Oとレイは迷う事無く、最大戦速でこの部屋に居た男達の自由を奪っていく。

自分の目が映すそんな情景に全く理解出来ないアイマンは動けなかった。

(……黒い影?…んんん?目の前に居るのはナンだ?…いつ入って来た?)

彼が視線を巡らせると、7人居た幹部は床に転がっている。

「アブ・バカル・アイマンだな。」

目の前に立つ”黒”から発せられた、まるで少年のような声にアイマンは”ハッ”と我に返ると、

 反射的に手にしていたリボルバーを持ち上げて反撃を試みるが、次の瞬間……彼が見たのは床だった。

”ゴゥンン!!”


………彼は自分の頭を否応も無く床に打ち付けられた、その痛みに悶絶した。


「ぐおぉう!!」

強烈なその痛みを味わう暇も無く両手足を固められ、口を縛られる。

爆発の振動を感じたのとほぼ同時にこの部屋に突如現れた彼らは、8人の屈強な男達を僅か4秒で拘束した。

最後にシンジは床に倒れて苦しそうにしていた女性を助け起こし、縄を解いて確認を取るように覗き込んだ。

「マリア・ハマーショルドさんですね?………お待たせしました。」

「ぅうぅ…あ……はい、そうです。………あ、ありがとう。」

「…隊長、ウラン奪還部隊が手間取っているわ。」

「了解。…マリアさん、申し訳有りませんが、暫くこの部屋でお待ち下さい。お迎えに上がりますので…」

「……あ、は、はい……。」

マリアは絶対的な存在感を持つ、

 この顔も判らぬ少年のような声を持つ不思議な男性に、今までの生涯で感じた事の無い興味を抱いた。

彼女の上体を優しく起こしたシンジは、そのまま作戦を続行する為に立ち上がった。

それに慌てたようにマリアは立ち上がろうとするが”カクン”と転びそうになり、シンジに支えられる。

「あ、ゴメンなさい。…あ、あの。」

「大丈夫ですか?…あなたの体はかなり疲労しています。こちらにお座りください。

 スミマセンが、まだ戦闘中なんです。居心地悪いでしょうが、ここの方が安全です。お待ち下さいね?」

「そうですか、判りました。…あの、できれば……お名前を。」

「A・Oです。それでは。」

シンジとレイはこの数秒で制圧した会議室の安全を確認すると、そのまま部屋を後にした。

少女のような声を出した小さな隊員とその男性が居なくなると、漸くマリアは部屋の状況を理解した。

(あ、あぁ。確かにコレは居心地悪いわね。……でも、この人たちって、いつの間にこうなったのかしら?)

8人の厳つい男達は両手両足と口の自由を奪われ海老反りのように縛られていた。

そして、自分に何が起こったのか理解できていないのか、身体を何とか動かそうと転がって唸っていた。

その後、シンジは間を置かず無音のままこのフロアに居る警備兵を無力化すると、無線でマナを呼び出した。

「霧島三尉、ドイツの馬鹿どもの状況を知らせ。」

『”ピッ”ハッ…隊長、現状では敵の増援が続々と集結し、圧倒的に不利な状況になっています。』

「了解。…マリアの身柄は確保した。エマとカーチャに一応、保護を兼ねた監視してもらおう。

 アル、ベッキー、ロビーは破壊した階段部へ集合し、交戦準備をするように通達してくれ。」

『了解しました。』

廊下の先に見える階段に向かうと、エマとカーチャが上ってきた。

「「隊長!」」

「エマ、カーチャ、この階の敵は無力化した。

 君達はアイマン達を監視してくれ。自分と綾波三尉はウランの奪還に向かう。

 ……!っと、それと平和のマリアの相手を頼むが、彼女には部隊の情報は教えてはならない。」

「「ハッ了解!!」」



………敷地の一角。



”ドガガガガ!…ドガガガガ!”

「あ〜もぉ!…しつこいわね!!」

「がぁぁぁ!!」

ミサトがその声を聞いた右を確認すると、また保安部の部下が倒れこんでいた。

目的地へ移動開始してまだ半分、という曲がり角でばったり敵と遭遇してしまったミサトは、

 迷わずトリガーを引いた事を後悔し始めていた。

相手は何処から涌いてくるのか、と言うほど次から次に増えていった。

身を隠す場所も無いようなこの路地に敵の増援が集結してくると、あらゆる方向から銃弾が飛んできた。

(余裕無いわね……加持君を含めて半分か……)

”カチッ!カチッ!”

彼女が弾を打ち尽くした時、フォローするように加持が手榴弾を投げる。

「葛城ぃ、場所を移動しよう!…ココに居ても多分、いい事なんて無いと思うぞ!」

”……ドォォォーーンン!!”

「判ってるわよ、どっかの建物に撤退するわよ!」

ミサトは爆発のスキに来た道を走り出した。

「うぉ!ちょ、ちょっと待ってくれよ!!」

合図もなしに突然場所を移動したミサトに、慌てて加持と3人の保安部員は彼女の後を追って行った。



………管理棟の2階。



シンジとレイが先程の4階に続き、あっという間に3階の敵兵を残らず無力化して、

 そのまま2階に下りると、アル達が一階の階段付近に集まった敵部隊と既に戦っていた。

「ジャックロウ三尉、状況は?」

「お、隊長。相変わらず仕事が速いねぇ。コッチは膠着状態だよ。…ご覧の通り、相手が多い。」

”にやっ”と笑うアルにシンジは、ここは任せて大丈夫だと判断する。

「悪いけど、ここに敵を引き付けておいて。僕達は別の方向からウランを取り戻してくるよ。」

「了解。いってらっしゃ〜い。……おっと!…こんにゃろぉ〜」

アルが隊長に声を掛けて”ひらひら”と手を振っていると一階から銃弾が飛んでくる。

”ドガガガガガガ!”

シンジは2階の反対側に向かい、窓から飛び降りウランが保管されているタンクに向かって走って行った。

『旨い具合にドイツが陽動として機能しているようだね、レイ。』

『…そうね。』

遠くに聞こえる銃声に足を止め目をやったシンジは、少女の手を取り再び雪道を走り始めた。


………マナは呆れたような顔をして不思議がっていた。


「……う〜ん。なんで、この人…敵に向かって逃げるのかな。」

「うちの通信機を持っていけばよかったのになぁ。……”そんなのいらないわよ!”…だったもんなぁ。」

バロットも動き出したドイツ部隊の行く先に、塊のように動いている赤い表示を見ていた。

「ボロット、モノマネ下手だね……。

 ま。ドイツさん達に敵の情報を伝えられないモンねぇ……ここは何とか、頑張ってもらいましょ。」

スピーカーから男の声が聞こえてくる。

『”ピッ”…マナ!こっちにゃ敵が居なくなったみたいだ。…敵の動きを教えてくれ!』

「ジャックロウ三尉、その建物に敵兵は居ないわよ。今は敵残存部隊の殆どをドイツが引き寄せているわ。」

『なるほど、了解。じゃ〜そちらの応援に向かう!…ルートを指示してくれ!』

「隊長に確認するので、少し待ってね。…”ピッ”隊長、アルがドイツの応援に向かうそうですが?」

『”ピッ”…ジャックロウ三尉が無茶しないように特製のストッパーが必要だな。

 4階に居るカーチャとベッキーを交代、その後向かうように。……こちらも直ぐに終わらせて向かう。』

「了解。……だそうよ、三尉。メンバー交代後に応援に向かってください。」

『……了解。なんだよ、特製ストッパーってよぉ…』

『ボイルシェフ三尉、聞こえるか?』

「はい、聞こえます、隊長。」

『…敵兵に気付かれないように3号車を移動させ、管理棟まで来れるか?』

「衛星画像の様子では、可能と判断します。」

『よし、20分後の0時40分に管理棟へ移動開始するように。霧島三尉、情報統括を引き続き頼んだよ。』

「ハッ了解です、隊長。」

「了解しました、隊長。」

その声を走りながら聞いていたシンジとレイは、原油貯蔵用の巨大なタンクが立ち並ぶ一角に辿り着く。

『しんちゃん、警備の敵兵は地下三階に4人だけだよ。』

『……本当に、この組織は素人集団なんだね。数が多いだけだ。』

『マスター、左手の搬入口から一気に地下3階まで下りれるようです。』

「シンジ君、行きましょう。」

気温は氷点下だろうか、レイの吐く息は白い。シンジは彼女の手を握る左手に少し”力”を込めて、

 彼女を暖めるような波動を送る。

「うん、行こう……レイ。」

彼の手から伝わる暖かな感触に”ジッ”と視線を送っていたレイは”コクッ”と頷く。

「…ふん!」

搬入口は一枚300Kgのコンクリートと鋼鉄を使った板だったが、シンジは構わず持ち上げ開ける。

レイが中の様子を見ると、特に何もなくコンクリートを打ちっ放しにしたままの床が深さ30m下に見える。

シンジは敵兵の波動を感知し、それらがまだ変わらず部屋から動いていないのを確認すると、

 レイを徐にお姫様抱っこし、飛び降りた。

突然抱き上げられたレイは初めての事に驚いたが、しかし当然の様に彼の首に手を回して密着度を増す。

ヘルメットにフェイスガード、ゴーグル等でその少女の表情は見れないが、間違いなく嬉しそうである。

(暖かい。……けど、装備が邪魔。)

”スタンッ!”


………レイがそんな事を思っている間に、あっという間に地下三階に到着である。


シンジが降ろそうと上体を屈めると、レイは腕に力を込めて抵抗する。

『レイ?』

『…まだ。』

『じゃ、このまま移動するよ。』

シンジは逡巡無くそのままの体勢で走り出した。ゴールは50m先の部屋だ。

音も無く入口に接近した少年は、ゆっくりドアを開けスキマから中を確認すると、

 何と気楽にトランプでもしているのか、4人の警備兵は円陣を組むようにお互い向き合い床に座っている。

『何してるんだろう?』

『う〜ん……トランプ、かな?しんちゃん。』

『マスター、ウランは4番タンクの中です。』

”…ぎゅっ!”

レイは構わず密着して幸せそうな波動を出している。

『あの、レイ?あの4人を拘束したんだけど。』

『……………………………判ったわ。』

物凄く渋々降りた彼女は、拘束用のワイヤーを準備した。



………壊れた送油ポンプ棟。



一方のミサトは、彼女が目を付けた建物に移動して戦っていた。

敵兵は情け容赦なく弾丸を打ち込んでくる。

先程の移動時に保安部員はやられてしまい、結局生き残っているのは加持と自分だけだった。


………かなり絶望的状況下である。


コンクリートの瓦礫の山に隠れている加持は手持ちの貧相な武器を見やると、ゆっくりため息をついた。

(ふぅ。…オレはまだ死にたく無いんだけどなぁ。)

そのハンドガンを見詰める彼の目は何かを諦めてしまったように弱々しかった。

ライフルや手榴弾は使い果たし、手に持っている小さな拳銃が最後の牙だった。

「何休んでるのよ!そんな暇無いでしょ!ちったぁ働きなさいよ!」

ミサトは加持を叱咤したが、そんな彼女は自分の武器を使い果たしており、今の状況では何も出来ない。

(しくったわぁ……やっぱあっちの部隊と混成しておけばよかったわね。)

流石のミサトも諦めたような顔になったその時、今迄で一番大きな地響きが起こった。

”ズズズォォォゥゥゥゥンンン!!”

「何よ、何よぉ…今度はナンなのよぉ!」

もう勘弁してぇ!とミサトはホコリ舞う天井を見上げた。


仕留める寸前の敵に集中していたテロ組織の兵隊は背後から近付いてきた特務隊に気が付かなかったのだ。

応援に来たトライフォースが自分達の持っている爆薬を全て使い、殆どの敵を殲滅させていたのだった。

ミサト達が逃げるようにこの建物に入ってから、遠慮なく続けられた攻撃で止む事の無かった銃声が、

 先程の爆音の後は一向に再開する気配が無かった。


………辺りに沈黙が訪れる。


うずくまっていたミサトは窺うように顔をゆっくり出したが、

 あれだけしつこかった警備兵から攻撃が始まる事はなかった。

「…ドイツ部隊、生きてるか?」

ロビーが生存確認する為にミサト達が身を隠していた一角に歩いてくる。

「…あったり前でしょ……生きてるわよ。」

「あぁ、助かったよ。」

ロビーの声にミサトと加持はゆっくりと立ち上がり周囲を確認した。

クレーターのようにエグれた入り口からトライフォースが入って来るのが見える。

「生き残ったのは、もしかして……あなた達だけなんですか?」

ホコリだらけの二人を見たカーチャは、余りの被害の大きさに驚きを隠さなかった。

「ヒデェもんだな、何で勝手に動いた?あの時、隊長は独断専行を禁じたハズだ。」

アルも呆れ果てたような顔だ。

「!……う、そ、それは。」

ミサトは、うまい言い訳が思い付かない。

イヤな沈黙がこの場を支配するが、トライフォースのロビーは義務を果たすべく無線機で隊長に報告を行う。

「こちらロビー・エプシュタインです。報告します、隊長。ドイツの救助は終了し、敵兵は沈黙しました。」

『”ピッ”こちらA・O、了解した。隊員は管理棟に集合せよ。ミッションは終了した。』



アル達が管理棟に戻ると、3号車にマリアが乗せられている処であった。

カーチャが3号車の横に立ち、運転席のバロットに労いの言葉を掛ける。

「バロット、ご苦労様。」

「ウィリアムズ三尉、何とか見付からずに来れましたよ。」

バロットが笑って答えていると、何かに気付いた彼が窓から手を振り出した。

カーチャが振り向くとケースを手にしたA・Oがレイを伴い歩いてくるのが見えた。

「隊長、やりましたね。」

「あぁ、ご苦労様、カーチャ。この組織の幹部や多数の構成員を拘束できたからね。

 事実上、この組織は終わったよ。

 今、国連調査団に引き渡すように、マナに頼んで総司令部と通信して貰っているよ。」

「隊長にしちゃ、ちょっと時間が掛かったんじゃないの?……あっちにゃドラゴンでもいたんかい?」

アルの予想では隊長達ならウランを奪還し、更にドイツ部隊救出に来ると思ったのに、と不思議そうだった。

「あっ!!…まさか、どっかでイチャついてたとか?」

「そ、そんな事あるわけ無いだろ!!」

何か誤魔化すような隊長をアルは面白そうに見ていた。

ゴーグル越しに感じる視線に目を逸らしたシンジはウラン奪還の時を思い出していた。



………原油貯蔵棟、地下三階。



「じゃ、突入しよう。」

彼から降ろされたレイはその言葉を聞いた瞬間、部屋に突入してしまった。

(え!?)

シンジは突然の事に反応できなかったが、部屋の中から男達のうめき声が聞こえて慌てて突入する。

「「「「ぐえっ!」」」」

「レイ!!」

シンジが見ると、面倒臭かったのか、時間を掛けたく無かったのか、レイは4人を纏めて縛っていた。

4人は向き合い、密着する様に縛られている。

それぞれが苦しそうに喚いているが、首を少し動かせばキスが出来るほど男達の顔は近い。

突然の物音に反射的に4人は立ち上がったが、抵抗はそこまでであった。

ワイヤーの様な物であっという間にぐるぐる巻きにされた男達は、突然の事に何も出来なかったようだ。

「えと、レイ?……どうしたの?」

「…シンジ君、さっきの……してほしいの。」

レイは俯いてモジモジしている。

(……お姫様抱っこ…かな?…気に入っちゃったのかな?)

「レイ、さっきのってお姫様抱っこの事?」

”……コクリ”

少女はゆっくりと頷いた。

「いいけど、ウランを取り戻してからね?」

それを聞いたレイは4番タンクに”たたたっ”と走っていく。

シンジも彼女について走り出すが、内心ちょっとだけ戸惑いもあった。

(そ、そんなに嬉しかったのかな?)

シンジは単純にこの気温で寒いだろう、と思いしてみただけだったが、突然包まれるように抱かれたレイは、

 手を握る、腕を組む……今までのどれよりもよりも遥かに密着度が高いコレを非常に気に入ったようだ。

「…あったわ。」

「よし、地上に戻ろう。」

そしてシンジはレイのお願いにより、ケースを持った彼女ごと抱き上げてお姫様抱っこで階段を上り始めた。

幸せそうな波動を出す少女の為、ゆっくりと時間を掛け地上に戻ったシンジは、

 アル達の応援に向かおうとしたがその時、遠くから巨大な爆発音を聞いた。

『マスター、今の爆発による敵兵の殲滅を衛星で確認しました。

 ミッションコンプリートです。お疲れ様で御座いました。』

『しんちゃん、やったね♪…お疲れ様。』

『ありがとう、2人とも。』

ロビーからの通信が入ったのはこのタイミングであった。

『”ピッ”こちら、ロビー・エプシュタインです。…………』

シンジが隊長として答えている最中、蒼銀の髪の少女は幸せの中にいる。

”きゅ〜〜〜”

「レイもお疲れ様。君に怪我が無くてよかったよ。」

「シンジ君も。………お疲れ様。」

管理棟が見えて来ると既にその入口に3号車が停車していた。

「……え、と。あの、言い辛いんだけどここで降りて、ね?レイ?」

「どうして?」

「何と無く、恥ずかしいからって言うんじゃないんだよ?

 この先には加持二尉がいるから。……どうやら、彼は君がファーストチルドレンだと知っているみたいだ。

 ゼーレに繋がっている彼に僕らの関係を見せない方がいいと思うんだ。」

「判ったわ。……でも、もう少し。」

「モチロン、いいよ。」


………シンジがレイを降ろせたのは10分後であった。



シンジは”にやにや”しているアルに報告を求めた。

「ジャックロウ三尉、ドイツの部隊はどうした?」

その声に、アルは姿勢を正し顔を引き締めるとA・Oに報告した。

「ハッ…隊長、ドイツは8名が”KIA”(作戦中に死亡)です。生き残りはあの暴行女とシッポです。」

アルはこの作戦行動で知った加持の事を”シッポ”と呼んでいた。

「ここに居ないとは、重傷でも負ったのか?」

「いえ、作戦無視の上、独断専行による利敵行為の疑いが有ります。

 本来であれば、これは軍法会議モノです。しかし、彼らは正式な国連軍の兵士ではありませんので、

  国連調査団に引き渡す為に拘束しアイマン達の会議室に放り込んであります。」

「ふむ、適正な処置だ。……しかし、ジャックロウ三尉、貴官ではないな?

 後日、総司令部より正式にNERV第3支部に対して抗議をして貰おう。…さてと、我々も撤収しよう。」

隊長は正確にその処置を指示したのはもう一人の班長、カーチャだと理解した。

3号車からマナが出てくると、現状の報告を始める。

「隊長、15分後に撤収用の輸送ヘリが到着します。我々が使用したRV車は別働隊が回収するそうです。

 総司令官より隊長に通信が入っていますので、3番に繋いで下さい。」

「了解。”ピッ”…こちら、A・Oです。現時刻25日1:00を以って本作戦終了と報告いたします。」

『よくやった、A・O。』

「…被害状況についてですが、」

『ドイツの話は霧島三尉から報告を受けた。国連軍より正式な抗議をNERVにしておこう。

 なんにせよ、君達に被害が無くてよかった、というのが正直な気持ちだ。

 ………抜けた指揮官を持ったあちらの部下には悪いがね。まぁ、そんな事はどうでもいい。

 君達はこれからマリアの護衛として日本の国連本部まで来てもらうよ。

 日本に着いたら、2週間ほどの休暇を出そう。………では、頼んだぞ。』

「ハッ…了解しました。」





報復−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





………ドイツ第3支部。


12月28日、ドイツに戻った加持とミサトは第3支部長室に呼ばれていた。

「葛城、どうするんだ?」

お互いに別々に隔離され、ドイツに搬送されたので今の今までこの状況の打開策を相談出来ないでいた。

仕方なく加持は、自分は彼女を止めようとして已む無く交戦状態になった、というシナリオを組んでいた。

ミサトはそんな彼に返事をせず、そのまま支部長室に入って行った。

苛立たしげな男は入って来た男女を確認すると、机の上に今まで呼んでいた書類をバサッと放り投げた。

「……君達は一体何をしに行ったのだ!?」

「スミマセンが支部長、私どもは全力を尽くしました。」

加持は興奮気味な中年男性に真面目な顔を作り答えた。

「そんな事は当然だ!国連軍から正式な抗議文が届いたぞ!作戦行動中の利敵行為とまで書いてある!

 責任者である葛城二尉、何か言いたい事はあるか?」

「ハッ。非常に残念な結果では有りますが、保安部の選定ミスだと考えます。」

「なにぃ?」

「保安部の一人が現場の空気に興奮し、止める間も無く突然と行動を開始してしまいました。

 私は責任者として、刻々と変化する戦況に最大限の努力とフォローをしたのです。

 その結果、保安部員がKIAになってしまったのは非常に残念な結果だとは思いますが。 

 また、その場に居なかった国連軍の部隊には詳細な状況の把握は困難です。

 彼らが我々に合流できたのは既に加持二尉と自分のみと言う作戦の終局的状況下でした。
 
 支部長、その抗議文は憶測を元に作られているモノと考えます。」

「つまり、独断専行は保安部の未熟なヤツの暴走。そんなヤツを選んだ保安部に責任がある、と?」

そんな馬鹿な、とかぶりを振った支部長は窓に目をやる。

(葛城、確かに死人に口無しだが、全て押し付けるのか……やれやれ。)

「あ〜支部長、先程も言いましたが、我々は死線を潜り抜けるのに必死でした。その結果です。

 また、あの部隊がこの困難なミッションを完遂させる事が出来たのも、我々が居たからなんです。」

加持の話に振り向き、”ほぉ”と目をやる支部長は訝しげな表情になる。

「……どういう事だ?」

「支部長なら、お判りになるでしょう? こちらの精鋭である練度の高い保安部員を全て失うほどの、

 ……いえ、彼らが全滅するほどの数多の敵をひきつける陽動行為を行っていたからなんですよ?」

「ふ〜む。……なるほど、多大なる犠牲のお陰でやっと成功した作戦。

 そして、その犠牲を払った我々にあろう事か、利敵行為なんて抗議をするなどもってのほか………だな。」

支部長は自分の頭の中で”シナリオ”を素早く組み立てる。

徐に電話機を取り秘書官と連絡を取り合うと顔を上げてミサト達に口を開いた。

「…判った、どうやら国連軍に誤解があるようだな。

 彼らに詳細な状況の説明をし、相互理解を行おう。ま、どちらにしても作戦は無事に成功したのだ。

 その作戦に命を賭して従事した君達にはあの部隊のヤツらと”同等”の褒賞を受ける資格がある。」

秘書官が入って来ると、手にしていたモノを支部長に渡した。

「……これを受け取りたまえ。」

支部長は秘書官に用意させた一尉の階級章をそれぞれに手渡した。

これで正式に特権を持つNERVが、彼らをトライフォースと同様の働きをしたと認めた事になる。

これは彼らに非が無いことを証明する為のモノであり、国連軍の抗議の根拠を無くす為の処置であった。

「ハッありがとう御座います。」

ミサトは自分の予想以上の結果にその顔は満面の笑みであった。

「ありがたく頂戴いたします。」

加持もやれやれ、といった表情であった。

「尊い彼らの犠牲に哀悼の意を表しようではないか。」

そう言った支部長の顔は満足げな表情で広報部へ電話をしようと手を伸ばした。



………国連本部。



2週間前の25日午前1時に無事にマリアを救出し、ウラン奪還の任を成功させた強襲部隊は、

 2014年1月9日、国連事務総長クルト・ハマーショルドが直々に彼らに感謝の意を伝えたい、

  という強い意向で再び国連本部に呼ばれていた。


………世界を震撼させたテロ事件。


その迅速な対応と完璧な結果に、あらゆるメディアはトップニュースとして大々的に報じたのだ。

国連軍対テロ特殊部隊と特務機関NERV部隊が共同作戦により無事に”平和のマリア”を救出。

核兵器への転用を懸念された高濃縮ウランも全量奪還に成功。

連日のニュースはNERV隊員8名の尊い犠牲を強いた苛烈極まる作戦だったと、

 沈痛の面持ちで語るドイツ第3支部長の姿を世界中に伝えた。

この特務機関NERVのイメージアップに繋がった今回の件はドイツ支部長の発言権を強めた。

そして、今だその功績者達の情報公開は一部を除き一切無いという事態に、世界中の関心が一層高まる中、

 クルトは娘と部隊員達と共にこれを平和へのプロパガンダの一種としてセレモニーにしたいと考えていた。

その申し出にワーグナーがトライフォースの情報公開を許可しなかった為、

 秘書官や官僚達が必死に調整と妥協点を探った結果、彼らの個人情報を公開せず、

  報道陣の一切をシャットアウトした会食を交えた会談とする事でクルトは”渋々”と納得した。


………一応、ミサトも加持も非公開組織の一員としてシンジ達同様、公表される事は無かったのだ。


隊長と副隊長の2人は事前に国連事務総長執務室に呼ばれていた。

”コンコン”

「…お連れしました。さ、こちらへお願いします。」

秘書官に促されて執務室にシンジ達が入ると、部屋にはクルト、マリア、ワーグナーが迎え入れてくれた。

「まぁ!…あなたが、あの時の人?」

あの時の”黒”ではなく、今は軍の立派な礼服に身を包んだ少年と少女を見たマリアは歓声を上げた。

背の高い少年は白銀色の髪、燃えるような真紅の瞳。

その横に寄り添うように佇む少女は蒼銀色の髪、深い宝石のような深紅の瞳。

その2人の顔立ちは神々しいまでに美しく、その肌は白磁器のように輝くほど白かった。

マリアは美術品でも彫刻でも見たことも無い神秘的な二人に、その翠の目を見張っていた。

「そうです、マリアさん。私があの部隊の隊長をしているA・Oです。こちらは私の副官で綾波レイです。」

「まぁ!…あの時はありがとう御座いました。あなた方のお陰でアフリカの治安も向上した事でしょう。

 A・Oさん、綾波さん、本当にありがとう。」

マリアは嬉しそうに彼らに近寄り、握手を求めた。

「いえ、お気になさらず、当然の任務です。」

A・Oは彼女に応え、握手をした。

「あなたはお幾つなのかしら?」

「申し訳有りませんが、マリア。……彼の個人情報はトップシークレットです。例えあなたでも。」

ワーグナーが即座に答える。

マリアは詰まらなそうな顔になるが、ふと少女がずっと寄り添うようにくっ付いているのに気が付いた。

彼女は、その様子に思いついた質問を投げかける。

「あら、そうなの。……じゃ、綾波レイさん?」

「…はい。」

レイは顔を上げてマリアに向き返事をした。

「あなたはA・Oさんの事が好きですか?」

「いいえ。」

………即答だった。

(…えぇぇ!?)


………ショックを受けたシンジは顔色を変えず、身体を動かさず、内心の動揺を隠すことに成功した。


「……私は、彼を愛しています。」

少女は顔を俯かせ、少し紅らめて言い切った。

「な、え!!……そ、そう。」

そんなレイにマリアがなぜか残念そうな返事をする。

少女の横で固まっていたシンジは、その言葉に自我を復活させて安堵感に身を委ねていた。


………ジェットコースターのような速さであっという間に過ぎ去った地獄と訪れる天国。


(そう言う事か、ふぅぅ…良かった。嫌われたのかと思ったよ。)


………相変わらず、恋愛事にベタで下手である。


さて、そんな主人公達に気を使うことなく時間は歩み続ける。

どうやら会食の時間になったようだ。

「それでは、後ほど会場で……。」

シンジとレイは国連事務総長執務室を後にした。

そのまま控え室で隊員達と合流し会場に入ると、その中央に用意されていた席にシンジとレイ、マナが座る。

そのテーブルには事務総長クルト、娘のマリアと総司令官ワーグナーが相席をした。

にぎやかな雰囲気、会食は談笑に包まれ上等なコース料理も進んでいく。

会場の中には、NERV御一行様と書かれた円卓に加持とミサトがいた。

「……なんて言うか、こう…寂しいな。」

「ん?…あら、料理も酒も超一流じゃない♪……おいしいわよぉ〜」

「……ふぅ。」

NERVの席はまるで会場と切り離されてしまったかのように寂しく…時折、給仕のウェイターしか来ない。

加持はこの会場に入った時のトライフォースから突き刺すような視線に、身を縮める思いで席に着いたのだ。

政治的な取引と、強権によって事実をすり替えて死者に責任を押しつけた結果、その貴い犠牲を冒涜した。

あの戦場で余計な苦労を強いられた自分達が辞退した、褒賞を不正に得た彼らに送る視線は冷たかった。


………シンジ達は褒賞として用意された昇格人事を辞退していた。

曰く、犠牲者を出した自分達にその資格は無い、と固辞してNERVの対応を非難したのだ。


ミサトは厚顔なのか、まるで頓着せず目の前の食事と酒に舌鼓を打っている。

そんな彼女を見ていた加持は視線を巡らせ、会場の主賓責を見やった。

(ふ〜む…あれがA・Oか。葛城の言った通り少年のようだが、こりゃまた何とも神秘的だな。

 白い髪、紅い瞳……アルビノってヤツか?ファーストチルドレンと何かしら繋がりがあるのか?

 ………一応、碇司令に伝えておくか。)


………加持がA・Oを観察するように見ていた、その時だった。


突然、入口に立っていたウェイターがトレーの下に隠し持っていた拳銃を構えた。

それを見たシンジは突然の襲撃者に的確に対応した。

要人防御の盾とするべくテーブルを蹴り倒してホルスターからFN5−7を出すと、そのまま引き金を引く。

”ドガッ!!ダン!”

眉間に黒い点を作り、吹き飛ぶウェイター。

その間、僅か1秒。

シンジに反応できたのは、マリアの盾となって覆い被さっているレイと、銃に手を掛けているマナ。

その発砲音を聞いた瞬間、他のトライフォースの隊員達もそれぞれ立ち上がり、周りを牽制している。

ミサトと加持は固まっている。

『マスター伏せて!』

「みんな!伏せろ!」


………シンジが声を張り上げた瞬間、吹き飛び絨毯に転がるように倒れた、ウェイターが爆ぜる。


”ズズズゥゥゥーーンン!!”

そのテロリストは体内にぎっしりと強力な爆薬を仕込んでいたようだ。

”カッシャーーーン!!”

その強烈な爆風に会場の防弾仕様の窓ガラスでさえ割れて飛散する。

国連事務総長、国連軍総司令官を襲撃した報復のテロだった。

重軽傷者は出てしまったが、幸いな事に死者は出なかった。

会場の職員は重症であったが、シンジの声に反応できた隊員達は皆軽傷である。

無傷であったのはシンジが盾としたテーブルの影にいた人々だけだったという凄惨な状況。


………まぁ、これぞ普段の訓練の賜物であろう。


シンジはレイとマナの無事を確認すると立ち上がった。

「各員はこの会場の安全を確保せよ!不審人物に対する発砲を許可する!

 国連本部ビルの出入り口は全て封鎖せよ!」

シンジは破壊された会場に響き渡るような声でトライフォースに指示を出すと、振り向いてクルト達を見た。

「…大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。何とかね。助かったよ。」

クルトはゆっくりと上体を起こして周りを見渡した。

加持とミサトは爆風で飛ばされて強かに壁に打ち付けられ気絶していた。

その後の治療の結果、加持は全身打撲、ミサトは右足と左腕を骨折していた。


………加持は爆発の瞬間身を屈め、酒を飲んでいたミサトは何の対処も出来なかったようだ。


「レイとマナは閣下達の護衛を、僕は他にテロリストがいないかチェックしてくる。」

シンジはそう言って隊員達に指示を出すと走り、出て行った。

2時間を費やした調査は国連本部ビルのありとあらゆる場所に及んだ。

平行して犯人の調査をした結果、今回の襲撃事件はあのウェイターの単独テロであり、

 彼の経歴は全て偽造、彼の属する組織は不明という事であった。

シンジは取り敢えず安全の確保を終えた隊員たちを労い、これからを考えた。

「A・O、ご苦労だった。……まさか、ここを襲撃してくるとはな。」

ワーグナーは執務室に隊長と副隊長を呼び出した。

「閣下もご無事で何よりでした。……相手はアフリカ解放聖戦の副官、モハメド・バシルでしょう。」

「うむ、そう考えるのが当然だな。しかし、彼の行方は今をもって知れない。」

「…では、我々が調査し、その組織ごと彼らを捕らえましょう。許可願います。」

「よし、許可しよう。」





追跡と掃討作戦−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





………第二新東京市、総合病院。


国連本部に対するテロ行為。

その事件は待機していた報道陣により余すところ無く実況中継され、連日のトップニュースになった。


この事件はバシルのあずかり知らない、組織の一部の暴走であった。

(……まずいぞ、コレは。ここの防衛対策を強化せねば。)


その一週間後。

入院を余儀なくされていた加持はやっと動けるようになり、取り敢えずタバコを吸いに屋上に向かった。

”チッチッ…シュボ!”

(ふぅ、生きて……いるな、うん。)

青空をバックに立ち上る紫煙を”ぼぉっ”と見上げた加持は痛みの残る身体を屋上の手すりに預けた。

(ん、そうだ……オレが役に立つって事を少しは認めてもらわんとね。)

彼が右手をポケットに突っ込み探り、やっと出したのは携帯電話だった。

(くっ…いてて。痛みは生きている証拠ってなぁ、よく言ったもんだ。……え〜と、番号は、と。)

”ピピ”

「…私だ。」

相変わらず威圧感のある声を出す男が即座に応答する。

「お久しぶりです。」

「どうした?…必要があれば連絡する、と言ったハズだが。」

「ちょっとした情報を仕入れましてね。………ま、一応ご報告を、と思いまして。」

「何だ?」

「それはこれから直接お会いして、お話いたします。宜しいですか?」

「ふん、好きにしろ。」

”ガチャ…ツーツーツー”

ゲンドウは書類に忙殺されており、どうでもいい男にかまけている時間など無かった。


………彼はこの何となくしてしまった返事を後で後悔する。


(ふぅ、相変わらずだな。しかし、何とか取り入らなければ。……その先にどんな情報があるのやら。)

加持は勝手に外出すると、タクシーを拾い駅に向かった。



………NERV本部。



総司令官執務室に訪れた男は怪しい限りであった。

冬月は突然現れた男に訝しげな視線を送り、ゲンドウの耳元に近寄ると小声で確認を取る。

「碇、コイツは確か……ドイツの。」

「あぁ、そうだ。先日のスパイ事件を起こした張本人、加持リョウジ。その手腕を買い、私の駒とした。」

ゲンドウは組んだ手で見えぬように小声で応えた。

「碇、それは余りに危険ではないのかね?」

「先生、利用するだけです。どちらにしろ…いずれ本部にスパイは放たれるでしょう?」

「むぅ、確かに。」

冬月は屈めた上半身を起こすと、だらしの無い長髪を結わえた男に向いた。

「今日は何の用かね、加持リョウジ君。君は確か、ドイツ第3支部ではなかったかね?」

「ははっ…お初にお目にかかります。加持、リョウジです。ご指摘の通りその支部の仕事の途中でして。」

「そのケガはどうしたのかね?」

「その仕事の最中、事故に遭いまして。先日の国連ビルのテロ事件、ご存知では?」

「うん?君があの国連本部の事件に、関わっていたというのかね?」


………冬月は目を細めて、眉根を寄せた。


「えぇ、実は先日………”ファーストチルドレン”と会いましてね。」

その単語を聞いたゲンドウは、組んでいる手に力が入った。

「……それは、どう言う事かね?」

冬月は人を小馬鹿にするような雰囲気を出す、この若造にイラ立ちを感じ始める。

「私はドイツ第3支部の部隊の一員として先日、スーダンに出張していましてね。

 …ま、その作戦成功を祝う会食に呼ばれてみれば、この有様ってワケでして。」

ゲンドウはこの男の情報の中身にある程度の予測がつき、頭を激しく回転させていた。

(つまり、本部の秘蔵っ子であるファーストチルドレンと同じ様な子、シンジを見たのだな。

 ………マズい。冬月がいる。シンジの所在がバレてしまう。…コイツは何処まで知っているのだ?)

ゲンドウは先程、この男の申し出を受けた事を激しく後悔した。

(くそ、まさかコイツが……どうする?どうする?)

組んだ手で表情が判らぬ総司令官を見ながら加持は報告を続ける。

「軍事教育の為に出向している、とは聞いていましたが…まさか、あの部隊に所属していたとは驚きです。

 その部隊なんですが、なぜか隊長のデータは一切の白紙、名前すら公表なしのトップシークレットでした。

 実際に会って見ると、その隊長の容姿が彼女と同じアルビノ、のようでした。

 白い髪、紅い目、まぁ、何というか神秘的な少年でした。コードネームはA・O。

 どうでしょう、私の方で調べましょうか?」

(A・O……まだ、シンジの名は知らないのか。…よし捨てよう。)

「ッ!!碇!」

冬月はその情報に驚いた。

「ふん、つまらん。下らん事だ、どうでもいい。」

ゲンドウは内心アセっていが、いつも通りの不遜な態度を崩さず加持の情報を切って捨てた。

再び余計な事を喋りそうな冬月に先んじて、威圧するように加持を見て口を開いた。

「そんな事より君には、あの支部の裏の情報を収集する極秘任務に就いてもらう。

 その仕事にはコレが必要になるだろう。」

ゲンドウは一枚のカードを机の上に置いた。

「それは?」

「レベル5のカード、セキュリティパスはAAB級だ。コレを使っても君の足がつく事はない。」

加持の持つカードは特殊監査部の職員としてレベル4のカード、アクセス権はBAA級であった。

現在、NERVのセキュリティカードは総司令官であるゲンドウのレベル8、SSS級が最上級である。

その下に、冬月、リツコのレベル7、SSA級が続く。


………この手土産は加持にとって予想以上の成果であった。


机にゆっくりと近付き、

 机のカードを手にした加持は、まるで新しい玩具を手に入れた、というようにその目は笑っていた。

「ありがとう御座います。……それでは、ご命令どおりドイツに戻りますので、これにて。」

真っ赤なカードを手に入れた加持は足取り軽く執務室を出て行った。

冬月は先程の情報を再度ゲンドウに問う。

「碇、彼の言った白髪紅眼の少年とは、シンジ君ではないのかね?」

「……確認を取らねば判らぬが、その可能性は高いだろう。」

「嬉しくないのかね?……ゼーレでさえ見出す事が出来なかった、待望の情報ではないか?」

「…冬月先生、これで我々の計画に必要な”ファクター”が揃いました。その事を喜びましょう。」

冬月は顔色が読めぬ男に向かって、呆れたようにため息をついた。

「ふぅ、碇。キミとユイ君の子だぞ。そんな事を言ってはユイ君が………」

「先生、我々はその彼女を取り戻すためにシンジを生贄にするのです。キレイ事はなしですよ?」

「う、……それは、そうだな、確かに。」

ゲンドウの覚悟の深さを垣間見たような冬月は、自分が人としてまだ捨て切れていないモノを感じた。

「……さて、私は執務室に戻り、報告書の整理をしてくるよ。」

冬月は居た堪れなくなり、誤魔化すようにこの部屋を後にした。


”カタカタカタカタカタカタ”

ゲンドウは冬月が消えると同時にユイ宛のメールを打ち始めた。


《ユイ、私は失敗してしまった。ユイ、私はどうすればいいのだ?

 冬月にシンジの所在がバレたのだ。特務隊、トライフォースの隊長を張るA・Oとして。

 この情報は、あのトリプルスパイ、加持リョウジによって齎されたのだ。

 彼はA・Oがシンジだとは気付いていないので最悪の事態、ゼーレにバレる、

  という事は無さそうだが、誤魔化す為に高位のセキュリティ権限も与えてしまった。

 ………今の私は混乱している。シンジにどう伝えればいいのだ?》



………初号機のコア。



新着メールを見たユイはそのゲンドウの文面を読み、彼を落ち着かせる事が重要だと感じた。

そして簡素であるが、すぐに返信を出した。

《あなた、大丈夫ですよ。シンジには私から伝えます。あの子からメールをさせますわ。  ユイ。》


………シンジのメールを待つゲンドウは、久しぶりにまんじりともしない夜を明かすことになりそうだ。


《シンジ、元気かしら?……お母さんよ。

 今日、お父さんからメールが届いたんだけど、どうやらシンジの事が冬月先生にバレてしまったようなの。

 何でも、加持リョウジとかいうスパイさんからの情報だったそうよ。

 それを防げなかったゲンドウさんは酷く落ち込んでいるの。シンジからメールしてもらえないかしら?

 そして許してあげて。ね、お願いよ。それと、母さんにレイちゃんの写真を送って頂戴ね?ね?

 やっぱり、未来のお嫁さんの情報は欲しいの。ね?お願いよ?しんちゃんは優しいからくれるわよね?

                          あなたの母ユイより、愛しのしんちゃんへ。》



………ビクトリア湖。



『…マスター、ユイ様の目的はレイ様の写真でしょうか?』

シンジはMAGIとユイの初号機との直結リンクを許可しなかったのだ。

その為、ユイは今だレイの情報を得ることが出来ないでいた。

『う〜ん、どうだろう。ま、父さんはしょうがないね。

 僕が加持リョウジと接触した時からある程度は覚悟していたから、こうなる事はしょうがないね。』

シンジ達は追撃任務を許可されてから、2日前にアフリカでの活動拠点であるビクトリア湖に戻ってきた。

現在、マナを筆頭にエマとベッキーが情報通信機器を駆使して、目標であるバシルを追跡していた。

その中、格闘訓練を終えたシンジが自室で休憩しようと、部屋に入った時に母からのメールが届いたのだ。

『しんちゃん、どうしてバシルの居場所をマナちゃんとかに教えないの?』

『う〜ん、リリス。教えられないんだ。どうして僕が知っているのさ?いつ知ったのさ?説明出来ないよ?』

『そっか、そうだね。……しんちゃん、ゴメンね?』

『いいんだよ、いつもありがとう。なんだか、いつも応援してくれるリリスって僕の妹みたいだよ。』


………何気ないその一言、どれだけの波紋を呼ぶのか彼に自覚していただきたい。


『!!!えっ妹?…私、しんちゃんの可愛い妹。……うふ♪いいかも。……甘える…い♪も♪う♪と♪』

予想もしなかったご主人様の発言に”どピンク”な妄想世界に突貫する蒼銀の幼女。

初めて想像する兄に甘える妹。あらゆるシチュエーションが脳内麻薬のように彼女をトロけさせる。

『ま、マスター?……マナさんも妹のようだと、仰いましたが?』

『へ?…あ、そうだね。何となくマナって護ってあげなきゃって思うんだよねぇ…。』

『マスター、私には……その、何か……ありませんでしょうか?』

怖ず怖ずと聞くドーラは自分の扱いを過小評価し……哀しくなってしまったのか、その波動は弱い。

『ドーラ?……キミは僕の利き腕って感じだよ?……無くてはならない存在。それじゃ、ダメかな?』

その主人の笑顔と言葉に、正にジャストミートだったドーラの心の波動は吹き上がるように強くなる。

『ありがとう御座います。マイマスター!!』


………リリスには、この遣り取りは一切耳に入っていない。


『スタンダードに、お、お兄ちゃん、かな………それとも、上品に……あに様?

 ……どうしよっか……う〜ん、アニキじゃ乱暴だし…でも兄上じゃ、へんかも。』

その独り言を聞いたシンジは密かに冷や汗をかいたが、ピンクの波動を無視してドーラにメールを頼んだ。


《………父さん、構わないよ。僕は大丈夫。冬月先生には最大限使えるコマとして扱うって言えばいいよ。

 それと、ゼーレへの報告はしないほうがいいと思うよ。加持さんは僕に気付いていないし。

 ま、あと少しだからね、お互いに頑張ろう。 母さんにもヨロシクね。》


”コンコン”

「シンジ君…いい?」

その後、シンジに頼まれたレイはユイに送る写真を選んだ。

シンジはどれを選んだのか知らなかったが、リツコから貰ったカメラを使用してドーラが撮った一枚の写真、

 それは、レイお気に入りのお姫様抱っこでシンジの頬にキスをした瞬間を刻んだモノであった。


………シンジの驚いた顔がポイントのようだ。


その写真を見たユイは未来の嫁からの挑戦状に、嫉妬に燃えたとか燃えなかったとか。



………3月10日。



あのバシルを追うシンジ達は2ヶ月という時間を調査に費やしていた。

タンザニアでの目撃情報、パキスタンでの足跡。中にはバーミンガムで発見した、と言う情報まであった。

ドーラを使えば一瞬で捉えることができる情報であったが、

 所々痕跡を残さずに消えた人物を割り出すという仕事に当たっているマナ、エマ、ベッキーに、

  自然に導くように教える事はシンジには出来なかった。


そのバシルはアフリカ大陸を横断し、

 シンジ達の拠点ビクトリア湖のカンパラより西北西に約3,700km程離れた、

  ガーナ共和国ヴォルタ湖に居た。

漸く前進した追撃及び掃討作戦にマナを始めとした各班の情報官3名の表情は明るかった。

その彼女達が見い出した情報によれば、ゼーレが主導権を握るその組織は、

 バシルの思惑通りアフリカ開放聖戦が壊滅したあと、その”後釜”にキレイに収まっていた。

この若い組織は、あの巨大組織がこの世から消滅してからの約2ヶ月という僅かな期間で、

 ほぼアフリカの主権を握ることに成功していた。

国連の動きに細心の注意を払い、ここまでこの組織を育てたバシルは安堵と共に笑いを堪え切れなかった。

(アイマン、この世はやはり頭だよ。……モチロン情勢を見極める冷静な目も必要だがね。)

シンジ達の目標たる彼がその身を隠しているのは、世界最大の人造湖の小さな島に見える白い建物。

その敵の本拠地は一見すると大金持ち、というより成金の趣味の悪い屋敷のようであるが、

 その外に見える白い壁は如何なる敵の襲撃にも屈する事のないように設計された、

  分厚い鉄板で補強された特注品、正に要塞と言うに相応しい建造物であった。



………3月15日、深夜のヴォルタ湖。



無音での潜入を実行する為、A・O達トライフォースは高高度からの特殊グライダーによる作戦を試みる。

一般旅客機に偽装したジェット機の客室の最後尾、突撃準備を終えた隊員達はA・Oの指示を待つ。

「これより、敵残存部隊及び、首謀者たるモハメド・バシルを拘束する。

 マナは東側へ後方支援として情報統括、その援護にバロット。

 エマ、アルは北側。カーチャ、ベッキー、ロビーは南。僕とレイは直接あの屋上から攻める。いいな?」

シンジが見渡すと、隊員達は頷きを返した。

「それでは、ハッチ解放!」

”ガシャン!!”

ハッチが開くと気圧の差により、凄まじい速度で機内の空気が外部に漏れ始める。

「よし、降下開始!!」

シンジの声を合図に続々と隊員たちが飛行機からの強襲、所謂エアボーンを開始した。



………森林。



マナは無事に目標点である白い屋敷の東500mの地点に着地する事に成功した。

周りを伺うが、敵……というより、援護のボロットがいない。

(ったく、何しているんだか。)

マナは特に気にせずバックパックから通信機材を展開する。

暫くすると、衛星とのコネクトに成功したモニターに隊員達の状況が映し出される。

(…あれ、ボロットの移動速度が遅いな?)

マナが不思議がった、そのバロットは着地寸前の木と接触し、右足を負傷していた。

「遅れてスマン、マナ。」

「何してんのよ?ケガしたの?」

「あぁ、右ひざを思いっきり木にぶつけちまった。痺れているよ。」

「何してんだか。」

マナが呆れている頃、既に隊長と副隊長は敵中央より敵兵たちと交戦しているようだった。

『まだ、………のか…レイ、そっちに!…レ…こっち……ダメ…ぁ…ザァァァァァァァァ………………』

「な?なに?…ちょ、ちょっと!隊長!?…隊長!!!……応答してよぉ!……隊長!!」

今まで聴いたことも無いA・Oの声にマナは驚く。


………別荘内の分厚い鉄板により電波が遮蔽されたのか、うまく受信出来ない。


マナは突入した隊員達の通信の途絶えていく状況に耐えられなくなり救助のために屋敷に走り出した。



………屋敷内。



マナがボロットに呆れている頃、シンジとレイはトラップだらけのこの屋敷に足を踏み入れ驚いていた。

屋内の電子的な仕掛けはドーラに無効にしてもらったが、

 この屋敷の屋上から侵入した彼らを待っていたのは、ドアを引けば爆薬が作動するというような、

  アナログ的、というか古臭いワナの方が圧倒的に多かった。

その為、トライフォースの進行速度は鈍る。

ゆっくり廊下を進むA・Oは注意深く歩を進める。

「まだ、こんなワナがあるのか?…レイ、そっちに行っちゃダメだ!……ほら、ワイヤーがある。

 こっちにもだ。………ダメだね、どうも。時間を掛けると奴らに気付かれる。」

『マスター、無線機のスイッチが入っています。』

『あ、本当だ。リリス、バシルの波動はどこ?』

『お兄ちゃん、地下2階の廊下を歩いているよ。』

『マスター、この屋敷、というより、地上部分は全て対人用のダミーですね。』

『うん、そうだね。……すごく用心深い男みたいだね、バシルってヤツは。』

「シンジ君、行きましょう。」

『うにゃ?…マナちゃんが動いたよ?お兄ちゃん。』

リリスはあれ以来、なにかとシンジをお兄ちゃんと呼んでいた。


………いい加減慣れたのでシンジは放っておいたが。


バロットはマナを叱咤しながら追いかける。

「ばかやろう!勝手に行くな!」

屋敷に向かってマナは走った。………A・Oを探して。

右足を負傷しているバロットは彼女を必死に追いかけた。


………マナの初の実戦である。


しかし、仲間の安否が気になるのか、マナは訓練ではあり得ないほど注意散漫になっていた。

彼女が屋敷の近くに設置されていた独立システムで自動的に起動するトラップの一つ、

 その対人センサーの範囲に足を踏み入れてしまった。


………マナの背中を追って走っていたバロットは、そのままの勢いで押し出すように飛んだ。


「馬鹿!危ない!!」

”ドン!”後ろからバロットに突き飛ばされるマナ。

「ちょ……ちょっと、何すんのよ ボロット!!」

”キュゥゥ…ガガガガガ!”

彼は避けようと身体を転がし逃げるが、その砲台は素早く追従する。

バロットは黒い特殊ボディアーマーに守られていたが、

 彼を執拗に追う弾丸の衝撃と圧力はその中身、彼の右足を引きちぎるように粉砕していった。

「ガッ!…グァハッ……グァ………」

マナが振り向き見た彼は、大地の上に寝そべって立ち上がらなかった。

「な、何しているのよ?…おきなさいよ!」

マナは彼に近寄ろうとしたが顔を向けたバロットに怒鳴られる。

「バ!、こっちにくんな!バカヤロウ!!」

声に反応したのか、再び銃声が響き渡る。

”キュウ〜ン!…ド、ガガ……ガキュ!………”

その屋敷の壁に仕掛けられていたのは動くモノと音に反応するガトリング砲。

しかし、突然故障したかのように止まってしまった。

強力な砲台が動かなくなり沈黙が辺りを支配すると、

 その大きな木に隠れていたマナは、”彼”を見るために震える顔をぎこちなく動かした。


………バロットは動かなかった。


(え、なに、…………ぼろっと?……どうしたの??)

彼女の震えるその喉は、上手く音声を発生する事が出来ない。

声を出すことが出来なくなったマナの目の前には、ヒュー……ヒュー……と”音”が鳴る彼の口から、

 ”どくっどくっ”と絶え間なく赤い絨毯を広げるように漏れる液体が見えた。

「え、やだよ、……や、だ……………ヤァァァァァァァァッァァアアアアアア!!!!」


………マナはイヤイヤとかぶりを振って、その瞳を開き絶叫した。


『くそっ!!くそっ!!!…遅かったか!』

『マスター、停止寸前の最後の弾丸が彼の喉を貫通してしまいました。』


………シンジはバロットの波動が消え去るのを感じた。


”ガァン!ミシッ!”

『ちくしょう!!』

シンジは壁を思い切り叩いた。

『……シンジ君?』

”フルフル”とゆっくりかぶりを振るレイは、自虐的な後悔をする時ではないと彼の真紅の瞳を見詰めた。

彼女の言いたい事を理解したシンジは、ゆっくり深呼吸すると冷静さを取り戻した。

「…判ったよ。今は”出来る事”をしよう。レイ、”移動”する。」

そう言ったシンジは彼女の手を取り霞むように消えると、一気に地下二階に移動した。

そして、彼の圧倒的なATフィールドで一瞬のうちに磨り潰されるように圧殺された、

 この組織の人間は誰一人として、自分の死を自覚する事はできなかった。

3分後、隊長からの報告で作戦終了を告げられた隊員達は”彼”を知った。

バロットがマナを守り戦死。

動く事なく、地面に”ぺたっ”と座り肩を落としていたマナは泣き果てたのか、

 彼女の瞳は真っ赤に充血していた。

トライフォース初の戦死者。

遣り切れない思いを胸に隊員達は彼の遺体を丁重に袋に入れて輸送ヘリを待った。





解散−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





バシルの報告が途切れて、数日経った3月24日。

調査員を派遣したキールは、アフリカ大陸の主権を握る事に成功した組織が消えたという事実を知った。

誰が襲撃したのか、その情報はなかった。

この2ヶ月間で得られた”もの”は大きかったが、彼はまだまだ搾り取れると思っていた矢先の出来事に、

 そのイラ立ちは大きかった。

(クッ……まさか、碇 玄か?……いや、あの男に武力は無いはずだ。では、一体誰が?)

そしてアフリカ大陸の末端テロ組織は矢継ぎ早に消えて行くリーダー達に、

 まるで自分達の末路を見た、というようにその活動をかなり小規模にしていった。


………この大陸には死神がいるのかも知れない。


なんでも、新しいリーダーの組織は全員ぺちゃんこに潰されて死んでいたらしい。

この人では成し得ないような噂話に恐怖したのだ。


………ゼーレでも、その話が持ち上がっていた。


”ヴォォォン!!”

暗闇に突如現れたモノリス。

『アフリカ大陸……惜しい組織を失った。』

『我らゼーレの資金源となる組織だった。』

『左様、突然の出来事だったな。』

『どのようにしたら、このような状態になるのだ?』

『……判らぬ。巨大な圧力による圧死。しかし、構造物に対しては影響していない。』

調査員が撮影したビデオがスクリーンに流れる。

『人ではないモノの仕業とでもいうのか。』

『馬鹿な!そんなモノはいないだろう?』

『左様、常識的にはな。……しかし、可能性はある。』

『まさか、”ファーストチルドレン”がやったとでも?』

『あれは、碇の創った人造使徒だ。我々のアダムと同様の実験の産物。』

『かの部隊、トライフォースと言ったか……いささか目に余る戦力だな。』

『今、その部隊も役目は終えた。チルドレンにはチルドレンの役目があるのだ。専念してもらわねば。』

『左様、予測された使徒襲来までに残された月日は短い。』

『……では、委員会を通じ、解散させよ。』

”ヴォォォン!”

キールの決定で登場と同じ様に忽然とモノリスは掻き消えていった。



………3月25日、第二新東京市、国連本部。



「どういう事ですか?」

ワーグナーは突然の委員会からの電話にイラ立ちを隠せなかった。

彼らからの厳命として言い渡された内容は、対テロ特務部隊トライフォースの即時解体。

各隊員の階級などの身分は保証するが、その配属先はワーグナーにより決めろ、と言ってきたのだ。

「次世代を担うべき若者達を大した理由も無く放逐する、というのですか?」

『ワーグナー、言葉を誤ってはいかん。放逐ではない、転属だ。彼らの能力を世界に貢献させる為にな。

 その為の養成プログラムであったのだろう?……それとも、国連軍として別の目的でもあるのかな?』

「いえ、確かに仰るとおり、トライフォースは陸海空という枠組みに囚われない指揮官を養成し、

 その後、国連軍の要たる総司令部直属の将校として、各地に点在する部隊に所属させる予定でした。

 しかし、それはあくまで予定です。

 優秀な兵士・将校の育成は軍隊の重要な課題と言う事はご存知だと思いますが、

  現在の補正計画では、彼らトライフォースの隊員を教官とした教育機関の設立を考えていたのです。」

(……彼らが一箇所に集結している事が望ましくないのだよ、ワーグナー。)

「聞こえなかったのかな?ワーグナー。委員会は”解散”と決定したのだ。」

「クッ……判りました。解散日は3月31日付けで宜しいでしょうか?」

「ふん、結構だ。…私からの通達は以上だ。」

”ガチャ!”

(彼らの戦力を一箇所に集めておきたくないのか?委員会の考えは判らない事が多すぎるな。)

ため息をついたワーグナーは彼らをどの基地に所属させるか考え始めた。

(A・Oに相談した方が良いかも知れんな。……彼は……そうか、ロシアだったな。)



………ロシア。


その日、シンジ達はバロットの生家に程近い霊園に来ていた。

軍の葬儀隊が霊園の埋葬予定の場所に到着すると徐に準備が始まる。

現地の葬儀社によってあらかじめ墓穴は掘られてあり、会葬者の椅子などが並べられている。

関係者はラッパ手と射撃班、礼拝堂勤務の牧師、棺をかつぐ人、そして旗持と護衛からなる。

死亡通知を受け取った家族が霊園に集まり葬儀が厳粛に執り行われる。

棺を運ぶ人が棺を墓穴のうえの装置におくと、礼拝堂勤務の牧師が経典を朗読し祈とう式を続ける。

射撃班が21発の弔砲を撃ち、ラッパ手が永別の合図を吹きならす。

そして牧師が最後の祈りをとなえてから参列者に祝祷を与える。

そして棺に置かれた国旗が取られると、儀隊の指揮官であるA・Oによってたたまれ、

 彼の母親に捧げられる。

「バロットさんは、その身を犠牲にして味方の窮地を救い、軍務を全うされました。」

「あなたが、指揮官だったんですか?」

少年が聞いた母親の言葉は涙声だった。

「そうです、ボイルシェフさん。……自分が責任者です。」

隊員達はシンジの後ろに一列に並びその様子を見ていた。

マナはあの作戦の後、漸く落ち着きを取り戻していたが、今は泣いていた。

「あの子が軍隊に入るって言った時は反対したんですよ……優しい子でね。……人と争うことが苦手だった。

 あの子の……あの子の最後を見た人は居るんですか?」

「……霧島三尉。状況を説明せよ。」

シンジは振り向き、少女を呼ぶと一歩下がった。

涙を溢れさせているマナはゆっくりと、というよりもふらふらと力なく歩き出す。 

シンジはそんなマナに歩き寄り両肩に手を置くと、放心したような彼女を呼び起こすように話しかけた。

「確りしろ!これは貴官にしか出来ないことだ……仲間を失い哀しいのは判る、そして自分を責めるのも。

 しかし、今はその時ではない。今は、家族を失われたご遺族に、自分の責任を果たせ。いいな?」

A・Oの真紅の瞳を見た少女の瞳にゆっくりと力が戻ってくる。

マナは”コクン”と頷くと隊長に渡されたハンカチで多少乱暴に目を拭い、母親の前に立ち敬礼した。

シンジ達が見守る中、マナは直立不動のままあの時の状況を説明した。

話が終わると母親は力なく崩れ落ちるように倒れそうなったが、”バッ”とマナが手を出し受け止めた。

「うぅっ………うぅぅぅ……う……ぅうぅうぅ……あぁっ…あぁぁぁぁぁ!」

マナに抱き締められる形で母親は泣いていた。

マナは、涙を流しながら彼女に謝罪を続けていた。

「……うぅ……ゴメンなさい、ゴメンなさい、ごめんなぁさいぃ、ごめんなぁさいぃぃ………。」

シンジとレイはゆっくりと二人に近付いた。

「霧島三尉、ご苦労だった。後は私の責任だ。……ボイルシェフさん、こちらにご同行願えますか?」

「……マナ、こっちへ。」

シンジは母親を優しく立ち上がらせると、やおらその手をとり彼女を霊園の休憩室の方へ連れて行った。

レイはマナの顔を拭ってやり、そのまま彼女の心を落ち着かせ癒すように、そっと優しく抱き締めた。


それから3時間後、国連本部への出頭命令を受けたシンジ達は葬儀を終えて帰国の途についていた。





使徒戦争へ。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





………3月27日、国連本部。



「君達を呼び出したのは、非常に突然ではあるが今月の31日を以って特務隊トライフォースを解散する、

 という決定を下達する為だ。」

アルやカーチャはその決定に不服そうな顔をした。

ベッキーとロビーはお互いの顔を見合わせていた。

「どういう事でしょうか?…閣下。」

代表者であるA・Oが当然の質問をした。

「うん、君達の任務はあの作戦を以って終了した、と判断されたのだ。

 次世代特別将校養成プログラムを修了し、実戦を経験した君達はこれより総司令部直属の士官として、

  各地の国連方面軍に配属され、任務を遂行するのだ。」

「判断された、という事は閣下のお考えではないのですね?」

シンジに向けるワーグナーの表情は苦虫を噛み潰したようだった。

「……その通りだ、A・O。私は君達を教官にした特別教育課程とその組織を創ろうとしたのだ。

 これに人類補完委員会という上位組織が許可しなかったのだ。」

委員会、という単語を聞いたシンジは彼らの意図を考えた。

(そうか、彼らはファーストチルドレンの事を知っているんだった!

 つまり、”あれ”をやったのがレイだと勘違いをしたんだな。

 この解散は、まだ起動もしていないEVAに焦りを持ったゼーレが、

  その要たるチルドレンをNERVに戻し、様々な実験を行う為の処置か……)

シンジがそのことを考えている時、ワーグナーに呼ばれた秘書官が部屋に入り、徐に総司令官に木箱を渡す。

「任務成功、そして転属に際して君達を昇格させる。ふふっ……A・O。」

「?……はい。」

”にやっ”と楽しげな顔になったワーグナーに、シンジは不思議そうな顔を上げて一歩前に出た。

「過酷な任務をよくぞ成功させた。バロットに手向けるというワケではないが、君達も二階級特進とした。」

その大きな手には、三佐の階級章と勲功章、所謂シルバースターの勲章があった。

シンジは意外なことに驚きを隠せなかったが、素直に受け取った。

「ありがとう御座います。」

それに続き、レイ達も一尉の階級章と勲章を授与される。

シンジがワーグナーに言う。

「…閣下。この3年間、トライフォースを支えてくれた隊員達に私から一言を宜しいでしょうか?」 

「モチロンだ、許可する。」

シンジは3年間の軍隊生活を思い出すようにゆっくり足を進め、一列に並ぶ隊員達と向かい合った。

「……この三年間、色々とありがとう。トライフォースは間違いなく最高の部隊、仲間達だったと思う。

 今日で僕達は解散となるけど、これで信頼と絆が切れるわけじゃない。 

 バロットに笑われないように、これからも精一杯生きる努力をしよう。みんな、本当にありがとう!」

シンジは仕事モードではない少年らしい口調で述べると、”サッ”と右手を挙げて敬礼をした。

それに続くように返礼した隊員達の顔は、何かを達成した者にしか持ち得ない誇らしげな表情であった。

ワーグナーはシンジが元の位置に戻ると、紙を手にした。

「それでは、それぞれの転属先を発表する。」

「アル・ジャックロウ一尉。」

「ハッ。」

「カーチャ・ウィリアムズ一尉。」

「ハッ。」

「君達はアメリカに行ってもらう。」

「「ハッ。」」

「ベッキー・ジョーンズ一尉。」

「ハッ。」

「ロビー・エプシュタイン一尉。」

「ハッ。」

「エマ・バートン一尉。」

「ハッ。」

「君達には国連軍太平洋艦隊旗艦オーバー・ザ・レインボーに乗艦してもらう。」

「「「ハッ。」」」

「さて、第1班の君達は………国連軍ではないのだが、霧島マナ一尉。」

「ハッ。」

「君は戦略自衛隊に出向してもらう。」

(やっぱり、そうなってしまうのか?)

シンジはその遣り取りを見ながら、ふと前史を思い出してしまう。

レイは彼の横顔を心配そうに見ていた。

「戦略自衛隊に出向ですか?」

「うむ、日本国政府からの強い要望でね、なんでも情報統括に長けた人物が欲しいと言ってきたのだ。」

「ハッ。拝命いたします。」

「綾波レイ一尉。」

「…ハッ。」

「君は元の所属に戻る事になるが、階級は国連組織として共通のものだから、一尉待遇で戻ってもらうよ。」

「…了解しました。」

「さて、最後にA・O三佐。」

「ハッ。(僕ってどうなるんだろ?)」

ワーグナーは申し訳無さそうな顔になる。

「ふぅ。君は難しいんだ。先日、この話が出たときに各軍の取り合いになってね、治まっていないのだよ。」

「……えと?」

「その若さで佐官は国連史上初でね……その説明に必要なデータとして実績と成績が公開されしまったのだ。

 それを見た元帥達が欲しがってね。ふぅ…各軍との調整がつき、所属が決定次第…君に連絡を入れる。」

「それまで、ここで待機でしょうか?」

「いや、特別休暇扱いにする。のんびりしてくれ。」

「了解しました。」

「各員は3月31日まで、準備期間を含めた休暇とする。これからも変わらぬ活躍を期待する。…以上だ。」


………トライフォースの面々は国連本部ビルから出てきた。


4月1日より、新しい生活が始まる。

この家族のように強い絆を持つ仲間たちと暫しの別れの時だ。

しんみりした雰囲気が苦手なアルはカーチャの手を取って振り返った。

「あばよ!みんな!また会う日まで!」

手を取られたカーチャも笑顔だった。

「そうね、みんなまた会いましょう!」

ベッキーもロビーを連れて歩き出す。

「隊長、レイ、マナ…また会う日まで。………お互い頑張りましょう!連絡ちょうだいね?」

「隊長、お元気で。自分は3年間あなたと同じ部隊にいた事を誇りに思います。そして、じぶ……」

「いいから、歩く!歩く!ほれっ」

ベッキーに強引に押されるロビーを見たマナは笑っていた。

「あ、待ってくださいよぉ…もう。隊長、レイ、マナ、元気でね。OTRで待ってるわぁ。じゃまたねぇ。」

マイペースなエマは散歩をするようにゆっくりと歩いて行った。

「…そうだね、永遠の別れじゃないもんね……」

みんなの後姿を見やったマナは、一言一言を噛み締めるように呟いた。

シンジはマナの瞳を”ジッ”と見詰めた。

「う!…な、な、何?アオ君。私の顔に何かついている?」

夕日に輝くような彼の真紅の瞳に目線を合わせられないマナはドキドキしていた。

「シンジ…だよ、マナ。」

「え?」


………少年は穏やかな微笑みを浮かべて少女に言った。


「僕の名前。いつか教えるって約束したろ?………僕の名前は碇シンジ。」

その言葉に、シンジの瞳を見たマナの左頬を一筋の雫が流れた。

「……シンジ君、もう逢えないの?」

シンジは笑顔のままゆっくりとかぶりを振った。

「いいや、マナ……僕たちはまた会うよ。」

彼がそう言だけで、それは不思議と真実のように思える。

「そっか、そうだよね。また逢えるよね。」

マナは嬉しそうに笑顔になる。

「マナ、身体に気を付けて、頑張ってね。………また会おう。」

マナは突然シンジに抱きついた。

”ギューー!”

「ちょ!ちょっと!マナ!?」

マナはシンジの耳元でそっと囁く。

「今度逢うときは、綾波さんより綺麗に成長した私を見せてあ・げ・る♪」

少女はそう言うとシンジから離れて、そのまま道を走り出した。

”タタタタタ…クルッ…「まったね〜♪、シンジ君!綾波さん!」…タタタタタ………”

走り去るマナに手を振って応えたシンジにレイはゆっくりと近付いて、やおら手を伸ばした。     

”…ギュムゥ!”

強制的に首を曲げられ胸に抱かれたシンジは苦しそうだ。

「うわっぷ!!」

『…………あの……レイ?』

『消毒。』


………国連本部ビル前の視線が痛いシンジであった。





………6月6日、京都。



今日は誕生日。

シンジはこの日、ある紙と箱を用意していた。

マユミが主人に問う。

「お誕生日、おめでとう御座います。シンジ様、今日のお誕生会は13時より大広間で御座います。

 レイ様をいつお迎えに上がるのですか?」

「えっと、そのマユミさん…ちょっと、いいかな?」

そっと耳打ちされたマユミは破顔一笑した。

「まぁ!!判りました。早速有馬さんと準備に掛かりますわ!あぁ、間に合うかしら?では失礼致します。」

「お爺ちゃんには内緒だよ!」

頷いたマユミはそそくさと和室を後にした。

『お兄ちゃん、レイちゃんの所に行かないの?』


………リリスは妹、というポジションにハマっていた。


『うん、これから行くよ…リリス。』

シンジはこの子を本から出した場合を考え、まぁ悪くは無いかも、と思ったがそれはレイの妹としてである。

『マスター、あちらのカメラは既にダミーを流しています。』

『ありがとう、ドーラ。』



………NERV本部の実験棟。



国連から本部に戻ったレイはリツコ指導の下、EVAの核になるシステムの開発に携わっていた。

チルドレンを擁するドイツでのEVA関係システムの開発は、暗礁に乗り上げたように進んでいなかった。

レイの協力を得た技術開発部長であるリツコは、全く無駄の無い効率的で的確な開発計画を打ち出し、

 ……そして加速度的なスピードで次々と確実な成果を出していた。

今、そのフィードバックという”おこぼれ”を貰っているのがドイツ第3支部の現実であった。

最もそんな支部の現状をここの大人たちは、矜持の塊のようなセカンドチルドレンに教える事はなかった。

アスカはEVAのシステム開発に関わる事なく、必要だと言われた学力と、体術の訓練を必死に行っていた。

「そう言えば、エヴぁの操縦システムとか、制御システムってどうやって創っているの?」

エントリープラグも見た事なく、EVAの操縦方法さえ教えられていなかったアスカがふと気になって、

 そんな事を聞いた時、ここの開発責任者は惣流博士の残した資料を基に創っている、と教えたのであった。



『…お疲れ様、レイちゃん。もうあがっていいわよ。確か、今日の午後と明日は休暇でしょ?』

「……はい、リツコお姉さん。」

リツコは視線を巡らせて、周りに人がいないことを確認するとマイクを通して、レイに小声で確認をとる。

『今日、シンジ君の誕生日よね……これから京都、行くのかしら?』

”コクッ”

蒼銀の少女は無表情ではあるが、少し頬が紅かった。

(ふぅ、私も行きたいけど自分で作ったスケジュールにスキマのような穴はなし……はぁ、いいわねぇ。)

リツコは少女に羨ましげな視線を送る。

ハーモニクスの基礎テストを行っていたレイは、シンクロテスト用プラグから降りて更衣室に向かうが、

 その姿は背中に大きなNERVマークが入った白いポンチョのようなマントを羽織っていた。


………さて、彼女は前史と違い、あの地下深いターミナルドグマの第3分室には住んでいない。


現在、少女はジオフロント内に用意された幹部職員用の部屋の一室に住んでいた。

国連本部出向から戻ったレイは、国連の正式な階級、それも士官である一尉の地位を手にしていたのだ。

総司令官より警備の行き届いた幹部用官舎の使用を認められたのも当然である。

しかも、今だ世界に2人しかいないパイロットである。その価値は比べるモノが無いくらい希少で大きい。

その為、その官舎はレイの住む4階”402号室”を中心に、

 そのフロアと上下のフロアは立ち入り禁止で誰も住むことは許されなかった。

レイはシャワーを浴び着替えると、ジオフロントの自宅へ向かう為にエスカレータを昇っていた。



………402号室。



”ピンポーン”

約束の時間…12時、ドアの前で待機していたレイは玄関のドアを勢い良く開けた。

”ガチャッ!”

「うわ!…鳴らした瞬間に開くから驚いたよ、レイ。もしかして待っちゃった?」

”ふるふる”

蒼銀の髪を揺らす少女は目一杯のおめかしをしていた。

「レイ、京都に行く前にちょっと寄り道をしたいんだけど、いいかな?」

「…構わないわ。」

「よし、行こう。」

レイの手を優しく握るシンジは嬉しそうな顔だった。

「レイ、僕がいいって言うまで目を閉じて欲しいんだけど。」

「?……いいわ。」

シンジは彼女がその深紅の瞳を閉じたのを見て、移動した。

”…ふわぁっ…”

レイは自分の身体がまるで浮遊しているような不思議な感覚を覚えるが、その驚きにも目を開けなかった。

「……いいよ、レイ。」

少女が瞳を開けるとそこは満天の星空。………違う、全てが常闇に浮かぶ数多の光点でしかない。

レイが驚きにゆっくりと視線を巡らせる。

少女が見上げると陽の光に照らされた月があり、大きな青い地球は足もとだった。


………所謂、ここはラグランジュポイントの一つ。


シンジは地球と月が最も美しく見れるポイントの一つにレイを連れてきたのだ。

彼女の周りはシンジのATフィールドにより、暑さ寒さも無く、また普通に呼吸も出来る。

「……宇宙?」

レイは余りの壮大な光景に、様々な光を放つ星たちに瞬きを忘れたかのように見入っている。

「そう、宇宙だよ。」

「……どうして?」

レイはシンジの方に振り向いた。

彼は、一枚の紙を少女に差し出した。

「これは君へのプレゼント第一弾、だよ?」

レイはその紙を受け取り、目を落とす。

(!!!!)

少女はその深紅の瞳を見開くと、”ガバッ”と顔を上げた。

「僕の一存で決めちゃったんだけど、そこに書いてあるとおり、今日は君の誕生日だよ?

 ………お誕生日おめでとう、レイ。」

「……し、シンジ君。」

レイは想像もしなかった、余りの出来事に上手く彼に言葉を伝えられない。

(……私に人として産まれた証ができたの?……それもシンジ君と同じ日、同じ誕生日に。)


………”じわぁ〜”と染み渡るように広がる暖かな歓喜の波紋が、優しく彼女に満ち満ちてゆく。


「……あ…あ、ありがとう、シンジ君。」

「うん、喜んでくれて僕も嬉しいよ。」

「…シンジ君も、お誕生日おめでとう。」

「ありがとう、レイ。……あと、もう一つあるんだ。これが、メインというか……プレゼント第二弾だよ。」

「…え?」

レイは大事そうに先程の紙を両手で包んでいた。

そんな彼女に、シンジは右手に持っていた小さな箱をレイに開けて見せた。

この空間に音を出すものは無い。その絶対的な静寂が支配する空間に、シンジの照れくさそうな声が響く。

「……前にも言ったけど、改めて言うね?」

少女はその木箱に納められている、見たことも無いリングから視線を外す事が出来なかった。

シンジは彼女に言葉を紡ぐようにゆっくりと、そしてはっきりと言った。

「綾波レイさん、僕と結婚してください。」

その言葉に”ハッ”と顔を上げたレイは、食い入るようにシンジの真紅の瞳を見詰める。

”じぃーーーー”

シンジは彼女の視線に応えるように優しく微笑んだ。

少女は震えるような手で彼の持つ木箱を触ってから包むように受け取ると、”そっ”と瞳を閉じて答えた。




「……はい、私は碇シンジ君と結婚します。」




そして”すっ”と深紅の瞳を開けたレイは柔らかい澄み切った笑顔でシンジの胸に抱きついた。

”ぎゅ〜”

「…嬉しい。…嬉しいの。……シンジ君、私……嬉しい。どうしようもない位、嬉しいの。」

シンジも歓喜に震える彼女の細い腰に腕を回して、”そっ”と包むように優しく抱き締める。

「今までありがとう、レイ。これからもヨロシクね?」

彼を見上げた彼女は、返事の代わりに彼の唇を熱烈に塞いだ。

”…ん、チュゥ〜!!”


………二人だけの世界に邪魔者はなかった。


シンジにはめて貰った左手のリングを見る彼女は幸せに満ち満ちた表情だ。

彼女が飽きる事なく見ているそのリングは、シンジが自分の”力”を使って創ったものであった。

その材質は錬金術師が創り得なかった奇跡の物質、賢者の石と誰も触った事の無い幻の金属オリハルコン。

深く澄むブルーの中には、煌くような黄金にも白銀にも見える輝く金属製の不思議な模様が入っていた。

その模様は悠久の時に失われた天使文字で ”《《《 無限の愛を君へ 》》》 ” と刻まれていた。

それは中世の怪しい魔術師が創ったようなインチキ文字ではない、神の記した本物の天使文字であった。

愛しの少年の暖かな波動に包まれているレイの幸福な時間は、あっという間に過ぎ去る。

シンジは肩を寄せ合いこの空間に身を委ねていたが、13時に近くなったのを知ると彼女に顔を向けた。

「レイ、京都に行こう?」

少女は左手の薬指に集中していた視線を彼にやると、はにかみながら頷いた。



………京都。



元気な老人、玄は今だ帰って来ない孫に気を揉みに揉んでいた。

「うむぅ〜…シンジのヤツはどうしてこんなに時間が掛かっておるのだ?」

「玄様、若にも色々ご都合があるのでしょう。しかし、あの方は約束を破られた事は有りません。」

「そうじゃの。……ふむ、仕方ない。……有馬、先に会場に行くかの?」

「!いえ、玄様。若がお戻りになられても十分に間に合いましょう。この屋敷のルールは若なのですから。」


………あと一年で公表できる碇家の真の当主に、いつの間にか有馬はシンジを”若”と呼んでいた。


「ふむ、シンジもレイも国連の仕事は終わったのだ。もう少し子供らしく遊んでもらいたいものよのぉ〜」

「玄様、若は精神的に25歳で御座います。子供らしくは流石に難しいのでは?」

「うーん、そうかのぅ〜」

玄が非常に残念そうな顔をして窓の景色に目をやると、アンティークな電話機がその存在を主張する。

”チリリリリン♪…チリリリリン♪”

この部屋に連絡を入れてきたメイドに有馬が応える。

”…カチャ。”

「お待たせしました、玄様。若がお着きになったようです。そのまま会場に向かわれたようで御座います。」

「うむ!…よし、行くぞ!有馬。」



………碇家の大広間、誕生会の会場。



シンジとレイは手を繋ぎ、用意されている上座を目指して、この一般的な体育館よりも広い広間を進む。

レイは何気に視線を上げて、視認できたモノに思わず立ち止まってしまった。

「ん…レイ?」

目を見開いている少女に、シンジは彼女の視線を追った。


《 シンジ様、レイ様、お誕生日おめでとう御座います。ご婚約おめでとう御座います。 》


(…よかった。マユミさん、用意できたんだ。)

シンジは今朝方マユミにお願いしたことが無事に出来上がっていて”うんうん”と頷いていた。

「レイ、この誕生会は僕と君の為に用意したんだ。今日は楽しもう?」

主人公達が席について周りを見渡すと、ほぼ全ての使用人たちが集まっていた。

シンジは横を見ると、隣のレイはサプライズが多かったのか、どことなく”ぽぉ〜〜〜”と惚けている。

(レイ?……ま、嬉しそうだから、大丈夫かな?)

「おおぅ!!…シンジィ…待ちくたびれたぞ!」

玄はドカドカと広間に入ってくるが、この部屋の半分を歩き寄るまで、横断幕の変化に気が付かなかった。

「……うん?」

視線を上げた玄は横断幕を見て、その次にいつにもまして心ココにあらずの”ぽぉ〜”としたレイを見る。


………玄の観察眼は、その鋭いサーチの際に見えた彼女の左手薬指の見慣れぬリングに固定される。


”じぃ〜”

(む!……ほぉっほぉ〜〜、こりゃこりゃ、シンジも男よのぉ〜〜〜。レイの嬉しそうな顔も納得じゃ。)

シンジが有馬とマユミに労いの言葉を掛けている、その横に座った玄は今日も楽しもう、と元気であった。

『それでは、シンジ様、未来の花嫁たるレイ様のお誕生会、そして正式なご婚約記念のお祝い会を催します。

 それでは、乾杯の音頭を玄様、お願い致します。』

「あ〜シンジ、レイ、おめでとう。……誕生日の事ではないぞ?……皆もよく見よ!

 レイの左手薬指の指輪を!!……ワシは嬉しい。この喜びを皆と祝える幸せに感謝したい!

 それ、乾杯じゃ!」


………有馬のスピーチ、玄の相変わらず元気な乾杯で始まった宴は、

 尽きる事のない食べ物と飲み物で主役が退室出来たのは12時間後の事であった。


その宴の中、手の空いたマユミはレイに指輪を見せてもらっていた。

「ふぁ〜!!綺麗ぇ。何て深い蒼と……その中に埋め込まれたように煌く、この模様はなんでしょう?」

「……天使文字、とシンジ君は教えてくれたわ。」

レイは自分の左手を包むように持っているマユミに照れながら、しかしどことなく自慢げに言った。

「シンジ様。この文字は何と読むんですか?」

「え。その字かい?」

「はい。」

「……え〜と、僕からレイへの永遠の愛って言うような感じかな………。」

「この見た事も無い綺麗なモノは何ていう材質なんですか?」

「賢者の石っていうんだ。中の金属はオリハルコンだよ。」

有馬は何気に聞こえたその材料に目を見開いて驚いた。

(なんと!…若のことですから、ただの石では無いと思いましたが、まさか賢者の石とオリハルコンとは!)

マユミは聞いた事もない材料でよく判らなかったが、

 この指輪が誰も創り得ない世界一貴重で価値があるモノだと確信を持った。

「まぁ、素晴らしいですわぁ。シンジ様、その一途な想いが若いメイドたちの間で特に人気なんですよ?」

「……へ?」

「あら?ご存知ありませんでしたか?……シンジ様のご用は出来うる限り全て私がいたしますが、

 手の回りきらない…そんな僅かなスキを狙う娘は物凄く多いんですよ?」

「……へぇ、知らなかったよ。でも、マユミさんが十分してくれているから他の仕事してて良いのにね?」

(うぅ!)

………にっこりと陽だまりのように暖かく、そして無意識に異性を引きつける笑顔を振りまく主人に、

 頬を紅く染めて胸を高鳴らせたマユミは内心……それですよ、それ…と思ったのは秘密だ。



………6月7日。



翌日の夜、レイをNERV本部まで送ったシンジは彼女の402号室にいた。

「…はい、シンジ君。」

紅茶を入れたレイがティーカップを机に置く。

「ありがとう。」

レイは当然のようにシンジの隣に座る。

彼女が淹れてくれた紅茶を一飲みしたシンジはカップを置くと顔を上げた。

「ふう、後……大体、一年後だね。」

レイはそう言ったシンジの顔を見やる。

「NERVの準備は順調。……前回よりもいいと思うわ。」

レイはこれまでのシンジの苦労を思い、そう答えた。

「うん、ここまでは、大きく外れた事象も無かった。……幸いにね。

 でも、このままでいいのか……正直、僕には判らないんだ。」

「今、シンジ君がいる。これが私の事実、私の全て。………シンジ君、前史も今も比較する事はないわ。」

「……そう、そうだね。…ありがとう、レイ。」

”ふるふる”とかぶりを振るレイは、シンジの手を取り包み込むように両手で握った。

「……シンジ君、あなたは私と同じ人間。間違いもするし、思い違いもする。……それが当たり前。」

「そうだね………それでいいんだよね。…レイ、ありがとう。……もう、遅いから戻るね?」

彼女の想いを感じたシンジは笑って、おやすみを言うと京都に帰って行った。


残されたレイは、自分の左手をゆっくり眺めていた。




………使徒戦争まで、もうすぐ一年という日はこうして過ぎていった。







第二章 第九話 「使徒、襲来」へ










To be continued...


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