※ 当話はフィクションです。実際の団体、名称、個人の名前とは一切関係はありません。





 あの日本近海での勝利以来、碇シノは第二新東京やら厚木、新横須賀やらに出向く事が多くなった。

 あの戦闘、勝つには勝った。

 しかし、ネルフの一部の者(若干一名)の行動が軍律に煩い連中の目に留まった為、その辺の報告書の提出と説明に時間をとられていたのだ。

当然、普通に出す報告書等とは別にである!

この件については、司令であるゲンドウも副司令の冬月もゼーレの爺様達に嫌味を言われ続けたり、関係各所への対応の為に文字通り駆けずり回っていた。

 軍律に煩い連中が騒ぐのも当然と言えた。

一介の中尉風情が中将にタメグチ以上の悪口雑言を浴びせたのだから。

しかも、営倉に入っていたハズが脱獄してまで、戦闘指揮の邪魔をしようとしたのだから。

尤も脱獄については、三足草鞋のお兄いさんが動いた結果なのだが…困った事をしてくれたものである。

 流石に、シノにサンディエゴの太平洋艦隊司令部まで説明に出頭しろと言う命令は出なかったが、ちゃんとした処罰はしないと拙い状況ではあった。

本当なら、今までの事を含めて重営倉にでもブチ込んで軍事法廷に出廷させ銃殺刑にするなり懲戒免職にでもしたい所なのだが、それを委員会に願い出たゲンドウの意見は、又も退けられたのであった。

 この騒動のお陰で、第六使徒戦後にはネルフ本部に配備されていたハズの作戦部の梃入れ部隊である国連軍顧問団の配備は遅れてしまっている。

色々と足を引っ張ってくれるものである。







新世紀エヴァンゲリオン アストレイア

第六話 前編

presented by 伸様







ネルフ本部司令執務室


 今現在、ゲンドウや冬月は、ミサトの処罰について報告する為に、それぞれ国連本部と内閣府へ出張しており、ココには居ない。

留守を預かるのは、もう一人の副司令であるユイである。

 あの日以来、葛城ミサトはズーっと独房に入り浸っていた。まぁ、収監されていたとも言うが(笑)。

 本日、ネルフ保安部の対ミサト班によって司令執務室へ厳重に護送されてきた葛城ミサトは、拘束された状態のまま副司令執務机の前に立たされていた。

正面には六文儀ユイ副司令が座り、その左にシノが、右にリツコが佇んでいる。

「ミーちゃん、何で呼ばれたか判っているわよね?」

ユイの第一声は、常のノホホンとした声と異なり、非常に怒りが篭った声である。

「はぁ、何故ですか?」

ミサトは、本当に判らないのであろう。頭の周りにマークでも一杯飛ばしているかの様に頭を捻る。

「ねぇ、リツコ〜。教えてよぉ。Why? 何でアタシが呼び出されたのぉ?」

リツコは、このミサトの言葉に頭を抱えたい気持ちで一杯であった。

(あれだけの事をやって、罪の意識ゼロなのミサト?!)

自己中の人間は“貴女の行為は間違っている”と幾多の人に言われても、自分が正しいと思っていれば、その行為が間違っているとは思わないものだ。

「あっ!」

そしてミサトは、ユイの隣のシノに気が付いた。

両手両足に確りとミサト専用の拘束具を装着されていた為に指差すことは出来なかった為、文字通り顎でシノを指し示す。

「副司令っ! コイツです。コイツが私を殴り倒して、太平洋艦隊の艦長との交渉を失敗させたんですっ!!

 しかも、私やアスカの手柄も横取りして…」

 リツコは、ミサトのこの言葉を聞き、額に手をやり、体全体で“あちゃ〜”という表現をする。

(もう………駄目なのね。元より庇う気も無いけど………そこまで言っては、誰も貴女の事を庇う事は出来ないわよ、ミサト)

と内心では、溜息吐き捲りである。

 シノは、ただ冷然とミサトを見ているのみ。

もっとも、内心は

(………ばか? 今だ、提督の事を艦長と言いますか………猿でも出来る事が出来ないの?)

なのであるが(笑)。

しかし、シノが呆れている方向性が少し違う気がしないでもないのだが。

まぁ、馬鹿と言っても、ミサトが、そっち方面なのはココのHPの或る意味デフォではあるが(爆笑)。

 そしてユイは、ミサトのその態度に、遂に額に怒りの四辻を浮かべてしまった。

 そんな場の雰囲気を読めずに、ミサトは言い募る。

流石は学生時代、リツコや加持等の極少数の友人以外の犠牲者からは“自己中のミサト”と忌避されていただけの事はある。

「副司令。 早く保安部を呼んで、コイツを独房にでもブチ込んで下さい!」

そして、後方に控えていた対ミサト班でもある保安部員に顎でシノを指し示し、本人は命令(本人主観)を出す。

「ほら、あんた達。私を独房に入れて監視しておくなんて、無駄飯喰らいな仕事をしていないで、早くアイツをブチのめして、独房にでも放り込みなさいよ!

 手足の二三本折っても構わないからっ!!」

 勿論、後方の保安部員は微動だにしない。もし間違って実行でもしたら、保安部員達は一生ベッドとお友達になれる事だろう。

保安部員達は、シノの白兵戦能力を自分たちの日課である訓練中に、たーぷりとその目で見、体で教えられていたのだから。

ミサトには彼らに対する指揮権限はないし、ミサトは拘留者として一切の権限を剥奪中の身分でもある。

此れで動くのは、下僕の日向位かもしれない。しかも、相手がシノなら日向も動かないだろう。

文字通り怖いから。

 ミサトは、その黄色く血走った目をギロリとばかりにシノに向け、ピョンと器用に体の向きをシノに向ける。

「アンタっ! 独房で一ヶ月は臭い飯でも食ってきなさいっ!!」

場の雰囲気を読めない女。葛城ミサトの真骨頂かもしれない。

 この頃になると、シノもリツコもユイも、そして後方で控える保安部員達も、ミサトを見る目の色が変わってきた。

所謂、痛い人を見る憫れみの視線である。

ヤレヤレと言うか、疲れた様な声音でユイは事務的にミサトに告げた。

ユイもリツコも、そしてシノも最近のスケジュールは分単位と言って良いのだ。

「葛城ミサト二尉。今回も非常に、ほんとーに非常に残念だけど、軍法会議も懲戒免職も降格も見送る事になったわ。

 しかし、此れ以後も3日の独房入となります。又、減給10分の3を四ヶ月。

 当然、独房では一汁二菜のみ。アルコール飲料も当然の事の様に付きません」

(メチルアルコールなら出しても良いかも)

ユイの内心に悪魔(天使?)が囁く。

しかし、ミサトならメチルアルコールでも問題なく体内に吸収しそうではあるが(邪笑)。

「貴女がアルコール飲料を持ち込む事は、これまた当然の様に出来ません。

 又、命令、お願いの一切に関わらず、貴女宛にアルコール飲料を持ち込んだ者も処罰の対象となります。

 その辺を弁えて下さいね。変に他人を巻き込まない様に」

 ミサトはユイが言っている事でもあり、一応は神妙に聞いているフリはしていた。

しかし、その内容の半分も頭の中で理解は出来ていないであろう。

何せ、彼女の頭の中では…

独房…ラッキ〜♪ 此れで寝て給料が貰えるわ♪

 ちょっとAV機器が無いのが問題ね。

 必要な物は日向君に持ってきてもらって………

等と妄想を膨らませていたのだ。

視線が定まらず、何か考え事をしている様なミサトを見て、リツコは(コイツまた話を半分も聞いていないわね)と思って、肩を竦め溜息をついてしまう。

「ミサトっ。副司令の話を聞いているの?」

リツコの問い掛けに、ミサトは妄想を中断され現実世界に引き戻された。

「え、えっ、え、何…何、何、何、何、何?」

このセリフを聞いて、ミサト以外の人間は脱力してしまった。

そして司令執務室にいた一同の気持ちはシンクロ率400%であった。


−コイツ、聞いてないな−


「後で書面でも回すから確りと確認するのよ? ミーちゃん」

ユイは疲れた様に言い渡す。そして、汚物を見たくない様に顔を背けると右手をシッシッとばかしに振り、ミサトの退出を督した。

対ミサト班も手馴れたもので、身動きが殆ど取れないミサトにギャグを嚼ませ(独房までの道中が口煩いので)、特殊警棒で膝裏を叩き転ばすと、荷物でも扱う様に台車に載せた。既に“物”扱いである。

 四輪の台車に載せられて搬出され様とした所をシノが呼び止めた。

「そうそう、葛城作戦部長」

その言葉で戸口の中程で台車は停まった。

台車の上で、ミサトはシノに、その黄色く血走った目をギロリと向けた。視線はーなんじゃ、われぇーである。

「当然、独房内でも書類の決裁などは行ってもらいますから。

 日向さんは色々と作戦部と今度来る国連軍顧問団とのパイプ役で忙しいので、保安部の対ミサト班の人達が書類等を運ぶ事になりますよ」

ココでミサトの目論見は早くも崩れた。

下僕の日向マコトが自分の傍に来ないと言うのだ。

早くも、ミサトの自堕落なAVライフは崩れた様だ。

「しかも、今回については私的な面会者は一切認めていません。

 当然、仕事用の面会も保安部の立会いの下で行います」

しかも、下僕のマコトが面会に来たとしても、指示を出す事も必要な物を持ってきてもらう事も無理な気配だ。

うううっうーーーっ。うーーうーーーっ!!(なんですってーーー!くーそーーー!!

口もギャグを嚼まされてしまったので、呻き声しか出せないミサト。呻き声で抗議を示す。

「別に、独房に入っている間の給与は完全カットしても良いのですよ?

 仕事を行わないのでしたら。働かざるもの食うべからず、ですからね」

その言葉に、ミサトの呻き声がピタっと止まる。

ミサトは脳裏に嫌な考えが浮かぶ。

働かざるもの食うべからず…まさか、独房で働いている(フリ)をしないと、食事も出てこないとか

 そんなミサトの考えなど知ってか知らずか、シノは保安部員達へ指示を出した。

「ご苦労様です。 行って良し」

もっとも、働いているフリでは、期日に書類は上がらないので、直ぐにフリがバレてしまうと思うのだが、ミサトにはそんな所までは気が回らない様だ。

 そして、司令執務室に残されたシノ達三人は、ミサトが搬出される後姿を見つつ、“今回もミサトを始末出来なかった”と、重い溜息を吐くのであった。

 

 

 


 


 

 

 


 何故にシノ以外にリツコまで分刻みと言って良い位にも忙しくなってしまったのか?

 まぁ、弐号機の受け入れ作業もあるのだが、此れはリツコにとっては片手間の仕事となってしまった。

事実、マヤに全権を委任した位だ。

何せ、今回弐号機は立ち上がっただけで、具体的な機動は全然行っていないのだから。

精々、LCLのプールから立ち上がってしまったので、機体各所の塩害等のチェックだけであった。

 では、何故か? これがユイなら判らなくはない。ネルフ本部技術部門を統括し、対外折衝等はゲンドウや冬月等に任せているとは言え、六文儀ユイも副司令である。

ネルフ本部の対外的な顔の一人なのだから。

 確かに、現場での技術部門の統括を行っているのはリツコである。日頃から忙しい事は忙しい。

 今は、それに輪をかけて忙しいのだ。

 この忙しさは、シノとリツコにとっては、或る意味自業自得とも言えた。

例の『こんな事もあろうかと』と言う科学者垂涎のセリフと共に登場させた試作品(A.T.フィールド中和兵器)が色々な所に注目されてしまった所為であった。

流石に学会への報告やレポートを有名科学誌に載せる等と言う雑事は、対使徒戦の最中であり機密という言葉のお陰で避ける事は出来た。

しかし、国連や日本政府関係、ネルフ支部関係等へ説明は避ける事は出来なかった。

 何せ、使徒戦が始まって以来、初めて通常兵器で使徒を倒す事が出来たのである。

ネルフ本部以外の各国各機関が血眼になろうと言う物であろう。

 その所為か、OTR(オーバー・ザ・レインボー)が新横須賀に入港し、シノ達がネルフ本部に弐号機と共に帰って来て以来、短期間に三度も本部は襲撃を受けている。

 

 一度は、ネルフ本部そのものを一個分隊規模で襲撃しようとした連中を、今だ集結中の所を市内警戒中のネルフ保安部が撃破した。

直接の犯人は多国籍な傭兵達であったが、雇い主については後の碇総研と航宙軍の調査でお隣の中華な人民の国である事が判明している。

少し先の話になるが、中華な人民の国は、この件で国連と碇財団の経済制裁が行われる事になる。

それに加えセカンドインパクトのポールシフトの影響で凶作が続いていた所為で、万単位の餓死者を出すことになってしまった。

この凶作続きの為と食料配給の失敗により、餓えた民達が『飯をくれ』と政府施設や商店等に食料を求めて襲撃を決行。これが大規模になり内乱に発展してしまった。

更に、内乱が地域の経済格差と言うガソリンを飲み込んで、貧しい地域が富める地域を襲うという内戦に進んで行く。

この国の場合、歴史的に『飯』の為に内戦や内乱になる事は珍しい事ではない。良くある事と言って良いだろう。

この内戦、結局は各地区で独立が行われ、中華な人民の国は分裂する事になる。

それは、奇しくも春秋戦国時代と似た様な版図の国家群を生み出す事になってしまった。

 

 別の襲撃事件では、一個小隊規模でリツコ個人の誘拐を企てたが、シノと紅葉、楓、それにシノの護衛でも或るSBSの分隊に未然に防がれた。

犯人たちは、またもや多国籍な傭兵達。しかし、黒幕はアッラーなア○ブな人達であった。

彼らも自分達の手下みたいなテロ組織は足が直ぐに付くと思い使わなかったのだが、結局バレてしまったのだ。

 後に、黒幕な人達は、捕縛の手を逃れる為に某聖地の黒い覆いの神殿に逃げ込んだが、航宙軍の降陸支援用の艦載兵器で都市毎、衛星軌道上からの艦砲射撃の餌食となってしまった。つまり、某聖地は更地と化したのだ。

当に『メギドの火』。

 この事件について、静観と言って良い程に、国際社会の動きは鈍かった。

ア○ブな国々の国際社会での発言力が低下していた為、国際社会が黙殺してしまったのだ。

まぁ、そのアッラーな宗教に係わっていた者達がテロを多く引き起こしていた為に国際社会で『ざまぁ見ろ!』と言う感慨を生んだのが黙殺の主たる要因ではあったが………。

 ア○ブな国々の国際社会での発言力低下は以下の様な理由があった。

ア○ブな国々は、セカンドインパクトの影響で原油の産出量が減少しており、更に悪い事に、先進各国がセカンドインパクトの国際情勢の混乱と戦乱を良い事に、色々と屁理屈を付けて石油の採掘権を強奪していたからだ。

そのお陰でア○ブな国々は、お得意の石油戦略を発動する事が出来ず、国際社会での発言力は低下してしまったのだ。

その他のアッラーな国々も発展途上国が多く、又セカンドインパクト後の戦乱と混乱の為に疲弊し、各国とも国としての体裁を成していなかった為に、この事件について言及すらなかった。

 ジハード(聖戦)を宣言しようとした聖職者も居たが、その宣言も出されなかった。

教徒が死ぬ分には「殉教者」にして祀ってしまえば良いから聖職者も出せたであろう。

しかし、手の届かない場所から自分達が居る地域諸とも更地にされてしまう恐怖を考えると、それも出し難かった様だ。

結局は、黒幕たちはファトワ(宗教令)により背教者とされ、あの事件は『イーシャラー(神の御心のままに)』となってしまった。

具体的な犯人を生み出す事で、アッラーな人達やア○ブな人達は小さいながらも精神的な安定を得たらしい。


黒いお姫様のコメント:われぇ、ウチの身内によぉも、手ぇ出してくれたなぁ(怒)。お仕置きじゃぁ(激怒)!


あの〜、シノ様(汗)………公的武力の私的運用では無いでしょうか(滝汗)。

 

 最後は、北の偉大なる領導様の命で、一個中隊規模でネルフ要人との交換を狙って、幼稚園の送迎バスを狙ったが、市内を警戒中のSAS、SBS、SEAL’S等の特殊部隊と交戦になり、鎮圧された。

しかも、傭兵を雇う事も無く、自国の兵を使ってである。

シノ曰く「あの国は、ショッカーですか………いや、やっている事は………昔からショッカーそのものですね(はぁぁ〜)」と脱力しきりであった。

 後に、国連は地上の楽園な国に経済制裁を行おうとしたが………セカンドインパクト以来の毎年の飢饉の為に国民に餓死者が出捲くり、兵器もメンテナンス不良で稼動数が少なく軍事的な脅威レベルも非常に低い事もあり、経済制裁発動が取り止められたという後日談がある。

しかし、食糧支援等の国際的な援助も個人レベル以外は行われなくなった為に、地上の楽園は地獄絵図を地上に現出せしめる事になった。

地上の楽園な国は、またもや瀬戸際外交を行おうとしたが、外交カードたる諸施設を衛星軌道からピンポイントで狙撃され更地に換えられてしまっては、如何しようも出来ない。

半島の南側が無理に援助をしようとしたが、セカンドインパクトの影響で経済基盤がガタガタな所で見栄を張って援助した為に、自分たちも二次災害の様に貧困に飲み込まれてしまった。

 この件についても、国際社会はダンマリを決め込むのであった。

先進各国は、南にも北にも煮え湯を多く飲まされてきたからである。因果応報と言うべきか。

 

 頻発した襲撃事件を教訓に、試作品であり且つ使徒にしか効果が無い兵器でもある為、秘匿して襲撃されるよりはと、この試作品については情報の公開に踏み切ったのだ。勿論、情報の機密度は高い為、一般のマスコミ等には公開されないが、ネルフ内だけで秘匿しておく訳ではない。

 お陰で、開発の一端を担っていたシノとリツコに“説明会”と言う仕事が増えたのであった。

 人、此れを自業自得と言う。

 

 

 


 


 

 

 


ネルフ本部司令執務室。


 この忙しい最中でも会議なるものは付いて回る。忙しいから付いて回るのかもしれない、会議というシロモノは。

 今、ピラミッド状のネルフ本部の最上階に位置する司令執務室では、今後のネルフ本部+アメリカ第一支部&第二支部の運営を決めて行く会議が開かれていた。

出席者は、ネルフ本部の首脳陣とも言える、シノ、リツコ、ゲンドウ、ユイ、冬月。それにホログラムではあるが、ネルフ第一支部と第二支部を統括する赤木ナオコであった。

 今現在はナオコが、ゼーレがミサトに御執心な訳を説明していた。

出席者の目の前にはホログラムとは別に空間にスクリーンが投影されていた。

『それで、爺様達がミサトちゃんに御執心なのは、こんな訳があるのよ』

・セカンド・インパクトの生証人を監視し易い様に手元に置いておく事。

・チルドレン達の心を適当に壊す事。

・葛城調査隊唯一の生き残りで、且つ悲劇の主人公である葛城教授(と一般の報道ではなっている)の遺児が対使徒戦の指揮を採ると言うネームバリュー(客寄せパンダとも言う)を得る事。

・単純で使徒への復讐に目が眩んでいるミサトは操り易い事。

・復讐に目が眩んでいる為に他組織と無用な争いを起こしネルフを孤立させ易い事。

『まっ、この位なら説明は要らないわよね』

この位の内容は、ココの出席者には全て理解している事ではある。

しかし、改めて列記されたモノを見てしまうと、頭を抱えたくなるモノではあった。

『結局、例の“始まりの巫女”に爺様達が拘っているのよ(ふぅぅ)』

ナオコも溜息混じりになってしまう。

「(はぁ)しかし、チルドレンの心を適度に壊す…ですか。目一杯壊すの間違いじゃないのですか?」

シノの声音にも溜息が混じってしまう。隣に座るリツコの肩に頭を預けながら脱力感しきりだ。

「昔からミサトは程度と言うものを知らなかったから」

やはり疲れた様な声でリツコが相槌を打つ。

「葛城君のドイツ時代、アスカ君の教官を勤めたのも此れが理由かね」

冬月はミサトの行状を見るに付け、あのミサトを教官にするなど、狂気の沙汰と思っていただけに納得顔ではある。

「しかし、広告塔にはなっていないな(フッ)」

司令席で何時ものポーズでボソリと呟くゲンドウ。

スパーン!

軽快な音と共にハリセンがゲンドウに見舞われる。

「少なくとも、他組織との関係悪化は貴方も一役買っていると思いますよ?」

何処から取り出したのか“ちゃんばらとりお御用たつ”と書かれたハリセンを振るったユイがゲンドウをジト目で見ながら言い放つ。

「ユイ、痛いではないか………」

頭を摩りながら涙目で小さな声で抗議するゲンドウ。ズレたサングラスの間から、目をウルウルさせている顔が見えてしまう。

目をウルウルさせるゲンドウ。結構、インパクトはデカイかもしれない。

 そんな状況を見て、《少しはかわいいかも》と自分の理性では考えられない思いを浮かべてしまったシノ。

身震いをし、そんな恐ろしい思いを振り払う。

(私が、あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…あんなのをかわいい等と…∞(ショック))

しかし、内心のダメージは計り知れないかもしれない(笑)。

幾ら遺伝子を弄くられたとは言え、卵子提供者の遺伝子はシノの中で脈々と息づいている様だ(邪笑)。


 そんなシノの思いを知ってか知らずか、ナオコが話題の転換を図った。

『そう言えば、キョウコの娘のアスカちゃんは如何なの?』

「如何とは?」

シノが普通の声音で答える。

 今現在、チルドレンは司令部直属とは言え、前線での指揮をシノが采る事もあり、シノがチルドレン達の上官的な立場なのだ。

この辺、ネルフ内の規程では非常に曖昧な部分であった。

チルドレンが司令部直属であるならば、司令なり副司令なり、その中間なりが上官になるハズであるが、規程的にはそんな条項は無い。

シノがネルフと交わした契約では、前線の指揮を采る事になっていたが、チルドレンの監督を行う等の契約は交わしていない。

今まではレイを預かっていた事もあり、自然とチルドレンの直属上官的な存在と周りから思われてきた。

しかし、シノの本来のネルフでの職務は査察官であり、しかもネルフ所属ではなく、国連軍所属なのだ。

この辺の曖昧模糊とした組織運営は、非常に日本的と言えた。

シノは本来は軍人であり縦割り社会の人間である。更には、碇財団の総帥であり、企業人且つ組織人でもあった。こういう事は非常に嫌うハズであるが、馴染んでしまう所、シノも非常に日本人的と言わざるを得なかった。

 ナオコはニコニコ顔で質問する。

『性格とか…任務上使えるとか使えないとか…色々あるじゃない』

この辺、7歳位からシノを知っているナオコらしいとも言えた。シノにとって、赤木ナオコと言う存在は、陳腐な言い方をすれば母親代わりみたいな者でもあったのだから。

ユイが言ったのであれば、凍れる視線がシノから返ってくるだけだろう。

 シノは顎に右の人差し指を付けて、小首を傾げる。

「………チルドレン戦死予定一号ですかね」

少し考えて、シノは玲瓏たる声で答えた。

「おいおい、穏やかではないな」

『あらまっ、如何も難物の様ね』

冬月とナオコが同時にシノに聞き返す。

「そんなに使えないか」

 ゲンドウも質問をしてくる。

戦死の確率が高いと言うのであれば、今後の使徒戦でのチルドレンの補充も考えなければならないからだ。そうなれば、ゼーレの爺様達へ申請しなければならなくもなる。

「エヴァの操縦だけに限れば………巧いですよ。流石に10年のキャリアは伊達じゃない、と言った所でしょうかね?

 しかしぃ………使えないというか………ドイツでは何を教わっていたのか(はぁ〜)」

歯切れの悪いセリフと共に、重い…重い溜息を吐いてしまうシノ。

「先ずは、己を誇示する為に使徒と華麗に戦って勝利するという、あの性根が駄目ですね」

シノは吐き捨てる様に言う。そして、会議の参加者達を見ずに、遠い所を見る様に視線を動かし呟いた。

「戦闘なんてものは、もっと泥臭く糞尿臭く血生臭い、下らないものですよ。

 そんなモノに幻想を抱いている様では、現実を知ったときに精神が不安定になり、精神が壊れるだけです」

そして、視線を会議の参加者達に戻して、続けだした。

「それに自分は一番だという考え方を前面に押し出して、他者を見下すのも駄目ですね。

 自己主張と他者を見下す事はイコールじゃありませんからね。

 普通、自他共に認めるトップエースは“他は全て自分の引き立て役”と思っても、それ程は態度には出さないモノですよ。

 ああも全面(誤字にあらず)に出されてはねぇ………。

 あそこまで出されると、人は自分の思った様には動いてくれない。それが判らない。

 尤も、私達チルドレンの前以外では、猫を被っている様ですけど」

溜息混じりにシノは説明する。

 もっとも今の所、アスカはタカピーな態度を取るのはチルドレンに対してだけで、他の所員の前では猫を被っており、大人しい。

それは学校でも同じである。

 因みにアスカは母親のキョウコの願いもあり、シノやレイが通う第一中学校に転校生として、通っていた。

キョウコとしては、“どうも自分の娘は、自分を特別だと思い込み同年輩の子供達を見下している”ので、その辺の矯正を含めて、中学校に通わせたらしい。

 シノは第一中学校でのアスカの態度を思い出して、頭を二三度小さく振った。

他のクラスメートの前では、快活な少女として、猫を被る。しかし、シノやレイだけの時は、そのタカピーで攻撃的な態度が表に出てくるのだ。

今はアスカが大人しいので一安心だが、何時アスカの“あの性格”が他のクラスメートに対して表に出てくるか、シノにとって不安でもある。

アスカのタカピーで人を見下した性格が表に出てきてクラスメートに被害が及んだ場合、同じチルドレンとして、やはりクラスには居辛い物が出てくる。

シノも何だかんだと言いながら、学校生活を満喫してはいたのだ。

普通の人間なら平和と戦争状態を短期間で繰り返すので、精神が壊れる可能性もあるのだが、シノはそう言う生活に慣れていた為でもある。

シノは、アスカの“あの性格”が表に出たときを考えて、ヒカリにアスカの監視と世話(フォロー)をお願いはしている。

しかし、不安は残るものだ。

 シノの説明は続いた。幾多の実戦を潜り抜けてきたシノの言葉は、この様な学者しか居ない場では千金の重みを持つといえた。

「多分、自分勝手に先行して、孤立後に自滅ですかね。

 ドイツでは、軍事的な教練も行ってきたのでしょう?」

そう言うシノに、ゲンドウと冬月は頷く。

「軍事的な教練とは、肉体的な物だけでは無いはずなんですけどね(はぁ)。

 軍隊的な行動とか、指揮権限とか、戦術とか…ドイツでは何を学んできたのやら?(はぁ〜)」

アスカとのシミュレーションを思い出し、溜息がどうしても出てしまうシノ。

「今の彼女では、他のチルドレンは全てアスカの引き立て役であり、サポートであるとしか考えられないでしょう。

 好き放題して、掩護などの尻拭いは全て此方にでしょうからね。

 そうなると、こちらも命を掛けてまでアスカを助け様なんて思いませんよ。

 まぁ、寝覚めが悪い事にもなりかねないし、エヴァ弐号機そのものは使い潰すには、勿体無いお化けが出てしまいますから。

 なるべく助けようとはしますけどね。命を掛けてまではねぇ(はぁぁ)。

 今のアスカでは、我々の足を引っ張っても、我々に利する事などありませんから」

「そんなに、使えないのかしら」

ユイは親友のキョウコの娘であるアスカをそれなりには買っていたのだ。

「煽てたら、木にでも上ってくれますかね?」

そうシノはおどけて見せると、場が少し和んだ。それを見て、シノは真顔に戻る。

「うーん。鉄砲玉ですかね。使うとしたら」

シノは意外な言葉を吐き出した。

「「「「『てっぽうだま〜?』」」」」

 シノ以外の参加者が呆れた様な声を出す。軍人でもあるシノが“鉄砲玉”の様な、その筋の人達の言葉を使うなど予想しなかったのだ。

そんな言葉を無視して、シノは説明を続けた。

「今のアスカに協調だとか連携だとかを望んでも無理です。

 それは、来日してから何度かやったシミュレーター訓練でも証明されています。

 コッチの言う事は聞かないで、勝手に突出してフォーメーションを崩してくれる。

 そうなると、フォーメーションを崩されただけ、他のエヴァも不利な条件になる。

 3機体制でのフォーメーションとは3機で1ユニットと考えますからね。

 アスカの場合、相互掩護が出来る範囲外へと突出してくれますから。

 コッチは、空いた穴を埋めるので精一杯になってしまう。

 それなら、アスカを鉄砲玉と言うかリベロにして、コチラは2機フォーメーションで戦った方が生存確率も上がります」

シノはヤレヤレと言う顔で説明する。完全にウンザリと言った顔だ。

『シノちゃんなら、アスカちゃんが突出しても、それに追従する事なんで、お茶の子さいさいでしょう?』

ナオコが首を傾げて聞き返す。

「追従するなら、レイでも出来ますけどね。そうすると、更にアスカは私達より早く動こうと無理をしてくれる」

はぁ〜、とシノは大きく溜息を吐き、肩を落としながら首を左右に振った。シミュレーター訓練の結果を思い出しているのかもしれない。

「無理をしているので、ちょっとした地形の変化に蹴躓くは、不必要に民間施設を踏む潰すは、と………シミュレーションの結果は散々ですよ。

 今のアスカの状態では、エヴァ3機によるフォーメーションなんて無理ですよ。アスカが合わせないのですから。

 しかも、蹴躓いた責任をコッチの所為にしてくれる。

 見事なばかりの自己中心的、且つ協調性ゼロですね」

「つまり、アスカ君だと周りも巻き込んでしまうと」

冬月は確認する様にシノに問い質す。

「戦術次第ですね。アスカをリベロや囮として使う分には、コチラはアスカの行動の結果での直接の被害を受けるのを極力避けられますから」

シノの返事は、或る意味冷たい。しかし、白兵を含む実戦を生き残ってきた者としては、当然の選択かもしれない。

「でも、痛いですよ」

シノは額に手を当てて軽く頭を左右に振った。

戦力は数の自乗に比例する。ランチェスターの第二法則(集中効果の法則)ですけど、1+2機と3機じゃ戦力として勿体無いお化けが出てしまいます(はぁ)」

最後に又溜息を吐くシノ。

そう、1は幾ら自乗しても1でしかないのだ。

「まぁ、アスカちゃんの事は、この後で相談しましょう」

簡単には解決しない問題に、ユイは此れまでと、アスカの件については現状確認だけに留め、話の打ち切りを宣言した。


「それで、碇査察官」

ゲンドウが何時ものゲンドウポーズで話題を転換しようとする。

「なんでしょう。六文儀司令」

シノも少しは進歩したのか、声音には凍てつかせる程の温度は無い。もっともシノはビジネスライクにと割り切っているだけなのだが。

「第三新東京市への他の国連軍の配備は如何なっている」

「資料は提出していますよ。まぁ、ココで説明するのも良いでしょう」

そう言うと、シノのアンバーな瞳にナノマシンの残光が宿る。

キーボードやタッチパネルの操作をせずに、空間スクリーンに資料が映し出された。

「この様に、明日には漸く国連軍の顧問団が作戦部の梃入れでネルフ本部に入ります。

 今現在、SAS一個連隊、SBS三個中隊、SEAL’S二個小隊が居ますが、此れに加えて、イギリスから第一空挺師団の第二空挺大隊とドイツから第六降下猟兵連隊が第三新東京市に来週中に展開します。

 これで、戦自の歩兵関連の部隊は完全に市内から追い出せますね」

 戦自こと戦略自衛隊は上層部にゼーレの息が掛かっている者が多く、懐に駐屯させておくには怖い存在である。

ネルフ本部自体の対人設備の不備もあり、何時ゼーレの命令で、ネルフ本部へ侵攻なんて事をしれくれるか、判ったものではないからだ。

シノ達は、既に北米や欧州のゼーレの息が掛かっていない憲兵部隊で、憲兵組織を統一し終えていた。

今度は戦自の歩兵部隊を第三新東京市から引き離そうと言うのである。

 シノ自身は、航宙軍の地上部隊である第一降下猟兵軍集団を呼び寄せようと考えていた。

しかし、軍集団である(笑)。数個師団で軍団、数個軍団で軍、数個軍で軍集団なのだ。

そんな大兵力、何処に駐屯させるというのだシノ?

 当然、国連軍上層部でも難色を示している。要は、現駐屯地である欧州各地以外で、急にそんな大兵力を駐屯させておける場所や施設が無いからだ。

もっともシノは、日本に駐屯させておくのでなく、宇宙に置くつもりであった。

降下の名が示すが如く、第一降下猟兵軍集団は、航宙軍唯一の降陸部隊である。

現在は欧州各地に駐屯しているが、本来の任務は敵惑星へ降下し、陸上戦闘を行うものだ。

当然、航宙軍としては、第一降下猟兵軍集団を全装備諸共載せるだけの降陸用艦艇を持っている。

先のアステロイドの戦闘には参加していないので、万全の整備状態といえるコンディションの降陸用艦艇が揃っていた。

それらの艦艇に載せて、衛星軌道上を遊弋させるつもりであったのだ。

もっとも、それに缶詰にされる連中はたまらないかもしれない(苦笑)。

幾ら補給が潤沢にあろうとも、遊弋中は簡単に母なる地球の土を踏む事が出来ないのだ。

これが他星系へ行く途上と言うのであれば我慢する事も出来るであろうが、足元に青い地球があるのだ。

精神的にはかなりキツイものがあるだろう。

 駐屯地の話が出された時、シノは以上の様な説明をしたが、此れは此れで国連軍上層部の頭を悩ます事になる。

軍としては、それでも良い。しかし、国連傘下の各国にとって見れば、如何であろうか?

自分達の頭上に軍集団という大兵力が居るのである。しかも、この大兵力は何時でも好きな場所に攻撃を仕掛ける事が出来るのだ。

気分の良い物ではないであろう。

あれやこれやで、この話は宙に浮いているのであった。

 

 シノの説明が終わると、ゲンドウはゲンドウポーズのまま話し出した。

「エヴァ量産機の建造が始まりそうだ」

シノもそれは知っていたので相槌を打つ。

「ええ、たしか10機でしたかね」

「10機!? 良くそんなお金があるわね」

ユイも呆れ顔で口を挟む。

「天空にセフィロトを描くには、それだけ必要と判断したのだろう」

ゲンドウはポーズを崩さない。その赤いサングラスに隠された瞳では、その感情の動きを判ずる事は出来ない。

『“天空に生命の樹、描かれる時”の一節ね。本当にシナリオに拘るのだから、爺様達は』

ナオコも呆れ顔だ。

「国の三つや四つ…否、六つや七つは傾くぞ」

冬月も額に手をやり、呆れた様に呟く。

「建造する国は判っているが、場所がな…」

珍しく歯切れの悪いゲンドウ。場所が判れば色々と工作のしようもあろうが、場所が特定出来ないので、手の打ち様が無い。

特定の場所であれば破壊工作等も出来るが、国相手の工作だと如何してもネルフ本部単独だと力不足である。

しかも、表向き量産機の建造は“対使徒戦”の為なのだから、イチャモンもつけ辛い。

「コチラでも、航宙軍や碇の諜報組織を使って調べて居ますが…もう少しは時間が掛かると思います」

未だ建造が始まってもいないので、建造場所までは確たる情報を持っていないシノも歯切れは悪い。

何時も会議をリードするゲンドウとシノが歯切れが悪いと、如何にも場が重くなる。

「まだ時間はあります。使徒とて第六使徒までしか来ていないではないですか。

 先は長いのですから、そんなに何も性急には出来ませんよ」

リツコが場の雰囲気を変える様に殊更力強く言う。

「リっちゃんの言う通り、此れからですよ」

リっちゃんナイス!とユイは思いながら、明るく言う。

 そして、未来に対する漠然たる不安を皆が持ちながら、会議は終わるのであった。

 

 

 


 


 

 

 


 そして、翌日………。


 ネルフ本部第二大会議室。


 今度、第三新東京市へ進駐してくる国連軍の第六降下猟兵連隊や第二空挺大隊、国連軍顧問団の主立った将校達が、先乗りとしてシノへ挨拶と簡単な打ち合わせに来ていた。

シノは、其の中に意外な人物を目にしてしまい、若干当惑気味であった。

「それで、何で爺様が此処に居るのかしら?」

シノは国連軍顧問団の先頭に立つ、痩身の壮年の男を白い目で見遣る。

シノの記憶の中では、その壮年の男は何時も無精髭を生やしていたが、今日は何故か綺麗に剃られていた。

「何、ハイテだけでは不安なんでな、お嬢」

“爺様”とシノから呼ばれた男は、何事も無いかの様に答える。

「第6降下猟兵連隊連隊長だけだと不安ねぇ…。

 それで、第1降下猟兵軍集団軍集団司令官自らご出馬ですか………。

 余程、第1降下猟兵軍集団はお暇と見えますね、ヘルマン・ラムケ准将殿」

 ラムケと呼ばれた者の後に控えていた第6降下猟兵連隊連隊長であるヴィルヘルム・アウグスト・フォン・デア・ハイテ大佐は、この遣り取りが開始されるやいなや胃の付近を両手で押さえてしまった。

「いやいや、今回、俺はハイテに付いて来ただけだよ。団長は別に居るぞ、シノ・イカリ少将殿」

シノの嫌味をしれっと返すラムケ。伊達にシノと共に星海の先で血泥を被り陸戦をしてきた訳ではない。

その言葉に、ハイテとは別にラムケの後に控えていたフィリップ・ヒックス大佐は、なんとも言えない風に苦笑しつつ、シノに頷いた。

ヒックス大佐が顧問団の団長殿だったりするからだ。

「付いて来ただけですか? 本当にぃ?

 それに、私は、まだ准将ですよ」

「内示は出ただろう?」

「それを言うなら、貴方もでしょう? ヘルマン・ラムケ少将殿」

 シノとラムケにとっては別段嫌味を言い合っている程の積もりはない。

まぁ、じゃれあっている様なモノである。しかし、周りに与える影響は、そうではない様であるが。

 一頻りじゃれあったラムケは態度は変わらねど、雰囲気を本気モードに一変させてシノの方を確りと見た。

「まぁ、俺は明後日にでも司令部駐屯地のレーゲンスブルグに戻るけどな。お嬢と今後の事について、話し合わないとならないし」

「そうですね。此処の防備についても相談したいですしね」

そうシノは言うと、ラムケの後に控える将校達を見回す。

第六降下猟兵連隊連隊長のハイテ大佐、その指揮下の各大隊の大隊長であるシュタイナー中佐、ノイマン中佐、ゲーリゲ中佐。

第二空挺大隊大隊長のジョン・フロスト中佐、その指揮下の各中隊の中隊長であるワータ少佐、クローリー少佐、ドウヴァ少佐。

国連軍顧問団のヒックス大佐、その指揮下にあるマッケンジー中佐、バーロウ中佐、フィチ中佐、ドウビ中佐、リー中佐、マカーディ中佐。

シノにとっては、各人とも顔馴染みである。ある者はラムケと共に星海の先で一緒に血泥を被り、ある者は地球上での平和維持活動と言う美名の鎮圧活動で砲煙弾雨の中を掻い潜った仲である。

 この辺は、国連軍上層部もシノに気を使ったと言って良いであろう。

ゼーレ派の部隊を送り込む事は出来ないのは当然である。何の為に戦自の歩兵部隊を第三新東京市から追い出すのか判らない事になってしまうからだ。

それ以外に、シノの顔馴染みと言うのが重要なのだ。

有事の際に、シノの指揮下に入ったりした際は、指揮等がスムーズに行う事が出来るからだ。

ましてや、国連軍顧問団は、有事の際はシノの幕僚団になる事が想定されていたので、人選は念入りだったと言えるかもしれない。

 人は最初に人物鑑定をする際には、見た目を重要視する。

シノは、それなりに有名人ではあるが、年齢は算えで14歳。オーラと言うか雰囲気は、とても子供とは思えないのであるが、見た目は完全無欠な少女である。

始めて会った人は、見た目と肩書きが釣り合わない為に、大抵は“なんだコイツ”となってしまうのだ。

シノ自身は、こんな状態に“慣れていた”のだが、仕事をする上では拙い事が発生する事も多かった。

簡単に言ってしまえば、シノの言う事を聞かないのである。

 軍隊とは上意下達ではある。しかし、人間とは感情に支配されやすい。

ドタバタとした時程、感情に支配され易いのか“こんな奴の命令を聞いて良いのか?”となってしまうらしい。

そう言う意味でも、今シノの目の前に居る者達は国連軍上層部が“気を使った”人選の結果であったのだ。

 シノは一同を見回すと、納得したかの様に一頻り頷く。

「お嬢。防備と言われても…使徒相手では、我々降下猟兵は何も出来ませんよ」

学者然とした風貌のハイテ大佐が疑問を呈する。

「教授。使徒相手じゃないわ」

シノは、そう言うと頭を左右に振った。因みに“教授”とはハイテの愛称である。

「全ての使徒を殲滅後に、必ず起るであろう人との戦闘の事。

 下手をすれば、援軍が来るまで、此処でスターリングラードやアーンエム、最後はイオージマやオキナワを行わなければならないかもしれないわね」

つまり、シノは此処(ネルフ本部を含む第三新東京市)が攻められた際は、市街戦を行い、最後はジオフロントに籠城すると言っている様なものなのだ。

「最後はバグ陣地ですか…空挺の仕事ではありませんな。

 差し詰め、お嬢は頭脳蜘蛛ですかね?」

フロスト中佐が英国人らしいジョークを飛ばす。まぁ、空挺とは攻撃兵種であって、守備兵種ではない。

「せめて、女王蜘蛛と呼んで欲しいわね。

 今回の場合は、後詰の救援は当てに出来るので、イオージマやオキナワの様にはならないと思うけど。

 尤も、そこまで行かない様にするのが私や国連軍上層部等の軍政にも係っている将官の給料分の仕事なんでしょうけどね。

 常に最悪の事態が起る事は考えないと拙いでしょう?」

シノはフロスト中佐のジョークに顔色一つ変えずに答える。

そして、“そうそう”と言いながら、手を拍った。

「フロスト中佐、あなた達用の看護士のコスチュームは、やはりシスターの修道服の方が良いのかしら?(くす)

 何処の会派の奴でもお望みの物を取り揃えますよ?(くすくす)」

シノも笑みを含みながらジョークを飛ばすと、参加者一同と具体的な話し合いに入った。

 

 

 


 


 

 

 


 数日後、リツコは先の第六使徒戦の分析の纏めを一人でしていた。

マヤ等にも行わせていたのだが、やはり纏めとなると自分で行わなければならない。特に今回の様な場合、例の試作品の分析も行っていたので、尚更であった。

 MAGIは如何したと言われそうだが、MAGIは道具でしかないのだ。

幾らMAGIが人工知能であり判断能力もあるとは言え、最後は人間の判断に委ねられなければ、色々と拙い事も出てくるだろう。

特にMAGIの場合、人工知能が精緻を極めている為に判断保留等と言うケースも出てくる。

そう言う訳でリツコ自身が纏めているのだ。

 しかし、面倒臭い(笑)とリツコ自身も思わないでもない。

今は最後の考察と提言の段階である。キータッチが早い事では定評があるリツコでも、考えながらではキータッチも遅くなろうと言うモノである。

 そんなリツコを背後から突然抱きしめた者がいた。

「………少し痩せたかな?」

一瞬身を強張らせるが、声から相手が判ったのか、力を抜く。

「そう?」

「悲しい恋をしているからだ」

リツコの素っ気無い返事に、背後から抱きついた男、加持は甘い言葉をリツコの耳元で囁く。

しかし、結構リツコの内心では沸々と怒りが湧き上がっていた(笑)。

(ここ数年は会っていないと言うのに、人の体重でとやかく言って欲しくないわね)

抱きつかれた事ではなく、体重の事でツッコミを入れてしまうのは女心と言うものなのだろうか。

「…どうして、そんな事が分るの?」

無難な受け答え。しかし、声には剣呑な色が混じりだす。

因みに、シノとリツコの間は至って順調である。

「それはね…」

そんなリツコの声音等無視するかの様に、甘い言葉をリツコの耳に囁いていた加持は、リツコの顔を自分の方に向けさせる。

「(フー)泣黒子が有るからですか?」

突然、加持の耳に息が吹きかけられ、少女の玲瓏たる声で囁かれる。

 ビクッと体を震わせて後を振り向く加持。ハッキリ言って顔色が急速に悪くなる。

(背後を取られた? 気配を感じられなかったぞ)・・・(汗)

背後には、シノがブリーフィングケースを胸に抱える様に持って、御付の少女達と立っていた。

「こんな所で、口説くつもりですか?

 それに、お相手が居る女性を口説くのも、どんなものでしょうね?」

右手の人差し指を顎に突けながら、小首を傾げるシノ。

何時もの玲瓏たる声だが、内心は−われぇ、ワシのおんなに手ぇ出すたぁ、如何言う了見じゃ!!−である。

流石にシノから濫れ出す怒気には加持も気付いたらしい。リツコから顔を離す。

それに、とリツコが繋げる。

「それに、怖〜い、お姉さんが見ているから」

言われて加持がそちらを見ると、ミサトがガラスに貼り付いて、此方を睨んでいた。

余りにくっ付き過ぎたのか、口がガラスに貼り付き、世間一般で言う所の鱈子唇になっている。

さらに、楓が言い放つ。

「マスター、この方、痴漢さんですか? 別に恋人でも無いのに抱き着いて?」

紅葉も追撃。

「それとも、白昼堂々の婦女暴行ですか?

 あの赤毛露出狂娘(第五話後編参照)と言い、この人と言い、変態ばかり。

 ドイツ第三支部は、厄介払いしたのではありませんか? 主様」

「それは、大いにありうる事ですね」

シノも容赦が無い。

それらの言葉に大いに顔を引き攣らせつつ、加持はリツコに巻き付けていた腕を解いた。

「お久しぶり、加持君」

「や、暫く」

何事も無かったかのように、久闊を叙するリツコと加持。ミサトは憤然として部屋の中に入ってきた。

「しかし、加持君も意外と迂闊ね」

とリツコは、シノの件も含めて揶揄する。

「こいつのバカは昔からよ!…アンタ、弐号機の引き渡しが済んだんならサッサと帰りなさいよ!」

とミサトが怒鳴る。

「委員会から本部への出向辞令が出てね、ここに居続けだよ。また三人でツルめるな…昔みたいに」

と柳に風の加持。

「誰があんたなんかと!」

ミサトは、そう言い返すが、リツコはダンマリである。

しかし、リツコも内心では

(誰があんた達なんかと)

と思っていたりする。

 シノは、三人の様子を見ながら、ハァー、と溜息を吐き、改めて加持とミサトを半眼で脇見しながら“類友ですか”と呟く。

 シノは、ミサトの方を見ながら、又、溜息を吐いて、何でココにいるのかを問質し始めた。

「葛城二尉。まだ、書類整理は終わった………終わる訳は…ないですよね? 又、日向二尉に押し付けたんですか?」

加持に夢中で気が付かなかったのか、今シノに気付いたとばかりに、ゲェッと言う顔をするミサト。

「あんたに、関係ないでしょうーがぁっ」

「…馬鹿? 私が折角、注意だけで済まそうと考えていたものを。

 査察関連のレポートに、作戦部長の勤務態度を書き加えても良いと仰るのですか?」

それに、とシノは続けた。

「日向二尉にご自分の書類を押し付けるのは禁止でしたよね。あれは、独房内だけの事ではありませんよ?」

そういうと、腰に下げてある携帯電話を取り出す。

「青葉さん、日向さんの所に行って、葛城二尉が処理しなければならない書類があったら、全て回収して下さい」

『──────』

「忙しいのは判っています。しかし、保安部を動かすと大事になりかねませんから」

『──────』

「ええ、日向さんに“貸し1”が付こうが、それが2になろうが構いませんので」

『───』

「それでは、お願いします」

そう言い、携帯電話を切ると、腰に戻した。

「余り書類を溜める様なら、又独房で書類仕事をしてもらいますよ?」

 加持は、今までのミサト行状を確とは知らない。

その為もあり、シノの言動にキツイものを感じざるを得なかった。

もっとも、ネルフ本部では、ミサトに対してそう思う人間は、加持を含めて二人だけであろう。

加持がシノに対して何か言おうとした時、壁の赤色灯が点灯し、警報がネルフ本部に鳴り響いた。

 

 

『警戒中の護衛艦<はるな>より入電。“我、紀伊半島沖ニテ巨大ナ潜航物体ヲ発見。データ送ル”』

 その日、護衛艦“はるな”は、呉でのドック入りを終え、新横須賀の母港へ帰港しようと、紀伊半島沖を航行中であった。

三群(第三護衛隊群)所属の護衛艦“はるな”の母港は新舞鶴である。本来なら新舞鶴のドックに入る所なのだが、使徒戦が目前に迫っているという情報もあり、たまたま空いていた呉のドックで定期補修となったのである。

そして、使徒戦の勃発である。太平洋方面への戦力増強の為に、護衛艦<はるな>は、新横須賀を母港とする一群(第一護衛隊群)へ配置換えとなったのであった。

この航海は只の回航といった物ではなく、使徒戦勃発を受けて、哨戒と実戦訓練という側面も持っていた。

 ネルフ本部への第一報の15分前に“はるな”のソナーマンは、聞きなれない水中音を捕らえていた。

「こちらソナー、5時の方向に感1。進行方向は本艦と同じです」

連絡先の艦橋から聞き返してくる。それは、そうだろう。報告には相手を特定していないのだ。

相手が潜水艦であれば、大概の艦はクラス名から個艦名まで特定されるからだ。

それだけの音紋データの蓄積が自衛隊時代から積み重ねられているのだ。

『こちら艦橋。相手は何なのだ? 特定できない訳ではないだろう?』

「こちらソナー。それが特定できないのです。初めて聞く音です。強いて言えば、鯨等の大型海洋生物の泳ぐ音に近いですが、それとも違います」

艦橋に詰める当直でも判断をしかねるのか、返事は中々に帰って来ない。

「こちらソナー、相手の速度は55ktと推定」

ソナーマンからの報告は別の所からの返事で返された。

『こちらCIC。総員戦闘配置に着け。

 ソーナー、ピンを撃て』

訓練時間が近い為に、CICに降りていた艦長が乗員を戦闘配置に着かせると同時にアクティブ・ソナーの使用に踏み切ったのだ。

「アイ。ピンを撃ちます」

そして、先の報告がネルフ本部にされる事になった。

 後の公刊戦史では、<はるな>の使徒発見の時を持って第七使徒戦の開始と記される事になる。







To be continued...


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