けいまいストーリー

01 使徒、襲来

第壱話

presented by sin様


01


死んでいる。
そう表現するのが、一番合っていると思われる場所に、僕たちはいた。
街が、死んでいる。
常夏の国に華麗に変身してくれやがった我らが日本の国に、本日神の平等のごとく降り注ぐ、嫌みなまでにきつい日光が、死んだ街を照らしている。
なにやら聞いたこともない注意も耳元から流れているし、はっきり言ってどこか全く知らないところに来てしまったのではないかと錯覚するほどに、目の前の景色は異常だった。
誰もいないのだ。
誰一人として、自分たち以外の人間を見かけない。
深夜なら、まだ納得もできる(もっとも、今後首都となるこの都市の駅前がそうなるとは、とてもではないが思えないのだけど)。しかし、今は真っ昼間なのだ。お天道様が一番張り切っている時間帯なのだ。
なのに。
誰もいない。
それが当たり前の光景であるかのように。誰もいない。
人がいない。息をしていない。
故に、死んでいる。
まぁ、もっとも。
理由ははっきりしているのだ。
特別非常事態宣言。
だ、そうだ。この受話器から流れてくる自動音声曰く。
つまり、真実異常事態らしい。
我ながら隣で聞いていれば憂鬱になるくらいの重いため息を吐いて、受話器を少し乱暴気味に置いた。公衆電話から一歩引いて、後ろを振り返り、こちらをじっと見ていた妹に顔を向ける。
僕の顔に浮かんだ表情から理解したのか、やや落胆の色をにじませて、この妹にしては珍しい、困惑したような、焦ったような声を漏らした。
「駄目だったみたいね」
「ま、ね。さてどうする? なにやら、シェルターって所に行かなきゃいけないらしいぞ」
「なに? シェルターがあるなんて穏便じゃないわね。戦争でもしようというの?」
「さぁね、ま、とにかくこんな事態だ。親父さんも、この葛城って人もさすがに迎えには来てくれないだろ」
「で、しょうね。残念だわ。なるべく早く成し遂げたかったのに。・・・・・・そういえばお兄ちゃん、この音、気づいてる?」
「音って、この爆音に気づかないのは難聴の人か、死人くらいだろうな」
「えぇそうね。まるで戦争をしているかのような爆音が聞こえるわよね。すぐ側で」
人が考えないようにしていた事を、この人の悪い妹はずけずけ遠慮なしに言ってくる。まぁ、今更遠慮なんてされても困るのだけど。
 そんな妹に文句の一つでも言ってやろうかと口を開いた瞬間に、今までに聞いたこともないような爆音を僕ら二人に叩きつけて、戦闘機があり得ないほどの低空飛行で頭上を通過していった。
 おそらく、口を開けた状態で固まった僕がおかしくて、口を押さえて笑いをかみ殺しているんだろうが、とてつもない音量に目を白黒させて直立で硬直してたおまえも、なかなかの見物だったと思うぞ。
 かなり厳しめの衝撃から立ち直って、妹に呼びかける。
「どうやらマジで戦争してるっぽいな。シェルター、探すぞ」
「え、えぇ。そうね。そうよね。早く行きま――」
 僕の声で正気を取り戻したのか、どもりながら飛んでいった戦闘機から目を離してこちらを振り向いた妹が、再度硬直した。
 それも、先程の数倍はおかしい顔でだ。普段あまり表情に変化を起こさない妹だけに、さすがに命の危機でも迫っているかと、後ろを振り返って、再度硬直した。
 自分の顔を見るなんて、尋常ならざる技は持ってないので、あくまで憶測なのだが、今僕の顔は一芸人として売り出せるほどに変な顔をしているはずだ。
 いや、それも仕方ないと思う。僕は光の国からやって来た巨大宇宙人の世界に迷い込んだつもりはないのだ。だというのに、何度見直してもあれの姿は消えるどころかより鮮明に、鮮やかに見えてしまうのだ。
 こう、何というか、子供が油粘土でで作った人間のような奴が、さっきのと同じ形をした無数の戦闘機と戦闘を繰り広げていたのだ(戦闘というよりかは、五月蠅い蠅をたたき落としてるかのようだが)。
「お兄ちゃん、私、いつの間にウルトラマンの世界に迷い込んだのかしら」
 せめて伏せ字を使ってくれ! 何かあったらどうするんだ!
 いやしかし、全く同じ事を考えているとは、兄妹であることを改めて確認させられたような気がした。
「と、とにかく急ごうか、まだだいぶ離れてるけど、もたもたしてたら踏みつぶされそうだ」
「そ、そうね。急ぎましょう」
 が、僕たちは三度硬直せざるを得なかった。
 人は、予期せぬ場面に遭遇すると、瞬時には行動できなくなるらしい。
 さすがに僕ら二人とも一般の平々凡々とした、只の男子高校生と女子中学生であって、戦闘機が黒煙を上げながら墜落してくるといった場面は初めてであった。
 だから、とっさに動けなかったことは攻められるものではないと思うし、責任も感じてはいない。
 なんて、脳内で言い訳をうだうだと並べ腐っていた僕はもとより、あまりの事態に完全にフリーズしていた妹が反応できなくとも仕方ないと思う。
 凄まじいドリフト音に。
 僕たちの目の前に墜落し、爆発した戦闘機と僕たちとの間に食い込んだ青い車体。
 爆煙からの盾となった、車。
 アルピーヌ ルノーA-310。
 運転席のドアを開けて、顔を出した女性は、この場に似合わぬ、ひどく暢気な声で、僕ら兄妹に話しかけた。
「お待たせ!」


02


「碇シンジ君に碇レイカちゃんね」
「ええ、まぁ、そうですが。あなたが葛城さんですよね」
 問いかけるというよりは、確認するという感じで葛城さんに向かって言葉を投げる。そうよん、と強烈な出遭いの時と同じく軽い感じで受け答える葛城さんは、そのまま、「ミサト、でいいわよ」とのたまいやがった。僕は先程とはうって変わって、一言も喋らず無表情で固まった我が妹である碇レイカに目を向けた。レイカは僕の視線に気付いたようで、何を思っているかは解らないが、首を振って葛城さんの言葉に否定の意志を示した。……まぁ、葛城さんの言葉を聞いているという証拠は得られたか。レイカが心の許していない人に反応を示さないのは今更だしな。
「いえ、このまま葛城さんと呼ばせて頂きます」
「あら、そぉう? ふうん……」
 表情を思いきり不機嫌に歪め、目線を機嫌が悪そうに逸らす。思えば、僕らは後部座席に座っているわけで、葛城さんは運転席に座りながらこちらを向いていたんだよな。……なんて危ない事しやがる。て、いうか、こちらも彼女に対して不機嫌になる理由はあるぞ。と、まずはその前に――。
「ところで葛城さん。葛城さんとうちの父の関係はどんなものでしょうか」
「え? そうね、仕事の上司と部下よ。国連所属の特務機関、ネルフ。その総司令があなた達の父親、碇ゲンドウ。私はそこで一つの部署を率いてるの」
 ほう。ずいぶんとまぁ簡単に話してくれるものだ。それくらいは話してもいいのか、ただ単にこの人が抜けてる阿呆なのか、あるいは何か目的でもあるのか……。いや、三つ目の可能性はいくら何でも無いだろうけど。ああ、もしかしたらあるかもだけど……、二つ目かな、うん。
「それじゃあ、あなたが僕らの迎えに来たのは父からの命令ですか?」
「ん、あぁ、そうじゃないわ。私が立候補したの」
「でも父からの命令が出てたんですよね」
「えぇ、まぁ……」
 自慢げに、恩を売るような、まるで自分が頼れる人間だというのを誇示するかのような発言を即切り落とし、なおも確認するようにいう僕に、葛城さんはきまり悪そうに、言い難そうに答えた。
 ふ、言質は得た。悪いが僕の恨みは消えていないぞ。二時間の遅刻は重いからな。



 その後、使徒なる、人類の敵の話を聞いたりしつつ、人類の造り出した核兵器に変わるN2兵器なるものが、(軍事関係には明るくないんだ)僕ら人間に牙をむいたことに怒れる葛城さんを宥めつつ、放置してあった車のバッテリーを葛城さんの「これでも国際公務員だから」という、意味不明な暴論を振りかざし拝借しつつ、さっき聞いたネルフのパンフレットを渡されつつ(レイカはパンフレットを一瞥もしないまま車外に放り投げた。しかし機密扱いなのはなぜなのだろうか……)、葛城さんの案内でネルフを闊歩し、
 迷っていた。
「……葛城さーん」
「なーにー」
「ここ通ったの4回目ですよねー」
「や、やーねぇ!そんなわけないでしょ!?ほ、ほら、ここってどこもおんなじ作りだから、そう感じるだけよー!」
 めちゃくちゃ怪しかった。
 ていうか、4回目だよ。このエレベーター前を通り過ぎるのは。
 その間もレイカはずっと黙っていた。どうやら葛城さんが相当気に入らないらしい。知らない人の前でも、僕とくらいは多少しゃべってくれるのだが、なんだ? 性格が合わなかったのか? それとも僕と同じく、2時間遅れで到着したことに起こっているのか? あー、レイカは僕とは比べものにならないくらい陰湿だからなー。見た目が黒髪ストレートで、長すぎる前髪で目を隠してる上に控えめで滅多にしゃべらないってだけでもあれなのに、性格が陰険で、やり方が陰湿で、毒舌混じりって、どんだけ根暗な奴なんだよ。妹の将来が善良な兄として心配だ。
 それはともかく。
 なぜにネルフ内に連れてこられたのだろうか。親父殿がまだ仕事中だからか? それなら僕らのことなど後回しでかまわないんだけどなぁ。なんだろう、早く会いたいのか? ……うん、気持ち悪い。レイカも何か用があるみたいで、それ以外はどうでも良さそうだったからなぁ。それを知ったら親父殿は悲しむだろうか。と、聞かれれば答えはおそらくNOだろう。それは間違いない。あの男がそんなこと、思いつくことすらないだろう。考えることすら、しないだろう。あの、子は親の道具だと考えている男には。
 まぁ、それはそれとして。
 じゃあ――まさかとは思うが、僕らを何かに使おうとしている? うーん、あり得なくはないのだろうけど、そんなアニメみたいなことがあるか? ……いや、巨大生命体はいたけど。地球防衛軍はまだかねぇ。
 とか何とかくだらないことを考えているうちに、葛城さんは、「システムは使われてこそ――」たらなんたら言い訳を並べて、どこかに内線電話を掛けていた。どうやら迎えを呼ぶらしい。じゃあ何で迎えに出るのを立候補したんだとか、そんな物があるなら始めから使え、なんてことは言わない。ネルフの色んな所も見れたし(さすがにもういいけど)、今更この人を怒らせるのも、なんだかねぇ。ただ、睨むことくらいは許してほしい。葛城さんと同じく、言い訳を頭の中で展開しながら、葛城さんのけばけばしいくらいの後ろ姿を睨み付けて(たまに居心地が悪そうに身を捩らせている)待つこと数分。チンと軽い電子音が鳴って、エレベーターのドアが開いた。
 ドアの向こうには金髪の女がいた。
 眉が黒いので髪は染めているのだろう。目元は凛々しく、けれど泣き黒子がそれを和らげている。そんな美人だった。
 白衣に水着の新革命でなければ。
 いったいどうしたというのだろう。
 冷たい目。クールビューティー。しかし水着。
 白衣。知的な印象。しかし、水着。
 なんだこの倒錯的な格好は――!?
「遅かったのね、ミサト。なにをやっていたの? この忙しいときに」
「ゴメンゴメン、リツコ、ちょっちね」
「また道に迷ったわね……全く、時間も人手も足りないんだからグズグズしている時間はないのよ」
 ピクリピクリと、眉を引きつらせて、諦めたように重いため息を吐く。察するに、あまり短い付き合いではないのだろう。葛城さんの人間性にはすでに諦めがついているらしい。それでも、怒りの兆候があったのは、言葉通り、それほど忙しいのだろう。――使徒と関係ないということは、ないだろう。ここが使徒迎撃組織であるなら。
 では何故、そんなところに僕ら部外者を?
 そんなこと、ちょっと常識を抜かせば、誰にでも考えつくよなぁ。
 そのちょっとが、難しいのだけれど。
 しかし、また、ねぇ。どうやら、道に迷うのは葛城さんにとっては日常茶飯事らしい。――だからなんで立候補したんだよ!
「それで――そちらの子が、例の――?」
「そ、マルドゥック機関が選出した、サードチルドレン」
「そう……。宜しく、碇シンジ君、レイカちゃん。わたしはE計画担当の、赤木リツコよ」
「はぁ、どうも、碇シンジです。…………、ほら、レイカ、握手くらいはして、あ、すいません。こいつ、仲のいい人以外とは絶対しゃべらないんですよ。いや、無反応と言った方がいいのかな」
 そう、と赤木さんは、知っていましたというようにまるで気にせずに「お父さんに会う前に見せたい物があるの。ついてきて」と、エレベーターに乗り込んだ。ついでに言えば、名前で呼ぶのを断ったときも気にしてなかったな。
 しかし、これで、ようやっと持論が確定した。
 マルドゥック機関。
 サードチルドレン。
 非常事態宣言。
 使徒の進行。
 見せたい物。
 これに加えて、ネルフが使徒迎撃組織だというのなら、これでこの確率にたどり着かないはずがない。
 僕かレイカかはわからないが、ネルフは使徒迎撃において、僕ら兄妹を必要としている。
 あー、ほんとう、おもしろくなくなってきたなぁ。



To be continued...
(2010.07.03 初版)


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