けいまいストーリー

01 使徒、襲来

第弐話

presented by sin様


03


 0.000000001%だとか。
 初号機だとか。
 起動するたらしないたら。
 どうやら、その初号機なるものが、使徒迎撃に必要らしい。まぁ、おそらく、兵器の型番だとは思うのだが、なんだ、起動確率0.000000001%っていうのは。未完成なのか? だとしても低すぎやしないだろうか。いや低すぎるだろう。いくら僕が軍事関連に詳しくないからってこれくらいはわかる、まず起動しない兵器なんかは存在しないって。それはもはや兵器ではない。只の模型だ。ただ、初号機と言っているあたり、もしかしたら、本当に試作機なのかもしれない。しかし……、僕の推測通りなら、その兵器を操るのは――もしくは起動に必要か、操縦に必要か――僕ら兄妹のどちらか、あるいは両方。何度考えても正気かと思うが、間違いないだろう。……大丈夫なのか?
「暗いわね、お兄ちゃん。……省エネかしら」
 ようやく言葉を発したレイカの声で、ふと我に返る。レイカの言葉通り、一寸先すら見えない所を歩いていた。…………あれ、いつの間にこんな所に? 全く覚えがない。
「あ、あぁ。省エネは大事だよ。使ってない部屋の電気を消しておくのは常識ね」
「……貴重なエコ知識をありがとう。何を言っているの? お兄ちゃん」
 ……ほんと、何を言っているんだろう。
 呆れたような、憤慨したような空気を滲ませながら、赤木さんがこちらを振り返って、
「待ってて、今、明かり点けるわ」
 と言うと同時に、眩しいくらいの電気が一斉にともった。どうやら白衣のポケットの中に電気をつけるリモコンを持っていたらしい。白衣のポケットに突っ込んだ手が動いたのを僕は見逃さなかった。もっとも、電気がついた直後の話なので、確証はないが。
 かくして、御対面となったのは、
「……なんだ、これ」
 はじめに判別できたのは、紫の色。つづいて、黄色や緑のライン、窪んだような闇色の黒。一歩下がって、それでもまだ全体が見えない、けれど、やっと何かは解る。
 顔。
 巨大な、顔だった。
「お兄ちゃん、これ、顔ですよね? うわぁ、なんて悪趣味な」
「あー、多分、そうだろうね。なんすか? これが、対使徒迎撃兵器ってやつですか?」
 これが、初号機。
 これが、僕らに関係してくるナニか。
「そう、これが人の造り出した究極の汎用人形決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。我々人類の最後の切り札よ」
 人造人間――!?
 これが、人間!? いくら人造だからといって、このサイズに、この顔はないだろう。頑張って鬼といったところか。しかし、人造人間と言ったからには、ロボットのように乗り込んで扱うのでは無く、遠隔操作か、あるいは自律稼動か。僕らが必要なのは、こいつの制御か? アニメのセオリーならそんな感じなのだけどなぁ。
「はぁ、まぁ、見せたい物とやらも見た事ですし、そろそろ父の所にですね……」
「そうだ」
 話が噛み合って無かった。いや、ていうか、今のは誰の声だよ。上から聞こえなかったか?
 上から掛けられた声に反応して見上げると、
「久しぶりだな、レイカ、シンジ」
 鬚達磨がそこにいた。
 うわ、前にも増して悪人面になってやがる。将来僕の顔があんな感じになる可能性が有るかと思うと、ホントに鬱になりそうだった。あいつの遺伝子が恐い。今の所は母さんの遺伝子が濃いのか、僕の顔は女っぽいが。美人だった母さんに感謝だな。悪人面よりかは、女顔の方が万倍ましだ。しかもあの野郎、僕の方を後に呼びやがった。いや、別にそんな事をいちいち気にする僕じゃ無いが、あの野郎は昔から何かとレイカを見る目が怪しかったから、ついつい過敏に反応してしまうのだ。そりゃあレイカは母さんに似てなかなかの美少女だ。前髪に隠れた目も、実はパッチリしてて大きいし、中学生にしては、発育のいい方だ。もしあの親父がロリコンなら、本当に危ないかも知れない。いや、ロリコンだと発育のいいレイカはセーフなのか? ああ、ほんと、どーでもいいんだけど、レイカの将来を心配すると、ねぇ。僕ってシスコンか……? レイカがブラコンだと言われているのは知っているが、僕がシスコンだと言う噂は聞いた事が無いな。…………今は、脇に置いておいて。
 それで、その変態親父は、
「フッ、出撃」
 と宣いやがった。(しかも鼻で笑って、だ)
 その言葉に、まず葛城さんが食い付いた。
「出撃!? 零号機は、凍結中でしょ?」
 と、なにかに気付いたように、初号機の方を見て。
「まさか、初号機を使うつもりなの?」
 何故か、赤木さんに抗議していた。あれ、ていうか、あんた、さっきエレベーターで初号機が起動するか赤木さんに聞いてなかった?
「他に道は無いわ」
 赤木さんは当然のように答えていた。
 それを聞いて、赤木さんを睨むように見据える葛城さん。しかし、何故に葛城さんが文句を言うのだろう。流れ的に言えば、それ、僕らの役目じゃねえ? あ、まだ、僕らが関係有るとは言って無いか。どう考えてもありありなんだけどね。
「ちょぉっとぉ! レイはまだ動かせないでしょ! パイロットがいないわよ!」
どうやら、レイ、と呼ばれる人物が、僕らと似た立場にあるらしい。しかし、パイロットねぇ――、人間だからなぁ、遠隔操作できる人間、ってところか?
「さっき届いたわ」
 だと思いました。
「……マジなの?」
 赤木さんは、葛城さんには答えずに、俯いていたレイカに顔を向けた。
「碇レイカちゃん。あなたが乗るのよ」
「え!? これ人乗れんの!?」
 あ、やべ、ついつい口に出てしまった。
 いや、だって、人造人間だぞ。人造人間。人造とはいえかりにも人間に乗れるだと? しかも何かこれが当たり前という風に乗れと。なんなの? 最近の人間って人が乗れるの? ありえねぇだろ!
 ……う、皆の視線が、痛い。まぁ、話の流れから考えて、僕必要無さそうだもんなぁ。けど、さすが兄妹と言うか、なんと言うか、レイカがうんうんと頷いていた。どうやら、レイカもそこは疑問だったらしい。だよね。
「……このエヴァンゲリオンには、人が乗り込んで、操縦します」
「じ、人造人間なのにですか……?」
「……人造人間なのに、です」
「じゃ、じゃあまさか、二機、いや、三機に分裂したりとかは……」
「人造人間だから、分離はちょっと」
「なら、ドリルは当然――」
「製作許可が、下りなかったの。そんな物に耐えられる材質のものはないと……」
「なん……だと……? なら、なら自爆スイッチは!? 自爆スイッチは有りますよね!?」
「それはあるわ! 科学者の威信に賭けて、私が設置しました!」
「よかった! それならこれを人が乗り込める物として認められる!」
 ほんと、なにが。
 妙なところで赤木さんと話のウマが合ってしまった。シリアスシーンが台なしだ。
 僕と、赤木さんの話には同じ考えを抱けなかったのか、レイカはここで始めて父さんのいる方へ目を向けた。(葛城さんは何故か放心していた)
 そして、
「……なんの為に呼んだのかしら」
 この日始めて、僕以外の人に話し掛けたのだった。
 ただし、底冷えするような、声だけれども。
「……お前の考えている通りだ」
 その言葉に、
「え!? 本当!? …………あ、いや、この話の流れで、これは違うわよね。うん。と、いうことは、私をこれに乗せる為に? それで、先程の使徒とやらを、迎撃しろ、と?」
 とても嬉し気に、けれど、直後に落胆したような声を出して、最後に、元の底冷えするような声に戻った。
 そういえば、ここに来たのも、何か父さんに用が有るからと言っていたっけ。まぁ、じゃなきゃあんな一言の手紙で来ようとは思わないよな。
「そうだ」
「………………正気? 実の娘に、死んでこい、と?」
 また、レイカの声が一段と冷気を帯びる。こえぇよ。
「というか、何故私なの? そんなもの、そこのホルスタインのような馬鹿女に任せればいいじゃ無い」
 葛城さんはまだ放心していて聞いていなかった。セーフ。本人の知らないところで貶しまくる。やはり陰湿な妹だ。
「他の人間には無理だからな」
 部下への蔑を、まるで気にしていない。駄目な上司だった。
「私こそ無理よ。どうしてもって言うのなら、私が納得するような理由を持って来なさい。私以外の誰にもこれに乗れない理由を」
 確かに。何故言わない。何故事情を説明しない。何故、こんな脅迫じみたやり方をとる。
 不可解だ。不愉快だ。
 一体どんな秘密が有る、こいつには。
 僕らが知ってはいけない事? 僕らが知るべきでは無い事? 僕らに知られると、不味い事?
 とにかく、あまりいいものを隠してはいないだろうな。
「大体、こんな見た事も聞いた事も無い物を、私が動かせると? おかしいわね、私、伝説の使い魔になった覚えは無いのだけど」
 誰もこんな女召還したくねぇだろ。
「説明を受けろ」
「…………」
 ネタが通じなかったからか、妙に不機嫌な顔になるレイカ。いや、あの鬚眼鏡にそんな事期待するなよ。
「乗るなら早くしろ。でなければ、帰れ」
 沈黙を迷いととったのか、脅しに入る父さん。呼び出しといてそれは、酷く無い?
「なぁ、レイカ。父さんもああ言ってるし、ここは――」
 帰ろうかと、呼び掛ける暇も無く。
 突然の揺れ。
「やつめ、ここに気付いたか」
 父さんの呟いた言葉で、これが使徒の仕業だと解る。
 地下に攻め込んだという事か。
 ん? ……待てよ?
 今、父さんは何と言った?
 ここに気付いたか――?
 使徒には索敵能力が? それはつまり――
 使徒には目的が有る?
 使徒はここを目指している?
 ここに、使徒の目的が有る?
 ……まだ、情報が足りない。
 焦らず、じっくり考えればいい。
 レイカが、赤木さんに顔を向ける。
「レイカちゃん。時間がないわ」
 どこたらが破損したたら、どこたらに火災が発生したたら。そんな放送がかかる。
 レイカが、葛城さんに顔を向ける。
「乗りなさい」
 いつの間にか復活していた葛城さんは、さっきとは180度真逆の事を、まるで命令するかのように言う。
 それでも、レイカは無言のまま、返事をしない。
 まるで失望したとでも言うように。
 まるで汚物でも見るかのように。
 目を細める。
 視界に収めるのも、汚らしいと、
 目を閉じる。
 外界情報を、遮断する。
 レイカは、今、この場にいる人間を、見限った。
 そこに僕がいるかは、解らないけれど。
 けど、僕の手を引いて、出口に向かおうとするレイカを見れば、まだ、僕は大丈夫だと、そんな錯覚くらいは、させてもらえた。
 が、しかし。
「初号機のコアユニットを、00タイプに切り替えて、再起動!」
 僕らの物語が、その程度で終わらせてもらえるはずも無く。
 つまらない、しみったれたシリアスストーリーが総じて意味も無くだらだらと長いように。
 ここで終わるはずが無かった。
 帰ろうと突き進む僕らを遮るように、僕らの入ってきた通路から、一台のストレッチャーと、数人の医師が入ってくる。
 医師達はストレッチャーを僕らのすぐ脇に置くと、そのまま足早に出ていった。呆気にとられて去っていった医師達を見ていたが、レイカがストレッチャーを――正確には、ストレッチャーの上に乗った人物を――見ているのに気付き、追随するようにストレッチャーを見て、
 一瞬、脳が弾けた。
 青みがかった銀髪。寒気のする白い肌。血のように赤い瞳。
 アルビノ。
 そしてどこか、レイカに似ているような、そんな違和感。
 あり得ないものを見ているような。
 見なれたものを見ているような。
 懐かしいものを、見ているような。
 強烈な違和感。
 痛烈なまでの、違和感。
 そんな少女。
 存在していないような、少女だった。
 呻き声に、ぴったりとした純白のスーツ。どこか別のものと勘違いしてしまいそうな格好だが、体中に巻かれた包帯が、否応無しにそんな下卑た妄想を吹き飛ばす。重傷だろう。誰がどう見ても、どんな素人が見ても、だ。おそらくは、動けない程に。動いてはいけない程に。
 だが、それでも、ここに来たという事は。
 それでも、必死に起き上がろうとするという事は。
「レイ、予備が使えなくなった。もう一度だ」
「はい……」
 乗るのだろう。先程の赤木さんの指事を聞く限り、この初号機に。
 その重傷の体で。
 しかし、レイ、か。レイカとの関係が、無いとは言えない程に、露骨なまでに明らかだった。
 まるで、姉妹のように似通っている。レイカとレイ。いや、この場合、僕も、もしかしたら、死んだ母さんまで関わっているのかも知れない。隠し子とかなら、まだ扱いやすいのだけど。
 もし、そんな、愛憎渦巻きそうな普通事なんかじゃなくて、信じられない程に異常事なら。
 ――いや、そんなことは、いつでも考えられる事だ。
 今は、今しか考えられない事が有る。
 今しかヒントの与えられ無い事が有る。
 ならば思考して、思案して、思索しろ。
 それが、今、僕がレイカの兄として、特別に対してやれる事のはずだ。
 ここにレイカの味方は僕一人。つまり、フォローは、僕の仕事というわけだ。
 まったく、とんだ責任重大なセコンド役だ。世界タイトルマッチなんか目じゃ無いな。
 一介の男子高校生には荷が重いぜ。いや、今はそんな《一介の》なんて枕詞は無しにしよう。むしろ、世界最高にして最強の男子高校生、なんて言ってやるさ。
 有言実行。己を縛り。強制し、思い込む。
 自信を持ってサポートしてやるぜ、レイカ。この僕がサポートに回って、何も無いだなんてあり得ない。
 しっかりかっちりきっちりがっちり、徹頭徹尾にかき回してやるさ。
「レイカちゃん。何の為にここに来たの? 駄目よ逃げちゃ。お父さんから、何よりも自分から」
 おーい、人がせっかくちょっと痛いくらいに意気込みを決めてる時になんて馬鹿発言をしてくれやがりますか、この女は。
 なんの為って、そりゃあ僕も知らない目的が有るのは確かだろうけど、少なくとも、巨大ロボットに乗る為に来たわけじゃないだろ。というか、逃げるってのは何だ。確かに、この馬鹿げて、狂った押し付けから逃げたいのは間違っちゃいないだろうけど。つっこみ所満載だな、この人。
 時間にルーズ。
 責任の擦り付け。
 職場で迷子。
 うわ、最悪だこの人。
 いや、まぁ、手紙に(あれを手紙と呼んで手紙に怒られたりしないだろうか)同封されていた写真を見た時から馬鹿そうな匂いはしていたが。
 そこでまたしても揺れに襲われる。
 しかし、先程とは比べ物にならない多きな揺れ。
 超然的なバランス感覚で耐えつつ、倒れそうになったレイカを支えながら(というか、支柱にしながら)、周囲を見回す。葛城さんも赤木さんも、その他作業中らしき人達も、近くに支えのなかった者達は例外なく倒れていた。
 当然、ストレッチャーから起き上がろうとしていた、レイなる少女も、その重傷の体で支えきれるはずも無く、また、ストレッチャーもその揺れには耐えきれずに、周りの人達の御多分に漏れず、ストレッチャーごとひっくり返っていた。
 うわ、あれは、不味いんじゃ無いか?
 彼女の呼吸音も、小さく喘ぐ程度だった物が、大きく吸っては吐いて、まるで限界まで全力疾走した後のような音に変わっていた。
 しかし、その凄惨で痛々しい様は、比では無かったけれど。
 その余りの様子に、つい柄にも無く「大丈夫ですか?」と駆け寄ってしまっていた。本当に、運の悪い事に。
 呻く彼女の背に腕をまわし、抱き起こす。抱き起こした衝撃か、どこか患部に触れてしまったのか、悲鳴をその小さな口から漏らし、体を痙攣させる。ここまで、死にかけな様子を間近で見るのは、二度目だった。
 思い出したくも無い、過去だけれど、
 つい、思い出してしまった。
 もう終わった事だというのに。
 そんな、そんな僕が――
 ふと、掌に感じた違和感に、思考を引き戻される。
 ぬるりとした、地獄のような感触。
 彼女の瞳のように赤い液体が、僕の掌に広がっていた。
 つまり彼女は、傷口すら閉じていなく、その状態でエヴァに乗る。
 問題なのは、そこに疑問すら生じていないと言う事なのだ。
 この状態で乗り込んで、万事安全だと、そんな事は無いはずだ。あり得ない。
 その証拠に、普通に生活していればまず起こらないだろう傷を、彼女が負っている。
 エヴァのパイロットたる彼女が。
 代えの利かない彼女が。
 特務機関の秘蔵っ子たる彼女が。
 普通の怪我であるはずが無いのだ。
 そこにエヴァが関わってこないはずが無い。必然的に、この怪我はエヴァに乗った事によって生じた物であるという仮説が立てられる。否、仮説にすらならない、誰にでも解りきった答えだ。
 そしてそれでも、彼女は乗る。
 自らを傷つけた存在に。
 まるで恐怖など無いと、
 死など恐れないと、
 そんな異常を通常だと考えている。
 もしかしたら、考えてすらいないのかもしれない。
 それで当たり前であると。
 あるいは、言われた通りに、命令通りに、ロボットのように、部品であるかのように、
 人形で、あるかのように。
 そこまで考えて、怖気にこれ以上の思考を停止したのと、三度の揺れが襲ったのは、奇しくも全くの同時であった。
 その揺れによって、天井に吊るされていた照明が、過度の負荷により千切れるように落下し、
 相変わらずの悪運ぶりなのか、それが偶然(必然と言い換えてもいい)だったのかはともかく、
 それは、一部のズレも無く、僕らに向かって落ちてきていた。
 だからそれは、僕とレイと呼ばれた少女の、絶対的な死への直結事項。
 愚かしくも、僕はその事態に仰天し、レイちゃんを遠くへ突き飛ばせばよかったものを、 そのまま覆い被さり、庇ってしまっていた。
 僕一人の体のクッションで、照明器機の落下のショックを殺せるはずも無いのに。
 それでも、覆い被さって、落ちてくる照明器機を見上げ、《ああ、やってしまったな》と思いながら、どこか遠くで金属を引きちぎり、海面を割るような音が聞こえた気がして、レイカが間に割り込んだのに目を見開き、
 照明器機と僕達の間に遮るように突如現れた巨大な手に、さらに目を見開いた。
 轟音をたてて、落下した照明器機を払い除ける巨大な手。
 どこをどう見ても、どこから見ても、エヴァの手だった。
「まさか、ありえないわ! エントリープラグも挿入していないのよ? 動くはずないわ!」
 赤木さんの驚愕の声が響く。驚愕してるのはこっちだ。
「インターフェースも無しで反応している……、というより、レイカちゃんを守ったの? いける! 乗りなさいレイカちゃん! レイカちゃんが乗らなければ、あの子が戦わなくちゃいけないのよ。あんな怪我人に戦わせて恥ずかしくないの!?」
 なん……だと……? こ、この女、まるで状況を理解してねぇ。戦わせるのはそちらであって、こちらには何の非も無い。それを分かっているのか? それとも、分かってて責任の擦りつけを? それも、あんなにナチュラルに? ……質悪いぃぃぃ! なんて女だ、信じられねぇ。
 が、レイカは、そんな葛城(もはや敬称無しだ)の言葉になにか思うところがあったのか、
「しょうがないわね、乗ってあげるわよ」
 と言ってしまうのだった。
 レイカって、頭は良いけど、あまり考えない奴だからな。多分、今回も面倒臭かったのだろう。ていうか、単に呆れて一つくらいは言う事きいてやろうかという気になったのかも知れない。どちらにしろ、それはレイカ以外の知るところでは無いのだろうし。
「ただし」
 ビシリと、父さんに向かって右手の人さし指を突き付けるレイカ。まるで犯人を言い当てた時の探偵のように。けれど、その声はクリスマスプレゼントを今から開ける子供のようで。
「この件が終わったら、何でも一つだけ言う事をきいてもらうから。ああ、安心して、命に関わるような事では無いから。ましてや、お金の事でも無いわ。いいわよね」
 有無を言わせぬ口調でそう言った。
「いいだろう」
ああ、もしかしたら、この為だけに搭乗要求を聞き入れたのかも知れないな。
どちらにしろ、やっぱりレイカ以外の知るところでは無いけれど。
目を隠すように長くのばされた前髪を揺らしながら、まるで悪女のように妖しく笑う女がそこにいた。
というか、僕の妹だった。



To be continued...
(2010.07.10 初版)


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