けいまいストーリー

01 使徒、襲来

第参話

presented by sin様


04


 所変わって、発令所なる所。
「了解。停止信号プラグ、排出終了」
 放送のようにかかる通信に対して、返事をするように、自分の行動を報告する童顔の女性。ああ、うん。やっとロボットアニメっぽくなってきたぞ。やはり美人なオペレーターは必須条件だ。《進路オールグリーン》の報告は是非とも期待したいところだ。でもなぁ、ここ、ロボットアニメのセオリーを踏まない節があるからなぁ。まともなのは赤木さんだけかよ。
 そんな童顔オペレーターさんの座るオペレーター席の後ろに、何故か何もせずに立ちすくむ赤木さんと葛城の後ろで、僕は手持ち無沙汰にただずんでいた。ぶっちゃけ、やることがない。赤木さんは、《レイカちゃんの様子が見られるところに案内するわ》と僕をここに連れてきて放置。葛城は腕を組んで黙ってるし。誰か助けてくれ。ていうか、どうして仕事のない葛城がこんな所に突っ立っているんだ。なんだ、もしかして偉いのか? え? まじで? …………ネルフよ、おまえらの気が知れないぞ。
 ふとモニターに映ったレイカを見ると、何故かオレンジ色の水に水攻めになっていた。
「えー、と、赤木さん? 何故にうちの愚妹は水攻めに? あいつの笑い方、そんなにうざかったでしょうか?」
「…………違うわ。大丈夫、肺がL.C.L.で満たされれば、直接血液に酸素を取り込んでくれます。すぐに慣れるわ」
 僕に言った言葉であったのだろうが、それをモニター越しに聞いていたのか、肺に入れていた空気を、ゆっくりとはき出そうとするレイカ。だが、どう見ても辛そうだった。考えてみれば、肺を水で満たすなんて、普通なら自殺コース確定だ。ていうか、気持ち悪さでそんなどころじゃないはずだ。それでもやっているのは、まぁ、偏にあいつが容赦ないほどに父さんとの約束を楽しみにしているからなんだろう。
「……気持ち悪いわ。血の味だなんて。紫の装甲といいこれといい、本当に趣味が悪いと思わない? お兄ちゃん」
「我慢なさい! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「そう思うわよね? お兄ちゃん」
 葛城は完全無視だった。僕もそうするだろうけど。
「あぁ、まぁ、血の味だなんて、生理的に受け付けないだろうしな。紫の装甲は、ばぁさんの染色した髪みたいだし。うん、その、なんて言うか、頑張ってください」
 言ってる間にだんだん可哀相になってきた。何とかならなかったのか、趣味が悪いのか。どちらも嫌だなぁ……。
「初期コンタクト、全て問題なし」
 そうこうしているうちに、出撃準備が整いつつあった。
「双方向回線、開きます」
「シンクロ率…………ぇ?」
 童顔オペレーターさんの報告が、妙な感じで止まる。なんだ、まさか、何か不具合でも発生したか? 眉を潜ませながら、赤木さんが童顔オペレーターさんのモニターをのぞき込む。
「どうしたのマヤ。何か問題で――!?」
 どうやら、童顔オペレーターさんの名前はマヤというらしい。いや、そんなことはともかくとして、モニターをのぞき込んだ赤木さんも固まってしまった。
「ちょっと、何があったのよリツコ。時間がないのよ。マヤちゃん、報告して」
 焦れた葛城が、マヤさんを急かす。
「は、はい、あのその、実は、えっと…………」
 顔面蒼白で、信じられない物を見たかのように、言いづらそうにする。そんなマヤさんを睨んでさらに急かす葛城。そんな葛城に怯えるマヤさん。……まるで鬼女とその生け贄のようだった。
「…………シンクロ率0,02%。起動指数、……達していません」
 シーン、と。忙しくも慌ただしく騒がしかった発令所が、静まりかえった。シンクロ率というものはよく分からないが、起動指数に達しなかった、というのは、えーと、つまり。
「起動しなかった、ってことですか?」
「そう…………なるわね」
 憎々しげに答えたのは、赤木さんだった。他の人間は皆一様に顔を絶望に彩っている。
 あれだけ大見得を切っておいて起動しなかったとは。いや、だがしかし、ネルフの自信は相当な物だった。起動して当たり前とでも言うように。起動確率0.000000001%じゃなかったのか? 何を根拠にレイカが乗れば起動すると思っていたんだ? ここよりさらに一段高いところにいる父さんも、その隣に立っている白髪の老人も(ん? あれ、冬月のじいさんじゃないか?)、目の前にいる赤木さんも、信じられないとでも言うような顔だ。……あれ? 見回してみれば、そんな顔をしているのはこの三人だけだ。他は絶望していて、脳天気な葛城でさえも、悔しげに顔を歪めているというのに。つまり、この三人は、レイカが起動できて当たり前だと思っていた? 根拠は? エヴァがレイカを守ったからか? いやまて、まてまて、思い出せ、エヴァの腕は、レイカが間に入る前から動いていなかったか? 守ったのはレイちゃんか、僕? だが何故だ? 分からない。くそ、情報が足りない。
「レ、レイカちゃん…………。なにか、変な感じはしないかしら……?」
 おそるおそる、一縷の希望を込めて、赤木さんがレイカに通じる通信機にしゃべりかけた。
「………………」
 だが、レイカは無視する。こんな非常時にも、動ぜずに己の信念を貫くとは、男前な妹だった。
 けど、今は情報が欲しいんだよ、レイカ。
「レイカ、答えてくれ」
「……なんですかね、なんと言えばいいのか分からないですけど、なにか、ものすごく嫌な物が纏わり付くというか、侵入しようとしている感覚がありますね。それ以外は、なにも」
 あり得ないというような表情を一瞬だけ見せたが、すぐに消し去り、希望が見えたのか、勢いよくモニターに顔を寄せる。
「! そ、それよ! レイカちゃん! それを受け入れてちょうだい!」
 あからさまに嫌そうに顔を歪めるレイカ。伸ばされた前髪で見えないが、多分これ以上ないくらいに眉を顰めてるだろう。
「レイカ、悪い。できないか?」
「…………、貸し一、よ。お兄ちゃん」
 しょうがないという風にため息を一つはいて、直後に、苦しげに、体を捩らせて「……
っ、気持ち悪い……!」と、漏らした。
「あ、あ! シ、シンクロ率12,6%! 起動指数ぎりぎりですが、起動しました!」
 全体に、ほっとしたような、張り詰めていた空気が抜ける感覚が広がる。希望を見いだすのは、そりゃあわかるが、まだまだ起動したばかりでこの空気はいいのか? 出せば勝てるのか? 親父殿も、座っていればいいとか、抜けたこと言ってたし。おぅふ、まさかとは思うが、ここってただエヴァを起動させるためにあるだけか? 超絶素人空間なのか? まずい、まずすぎるだろう。そんなにうまくいくはずがないだろう。それともあれか? すでに何度も使徒を迎撃してきて、余裕って事か? いや、違うだろう。この緊張感が何よりの証だ。みんな指先が震えてる。間違いなく、これがこのネルフの初陣なんだろう。
 あー、もう、本当に、やめてくれよ。
 軍事関連は興味がわかないから知らないんだよ。
 だというのに、この場でレイカをサポートできるのは僕一人。
 他は期待できない。期待できるはずがない。
 じゃあ、どうすればいい?
 どうしたらいい?
「レイカちゃん。どう?」
「………………どうと言われましても。吐き気がすごいですね。吐いたらやばいですか?」
 遠慮のない女子だな。機械的には分からないが、女としては完全に終わるだろう。そういえば液体の中なのだから、吐いたモノはそのまま飲み込むことになるんじゃないか?
「吐かないでね。……精神汚染が酷いわね。一体どうして…………」
 精神汚染? おい、何か、今聞こえてはいけないモノが聞こえた気がするぞ。
 後で問い詰めなくちゃな。
「? ――、これは――…………」
 レイカの上げる、常人では分からないほどの微量な戸惑いとか、驚きの入り混じった声に、すかさず赤木さんが反応した。
「? どうしたの、レイカちゃん」
「あぁ、いえ、なんでも、ないです、はい」
「レイカ? 何に驚いてるんだ?」
「大丈夫、ほんとになんでもないのよ。ただ……はぐれ刑事○情派、第443話、最終回一歩手前のラストがどんな終わり方だったか、それが思い出せないのよ」
「それは今関係ないよな!」
 刑事ドラマ好きなのか。
「必殺仕置○稼業で中村主○を主人公にして視聴率の巻き返しを狙ったのは良かったわよね」
「いつの時代の人間だ、おまえは!」
 藤○ファンなだけか!
「私は実は仕事人なの。今までに何両も稼いでるわ。人を殺したことはないけれど」
「持ち逃げだ!」
「反省はしてるの。ただ止められないの」
「依存性が出てる!」
「お兄ちゃんも後で小銭入れを確認した方がいいかもね」
「しょぼ! コソ泥でももうちょっと持ってくわ!」
 こいつは、ほんとうに…………。
「……で? 落ち着いたか?」
「えぇ。ありがとう。やっぱりお兄ちゃんは最高ね。この世の人間は私とお兄ちゃんだけ残して溺死しろ」
「こわっ! 死に方エグイ! 土左衛門がいっぱい! 褒めてるところで自重しろよ! あと、今沈んでるのはおまえだ!」
「相変わらずツッコミの切れが微妙よね。それだけじゃ生きていけないわよ?」
「余計なお世話だ! 別にこれで食っていこうとは思ってねぇよ!」
「そうよね、お兄ちゃんの一生は私が見るって決めたもんね」
「今、おまえの脳内会議で決まったんだろ!?」
「そうよ!」
「言い切った!」
 何その誇らしげな顔! むかつく!
「…………そろそろ、いいかしら?」
 赤木さんの苛ついた声で、今がどんな時か思い出す。いかんな、緊張を紛らわせるつもりで始めたはずが、いつの間にか夢中になってた。それだけ、僕もレイカも緊張してるんだろう。いや、そう思いたい。なんでレイカはあんなに満ち足りた顔なんだよ。
「かまわないわ、ミサト」
 赤木さんの言葉に頷きで返して、
「発進、準備!」
 と、宣言した。
「そういえば、葛城さんの役職ってのは何なんですか?」
「ミサトは、ここの作戦部長をやってもらってるわ」
「そ。ちなみに階級は1尉よ。どう? すごいでしょ」
「さ、作戦部長、ですか。それに、1尉ね、へぇぇ……」
 まじですか。作戦部長? 待ち合わせ時間も守れないこの人が。施設案内図もろくに見られないこの人が。だ、大丈夫だよね、作戦とか、そういうときだけ優秀とか、そんな感じのキャリアな人なんだよね? 誰かそうだと言ってくれ。
「進路クリア。オールグリーン」
 言ったぁぁ! ここははずせねぇ!
 なんだか赤木さんもこの一瞬は興奮しているように見える。一瞬だけども。
「発信準備完了」
 うわ、きた。なんかどきどきしてきた。
 まさか、本物のロボット合戦を見られるなんてなぁ。感慨深い。
「了解」
 赤木さんに返事をすると、上段にいる父さんに向き直る葛城。
「構いませんね?」
「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない」
 許可を出す父さん。あの姿勢、疲れないのか?
「あれ、レイカには確認とらないんですか?」
 何か今にもレイカを射出しそうだったので、口を挟むと、案の定、葛城はうっと、呻いた。
「レ、レイカちゃん。いいかしら?」
「お兄ちゃん。帰ってきたら、結婚しましょ」
「そのネタは色んな意味でまずいだろ!」
 無視された形になった葛城はモニターのレイカを睨むと、口を大きく開けて、
「作戦部長さん。作戦をパイロットに伝えなくて大丈夫ですか?」
 再度の僕の言葉にそのまま固まった。
 咳払いをして、レイカを睨み付ける葛城。
「…………、その、射出後は私の指示に従い、時に臨機応変に対処してください」
 は?
「え、ちょっと、そんなこと出来ると思ってるんですか?」
「私の指示に従えば勝てます」
 おいおい、本気か。なんでこんなに自慢げなんだよ。
「あ、赤木さん。確か、このエヴァは思考をフィードバックして操縦するんですよね?」
「? えぇ、そうよ」
「そんなに簡単に動かせるんですか? たとえばどんな風に思考を? 走れと思えば? 腕のフォーム、筋肉の収縮、重心の取り方、姿勢の取り方まで思考を? 自分が走ってるシーンを想像すれば? どうなんですか?」
「え、それは。普段やっているように…………」
「普段? じゃあ赤木さんは普段からキーボードを叩くときに、指の筋肉、腕の筋肉まで思考して動かしてるんですか?」
「そ、れは…………」
「他にも、エヴァは人型兵器ですけど、つまりそれは格闘戦を視野に入れてるということですよね? 接近戦もあり得るということは、ダメージを受ける可能性が非常に高いということですよね? フィードバックということは、エヴァ本体が負ったダメージも搭乗者にファントムペイン――幻肢痛もまさかとは思いますけどあるなんて言うんじゃ…………」
「…………ごめんなさい」
 欠陥だ。
 そんな物は欠陥兵器だ。
 まだあの忌々しいN2兵器の方がましだろう。
 そんな物――そんな物にレイカは――。
「…………武器は? 赤木さん。遠隔攻撃可能な兵装はないんですか?」
「…………、パレットガンは、2週間後に完成を予定してるわ」
「……じゃあ、今ある武装は?」
「左肩のウェポンラックに、プログ・ナイフ――高振動粒子による、分子レベルで切断可能なナイフが、収納されてるわ」
「シンジ君?」
「葛城さん。もう少し待ってくれませんかね」
 ナイフか。リーチが心許ないよなぁ。いや、それで良かったのか。ナイフなら、手の延長と考えられるし、特別な訓練も必要としないし。なにより、そんな尋常じゃない切れ味を持ったナイフなら、普通の訓練すらいらないか?
 ならば――使わない手は無いよな。
「葛城さん、それで、あなたは、慣れないレイカがおそらく一瞬の判断が命取りになるであろう戦場で、使え慣れないナイフを用いて、遠隔で届けられる指事に従いタイムラグの有る動作で、ファントムペインに耐えつつ、思考行動し続けられると?」
 僕は素人だ。いつ僕が発言禁止にされるか解らない。今しかチャンスは無い、畳み掛けるしか無い。
 考えて無かったのか、葛城はぐぅの音も出さずに黙り込んでいる。
「それらすべてのマイナス要素を頭に入れて、地形、機体の状態、敵の情報、使用可能武器をひねりにひねって、素人以下のレイカが出来うる限り傷付かずに、かつ確実に勝利出来る作戦を提示すべきでは無いんですか?」
「…………うっ」
 なにより、そんなんじゃあ、作戦部長なんて、必要ないんじゃないのか?
 ここらで、取り敢えずの区切りを付けておくか。
「まぁ、僕は素人ですから、僕なんかじゃ及びもつかない事を考えてるのかも知れませんから、これ以上は口を挟まないようにしますけど。お邪魔してすいません」
 事実、今言った事が重要かだなんて、僕には解らないし。
 所詮は素人考え。もしかしたら邪魔になったかもだけど。
「いえ、痛み入る意見だったわ。ごめんなさい、始めての実戦だから、皆浮き足立ってるの。そうよね、妹さんが乗っているんだものね…………」
 そう言ってくれたのは、何故か赤木さんだった。葛城は顔を俯かせ、何も言わない為、何を考えてるか解らない。
 しかし、やはり初陣だったのか。なるほど作業のぎこちなさも、どこかマニュアル作業のような変な感覚を受けるのも頷ける。柔軟性のない動作。よほどこの作業をくり返し訓練してきたのか、しかしそれだけに、何か緊急の事態が起こった時に、対応出来るのかが心配だった。単純作業のごく稀な変化は大きなアクシデントの元だ。それと同じようなものだろう。
 葛城が応えない為に出来た僅かな居心地の悪い沈黙を破ったのは、その沈黙の権化のような父、碇ゲンドウだった。
「何をしている葛城1尉。時間はないぞ」
「は、はい! 発進!」
 止める間も無く、我が妹は無様にも上昇によって発生した急激なGに目を回しながら、地上に射出されてしまった。
 しかも最悪なことに、何を考えてるのかまったくわからないが、
 射出された位置は、使徒の目の前だった。



To be continued...
(2010.07.17 初版)


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