けいまいストーリー

01 使徒、襲来

第四話

presented by sin様


05


「いいわね、レイカちゃん」
 いいわね、と確認の形をとってはいるが、その口調は明らかに、レイカの返事を期待していなかった。この人もレイカの扱い方が分かってきたらしい。
 沈黙。
 無反応。
 ならばそれに返されるのは、それもまた、沈黙と無反応しか無い。
 周りに無関心ならば、無関心しか返ってこなくなるのは必然だ。世界を否定し、内に閉じこもれば、世界もまた、そのベクトルをレイカから外す。自身の内向きのベクトルと世界の内向きのベクトル。内と外。内と内。反発しているようで、まるで干渉し合っていない。そうして今のレイカが出来上がっている。
 デストルド−。
 タナトス。
 レイカは死は望んでいないものの、世界を否定している。
 世界は自身を否定する者を否定する。
 否定は存在の虚無を意味する。
 存在を認識されない者が、はたして死んで無いと言い切れるだろうか。
 僕には解らない。いや、解ってはいけないのかも知れない。兄として。碇レイカの特別として。
 今のレイカをこの世に生かしているのは、僕とレイカの友達だけだろう。片手で数えられるレベルだ。それももしかしたらこれでお別れかも知れない。例えこの場を凌げても、赤木さんや、葛城のニュアンスじゃ使徒は一体では無さそうだし――言外に匂わせているあたり、何か含むところが有るのかも知れない――、もう元の街には戻らせてもらえないかも知れない。憶測は憶測だし、推測は推測なのは解っているけども、ここまでくれば、この組織が、碇ゲンドウが考えている事は読めてくるというものだ。
 そういう意図なのかも、知れないけれど。
 とにかく。
 そうなった場合、レイカをこの場に繋ぎ止められるのは僕だけだ。友達ができる、というのは、期待しない方が良いだろう。曰く、特殊な事情があったから友達になったとも言っていたし。レイカは、この第3新東京市で自らのベクトルを他人に向ける事は出来ないだろう(いや、しないだけかもしれないが)。人は相手に反応があってこそ関心を持つ。石を投げ入れても波紋を広げないレイカに関心を持つ人間は現れない。いじめなんて尚更だ。堕落に惰性に、明日の暇つぶしだけを考えて生きる現代の人間には、レイカはまったく面白みが無い、暇を潰してくれない、道端の小石以下の価値しか無いだろうから。
 ――今は、そんな場合では無いか。
「お兄ちゃん。作戦とやらを聞いていないのは、私だけなのかしら」
「安心しろ。僕も聞いて無い。僕ら揃って鼓膜が破れて無い限り、そんな事は無いと思うよ」
 そんな僕らの文句を振り切るかのように。
「最終安全装置解除!」
 エヴァの大きな機体(身体、と言うべきか)を射出レールの固定していたロックが解除され、
「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」
 ついに、大地に降り立った。
 身体から力が抜けている状態なのか、姿勢はだらりとしていて、至極人間臭いものだった。
 これが――エヴァンゲリオン。
 人類の切り札――か。
 人間の思考をトレースし、ナイフを操り、重火器を放ち、格闘戦にも対応出来るだけの人形兵器なら、切り札なんて言わないはずだ。そんなもの、設置砲台でも可能だし、格闘が有効とも思えない。何か有るはずなんだ。エヴァ特有の秘密が。
 例えば、ロボットアニメお約束の必殺技、必殺兵器。
 例えば、なにか、N2兵器すら効かない使徒の防御力を突破出来る秘密兵装。
 例えば、思考兵器特有の空想・妄想変換攻撃。
 …………だめだ。どれも想像すらつかない。
 ていうか妄想て。ギガロマニアックスかよ。うちの妹はリアルブートなんかできないぞ。
 そもそも、何故エヴァが人類の切り札なんだ? 何物にも対応出来るだけの戦闘能力でも秘めているのか? そういえば、ここは対使徒専用迎撃組織なんだよな……? パンフレットによれば、設立は10年以上前。ならば、使徒襲来は十年以上前から予測されていた?と、いうことはだ。
 つまり、エヴァは使徒に対して有効な何かを持っている。
 あれだけ自信たっぷりなんだ。おそらく一度検証した事が有るんだろう。
 ――使徒は以前にも人類の前に姿を現した事が有る、という事か。もしかしたら、使徒の生きたサンプルでも保持している、なんて事もあるかもしれない。
 いよいよ気味が悪くなってきたな。
「レイカちゃん。今は歩く事だけ考えて」
 赤木さんからの指事に、スピーカから《歩く……》というつぶやきが小さく聞こえた。
 おいおい、大丈夫なのか? 使徒は目の前だぞ。そんな悠長な事言っていられるのか?
 ゆっくりとレールから身体を浮かせて、地響きをたてて道路に左足を下ろした。
 とたん、発令所にざわめきが広がる。
「歩いた……!」
 いや、まぁ、なんて言うか、本当に初陣なんだなぁ。
 確かに始めて乗ったレイカが、今まで起動した事のなかったこの初号機で歩いたのは感慨深いかも知れないけれど、……なんだか、エヴァが動くのも始めて見ましたっていう雰囲気が伝わってくるんだよなあ。
 本当に大丈夫かなあ。かなり不安だ。
 まぁ、しかし、懸念していた、全く思考のトレースがうまくいかない、という事態だけは避けられたようだ。もっとも、あんな鈍い動きで戦闘が可能とは、とてもでは無いが思えないのだけれど。しかもこれじゃあ、座っていればいいというわけにはいかなさそうだ。
 うまく歩けた事に気をよくしたのか、再度確かめるように右足を踏み出して――足が絡まって転倒した。
「あうっ……!」
 スピーカから、苦痛の声が漏れる。早速ファントムペインが始まったのか。レイカは、あれでなかなか運動神経がいい。その上、他人にはあまり隙を晒さないというか、ミスしたところを見せないのが信条のような奴だった。故に、僕はレイカが転んだところは見た事が無いし、またレイカの友達も、見た事は無いだろう、何しろ、転ばそうと突き出した足を、骨よ折れよと言わんばかりに蹴り抜くような奴だ。
 ……我が妹ながら、恐ろしい奴だった。
 とにかく、レイカは足をもつれさせて転ぶようなへまは絶対にしない。という事はつまり、先に出していた足の位置も、思考に含めなくてはいけない、という事だろう。難儀なシステムだ。あるいは本当に只のミスかもしれないが。
 それはともかく。
 受け身もとれずにダイレクトに顔面から倒れた痛みは、それなりに集中力を奪うはずだ。その証拠に、エヴァは立ち上がる事が出来ないでいた。
 その隙が、突かれないはずが無い。
 なにしろ、それは敵の目の前で寝転がっているも同義。
 すでに使徒は目の前に迫っていた。
「レイカちゃん、しっかりして、速く、速く起き上がるのよ!」
 プロレスを観戦している親父のような葛城を尻目に、エヴァは起き上がれないままだった。当然、使徒はこのチャンスを逃さない。
 左腕(そういう概念が有るかは解らないが)でエヴァの頭を掴み、引きずり起こす。足が突かないような状態にされても、エヴァの身体は脱力したままだった。モニターの端に移るレイカは、完全に畏縮してしまっているようだった。当たり前と言えば当たり前。出撃前に軽口を叩けた事すら奇跡に近い事だ。
 その状態で、今度は右腕でエヴァの左腕を持ち上げる。間髪入れずに使徒の腕が膨れ上がり(亀仙人みたいだ)、エヴァの腕を引き千切ろうとする。
「ううぅぅぅ…………ッ!」
「レイカちゃん落ち着いて! 掴まれたのはあなたの腕じゃ無いのよ!」
 そんな葛城の言葉も、血管が浮かび上がり、ギリギリと締まっていく左腕を押さえ、うなり声をあげるレイカには届かない。
 土台無理な話なのだ。いくら掴まれたのはエヴァの腕だと言っても、ファントムペインが発生している限り、それはもう既にレイカの腕そのものなのだから。
「っふ!?」
 使徒の力に耐えきれず、腕がへし折れる。
 左腕損傷。
 当然その痛みは、搭乗者たるレイカにフィードバックする。
 折れた左腕を、興味なさげに放し、頭を掴んでいた左腕を動かし、エヴァの身体を高く掲げる。
 その腕の肘から後ろに、光る棒が出現し――。
 昼間の使徒と戦闘機の戦闘がフラッシュバックする。
 あの時も、そう、あれは――。
「レイカちゃん!」
 光る棒が、エヴァの眼孔を穿つ。
 パイルバンカー。 
 金属製の棒を、火薬などで射出する、文字通り、装甲を砕く為に存在する超破壊兵器。
 それが、眼孔を穿つとなれば、その先の結果は自明の理。
「くぅっ!あうっ!あぁうぅ!」
 腕の中を経由して、何度も何度も穿つ。
 目を押さえて、のたうつように悲鳴をあげるレイカ。
 どうしようもないくらいに穿たれて、それで――。
 ――貫かれた。
 背面のビルに叩き付けられ、力無く頭垂れるエヴァ。
 一瞬、遅れて。
 勢いよく、血のような赤い液体が吹き出る。
「頭部破損。損害不明」
「制御神経が次々と断線していきます」
「パイロット、反応ありません」
 レイカに既に意識は無くて、僕は、そんなレイカを――。
「レイカちゃん!」
 ――ただ見ている事しか出来なかった。





      ――――――《1st Angel Attack/the END.》





※今回のNGシーン


 ふとモニターに映ったレイカを見ると、何故かオレンジ色の水に水攻めになっていた。
「おいおいおい、ちょっと待ってくれよ。うちの妹は確かに人間離れ、というか妹離れした女だが、改造人間でもホムンクルスでもないから培養液は必要ないぜ?」
「光栄に思いなさいシンジ君。あなたの妹は今宵、ここに人間を超えた新たな生物、我々の触手たる改造人間として生まれ変わるのよ!」
「なに!? 畜生! 逃げるんだレイカ! まだ心が悪に染まっていないうちに! そしてこの組織を砕くのだ! 安心しろ、スーツとバイクは用意する!」
「あら、ならば変身システムの開発が必要ね」
「お願いします」
「せ、せんぱい……?」



To be continued...
(2010.08.14 初版)


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