けいまいストーリー

02 見知らぬ、天井

第壱話

presented by sin様


01


 少しだけ、以前考えた事が有る。
 僕に妹がいなかったら。
 僕にレイカがいなかったら。
 今頃僕はどうなっていたのだろうか。
 以前はそんなことを考えてしまったことに、嫌悪感で呪い死にしそうだった。
 そんな事を、また考えてしまっている自分がいる事に、今の僕は全く疑問を浮かべなかった。
 そんな事を考えたところでどうしようもないというのに。
 そんな事が、解りうるはずも無いのに。
 それでも考えずにいられない。考えなくてはいけない。
 僕にレイカがいなかったらどうなっていたか。
 もし生まれていなかったら。或いは、別々の場所に預けられていたら。
 おそらく、だなんて、そんな不確証な前提を置かなくとも、間違い無く今の僕らの人格は組み上がってはいないだろう。
 レイカは僕に依存し。
 僕はレイカの強固な支えであろうとし、逆に支えとした。
 それ故のレイカの周囲への無関心であり、僕の、このほんの少しだけの大胆な性格に行き着いたのだろう。
 僕はレイカがいなかったらここまで自分を保ってはいなかったし、レイカもまた似たような性格になっていたのでは無いだろうか。いや、もっと酷い性格かも知れない。
 無関心という名の内向きのベクトルで無く。
 不抵抗という名の内向きのベクトルに。
 それは考えたくも無い仮定(シュミレーション)だった。一遍の欠片も残さずに否定し尽くしたい仮定(シュミレーション)だった。
 憎らしい程に、嫌らしい程に、壊したい程に、あってはならない事だった。
 そんな状況に、お互い、僕もレイカも、耐えられるはずが無かった。
 僕にレイカが必要なように。
 レイカにも僕が必要だ。
 だから、不甲斐なくも意識のないレイカを見守る事しかできない今の僕に。
 死別を彷彿とさせるこの白い病室で。
 そんな、考えたくもないifを、考えてしまうんだろう。
 ……弱気に、なってるな。
 赤木さんの話では命に別状はないそうだった。只の気絶らしい。……脳の過負荷か? 
 とにかく、きっと僕の分からない分野での負荷なんだろう。僕には今後レイカに障害は発生しないということが分かればそれで十分だ。
 赤木さんも葛城も、ここにはいない。事後処理、という物があるらしい。近い将来自分にも待っていそうな厄介な仕事に、多少憂鬱になる。赤木さんから見学許可は出されているが、僕は深く考えずにここにいることを選択していた。今思えば少し未練がある。今までにない情報は確実に得られただろう。レイカのサポートとしてならあちらを選ぶべきだとは思うが、僕はそこまで冷徹な人間ではない。と思う。ここでレイカが目覚めるのを待っている方が、レイカにとっては万倍いいだろう。多分。
 得られなかった情報を残念に思いながらも、僕はこの空いた時間を有効活用してやろうと、先程の戦闘について思考を潜らせた。


02


 非常事態。
 エマージェンシー。
「頭部破損。損害不明」
「制御神経が次々と断線していきます」
「パイロット、反応ありません」
 矢継ぎ早に目の前の三人のオペレーターから繰り出される損害報告に、白い空白に汚染されていた思考回路が、急速に回復した。
「活動維持に問題発生」
「状況は!」
「シンクログラフ反転。パルスが逆流しています」
「回路遮断。堰き止めて」
「駄目です。信号拒絶、受信しません」
 葛城と赤木さんの指示に従って矢継ぎ早に報告が飛ぶ。
 その報告に顔を歪めて、目の前にいた日向マコトの男の座る椅子に近寄り、モニターに顔を寄せる葛城。
「レイカちゃんは?」
「モニター反応なし。生死不明」
 男の報告に、再度意識が飛びそうになる。
 落ち着け。まだ死んだと決まった訳じゃない。
 眼球を通って頭を貫かれる痛みが発生しただけだ。血が流れたわけでも、脳症が垂れ流しになったわけでもない。まして、眼球が吹き飛んだわけでも、脳が貫かれたわけでも無いんだから。
 だとしたら。
 この程度で、碇レイカが死ぬはずがない。
 碇レイカの精神力が、この程度で尽きるはずがない。
 ならレイカは大丈夫だ。
 この先大丈夫かは、分からないけれど。
「初号機、完全に沈黙」
「ミサト!」
 焦りに任せて怒鳴る赤木さんを、視界に納めもせずに巨大モニターを睨め付ける葛城。顔は苦渋に染まっている。
「……ここまでね。作戦中止! パイロット保護を最優先! プラグを強制射出して!」
 当然の判断だとは思う。現行、使えるのはレイカと初号機の1セットのみ。尚且つ貴重なパイロットを優先するのは人道的にも軍事的にも正解だろう。が。
「駄目です! 完全に制御不能です!」
「なんですって!」
 驚愕を顕わに叫ぶ。
 この時点で、恐らくこちら側から何か出来ることはもう無いだろう。
 ――何か奥の手でも、ないかぎり。
 もしくは、――天文学的確率の奇跡か。
「エヴァ、再起動」
 その報告に、全員が中央の巨大モニターに顔を向ける。
 そこには、兵装ビルにもたれかかり、崩れ落ちているにもかかわらず、貫かれていない方の目を爛々と輝かせている初号機の姿があった。
 さながら、獰猛な肉食生物の眼光のようで。
 威圧される。
 存在の劣等感を強制的に意識させされる。
 被補食者であることを、認識させられる。
「そんな、動けるはずありません!」
 それでも、この威圧感は。
 動く。
 間違いなく、動く。
「……まさか!」
「暴走……!?」
 暴走。
 確かにそれは、一番この状況に当てはまるかもしれない。
 人の枷から解き放たれ、人の手綱を引きちぎり。
 人が獣に至る、禁断。
 あれは、なにもかもを食い散らかす。
『グゥオオオオオオオオオォォォォオオ!』
 スピーカー越しに聞こえる雄叫びが、あれを獣だと認識させる。
 立ち上がり、咆哮する。
 もう、アレの勝利は揺るがない。
 たとえ、神の御使いが相手だろうと。
 アレはその翼を食い千切り、腹を食い破り、内蔵に食らい付く。
 獣が、――動く。
 立ち上がったそのまましゃがみ込み、勢いを付けて跳躍する。空中で一回転して勢いを増し、膝蹴りを食らわせたそのまま使徒の顔面に組み付く。使徒も組み付いてきたエヴァを引きはがそうとエヴァの腹を鷲掴みにし渾身の力を込める。数秒の鬩ぎ合いを経て、エヴァが使徒を蹴るようにして距離をとってファーストアタックは終結した。
 獣の動きだった。
 理性など感じさせない、如何に損傷を負わずに獲物を食らうかだけを本能とした補食攻撃。一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)。
 狩りの動きだった。
 質の悪いことに、反撃を貰わない限り離れない、粘着質な攻撃で。それが余計に獣らしさをかき立てていた。
 咆哮を上げて使徒に突進を欠けるエヴァに、発令所の人間は息を呑んで見ていた。
 呆然と、唖然と。
 起き上がった使徒とエヴァが激突するかと思った瞬間、エヴァはオレンジの盾に阻まれていた。
 橙。
 劣化した赤の盾。
「A.T.フィールド!」
「駄目だわ、A.T.フィールドがある限り」
「使徒には接触できない」
 まるで説明してくれるかのような葛城と赤木さんのナイスコンビネーションだった。こんな場面じゃなかったらお米券を上げても良い。
 しかし接触できないとは、それほど強力な盾、いや、領域なのか?
 それを確認したからなのか、損傷していた左腕を眼前にかざすエヴァ。へし折れて醜く歪んだ腕部が大写しになる。
 しかしそれも一瞬のことで、気がつけば元通りの腕がモニターに映っていた。
「左腕復元!」
「すごい……!」
 葛城の溢した言葉も頷ける。もう人間とか兵器とか獣とかの領域じゃねえ。
 その復元した左腕と右腕をA.T.フィールドの中心に突き立てる。
 そのまま、
「初号機もA.T.フィールドを展――」
言い終わらぬうちに引き千切っていた。
「なっ……!?」
「なんて早さ……! 中和とか、浸食とかのレベルじゃないわよ!?」
 赤木さんの驚愕の声が響く。どうやら、赤木さんから見てもあり得ない事象らしい。
 難しいことは、分からないけれど。
「あのA.T.フィールドをいとも簡単に……それも、一瞬でなんて……」
 葛城の耄けた声にも、誰も反応しない。
 魅せられていた。
 獣じみた、泥臭い闘争に。
 本能を、引き寄せられていた。
 叫んで襲いかかろうとしたエヴァに、太いビームが応戦した。エヴァに叩きつけられたビームは十字路を疾走し、街に被害をもたらす。
 だがそれも、エヴァの上体を反らす程度にしか、効き目がなかったのだが。
 反らしていた状態を戻し、使徒の腕に掴み掛かる。使徒も逃げようとするが、抵抗も空しく、へし折られた。
 肉も骨もなく千切るように、へし折られる。
 復讐と、言わんばかりに。
 怯む使徒を蹴飛ばし、ビルに叩きつける。飛び込むように助走をつけて使徒に掴み掛かり、ビルごと突き進む。
 引きずって。
 引きずって。
 弱らせて。
 のし掛かって、使徒の胸にある赤い球状のものを殴りつける。
 ああいうのが弱点なのは定石だけれど。本能的に理解したのか?
 拳では破壊できないと思ったのか、その両隣にあった棘のような骨のようなものを掴み、折る。というか千切る。血管が通っていたのか青い液体を吹いて。
 そのまま咆哮とともに赤い球に振り下ろす。と、今度は罅が入った。
 気をよくしたのか。
 突いて。
 突いて。
 突いて。
 それに危機感を覚えたのか使徒が悲鳴を上げて、無理矢理エヴァを乗せたまま立ち上がり、エヴァの上半身に丸く絡みついた。
 何だあれは? アレでは少しの時間稼ぎにも――。
「自爆するき!?」
 葛城の悲鳴でようやく使徒の意図に気がついた。
 それを証明するかのようにモニターに閃光が走り――
視界を白く焼いた。
 そんな、ことより。
 レイカは、どうなった?
 今の爆発を、街一つ吹き飛ばすような爆発を至近距離で食らって、エヴァは持つのか?
 レイカは、持つのか?
 発令所にも、動揺が走る。ただ、心配しているのはあくまでもエヴァであって、レイカではないけれど。
 それはしょうがないことか。
 光が消え、モニターに闇と火炎と煙が映し出される。
 その煙の奥に、うっすらと巨大な黒い影。
 歩く、影。
 発令所に、恐怖感が蔓延していく。
「あれがエヴァの……」
「本当の姿……」
 震えを含んだ声とともに、影の姿が映し出される。
 黒い、逆光に染まったエヴァが。
 ふと、何となく今更になって気になり、見上げた先には。
 隣に老人を従えて座る、愉悦に歪んだ顔をした父が居た。


03


 のっそりと気怠げに起き上がったレイカの気配に、思考の渦から意識が引き上げられるのを他人事のように感じながら、ゆっくりと時間を掛けて、前髪に隠れたレイカの目と、視線を合わせた。
「おはようレイカ。気分は」
「あまり良くないわね」
 しゃべるのも億劫なのか、ゆっくりというか、間延びした声で、それでも健気に答えてくれた。
「おはようお兄ちゃん。いつの間にか朝なのね」
「睡眠時間は過去最短だろうなあ」
 普段に比べれば、勢いも面白みも欠けた普通の会話に、そんな風に考えてしまうあたりもう駄目なのかもしれないと鬱になりつつ、再度ベッドに倒れ込んだレイカを目で追う。
 朝一ですらしゃきしゃきと機微に、尚且つ優雅に動き回る体と舌を持つレイカにしては、低血圧不健康少女のような今の状態に、微妙に萌え心を刺激されてしまう。あれか、ギャップ萌えか。
 そんな僕を尻目に天井を見上げたレイカは顔を顰め、
「嫌な天井ね。照明が明るくて目が疲れる」
 そう呟いてまた起き上がった。
「窓だって大きいんだから、別に照明の必要はないでしょうに。ね、お兄ちゃん」
 これはあれだろうか、エヴァの格納庫で適当なことを言った僕に対する当てつけだろうか。
「そうだな、その通りだよ」
「それはそうとお兄ちゃん、とにかくここを出ましょう。ついでに歩きながら何があったか教えてくれる?」
 病院って苦手なの、と付け加えるレイカに同意して、レイカが立つのを手伝い(かなり嫌がられた)、二人して病室を出た。




「ふうん。つまりアレが勝手に使徒を殺したのね? ふうんふうんふうん」
 何故かアレの部分に膨大な殺意を感じながらも、何とかスルーすることに成功した。
「面白い兵器よね。思考投影型操縦に、未知のエネルギーシールド、人の手を離れたバーサーカーモードまであるなんて、なんて秘密兵器ですか」
 敬語になるほど苛ついてるのか、ご機嫌なのか、呆れているのか。分からないまでも、分かる必要もないほどに強力な感情を内面に抑え込んでいるのは明らかだった。
「ロボットアニメの主人公なんて、熱血な、もしくは捻くれた人間がすればいいのに。この世はどこを向いても裏切りに満ちてるわ」
 おまえも十分捻くれてるけどな。
 それは僕もか。
 そんなこんなで、なんやかんやで僕らは病院の廊下を歩いていた。話せと言われてはいたものの、よくよく考えてみるとそれほど話すことはなく、語ったのは《なんかエヴァが暴走して倒してくれたよ。シールドとか自爆とか、お約束だねっ》程度の物だった。
「まあ、街の方も散々ぶっ壊れたみたいだけどね」
「あれかしら、巫女子ちゃん風に言うなら、『《パティシエ自身最高傑作のケーキ完成、ただし初購入者のケーキに卵の殻混入》みたいなっ!』とか」
「僕は子荻ちゃんが好きだなあ……」
 策師とか憧れる。ていうかそれ、なんだか違う気がする。
「わかりやすいわね」
「わかりやすいよ? そっちもね」
 かわいいしね。
「それはそうとお兄ちゃん。ここって地下のはずよね?」
「ん? そうだな、ジオフロントだし」
「随分と自然豊かだと思わない? 人工植物だろうけど、それにしたってジオフロントって言うのは地下空間のことでしょう?」
「まあけど、一般的には地下都市っていうか、地下都市開発計画そのものの意味の方が強いからね、Geofrontで地下開拓線」
「それにしたって、山やら湖やら森やら、必要あるのかしら。別に酸素問題を意識したわけでもないでしょうに」
「そこはほら、こう、ゆとりというか、意識の潤いというか」
「そんな暇と金があるなら、とっとと武装を完成させなさいよ」
「身も蓋もないなあ」
 ふう、とため息をついて。レイカの柔らかく艶のある髪を弄ぶように頭に手を置く。
「ま、そこは割り切ってやろうよ。大変なんだろうし」
「きゃっほう! お兄ちゃんに頭撫でられちゃった! 割り切る割り切る割り切っちゃう!」
「キャラ変わってねえ!?」
 僕的には何でこんな組織の肩を持たなくちゃいけないんだろうとか考えながら、多少気が立っている妹を静めようと思っていたのに。なんか別の意味で気が立ってるし。
「頭を撫でられたら仕方ないわね。こうなったら乙女の最奥、初めてを捧げるしかないようね」
「まてまてまて! 僕が頭撫でる行為に一体どれだけの価値があるんだよ!」
「慶長遣欧使節関係資料並に」
「国宝級!!」
 しかも指定件数の少ない歴史資料の分野だ!
「まあまあお兄ちゃん落ち着いて、確かにここにはベッドがたくさんあるだろうけど、さすがにここでしようだなんて事は考えてないわ」
「僕的にはどこであっても勘弁願いたいけどな」
 まあ、調子は出てきたようだ。
「話は変わるけれどお兄ちゃん。あの使徒って言う奴は何なのかしらね」
「さあなぁ。赤木さんも教えてはくれなかったし」
 判明してはいないとは言われたものの、なんだかはぐらかされたような気もした。
「個人的には怪獣、異星人ではないかと思うのよ」
「それこそウルトラマンの出番じゃねえか。まあでも、バルタン星人じゃなくて良かったな。核ミサイル二発でもけろっと復活するし、マッハ5で飛ぶし、ましてや瞬間移動能力に分身能力だぜ。相手にもならねえって」
「だったら火星に行けばいいのよ」
「いや、スペシウムは架空の物質だからね」
「しかしバルタン星人といえば、セミ人間。セミ人間といえばウルトラQだけど、私つい最近までずっとウルトラマンが一番始めだと思っていたわ」
「話が切れ切れじゃねえか……」
「ハサミだけに、ね」
「…………いや、あんまりうまい事言えてないからね」
 そんなしたり顔で言われてもなぁ。
 と、馬鹿話もそこまで、話の区切りを付けようじゃないかとでも言わんばかりのタイミングで、がらがらとキャスターが激しく回る音が廊下に響いた。
「急患かしら……」
「さあな、まあこんな場所だから外来はないだろうけど」
 やがて見えてきたのは、ストレッチャーを押す一人の看護師。ストレッチャーは上部分に大層な囲いが付いている(初めて見るものだった)せいで、人が乗っているのかどうかも分からなかった。
 しかし、そんな心配も必要なく。僕らの前を通り過ぎるストレッチャーには、確かに人が乗っていた。
 ただしその存在感は、相も変わらず希薄で不透明だったけれど。
 少女。
 青みがかった銀髪に、血も凍る血色の瞳。
 レイと呼ばれた少女。
 レイカと同じ、エヴァのパイロット。
 その少女が、レイカと僕を無感動に見つめていた。
 無感動で、無感情。
 無動作で、無反応。
 無。
 死んでいるようで、間違いなく死んでいなくて。
 限りなく、存在していない。
 どこかレイカに似ているように、僕は感じた。
 結局お互い何の反応も示さず過ぎ去った。
 通り過がった。
「なんというか、おまえに似てるよな」
「やめてよ」
 気味が悪そうに。
 不愉快そうに。
 同族嫌悪。
「虫酸が走るわ」
 或いは。
「私はあんなのじゃない」
 微細な差異が、許せないのか。
「あんな風には、ならない」


04


 結局その後会話も弾まず、ニ三言葉を途切れ途切れに交わしながら、ロビーで葛城と合流し、病院から出ようとしていたときだった。
 軽い電子音とともに開いたエレベーター内にいたのは、何を隠そう僕らの実父。碇ゲンドウその人だった。
 制服と思われる黒い服を僅かに着崩し、元学者の癖に割と体格が良いのまでは、まあプラス面として許容出来る。だが他の要素が完全にそれを殺していた。
 顎髭びっしり。
 視線を隠すサングラス。
 極めつけに、付いたあだ名が妻殺しときたものだ。
 最悪じゃねえか。
 そんな最悪な男が、何を間違ったか僕らの実父なのである。
 僕らがエレベータに入るのを邪魔するがごとく、全く退こうとしない。その上、喧嘩を売りつけるように見下しているのである。
 正直、プッツンしそうだ。
 だがレイカはそんなことなど何のその。優雅に長い黒髪を翻し、挑発するように首の角度を変え、薄く笑って、葛城が来て以来閉ざしていた口を開いた。
「お父さん。約束、忘れてないでしょうね」
 そんな娘への答えなのか違うのか、とにかく父さんは無言を貫いた。
 約束、というのは、出撃前に交わしたあれか。
「沈黙は了承ととるわよ。時間を作っておいてね。明日にでも向かうから」
 その言葉を言い終わると同時に、空気を読んだかのように扉は閉まった。
 葛城はそんなレイカを驚いたように見つめていたが、結局の所、僕には関係のない事だったし、だから僕は数年ぶりの親子の約束などこのようにしか考えられないのだった。
「またエレベーター待たなくちゃいけないなあ」





「二人でですか?」
 僕らは、再度ネルフに入り、何故か床下にジオフロントの景色が見える場所に来ていた。本当、どういう仕掛けになっているのだろうか。
 話していることは、僕らの住居環境のことらしい。しかしやっぱり帰してはもらえないのか。お別れの挨拶くらいはしたいものだったのだけれど。
「そうだ。彼女らの個室はこの先の第六ブロックになる。問題はなかろう」
 彼女ら、ね。実際は僕も送り返したいくらいなんじゃないか?
「それでいいの? 二人とも」
「いいですよ。僕は、ですけど」
 レイカは何も言わない。沈黙は了承。
 そんな僕らに何を思ったのかは分からないが、急に深刻な悩み顔になると、決意したように顔を上げた。
「よし! あたしの家に来なさい! 二人とも」
「嫌です」
 そんな葛城の決心を、間髪入れずにへし折る妹だった。
「え、えぇ!? なんでぇ!?」
 訳が分からないという風に狼狽える葛城に、冷たい目を向けて(髪で隠れて見えないが)言い放った。
「どうして折角お兄ちゃんと同棲生活できるのに、そこに異物を入れなくちゃいけないんですか。あ、住居は地上の一軒家、できれば大きくて部屋数のあるものでお願いします」
 珍しく他人にしゃべりかけたレイカだったが、それもこれも全部己の欲望故だった。
 なんだかなあ。
 結局、難色を示されたものの、レイカの無言のプレッシャーに押されて、住居を確約、どこかに電話を掛けたかと思うと、準備が出来たと宣いやがったのだった。
 特務機関、恐るべし。



To be continued...
(2010.10.16 初版)


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