新世紀エヴァンゲリオン 〜The place at which a wind arrives〜

第一話 吹き始める風の音

presented by tai様












 コンコン



 「旦那様、よろしいでしょうか」

 「入れ」



 ガラッ



 障子が開き、そこから初老の男が現れる。

 男の名前は山岸タカユキ、この京都にある碇家に仕える執事のような存在で、同時に現当主の右腕でもある。

 そんなタカユキの入室を厳しい表情で見る老人―――――碇家現当主、碇ゲンマ。



 「何用じゃ」

 「は、実はシンジ様宛てにこのような手紙が届いておりましたので旦那様にお目通しをと」

 「シンジにじゃと?…………誰からじゃ」

 「それが…………その」



 口篭もるタカユキに疑問を感じつつ、手紙を受け取り目を通すゲンマ。

 と、その表情が数秒で憤怒に変わっていく。

 その原因たる手紙に何が書かれているかというと…………



 『来い   碇ゲンドウ』



 電報のノリであった。



 「あの痴れ者が…………!未だ碇姓を名乗っているのも無論のことだが今更シンジに何の用だというのだっ!!」



 グシャ、と手紙が握りつぶされる。

 その際、手紙の下に重なっていたある写真も一緒に握りつぶされてしまったが些細なことであろう。



 「おそらくは、『時』が来たのではないかと」

 「…………ふん、こそこそと何かを企んでいるかとは報告が入っておったが…………やはりシンジを巻き込むつもりだったか」

 「碇家のエージェントにも探りきれませんでしたからな。よほど後ろめたいことを企んでいるのでしょう」

 「あの痴れ者が何を企んでいるのかは知らんが…………このワシのいるこの家にこんなものを送りつけてくるとはいい度胸だ」

 「とりあえず返事を返しておきましょうか?」

 「僕個人としては『用があるならお前が来い、この礼儀知らずが』をオススメしますね」

 「ふむ、それはいいな。…………ところで、いきなり登場するのはやめてくれんかの、渚君。

  この老体の心臓にはちと刺激が強いのじゃが」

 「これは失礼。いやはや、シンジ君がいないとつまらないものですから、つい」



 音もなく部屋の隅に現れた白銀の髪を持ち、紅い瞳を持つ少年。

 シニカルスマイルを浮かべつつその少年はゲンマの前に来ると礼儀正しく正座をして彼と向き合った。



 「しかし礼儀の欠片もない文章ですね。品性が疑われますよこれは」

 「全くじゃ。ユイもどうしてこのような男を選んだか未だに理解できんわい」

 「人という種はそういうものですよ。その容姿や性格が異なるように愛するものも異なるのですから」

 「ま、今更言っても詮無いことじゃがな…………さて、渚君。これが君の言っていた『境目』かね?」

 「ええ、今この時より始まる世界の変革―――――いや、選択でしょうか。それが始まりました」

 「その中心が…………」

 「シンジ君です」



 重苦しい沈黙が部屋に訪れた。

 ゲンマとタカユキに在ったものは、悔恨。

 この四年間、彼らは自らが率いる碇財団の力をフルに使って諜報力を高めてきた。

 国連―――――いや、それ以上の力を持つ『ゼーレ』の子飼いたる組織『ネルフ』

 そんな組織にたかだか日本の一財団が表立って反抗などできるはずもないが、裏でなら話は別。

 量では適わないものの、質を上げることに専念し、絶えず相手の情報の収集に努めてきた。

 全ては、彼のたった一人の孫のために。















 それは六年前のことだった。

 ゲンマは碇シンジ、その存在を知ってはいたものの、彼に会うことをしようとはしなかった。

 本心では孫に一目会いたいと願ってはいたものの、勘当同然で家からたたき出した娘、ユイの手前意地のようなものだったのだろう。

 毎日を悶々として過ごしていた。



 そんな彼に一つの知らせが届いた。

 シンジが学校の屋上から飛び降りたというのだ。

 その知らせを聞いたゲンマは気が気でなかったが、その心配はすぐに驚きとともに解消された。

 当のシンジ本人がゲンマの前に現れたのだ。

 わけがわからないゲンマだったが、気にしていた孫本人が現れたとあっては意地なんぞゴミのようなもの。

 飛び降りのことを追求し、監督不行き届きとの理由でシンジを自分の下で育てることにしたのである。



 そして、幾ばくの時が流れ、ゲンマは二つのおかしなことに気がついた。

 一つはシンジの行動である。

 ゲンマはシンジの今までの生活を知っていたので、愛情を込めて育てようと彼を家におこうとした。

 学校も本人が行きたいというまで行かせなくても良いと思っていた。

 だが、彼は小遣いがある程度貯まるとふらふらと旅に出ることが多かった。

 無論、小学生の男の子一人でそんなことをさせるわけにもいかないゲンマはシンジを止めようとしたり護衛をつけようとした。

 しかし、誰一人としてシンジを止めることも護衛をすることも出来なかったのである。

 そう、シンジが「ちょっと出かけてくる」と言って出かければ戻ってくるまで誰一人としてその姿を確認することが出来なかったのだ。



 もう一つもやはりシンジのことだった。

 シンジが碇家にやってきて数日、不審な人影が碇家の周りで確認されたのだ。

 怪訝に思ったゲンマが調べてみると、その半分はシンジの父親であるゲンドウの手の者であることが判明したのだ。

 ここでゲンマはゲンドウに疑惑を抱いた、何かがおかしいと。

 ゲンドウの手の者はもちろんのこと、残りの半分の謎の人影。

 シンジに何かがあると思うのも当然のことであり、また、それが何なのか調べようとするのも当然のことだった。

 謎の人影の正体が裏の世界の大物であるゼーレと知るのは数年後のことであったが。



 そんなこんなで鍛えられていった碇家の人的設備。

 おそらく、人員の質だけに限れば世界でも一流といって差し支えないレベルに成長したのである。

 ネルフ―――――いや、ゲンドウの動きを知るために。

 そしてたった一人の孫であるシンジを守るために。

 ちなみに、シンジの放浪癖については半ばあきらめたのか時折連絡を入れてくれと頼むだけに落ち着いたのだが。















 「ですが…………肝心のシンジ様が」

 「うむ、確か三日前の連絡では…………」

 「四国にいるとか言ってましたねぇ」



 途端に和やかになる空間。

 そう、話題の張本人たる碇シンジは不在だったのである。

 碇家の人員ではシンジを補足することが出来なかったように、ゲンドウやゼーレの手の者もシンジを補足することは出来なかったのだ。

 故にいることの方が珍しい、一応現住所である碇家に手紙を送ってきたのであろうが。

 さしものゲンドウも、のっけからシナリオが崩れかけていることに気付く余地もない。



 「どういたしましょうか?」

 「この際、これを見なかったことにするというのは?」

 「それが一番の気がするのぉ」



 先程までのシリアスな空気はどこに行ってしまったのだろうか、といった感じで和む三人。

 少年―――――渚カヲルは十四歳くらいにしか見えないのに違和感なく高齢の二人に混じっているのが不思議である。



 プルルル



 と、そこに電話の音が鳴り響く。

 発信源はゲンマの懐だった。



 「電話のようですね」

 「そうじゃな…………(ピッ)…………おお、シンジか!」

 「噂をすれば影ですな」

 「そうですねぇ」

 「今はどこに?…………うむ、そうか。ところでお前に手紙が来ていたのじゃが…………」



 顔をしかめて事情を話し出すゲンマ。

 その間にタカユキは黒服を呼び出し何事かを命じる。

 カヲルはどこからともなく取り出した糸で何故か綾取りを始めていたり。















 「―――――わかった、ではまたな。用事が終われば帰ってきて顔を見せてくれよ」



 ピッ



 「シンジ様は何と?」

 「シンジは第三新東京市へ…………あやつの元へ向かうそうだ」

 「そうですか…………一応手は回しておきましたので」

 「うむ、まあシンジならば何の心配もいらんとは思うが…………祖父としてできる限りのことはしてやりたいしの」

 「ゲンマさん。僕も第三新東京市へ向かいますからご心配なく」



 『東京タワー』を完成させたカヲルがやはり笑みを浮かべたまま言う。

 正直、カヲルからは得体の知れないものを感じているゲンマだったが、信用はできると思っているので反対はしなかった。

 とはいえ、ただでさえ家に滅多にいることのないシンジに加え、

 よく話し相手になってくれていたカヲルまでいなくなるとなると寂しいものを感じるゲンマ。

 こうなると全ての原因たるゲンドウへの怒りがかさむ一方で精神上よろしくなかったりする。



 「シンジ君とは一ヶ月ぶりですね。なんせ今回は長かったですから」

 「シンジによろしく言っておいてくれ。後、何かあれば必ず力になると」

 「ええ、もちろんです。しかしこのことが山岸さんに知れたらまた面白いことになりそうですね」



 カヲルの言葉に苦笑するゲンマとタカユキ。

 山岸さんというのはタカユキの娘のことである。

 山岸マユミ。シンジと同じく中学二年生であり、眼鏡の似合う大人しい感じの少女。

 彼女の人柄やシンジやカヲルとの関係についてはまたいずれ記する。



 「娘はシンジ様を好いていますからね。このことを知れば第三新東京に自分も行くと言い出しかねません」

 「というか確実に言うじゃろうな」

 「シンジ君は白馬の王子様ですからね」

 「柄ではないがの」



 違いない、と笑う一同であった。














 ピッ



 ある野原で寝転がっていた少年が携帯のスイッチを切る。

 すると、風が少年の髪を凪いだ。

 まるで、少年の前途を祝福するかのように。

 少年―――――碇シンジは起き上がりあくびをすると空を見上げて『誰か』と言葉を交わすと、歩き出した。















 「第三新東京市か…………どんな風が吹いているのかな?」










To be continued...

(2004.11.03 初版)
(2005.01.29 改訂一版〔誤字修正〕)


(あとがき)

多分初めましてなSS作家taiです。
エヴァSSは初めてですのでどうか寛大な目でみていただけるとこれ幸い。
今作は再構成に分類されるエヴァSSであり、属性はLR(M?)Sになる予定です。
レイが一番好きですがマナやマユミも好きなんですもの(ぇ
ほのぼのとシリアス、そして時にはラブも織り交ぜつつ彼らの物語を紡いでいきたいと思います。
とりあえずゲンドウは間違いなくバッドエンド行きなのでファンの方は注意(笑)
他のキャラはまだ未定、ミサトはかなり微妙な位置にいます。気分しだいで早期退場したり弄られたりするかも。
あ、ちなみにタイトルは日本語にすると『風の辿り着く場所』となります。どっかで聞いたことのあるタイトルでも気にしたらいけません(笑
略して「風エヴァ」とでも呼んで下さい。



(ながちゃん@管理人のコメント)

tai様より「風エヴァ」の第一話を頂きました。
・・・シンジ君、何事もなかったかのように生きていましたね(汗)。"風"が救ってくれたとでも言うのでしょうか?
どうやらこの事件を機に、彼の精神にも大きな変革があったみたいですね。まあ、良い意味で。
しかし学校にも行かずに、放浪三昧とは・・・学力のほうは大丈夫なのでつか?(笑)
さて、すでにカヲルとマユミの二人が早々と話に関わってきているようですね(カヲルの正体は非常に気になるところですが・・・)。
この二人が今後どのように絡んでくるのか、楽しみです。
次は、シンジ君が第三を、ネルフを訪れるシーンですね。
彼がネルフ(とくにゲンドウ)に対し、どのような態度を見せるのか、今から非常にワクワクしております(・・・管理人が何を期待しているのか、わかりますよね?)。
あと、ゲンドウがバッドエンド確定ってことは、このSSはアンチ系ということですよね?(笑)
うむ、わかりました。アンチマークも一つ追加しておきましょう♪(暗にプレッシャーを掛けている?)
さあ、次話へと進みましょうか♪(ワクワク、ドキドキ♪)
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その際、さり気なく、「ジゴロ」の執筆も頑張って♪・・・って、まだ言うかっ!(爆)