新世紀エヴァンゲリオン 〜The place at which a wind arrives〜

第三話 深紅の瞳と風の交差

presented by tai様












 「どうするつもりだ、碇?」



 ネルフ第一発令所から高官の軍人が立ち去ったの見届け、ネルフ副司令―――――冬月コウゾウは隣の男に問うた。

 それを受けサングラスに髭面といった不遜な風体の男、ネルフ総司令碇ゲンドウは口元を歪ませる笑みを見せ、口を開く。



 「初号機を起動させる」

 「初号機をか? パイロットがいないぞ?」

 「問題ない。もうすぐ予備が届く」

 「…………ふぅ」



 己の血を分けた実の息子すらも予備扱いしてのける目の前の傲慢不遜な男に溜息をつく冬月。

 が、気を取り直すと冬月はある一枚の紙をゲンドウの目の前に付きつけた。

 紙には達筆な字でつらつらとゲンドウを非難する言葉が書かれている。



 「お前もこれを見ただろう? 碇ゲンマ直筆の手紙だ。

  お前がどんな手紙を送ったのかは知らんが…………かなり気分を害させたようだな」

 「…………ふん、たかだか日本の一財団如きに何ができると言うのだ。気にする必要はない」

 「俺が心配しているのはそこではない。問題なのは碇ゲンマがここまで怒るほどお前の息子を大事にしているということだ。

  シナリオでは碇シンジは誰にも愛されず、常にぬくもりを求める心の弱い少年に育つはずではなかったのか?」

 「問題ない。人間の本質がそう簡単に変わるものか。それに碇ゲンマがシンジの心の支えと言うのならばむしろ好都合だ」

 「まあ、確かに碇ゲンマが支えならば彼から引き離すことによって心を不安定にすることができるだろうが…………」



 ゲンドウの言葉にも冬月の不安は晴れなかった。

 碇家に住み着いて(実際は違うが)からの碇シンジの様子はまるでわかっていないのだ。

 確かにゲンドウの言うことは最もだ。

 しかし何故か漠然とした不安が冬月の心に住み着いていた。

 ゲンドウは自分のシナリオに対する不安など微塵も感じていなかったが。















 彼らは知るよしもない。

 これから対面することになるシナリオの主演たる男優が脚本通りに動くことはありえないことを。

 冬月の不安は形を為すことを。

 ゲンドウのシナリオなど既に存在しないことを…………















 一方、エレベーター前。

 事態が事態なのかリツコのミサトに対する説教は簡単に済まされた。



 「ところで、この子がサードチルドレン?」

 「そ、父親に似て可愛げがないというか変わってるというか…………」

 「本人の前ではっきりと言うわね貴女、そういうところは治したほうがいいわよ。

  初めまして碇シンジ君。私の名前は赤木リツコ、リツコでいいわ」

 「初めまして。碇シンジです」



 軽くおじぎをするシンジ。

 その表情からは不安、期待、疑念とリツコの予想していた感情は見えなかった。

 リツコはそんなシンジを観察するかのように見つめていたが、シンジの隣に立つカヲルの存在に気付く。



 「彼は?」

 「渚カヲル君。シンジ君の友達らしいんだけど…………」

 「あのねミサト、ここからは関係者以外立ち入り禁止なのよ? ええと、渚君?」

 「はい、なんでしょうか?」

 「ここからは関係者以外立ち入り禁止なの。悪いんだけど…………」

 「シンジ君は?」

 「彼は司令が父親なのよ。だから近場のシェルターで待っていてもらえないかしら?」

 「わかりました」



 言い出しっぺのリツコが驚くほどあっさりと承諾をするカヲル。

 リツコは控えていた保安部の黒服に案内を命じ、そのままカヲルを外へと連れて行かせた。



 「悪いわね、シンジ君」

 「いえ、構いませんよ。ただ、父親が司令だから関係者というのは不思議ですが」

 「そのあたりは後で説明するわ。とにかく今はついて来て」



 身を翻し、歩き出すリツコ。

 ミサトはその隣を、シンジはやや離れてその後をついていく。



 「ところでどうするの?零号機は凍結中なんでしょ?」

 「初号機を使うわ」

 「初号機を?…………動くの?」

 「起動確率は0.0000000001%よ。09システムとはよく言ったものね」

 「…………それって動かないんじゃ」

 「あら失礼ね…………0じゃなくってよ」



 一介の中学生であるシンジにはわけのわからない会話が展開されている。

 が、シンジはそれを聞きながらも表情を崩さない、いやむしろ聞いてすらいないのかもしれない。

 ただ無言で自分らについて来るシンジを時折ちらりと見つつ、リツコは疑問を膨らませるのだった。















 やがて一行はある扉をくぐり、一つの空間に出る。

 だが、そこは暗闇だった。



 パッ



 空間に光が灯ると同時にシンジの前に巨大なシルエットが浮かび上がった。

 それは紫色の外観をした、巨大ロボットの頭部。



 「へぇ…………こいつは?」

 「人の作り出した究極の兵器汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン。そして、これはその初号機。

  建造は極秘裏に行なわれた、我々人類の最後の切り札たる存在よ」

 「父さんの仕事がこいつに関係しているってわけですか」



 『そうだ』



 空間に響き渡る声。

 それはシンジ達から初号機を挟んで離れた部屋のガラス越しに見える男、碇ゲンドウのものだった。

 シンジはそちらを一瞥すると初号機へと向き直った。

 まるで今の一瞥でゲンドウに対する全ての興味を無くしてしまったかのように。



 『久しぶりだな、シンジ』



 が、ゲンドウはそんなシンジの行動を自分を恐れてのことだと考え、言葉を続けた。

 リツコとミサトはシンジの近くにいたので、シンジが完全にゲンドウを気にしていないことがわかってしまったが。



 「シン―――――」

 『出撃』



 流石にそれを咎めようとしたのか、ミサトがシンジに声をかけようとしたのだがそれを遮ってゲンドウの声が響く。

 瞬間、あっけに取られたミサトだったが優先事項をゲンドウの言葉だと判断したらしい、大声を張り上げて反応する。

 一方、リツコは度重なるシンジの異様な反応に疑問が疑惑へと変わっているようだ。



 「ちょ、ちょっと! 零号機は凍結中でしょ!? まさか、初号機を使うつもりなの!?」

 「そうよ」

 「でも、パイロットがいないじゃない。レイはまだ重体なのよ!?」

 「パイロットなら…………さっき届いたわ」

 「な…………! でも、あのレイでさえ、エヴァとシンクロするには七ヶ月も掛かったのよ。

  今日たった今来たこの子にはとても無理よ!」



 があー、と騒ぎ出すミサト。

 が、こうなることは予想できた―――――否、知っていたであろう彼女のこの発言は滑稽以外の何者でもない。

 当事者たるシンジはまるで気にしていない様子ではあるが。

 ただ、吼えるミサトをうっとうしそうに感じてはいたりする。



 「まさか僕をここに呼んだ用件ってこれ?」

 『そうだ』

 「なんで僕が?」

 『お前が適任だからだ』

 「…………はぁ〜〜〜」



 かなり深めの溜息をついてうなだれるシンジ。

 あきれて物が言えない、といった風であろうか。

 が、ゲンドウはまたもやそんなシンジの行動を勘違いしたらしい、畳み掛けるように言葉を発した。



 『乗るなら早くしろ。でなければ、帰れ!』

 「じゃ、遠慮なく」



 踵を返し、なんの躊躇もなく扉へと歩き出すシンジ。

 しかし、何時の間にリツコとの言い合いを終えたのかミサトがその前に立ちふさがる。



 「シンジ君、乗りなさい」

 「は?」

 「あなたは、何のためにここまで来たの?」

 「いや、一応親子の義理を果たすため父さんに会いに来ただけですが」

 「逃げちゃ駄目よ。お父さんから、何より…………自分から」



 諭すようにシンジに話し掛けるミサト。

 どーでもいいのだがこの人さっきまで反対するようなこと言ってなかったっけ? とシンジはふと思った。

 実際のところミサトはリツコに言いくるめられたのでやってきたのだが。

 良くも悪くも切り替えが早いミサトだった。















 「さてさて、まだ時間がかかりそうだね…………どうしたものだろう?」



 地下でそんなやりとり行なわれている頃

 青空の下、気絶した黒服二名を足元にぼーっと立っているのは渚カヲルその人だった。

 彼の視線は足元―――――黒服ではない、に向いていた。



 「ふむ、とりあえずは…………時間を作るかな。後はなるようになると信じるとしようか…………」



 呟くカヲルの瞳が朱く光る。

 その視線はジオフロントへ向けて進攻するサキエルに向けられた。















 「使徒が…………!?」

 『はい、何かに戸惑うかのように動きを止めました』

 「何故…………」

 『あと、瞬間的ですがATフィールドの反応が…………』

 「なんですって!? ど、どこから?」

 『それが瞬間的でしたので…………誤作動ではないとは思うのですが…………』

 「…………わかったわ、現状維持のまま作業を進めて」



 オペレーターの伊吹マヤからの報告を受け、指示を下すリツコ。

 わからないことだらけであったが正直時間の余裕が出来たことはありがたかった。

 何故ならば、彼女の目の前ではシンジに対するミサトの説得(?)が難航していたからである。



 「どいてくださいよミサトさん。僕はさっさとこんな所から出たいんですが」

 「そういうわけにもいかないの。あなたにはエヴァに乗ってもらわないと…………」

 「ここは風の通りが悪ければ、濁ってもいる。

  こいつ―――――初号機には多少なりの興味はありますが面倒はごめんです」

 「何をわけのわからないことを。それに面倒って…………このままだと人類が滅びるのよ!?」

 「何故ですか?」

 「それは、使徒が―――――」



 押し問答状態の二人。

 リツコは止むを得ないとばかりに近くの整備員に初号機のパーソナルパターンを書き換えるように指示を送る。



 『冬月、レイを起こしてくれ』

 『…………使えるかね?』

 『構わん、死んでいるわけではない』



 続けてゲンドウが冬月に通信を送る。

 流石にシンジの異常に気がついたらしい。

 が、これでシンジも初号機に乗らないわけにはいくまい、と一人ニヤリとなるゲンドウだった。















 キュラキュラキュラ―――――



 ミサトの声がようやく途切れた空間に何かが移動してくる音が響いた。

 二人の医師らしき人物が移動式ベッドを運んできた音だった。



 「な―――――」



 シンジの驚きの声があがった。

 ベッドの上にいたのはシンジと同年代の一人の少女。

 蒼銀の髪に色素の薄い白い肌。

 身体にフィットしたスーツのようなものの上に包帯を所々巻いた苦しげな表情。

 明らかに重傷であるとわかるその少女にシンジは反応を示したのだった。

 それはミサト達の考える反応故にではなく―――――ただ、その存在に。



 『レイ、もう一度だ』

 「…………ううっ」



 ゲンドウの声に、苦痛を耐えながら起き上がろうとする少女―――――レイ。

 シンジはそんなレイの様子を何の感情も見せないままじっと見つめ、ただゆっくりと近づいていく。



 「この『風』は―――――君が?」



 シンジはレイに問い掛けた。

 答えが返ってくるとは初めから思っていない。

 ただの純粋な疑問。

 それが最も的確だっただろう。

 無論、その言葉を聞いていた二人の医師も、リツコも、ミサトも…………問いに答えられるはずもなかった。



 すっ



 シンジがレイの頬へと手を伸ばした。

 その手が触れる直前、ゆっくりと静かにレイの瞳が開く。

 まるで、王子様のキスで目覚めた眠り姫のように。

 そして二人の瞳は交差し―――――















 二人は、出会った。










To be continued...


(あとがき)

三話かかってようやくシンジとレイがご対面。
ほぼ原作通りなのになんかドラマチックな描写で盛り上げてみたり(笑)
というかいつ原作の一話部分が終わるんだこれ………(汗
シンジ君もカヲル君も怪しい行動がたくさんですねー、現時点では何がなにやら。



(ながちゃん@管理人のコメント)

tai様より「風エヴァ」の第三話を頂きました。連夜の投稿、お疲れ様です。
原作の第一話、その中編(?)に相当するお話ですね。恐らく次あたりで完結かな?・・・第一話が(汗)。
しかしやはりゲンドウって、シンジ君を軽く見てますよねぇ〜。所詮は子供、どうにでもできると。ホント、馬鹿ですよねぇ〜。すでにシナリオは瓦解しているというのに・・・。
ミサトという女は相変わらずの偽善風味ですな。
一応私はシンジ君のことを心配しました!っていう見え見えのポーズ、禊(みそぎ)を経てから豹変、・・・結局はエヴァに乗れって強要するんですからね。はぁ〜まったく呆れますよねぇ〜。
まだ判断はつきませんが・・・すでに良い感じでムカついています。
カヲルがスンナリ引き下がったのは少々意外でしたが、・・・やっぱ裏で暗躍するんでしょうかねぇ〜。
でも、黒服を倒したことはいずれネルフの知るところになる可能性が高いし(しかし何で倒したんでしょう?シェルターの外に出るために邪魔だった?)、どういうスタンスを取るんでしょうかね?
そもそも彼って、ゼーレとは関係ないんでしょうか?(素朴な疑問)
さて、ついにレイとめぐり合いましたね。
このお話、LRSは確定みたいですから、あとはこれにマユミがどう絡んでくるのかが見どころですね♪(おい)
場合によっては、「マユミ好き好き♪」のアイコンも新設しなくちゃいけないのかも?(笑)
次話を心待ちにしましょう♪
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その際、さり気なく、「ジゴロ」の執筆も頑張って♪・・・って、いい加減そこから離れんかいっ!(爆)