新世紀エヴァンゲリオン 〜The place at which a wind arrives〜

第四話 切り札、未だ動かず

presented by tai様












 それは奇妙な光景だった。

 紫色の巨人―――――エヴァ初号機の目の前で見詰め合う少年と少女。

 シンジはレイの頬に片手を添えるような体勢のまま静止し、

 レイは苦悶をその端正な顔立ちに表しながらもシンジの目から視線を逸らさない。

 まるで、演劇のワンシーンを見ているかのような錯覚をその場にいた全員は覚えた。

 誰一人として声を発することが許されない空間。

 そう、それは今この時の状況を数瞬とは言え頭の中から消え去らせてしまうほどに。















 あなたは―――――誰?



 それが主演の片割れたるレイの唯一といっていい思考だった。

 命令されるがままに初号機に搭乗しようと運ばれてきた自分。

 そこで見たのは見知らぬ黒髪の少年。

 それだけなら彼女がシンジに注意を引かれることは―――――否、興味を覚えることはありえない。

 何故ならば彼女は『知らない』のだから。



 人のぬくもりも

 自分が一人の少女であることも

 そして、興味を持つということさえも



 だが、彼女は『知っていた』

 目の前にいる少年から感じるモノを。

 この体中を駆け巡る痛みすら忘れさせてくれる穏やかで心地よいモノを。















 そう、それは五年前のあの時に感じた―――――














 「う…………くっ…………ぅ」

 「レ、レイ! 大丈夫!?」



 だが、そこまでだった。

 レイの記憶の扉は再び襲ってきた痛みによって閉められてしまう。

 起き上がりかけていた体を再び倒すレイ。

 そんなレイの苦悶の声と同時に呪縛が解けたように動き出す時。

 最初に動いたのはミサトだった。



 「くっ、やはりレイのこの状態では…………!」

 「ミサト、今更何を言っているの? 使徒は私たちを待っていてはくれないのよ。

  ならば今自分が何を為すべきなのか、わかっているでしょう?」

 「わかってる、わかってるけど…………ねえ、シンジ君。あなたが乗らないとこの娘が乗らないといけないの!

  こんな傷ついた女の子を一人、戦場に向かわせてあなたは平気なの!?」



 ミサトの何処か縋るかような問いかけ。

 だがそれは客観的に見れば婉曲的な脅しに過ぎない。

 要するに「あなたが乗らないせいでこの娘が死ぬかもしれない」と言っているわけなのだから。

 しかし彼女はそれを計算しているわけではなかった。

 ただ、重傷のレイを戦わせたくないという『今最も優先すべき想い』に従っているだけに過ぎないのだから。

 何も知らない素人の少年を戦わせる、ということの順位が下がり見えなくなっただけ。



 (ミサト…………あなたのそういう真摯なところが私は気に入ってるんだけど…………思い切り矛盾してるわよ)



 少し離れた所でその言葉の意味を察したリツコはそんな親友に呆れながらも冷静にシンジを観察していた。

 そんな台詞ではおそらくあの碇シンジは動かないと予想はしていたが。

 ミサトにはああ言ったものの、どういうわけか使徒は待っていてくれている。

 ならばレイに反応を示したことに賭けてみるのも悪くない―――――それがリツコの考えだった。



 「…………あ」

 「ちょっと聞いてるの―――――って、え!?」



 だが、次にシンジのとった行動は誰もが予測できないものだった。



 「とりゃっ!」



 ガスッ!!



 シンジは何かに気付くような素振りを見せると、掛け声と共に蹴りを放った!

 ミサトへ向かってではない。

 医師二人に向かってでもない。

 彼の標的になったのは―――――



 「レ、レイーーーーーーーーーーー!?」

 「な、何やってんのよアンターーーーーーーーーー!?」



 レイがその身を横たえている移動式ベッドだったのだ。

 当然の如くガラガラガラと音を立てながらその場から離れて行くベッド。

 同時にシンジは蹴りの反動で後方に後退して行く。



 と、その時だった。















 ドォォン!!















 激しい振動音が一同を襲った。

 同時に天井部を支えていた鉄骨の数本が落下してくる。



 ―――――そう、数瞬前までシンジとレイがいた場所へと。



 「なぁぁぁぁっ!?」

 「うわあっ!?」

 「ひいっ!?」



 当然その場に残っていたミサトと医師二名はその直撃コースにいた。

 誰もが惨劇を予想したその瞬間、初号機の腕が動きその鉄骨を弾く!



 「動いた!」

 「な!?」



 思わず叫ぶミサト他数名の整備員、そして驚くリツコ。

 どうでもいいのだがミサトは自分が潰されそうだった事実は気にしていないのだろうか。

 医師二名は床にへたり込んで呆然としているというのに。



 (初号機がミサト達のために動いたとは考えられない…………まさか、守ろうとしたというの、彼を!?)



 呆然とするリツコ。

 確かにシンジが動かなければシンジも鉄骨直撃コースにいたわけだからそう考えるのは正しい。

 だが、彼女はここで気付けなかった。

 あまりにもタイミングよくシンジがベッドを蹴ってその場を離れたというその不自然さに。



 「いける!」



 そんなリツコと同じ結論に至ったのだろうか、ミサトは拳を握り締め確信の笑みを浮かべる。

 ちなみにレイは整備員達によってきっちり受け止められていたので被害はゼロだった。

 まあ、ベッドを蹴られた衝撃で若干体がずり落ちかけてはいたのだが。



 「シンジ君―――――って、ああっ!?」



 ミサトの大声が響き渡った。

 シンジは何時の間にか移動していたのだ。

 出口に、ではなく初号機の前へと。



 「何故…………いや、これは違う? そうか、今のは君ではなく…………」



 ぶつぶつと独り言を始めるシンジ。 

 が、やがて何かに思い当たったのかくるりとリツコの方を振り向いた。



 「乗ります」

 「へ?」

 「え?」



 突然の搭乗受諾に呆気にとられるミサト&リツコ。

 今まで喋らなかったゲンドウはようやくか、とばかりにニヤリと口元を緩めるだけだったが。



 「乗るだけでいいんだよね?」

 『ああ、座っていればそれでいい。それ以上は望まん』

 「わかった。で、リツコさん。どこへ行けばいいんですか?」

 「え、ええ…………こっちよ、ついて来て」



 腑に落ちないものを感じつつもシンジを誘導していくリツコ。

 先程の震動からみて、使徒が再行動を始めたのだろうと予測したためシンジを問いただす暇はなく、悶々としていたのだが。















 『LCL排出開始』

 『プラグ固定完了、第一次接続開始!』



 特に目立った行動も見せず、エントリープラグに入るシンジ。

 そんなシンジをモニターで見つつ、ミサトとリツコは疑問を隠せなかった。



 「なんで彼、いきなり乗る気になったのかしら」

 「私に聞かれてもわかんないわよ。まあ、こっちとしては願ったり叶ったりなんだけど…………」

 「あなた彼の側にいたでしょ? 何か気がつかなかったの?」

 「そーいわれてもねぇ…………レイに反応してたみたいだけど、レイのためってわけでもなさそうだし」

 「と、なるとやはり初号機かしら。何か興味があるような素振りだったし」

 「わかんないことだらけよねぇ…………渚君あたりだったらわかるのかもしれないけど」

 「…………そうね」



 ミサトの言葉に先程までシンジの側にいた少年を思い出すリツコ。

 渚カヲル、彼はどこか不思議なものを感じさせた。

 それはシンジにも言えることではあったが、彼は彼でその存在は気になるものだった。

 そう思わせたのはレイに酷似しているその容姿。

 とはいえ、今この状況ではどうしようもないことではあるのだが。



 『エントリープラグ注水』



 シンジの足元から満たされていく液体。

 しかし、シンジはうろたえることなく、穏やかな表情のままだった。

 そんなシンジに更なる疑問を抱くリツコ。

 しかし次の瞬間、シンジから発せられた言葉に驚愕する。



 「リツコさん…………こいつ、怪我でもしてるんですか?」

 「…………え?」

 「だって血…………ですかねこれは、が漏れてるじゃないですか」

 「そ、それは血ではないわ。LCLというの。それは肺を満たせば直接酸素を供給してくれるわ」

 「へえ…………便利な体液なんですね」



 動揺を押し殺して説明するリツコ。

 確かにエヴァは限りなく生物に近い、いや、生物といって過言ではない兵器である。

 だが、そのことを説明したわけでもないのにエヴァを一つの生物として扱うシンジは異様そのものだった。



 「リツコ…………」

 「ええ、わかってるわ。彼は明らかに異常よ…………一体彼は何者なの」



 『主電源接続』

 『全回路動力伝達」

 『第2次コンタクト開始』

 『A10神経接続異常なし」

 『初期コンタクト全て異常なし』

 『双方向回線開きます』

 『シンクロ率は…………えっ!?』



 途切れる声。

 モニターを見て報告をしていた女性―――――伊吹マヤに視線が集まる。



 「どうしたのマヤ!?」

 『シ、シンクロ率0%…………ハーモニクス、全て正常です…………エヴァ初号機、起動しません』



 静まり返る発令所。

 高みからその様子を見ていたゲンドウと冬月も驚きは隠せないのか呆然とした表情だった。



 「碇、どういうことだ!?」

 「馬鹿な…………!」



 「リツコ、どういうことなの!?」

 「ありえないわ…………シンクロ率0%なんて!」

 「ど、どういうこと?」

 「エヴァとのシンクロはA10神経を通して行なわれるのよ。

  時間が無いから説明は省くけど、簡単に言えば誰が乗っても1%程度なら出るのが当たり前なのよ!?」

 「でも、現実に0%なんでしょ!?」



 (シンジ君は母親を必要としていない? いえ、それでも0%という数値はありえない…………ならば何故?

  となると考えられる可能性は一つだけ…………だけど、まさか!!)



 一つの可能性に突き当たるリツコ。

 だが、それはありえない。

 碇シンジが人間である以上ありえるはずがないのだ。















 (彼は―――――碇シンジは、他者を求めることがないと言うの!?)















 ドォォォン!!!



 思考に入ったリツコの邪魔をするかのごとく発令所に鳴り響く轟音。

 使徒の進攻が本格的になってきたらしい。

 つまり、時間がないということなのだ。



 『赤木博士、初号機を発進させろ』

 「は!? で、ですがっ」

 『時間が無い。こうなってしまっては他に方法はない』



 何かを噛み締めたかのようなゲンドウの命令に騒然となる発令所。

 シンクロ率0%で起動すらしない初号機を発進させるなど正気の沙汰ではない。

 だが、今更レイへの切り替えは不可能であるし、零号機も駄目なこの現状ではゲンドウにはこれしかないのだ。

 初号機の暴走による使徒撃破、その一点だけしか。



 「碇!」

 「本部を自爆させるわけにはいかん…………」

 「だが、いくらなんでも!」

 「他に方法はない」



 ゲンドウとてわかっていた。

 明らかにシナリオを外れすぎた現状。

 だが今更引き返さないのだ。



 「ど、どうするのよリツコ」

 「どうするもこうするも…………発進させるしかないでしょ」

 「だけど初号機は動かないんでしょ!? シンジ君を見殺しにするつもり!?」

 「じゃあ貴女は他に打つ手があると言うの?」

 「くっ…………」



 発令所でも混乱は続いていた。

 事態の元凶たるシンジはネルフ職員が右往左往するのを一瞥すると、空を見上げた。

 無論、プラグ内なので見上げても空など見えはしなかったが。

 だが次の瞬間、何かを探すかのように視線を彷徨わせると―――――手をポンと叩いた。















 「―――――寝るか」










To be continued...


(あとがき)

初号機、動いてません(笑)
またまた謎行動&言動のシンジ君。
果たして全部収拾できるのでしょうか私!?(マテ
次回、動かない初号機の変わりにカヲル君が大活躍!(嘘)



(ながちゃん@管理人のコメント)

tai様より「風エヴァ」の第四話を頂きました。連夜(同日?)の投稿、お疲れ様です。
しかし、シンクロ率ゼロで、普通、発進させるか!?(笑)
恐らくは、パイロットが瀕死の重傷を負えば、初号機(碇ユイ)が暴走すると踏んだのでしょうけど、・・・果たしてゲンドウの思惑通りに行くのでしょうかね?かなり疑問です(笑)。
そもそも、シンクロ率ゼロって、エヴァが受けた痛みはフィードバックされるんでしたっけ?
まあ、動かなくても、カヲル君がいるわけだし、多分大丈夫とは思いますが・・・。
動かない初号機ネタはあまり記憶にないので、管理人的には続きが楽しみです。
次話を心待ちにしましょう♪
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その際、さり気なく、「ジゴロ」の執筆も頑張って♪・・・って、もう勘弁してっ!(爆)