未来を切り開く者達

第三話 シナリオの崩壊

presented by トシ様





ネルフ本部内のとある会議室。
照明の無いこの部屋に、人類補完委員会とゲンドウが集まり、会議を開いていた。
もっとも、ゲンドウ以外は全員ホログラムであるが。
彼らはゲンドウに対する挨拶代わりの嫌味を言っており、つい先程それが終了したところだ。
・・・どうも彼らの間では、ゲンドウへの挨拶は嫌味と言うのが常識なようである。



『しかし、君の息子の力、少々危険ではないかね?』
『左様、これは我々としても予想外だよ・・・。』
『さすが、不破の名を持つだけのことはある・・・。』
「・・・問題ありません。所詮は子供、どうとでもなります。」
多少焦りの色が見える老人達に対し、ゲンドウは動揺した様子も無く、感情の無い声で答えている。
『六分儀 、その言葉に偽りは無いな・・・?』
今まで一言も話さなかったキールが、静かな威圧感を発しながらゲンドウに尋ねた。
「・・・はい、問題ありません。」
ゲンドウの答えを聞いたキールは、その威圧感を緩めると話題を変えた。
『まあよい。それに六分儀 、貴様の仕事は人類補完計画の遂行だ。・・・分かっているな。」
『その通り。この計画こそ、我々人類に残された唯一の希望なのだ・・・。』
「・・・承知しております。計画進行には1%の遅延も認められません。」
『そうか。・・・よかろう、予算の方は一考しよう。』
『ごくろうだったな、六分儀君。あとは、委員会の仕事だ。』
そう言ってホログラムが消えていく中、キールは最後まで残り、
『六分儀・・・後戻りは出来んぞ。』
そう言って消え、後に残されたのはゲンドウだけだった。
「・・・分かっている。人類には時間が無いのだ。」



ゲンドウが司令室に戻ってくると、中で一人将棋を打ちながら待っていた冬月が口を開いた。
「委員会の連中はどうだった。」
「いつも通りさ。妄想に縋るしかない哀れな老人達の嫌味だけだ。」
そう言いながらゲンドウは椅子に座り、いつものポーズを決めた。
「そういえば、シンジ君との会見はどうするのだ。」
「行うさ。子供に自分の立場を教えるには、いい機会だ・・・。」
冬月の問いかけに対し、ゲンドウはニヤリと笑いながら答えた。
「そううまく行くか・・・。」
そう懸念する冬月とは対照的に、ゲンドウはあくまで自信を持って答えた。
「問題ない。例え御神といえど、武器が無ければ何もできんよ・・・。」
「だと、いいのだがな・・・。」
冬月は溜息を吐きながら、先日の戦闘を思い出した・・・。





先日、第3新東京市市街地。

初号機がリフトオフされてからシンジの気迫に飲まれていた発令所がったが、直ぐに気を取り直すと各自の作業に取り掛かった。
「シンジ君、まずは歩いてみて。」
ミサトの言葉に反応して初号機が足を踏み出すと、発令所ではどよめきが起こった。
そんな中、歩いただけで騒ぐ面々に呆れつつ、恭也は口を開いた。
「シンジ、周囲に何か気配はあるか?」
恭也の言葉を受けたシンジは、目を閉じて集中し始めた。
「ちょっと、何勝手に指示してんのよ!」
ミサトが自分の仕事を奪われたと思って恭也に噛み付くが、
「周囲の安全を確かめるのは、指揮官なら当たり前の事だ。勝手にされるのが嫌なら、歩いただけで喜んでいないでちゃんと仕事しろ。」
正論で返されたので何も言えなかった。そしてその言葉を聞いた発令所スタッフは、慌てて気を引き締めた。
『・・・1時方向のビル付近に1つ。気配の大きさからすると、10歳前後の子供かな。』
そのシンジの言葉にオペレーターが指定された付近の映像を出すと、そこにはビルの付近で蹲っている女の子がいた。
「さて、どうするんだ、葛城作戦部長殿?」
「え、え〜と、え〜と〜・・・(汗)。」
恭也が尋ねるのだが、ミサトは答えられない。何せ、動きさえすれば、後は指示を出しとけば勝てると思い込んでいたのだ。その為、こういった想定外の事態には対処出来ない。
「・・・無能が。」
そんなミサトに対し、恭也は明らかに見下した視線と共に小さく呟いた。
そして彼らのやり取りを見ていたマコトは、溜息を吐きながら指示を出し始めた。
「シンジ君、今から救護部隊を出すから、それまで使徒の足止めを頼めるかい?」
『時間は?』
「一番近いルートからでも、往復で10分はかかる。・・・頼めるかな。」
『了解。その600秒、しっかりと食いとめてみせますよ。』
「ああ、よろしく。それと、その子の周囲半径20m以内には被害が及ばないようにしてくれ。」
『承知!』
シンジは笑みを浮かべながら返事をすると、近くにあったコンクリートの破片を掴み、サキエルに向かって思い切り投げつけた。
その破片がサキエルに当たると同時に、シンジは女の子がいる場所とは逆の方向に走り出した。そしてサキエルが初号機を追って移動し始めたのを見て、マコトは救護部隊に指示を出し始めた。
「地上127区画にて民間人を発見。救護部隊は直ちに出動、これを保護せよ。」
「127区画への緊急用リフト、準備完了しました!」
マコトの言葉に対し、オペレーターである青葉シゲル二尉は準備の完了を知らせた。そんな状況を見たミサトは、自分が何も指示をしていない事に気付くと、勝手に指示を出している副官に対して言葉を発した。
「ちょ、日向君!私の許可なしに勝手に・・・。」
「仕事の邪魔です。黙っていて下さい。」
発したのだが、一言で切り捨てられた。まあ確かに邪魔だしね。
だが、有能(だと思っている)な自分を邪魔呼ばわりされて黙っていられるほど、ミサトは人間出来ちゃいない。
「な、あんた上官に向かって・・・。」
「邪魔だと言っているだろうがっ!!」
「ひいっ!?」
無論マコトを怒鳴ろうとしたのだが、マコトがキレたため途中から悲鳴に変わった。
さすがのマコトも、人命が関わっている中でさえ自分での指揮に拘るミサトに対し、堪忍袋の尾が切れたらしい。
そんな中で救護部隊が地上に到着し、女の子を保護するとリフトに乗ってジオフロントに降りて行った。
「救護部隊より連絡!対象の保護を完了したとの事です!」
シゲルの報告を聞くと、マコトはミサトを無視してシンジに回線を繋いだ。


『シンジ君、たった今保護が完了した。女の子に怪我は無いそうだよ。』
「そうですか、よかった。では、これから戦闘を開始します。」
シンジはそう言うと、サキエルに視線を向けた。
「さて、葛城一尉。こいつの武装を知りたいんですが?」
『うえ、え〜と・・・あの、その〜・・・・・・・・・リツコ、お願い。』
書類なんかを全く読まないミサトは、当然初号機の武装なんか答えられるはずもなく、仕方無いのでリツコに助けを求めた。
そしてリツコは、頭を抑えながらシンジに説明を始めた。
『いい、シンジ君。現在初号機に搭載されている武装は、左肩に収納されているプログレッシヴ・ナイフと右肩にあるニードルだけよ。他の武装は間に合わなくて・・・。』
「十分ですよ。そのナイフはどうやって出すんですか?」
『シートの横にあるレバーにボタンがあるでしょ。その左側がナイフ、右側がニードルの射出ボタンになるわ。』
「なるほど。ニードルは取り出せないんですか?」
『こちらから操作すれば可能よ。マヤ、ニードルラックを開けて。』
『了解。』
リツコの言葉に従いマヤがコンソールを操作すると、右肩のウエポンラックが開いてニードルの先端が飛び出す。
初号機は左手でニードルを3本取り出すと、指の間からニードルが出るように握り、右手にプログナイフを構えた。
「さて、準備完了。それで、葛城一尉。作戦は?」

「パレットガンによる遠距離射撃よ!」

ミサトが名誉挽回とばかりに言い放った言葉に、発令所の面々は頭を抱え、その場の空気は一気に氷点下まで下がった。
「・・・ミサト、あなたさっき私が言った言葉を忘れたの?現在完成している武装は、プログナイフとニードルだけよ。」
周囲の空気の変化に戸惑っていたミサトは、リツコの言葉に驚き、慌てて新たな作戦を指示した。
「そ、それじゃあ兵装ビルでの一斉射撃で・・・。」
「現在兵装ビルの稼働率は全体の7、2%です。その全ての射程圏内に使徒がいないため、使用出来ません。」
その作戦も、マコトの一言によって没となった。
そしてミサトがあたふたしていると、シンジは呆れながら通達した。
『・・・作戦部長から有効な指示が無い為、これより独断で行動します。』
そう言うと、シンジはサキエルに向かい駆け出した。

「ふっ!」

シンジはサキエル目掛けてニードルを投げつけた。そしてそのニードルを避けたサキエルに対し、シンジはプログナイフでコアを斬りつける。
・・・が、その斬撃はコアの目前で赤い壁に遮られた。
シンジは一旦距離をとると、発令所に回線を繋いだ。
「(これがATフィールドか・・・)何ですか、この壁は。」
一応シンジが尋ねると、リツコがそれに答えた。
『ATフィールドと呼ばれる一種のバリアーね。理論的にはエヴァにも同じものが張れるはずよ。』
「方法は?」
『まだ分かってないのよ。おそらく壁をイメージすれば展開可能だと思うけど・・・。』
「壁・・・ですね。」
シンジがそう言って集中すると、初号機の前にもサキエルと同じような赤い壁が浮かび上がった。


「初号機より、ATフィールドの発生を確認!」
「使徒のそれを中和していきます!」
オペレーター席にあるモニターにはフィールドの相互干渉を示すグラフが表示されており、使徒のフィールドが消えていく様子が見て取れる。
「シンジ君、フィールドはほとんど中和されたわ。今なら使徒に傷を付けられるわよ。」
リツコの言葉に、シンジは笑みを浮かべながら頷くと、プログナイフを構えた。
ナイフを持った右手を折りたたみ、ナイフの切っ先を少しだけ下に向け、左手は前に伸ばしている。そのまま腰を落とし、背中が見えるくらいまで上半身を捻った。

『小太刀二刀、御神流、裏、奥義之参・・・。』

シンジが言葉を紡ぐと同時に、シンジからの殺気が膨れ上がっていく。

『・・・射抜!』

その言葉と同時に初号機の姿が消え、次の瞬間には初号機の右腕がサキエルの胴体を貫通し、コアは一部を残して粉砕されていた。

その光景に固まっていた発令所の面々だったが、直ぐに我に帰ると使徒のデータを取り始めた。
「目標、沈黙!」
「反応なし!パターン青、完全に・・・っ!目標内部に高エネルギー反応!!」
シゲルの叫ぶような声に全員がモニターに視線を向けると、そこには体を膨らませて初号機に絡みつくサキエルの姿があった。
「まさか、自爆する気!?」
「シンジっ!!」
リツコと恭也が叫んだ直後、サキエルは自爆。その場に十字架の形をした焔が舞い上がった。
モニターが炎に包まれ、その場にいる全員が呆然とする中、いち早く我に帰ったリツコが指示を出し始めた。
「初号機からの信号は!?」
「電波障害が酷く、確認出来ません!・・・!初号機からの信号を確認!!」
「パイロットは!?」
「パルス正常、意識、心音共に異常ありません!」
マヤの報告の後、モニターには多少疲れた感じのシンジが映し出された。
「シンジ、大丈夫か?」
恭也の問いかけにシンジは、
『大丈夫だよ。しかし、不意の爆発ってのは怖いねぇ。どっかの誰かさんも、嫌な事を考えてたもんだね。』
そう笑いながら答え、それを聞いた発令所の面々は後半部分に首を傾げながらも、皆シンジの無事を喜んでいた。
だが、司令塔ではそこにいる2人がシンジの発言に冷や汗をかき、そして中央ブリッジでは、ミサトが自分の思い通りに動かないシンジに対し、謂れの無い恨みを抱いていた。

そしてこの時、使徒が自爆した直後、一瞬だけシンジのシンクロ率が400%を越えていた事に、誰も気付かなかった・・・。



その後、初号機はケージに収容され、冷却水としてLCLが注水された。そしてLCLがエヴァの鳩尾ぐらいまで溜まってきた頃、エントリープラグが排出され、シンジが出てきた。

うおおおおおお〜〜〜!!!

プラグから降りたシンジを迎えたのは、ネルフ整備員達の歓声だった。
シンジはしばらく整備員達にもみくちゃにされていたが、リツコと恭也、ミサトがやって来るとその歓声も収まり、3人に整備員達の視線が集まった。
リツコには尊敬の視線、恭也には好感の視線、そしてミサトには侮蔑の視線という違いはあったが。
実は発令所での会話は全てケージに流れており、それを聞いた整備員達はミサトの無能さ全開な指示を聞いていたため、普段から低かったミサトの信頼度は、もうマイナス60%ぐらいまで落ち込んでいるのだ。
そんな事とは知らず、ミサトはシンジの前まで来ると口を開いた。
「あんた、何で私の言うことを聞かないのよ!?」
開口一番、ミサトはありったけの憎悪を込めて言い放った。だが、ミサトの憎悪などシンジにとってはそこらのヤクザに睨まれるのと同じようなもので、まったく堪えてない。
「言うことも何も、あなたが言った指示はどれも役に立たないものばかりだったでしょう?」
シンジが正論を返すが、ヒートアップしているミサトに人語など通じない。
「あんたはサードチルドレンなのよ!?あんたは駒らしく私に従っていればいいのよ!!」
ミサトは更にヒートアップしていく。額には血管が浮かび上がり、目は充血している。きっと夜叉というのはこんな顔なのだろう。
「僕はサードなんたらになった覚えはありませんし、あなたの駒なんかではありません。現実と妄想の区別ぐらい付けて下さい。それが出来ないなら、精神病院に行く事をお薦めしますよ。」
「この餓鬼!!」
シンジの言葉にキレたミサトが、ジャケットの内側から銃を取り出した。が、次の瞬間。

ズドンッ!!!

ドッボーーーーン!!!

シンジの姿がぶれたかと思うと、鈍い音と何かが水に落ちる音がした。ケージにいた、恭也を除く全員がLCLの方に顔を向けると、そこにはうつ伏せの格好で浮いているミサトの姿があった。
先程の光景を説明すると、ミサトが銃を向けた瞬間、シンジは『神速』を発動。ミサトの懐に潜り込むと、素手での『射抜』を放ち、それを喰らったミサトは吹き飛ばされ、LCLに落とされたのだった。
そして浮いているのがミサトだと確認した整備員達は、シンジにサムズアップをすると、全員爽やかな笑顔で持ち場に帰っていった。

「で、リツコさんと兄さんは何の用ですか?」
シンジは整備員達にサムズアップを返すと、一仕事やり終えた様な爽やかな顔でリツコに尋ねた。
そんなシンジにリツコは苦笑いを浮かべると、ここに来た事情を説明しだした。・・・どうやらミサトは放置の方向に決まったようだ。
「私が来たのは、シンジ君の検査があるから、そのお知らせよ。あとは、ついでにミサトの監視ね。」
「で、俺はお前がやり過ぎないように、見張りに来た。」
そんな2人の答えにシンジは苦笑いを浮かべた。どうやら2人とも、ミサトへの攻撃はやり過ぎと判断していないらしい。
「ははは、わかりました。それで、検査はどこでするんですか?」
「ああ、私の研究室よ。恭也君も来てくれるかしら?」
「わかりました。ああ、その前にシャワーを浴びたいんですが・・・。」
シンジの言うことは尤もで、LCLは衝撃緩衝材としての役割も果たす為、微妙に粘着性がある。さすがに乾くと気持ち悪いのだ。
「ええ、わかったわ。服なんかはクリーニングに出すから、シャワー室の篭に入れておいて。明日には乾くはずよ。」
「ええと、着替えなんかは・・・?」
「シンジ、大丈夫だ。一応最低限の着替えは持ってきているからな。」
恭也はそう言いながら、肩から下げていた鞄の中から着替えの入った袋を出した。
「・・・兄さん、いつの間に?しかもそれ僕の鞄じゃないか。」
「ああ、御神の家を出る前に、美影さんに持たされたんだ。」
「・・・用意がいいね、相変わらず。」
そんな事を言いながら、3人は和気藹々とケージから出て行った。

ちなみにLCLに落とされたミサトは、定時になっても引き上げてもらえず、巡回の警備員が来るまでずっとLCL上を漂っていた。





そして冒頭に戻る。

とりあえず検査をしたシンジ達はその日は病院に泊まり、次の日の午前にゲンドウ達と話をするべく司令室に向かっていた。
「しかし、あの小心者が面と向かって話をすると思うか?」
「ま、どうせ権力を振りかざすだけだろうね。」
シンジ達は司令室へ向かう中、のんびりと会話をしている。
ゲンドウが話をする際に、小太刀を持たないという条件を出してきたので、2人は小太刀を入れた鞄は持ってきていない。
・・・まあそれでも飛針や鋼糸は仕込んであるのだが。
「第一声は何だと思う?」
「そうだな・・・、『貴様は今日からサードチルドレンだ。』・・・てな感じだろうな。」
などと話をしながら歩くうちに、司令室に到着した。
ちなみに案内するはずだったミサトは、昨夜遅くに帰宅し、自棄酒を飲みまくった挙句、二日酔いになり現在も夢の中である。
なので、急遽ネルフ諜報部の黒服が案内するはめになった。そしてその黒服は案内している間、時折恭也達から出る殺気に怯えていた。
きっと今日だけで寿命が1年分位は縮んだだろう。



「失礼します。不破恭也、不破シンジ両名を連れてきました。」
『・・・入れ。』
インターホンから返ってきたのは、ゲンドウの威圧するような声だった。
「は、失礼します。」
そう言ってドアを開け、シンジ達が入ると黒服はさっさと帰っていった。



薄暗く、無駄に広いその部屋の天井には、セフィロトの樹が描いてある。
その部屋の中央にある机に、ゲンドウは例の『ゲンドウポーズ』で座っており、その斜め後ろには冬月が電柱の如く立っている。
「「(うっわ、趣味悪いな〜〜〜。)」」
どうやら枯れた趣味を持つ2人には、この部屋は受け入れられなかったようだ。まあ、普通の人間でも嫌だろうが。
シンジ達がそんな感想を抱いている頃、ゲンドウは自らのシナリオを進めるべく口を開いた。



「シンジ、貴様をサードチルドレンとして登録する。拒否は許さん。」
「嫌だ。大体勝手に名前で呼ぶな、この鬚!他人のくせに馴れ馴れしいんだよ!」
シンジ、スキル「毒舌」発動。どうもこういう所は士郎に似たらしい。
「貴様・・・親に向かって・・・!」
「僕の父親は不破士郎ただ1人だ。それに碇から絶縁された時点で、あんたとの縁は無くなってるんだよ。分かったか、鬚?」
ゲンドウが怒りに震えながら言葉を紡ぐが、シンジは相手にしない。ゲンドウは怒りを込めてシンジを睨むが、シンジは平然としている。
所詮ゲンドウの威圧感など、視線を隠すサングラスとその容貌が作り出す仮初の物にすぎない。
士郎や静馬の、本当の威圧感を知っているシンジ達からすれば、ゲンドウの威圧感や怒気なんかは張りぼて以下にすぎないのだ。



「待ってくれないか、シンジ君。」
旗色が悪いと感じた冬月が助け舟を出した。だが、どうもその態度が気に障ったらしく、恭也が冬月を睨んだ。
「随分と馴れ馴れしいが、貴方は誰ですか?」
「あ、ああ、すまん。私は冬月コウゾウと言ってね。ネルフの副司令だよ。」
「なるほど。はじめまして、兄の恭也です。」
恭也からの殺気混じりの威圧感が緩み、冬月は安堵した。そして同時に理解した。
―――対応を間違えれば、間違いなく命は無い、と。



「で、あんたに聞きたいことがあるんだが?」
シンジはそう言って、未だに威圧感を出し続けているゲンドウに目を向けた。その際に少しだけ殺気を込めると、ゲンドウはサングラスの下で視線を逸らした。
「ふん、所詮は臆病者か・・・。」
その言葉を聞いたゲンドウが怒りに顔を歪ませるが、シンジは気にした風もなく話を続けた。
「ケージで会った娘。あの娘は何者だ?あまりにもユイ母さんに似すぎている・・・。」
「・・・貴様が知る必要はない。」
言葉と共にシンジからの威圧感が増していくが、ゲンドウはなんとか耐えると、感情を含まない声で答えた。
だがゲンドウの答えは予想済みだったらしく、シンジは無表情のまま話を続ける。
「まあいい。それで、何の権利があって僕をサードチルドレンとやらに任命したんだ。」
シンジの問いかけに対し、ゲンドウは口元を歪ませると、余裕を持って答えた。
「ネルフの持つ特務権限による、強制徴兵だ。貴様に拒否権など存在しない・・・。」
「なるほど・・・。だが、そんな事をすれば、碇と御神、この両方を敵に回す事になるが?」
その答えを聞いた恭也は、呆れた声でゲンドウに尋ねた。
確かにシンジが普通の家庭の子供であれば、何も問題なかっただろう。だが、シンジは碇本家の直系であり、同時に御神一族の人間でもあるのだ。
世界でも5指に入る巨大財閥、碇グループの中枢を担う名家である、碇本家。
そして、裏の世界に於いて何百年も頂点に立ち続ける、最強の代名詞である御神一族。
この両家を敵に回せば、社会的にも、そして物理的にも死は免れない。
「それに、御神は永全不動八門の1つだ。国連の権限など通用しないぞ。」



永全不動八門。御神を含む8つの流派からなる戦闘集団であり、古来より宮内庁の裏である守護職の中枢として動いてきた部隊でもある。
彼らはセカンド・インパクト後の混乱の中、日本国内に侵入した各国の諜報員や特殊部隊の排除に当たっており、その際に国連側と1つの取り決めがされていた。
それは、「永全不動八門は宮内庁の持つ独自の戦力であり、国連はいかなる理由があっても、これを徴収する事は出来ない。」というものである。
つまりいかに特務権限を振りかざそうと、ネルフが国連の組織である以上、御神の人間であるシンジを徴兵する事など出来ないのだ。



その事実を知ったゲンドウは、自分の思い通りに動かないシンジに対し、持てる限りの憎悪を込めた視線をぶつけていた。
「という事なので、僕をネルフに入れたいのなら、後日ちゃんと交渉に来てくださいね。」
そう言いながらシンジ達は司令室を出て行こうとしたが、ドアが開いたかと思うと、黒服の集団が流れ込んできた。
「・・・貴様、何のつもりだ?」
恭也がそう言いながら振り返ると、その視線の先には受話器を持ち、ニヤリとした笑いを浮かべるゲンドウがいた。
「ふっ、強制徴兵が出来ないのなら、本人自ら志願させるまでだ。」
「・・・本気か?」
シンジが殺気を込めながら問うが、ゲンドウは余裕の表情を崩そうとしない。
「御神といえど、刀が無ければ何も出来まい。そいつらは私の子飼いの連中でな、手加減など知らん。・・・謝るなら今のうちだぞ?」
ゲンドウがニヤリとした笑みを浮かべたまま尋ねるが、シンジ達に焦った様子は無い。それを見たゲンドウは、溜息を吐いた後、言い放った。
「ふん、強がりおって。まあいい・・・手足の一本や二本はかまわん、やれ。」
その言葉に従い黒服達がスタン警防を振り上げた瞬間、シンジの姿がぶれた。



シンジは『神速』を発動させると、服の中から取り出した鋼糸を操りながら黒服達の間を駆け抜け、元の位置に戻って『神速』を解くと、鋼糸を持った腕を思い切り振り下ろした。
その直後。

ゴキィッ!!

「「「「「「「があああああああ!!!!???」」」」」」」

骨が折れる音と、黒服達の悲鳴が響き渡った。
「御神流、裏、奥義之陸・・・凶蜘蛛。」
シンジは先程の技の名を呟くと、俯いたまま静かに殺気を出し始めた。

『凶蜘蛛』。御神不破流の奥義であり、蜘蛛の巣の様に張り巡らせた鋼糸で相手を絡めとリ、一気に鋼糸を引っ張ることでその巣の中にいる敵を倒す、対複数戦闘用の技だ。
今回のように、最も太い9番鋼糸を使えば骨折で済むが、極細の0番鋼糸であれば、発動と同時に文字通り敵を細切れにする事が可能である。

そして『凶蜘蛛』を喰らってもなお戦意を喪失せず、シンジに懐から取り出した銃を向けた数人は、恭也が振るった0番鋼糸により、手首から先を切り落とされている。
戦意を喪失しておけば、骨折だけで済んだものを・・・。



ゲンドウは、目の前の光景が理解できなかった。自分の子飼いの連中により、シンジ達は自分の前に這い蹲り、その様子を眺めながら、自分のシナリオが進む喜びを味わうはずだった。
だが、現実はどうだ。
子飼いの連中は皆、手足が有り得ない方向に折れ曲がり、何人かは手首から先を無くし、床を血で染めている。
そして無様に這い蹲るはずだった2人は全くの無傷で、静かに殺気を放ち続けている。
その殺気の強さに、ゲンドウは現実逃避をする事も出来ず、ただ無様に体を震わせる事しか出来なかった。
そしてその横では、冬月が目の前の惨状に呆然としている。
「(これが御神か・・・。やはり、彼らは人間ではない。・・・鬼だっ!)」
冬月が御神の裏の世界での呼び名に納得し、戦慄している中、シンジ達はゲンドウに殺気を込めた視線をぶつけた。
「ゲンドウ、いい事を教えてやる・・・。御神流には2つの流れがある。1つは御神宗家が伝える御神流正統、そしてもう1つは、不破家が伝える御神不破流だ。御神流正統は古流剣術の1つだが、御神不破流は違う。小太刀、飛針、鋼糸、体術、その他、ありとあらゆる手段で敵を殺す、暗殺術として不破の一族が作り上げた、殺人技法の集大成。それが、御神不破流だ・・・。」
「そして僕と兄さんが修めるのは、その御神不破流だ。小太刀が無くても、人を殺す手段はいくらでもある・・・。」
2人の言葉を聞いたゲンドウは、それが意味する事を悟った。刀が無くても人を殺せる。
つまり、その気になれば、いつ如何なる時でも自分を殺せるという事だ、と。
その事実に、ゲンドウは体の震えを大きくした。
「ゲンドウ、もし次に手を出してくるのなら・・・決して容赦はしない・・・。」
「死にたいのなら好きにしろ。ただし、その時は楽に死ねると思うなよ・・・?」
2人は殺気を込めて言うと、顔面を蒼白にして震えているゲンドウを一瞥し、そのまま司令室を後にした。
その後シンジ達が出て行った司令室では、ゲンドウが子飼いの連中を他の人間に運び出させ、1人で無様に震え続けていた・・・。





司令室を後にしたシンジ達は、ネルフの食堂前にいた。
確かに時間は昼食時だし、食堂にいるのは不思議ではない。だが、先程血の海を作ったばかりなのに、平気な顔で食事に行くとは・・・。さすが美影さんの孫だ。
ともかく食堂に来た彼らは、のんびりとメニューを決めていた。食券を見ると、どうやらカレーにしたらしい。
「すいませ〜ん、倍盛りカツ乗せでお願いします。」
「俺も同じで。」
見かけによらずよく食べるらしい。それを聞いた食堂のおばちゃん達も、「細身なのによく食べるねえ。」と言いながら笑っている。
・・・しかしこの兄弟、なんか普通に馴染んでいるな。
カレーを受け取ったシンジ達が適当な席に座って、談笑をしながら食べていると、トレーを持ったオペレーター3人衆がやって来た。
「ええと、ここ、いいかな?」
「ああ、構いませんよ。」
マコトの言葉にシンジが了承すると、マコト達はシンジ達の向かい側に座った。
「ええと、確か昨日発令所にいた方ですよね?」
恭也の言葉に3人は顔を見合わせると、苦笑いを浮かべながら話し始めた。
「ああ、自己紹介がまだだったね。俺は日向マコト、作戦部所属だよ。」
「俺は青葉シゲル。司令部所属で、通信なんかを担当してるよ。」
「私は伊吹マヤです。技術部所属ですね。」
3人が自己紹介をすると、今度はシンジが答えた。
「日向さん、青葉さん、伊吹さん、ですね。不破シンジです。こっちは兄の恭也です。」
「不破恭也です。シンジの2つ上ですね。」
と、2人が簡単な自己紹介を終えると、5人はのんびりと話をしながら昼食を再開した。



「でも日向さんは作戦部所属っていうことは、葛城一尉の部下・・・ですか?・・・大変ですね。」
そんなシンジの同情の念が込められた言葉に、マコトは溜息を吐いた。
「ああ、大変だよ。書類は見ない、仕事は俺に押し付けて定時に帰る・・・。やってられないよ・・・。」
「たまに酒を飲みながら本部内を徘徊してるしな・・・。」
「先輩、ああ、赤木博士の事ですけど。先輩の研究室にもよく邪魔しに来てますし・・・。」
次々に暴露されるミサトの勤務態度を聞いたシンジ達は、そろって溜息を吐いた。
「・・・無能、むしろ存在自体が害だな。」
「同感。同じ名前なのに、こうも違う人っているもんだね・・・。」
そんなシンジの呟きに、マコトは反応した。
「知り合いに、葛城さんと同じ名前の人がいるのかい?」
「ええ、御神美沙斗さんって人で、僕や兄さんの叔母にあたる人です。」
「そしてシンジの将来の義母親でもあります。」
その恭也の一言に、3人衆が食いついた。
「お、という事は、シンジ君、恋人がいるのか。」
そのシゲルの言葉にシンジが赤面していると、恭也が笑みを浮かべながら話し出した。
「ええ、御神美由希って言って、シンジの1つ下ですね。確か5年ぐらい前に、一族内の会議で許嫁になったんですよ。」
「へ〜、許嫁かあ。今さら珍しいわね。」
そんなマヤの言葉に、シンジが更に赤面しているが、恭也は止まらない。・・・恭也、スキル「意地悪」発動。
「まあ2人とも嫌がってなかったから、満場一致で決まったんです。あの時、許嫁と言われた時のシンジの慌てぶりといったら・・・シンジ、落ち着け。俺が悪かったから・・・(汗)。」
急に冷や汗をかきはじめた恭也の首筋には、シンジの手元から伸びている0番鋼糸が巻きついている。今シンジが腕を振れば、恭也の首は文字通り飛ぶだろう。
その後、なんとかシンジをなだめる事に成功すると、再び昼食は再開された。



ともかく、和やか(?)な昼食を終えると、マコト達は職場に戻り、シンジ達はリツコの研究室に向かって行った。
なんでも昨日の戦闘について聞きたいことがあるらしく、昼から自分の研究室に来て欲しいと言われたのだ。
研究室の前に着いた2人がインターホンを押すと、中からリツコの返事が返ってきた。
「すいません、シンジです。入ってもいいですか。」
『ああ、少し待ってね。今ロックを開けるから。』
そう返事があってからしばらくすると、ドアが自動的に開いた。部屋の中では、リツコがすごいスピードでキーボードを叩いている。
「もう少しで1段落するから、その辺りの椅子に座って待っていてもらえる?」
「あ、はい、わかりました。」
リツコのタイピングの速度に驚いていたシンジ達だったが、リツコの言葉に我に帰ると、近くにあった椅子に座った。
それから2分ほどすると、どうやら1段落したらしく、リツコは2人の方を向き直った。
「ごめんなさいね、待たせちゃって。コーヒーでも淹れるわ。」
そう言ってリツコは部屋の隅にあるコーヒーサーバーまで移動し、手馴れた手つきでコーヒーを淹れ始めた。
「砂糖とミルクは?」
「いえ、俺もシンジもブラックでいいです。甘いのはどうも苦手で・・・。」
恭也の答えを聞いたリツコは、コーヒーの入った紙コップを3つ持ってきて、シンジ達に渡すと自分も椅子に座った。
「へえ、いい豆を使ってますね。」
「確かに。香りもいいし、味にも深みがあるな・・・。」
シンジ達がコーヒーの感想を述べると、リツコは嬉しそうに笑い、しばらくの間ゆっくりと過ごしていた。



コーヒーを半分ほど飲んだ頃、リツコが話を切り出した。
「それで昨日の戦闘について幾つか聞きたいことがあるんだけど、いいかしら。」
その問いかけにシンジ達が頷くのを見ると、リツコは質問を始めた。
「昨日、使徒に止めを刺す時、一瞬初号機の姿が消えたの。あれは、何をしたの?」
そのリツコの問いかけに対し、シンジ達は顔を見合わせ、何かの確認をした後、話し始めた。
「あの時は、『神速』を使ったんですよ。」
シンジの言葉にリツコが首を傾げていると、恭也がその言葉を引き継いだ。
「『神速』は俺達の家に伝わる古流武術の奥義です。簡単に言えば、極限まで集中力を高めることで、意図的に火事場の馬鹿力を引き出すんですよ。」
恭也の説明を聞いたリツコは、自己暗示による筋肉のリミッターの一時的な解除と解釈した。確かに間違ってはいない。
「なるほどね。じゃあ使徒を貫いた時に使った技、確か・・・『射抜』だったかしら。あれは?」
「あれも奥義の1つですよ。体全体のバネを使った、長距離からの刺突です。」
その言葉を聞いたリツコはシンジと初号機のシンクロ率を思い出すと、ある仮説を思いついた。
昨日シンジがマークしたシンクロ率は41、2%だ。つまり、本来の半分以下の力しか使っていない。ならば、100%の力を引き出せばどうなるのか。
その状態で『神速』を使えば、間違いなくソニックブームが発生する。その速度次第では、物理的な力でATフィールドを破れるかもしれない。
そんな仮説を組み立てたリツコは、それを可能にする技術を伝えているシンジ達の一族に興味を持った。
「あなた達の家に伝わる流派って、何ていうの?」
そう尋ねたリツコに返ってきたのは、彼女の予想を超えたものだった。
「御神流という流派で、永全不動八門の1つですよ。」
リツコとて裏の世界の事は多少だが知っている。その為、半ば伝説として伝えられている御神の名と、永全不動八門の事は聞いた事があった。
国連の権限すら通用しない、世界最強の戦闘集団。その中にあってなお最強と謳われる御神流。
昼頃にゲンドウから絶対に説得、ネルフに取り込むよう指示が来ていたのだが、はっきり言って無理だ。
「後日、ちゃんとした交渉さえしてもらえれば初号機には乗りますよ。」
その言葉を聞いたリツコはその事を疑問に思いながらも、敵対する様子が無いことに安堵した。



「あ、そうだ。リツコさん、昨日ケージに運ばれて来た女の子は、今どこにいるんですか?」
「え、ああ、レイのことね。レイは今病院にいるわ。・・・お見舞いにでも行くの?」
シンジの問いかけに、我に帰ったリツコは少し慌てながら答えた。
「ええ、一応。病室を教えてもらえますか。」
それを聞いたリツコは、シンジに病室の番号と、病院への行き方を書いたメモを渡し、メモを受け取ったシンジは、恭也と共にリツコの研究室を後にしたのだった。



To be continued...


(あとがき)

どうも、トシです。
第三話をお届けしました。う〜ん、シンジ君を強くしすぎたでしょうか?
さて、今回は日向氏が活躍しております。恐らく、今後も活躍してくれるはずです。
ちなみに今回、鬚を無傷で済ませたのは、絶対的な力を見せ付けて恐怖心を植え付けるためです。
・・・次は容赦しませんよ?
この先、鬚がどんな運命を辿るかはまだ決めかねているので、ご希望があったら言ってくださいね。
それでは。



(ながちゃん@管理人のコメント)

トシ様より「未来を切り開く者達」の第三話を頂きました。
やはりここの鬚も牛も人間のクズですね。読んでいて怒りが沸々とこみ上げてきましたよ。
容赦は無用ですね。
単なる気絶・打撲・骨折程度じゃ甘いです。内臓破裂でもまだ物足りません。毎回手足乃至は指の一本ずつでも切り落として下さい(無論それ以上でも可)。
そして絶対の恐怖と絶望と後悔をその体と精神に刻み込んで下さい(笑)。
さて、ここのマコトは実に頼もしいようですね。すでに完全にミサトを見限っている・・・のでしょうか?
(にしては未だ上司から仕事を押し付けられているようですが・・・)
シンジ君の毒舌具合もいい感じです。これからも徹底的にこの馬鹿二人を扱き下ろして下さいね♪
次話を心待ちにしましょう♪

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