第四話 真実
presented by トシ様
リツコの研究室を出た後、シンジ達はリツコに渡されたメモを片手に、レイの病室に向かっていた。
病室に向かいながら、シンジ達は話をしている。
「シンジ、何故お見舞いに行こうと言い出したんだ?」
「ん〜、僕の妹なんだから、兄がお見舞いに行っても不思議じゃないよ」
そんなシンジの答えに恭也が首を傾げている内に、2人は目的の病室に到着した。ネームプレートには「綾波レイ」と書いてある。
シンジ達が病室に入ると、中にはゲンドウがいた。ゲンドウは2人を見ると小さく体を震わせ、顔を下に向けて足早に去って行った。
ゲンドウが去った病室では、ベッドの上からレイが顔だけを2人に向け、じっと見つめている。
蒼銀の髪に、紅い瞳。その顔立ちは、美影から見せてもらったユイの小さい頃の姿に瓜二つだ。
「兄さん、この部屋には、目と耳は幾つある?」
シンジが尋ねると、恭也は目を閉じて周囲の気配を探り始めた。
この気配の察知に関しては恭也の右に出る者は無く、御神の屋敷でも、電話が鳴る気配を察知し、鳴った瞬間に受話器を取る恭也の姿が見られていたほどだ。
しばらく目を閉じていた恭也だったが、目を開けると溜息を吐いた。
「監視カメラが1つ。盗聴器は5つだな。これらは全部繋がってるから、電源を確保するための起点を壊せば問題ない」
そういって恭也は壁に歩み寄ると、その壁に『徹』を込めた掌底を叩き込んだ。その後、この部屋にある監視カメラや盗聴器からの映像や音が聞こえなくなり、諜報部は首を傾げていた。
「・・・よし」
その言葉を聞くと、シンジはベッドの側に行くと、椅子を2つ並べてその片方に座った。そしてもう片方に恭也が座ると、シンジは口を開いた。
「はじめまして、かな。僕は不破シンジ。隣にいるのは兄の恭也だよ。・・・君は?」
「・・・綾波レイ」
一応質問には答えたのだが、レイは全くの無表情だ。
「シンジ、この娘はお前の妹だと言っていたが、どういう事だ?」
恭也の問いかけに対し、シンジは苦笑いを浮かべながら答えた。
「ああ、昨日ユイ母さんから聞いたんだよ」
そう言ってシンジは、昨日の出来事を話し始めた。
先日、サキエルが自爆した時に、一瞬だけシンクロ率が400%を越えたのだが、その時にシンジは初号機に取り込まれた。
取り込まれたシンジは、その中でユイに会ったのだ。
「あれ、あそこで寝てるのは・・・ユイ母さん?」
シンジの視線の先には、布団に包まって気持ちよさそうに寝ているユイの姿があった。枕元には電気スタンドと数冊の小説が置いてある。
「・・・なんでさ」
その光景にシンジは思わず呟いたが、とりあえずユイを起こすべく近づいていった。
「お〜い、ユイ母さん、起きて下さ〜い。起きろ〜」
いまいちやる気の無い声と共に肩を揺するが、一向に起きる気配が無い。
「・・・起きないと美影さんに悪戯されるよ〜」
そうボソリと呟いた言葉に、ユイは目を見開いた。
「い、いいいいい今起きますから、勘弁して下さい!!!」
そう言いながら飛び起きたユイ。その目はもう涙目である。・・・美影さん、あんた何したんだ?
「あ、あれ?ここは・・・あ、シンジ、おはよ〜」
しばらく付近を見渡していたユイだったが、シンジを見つけると笑顔で挨拶した。
・・・10秒経過。・・・20秒経過。・・・30秒経過。
「って、なんでシンジがここにいるのよーーー!?」
思わず叫んだユイに対し、シンジはあくまで冷静だ。
「まあまあ、とりあえず落ち着いて。お茶を淹れたから、それでも飲みながらゆっくり話そうか」
そう言ってシンジが指差した先には、卓袱台と座布団のある和室があり、卓袱台の上には煎茶の入った湯呑みが2つ置いてある。
10分後。
お茶を飲んで落ち着いたユイに、シンジは今までの事を話し始めた。
10年前にゲンドウに捨てられ、泣いているところを琴絵に保護された事。その後士郎の養子となり、御神流を学んだ事。静馬の命を受け、第3新東京市に来た事。そして、サキエルの自爆の際に取り込まれ、今に至る事。
それを聞いたユイは、シンジを育ててくれた士郎たちに感謝しつつ、息子を捨てた元夫に対して怒りを募らせていた。
「そう・・・やっぱり、あのろくでなしは半殺し決定ね」
殺気を滲ませながら呟くユイに、シンジは美影に匹敵するような悪寒を感じた。さすがは美影の姪である。
実はユイは初号機に取り込まれて以来、MAGIを通してゲンドウの行いをずっと見てきたのだ。最初は自分のためだと思っていたユイだったが、ゲンドウがその権力を使い、婦女暴行を繰り返し始めた頃から怒りが募り始め、レイを使った実験を開始し、リツコを無理やり愛人にしたのを切っ掛けに、完全にキレた。
それからは初号機の中にいた、初号機本来の魂と接触。彼女の協力の元、なんとか外に出ようと研究を続けていたのだ。
「へ〜、なるほどねえ」
ユイの話を聞いたシンジは、何故か緩みまくった顔で答えた。卓袱台はいつの間にか炬燵に変わっており、シンジは初めて体験する炬燵の暖かさに、もう気が緩みまくりである。
そしてユイの隣では、小さな女の子が一生懸命みかんの白い筋を取ろうと奮闘していた。
なのはと同じくらいの年だろうか。金色の髪をポニーテールにし、何故か巫女服らしきものを着ている。
実は、この子が初号機の本来の魂である。名前が無かったので、ユイが「久遠」と名付けたのだが、本人はいたく気に入っているようだ。ちなみに格好については、ユイの趣味だとかそうでないとか。
「そうなのよ。それでなんとか外に出られる目処が立って、久しぶりにゆっくりしてたらシンジがここに来たのよ」
「ふ〜ん。それで、あのレイって娘は何者なのさ」
シンジは気になっている事を尋ねた。
「あの子は、エヴァに取り込まれた時に身篭っていた、私の娘。つまり、あなたの妹ね」
ユイ、さらっと爆弾投下。その事実にシンジが固まっていると、ユイは詳しい説明を始めた。
10年前、エヴァに取り込まれたユイは、一度LCLに還元された。その際に、ユイが身篭っていた子供と、外に出たいというエヴァ、つまり久遠の意思が混ざり合って誕生したのが、レイである。
その後サルベージ作業によりレイは外に出され、さらにリリスの『生命の実』を受け止められるだけの器として、魂の無いレイの抜け殻、所謂素体が幾つも排出された。
最初の体が限界に来れば、次の体に移る。そうしてリリスの持つ『生命の実』に耐えられるだけの数の素体が排出された時点で、サルベージは進まなくなったのだ。
それからレイがリリスの遺伝子を持っていると分かると、ゲンドウは計画の道具として使うために、レイにマインドコントロールを施し始めたのだった。
「でも、あの娘が生まれたのは10年前でしょう?なんで僕と同い年なのさ」
シンジはふと気になった事を尋ねた。10年前に生まれたのなら、レイはまだ10歳でなければおかしいのだが、彼女は既に14歳になっている。
「恐らく、成長を促進させたんでしょうね。初号機を作る際に、あるプログラムを組み立てたのよ。多分それを使ったんだと思うわ。」
かつて初号機、つまりリリスのコピーを作る際に、ユイはあるプログラムを組み立てた。
それは、短期間で完全なクローンが出来るように、遺伝子を劣化させる事無く、細胞の分裂速度を上げる為のものである。
そのプログラムを使い、ゲンドウはレイの成長速度を意図的に操作し、エヴァの操縦に最も適した、14歳まで成長させたのだ。
だが、ゲンドウはこのプログラムにある細工を施した。それは、定期的に薬物投与をしなければ遺伝子が劣化していくというものであり、ゲンドウはこの“命綱”を握ることで、レイが自分から離れられないようにしたのだ。
それを聞いたシンジは、ゲンドウの行いに怒り狂っていた。今目の前に本人がいれば、間違いなく嬲り殺している。
そしてユイもまた、自分の元夫が行った行為に対し、怒りを再燃させていた。
確かに、息子を捨て、知らないとはいえ、娘に対し非人道的な事をしているのだ。怒らない方がおかしいだろう。
「シンジ、多分あと1ヶ月半ぐらいした頃には、私も外に出られると思うわ。だからそれまでは、エヴァに乗ってくれないかしら」
なんとか怒りを納めたユイがシンジに頼むと、シンジは快く承諾した。
「いいよ。お祖父ちゃん達には、伝えとく?」
「できれば伝えて欲しいけど、あの鬚に知られないかしら?」
・・・どうやらゲンドウはただの鬚に降格されたようだ。
「連絡なんかは御剣の方達にしてもらってるから、大丈夫だよ」
それを聞いたユイは、満足そうに頷いた。
第3新東京市に於いて、MAGIの情報網は確かに最強だろう。だが、それも電脳世界での事だ。人の手で直接運ばれる書簡では、MAGIといえど中を見ることは出来ない。
「そう、ならお願いね」
「ん、了解」
シンジ達が話していると、久遠がユイの袖を引っ張った。
「なあに、久遠?」
それに気付いたユイが久遠の方を向くと、久遠はユイをじっと見上げている。
「ユイ、ユイがそとにいくなら、くおんもいっしょにでたい・・・」
どうやら、ユイが外に出てしまうと聞いて寂しくなったらしい。
「でも、久遠の体は現実世界には無いのよ。だから・・・」
ユイはそう言って顔を俯かせた。元々外界からエヴァに取り込まれた為、ユイの体はコアの内部で再構成され、そのまま保管されている。つまり、魂をその中にいれれば外に出られる。
それに対し、久遠はあくまで初号機の魂そのものだ。その為、外界に出る時の器、体が無いのだ。初号機の素体を再構成すれば問題ないが、そうすれば初号機自体が消えてしまい、ゲンドウが怪しむ事になる。
「あ!そうだ、いい方法があるわ」
ユイの説明に落ち込んでいた久遠は、その言葉を聞いて顔を上げた。
「ようはリリスの遺伝子があれば久遠の魂は定着出来るんでしょう?だったら、レイの素体を借りて、そこに魂をはめ込めば大丈夫だと思うわ。」
「なるほど。魂の定着なら、柊に頼めばなんとかなるかな」
柊。御神と同じ永全不動八門に名を連ね、『柊夢幻流』という法術(陰陽術)を伝える一族である。
法術とは特殊な祝詞によりATフィールドに干渉し、様々な力を行使する技術の事だ。無意識のうちに使用しているATフィールド。それを自在に操る術は昔から存在し、その術を使う者を、人々は魔法使いや仙人、陰陽師と呼んだのだ。その中には魂を扱う術もあり、古来、それらは口寄せや反魂の術と言われてきた。それを使い、久遠の魂をレイの素体に移すというのが、ユイの考えた方法である。
「というわけで、久遠も外に出られるわよ」
「ほんとう?」
「ええ、本当よ。一緒に外に出ましょうね」
それを聞いた久遠は、嬉しそうに頷いた。
「って、のんびりしてる場合じゃないよな。いい加減帰らないと・・・」
シンジは少し焦ったように呟いた。実際、シンジはこの中で少なくとも2時間以上は過ごしている。
「ああ、それなら大丈夫よ。この中では、時間の進行速度は自在に変えられるの。外での時間は、シンジが取り込まれてからまだ1秒も経ってないわ」
「・・・・・・マジですか?」
ユイの言葉に、シンジは驚いた。そこまで時間の進行が遅いとは、某龍玉の「精神と時の部屋」もビックリだ。
「まあ、それでも長居するわけにもいかないしね。それじゃ、またね」
「ええ、シンジ、レイによろしくね」
「シンジ、またね」
ユイと久遠に見送られ、シンジは初号機の中から帰っていった。
「というわけだよ。よって、レイは正真正銘、僕の妹で、兄さんの又従妹だよ」
シンジの話が終わると、レイは俯き、恭也は表情を厳しくした。
「・・・なるほどな。あの鬚、さっき殺しておいた方が良かったか?」
「まあ、ユイ母さんが半殺しにするって言ってるんだし。その様子を観戦したくない?」
「ふむ、確かに面白そうだな。あいつもユイさんの手で死ぬなら本望だろうしな」
「そうそう。多分ユイ母さんは自分の行いを許してくれると思ってるだろうから、さぞ驚くだろうね」
2人がゲンドウの未来予想図を和やかに話す中、レイはずっと俯いていた。
「どうしたの、レイ」
その様子に気付いたシンジが尋ねると、レイはか細い声で話し始めた。
「私は、人間じゃない。例えユイさんの子供でも、こんな力が使えるなら、私は・・・人間じゃない」
そう言ってレイは微弱なATフィールドを張った。
「私にはこんな力が使える。それにリリスの遺伝子も持ってる。だから、あなたの妹じゃない・・・」
最後は呟くように言うと、レイはそのまま俯いてしまった。
それを見たシンジは、レイの頭に手を置き、優しく撫で始めた。その感触にレイが顔を上げると、シンジが優しく微笑み、その隣では恭也も僅かだが笑みを浮かべていた。
「ねえ、レイはHGSって知ってる?」
その言葉にレイが首を横に振ると、シンジはゆっくりと説明を始めた。
HGSとは、高機能性遺伝子障害の略称である。HGS自体は昔から存在していたが、セカンド・インパクトと同時にある特殊な症例が現れ始めた。
その患者は、テレポートや精神感応といった超能力や、フィールドの展開や空気中の酸素を利用した発火能力などの、特殊な能力が使えるようになったのだ。
それらの症例はPケースと呼ばれ、彼らは能力を発動させる際に、リアーフィンと呼ばれる羽を出現させるのだが、その原理はまだ解明されていない。
「彼らはね、第18使徒リリンとしての能力を、不安定ながらも使える人達なんだよ。それでも、彼らは普通の人間として暮らしている。レイが人間じゃないのなら、彼らも人間じゃなくなってしまうよ?」
「それに、ATフィールドを操る力を持つ人は、世界中に割りとたくさんいるんだ。だから、レイも力が使えるだけで人間じゃないなんて言っちゃ駄目だよ」
シンジの言葉を聞いたレイは、自分以外にもATフィールドを使える人がいると聞いて驚いていたが、まだ心の整理がついていなかった。
そんなレイを見て、恭也が口を開いた。
「・・・俺にはフィアッセという恋人がいるが、彼女もHGS患者だ」
その言葉にレイが恭也の方を向くが、恭也は気にせず続けた。
「彼女も昔は自分の力を恐れ、心を閉ざしていた。それでも、ご両親や父さん、俺が話しかけるうちに、次第に心を開いてくれた」
「君が今までどういう扱いを受けてきたかは知らない。だが、俺やシンジ、そして俺達の家族は、君を心から受け入れる」
その言葉を聞いたレイは、か細い声で尋ねた。
「・・・私は、人間でいいの?」
「力があっても、君はリリスじゃない。綾波レイだ。綾波レイとしての意思があるのなら、君は立派な人間だ」
「・・・私は、あなたの妹でもいいの?」
「レイは僕の大事な妹だよ。それに、ユイ母さんの自慢の娘なんだ、僕が保障するよ」
2人の言葉を聞いたレイは、いつの間にか涙を流していた。
「これは・・・私、泣いているの?悲しくないのに・・・なんで?」
それを見たシンジが慌てていると、恭也が笑みを浮かべながら言った。
「シンジ、その娘は多分感情をあまり理解していないんだろう。思い切り泣かせてやれ」
それを聞いたシンジは頷くと、レイの頭を抱きしめた。
「レイ、それは嬉し涙っていうんだ。人は嬉しくても泣くんだよ。・・・レイ、泣きたいなら我慢しなくていいよ」
その直後、病室にはレイの泣き声がこだましたのだった。
泣き止んだレイが落ち着くと、シンジと恭也は改めて自己紹介した。
「レイ、改めて言うね。僕は不破シンジ。よろしくね、レイ」
「俺は不破恭也だ。シンジの兄だから、君の兄にもなるな。よろしくな、レイ」
「・・・綾波レイ、です。・・・よろしく、シンジお兄ちゃん、恭也お兄ちゃん」
恥ずかしかったのかレイが顔を赤らめ、上目遣いでそう言うと、
「「ぐはあっ!?」」
恭也とシンジは、右脇腹の辺りを押さえながら蹲った。そんな2人をレイが不思議そうに見る中、2人はレイに背中を向けて何やら話し始めた。
「シンジ、あれが父さんの言う“萌え”とやらか!?」
「多分。しかし・・・凄まじい威力だ!!」
そんな事を言いながら、2人はかつて野宿した時の、士郎との会話を思い出していた。
〜回想〜
「いいか、恭也、シンジ。御神の剣士にも、勝てないものはあるんだ」
士郎は焚き火の前で、真剣な顔で話している。
「それはな、“萌え”だ。中でも強力なのが“妹萌え”だ」
「ある日突然、同じ年頃の女の子に「お兄ちゃん♪」なんて言われてみろ。そりゃあもう耐え切れんさ」
「それに上目遣いなんかがプラスされればもう最強だ。その破壊力は奥義之極にも匹敵する」
その内容に呆れた2人は寝ようとしたが、士郎に文字通り叩き起こされると、再び講義は始まった。
「俺もかつては、美沙斗の呼び方の推移に対し、不覚にも萌えたものさ。喋れるようになった頃は「にーたん」って言っていたのが、成長するに従い「おにぃちゃん」、「お兄ちゃん」、「兄さん」と変わっていくんだ」
「初めて「おにぃちゃん」と呼ばれたのは、そう、俺が10歳の頃だった。あの時は・・・(以下略)」
〜回想終了〜
あの時は相手にしなかったのだが、今は士郎の話は本当だったと実感した。しかも、「お兄ちゃん」、上目遣い、恥ずかしがるという最強の3連コンボだ。
それを喰らった2人は、まだその衝撃に蹲っている。
「しかし、早く慣れないと、これでは身が持たんぞ」
「そうだね。美由希ちゃんやなのはで慣れていたつもりだったけど・・・これはヤバイ」
どうやら2人の中では、レイは今までで最強の敵と認定されたようだ。
そんな2人の様子に、レイは首を傾げていた。
「・・・シンジお兄ちゃん、恭也お兄ちゃん、どうしたの?」
「「ぐほあっ!?」」
ダメージが抜け切ってない所に、再び爆弾投下。
「シンジお兄ちゃん、恭也お兄ちゃん、・・・大丈夫?」
「「ぬぐうあああっ!!?」」
レイの悪意の無い連撃により、不破恭也、不破シンジ両名、撃沈。
この後、2人は看護士がレイに食事を持って来るまで、床に蹲っていたそうだ。
○綾波レイv.s.不破恭也&不破シンジ●
(1R 2′15″ お兄ちゃん3連弾)
その後、2人がなんとか復活した頃には、既に面会時間が終わりかけていた。
「ん、もうこんな時間か。シンジ、そろそろ帰るぞ」
「あ、ほんとだ。それじゃあ、レイ。またね」
時計を見た恭也が椅子から立ち上がり、シンジがそれに続こうとしたのだが、シンジのジャケットの裾をレイが握り締めていた。
それに気付いたシンジと恭也がベッドに視線を落とすと、そこではレイが寂しそうな顔で2人を見ている。
「・・・やだ。帰っちゃやだ・・・」
幼い子供のように言うレイに、2人は再び右脇腹を押さえた。
『『モエロモエロモエロモエロモエロモエロモエロモエロモエロモエロモエロモエロモエロモエロモエロモエロ』』
体中の血が「萌えろ」と騒ぎ、細胞の1つ1つが萌えるために動き、体が本人の意思を無視して目の前の対象に萌えつくそうとするのを、2人はありったけの理性で抑えた。
一般人として、決して解放してはいけない気のする衝動を抑え込んだ2人は、レイの説得を開始した。
「レイ、病院側の規則だから、もう帰らないといけないんだ」
「・・・やだ」
「寂しいのは分かるが、我慢してくれないか。それに、明日になればまた会えるんだ」
「・・・やだ」
2人がなんとかなだめようとするが、レイは納得しようとしない。
「・・・ねえ、レイ。今日はもう帰るけど、明日になればまた会えるんだよ?僕らだって出来ればレイと一緒にいたいさ。でもね、世の中には規則っていうものがあるんだ。それに、レイはまずゆっくり休んで、傷を治さなくちゃいけない。ゆっくり休むためには、病院側の規則は守らないといけないんだ。そうしないと、治るものも治らなくなるよ」
「・・・でも」
「レイの怪我が治って、病院を退院出来れば、一緒に暮らせるようになるんだ。それまでは、なんとか我慢してくれないか?」
「・・・わかった」
そうは言ったものの、レイはまだ不満顔である。
「それじゃあ、レイ。僕らは帰るから、ちゃんと休むんだよ」
「明日は朝から来れるだろうから、ゆっくりと話そうな」
2人の言葉にレイが頷くのを見て、2人は病室を後にした。
病室を出た後、恭也は廊下の隅を見ると、口を開いた。
「・・・それじゃあ、明日の朝まで髭がちょっかいを出さないように、護衛の方よろしくお願いします」
その言葉に何者かが頷く気配を確かめると、シンジ達は病院を出て、碇本家の車が待つ駐車場へと歩いて行った。
現在、第3新東京市には御剣の人間が数名入り込んでおり、シンジ達の護衛やネルフに対する諜報活動を行っている。先程恭也が話しかけたのは、あらかじめレイの護衛を頼んでおいた人間だ。ゲンドウの八つ当たりのせいでネルフ諜報部は質が落ちている為、1流ぞろいの御剣の人間を見つけることなど出来るはずもない。後にこの任務を受けた人間は、「あれは下忍になって最初の任務より簡単だった」と、皆が口を揃えて言ったそうだ。
病院を出たシンジ達を乗せた車は、第3新東京市郊外にある一軒家に到着した。
この家は碇本家の所有するもので、一見普通の家なのだが、周囲を囲む塀や庭に植えてある木の陰には監視カメラの類が数多く設置されている。
さらにこの家は森の奥深くに建てられており、周囲の森には多数の罠が仕掛けられている。何も知らない人間が入れば、数分で天に召されるだろう。
ともかく、要塞と言ってもいい家に着いた2人は玄関の戸を開けようとしたのだが、中から気配を感じた。
今この家には2人しか住んでいないはずだ。2人は一瞬体を強張らせたが、気配が誰のものかに気付くと、力を抜いて中に入った。
「「ただいま〜」」
「あ、おかえり〜」
2人の挨拶に返ってきたのは、同い年くらいの少女の声だった。
その声を聞いた2人は苦笑いし、声のした場所、台所に入っていった。
「・・・美由希。なんでお前がここにいるんだ」
恭也が尋ねた先には、先程の声の主である美由希が料理を作っていた。
「ああ、コウイチロウさんから伝言を預かったのと、桃子さんから2人が無理をしないように見張ってくれって頼まれたの」
その答えに、2人は心配性な母の顔を思い浮かべると、顔を見合わせて苦笑いした。
「なるほど、桃子母さんらしいや。それで、お祖父ちゃんからの伝言って?」
シンジがそう質問したのだが、美由希が「ご飯を食べながら話すよ」と言ったので、3人は居間に向かった。
「「「いただきます」」」
テーブルに着いた3人は、手を合わせて夕食を開始した。
居間にあるテーブルの上には、美味しそうな食事が並んでいる。だが、その中に1つだけ異彩を放つ皿がある。
野菜の炒め物なのだろうが、その周囲にある皿からATフィールドが発生しているように見えるのは気のせいだろうか?
「・・・美由希ちゃん、これは何?」
「え、野菜の炒め物だよ?」
「・・・野菜を炒めたんじゃなくて、痛めつけたの間違いじゃないか?」
「も〜、恭ちゃんったら意地悪なこと言う〜」
あくまでにこやかに言う美由希に対し、シンジと恭也は冷や汗を流し続けている。
「み、美由希ちゃん。これの味付けは・・・どうやったの?」
「ああ、それは私のオリジナルでね、自信作だよ」
その言葉を聞いた瞬間、2人は滝の様に冷や汗を流した。
『『ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ』』
そんな言葉が2人の脳裏に響き続けている。
美由希の料理は、確かに上手だ。レシピ通りに作れば、一般人よりも上だろう。だが、美由希が独自にアレンジすると話は別だ。
かつて美由希がアレンジを加えた料理を食べた静馬の感想は、「美味い」でも「不味い」でもない・・・「ヤバイ」だった。
その後、静馬は3日間、意味不明な呻き声を発しながら寝込んだそうだ。
そんな2人の気持ちなど知らず、美由希は期待を込めた目で2人を見ている。
美由希の視線を受けた2人は、美由希に気付かれないようアイコンタクトを始めた。
「(・・・シンジ、食べろ)」
「(そんな、弟を見捨てるの!?)」
「(お前の許嫁が作った料理なんだ。なら、お前が食べるのが筋ってもんだろう)」
「(弟を支えてやるのは、兄の役目だって言ってたじゃないか!)」
「(・・・俺にシンジなんて弟はいない)」
「(!?裏切ったな、僕の気持ちを裏切ったな!父さんと同じで裏切ったんだ!!)」
・・・本当にアイコンタクトなのだろうか。
「・・・2人とも、さっきから何してるの?」
2人の無言のやり取りに、どうも美由希がしびれを切らしたらしく、体からはうっすらと殺気が滲み出している。
「ち、違うんだよ美由希ちゃん!?これは兄さんが分からず屋すぎて・・」
「・・・騙されるな美由希。シンジが「こんなもの食えるか!」と小声で言ってきてな、それを諫めてたんだ」
慌てて弁解するシンジに対し、恭也はしれっと嘘を吐き、それを聞いた美由希は、ゆっくりとシンジの方を向いた。
「・・・シンジさん。それ、本当?」
そう聞いてくる美由希は、顔は笑っているのだが目は全く笑っていない。
「うえ!?ち、違うよ、そんな事一言も言ってないよ!?」
シンジの弁解も意味を成さず、シンジがうろたえていると、美由希が俯いてしまった。
「・・・シンジさん。私の料理、そんなに食べるの嫌?」
「ぬあ!?」
そう涙目で聞いてくる美由希に対し、シンジは何やら非常に大きな罪悪感に駆られた。
さらにシンジの脳裏には、
「何うちの娘を泣かせとんのじゃあ!?」
と叫びながら小太刀を振り回す御神当主の姿が浮かび、気のせいか静岡方面から強力な殺気を感じる。
とにかく、美由希からのプレッシャーと背後(静岡方面)からの殺気により、シンジはついに折れた。
「・・・はい、食べさせていただきます」
そう涙ながらに答えたシンジは、隣で涼しい顔をして味噌汁を啜っている兄に恨みがましい視線を向けつつ、例の野菜炒めを口にした。
火は通っているはずなのに生っぽい。苦いと思えば甘さが広がり、甘くなったと思えばしょっぱくなる。水を飲んで味を消そうとしても、更に味が濃くなる。そんな不思議な食感に、シンジは段々と意識が遠のいていった。
「なのはの、エンディング講座〜!」
最後にシンジが見たのは、軽快な音楽と共に登場し、何やら講義を始める妹の姿だった。
恭也と美由希の目の前で、シンジは野菜炒め(?)を口にしてしばらくすると、急にコップに入った水を飲み干し、その後一度体を震わせたかと思うと、そのまま倒れた。
急に倒れたシンジに恭也と美由希が慌てる中、シンジは三途の川の近くで、体育座りをしながらエンディング講座を受けていた。
それから15分後、シンジは無事現世に帰還したのだった。
シンジが無事に復活すると、そのまま夕食は再開された。ちなみに例の野菜炒め(?)は、シンジが気絶している間に庭先で焼却処分された。
「それで、お祖父ちゃんからの伝言って何?」
まだ少し顔色が悪いシンジが尋ねると、落ち込んでいた美由希が顔を上げて伝言の内容を話し始めた。
「・・・お祖父ちゃん、いつの間にそんな事を進めてたんだ?」
「しかし、そうなると俺達がこっちにいるのもあと少しになるのか」
「そうだね。それで、美由希ちゃん。その計画の進行具合は?」
「うん。武神の内、『愛染』と『不動』の2体は7割方完成したって。それから、深神殿の内装工事もほとんど終わって、スタッフも大体が揃ったみたいだよ」
「ふむ。スタッフ集めはともかく、武神とやらはそんなに早く出来る物なのか?」
「美影さんが言うには、ネルフの調査自体は5年ぐらい前から始めて、翌年にはもう終わってたみたい。武神の建造はそれからすぐに始めたらしいよ」
「なるほどね。ま、ちょうどいいか。次の使徒が来るのはいつだっけ?」
「裏死海文書によれば、確か3週間後だ。ユイさんもその半月後には出られるのだろう?」
「・・・?ユイさんってシンジさんのお母さんだよね。出てこれるってどういう事?」
「ああ、それはね・・・」
シンジは美由希に昨日の戦闘中にあった事を話し、和やかに夕食は進んでいった。
途中出てきた単語に関しては、また今度の機会ということで。
夕食が終わり、もうすぐ日付が変わろうという時間。付近の森の中に、恭也とシンジの姿があった。
どうやら鍛錬のようだが、2人の得物は木刀ではなく、刃の付いたれっきとした真剣だ。
御神流では、ある程度実力が付くと、こうして真剣を使った訓練を始める。真剣の扱いに慣れるため、そして実戦の感覚を掴むのがその主な目的である。
シンジの前では、恭也が小太刀を両腕に持ち、構える事無く佇んでいる。対してシンジは、左半身になり、恭也の隙を探っていた。
「(・・・隙が無い。やっぱり、剣術での勝負だと、兄さんには敵わないか)」
シンジは溜息を吐くと、なんとか恭也に隙を作る方法を考え出した。
無手での技や鋼糸の扱いを主とする御神不破流での勝負ならば、なんとか互角に持ち込めるだろう。だが、剣術での勝負であれば、腕力やスタミナの関係上、恭也のほうが上である。
さすがにシンジといえど、素手で小太刀を持った恭也に勝てるほど強くは無い。しかも飛針と鋼糸は既に使い尽くし、今手元にあるのは小太刀だけだ。
気配を殺して奇襲を仕掛けようにも、恭也の夜戦感覚や知覚範囲はずば抜けている為、あっさりと見つかる可能性が高い。
さらに神速は、シンジが使えるのは1日2回が限度であり、その内1回は既に使っている。対して、恭也はまだ1度も神速を使用していない。
「(考えていても仕方ないか・・・。なら、こちらから行くまでだ!)」
そう考えると、シンジは恭也に向かい駆け出し、そのまま斬撃を放った。
小太刀二刀、御神流、奥義之弐 虎乱
シンジが得意とする連撃系の奥義を放つが、この技は本来至近距離から放つ技であり、走りながらではその本来の威力を発揮できない。恭也は連撃のほとんどを見切ると、飛針を投げ、その隙にシンジとの間合を詰める。飛針を避けたシンジは、なんとか間合を離そうと蹴りを放つが、恭也は打点をずらして受け止め、脇に抱えると小太刀の峰を当てて、そのまま切り裂く様にしてシンジを転ばせた。
「・・・左足一本。3分だ」
恭也がそう言うと、シンジは悔しそうな顔をして左足の力を抜いた。
先程恭也が使ったのは、『掛弾き』と呼ばれる御神流組打術の1つだ。相手の蹴りを受け止めてそこに刃を押し当て、転ばせると同時に足を切り落とす技。3分というのは、この間に敵を倒し、止血をしなければ出血多量で死ぬという意味である。
片足しか使えないシンジはカウンターを狙うが、恭也は『神速』を使い、自身が最も得意とする奥義を放った。
小太刀二刀、御神流、奥義之陸 薙旋
恭也が放った抜刀からの四連撃により、シンジは小太刀を弾き飛ばされ、そのまま背後から首筋と脇腹に刃を当てられた。
「・・・参りました」
シンジがまだ痺れている両手を挙げ、鍛錬は終了した。
「シンジ、『虎乱』は至近距離から放つ技だ。いくらお前が連撃に特化していても、技の特性によっては今回の様に簡単に避けられる。冷静に状況を把握し、その場に最も適した攻撃方法を瞬時に割り出す。これを常に心掛けろ。それと体勢が崩れた状態では、蹴りは使わない方がいい」
「はい、分かりました。・・・しかし、小太刀を弾き飛ばすなんて・・・。相変わらず馬鹿力だなぁ・・・」
「・・・誰が馬鹿力だ」
「すみません謝りますから飛針で首を突付かないで下さい(汗)。って血が出てるし!?」
「・・・すまんなシンジ。何分馬鹿力なので加減が出来ないんだ」
「ああ!謝るからそんなに飛針を動かさないで・・・って近い近いそこは頚動脈に近すぎる!」
「・・・お前を殺す」
「頼むから無表情で物騒な事言わないでよ!」
などと恭也がシンジに指摘をしつつじゃれあいながら、2人は家に帰り、長い1日が終了したのだった。
翌日、シンジと恭也、美由希の3人は病院に向かっていた。
病院に到着した3人は、購買で果物の詰め合わせと花束を買うと、レイの病室に向かった。
「レイ、入るよ」
ノックをした後、シンジを先頭に3人は病室に入り、昨日と同じく恭也が監視カメラの類を無効化し、ベッドの横に椅子を並べて腰を下ろした。
レイはシンジと恭也を見て少し嬉しそうな顔をした後、美由希を見つけ、そのままじっと美由希を見ている。
「ふえっ?な、何かな・・・?」
レイの視線に気付いた美由希がうろたえていると、レイが口を開いた。
「・・・誰?」
「ああ、こちらは御神美由希ちゃん。レイの又従妹だよ」
レイの質問にシンジが答えると、それを聞いた美由希が自己紹介を始めた。
「ええと、はじめまして、御神美由希です。美由希、でいいですよ」
「・・・綾波レイ、です。よろしく、・・・美由希、さん」
2人が簡単な自己紹介を終えると、レイの言葉を聞いた恭也が笑みを浮かべた。
「・・・レイ、美由希は将来的にはレイの義姉になるんだ。今のうちから「お姉さん」と呼んでおいた方がいいかもしれんぞ」
その言葉を聞いたシンジと美由希が顔を赤らめながら恭也の方を向くと、恭也は意地悪そうな笑みを浮かべていた。
そして恭也の言葉に、レイは美由希の方を向くと、まだ赤面している美由希に尋ねた。
「・・・美由希お姉ちゃん?」
「ああ、違うよ!?私の方が年下なんだし、それにそうなるのはまだ先の事で・・・」
首を傾げながら尋ねるレイに美由希が混乱していると、レイは悲しそうな顔をした。
「・・・お姉ちゃんじゃないの?」
それを見た美由希は、何かとてつもない罪悪感に駆られた。それと同時に、何か保護欲をそそるレイの表情に、開けてはいけない扉を開いてしまいそうな感じになっていた。
「(あああ、レイさんそんな目で見ないで〜!それに私は百合じゃないのよ〜!!ああ、でも可愛いなぁ、なのはも昔はこんなだったぁ・・・)」
どうやら罪悪感と初めて体感する“萌え”のせいか、少々現実逃避をしているようだ。
急に頭を抱えて体をくねらせて悶える美由希を、引きつった顔で眺めていたシンジだったが、気を取り直すとどこからともなくスリッパを取り出して美由希を叩いた。
スッパ〜ン!
「はうっ!うぅ〜、痛いよ〜。シンジさん、今『徹』を込めて叩いたでしょう?」
「いつまでも現実逃避をしている方が悪い。まったく、御神当主の娘ともあろう者が、情けない・・・」
涙目で文句を言う美由希に対し、シンジは呆れた表情で答えた。
「うう、恭ちゃんみたいな口調で言わないでよぅ。無愛想なのは恭ちゃんだけでじゅうぶ・・・あいたっ!?」
「・・・誰が無愛想だ」
文句を言っていた美由希だったが、どうも一言多かったらしく、恭也に『徹』を込めた手刀で叩かれた。
「いたたたた。うぅ、うちの従兄達はいじめっ子・・・」
ともあれ、正気に戻った美由希は、改めてレイに向き直った。
「ええと、多分将来的にはお義姉さんになると思うけど、今は普通に「美由希」でいいですよ。改めて、よろしくお願いしますね、レイさん」
そう言って、微笑みながら手を差し出す美由希に対し、レイは心が暖かくなるのを感じていた。
「・・・うん。よろしく、美由希さん」
そう言って美由希と握手を交わした時のレイは、とても綺麗な笑みを浮かべていた・・・。
To be continued...
(あとがき)
どうも、トシです。第四話をお届けしました。
今回はレイとの交流を描いてみましたが、段々とゲンドウの支持者がいなくなってきました。
とりあえず、ユイさんがゲンドウに行う制裁の一部は考えておりますが、皆さんで何か希望があれば教えて下さいね。
それでは。
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