第五話 開放
presented by トシ様
レイのお見舞いに行ってから2日後。その夜、シンジ達が居間でくつろいでいると電話が鳴った。
「はい、もしもし?」
『ああ、シンジ君かい?一臣だよ』
「あ、一臣さん。どうされたんですか?」
『昨日御剣から伝書が届いたんだけど、ネルフとの交渉は何時になるんだい?』
「ええとですね・・・。明後日の午後2時から、ですね」
『そうか・・・。いや、今ちょうど兄さんが仕事でイギリスに行ってるんだよ。それで、代わりに俺がそっちに行こうと思うんだが』
「そうですか。・・・少し兄さんと相談したいので、また後で掛けなおします。」
『ああ、分かった。それじゃ、またな』
一臣が受話器を下ろすのを確認すると、シンジは受話器を下ろして居間に戻った。
「シンジ、誰からだったんだ?」
シンジが居間に戻ると、テレビ(水戸○門)を見ていた恭也が振り向いた。その横では、美由希がうっとりとした表情で刀剣カタログを眺めている。・・・この2人、本当に10代か?
そんな2人に苦笑いを浮かべながら、シンジは先程の電話の内容を伝えた。
「ふむ。父さんに来てもらうのが一番なんだが・・・。仕事なら仕方ないか」
「ねえ、シンジさん。交渉に来るのって誰なの?」
美由希の質問に対し、シンジは御剣からの情報を思い出す。
「確か・・・リツコさんと、あと護衛の人が3人だね」
シンジの答えを聞くと、恭也は意外そうな顔をした。
「・・・あの作戦部長とやらは来ないのか?」
「あれがいると話が進まなくなるから、人選から外されたんじゃない?」
確かに、ミサトの性格を考えれば、偽善を振りかざしながら自分の指揮下に入れようと喚くだろう。そして正論で返され、逆ギレしたミサトが更に喚く。結果、話が進まず追い返される。
ちなみに、リツコがMAGIで計算、シミュレートしても同じ結果が出たそうである。
「なるほど。となると、一臣さんに来てもらうのが一番か・・・」
「それに、相手も『狂鬼』がいれば下手な真似は出来ないだろうしね」
そう言うと、シンジは再び一臣と連絡を取った。
2日後、第3新東京市郊外にある森の前に、1台の車が到着した。中から降りてきたのは、リツコとその護衛である保安部部員だ。
シンジから迎えに行くので、勝手に森に入らないように言われており、言葉通りに待っていると、森の奥から恭也が歩いてきた。
「お待たせしました。それではご案内しますので、俺から離れないで下さいね」
そう言うと恭也は森の奥に向けて歩き出し、リツコ達もその後を追って行った。
「ねえ、恭也君。何故、この森に入らないように言ったのかしら?見たところ普通の森なんだけど・・・」
途中リツコが疑問に思った事を尋ねると、恭也は苦笑いを浮かべながら答えた。
「この森には多数の罠が仕掛けてあるんですよ。俺たち御神は恨みを買うことが多いですからね。その対策です」
そう言うと、恭也は小刀を取り出し、近くの地面に投げつけた。
すると、小刀によって切断された鋼糸と連動して、小刀の周囲に多数の手槍が突き刺さった。
それを見たリツコ達は、全員が引きつった顔をしている。
「まあ、こんな罠が山ほど仕掛けてありますからね。御神宗家の場合は周囲の山全体がこんな状態ですし」
恭也が笑いながら説明している内に、一行はシンジ達が住んでいる家に到着した。
リツコ達が居間に案内され、ソファーに座り待っていると、シンジと恭也、一臣が入ってきた。
「はじめまして、ネルフ技術部の赤木リツコです」
「赤木博士の護衛を務めております、保安部の有間と申します」
「同じく、保安部の刀崎です」
「ほっほっほ、はじめまして。保安部所属の久我峰と申します」
リツコ達はソファーから立ち、面識の無い一臣に挨拶をすると、一臣もそれに答えた。
「はじめまして、不破一臣です」
リツコは、てっきり御神の当主辺りが来るのではないかと思っていた為、その言葉に少々面食らったようだ。
「ええと、一臣さん、でよろしいですか?恭也君達とはどのようなご関係で?」
「ああ、私は2人の叔父で、一応不破の当主なんですよ。・・・それとも、『不破の狂鬼』の方が分かりやすいですか?」
一臣はにこやかに言ったのだが、リツコ達はその名前を聞いた途端、一気に体を強張らせた。
『不破の狂鬼』。それは裏の世界、特に犯罪組織にとって死神と同じ意味合いを持つ名前だ。
気配の消し方や暗殺技法も一流であり、それだけでも脅威なのだが、犯罪組織が恐れているのはその容赦の無さだ。
一度敵と見なせば、命乞いをしようが降伏をしようが、一切の容赦なく両手の小太刀や鋼糸で解体する最凶最悪の暗殺者。
その本人が目の前にいるのだ。緊張しない方がどうかしている。
「ああ、そんなに緊張しなくていいですよ。私だって好きでこんな渾名を付けられた訳ではないんですから」
そう言って笑みを浮かべる一臣からは、一切殺気の類も感じない為、リツコ達は緊張をほぐすとソファーに座った。
リツコ達がソファーに座ると、美由希がお茶を持ってきた。
「どうぞ。」
「あら、ありがとう。ところで、あなたは?」
美由希に礼を言ったリツコが尋ねると、美由希が少し慌てながら答えた。
「あ、ええと、はじめまして、御神美由希です。シンジさん達の親戚にあたります」
「美由希さんね。はじめまして、赤木リツコよ。リツコ、でいいわ」
リツコが自己紹介を終えると、美由希はシンジの横に座った。
「さて、この度はどのようなご用件でしょうか」
一臣が尋ねると、リツコは居住まいを正して用件を切り出した。
「本日こちらに伺ったのは、シンジ君にエヴァンゲリオン初号機の専属パイロットとして、私達ネルフに協力してもらいと思いまして、お邪魔させて頂きました」
「なるほど、協力というのは、私達が永全不動八門に属する為、ですね」
一臣が確認するように尋ねると、リツコはそれに頷いた。
「はい。それに、今現在ネルフにはパイロットが2名しかいません。その内1人はドイツ、もう1人も負傷中で・・・」
リツコが辛そうな顔でそう言うと、一臣は目を閉じて話を続けた。
「そちらの状況は分かりました。ですが、私、いえ、我々御神はあなた方が信用できないんです。正確にはあなた方の司令と副司令ですが」
「それは、司令がシンジ君を捨てたのが理由でしょうか?」
今まで黙っていた有間がそう尋ねたのだが、一臣は首を振った。
「いえ、それもありますが。・・・あなた方は、あの男が計画していた事を知らないようですね」
一臣の言葉にリツコ達が首を傾げていると、一臣は溜息を吐いて話を続けた。
「あいつは、かつて御神宗家に対する爆弾テロを計画していたんですよ」
「「「「なあっ!?」」」」
その話にリツコ達が驚いて声を上げるが、一臣は更に続ける。
「およそ5年前ですね。かつてあいつが腹いせに解雇したネルフの諜報員から情報のリークがあったんですよ。「六分儀ゲンドウが御神を狙っている」と。それで調べてみると、宗家の長女である琴絵さんの結婚式を狙い爆弾テロを計画し、既に犯罪組織に依頼もしていました。もし情報のリークが無ければ、我々は今頃墓の中ですよ」
「既にその組織は壊滅させましたが、その恨みまでは消えない。・・・御神がネルフを信用できない理由、お分かりですね?」
今までの穏やかな表情とは一変し、鋭い視線を向ける一臣に、リツコ達は俯いてゲンドウに対して恨みをぶつけていた。
「(あの髭野郎!よりによって結婚式を狙うなんて、女性の敵ね!!)」←リツコ
「(あの髭親父、ろくな事を考えないな。まったく、就職先間違えたかな?)」←有間
「(・・・日頃からろくな奴ではないと思っていたが。・・・やはり外道か)」←刀崎
「(いけませんなぁ。今すぐにでも○人事に電話するべきでしょうか?)」←久我峰
・・・恨みなのだろうか?
一方シンジ達は、俯いたままブツブツと独り言を言い出したリツコ達に多少引いていた。
「なるほど、あの鬚は人望が無いんだなぁ」
「まったくですね。ま、人望があったらそれはそれで不気味ですけど」
「そうだね。あ、美由希ちゃん。お茶のお代わりくれる?」
「はい、今持ってきますね」
どうもリツコ達には触れない方向に決まったようだ。
そうしてシンジ達が3回ほどお茶のお代わりをした頃、ようやくリツコ達は現実復帰した。
「あの〜、もう冷めちゃってるんで、お茶のお代わりを持って来ますね」
苦笑いを浮べながら美由希が居間を出て行くと、リツコ達は赤面しながら慌てて居住まいを正した。
「す、すみません。少し混乱してしまいまして・・・」
「ああ、構いませんよ。いきいなりあんな事を言われれば、混乱して当然でしょうし」
恐縮しながらリツコが言うが、一臣は気にした風も無く苦笑いを浮べている。そうして美由希がお茶を持って来ると、再び話が始まった。
「それで、我々としてはシンジをネルフに所属させるというのはあまり好ましくないんです」
一臣がそう言うと、リツコ達は俯いた。確かに、一族を根絶やしにしようとした男が司令を勤める組織に所属したいなどと、普通の人間なら思わないだろう。
「・・・ですが、そちらの言い分も分かります」
一臣の言葉にリツコ達が顔を上げる。
「それでは、エヴァに乗っていただけるんですか?」
リツコが尋ねると、一臣ではなくシンジが答えた。
「はい、構いません。永全不動としても、さすがに使徒を放っておく訳にはいきませんから。ですが、ネルフ所属ではなく、宮内庁からの出向という形になりますが・・・」
確かに御神側としては最大限の譲歩だろう。宮内庁からの出向である以上、ネルフがなんらかの危害を加えれば、それは御神だけの問題ではなくなる。
危害を加えれば、その時点で宮内庁、正確には永全不動八門に牙を剥いたとされるのだ。ゲンドウとて、世界最強の戦闘集団に喧嘩を売るような真似はしないだろう。
そう考えたリツコは、妥当な条件と判断して了承の意を伝えた。
その後、幾つかの話し合いを終えて談笑していると、リツコは気になっている事を尋ねた。
「そういえば・・・。シンジ君、あなた初号機がユイさんの作品と知っていたわよね?何故知っていたの?」
ケージで初号機を見せた時、シンジはその名前も、そして誰が作った物かも知っていたのだ。製作者に関してはネルフでも知る者など数えるほどしかいない事を、何故シンジが知っていたのか。それを聞いたシンジが一臣を見ると、一臣は笑みを浮かべながら口を開いた。
「初号機に関しては、ユイさんが亡くなられた時に調べたんですよ。ユイさんは碇本家の直系であると同時に、母、つまり不破家先代当主の姪ですからね。それに碇本家は
御神と不破、この両家の総本家に当たる家です。その碇の長女であるユイさんの死因を調べても、不思議ではないでしょう?」
「それに、ゲンドウが計画していたテロが発覚した際に、ネルフの事は全て調べさせて貰いましたから」
その言葉を聞いたリツコが体を震わせるのを見ると、一臣は目を鋭くさせて続けた。
「そう、全てです。あの男が企んでいるくだらない計画も、エヴァンゲリオンのコアの製造方法も、奴の計画の要である『リリスの器』の事も。
・・・そう、ネルフの闇の全てを」
その言葉に有間達が首を傾げる中、リツコの震えは大きくなり顔面は蒼白になった。
くだらない計画。
己の妻に会う為だけに引き起こす、全人類を巻き込んだ集団自殺。
コアの製造。
コード707によって集められた適格者候補の肉親を事故を装って誘拐し、人為的な過剰シンクロによって生きたままエヴァの出来損ないに喰わせ、コアに封じ込める。
リリスの器。
偶然生み出されたリリスの半身であるレイに対する、治療と称した投薬とマインドコントロール。そして失敗の許されない投薬の臨床データを取るために行われた、おぞましい人体実験の数々。
無理やり従わされたとはいえ、その全てに自分は関わってきた。
コアの製造に至っては、自分の操作によって過剰シンクロを行いエヴァに喰わせた。エントリープラグの中でもがき苦しみながらLCLに溶けていく様が、この目に鮮明に焼き付いている。
吐きそうになるのを必死で抑えながらコンソールを操作し、その隣ではゲンドウが愉悦の表情と共に溶けていく対象を眺めていた。
コアの製造が行われる度に悪夢に魘された。
体の至る箇所が溶けた人々がしがみ付き、思いつく限りの呪詛と共に溶け、崩れていく。
そして最後には必ずレイの姿となり、一言だけ呟いて消えていく。
「・・・いつか私も殺すの?」と。
その言葉と共に跳ね起き、後は朝が来るまで膝を抱えて震え続ける。
勿論、自分を慕ってくれるレイがそんな事を言う訳ではない。だが、ゲンドウの計画が進めば、最終的にはレイはインパクトの鍵として死ぬ事になる。
それが分かっていながら止める事の出来ない自分を、リツコは呪い、その自責の念が見せる悪夢に魘される。
だがレイに手を出させない為には、ゲンドウに逆らう事は出来ない。ゲンドウだけならまだしも、その背後にはゼーレがいる。
自分がいなくなれば、ゲンドウがレイに手を出すのは明らかだ。
だからリツコは自分の心を押し殺してゲンドウに手を貸してきた。
レイを護る為に。自分と話している時に極稀にレイが見せる、昔と同じあどけない笑顔を護る為に。
その為ならば心を殺し、喜んで外道に堕ちようという悲しい覚悟と共に。
「・・・申し訳ありませんが、赤木博士と2人だけにしてもらえませんか?」
リツコが震えていると、今まで黙ってリツコを見ていた一臣が口を開いた。
「いえ、ですが我々は博士の側を離れるわけには・・・」
「大丈夫ですよ、危害を加えるつもりはありません。不破家当主の名において誓いますよ」
「・・・分かりました」
渋っていた有間達だったが、一臣の言葉を聞いて暫く考えた後、シンジ達に続いて部屋を出て行った。
有間達が出て行ってから暫くして、一臣はゆっくりと口を開いた。
「先程から貴女の様子を窺わせてもらいましたが、貴女があの鬚の計画に手を貸すような人とは思えません。我々も貴女についてはあらかじめ調べましたが、分かったのは経歴だけ。・・・貴女は何故あいつに加担しているんですか?」
その問いを受けたリツコは黙って俯いていたが、やがてぽつりぽつりと囁くような声で話し始めた。
彼女の母親であり、ユイの親友でもあった故、赤木ナオコ博士は幼い頃のレイを娘の様に可愛がっており、リツコも自分に懐いてくれるレイを妹の様に思っていた。
だが、ある日ナオコはゲンドウがレイに行っていた投薬やマインドコントロールの現場を目撃した。ゲンドウはナオコに協力を要請したが、当然ナオコはこれを拒否した。
当時ナオコは第七世代コンピュータであるMAGIの開発に携わっており、その開発も殆どが終わりナオコがいなくても支障が無い段階にまで来ていた。
そしてゲンドウはレイに一般常識を教え、自我の形成を促していたナオコを邪魔に思っていた。
レイは自分に従順でなければならない。妻の面影を持つ少女が、自分以外に興味を持つなど決してあってはならない。そんな狂った考えを持っていたゲンドウは、ある結論に至った。
自我を崩壊させ、新しい器に移せばいい。その2人目を教育し、自分だけを見るようにすればいい。
そうしてゲンドウはレイに暗示をかけ、MAGIが完成した日にナオコを殺させ、その直後に暗示をとき、母親と慕っていたナオコを自分が殺したという現実を見せる事で、レイの幼い自我は崩壊した。
その後ゲンドウは自我が崩壊したレイを殺害。魂を移して2人目のレイとした。
ナオコの死後、レイの世話を見ていたリツコはある日ゲンドウに呼び出され、レイの出生の秘密からナオコの死の真相まで全てを聞かされた。
無論リツコは怒り狂ったが、ゲンドウにはゼーレという後ろ盾以外にも手札があった。それは、レイに施した遺伝子劣化プログラムを止めるためのワクチンだ。
この製法や保管場所は自分しか知らず、自分に何かあればそれと同時に保管場所は爆破され、製法を記したデータも抹消される。
さらにその基盤となったユイの研究データは既に抹消されており、自分が持つデータが消えれば二度と作る事は出来ない。
―――レイを助けたいのなら、自分に従え。
その言葉に、リツコは頷くしかなかった。
以来、リツコは心を殺して狂気の計画に手を貸し続けてきた。
リツコの話が終わると、一臣は目を閉じて深いため息を吐いた。
ゲンドウがまともな思考をしているとは思っていなかったが、正直、ここまで狂っているとは思わなかった。
それと同時に、幼い頃からしっかりしていた姉のような人、ユイの事を思い返していた。
「(・・・まったく、ユイ姉さんも何であんなのと結婚したんだか。母さんや美鈴伯母さんが大反対したのも当然だな。)」
ユイがゲンドウと結婚すると言った時、断固として認めようとしなかった母親とその姉の姿を思い出し、さらに深いため息を吐いた。
その日、京都某所で御神流の奥義が飛び交うという、世界一危険な親子喧嘩が勃発。結局ユイは両親の反対を押し切って結婚。
それを知って大暴れする美影を止める為に、当時の御神流、並びに御神不破流の師範と師範代全員が駆り出されたのは、忘れたくても忘れられない事件だ。
昔を思い出して少し鬱になっていた一臣だったが、気を取り直すとリツコの方を見ないまま話し始めた。
「・・・先日シンジが初号機に乗った時、ユイ姉さんに会ったそうです」
その言葉にリツコが顔を上げるが、一臣は気にした様子も無く続ける。
「ユイ姉さんが言うには、レイちゃんは姉さんの子供、即ちシンジの実の妹だそうです。それにシンジや恭也も彼女を妹として見ているし、彼女も2人を兄と慕っているそうです」
「彼女が退院したら、我々御神が引き取る。これはシンジがエヴァのパイロットになる条件です」
その言葉に呆然としていたリツコだったが、気を取り直すと口を開いた。
「ですが、レイに施された遺伝子劣化プログラムを何とかしないと・・・。それにアレがレイを手放すとは思えません」
「プログラムについては大丈夫です。知り合いにHGS治療の権威がいますし、遺伝子劣化の症例は既に治療法がありますから」
HGSには幾つかの種類があり、その1つに遺伝子劣化がある。HGS研究者の間ではさほど珍しいものではなく、既に進行を止めるワクチンはおろかその治療法も確立している。
だが患者の人権侵害とその能力の悪用を防ぐ為、HGSの研究は秘密裏に行われ、研究施設も通常のネットワークからは独立している。
その為MAGIを使ってもデータを得ることは出来ないのだが、ネルフ設立当初にそのデータは諜報部によって提出されていた。しかし、どこかの馬鹿司令が中身も見ずにシュレッダーにかけてしまったのだ。
おかげでネルフはHGSの事を知らず、そして遺伝子劣化の治療法がある事に気付かずに今まで過ごしてきたのだ。
それを知ったリツコは、今まで自分がしてきた事は何だったんだろうという思いで固まっていた。
どうもゲンドウは、無意識の内に人を困らせる才能には恵まれているらしい。
「それにレイちゃんの親権移譲ですが、我々永全不動にはネルフの権限なんぞ通用しませんし、裁判を起こしてもアレが不利になるだけです。問題ありませんよ」
「御神の名において、彼女には決して手を出させません。だから、どうかご安心下さい」
その言葉を聞いたリツコは、一臣を見たまま自分に問いかけた。
もうゲンドウに従わなくてもいいのだろうか?
もう誰かの命を奪わなくてもいいのだろうか?
もう悪夢に魘されなくてもいいのだろうか?
もう冷静な科学者としての仮面を取ってもいいのだろうか?
もう昔の自分を押さえ込まなくてもいいのだろうか?
もう心を押し殺さなくてもいいのだろうか?
―――もう、レイの姉に戻っていいのだろうか?
そう問いかけた時、リツコの脳裏にレイの姿が浮かび上がった。
それは悪夢で見るレイではなく、昔の、ナオコが生きていた頃のレイの姿であり、彼女は無邪気な笑顔で自分を見て、小さく、だがしっかりと言った。
「―――おかえりなさい、おねぇちゃん」、と。
その言葉を聞いた途端、リツコの目から涙が溢れた。そして涙を流しながら、ゆっくりと一臣に頭を下げた。
「―――ありがとう、ございます」
そう言った時のリツコの表情は、科学者としてではない、優しいレイの姉としてのものだった。
その頃、イギリス郊外。
クリステラ・ソングスクール。「世紀の歌姫」と謳われたソプラノ歌手、ティオレ・クリステラが創設した学校である。
その校長室で3人の人物がのんびりとお茶を飲んでいた。
この部屋の主であるティオレ・クリステラ。その夫であるアルバート。
そしてアルバートの友人であり、シンジと恭也の父親である不破士郎の3人だ。
「士郎、急に仕事を頼んでしまってすまなかった。用事があったのだろう?」
「いや、アルが気にする事じゃないさ。それに、用事は一臣に任せてあるしな」
アルバートがすまなそうに言うと、士郎は笑いながら答えた。
というのも、本来ネルフとの交渉には士郎が出向く予定だったのだが、急にアルバートから護衛の依頼が入った。
元々話し合いの類が嫌いな士郎は喜んで仕事を引き受け、一臣に交渉を押し付けてイギリスにやって来たのだ。
「でも士郎、あまり任せてばかりじゃ可哀想よ?あなたは面倒な事は全部一臣に押し付けるんだから」
士郎の性格を知るティオレが窘めるように言うと、士郎はバツの悪そうな顔をした。
士郎は不破家の長男であり、幼い頃から不破家一の遣い手として名を馳せてきた。そして当然、次期当主として期待されていたのだが、一臣が高校に合格した時のこと。
「一臣、合格おめでとう。頑張ったお前に、兄が良いものをプレゼントしよう。」
「え、何をくれるの?」
「うむ、不破家次期当主の座だ。何、遠慮はいらんぞ。母さんに既に話はつけてある」
「・・・はい!?ちょ、ちょっと兄さん!?」
「それじゃあ一臣、頑張れよ〜」
「だから!なんで僕が次期当主を継がないといけないのさ!?大体、何で座を譲るんだよ!?」
「ん〜、一言で言うと、面倒くさい?」
「ちょっと待てこの馬鹿兄貴ーーー!!!」
そんなこんなで士郎は一臣に次期当主の座を譲り、高校を卒業してすぐにぶらりと旅に出て行った。
その翌年に夏織と生まれたばかりの恭也を連れて帰宅。第一声は
「結婚したから。こっちは妻の夏織と、息子の恭也な」
だった。当然、御神と不破の長老方は大激怒かと思ったのだが、その翌日には一族を挙げての祝宴が行われた。
この時、一臣は静馬と2人で「自分達がしっかりしないと駄目かな・・・」と泣きながら語り合った。
まあこの2年後に静馬は16になったばかりの美沙斗にプロポーズし、美沙斗は寿退社ならぬ寿中退をしたのだが。
とまあ前例があるだけに反論が出来ないのだ。
「うぐ。そ、それはともかくとしてだ。アルを狙っていた奴の背後を探ったんだが、やっぱりゼーレの下部組織だったよ」
士郎が話を変えると、アルバートはやれやれといった顔でため息を吐いた。
「また奴らか。相変わらずしつこい連中だよ」
「仕方ないさ。アルはこの国での反ゼーレ派の筆頭だからな。奴らとしては上院議員の間で多くの支持を集めているアルを始末しいたんだろうよ。」
士郎の言う通り、アルバートはイギリス国内の反ゼーレ派の筆頭であり、同時に上院議員達からの信頼の厚い人物だ。
また、金に物を言わせた買収も通用しない、むしろその手の行為を酷く嫌っており、ゼーレからすれば味方に引き込めない厄介な存在なのだ。
その為、これまでテロを装った暗殺を計画してきたがその全てが士郎によって阻止されてきた。
「しかし、これからはゼーレよりネルフに注意したほうがいいかもしれないな」
「ネルフか。確かにあそこもゼーレの下部組織だからな・・・」
「ああ。それに、今本部には恭也とシンジがいる。特にシンジを押えたい司令さんからすれば、人質を取りたいだろうからな」
士郎がそう言うと、アルバートは考え込んだ。
確かにネルフ本部の司令であるゲンドウには、あまりいい噂が無い。
変態とか、ロリコンとか、好色家とか、・・・全部事実だったりする。
そう考えると自分達もイギリスから離れた方がいいのかもしれないが、自分が離れる事でゼーレが勢力を伸ばす事は避けたい。
そこまで考えて士郎を見ると、どうやら士郎も同じ考えだったらしく小さく笑みを浮かべていた。
「とりあえず、こっちには御神から何人か回しておくよ。アルやティオレさんの護衛だけなら問題ない。だけど、フィアッセは日本で保護したほうがいいかもしれん」
「ああ、そうだな。フィアッセも恭也達に会いたいだろうしな。士郎、よろしく頼む」
「私からもお願いね、士郎」
2人の言葉を受けた士郎は力強く頷いた。
ネルフ本部司令室。
ゲンドウは椅子に座りながら目を閉じていた。
先程、リツコから交渉の結果を書いた書類が提出された。
シンジをネルフに所属させる事が出来ないという点は予想していた。しかしその中で唯一認められない項目。
「レイの親権を破棄。その後レイは御神に引き取られる」
これだけは認められなかった。レイを手放すなど、あってはならない。
自分の計画の鍵であるレイを手放せば、計画の進行に支障をきたす。だがそれ以上に、妻の面影を持つレイが自分の下から離れるなど耐えられない。
だが、向こうにネルフの権限など通用しない。
ならば力尽でとも思ったが、数日前に見た御神の力を思い出した。
まだ未完成であるシンジ達ですらあれだけの力量を持っている。ならば、完成した者達を相手にすればどうなるか。
そこまで考えた時、ゲンドウの脳裏には数日前の光景が浮かんだ。
思い出されるのは血の海の中に立つシンジ達と、自分を見る冷たい瞳。
弱者を見るのではなく、ゴミを見下ろすような、なんの感情も写していない瞳。
それを思い返すゲンドウにあるのは、恐怖とそれを上回る屈辱だ。
何故自分があのような目で見られなければならない。
何故親である自分が息子如きに見下せなければならない。
この街の支配者である自分が、何故あのような餓鬼に恐怖を与えられなければならない!?
駄目だ。そんな事などあっては駄目だ。
駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄駄目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目!!!!!!!!!!!!
「―――っ!!!!???」
ゲンドウは頭を掻き毟り、サングラスの下にある充血した両目を見開きながら立ち上がり、一枚の書類を持って司令室にある隠し扉を開けた。
扉を開けると人が1人やっと通れる位の通路があり、ゲンドウが中に入ると自動的に扉は閉まった。
通路を進むと、やがて8畳くらいの部屋に行き着いた。部屋には革張りの椅子と大きなテーブルがあり、正面の壁に填め込まれた巨大なモニターがある。
ゲンドウは椅子に座ると、その横にあるスイッチを押す。しばらくすると、壁に備え付けられたシューターにステーキが届き、ゲンドウはそれをテーブルに置いた。
どうも軽く焼いただけであるらしく、肉からはまだ血が染み出している。
その後リモコンを操作すると、モニターにはある映像が映し出された。
モニターに映し出された映像。それは、コアの製造過程でLCLに溶けてもがき苦しむ人の姿だった。
ゆっくりと体が溶けていく激痛により泣き叫び、必死に許しを請いながらエヴァに喰われていく様を見ながらゲンドウは血の滴る肉に喰らいつく。
その表情は愉悦により醜く歪んでいる。
「クハ、クハッハハハッ、クフハハハハハハハハハ!!!!!」
狂ったように笑い出したゲンドウは、椅子の横にある先程とは別のスイッチを押す。するとダクトを通してLCLプラントの空気が送り込まれ、部屋には血の匂いが充満した。
自分の命令1つで1人の人間が消えていく姿を見て、その権力に酔いしれる。その脆弱な心に幾重ものメッキを重ねて自我を保つ為に。他人の命や恐怖を喰らい、その醜い自尊心を肥大化させる為に。
この街に自分を脅かす者などいない。この街にいる限り、全ての生殺与奪の権利は自分にある。そんな妄想を現実として認識したいが為に。
自分の恐怖を消すために他人の恐怖を喰らう。命を喰らう事を実感するために、血の匂いの充満する部屋で、血が滴る肉に喰らいつく。
この光景を見れば、誰もが口を揃えて言うだろう。
―――この男は狂っている、と。
「クフ、クハハハ、クハハハハハハハハハッ!!!ッハハハハハアッハハッハハハハハッハハハッハッハハッハハッハハッハハハハハハ!!!!!!!」
狂ったように笑い続けるゲンドウの側に落ちている書類。
ブルネットの髪をポニーテールにした少女の写真が貼られており、その下には名前が書かれている。
記された名前は、「Fiasse Crystela」。
拭いきれない恐怖と狂気に駆られた愚者の笑い声が、不気味に響き続けていた・・・。
To be continued...
(あとがき)
どうも、トシでございます。第五話をお届けしました。
さて次回は、
美由希の3分クッキング
レイちゃんはじめての盆栽
士郎さん危機一髪
この3本の内いずれかをお送りいたします(もしくはそれ以外)
それでは。
作者(トシ様)へのご意見、ご感想は、または
まで