東と西の軍隊が進軍する2時間ほど前。


その時、中央の道を進軍するする部隊がいた。


その部隊を見ると明らかに東、西と比べると相当人数が多いようだ。


それもそのはず、この部隊こそがこの戦闘の要となる奇襲突撃部隊だからだ。


『奇襲突撃部隊』まあ、名前を見ればどの様な役目のものかは説明しなくても御察し頂けるだろう。


まあ、「説明しろ」と言われても「文字通りです」としか言えないだろうが・・・


話を戻そう。


この部隊の奇襲に何の意味があるか?


それは中央から多くの兵士で一気に攻め上げる事で、相手の軍勢を中央に集中させる事により、


両サイドの守りが手薄になるだろう事を予測した時に、東西からの両軍による奇襲突撃。


これこそが、この戦いの作戦なのだ。


だが、この程度の作戦ならば大抵の者なら容易く思いつくようなものだと思うのは私だけであろうか?


この作戦に裏はないのか?第二、第三の策略があるのか?それはこの作戦を考えた人物にしか解らないだろう。


そうそう、この作戦を考え付いた男の名を司馬懿、字は仲達という。


紫色の服を纏い、手には漆黒の扇子を持った若い男だ。


だが、この男が考えた作戦こそが、この戦いの一番のキーポイントである事を未だどの軍勢も知らない。


この作戦を考えたものこそ一番注意しなくてはならない、要注意人物という事を・・・


この黄巾党との戦。


まだまだ裏がありそうである・・・・


さて、これぐらいでお話は終わりにして、中央部隊の今いる場所を見てみよう。


そこは生き物の影も形もないような、一面の荒野だ。


地面に落ちているのは昔あったであろう村の家の焼け崩れた残骸、人の骨、それと犬の骨らしきものが


あたりに散乱しているぐらいだ。


もちろん緑など何処にも存在しない。


風が舞っても、揺れる木々は何処にもなく、舞い上がるのはただただ茶色い土煙だけという荒地。


そこにこの部隊はいた。


ここの部隊も曹操軍と大して変わらず、前に3人の武将、後ろに歩兵部隊という陣形を取りながら歩いている。


おや?前の武将たちが何やら話をしているようだ。


少し盗み聞きさせて貰いましょうか・・・・






違う場所で 〜三国の歴史〜

第六話

presented by 鳥哭様







3人の武将が横一列に馬を歩かせる中、右側の若い男が真ん中の男に話しかけた。


「親父。一体敵さんはいつ現れんだよ。」


この男の名を孫策、字は伯符という。


赤い鎧を身につけ、髪は上のほうで結び、両手にはトンファーを持っている。


筋肉も中々鍛えられており、気の抜けた声を出して話しかけてはいるが


目は常に周りを警戒しているようにギラついている。


この男もまた只者ではないのだろう。


「策よ、少し落ち着け。いつ敵が奇襲してくるともわからんのだからな。」


「孫堅殿の言うとおりだぞ孫策。まあ仮に奇襲で意表を突かれたとしても


安全策や保険も多数用意してあるのだから、そこまで慌てなくても大丈夫だ。」


孫策は二人に言いくるめられ不貞腐れた感じで前を向き、また黙って馬を歩かせるだけの時間が訪れた。


おっと、まだ紹介してない二人を紹介しておこうか。


孫策を策と呼んでいた男。


彼こそ孫策の父親である、江東の虎と呼ばれた猛将、孫堅 文台だ。


孫策と似たような赤の鎧を纏い、鉄片の尖がった兜を被り、口の周りに少しばかりヒゲのある中年の男だ。


まあ、シンジのもといた世界でいうところのダンディーなオジサマといったところだろう。


・・・・・・・・たぶん。


そして、もう一人の男は艶やかな髪を腰まで伸ばしていて、100人に聞いても100人全員が美形と答える様な、


整った顔立ちの色男の男だ。


この男は鎧を纏っておらず、いかにも中国風な赤い服を着こなしている。


それにしても、皆が皆赤色の衣服や鎧を纏っているのは何故なのだろうか?


まあ、それはおいといてこの男の紹介に入ろうか。


彼の名前は周瑜 字は公瑾。


その風貌と頭脳の良さから「美周郎」と呼ばれた男だ。


さあ、男優達の紹介が済んだところで彼らの動向に目を向けてみようか・・・










先ほどの会話より約20分後。


ついに荒野だった場所を抜けた後は荒野よりもまだ酷い、木々の一本も生えていない岩山に出た。


その荒れかたというと・・・あたり一面に肉の腐った臭いが漂い、人や動物の骨が転がり、鴉がそれを喰らい、


まだ満たされぬ空腹を示すために哭く声が無残に、そして無常に響き渡っているのがどこか痛々しさを感じさせる。


しかも、鴉たちはこちらが近づいても気にした様子もなく、死体という最高の食事を続けている。


その近くを通る人間のことは眼中にないようだ。


だが、人間たちはそんな鴉の方に意識を運ばせる余裕はなかった。


その証拠に先ほどの荒野を見ても眉1つ動かさなかった孫堅達ですらも誰が見ても解るほど眉を顰め鼻を塞ぎ、


露骨に嫌がる素振りを見せているほどなのだから。


「こりゃあ・・・・ひでえ・・・」


孫策は呆然としているが、岩山を登るために馬の手綱を引くのは忘れていない。


これが今までの修羅場を潜り抜けてきた猛将ならではの業なのだろうか?


だが、ショックを受けているのは確かなのだ。


顔色は明らかに青くなっているのが見てわかるほどだ。


そして、孫策の呟きに同感するように周瑜も声を出した。


「これが同じ人のする事なのか?惨い・・・惨過ぎる・・・


本来は緑の木々が生い茂っているはずの場所を、ここまでの荒地にしてしまったのか?


これ程までに人の業とは深いものなのか?」


その周瑜の呟きに答えられる者は誰一人いなかった。


その後に響くのは馬の蹄が岩を叩く音と、歩兵が岩山を歩く音と、獲物を見つけたかのような鋭さを増した、


鴉の哭き声が無常に響きわたるだけだった。


だが、その時に誰も気付いてはいなかった。


既に自分たちが罠に嵌っているであろう事を・・・。




















また時間は遡る。


ちょうど、孫堅の部隊が出陣する30分ほど前だろうか。


討伐隊とは全く逆の方角から、戦いの場に向かう人物が3人いた。


言わずとも判るだろうが、シンジと貂蝉と甄姫だ。


「シンジ〜。まだつかないのですか・・・。」


甘えたような声を出すのは甄姫だ。


もちろん疲れたというのは嘘である。


今歩いている坂道はたいして険しくもないし、歩いてきた距離も3,4kmだ。


この近くまでは馬で来たのだが、途中馬では通れない狭さの橋があったので、


馬は仕方なくそこにおいてきてしまったのだ。


まあ話を整理すると、甄姫は何故こんな事を言うかというと単純にシンジに甘えたいという、


至極単純明快で女の子っぽい思考だ。


しかも、今から自分たちは戦場で死ぬかもしれないというのに緊張感の欠片もないようだ。


まったく大したものである。


「甄姫!嘘はいけませんよ!それに抜け駆けは・・・。」


貂蝉がおそらく嫉妬心から甄姫を叱り付けようとしたが、迂闊にも喋らなくてもいい単語を発してしまった。


もちろん貂蝉もそれに気付きあわてて口を噤んだが、シンジには会話の内容は筒抜けだった。


(近くにいるし、なにより常人より遥かに聴覚もいいからね・・・)


「貂蝉。抜け駆けって何の話?」


普通の男性なら気付くであろう発言にも、鈍感キングであるシンジにはまるでわかっちゃいないようだ。


「い・・・いやなんでもありませんわ!!ねえ、貂蝉!!」


甄姫は慌てて誤魔化そうと手と首を大げさに横に振りながら、貂蝉にも話を振ってこの場を逃れようと


やっきになっている。


「そそそそそうですよシンジ様!何でもありませんって!」


貂蝉もかなり慌てながら、シンジに気にするなと目で訴えかけている。


普通の男性ならここで違和感に気付くであろうが、シンジは鈍感キングだ。


これぐらいのことでは気付くわけが無い。


「そうなの?もうすぐ敵の拠点につくんだからしっかりしてよ。」


シンジはそういって二人に笑顔を見せた後、また戦場の方に足を向けて歩き出した。


「「はあ・・・・・・」」


二人は誤魔化せてよかったと思う気持ち半分、何でいつも気持ちに気付いてくれないか


嘆く気持ち半分を詰め込んだ溜息を吐いた。


「よくあれで誤魔化せたものですわね・・・。」


甄姫は本当に疲れたようにもう一度溜息を吐いた。


今までにも相当苦労しているようだ・・・。


「本当ですね。あそこまで鈍いとは・・・。」


貂蝉も甄姫と同じように深く溜息を吐きながら愚痴をこぼしている。


二人が落ち込んでいるのを他所にシンジはひたすら先を目指していた。


その足取りは自然と速くなっているのも自分で気付いていない。


「何か嫌な予感がするな・・・・。急がないとだめな気がしてならないや。」


シンジは自分が急いでいる事に気付くと、急いで走って目的地に向かおうとするが


隣に二人がいない事に気付いた。


「二人とも〜〜!!!!早く来てよ〜〜〜!!!」


そう言って大声で叫ぶと貂蝉と甄姫は自分たちが置いていかれそうになっているのに気付いて急いで走ってきた。


「待ってください〜〜シンジ様。」


「今行くわ〜!!」


二人して急いでこっちの方に向かって走ってくるのを見ると、シンジは二人に背を向けて一言呟いた。


「ごめんね・・・・僕には・・・無理だよ。」


この一言が何を意味するかは皆様にも察知していただけるだろう。


だが、幸いかはどうかはわからないが、この声は二人の耳に届く事は無かった。


この青い空の中にシンジの呟きは消えて、またしばらく静寂が訪れた。


その数秒後には物凄い速さで岩を蹴る音しか響いていなかった。










話の主導権はまた孫堅に戻る。


今彼らは荒れ果てた悲惨な荒野を抜け、その荒野にも勝る、この世の地獄とも言える程荒れ果てた岩山を


登っている最中である。


また、空も薄気味悪い色に曇っており、それがさらに薄気味悪さを増している。


彼らの顔はこの岩山に入った時には、荒れ果てた山への嫌悪感などで眉をしかめたり、


鼻をおおっていたりした者も居たが、この山に入って20分が過ぎた辺りからは


全員の顔つきが変わっていた。


この現状を作り出したものへの恨みが詰まったような憤怒の形相を浮かべている。


特に孫策は人一倍正義感が強いのと未だ若い事も相成って人一倍、この岩山の現状に激怒しているのである。


その顔は正に般若の顔のようでもある。


いや般若の顔そのものかもしれない・・・。


だが同い年であり、親友でもある周瑜は他の者たちとは違い冷静であった。


確かにこの地に踏み入れた瞬間はこの荒れ様に怒りはしたが、彼は武力よりも知力のほうが優れていると


他のものからは思われているし、自分でもそう自負している。


みなが認めるその知力に恥じぬ働きで既にこの岩山に隠された何かを感づき始めていた。


それを感じているのは周瑜だけではなかった。


周瑜は隣で馬を歩かせている男を横目で見ながら、孫堅に話しかけた。


孫策に聞こえないようにするために、馬を孫堅のほうに近づけて声も普通に喋る音量よりも少し小さくしてだ。


「孫堅殿、あなたなら感じているでしょう?この不自然さに。」


周喩は先ほどから一言も口を利かずに、絶えず当たりに視線を張り巡らせていた孫堅に


自分の考えを確かめるために。


自分たちを付き従えるほどの男なら、この事態の不自然さに気づいているだろうと予測しながら。


「・・・・・・・・・。」


孫堅からの反応がないので少し疑問に思ったが、別段気にせずに先ほどよりもう少し大きな声で呼んでみた。


「孫堅殿?」


「ん?私を呼んだのか?公瑾。」


「いえ、この山なんですが不自然ではありませんか?」


「やはりお前もそう思うか。策は気付いていないようだがな。」


少しガックリした感じで軽くため息をひとつ吐く。


「策はあの調子だからな。今注意するのもいいが、どうせ策は少ししか我慢できぬのであろうな


・・・・まだまだ若いのだからな。」


今度はさっきよりもかなり深く大げさにため息を吐いてみせる。


「ここは敵地なのですよ。そろそろ気を張り巡らせないと取り返しの付かないことになりかねませぬ。


ここからは気を引き締めましょうぞ。」


そう言ってさっきまでは僅かばかり緩んでいた口元が戻り、何ともいえない緊張した空気の中で


また会話が再開された。


「孫堅殿が怪しいと思ったことは?」


だが、会話を邪魔するかのようにカラスの鳴き声が鳴り響いた。


なんと何十羽というカラスがただでさえ薄気味悪く曇った空を、その漆黒の翼で塗りつぶしながら


気持ち良さそうに空を飛び回っている。


「動物や人間の死体だろうな。ここは仮にも奴等の本拠地である場所だ。


なぜ、自分たちの領地をここまで不衛生にする必要があるんだ?俺はそこがわからんな。」


そういうと孫堅は空を睨み付ける。


「いったい何なんだ?あのカラスたちはさっきまではいなかったのに。」


この喋っている間にも少しずつカラスの数は増え、鳴き声もそれに比例しながら大きく岩山に鳴り響いていく。


「不思議ですし不気味だな。なんでいきなりあんなに出てきたのだ?・・・」


(気のせいだろうか?あの鳥どもが笑っているように見えるのは? まるで自分たちの餌が舞い込んだとでも


思っているのか?)


周瑜はいったん孫堅との会話を打ち切り、孫堅からまた少し距離を取った。


こういった冷静な二人とは裏腹にさっきまで怒りの顔を見せていた兵士たちは、この異常な数のカラスを見て


少しばかりか怖がっているようだ。


「もし、自分たちがあれに襲われたら・・・」と考えるだけでもゾッとするのであろう。


「親父!!!いったいあれは何なんだ!!??」


孫策はそう叫ぶが、カラスの鳴き声で大きすぎてその声は孫堅の耳には届かない。


無論、孫策と孫堅が会話が出来ないということは、それと同じぐらいの距離にいる周喩もまた


孫堅と会話ができないのである。


これはかなり不味い事態に陥っていると周喩は考えていた。


今この状況で奇襲などされたら、こちらの指示が届かずに全滅しかねないのだから。


(それにしても、だんだん死体が増えてないか?しかもまだ腐ってないぞ・・・。)


カラスが空を旋回し始めたころから先に進むにつれて、どんどん死体の数が増えていっているのだ。


(まてよ?なぜカラス達はこの死体を喰わないんだ?普通ならこんなご馳走が目の前に転がっていたら


奴等は貪るように食うはずだ。カラスは頭が良いから、大勢の人間を見て食事を後回しにして、


最初は様子見をしているのかも知れないな・・・。)


自分の頭の中で考えを纏めて、一先ず思考を1段落区切った。


だが、10秒もしないうちに先の出来事を思い出し、自分の推理の矛盾に気づくことができた。


(この鴉どもはここの岩山に入るときは、近づいても何も反応しなかったどころか


次々と死体に群がっていたはずだ!!それなのに何故こんなにも多い死体を前にして何の反応も起こさない?


こっちの肉の方が見た目でもわかるほど良質のはずだ。おかしい!!


ここら一体の鴉も状況も異常すぎる。至急ここの岩山地帯を脱出しなくては!!・・・)


自分の今すべき最良の事に気づいた周瑜は急いで気づいたことを孫堅に伝えようとし大声で孫堅に向かい叫んだ。


「孫堅ど・・・」


だが周瑜が気づいた時にはもう遅かった。


その言葉の途中に笛の音が鳴り響いた。


その笛と同時に周瑜の声も途切れたのだった。


彼の声は誰にも届くことはなかった・・・






To be continued...


(ながちゃん@管理人のコメント)

鳥哭様より「違う場所で 〜三国の歴史〜」の第六話のを頂きました。
仲達、孫策、そして周瑜・・・メジャーどころが続々と出てきましたね。
これからの展開、シンジ君たちとはどういう関係になるのか、とても楽しみです。
シンジ君の怪我(火傷)の具合はもう良いようですね。安心しました。
でも、最後のシンジ君の「ごめんね・・・・僕には・・・無理だよ」という呟きが何やら謎めいています。
(さすがの鈍感キングも、二人の女性の想いに気づいていたのか?)
何にしろシンジ君には、後ろ向きにならずに前を向いて突っ走って欲しいものです(もち、ハーレム実現のために♪)。
次作を心待ちにしております♪

追記です。今回、鳥哭様より、改訂版を頂きましたので、従来の第六話と差し替えました。
大きな変更点といえば、後半部分(孫堅軍の行軍周辺)の追加でしょうか。
別段大筋に変わりはない(シンジ君の活躍もない・・・をい!)ので、今回、コメントは差し控えさせて頂きます。
新作(第七話)を楽しみにしております♪
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