違う場所で 〜三国の歴史〜

第十三話

presented by 鳥哭様


黄巾の乱から約一ヶ月が過ぎた。


大きな川のすぐ近くに小屋が建っている。


大きさから見ると3〜4人は住めるぐらいのゆとりは十分過ぎる程ある。


小屋の後ろには森と今じゃ誰も通らないような獣道があり、正面には何処かへ続く道が


一本続いている。


その道を跨ぐと緩い下り坂があり、下りるとそこにさっきもいった大きな川が流れている。


そして今言った川でボーッと釣りをしている青年がいる。


碇シンジだ。


あの夢で光に包まれて気がつくと、あの小屋の中に皆がいたのだ。


起きていたはずの彼女達に何があったか聞いても、光に包まれて気がついたら


この小屋の中にいたとい答えたそうだ。


結局あれは何だったんだろう。


それはまだわからなくてもいい。


シンジはあの夢を見て以来、釣りをする事が多くなった。


たまたま近くに川があったからかもしれないが、恐らくは違うであろう。


いろいろな事を考えたり、何も考えなかったり、ゆるりと流れる時間を楽しんでいるのだ。


チェロ以外の趣味、この世界ででもできる趣味というものを見つけたシンジだった。


だが彼の場合は全く水面は見ない。


彼が釣りをする時は大抵が空を見るか、目を瞑るか、このどちらかなのだ。


彼に魚を釣る気などさらさらない。


ただ自分と向き合う時間が欲しいだけの事。


彼にして見れば大きな進歩ではないだろうか?


今までは相手を率先して護り、自分の保身を疎かにして怪我を負ったこともあった。


それは自分の事を軽視し過ぎているからであって、それが自分の本来の強さの歯止めに


なっている事すら気づかないでいた。


だが釣りをする様になって、彼に多少の変化が出てきた。


生への欲求、それが少しずつ増えてきている。


そう、これこそが申公豹の狙いなのだろう。


穏やかな雲、静かに揺れる木々、微かに動く水面、。


こういう平和を象ったかの様な日にこそ事件とは起きるものである。


「はあ・・・物騒な世の中だな。まあ、放ってはおけないか。」


彼は五感が非常に優れているため、常人では聞こえないような音すらも拾える。


彼が耳にしたのは、この世界に来て数十回は聞いたであろう、気持ち悪い男の笑い声と


何者かが争う音である。


かなりの遠くの方でのでき事なので釣りをして、集中力が研ぎ澄まされてなかったら


まず聞こえなかっただろう。


「気持ち悪い・・・か。」


この感情があの時のアスカの感じいたものかな?違うよね?どうだろう?


「今はそれどころじゃないか。」


木の枝で作られたのであろう粗末な釣り竿を川岸に置き立ち上がる。


すぐ後ろにある坂道を登ると小屋の前に良く見知った女性がいた。


「シンジ様?どうしたのですか、ご気分が優れなさそうですけど・・・。」


そう言って熱があるのかとシンジの額に手を当てる。


ひんやりして気持ちいい。


シンジはその感触に一瞬目を瞑ったが、本来の目的を思い出す。


「ごめん貂蝉、今ちょっと用事があるんだよ。だからまた後で、ね。」


そう言って目の前に手を持ってきて、もう一度謝る。


「気をつけてくださいね。」


貂蝉も大体何の用事かわかったのだろう、というかシンジの用事というと人助けか釣りか


の2択しかない。近くには街も何もないし、友人と呼べるものもいる訳もない。


近くに街がないのにどうやって暮らしているのか?


それは最初からこの小屋の近くに畑があり、そこから野菜を持ってくるのだ。


誰もいないのに何故か野菜の質は抜群に良かった。


さらに小屋の中には穀物や羊の毛で作られたベッドまである始末。


彼等は不思議がったが生きていくうえではありがたいので


この件はとりあえず深く考えないでいる。(ちなみにこれは申公豹が楊ゼンに頼んで?


用意させておいたものである。しかも一日でだ。彼の気苦労の重さを誰か少しは


知ってやるか、和らげてやって欲しいものである。)


「わかったよ、ありがとね。」


そう言ってシンジは目にも止まらぬ速さで走っていった。


向かう先は家の裏の森にあるけもの道だ。


そこで何かが起きているはず。


彼は常識外のスピードを更に速めていくのだった。




















「全く楽な仕事だぜ。」


「ああ全くだ。」


森の獣道で何かの入った袋をかついでいる男と普通に歩いている男が一人。


少し傷があり、何かと争ったのか服も破れているし、それは鋭利な刃物で切りつけられた


感じの破れ方だ。自然に破れたり、木に引っかかったりしたのでは破れ方だ。


「でもまさか起きるとは思わなかったな。」


「ああ、だけどあの髭面のオヤジから貰ったこれはやっぱ強力だぜ。」


そう言うと服の中から何かをちらつかせる。


この時代にはありえないものがそこにはあった。


スプレーだ。


ちなみにこれを作ったのは碇ゲンドウだ。


何かしらの方法で開発したのが、まあ世間一般で言う睡眠薬だ。


それもかなりの即効性のあるものである。


「いつもはこれを女に吹きかけたら丸一日起きないから色々楽しめたのに、この女は


半日で起きやがったぜ。やっぱ良い所の女は違うよな。」


「まあこっちも危なかったけどな。もう一回これを使ったからしばらくは安心だぜ。」


そう言って男達は笑う。


「いやでもこんないい女初めてじゃないか?ヤレないのが残念だぜ。」


「仕方ねえだろ。これがあるからこんな美味しい事をやり放題なんだぜ。」


「まあ・・・そうだな。」


「美味しい事って?」


今までとは違う声だ。


「そりゃあ、良い女をだな・・・。」


「無理矢理押さえつけると?」


「それも面白いが、こっちはもっとやめられないぜ・・・って誰だ!!?」


いい気になっていた男達は知らない男が喋っている事にようやく気づいた


「とりあえず・・・眠っていてください。」


一人の男に強烈な鳩尾を浴びせる。


シンジは次の攻撃対象の方向を向く。


もう一人の男があのスプレーを発射してきた。


あれをくらったらヤバイな。


右足にグッと力を入れ、一先ず真上にあった木の枝に捕まる。


「どこ行きやがった?」


そのあまりのスピードに男は全く追いついてない。


そして袋を地面において自分を見つけようと必死だ。


シンジは男の視線から袋が完全に消える時を待った。


「くそっ!あの野郎どこに隠れやがった?」


そういって少しずつだが袋から離れていく。


男と袋の距離が広がった時にシンジは枝から手を離し袋を抱える。


「んな!?」


まさか上から来るとは思わなかったのだろう。


唖然とした顔でこちらを見ている。


「それじゃ。」


何の感情も篭ってない声でそう言うのと同時に、見事なハイキックが男の後頭部に


決まった。


無論男は一瞬で意識を手放し地面にひれ伏した。


「髭面・・・まさかね。」


シンジはさっきの会話を聞いていて気になった単語をボソリと呟いた。


無論髭=ゲンドウのイメージ。


しかも彼の予想は大当たりなのだが・・・まあこれは後になればわかる事だ。


今言えるのは董卓、彼が掲げる目標の一つは『酒地肉林』だと言う事だ。


「・・・とりあえず運んでいかなきゃダメだよね。」


シンジは袋を肩に担ぐと、もと来た道をゆっくりと戻っていった。


袋の中にいる人物に気を遣っているのだろう。


ここら辺りは木の枝が鋭利な刃物みたいになっている場所があるのだが、そこを避けると


かなりの遠回りになって確実に夜になってしまうのだ。


さらにこの辺りは夜になると凶暴な獣が活発に活動するのだから急がなくてはならない。


もちろんシンジは来るときもそこを通ってきた。


森の中は暗くてわからなかったが、シンジの体中至るところに切り傷がある。


「どうやって通ろうかな?」


シンジは自分ひとりで突っ切るのは一向に構わないが、袋の中の女性が傷つくのは


嫌なのだ。しかも、さっきの男達の言動からすると半日は起きないそうなので彼女を


起こすのは時間が掛かりそう。


どうしようかな?上を通っていけたらいいんだけど、ここら辺の木の枝細いからな〜


無理だよな〜・・・本当にどうしよう。


「はあ・・・。」


シンジが良い案を思いつかず溜息を吐いた、その時だった。


向こうから人が歩いてくるのを感じた。


「この感じは・・・貂蝉かい?」


目の前の木の枝が切り落とされる。


「あら、わかってしまったのですか?驚かそうと思ったのに、まあいいですわ。


シンジ様、お迎えに来ましたわ。」


美人が自分に向けて微笑んでくれるのは嬉しいが、片手に握られた鉈が非常に


アンバランスでちょっと笑ってしまう。


「あ、ありがとう。」


少しばかり声が上擦っていて、笑顔も若干引き攣っている。


「もういいです。帰りましょうよ。」


貂蝉はちょっと不貞腐れたのか、地面を軽く蹴って先に歩いて行ってしまう。


「ごめんよ。」


いつの間にか貂蝉の右横まで来ていたシンジが貂蝉の耳元で囁く。


貂蝉は顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「さあ帰ろうか。」


シンジは暗い森の中でそう明るく言うと貂蝉の手を握って小屋の方へ歩きはじめる。


「シンジ様・・・あの日から変わりましたね。」


貂蝉は前から感じていた事を言う。


「そうかな?」


「そうですよ。」


「僕は『僕』さ。何も変わってないよ。」


そうさ、何も変わってない。


ただ少しだけ素直になって、少しだけ勇気がついて、少しだけ人を好きになれる様に


なっただけ、僕は何も変わってない。


少しだけ『僕』に近づけた、ただそれだけ。


「そう何も変わってないよ。」


シンジの笑顔は今までで最高に輝いていた。


彼が生きる意欲を手に入れてきた証拠だった。




















しばらく歩くと我が家となった小屋にたどり着いた。


「はあ〜〜ようやく着いたよ。」


「お疲れ様です。」


貂蝉はシンジを労って、先回りしてドアを開ける。


「「ただいま〜〜」」


中は木の匂いに包まれていて、何処か赴き深い感じがある。


「あら遅かったですわね。それより前にその袋は何ですの?」


甄姫は当然の如く、シンジの抱えた大きい袋を指差す。


「ああ・・・説明するのもめんどくさいからね。中身を見たほうが早いか。」


袋を優しく床に置いて、所々破けていた穴の一つに指を掛け、そこから思いっきり袋を


裂いた。すると中から女性が出てきた。まあ、さっきの男達の話から中身が最初から解っ


ていたと思うが。


「・・・人攫い?」


しばし沈黙。


「甄姫、本気で僕がそんな事やると思ってる?」


「いいえ。」


甄姫は即座に返した。


「なら・・・。」


「いつも心配掛けてくれるお返しだと思ってくださいませ。こっちの身にもなって


ほしいですわ。全くあなたときたら・・・。」


「すいません。」


甄姫のお説教が始まったようだ。


シンジは痛いところを疲れ続けグウの音も出ないようだ。


だが貂蝉が袋の中の女性を介抱しているのを見ると、もしかしたらこれは


良くある事なのかもしれない。というかあるのだろう。


貂蝉は部屋の隅にある、羊の毛を寄せ集めて作られたベッドに女性を運んでいく。


甄姫のお説教が終わったのはそれから一時間後だった。


それとシンジが説教を終えて発した第一声は


「っ〜〜〜〜足痺れた。」だ。


シンジはその間ずっと正座を続けていて、足が完全に痺れてしまっている。


「お疲れ様でした。シンジ様お食事の支度が準備できましたわ。」


貂蝉がシンジに背中越しに声を掛ける。


「ありがとう。もう少ししたら頂くよ。」


シンジは苦笑しながら足を揉み解している。


「はい。それでは先に二人で食べてますね。」


貂蝉はそう言い残して隣の部屋に行ってしまった。


そこが居間となっている。


今まで説教をくらっていたのは寝室である。


甄姫は貂蝉が言ったのを確認するとシンジの元へ近寄ってくる。


それを感じたのか、一瞬シンジの肩がビクッと震える。


「まだ何か用でもあるんでしょうか?」


焦りまくりのビビリまくりで声が完全に裏返ってしまっている。


「さっきはごめんなさい。」


それだけ言うと甄姫も足早に隣の部屋へ行ってしまった。


シンジは呆然としながらも、自分の情けなさにちょっとだけ溜息をついていた。


「これからはもっと人の事も考えなきゃな。」


実際はただのジェラシーの一環なのだが・・・それを全く解らないのが彼なのであった。


「起きたの?」


シンジは後ろを振り返ると、羊の毛を隠れ蓑にしてさっきの女性が自分の方に弓矢を


構えている。


シンジは起きているのは気づいたが、まさか自分を殺そうとしてくるとは思っていなかっ


た。


良く考えれば彼女眠っている間の記憶あるわけないし・・・


うわ〜〜思いっきり僕ってあいつらの仲間って思われているんだ。


女性はシンジが自分の起きている事を悟っているのを知り、弓を射った。


「うっ!!!!!!」


本来ならその弓矢は確実に心臓に当たっていただろうが、シンジの並外れた瞬発力なら


弓矢を避ける事ぐらい造作もないのだが、距離があまりに近かった。


シンジは避けようと右に飛んだが弓は右肩を射抜いていた。


女は腰に予め備え付けていた武器を取り出す。


直径20cm程の金属で作られたであろう円状の武器だ。


それを片手に一つずつ持って構えている。


右手の方は刃がないが、左手の方には円の外側に刃がついており、直撃したら


かなりヤバ目の感じがする。


話し合いは無理だね。落ち着かない事には聞いてもらえそうもないし。


でも誘拐するなら武器ぐらい奪っておくんじゃないのかな?あの男達は所詮3流か。


あ、ちょっと不謹慎だったな・・・集中しないと・


シンジは痛みを堪えて一つ深呼吸をする。


「ふう・・・。」


まずここで戦闘をするのは危険だな。まずどうにかして広いところで戦わないと。


しかも相手には怪我をさせずに、二人の身に危険が届かないようにする。結構キツイな。


彼女は相当強い。


考えが纏まる前にあちら側が行動に出る。


「卑劣な賊ね!!」


彼女はそう叫ぶと足元にある羊の毛を蹴り上げて、煙幕代わりにする。


「くっ!!」


シンジは攻撃が来ると思って、身構えるが一向に追撃の一手はない。


辺りを見回すと玄関の扉が開いている。とすると、彼女は外に逃げたのだ。


「まずいな。戦い慣れしたのを見ると・・・恐らくは森に潜んでいるはずだよね。」


川に飛び降りるなんて事はない、道を進むなんて事は流石にしない・・・


やっぱり森以外に逃げる場所はここら辺にはないか・・・だとしたら急がなきゃ。


いくら強いといっても人間だ。熊なんかに襲われたら勝ち目は薄いか。


シンジは追いかける前に一つ思い出す。


「あ、そうだ。」


「シンジ!!一体何が・・・あった・・の・で・・・。」


甄姫が物騒な物音を聞き駆けつけ、シンジに声をかけようとするが、待ち伏せていた


シンジに何かを吹きかけられると、その声は最後まで言われる事はなく、途中で


声は途切れ、数秒後には床で穏やか寝息を立てている。


貂蝉も甄姫と同じように今は床で穏やかに眠っている


「意外と便利かも。」


シンジの右手にはさっきの男達から頂戴した、スプレーが握られていた。


さっきは昼間だから良かったけど、今は夜だ。


ここら辺の獣はおかしい。夜になると異様に活発になるから。


今度ばかりはついて来たら守りきれないかもしれない、それがシンジの出した結論である。


シンジは暗い闇の森へと自分の聴覚と視覚を頼りに進んでいくのであった。






To be continued...

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