違う場所で 〜三国の歴史〜

第十四話

presented by 鳥哭様


「暗いな・・・」


シンジは逃げた女性を追って森に来ている。


探している途中、度々人の歩く音が聞こえたのからしても、少なくとも誰かが


この森にいるという事がわかる。


それが彼女であるかどうかは別としてではあるが。


とりあえず相当の弓の使い手だね、彼女は。


さっきの不意打ちの一撃は驚いたよ。後一瞬気づくのが遅かったら心臓を貫かれていた


かもしれない。ほんとに紙一重だったし、何より殺気も全く感じ取れなかった。


僕もまだまだ修行不足か・・・こんなんで二人を護りきれるんだろうか?おっと弱気に


なっちゃダメだよな。それに今は集中しなきゃ、下手したら一瞬で心臓を貫かれるかも


しれないし・・・さっきも危なかったし。


パキッ・・・


右手の方で木の枝が折れる音がした。


シンジはその物音を敏感に感じ取り、そちら側に意識を集中する。


何だ?枝の折れた音に違いはないけど・・・彼女か?それとも動物?


シンジが物音をした方を凝視する。


「見える訳ないか・・・流石にここまで暗いとね。」


シンジの視覚を持ってしても、暗いところではその力が如何せん発揮できない。


それが同時に焦りと不安を呼んでしまう。


シンジはいわば狩る側しか、体験した事がない。


それと相手が遠距離から弓を・・・しかもかなりの精度を持った者と合間見えた事がない。


これがより一層不安を膨らます原因だろう。


今シンジは狩られる側の恐怖を身を持って感じている。


くそっ!一体どうしたらいいんだ?彼女がここにいなかったらそれこそ無駄骨だし・・・


でも、もし森の中にいたら見殺しになるし・・・一体どうしたらいいんだろう?


まあ、進むしかないんだろうけどさ。


ヒュン・・・


何かが風を切ってこちらに向かってくる。


「後ろか!?」


今度はさっきと違ってかなり距離が離れているので、その瞬発力でシンジはあっさりと


矢を避け、今放たれた矢の軌道上で矢の放たれた方向を判断し、そちらに向かい走って


いく。目にも止まらぬ速さでだ。


「なっ!!速過ぎ・・・」


シンジの真後ろ、距離は約20m程の草むらに彼女は潜んでいた。


女性はシンジのあまりの速さに驚き、弓を構えたまま呆然としている。


だが、シンジが腰に付けられた刀の鍔に指をかけた瞬間彼女の意識が戻る。


シンジが刀を物凄い勢いで抜刀するのと、同時に彼女は狙いを定める余裕もなく、咄嗟に


弓を放った。


彼女の放った矢は先ほどと同じく、またもシンジの右肩を射抜いていた。


だが一方のシンジの刀は彼女の遥か上空を通過していった。


「勝った!」


彼女はそう言って、止めの一撃と言わんばかりに苦痛で顔をしかめるシンジに向かい


弓を構える。その弓の狙う先は彼の心臓がある部分。


だが、その前に彼女の目の前に大量の赤い液体が降り注ぐ。


その液体が血だと判別するのに、そう時間は掛からなかった。


「血!?でも何処から・・・。」


そう言って自分の後ろを見ると、ピクピク痙攣しつつも両腕を振りかぶりながら


猛全と立っている巨大な熊がいる。


だが普通の熊とは少し違う。何が違うか?


なんと首から上がない。


そう、彼女の目の前に降り注いだ血は全てこの切断された首の付け根から吹き上げられた


熊の鮮血だったのだ。


シンジが最初の抜刀で狙ったのは、彼女の命を今まさに狩らんとしていた巨大熊の


首であり、彼女の命、ましてや自分に向かってくる矢ではなかったのだ。


つまり自分の体を犠牲にして、彼女を守ったという事になる。


「そんな、なんで?」


彼女は酷く困惑している。


男に何かを噴きかけられてから意識がない。


森の中で一回目が覚めて、いつの間にか入れられていた袋から抜け出して、自分を担いで


いた2人組の男に抵抗したが結局良くわからない内に意識が途絶えていた。


そして、次に起きたときは羊の毛の中。そして、目の前には人がいる。


更には小屋の中にいる事で敵の隠れ家か何かと思い、自分の近くにいた見張り?だと


思った人に向かい矢を放ち見張り?に命中して逃走に成功したと思っていたが、驚く


ほどの速さで追っ手に追いつかれ、自分の身の危険を脅かすこの青年を不意打ちの一撃で


倒すはずだったのに、矢をかわし自分を切り捨てようと刀に手をかけた。


だが、自分の認識と彼の取った行動は矛盾していた。


何故自分を攫った人物が、命を危険に晒す様な真似までして自分を助け様と


するのだろうか?


今時分のすべき行動は何か?


目の前で肩を押さえ苦しむ青年を助けるべきか、それともさっさとこの場から離れて


そのまま逃走を続けるか、最後にこの青年の息の根を止めてから逃げるか。


今彼女の取る行動を挙げるとしたらこの3つぐらいだろう。


だが彼女はただ呆然として目の前の事態を見詰めるだけだった。


目の前と自分の頭に血の雨が降り注ぐ。


そして熊が後ろに倒れていく。すると凄まじい轟音が静寂が支配していた森に鳴り響き


周りの木々から鳥が一斉に夜の空へと鳴きながら羽ばたいていった。


その音で彼女は我に返った。


止めの一撃をするのを躊躇ったのか、彼女は弓を構えるのをやめた。


「ダメね・・・。」


彼女からは殺気が消える。するとシンジの方に向かい歩き出す。


「大丈夫?って大丈夫なはずないわね。」


シンジの右肩に矢が刺さっていて、大丈夫とはとても言えない状態だった。


「痛いけどちょっと我慢しててよね。」


彼女は矢を掴むと思いっきり、引っ張り肩から矢を引き抜いた。


「っ!!!!!!!!!!!!!」


行き成りだったので、かなりの苦痛がシンジの体を走る。


「あ・・・。」


「行き成りは酷いよ。せめて何かしら合図みたいなのして欲しかったな。」


「ゴメンね、それとこんな状況で何だけど私がどういった理由でこうなったのか説明


してくれないかしら?あなたが私に危害を加えなさそうな男だってのは薄々感じ取った


から。それと・・・さ。」


「ん?」


少し起き上がり右肩を抑えながら歯切れの悪い感じで、自分の目の前に立っている


美女を見る。


「あ、ありがと。」


かなり照れくさいのだろうか、目線は合わせずにそっぽを向きながら感謝の辞を述べる。


「いや・・・僕は当然の事をしただけで・・・えと・・・そうだ!君の名前は?


ああ、それと僕の名前はシンジ、よろしくね。」


そう言って左手を前に差し出す。


まだ女性に対する免疫はあまり無い様子だ。


何人かの女と何年も同居してるのにも関わらず。


彼女もその手を握り返して自分の名を名乗る。


「こちらこそよろしく。私の名前は孫尚香よ、武芸と弓が得意かな?」


そう言って彼女が初めて警戒心を解いた。


だが、タイミングが拙かった。


「後ろ!!」


「えっ?」


孫尚香が後ろに視線を向けると、孫尚香を攫った本来の犯人である男達がいた。


片手には斧を持っていて、その斧は既に孫尚香に振り下ろされていた。。


間一髪横に飛び跳ねる事で避けたが、その際に弓と圏(腰に付けていた円状の武器)を


落としてしまった。


「クソッ!てめえらのせえで俺等はなあ!!」


「そうだ!そいつを今日中に奴の元に連れて行かなかったら俺等は御陀仏なんだ。


もう今からじゃ間に合わねえ・・・だったらよ、テメエも道連れにしてやるぜ!!


この阿婆擦れの醜女が!!」


孫尚香には既に為す術はない。


避けるにもさっき飛んだときの着地体制が悪く、まだ避けれるような状態を孫尚香


は作れていなかった。


(やられる!!!!)


彼女は既に自分の死を確信し、両の目を瞑った。


だがいつまで経っても痛みは感じない。


(何が起こったの?)


恐る恐る目を開けると、シンジの背中があった。


左手一本で斧を受け止めている。


さらに、その少し右側ではもう一人の男が血溜まりの中に倒れていた。


無論殺したのはシンジだ。


口で鞘を咥えているのは、右手が使えないからであろう。


シンジは孫尚香の前に立ちふさがり、左手一本で男の繰り出した斧を受け止めた。


「こんの餓鬼が!!!」


そう言ってもう一度斧を振り上げる。


そして片手持ちを両手持ちに変える。


「片手で俺の一撃が受け止められるか!!」


シンジの目が一瞬赤く輝く。


男の脳天に斧が上がるとき、その時にはもう男の首は存在しなかった。


風を切る音だけが響く。


そして、そのすぐ後にまた血の雨が降った。


彼には断末魔の叫び声すら許されなかった。


ただ惨い自分の死を地獄から見上げる事、それが彼らに許された唯一の行為だったのであ


ろう。


シンジの目は黒で染まっていた。


そう何かを隠すような闇の色・・・黒に。






























あの後シンジはとりあえず自分の知る限りの情報を孫尚香に教えた。


そして大体の誤解も解けたので、二人で小屋に戻り一夜を明かした。


それで何事もなく終わる・・・はずであったのだが、何事にもハプニングというものは


あるようだ。それもシンジにとっては自分で蒔いた種と言わんばかりの物だが。


「シ〜〜〜ン〜〜〜ジ〜〜〜」


起きたシンジに待っていたのは、地獄の底から這い上がって来たような声を出し怒る


甄姫の姿であった。


「な、な、な、なんだい?」


シンジは完璧にビビっている。


背中は冷や汗の洪水であろう。


頬が軽く痙攣している様にも見えなくもない。


「こんな得体の知れないものを使って、私を眠らせるなんて一体どういうつもりなの


かしら?返答によっては少し怒るわよ。」


甄姫の右手にはもはや原型をとどめていないスプレーが握られている。


充分怒ってるじゃないか〜〜〜。どうしよう〜〜・・・・本当のこと言ったら余計怒らせ


ちゃいそうだよな。と言っても変な言い訳なんかしたら、殺されそうな剣幕だし・・・


仕方ない正直に言うか。


ちなみにこの時点で後の二人の女性は夢の中である。(一人は疲労で、一人は薬によって)


「いや、夜の森は危険じゃないか。二人の性格上黙って付いて来そうだからさ・・・」


甄姫は正座してるシンジの前に仁王立ちで立っている。


その圧迫感は・・・いや敢えて語らないでおこう。


「だから、あの様な事をしたんですの?私達の身を重んじてくれるのは嬉しいですわ。


とてもね。でも、それは同時に私達はあなたの足手纏いである、という事かしら?」


「いや、何もそんな事は言ってないよ。」


恐いよ〜〜〜。今日の甄姫恐すぎだよ・・・。


「言ってなくても今までの行動が、そのままシンジの本音である様な気がしてならないん


ですけど。違って?シンジ。」


「いや、それは・・・その〜〜〜〜〜。やっぱり二人には無理して欲しくはないから・・・。」


「無理?私たちは毎日鍛錬を忘れた事はありませんわよ。そして今じゃあなたの足出纏い


にならないくらいの力はあると自負できますわ。証明してみせましょうか?」


「どうやって・・・ですか?」


ビビってシンジの言葉遣いが敬語になっている。


物凄いプレッシャーである。


「そうですわね・・・じゃあ、シンジ勝負しましょう。」


「勝負?」


「ええ。まず1対3でどう?1対1じゃ勝てないのは当たり前ですわ。


そっちは勿論シンジ一人でお願いします。自分の実力とシンジの実力ぐらいは解りますわ。


それと、こっちは女性3人よ。罰として勝者は敗者に一回だけ命令できるのよ。


どうやります?シンジ。」


「え、でも怪我なんかしたら・・・。」


シンジは乗り気じゃない様だ。当然だろう。彼女達は護るべき対象であって


戦うべき相手ではないのだから。昔から比べても今シンジの中でこの思いは信念に近い


物へと変貌しているのだから、尚更である。


「なら武器はなしで、お互い素手でやりましょう。では私は二人を起こしてくるので


シンジは先に外で待っていてください。確か畑の裏側にちょうどいい草原があったはず


ですわ。そこでやりましょう。1時間以内にはそちらに向かいますわ。シンジ、逃げたら


承知しませんことよ。」


逃げたら・・・本当に殺される!!!やるしかない!!・・・はあ、気が向かないよ。


本当に甄姫には敵わないな〜。僕っていっつも女性には言い返せないよな。


アスカにも言い返した事あんまりなかったし・・・ま、今となっちゃね。


ちょっとシンジが自己嫌悪に陥りそうになった時。


「シンジ〜〜〜!!!!!」


甄姫の怒鳴り声が聞こえる。


「わかったよ・・・今行きます。」


完全に尻にひかれてるようだ。


まあ、シンジの性格上誰かと結婚しても亭主関白という事態には陥り事はないだろう。


この様子からして・・・。


シンジはとぼとぼと言われた通りに草原の方に向かって歩いていった。


何処となく背中は寂しくもあったが、それと同時に明るくもあった。






























「では、シンジいきますわよ。」


「シンジ様参ります。」


「勝負♪勝負♪」


一時間どころかシンジがついて5分後には、もう彼女達はこちらに着いていた。


どうやら全員乗り気らしい。(特に孫尚香が。)


「あの〜〜僕いちよう怪我人だって事わかってる?」


シンジは昨日矢で肩を射抜かれて怪我をした・・・はずだった。


「あら?今日の朝見たけど、そんな傷何処にもありませんでしたわよ?」


甄姫は何を当然と言った顔で告げる。


「「えっ?」」


シンジと孫尚香がその言動に驚く。


シンジは急いで服を巻くりあげ肩を見る。


「傷がない・・・。」


呆然とした顔で自分の肩を見るが、何処にも傷らしきものはない。


何でだ?確かに今日起きたときから殆ど痛みを感じなかったけど・・・何か特別な事


したっけ?薬塗ったぐらいだよな。あの小屋にあった。


でも、あれの事思い出したくないな・・・物凄い染みたもんな〜。


良薬口に苦しとは聞いた事があるけど、良薬傷に痛しなんて諺ないしね。


「よ、良かったじゃない。傷が治ってさ・・・異常だけど。」


孫尚香は自分が負わせてしまったので、負い目があったがそれが治っているのならば


少しは精神的な苦痛が削がれたであろう。


ちなみにこれ、もちろん申公豹の仕業である。


この小屋にあった傷薬は特殊なもので、一日寝るだけで致命傷でない限りは傷を癒して


しまうという凄いものなのだ。染みる度合いが半端じゃないが・・・。いや、もう


本当に・・・。(ここら辺は申公豹の趣味?である。)


「じゃあ、もう問題はありませんね、シンジ様。」


貂蝉のその一言を皮切りに全員が闘いの体勢に入る。


決心を固めるしかないね、もう。


「ふう〜・・・・・・いくよ。」


真剣な眼光で三人を睨む。


「上等!!!」


孫尚香が一番最初に飛び出していく。


こうしてシンジの受難が始まるのであった。


まずは軽くローキックを放つ。


だが、それを孫尚香は軽く飛んで避けるが、それがシンジの狙い。


「もらい!」


シンジの渾身の右ストレートが彼女の脇腹に決まるはずだった。


だが、拳は空を切り、シンジの視界には青空が広がっていた。


シンジはすぐさま現状を理解する。


「足払い!?」


孫尚香を隠れ蓑にして、貂蝉が一気にシンジに接近していたのである。


そしてローッキクを放ったのとは逆の足を払い、シンジの拳を避ける事に成功した。


今度は孫尚香の右足が眼前に迫ってくる。


「くっ、まだまだ。」


シンジは顔を後ろに反らし、それを避けるがそこに待っていたのは・・・甄姫だ。


「甘いですわね。」


甄姫の肘鉄がもろに右頬に決まり、シンジはかなりの速度で頭から地面に落ちる。


真面目にやんなきゃ本気で殺されるよ・・・。


でも・・・もし万が一で何かあったら・・・でも、手加減しても彼女達を傷つけてしまう。


逃げちゃダメ・・・か。そうだね、逃げちゃダメだ。まっすぐ受け止めよう。


やはり、いざ闘い始めるとシンジの決心は鈍っていたようだが、今一度気合を入れなおす。


シンジはゆっくりと起き上がると膝についた土を掃う。


「さあ、これからだ。」


三人はシンジの雰囲気が変わったのを悟る。


強いものはやはりこういったものに非常に敏感だ。


それが命を左右するものだから尚更ではあるが。


今度はシンジから仕掛ける。


こちらから見て、右には孫尚香、左には貂蝉が、真ん中には甄姫がいる。


正面突破だ!狙うのは甄姫。小細工はいらない。


一見無茶にも思えるが、シンジの俊足を活かすには持って来いだ。


その場からシンジは一気に駆け抜ける。


「「「消えた!?」」」


3人の目にはシンジの姿は写らない。


シンジの場合は俊足ではない。もはや彼の足は『瞬足』だ。


「なっ!」


気づいたときには甄姫の足元まで来ている。


すぐさまシンジはそこからアッパーを放つ。だが間一髪甄姫もそれを先ほどのシンジの


様に顔を反らす事で難なく回避する。


「シンジ様。お覚悟を。」


今度は貂蝉がアッパーを外して、がら空きになっている膝蹴りを入れようとする。


それに対してシンジは先ほどのお返しとばかりに貂蝉の軸足目掛けて足払いを仕掛ける。


足払いは綺麗に決まり、当然貂蝉の体は宙を舞った。


そこにシンジは鳩尾に一発入れて、貂蝉の意識を奪おうとしたのだが、流石にそうそう


上手くはいかないものである。


先ほどアッパーを避けた勢いのままに、甄姫がシンジの左胸に裏拳をぶち込まれる。


「んがっ!!!!」


醜い音を口から発しながら、シンジはまた地に落ちる。


急造にしてはなんてチームワークなんだよ。く〜〜痛いな。思ったよりも打撃の威力も


スピードもあるな。このままじゃ負ける。スピードを活かして攻めてもギリギリの所で


見極められてしまう。やっぱり剣と違って間合いが取りづらいってのも原因の一つだけど


・・・ってこれじゃ負け惜しみだよ。


守るべき人に負けたら話しにならないしね。






To be continued...

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