違う場所で 〜三国の歴史〜

第十八話

presented by 鳥哭様


それではもう一つの戦いの様子も見てみよう。


「・・・周幼平だ・・・。」


「私達は名乗る必要は無さそうですわね。」


「・・・ああ・・・全員知っている・・・。」


「なら話が早いわ。さっさと行きましょう!!!」


孫尚香は即座に自分本来の武器である『圏』を両手に構える。


「・・・圏か・・・はじめて見る・・・。」


「あら?確かに珍しいかもしれないわね・・・これの熟練者と戦うのは!!!」


右斜め下から切り上げる様に右手の圏を振る。


周泰はそれを長身の刀の鞘で受け止める。


(・・・刀を抜かないのを見るとシンジと同じ居合い切りを得意としてるのかしら?


それにしても長い刀ね。私達3人とも武器のリーチは短い。少し危ないですわね。)


「二人とも気をつけなさい。下手な間合いを取るとあの長身の刀で真っ二つにされますわ。


だからなるべく超接近戦に持ち込むようにして!!」


「もうやってるわよ!!!!」


孫尚香は周泰に接近して、その刀を抜かせる隙を与えない連続攻撃の真っ最中だ。


圏だけじゃなく蹴り等も織り交ぜ、パターンの決まっていない複雑な攻撃の嵐。


だが周泰は攻撃には転じれてないものの、難なく全ての攻撃を鞘で捌いている。


その姿は鮮やかの一言。


「・・・やるな・・・。」


(何が「・・・やるな・・・」よ!!!!一発も攻撃喰らってないくせに・・・挑発


してるのかしら?でも、この男相当強い。居合いはシンジよりは遅いだろうけど


用心するに越した事はないわね。)


冷静に状況判断する当たりは、流石に呉の姫君といったところだろう。


だが、このままではいずれ孫尚香の体力が尽きるだろう。


相手にダメージはないのだから、骨折り損で終わりそうだ。


「でも・・・・・・。」


「あなたの相手は尚香一人だけじゃなくってよ。」


甄姫がそう言うのと同時に笛で周泰の頭を横薙ぎに打つ。


「ぐっ!!!」


頭を兜で防御してはいるが、甄姫の笛の固さの方が全然勝っていたようだ。


「あら?大きな声も出せたの?」


「・・・挑発は・・・無用・・・。」


周泰は甄姫の挑発を意に介した風でもなく落ち着き払う精神力は流石だろう。


「・・・ここからは・・・俺の見せ場だ・・・。」


(シンジの型とはまた違いますわね。若干右手が低めで、重心は基本どおり。


そして、普通より幾分か前屈みの姿勢ですわね・・・。速さ重視の構え。


さらに自身の筋力で力不足も同時に補っている・・・厄介な事この上ありませんわ。)


甄姫の武器は笛だけではない。


この冷静な状況判断が一番の武器なのであろう。


「次は私が行きます。」


貂蝉がそう行って周泰と対峙する。


周泰は貂蝉の持つ武器を見ると顔を顰める。


「・・・錘・・・。」


「色々と物知りですね。なら知っていますね?いくら鎧や兜で身を包もうとも・・・


刀と違って、かなり効きますよ。」


『錘』。戦いの中で刀剣類が発達して殺傷力が強くなっていくにつれて、自然的に防具も


より一層、殺傷能力を抑えようと強くなる。


そこで生まれた武器の一つが『錘』だ。


60〜70cmの棒の先に金属の塊を付けただけの武器。


ふざけた表現をすると、かなり大き目の坊付きキャンディーだ。


「鎧で身動きの遅くなっている体を凹ませてあげましょうか?」


少しずつ間合いを詰める貂蝉。


「・・・ならば・・・その前に切る・・・。」


「やれるものならどうぞ。私はそれ程弱くはありません。」


周泰が動く。


右足を大きく前に踏み出し、刀を抜刀する。


(確かに速いですね・・・しかしシンジ様と比べるとやはり・・・。)


「遅すぎです。」


左手の錘で周泰の刀を捌き、体を屈め瞬時に周泰の懐に飛び込む。


(決めます!!)


貂蝉は右手に持った錘で周泰を狙う。


「・・・まだだ・・・。」


周泰は驚いた様子もなく鞘で貂蝉の錘を受け止めると、貂蝉の腹を蹴り飛ばす。


その攻撃に貂蝉は吹け飛ばされるはしたが、すぐに受身を取って体勢を立て直す。


「大丈夫?」


「ええ、問題ありません。」


尚香と甄姫は貂蝉の所に駆寄る


「それより問題なのは、やはり場数の差ですわね。あちらとこちらでは天と地ほどの


実戦経験の無さ、それがどうしてもこちらに決め手をくれません。」


「あら?私は違うわよ。」


尚香は呉の姫『弓腰姫』と呼ばれた将でもあり、孫呉の主戦力でもある人物。


それなりの場数も踏んでいるし、戦い慣れもしている。


「なら尚香。あなたと貂蝉であの兜何とかしてくれませんか?」


「いいけど・・・何で?」


尚香は彼女が何を考えているのか解らずに聞き返す。


「そういえば尚香は知りませんでしたわね。私の笛は一種の暗殺道具ですわ。


その調べは弱者ならば死を、それなりの実力者なら平衡感覚を奪う事もできます。


でも、一つだけ問題がありますの。それが・・・」


「あの兜で微妙に音のズレが生じて、それを実行できないって訳ね。」


「ええ、そういう事ですわ。だからあなたを軸にして二人で彼と戦ってください。


そして貂蝉の錘の一撃であの兜を破壊、その瞬間に私が笛の音を鳴らせば私達の勝利


が決まります。よろしくって?」


「わかったわ。」


「何とかしてみせます。」


三人は作戦を決めると再び周泰と対峙する。


「・・・もういいか・・・?」


「当然よ!!!!」


孫尚香が周泰に走りよる。


まずは距離を詰めて兜の間から見せる周泰の顔目掛けての右ストレート。


それを周泰は首を少し横にずらしかわすと、刀の柄でその空を切った右腕を叩き落す。


「ぐっ!」


今度はその隙を狙って後ろから貂蝉が錘を頭目掛けて振り下ろす。


だがこれも周泰は右足を軸にし体を回転させて避けると、すれ違いざまに居合いで貂蝉を


切りつけようとするが、尚香がそうはさせまいと左手に持っていた圏で周泰を殴りつけた。


この間時間にするとわずか10秒もない。


緊迫した攻防だ。


「・・・終わりか・・・?」


周泰がさっきの一撃を意にも介さず問いかける。


この一言でまた戦いに闘気が満ちた空気が流れはじめる。


周泰の声色からは感じ取れないが、彼は確かにその瞬間笑った。


それが勝利を確信した笑みか、相手の実力を嬉しがる笑みか、はたまた正気を失ったのか。


それは彼自身にしか知りえない。


だが、確実に周泰の志気は上昇している。


「・・・行くぞ・・・。」


彼の低い声が耳を刺激させるのと同時に腰に付けていた剣が動く。


間合いは充分に取っていたはずが、あっという間に近づいてきていた。


「尚香!!」


その鋭い剣先が狙ったのは孫尚香。


この中で一番の実力者だからだろう。


「これぐらいなら・・・」


そう小さく呟くと、体を揺らめくように後ろに倒して間一髪の所で一撃を避ける。


周泰は間を置かず、その空振りの反動で体を回転させて、さらに追撃を仕掛けてくる。


だが孫尚香も自分の目の前に隙だらけの背中があって反撃しない訳がない。


圏を高く振り上げると思いっきり背中に叩きつける。


しかし周泰はそれすら読んでいたのか背中越しに鞘でその一撃を軽く受け止めた。


そしてそのままの勢いで剣は孫尚香目掛けて襲い掛かる。


孫尚香は無理な体勢からだが剣を持つ手首に蹴りを入れ何とか、その一撃を防ぐ。


二人とも深追いはせず、一旦距離を置く。


片手に刀を持ち悠然と立つその姿は、本当に強さを語っていた。


「確かに強いわね・・・。でも・・・負ける訳にはいかないのよ!」


孫尚香の体が少しだけブレる。


カランと床に圏の落ちる音がするのと同時に周泰の顔面に彼女の拳が決まっていた。


(くっ!!!!やっぱりあの圏を受け止められた時に手が痺れてたのね・・・。


そのせいで握力が弱まって・・・もうこんな好機はないかもしれないっていうのに!!)


彼女は周泰の強さに冷静さを欠いてしまった。


奥の手を早くも見せてしまったのだから。


この男が同じ手に二度もかかるわけがない。


それを三人は知っている。


(不味いですわね。尚香はこの調子だと体力がもちませんし、貂蝉も決め手にかけます。


私の『死の調べ』も流石にこれ程の力量の相手には通じませんでしょうね・・・。


まずは、あの兜をどうにかしませんと・・・私の『調べ』も一度見せては二度目は


ないでしょうからね・・・。機会は一度きり、逃せば終わりですか。中々に難儀な事・・・。)


「・・・女がここまでとは・・・・正直感服した・・・。」


三人はただ周泰の言葉に耳を傾けるだけだ。


隙あらば殺る。


そうでもしないとこの男には勝てない。


そう悟っていた。


「・・・恐らく・・・。」


周泰は言葉を詰まらせる。


「恐らく・・・なんですの?」


「・・・興覇は負ける・・・そして俺も・・・」


「それ嫌味?」


さっきの一言に呉の姫君はかなりご立腹のようだ。


「・・・違う・・・呉の姫よ・・・。」


「じゃあどういう事なのでしょうか?」


貂蝉が問う。


「・・・勘だ・・・それに・・・。」


「それに?」


「・・・次で・・・終わりだ・・・。」


そう言って刀を鞘に収めると居合いの構えを取る。


「また居合いですか・・・もう見飽きましたよ。」


貂蝉がそう言って錘を構える。


「全くですわ。馬鹿の一つ覚えですわね。」


実際二人とも内心ではそんな事は思っていない。


彼の居合いは先手でも後手でも臨機応変に状況に対応してくるのだから、厄介で仕方が


ない。


だから言葉の心理戦で少しでも剣閃を鈍らせようしているのだ。


「・・・来い・・・。」


周泰が選んだのは後手か先手か?


どちらにせよ彼女達は今先入観に捕らわれている。


何もあの構えから来るのは居合いだけではないのだ。


「参ります!!」


貂蝉がそう叫ぶと周泰に向かって行く。


(あの方の攻撃はすべて居合いから始まります。そしてその居合いの後の防御も完璧。


なら先手を打つしかありません。)


そんな彼女の考えとは逆に、向かってくる貂蝉が間合いに入ってくる前に刀を抜く。


「なっ!?」


予想外の出来事だが今更歩みを止める訳にも行かない。


「・・・終わりだ・・・。」


刀の剣先が喰らおうとしてるのは貂蝉の腹。


周泰が仕掛けてきたのは居合いではなく、突き。


ヒュンという風を切る音と共に物凄い速さで貂蝉に向かってくる。


だが剣は空を切った。


貂蝉は突きを避けるのは無理と判断し、防御を捨てた。


彼女は周泰目掛けて思いっきり錘を投げつけた。


そしてそれは周泰の右肩と腹に直撃し、本来は貂蝉の腹を貫通していたはずの剣は彼女の


腹の右側をすり抜けていった。


「・・・まだだ・・・。」


さっきとは違い弱弱しい声を発しながら周泰が立ち上がる。


「残念ながらこれで終わりですわ。」


その言葉が途切れると同時に優雅な笛の音が流れる。


憂いを帯びた音色は静かに木霊していく。


そして笛の音が終わった。


「・・・立てぬ・・・何故・・・。」


「私の『調べ』・・・ある程度の域の者でも弱れば効果はあります。」


「・・・『調べ』・・・?・・・その笛・・・そうか・・・。」


周泰はどうやら種がわかったようで静かに目を瞑る。


「・・・勘は・・・はずれていなかったか・・・・。」


右手に握っていた刀が手から離れて落ちる。


同時に周泰も地に倒れていく。


「・・・俺の・・・負けか・・・。」


こうして彼女達は勝利を手にした。


死とかなり隣り合わせの危ない戦いではあったが・・・。


「危なかったですけど・・・」


「勝ちましたね。」


「・・・殺せ・・・。」


周泰は静かにそう言う。


すると孫尚香が近づいていって、周泰の頭をコンと軽く叩く。


「嫌よ。」


「・・・情けは・・・無用・・・。」


彼はそう言うと刀に手を伸ばして掴み、それを孫尚香に手渡す。


「・・・切れ・・・。」


だがその言葉など聞こえてないと言わんばかりに、孫尚香は周泰の刀を鞘に納める。


「だから嫌よ。」


「・・・なぜだ・・・?・・・呉の姫よ・・・。」


「さあ?数日前の私だったら間違いなく殺してたと思う。でもね・・・。」


「・・・・・・・・」


周泰は沈黙しながらも孫尚香の話に聞き入っている。


「シンジ・・・あの人には乱世をモノともしない何かがあるのよ。それに毒気を抜かれ


ちゃったのかな?・・・どう?あなたも彼に仕えてみたいと思わない?確かに私は呉の


孫文台の娘『孫尚香』、孫呉の武将。でもね・・・彼と居るとそれすらどうでも良くなるの


よ。どう?周幼平・・・私は彼ならこの乱世を治める器があると思っているわ。


呉の姫君をそこまで心服させる男。一人の武人として興味はない?」


「・・・くく・・・ははは・・・。」


乾いた笑いだが、彼には嬉しくて仕方ないのだろう。


「・・・答えは・・・わからん・・・だが・・・。」


「だが?何?」


「・・・シンジ・・・いつか・・・刃を交えたいな・・・。」


「尚香の言いたいことはわかりましたね、周幼平?さあ、私達はもうシンジの所へ参りま


しょう。」


彼女達はそう言うとすぐ近くで戦っているシンジの方に歩いていく。


それを確認すると同時に部下達が一斉に周泰に駆け寄る。


「周の旦那!!大丈夫ですかい!?」


「・・・ああ・・・。」


「負けたのに嬉しそうですね?周の旦那。」


「・・・ああ・・・。」


部下達は首を傾げる。


そのすぐ後、シンジと甘寧の戦場の方から物凄い歓声が聞こえてきたのは・・・


それは恐らく勝敗が決した合図。


勝ったのは・・・・どちらなのだろうか?






To be continued...

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